真・恋姫†無双 ご都合主義で萌将伝!   作:AUOジョンソン

26 / 86
「こっちにくるまで訓練と言えば避難訓練ぐらいしかしなかったなぁ」「おかしも、だっけ?」「おはしもじゃね?」「・・・おかしだろ」「おはしだろ!」「・・・あ、あの、華琳さん? 何でギルさんと北郷さんはお菓子かお箸かでもめてるんですか・・・?」「さぁ・・・。天の国ではその二つが何か重要な意味を持つんじゃない?」


それでは、どうぞ。


第二十五話 呉の姫と訓練に

「ふっ! せい!」

 

「ん?」

 

深夜から早朝に掛けてのキャスター先生の魔術教室のあと、使いすぎた頭を落ち着かせるために城内を散歩していると、偶然通りかかった中庭からなにやら気合の入った声が聞こえた。

掛け声とともにびゅん、と風を切る音が聞こえるので、きっと誰かが鍛錬でもしているのだろうとあたりをつける。

 

「ふむ・・・」

 

頭を使った後だし、眠気覚ましも兼ねて、少し体を動かしていくか。

今日はなんと月が昼食を作ってくれるということなので、出来るだけ腹を空かせておきたいというのもある。

アシスタントとして響が手伝うらしいというのを聞いて、少し不安ではあるが・・・月の手料理なんて途轍もなく久しぶりなので、楽しみだという感情のほうが上回っている。

以前食べたのは・・・確か、一ヶ月くらい前だったかなぁ・・・あいまいにしか思い出せないということは、けっこう久しぶりだということだろう。

 

「はっ! たぁ!」

 

「おっと」

 

危ない危ない。思い出を辿るのに夢中でこっちのことを忘れかけていた。

いつの間にか止まっていた足を動かし中庭へ向かうと、そこには蓮華がいた。

珍しく一人のようだ。いつも一緒に訓練している思春が見当たらない。

南海覇王を振るうたびに、蓮華の額から汗が飛ぶ。

汗の量は結構多く、蓮華が相当長くやっていることを表していた。

流石孫呉の姫一番の真面目娘だ。一人でも真面目に鍛錬に励むとは・・・。

・・・ん、また考え事に没頭していたな・・・そろそろ声を掛けるか。

 

「蓮華」

 

「はっ! ・・・ん? あ、ぎ、ギル?」

 

俺が声を掛けたのに気づくと、蓮華は手の甲で汗を拭いながらこちらへ近づいてくる。

息も若干荒く、頬が高潮しているので色っぽく見えてしまう。・・・おっとっと、いけないいけない。

邪な想像を頭から追い出してから、口を開く。

 

「お疲れ。すまんな、鍛錬の邪魔して」

 

「ううん、気にしないで。そろそろ休憩しようと思ってたところだから」

 

「そうか?」

 

ええ、と首肯を返す蓮華を見るに、嘘ではないようだ。

 

「じゃあ、ほら、水」

 

「あ・・・ありがとう」

 

俺が水の入った水筒を手渡すと、蓮華は一瞬呆けたような声を出した後、すぐに微笑を浮かべて水を受け取ってくれた。

結構な勢いで水を飲む蓮華を見るに、相当のどが渇いていたのだろうと思いながらタオルも渡す。

 

「ありがと。・・・そういえば、ギルはなぜここに?」

 

「ん、ああ。それはな」

 

声を掛けるまでの事情を説明すると、蓮華はそうなの、と頷く。

 

「で、一人でやってるみたいだから、俺も混ぜてもらおうと思って」

 

「ギルも?」

 

「ああ。俺も少し体を動かしたかったし」

 

「そうね・・・うん、いつもと違う相手と手合わせするって言うのも大切よね」

 

「もう少し休憩したら始めようか」

 

「ええ」

 

・・・

 

ふぅ、と息を吐いて、原罪(メロダック)を握る手に力をこめる。

うん、いい感じだ。

流石に恋以外では俺の筋力ステータスを受け止め切れないので、ランクは落としてある。

体にかかる重力が増したかのような感覚になりながら、目の前で構える蓮華に目を移す。

 

「・・・それじゃあ、行くわよ?」

 

「ああ、こっちはいつでも大丈夫だ」

 

「すぅ、はぁ、すぅ・・・はっ!」

 

幾度かの深呼吸の後、蓮華がこちらに向かって駆ける。

すでに体を動かしていたからか、その動きに淀みや硬さはない。

上段から振り下ろされた剣を原罪(メロダック)で受け流し、返す刀で蓮華の脇腹を狙う。

 

「っ!」

 

だが、蓮華はそれを予想していたかのように、刀身を下に向けて構えることによって防ぐ。

ならば、と原罪(メロダック)に力をこめていく。

それなりに抑えているとはいえサーヴァントの筋力だ。蓮華には辛いだろう。

 

「く、う・・・!」

 

必死に原罪(メロダック)に耐えようと力を込める蓮華。

そこで、俺はすっと力を抜く。

 

「えっ・・・?」

 

原罪(メロダック)に込めていた力がそのまま解放され、蓮華の体勢は横に大きく崩れる。

 

「ほら、こっちががら空きだ」

 

「しまっ・・・!」

 

体勢を崩しながらも原罪(メロダック)に南海覇王を合わせるが、込められた力が違う。

あっけなく南海覇王を手元から弾き飛ばされた蓮華は地面に倒れこむ。

 

「これで、一回かな」

 

「・・・凄いわね。あっという間に負けちゃった」

 

「まぁ、これでもサーヴァントだからな。あんまり負けてられないというか」

 

そういって、倒れる蓮華に手を差し出す。

蓮華を引っ張り起こして、拾った南海覇王を手渡す。

 

「ありがと。・・・もうちょっとだけ、付き合ってもらってもいいかしら?」

 

「もちろん。昼飯までなら何回でも」

 

・・・

 

太陽が真上にやってきた頃。

俺たちはようやく手合わせを終わらせて、城内を歩いていた。

 

「それで・・・どうだった、私の腕は」

 

「ん、かなりいい線言ってると思うぞ。咄嗟の出来事にきちんと対応できてたし。日ごろの鍛錬をきちんとしてるんだなっていうのが分かったよ」

 

ほぼ死角となる下方からの攻撃にも、防げなかったとはいえ反応はしていたし、最後のほうは速度に慣れてきたのか堅実に俺の攻撃を防いでいた。

元々手合わせしていた思春が速度重視の攻撃をするのだから、落ち着いて対処すればそれなりの速度までは対応できるのだろう。

・・・まぁ、若干の筋力不足は否定しきれないけど。

 

「そ、そんなに褒められると・・・ちょっと照れるわ」

 

「ちょっと?」

 

「! ば、ばか!」

 

顔を真っ赤にしている蓮華に突っ込みを入れたら怒られてしまった。

俺の腕を叩いてから真っ赤に染めた顔をぷいと逸らす蓮華。

横顔を見る限り少し頬が膨れているのが見えて、微笑ましく思ってしまう。

 

「ごめんごめん、そうむくれるなって」

 

蓮華の頭を、刺激しないようにやさしく撫でる。

 

「・・・ま、まぁ、別に、許さないこともない・・・けど」

 

「そう? なら良かった。ありがとな」

 

蓮華の顔を覗き込むようにして、微笑む。

笑顔で接すれば、きっと機嫌を直してくれるだろうと思ったのだが・・・。

 

「っ、わ、私、こっちだからっ」

 

「あ、おい蓮華?」

 

いきなりそういって廊下を曲がり、小走りに立ち去っていってしまった。

・・・まぁ、蓮華にも頭を冷やす時間が必要なのだろう。

もう少し時間を置いてから、蓮華にもう一度謝りにいくとしよう。

 

「・・・俺が月の料理を食べたいって言う理由もあるんだけど。ごめんな蓮華」

 

もう見えなくなってしまった背中に向けて謝る。

何か手土産でも持っていったほうがいいかな、なんて考えながら、厨房へと足を進めた。

 

・・・

 

「あ! ギルさん、いらっしゃいませ!」

 

「おーう、お邪魔するよー」

 

厨房へと顔を覗かせると、それに気づいた月がこちらに声を掛けてくれた。

月も響も、慣れた手つきで材料や器具を操っている。

・・・ふむ、響の料理の腕前には安心していいみたいだな。

響が聞いたらぷんすかと怒り出しそうなことを頭に浮かべていると、響が何かを思い出したかのように振り返り、調理台から離れてとてとてとこちらに歩いてくる。

む、俺の考えが漏れたかと身構えていたが、響は椅子を引いてちょいちょいと手招き。

 

「ささ、どうぞこちらにー」

 

どうやら、俺の考えすぎだったらしい。

ありがとな、と響の頭を撫でてから、引いてくれた椅子に座る。

俺が座るのに合わせて椅子を押してくれたので、ちょうどいい位置に座れた。

中々出来るじゃないか、響。

 

「もう少しで出来ますから、待ってて下さいね」

 

ことことと何かを煮ながら月が振り向いて微笑む。

・・・新妻、という単語が頭に浮かんだのは、内緒にしておくことにしよう。

 

「ああ、楽しみにしてる」

 

そういえば、月の料理は一度食べたことあるけど、響の料理を食べるのは初めてだなぁと妙な感慨にふけりながら、調理する二人を見つめること数分。

俺の目の前には様々な料理が並んでいた。

月と響が嬉しそうに説明してくれるが、すまん、もうちょっとゆっくりしゃべってもらっていいか? 名前すら聞き取れたか怪しいレベルなんだが・・・。

 

「それでは、どうぞ召し上がれ」

 

「めっしあがれー!」

 

「・・・いただきます」

 

もちろんそんなことはいえないので、黙って蓮華を持つ。

よし、まずは普通に名称の分かるチャーハンから行こう。

 

「あ、それは私が作ったものです」

 

月の声が弾んでいる。

ふむ、一発目から月の料理とは、幸先がいい。

別に響の料理が駄目ってわけじゃないんだけど・・・って、こんなことより料理だ料理。

もぐ、と一口。

目の前に座る月がその様子をずっと見つめている。

 

「うん、美味しい」

 

俺に専門家のようなコメントを求められても困るが、無理矢理それっぽいことを言うなら、きちんとご飯がぱらぱらになっているのが分かるとか、味付けがしつこすぎないとかそのくらいだ。

まぁとにかく、美味しいことに変わりはない。

 

「本当ですかっ! 嬉しいです!」

 

「じゃあほら、月も食べてみようぜ。あーん」

 

「あ、あーん・・・はむ」

 

まぁ、作った本人なのだから味見ぐらいしているだろうが、それでも一緒に食べるという行為も大事なのです。

ただ単に月にあーんしたかったというのもあるけど。

 

「ほら、響も」

 

「おお! あまりにも触れられないから忘れられてたかと・・・!」

 

「響のこと、忘れるわけがないだろ?」

 

「・・・う、あ、ちょっと待って。今ご飯入らない、かも」

 

言葉にならないような単語をぶつぶつと呟きだした響だが、蓮華を近づけると口を開いた。

なんだ、食べるんじゃないか。

 

「はむ。・・・うん、おいひい。美味しいけど、それ以上に・・・うがーっ」

 

チャーハンを咀嚼し、飲み込んだ後。

響はテーブルに突っ伏してしまった。

 

「・・・どうしたんだ、響の奴」

 

「ふふ、不意打ちは、どんな人にも有効だということですよ、ギルさん」

 

よしよし、と隣に座る響の頭を撫でながら、そんなことを言う月。

良く分からないが、きっと何か女の子同士で通じるものがあるのだろう。

俺がこれ以上何かを言うのも野暮なので、とりあえず食事を続けることに。

 

「む? これは・・・水餃子か」

 

「それ私が作ったんだ!」

 

「・・・復活、早いな」

 

今まで突っ伏していたとは思えないほどの速度で身を乗り出してきた響は、わくわく、といった表情でこちらを見つめる。

いいから早く、と目で訴えかけられている気がしたので、それ以上は何も言うことなく水餃子を口に運ぶ。

 

「おぉ、これも美味しいな」

 

見た目は普通で味が愛紗というのを若干想像していたのだが、なんてことはない。

うんうん、美味しいぞ。

 

「えへへぇ・・・良かった、口にあって。ギルさんにお料理作るなんて初めてだしさ、好みとか分からないから不安だったんだよねぇ」

 

「はは、安心しろって」

 

好きな娘の料理ならどんなのだって大丈夫、と言おうとして、止める。

・・・流石に、俺も愛紗のは・・・。

 

「さて、ほかのも食べないとな」

 

ほかの料理にも手を伸ばす。

その後、料理はすべて三人で食べ終わり、食後の片付けはお礼ということで俺も手伝った。

エプロンを着けて皿を洗う月が、どうも新妻に見えて仕方がないのは諦めることにした。

 

・・・

 

「おーい、蓮華ー? いるかー」

 

「ぎ、ギルっ!?」

 

「ああ。さっきのこと、謝っておきたくてな」

 

昼食の片付けも終わった後、月たちは再び仕事だということで去ってしまった。

その後、一度町へ出て手土産を購入し、こうして蓮華の部屋まで来た。

さっきよりは落ち着いているようだが、さてどうなるか・・・。

 

「は、入っていいわよ」

 

「ん、お邪魔するよ」

 

扉の隙間から顔だけを覗かせた蓮華に招き入れられ、部屋へと足を踏み入れた。

室内はやはりというかなんと言うか、きちんと整頓されている。

 

「これ、桃まん。食後のおやつにどうかなと思ったんだけど」

 

「あ、ええ。ありがとう。じゃあ、お茶淹れてくるわね」

 

「おう、お構いなく」

 

「そういうわけにもいかないわ。ちょっと待ってて」

 

とたとたと小走りで去っていく蓮華。

もう怒ってはいないようだな。・・・むしろ、あの時も本当に怒っていたのかすら疑問だが。

 

「お待たせ」

 

「お、ありがと」

 

目の前に置かれた湯飲みを取り、ゆっくりと口に運んだ。

いい温度に調整してあるな、かなり飲みやすい。

正直沸騰しているお湯を飲んだとしてもなんともないが、やはり美味しいお茶を飲んだほうが精神衛生上もいい。

 

「・・・それで、謝りにきたのよね? ・・・正直、もうそんなに怒ってないって言うか、まず怒ってすらいないというか・・・」

 

「?」

 

「なんでもないわ。まぁ、気にしなくて良いわよ。もう怒ってないし」

 

「そうか? そういってくれると助かるよ」

 

良かった、と胸をなでおろす。

 

「そういえば、蓮華は午後って仕事あるのか?」

 

「え? いいえ、今日は一日丸々休みなのよ。でも思春が水軍の調練の仕事があって、それで私一人で鍛錬してたの」

 

「ああ、成る程。なら、もう少しだけ話していっていいか?」

 

「え、ええ。構わないわ」

 

「そっか。じゃあ、桃まんでも食べながら」

 

「そうね。いただくわ」

 

買ってきたうちの一つをひょいと取って、口をつける蓮華。

流石に恋の様に一口とはいかないようだ。小さくついた歯型が可愛らしい。

 

「もぐもぐ・・・あ、そういえばギル、祭がお礼言ってたわよ?」

 

「お礼?」

 

「何か、凄く美味しいお酒を貰っただかなんだか・・・」

 

「あぁ~・・・」

 

そういえば、子供の面倒を見てもらったお礼にと樽に入れたワインをプレゼントしたんだったか。

神代のワインを最初プレゼントしようと思ったのだが、あれは無限に出てくるとはいえ容器自体が小さい上に宝具である。

故にもう少し質を落とした・・・それでも、十分に美味しいといえるワインが樽に入っていたのでプレゼントしたのだが、気に入ってもらえたなら良かった。

 

「私も一杯貰ったけど、凄い美味しかったわ。今までで一番質の良いお酒だったわね」

 

「はは、それは良かった」

 

「わいん、って言うのよね。果実の香りがして、とてもすっきりしてたわね」

 

「また呑んでみるか? 今なら出せるけど」

 

「そうね・・・ふふ、お昼からお酒を呑むなんて、姉様みたいね。いつもなら駄目って言うところだけど・・・今日はお休みだし、少しくらいならいいかしら」

 

そういって微笑む蓮華の言葉に頷いて、宝物庫を展開する。

そこから出てくるのは、黄金の酒器。

二人ぶんのグラスにワインを注いで、片方を蓮華に渡す。

 

「ありがと」

 

「はい、乾杯」

 

「乾杯」

 

きん、とグラス同士がぶつかった音がする。

そのまま俺と蓮華はグラスを口に運ぶ。

 

「・・・美味しい」

 

驚いたように呟く蓮華。

 

「気に入ったのなら、良かったよ」

 

「これは、気に入らないなんて人いないんじゃない?」

 

ふふ、と会話の中に笑いが混ざりだした。

どうやら、蓮華も大分打ち解けてくれたようだ。

 

「・・・ふぁ」

 

ふと、欠伸が漏れる。

・・・本当は魔術講座がもう少し早く終わって仮眠が取れるはずだったのだが、宝物庫の中からキャスターが見たかったという医術書が出てきてしまって、その講義の所為で眠る時間が取れなかったのだ。

 

「? 眠いの?」

 

「・・・ん、ああ、見られてたか。ちょっと恥ずかしいな。・・・まぁ確かに、少し眠いけど」

 

「ギルが欠伸するところなんて始めてみたかも。あなたっていつも、こう、飄々としてるイメージだから」

 

「はは、それは買い被りすぎだって」

 

「ふぅん? ・・・あ、そうだ」

 

そういうと、蓮華は手に持ったグラスを卓においた。

頭に疑問符を浮かべる俺を尻目に、蓮華は寝台に座る。

そして、自身の太ももをぽんぽんと叩いて微笑みながら口を開いた。

 

「膝枕・・・してあげよっか?」

 

「・・・酔ってるだろ、蓮華」

 

良く見てみれば、蓮華の頬は桜色に染まっている。

蓮華が特別下戸なわけではないだろうが、なんせ神代のワインだ。

酔いやすくても仕方あるまい。

 

「酔ってないわよ。失礼ね」

 

「はいはい、酔ってる人ほど自分は酔ってないって言うもんだ。今日は大人しく休んでおけ。俺もそろそろ失礼しようと思ってたし」

 

正直ここに長時間いると何かに巻き込まれる予感がする。いや、悪寒か。

し、から始まってん、で終わる何かにこう・・・武器を突きつけられるような悪寒に。

 

「・・・やっぱり、私なんかの膝枕じゃいやよね・・・」

 

泣き上戸かよ・・・。

う、ぐす、と啜り泣く蓮華の前で、帰るに帰れなくなった俺。

・・・仕方ない、少しここで仮眠を取っていくとするか。

その後で町にでも出かけるとしよう。今日は元々、午後から町に出て天和たちの様子を見に行くつもりだったし。

 

「分かった。分かったよ。少し眠らせてもらうとするよ」

 

「ほんと?」

 

「ほんとほんと。ほら、もうちょっとそっち行って」

 

何か少し幼児退行してないか、この娘。

 

・・・

 

少し、冷静になった。

その瞬間、再び顔が真っ赤になったのを感じる。

 

「な、何で私、こんなこと・・・」

 

太ももの上に乗っているのは、すやすやと眠るギルの頭。

金色の髪が顔にかかっているけど、それすらも彼の端正な顔立ちを彩っているように見える。

 

「お酒の力って凄いのね・・・だからといって、祭や姉様みたいにはなりたくないけど」

 

心臓はいまだにうるさいけど、少しは落ち着いて今の状況を受け入れられるようになった。

うん、良い方向に捉えればいいのよ、蓮華。

 

「・・・ふふ」

 

思わず漏れた、小さな笑み。

まさか膝枕なんてことするとは思わなかったけど、お、奥さんになるならこれくらいは出来ないとね。

ギルの頭に手を伸ばして、綺麗な髪を指に絡めるように頭を撫でる。

いつも月や朱里たちの頭を撫でているのを見て、月たちがうらやましいと思っていることは内緒だ。

 

「む・・・すぅ」

 

一瞬むず痒そうな顔をした後、すぐに気持ちよさそうな寝顔に戻る。

それから、しばらくの時間ギルの寝顔を見たり頭を撫でたりしていると、ふと頭に考えが浮かんだ。

今口付けしても、気づかれないよね?

 

「・・・」

 

視線はギルの口に一直線だ。

いやいや、寝ている人に内緒で口付けなんて。でもこんなことでもないと口付けなんて・・・。

 

「・・・ええい、ままよっ」

 

ギルの頭を固定して、そっと顔を近づける。

後ちょっとで触れるというところで・・・。

 

「ふぁぁ、よくね・・・むぐっ!?」

 

あ、まずいかも・・・。

 

・・・

 

起きたらキスされてました。

凄いびっくりしたね。

 

「ギギギギギギギギルっ!?」

 

「・・・うん、まぁ、放り投げられたことは気にしないでおくよ」

 

だが、俺より蓮華のほうがびっくりしたらしく、気づいたら俺はころころと転がされるように寝台から転げ落とされていた。

 

「ご、ごめんなさいっ」

 

慌てだす蓮華に苦笑しながら、俺は立ち上がる。

 

「気にするなよ。怪我もしてないし、特に痛くもなかったし」

 

「そ、そう? ・・・ごめんなさい」

 

「謝らなくていいさ。あんな高さから落ちたところで・・・」

 

「ち、違うの。その、勝手に、えと・・・」

 

「あぁ・・・そっちか」

 

勝手にキスをしたことを謝ってたのか。

それこそ、謝らなくていいのに。

というか、蓮華みたいな美少女からキスされて、嬉しくない男は少数派だろう。

 

「っ! え、えと・・・」

 

「うん、まぁ、驚いたけど、嫌ではなかったよ」

 

「ほ、ほんと・・・?」

 

立ち上がった俺を見上げるように見つめる蓮華が、瞳を揺らしながら聞いてくる。

 

「もちろん。蓮華から口付けしてくれるなんて、むしろ嬉しいよ」

 

「も、もう・・・」

 

そっと蓮華の頬に手を添えてみると、頬を赤くしたものの嫌だとは言わない。

そのまま顔を近づけていって、口付ける。

 

「ん・・・あ・・・」

 

「これで、お相子だ」

 

「・・・ばか」

 

「そうでもないぞ」

 

「その、ギルだったら・・・いいわよ」

 

自身の胸に手を当てながら、蓮華は囁いた。

う、む・・・。そういう表情、反則だと思うんだけど。

とりあえず、蓮華の覚悟を無駄にするわけにはいくまいと蓮華に口付ける。

 

「・・・ん、ちゅ。・・・や、やさしく、ね?」

 

「分かってるって。大丈夫、ゆっくりやるから」

 

「・・・信じるわよ?」

 

「ああ、信じろ」

 

・・・ふと思ったんだけど、蓮華の服って脱がさなくても出来そうだよな。

ちょっと試してみようか・・・。

 

・・・

 

服を脱がさずに最後までいけるか挑戦してみたのだが、途中で蓮華が自分から脱いでしまったので途中でチャレンジは中断されてしまった。

また今度、諦めずにチャレンジしたいと思います。

・・・話は変わって、場面は再び中庭。しかし俺の目の前には蓮華ではなく一刀が。

ちなみに、蓮華はただいま寝台で回復中だ。理由は・・・まぁ、ご想像に任せるということで。

何で一刀といるかというと、それは本人からの頼みごとがあると聞いたからだ。

頼みごとって何だよ、と聞いてみると、一刀はその頼みごとを口にした。

 

「俺に、稽古をつけてくれないか?」

 

「ん? いいぜ。じゃあ、訓練場にでもいくか」

 

訓練場へと向かう道中、何でいきなり稽古なんて頼んできたのかを聞いてみると、一刀は照れながら口を開いた。

 

「いや・・・その、俺って警備隊長やってたじゃないか? 実際は凪とか真桜とか沙和に頼りっぱなしだったから、自分でも少しは取り締まったり出来ればいいかなって」

 

常々そういうことは思っていたらしいが、今までどうも踏ん切りがつかなかったとのこと。

今日思い切ったきっかけは、町で悪漢が現れたとき何も出来ずに兵士たちに頼ることしか出来なかったからだという。

 

「・・・まぁ、一刀の役割は指揮と指示で十分だと思うけど」

 

天の御使いに指揮されてると思うだけでこの時代の人たちは士気が上がるものだ。

魏で警備隊長をしていたときもそうだったと聞いていたが・・・。

 

「それでも、自分の身を守れるようになるだけでも違うだろ?」

 

「そっか。いや別に一刀の気持ちを否定しようってわけじゃないんだ。何でかなって気になっただけだから」

 

「はは、まぁ、確かにいきなりだもんな。・・・サンキュな、いきなりだったのに頼み聞いてくれて」

 

「構わんさ。暇だったし、何より一刀からの頼みだからな」

 

「ギル・・・」

 

なんだか感動したような面持ちでこちらを見上げる一刀。

少し照れくさくなって苦笑していると、訓練場へとたどり着いた。

 

「よし、今日は俺の遊撃隊が訓練やってるから訓練場の使用許可は取らなくても大丈夫だろう」

 

副長と七乃に訓練は任せてきたので、今日は俺が出なくてもよいのだ。

え? 七乃が遊撃隊にいるなんて初耳?

・・・あー、説明すると、七乃を拾ったときには部隊の運用なんかを任せようと思っていたのだが、入ったばかりの将に任せるような部隊はなかった。

だから俺が遊撃隊を作ったとき、こっそりと軍師に七乃を登録しておいて、ちょくちょく仕事を任せていたりしたのだ。

ちなみに、副長との仲は良好で、きゃいきゃい姦しく二人で騒ぎながら兵士たちを訓練していた。

二人の雰囲気とは真逆に、訓練内容は厳しいものだったらしく兵士たちは終わった後死にそうになっていた。

 

「お、やってんな」

 

「・・・いつ見ても思うんだけど、あの二人が組むといつもより訓練がえげつないよな」

 

「あー、確かに。俺も何度か兵士たちに涙ながらに懇願されたことあるな。「副長か張勲様かどちらかを引き受けてください」って」

 

「止めてくれ、じゃなくて引き受けてくれ、なところに兵士たちの妙な信頼を感じるな」

 

二人して訓練の様子を眺めていると、副長が兵士をなぎ倒し、七乃が負けた兵士たちに腕立て伏せを強制させる。

腕がプルプルするぐらい腕立て伏せをさせられた兵士が再び副長の前に行き、再びボコボコにされて腕立て伏せ・・・うわぁ、悪循環だ・・・。

 

「かわいそうに」

 

「・・・ギルの隊の人間なんだぜ。助けてやれよ」

 

「はは、断る。今助けてゆるい訓練させて戦場で死ぬより、今死ぬような訓練させて戦場で生き残らせるほうが俺は好きだからな」

 

「良い事言ってるっぽいけど、本音はあの二人と絡みたくないからだろ?」

 

「あれ、お前って心読めたっけ?」

 

「ううん。でも、表情くらいなら、少し。・・・まぁ、苦虫噛み潰して青汁で流し込んだような表情されてれば、誰だってわかるよ」

 

一刀にそういわれて、顔をぺたぺた触ってみる。

そんな顔していたんだろうか。

 

「・・・まぁいいや。それじゃ、早速訓練開始だ」

 

「おう!」

 

「とりあえず・・・うん、これで行こう」

 

そういって取り出した宝具は、無銘の刀。

宝具としてのランクはD程度で、効果は「心の清さに応じて切れ味があがる」こと。

本来ならばもう少しランクが高くてもいいのだが、心の清さに対する判定がありえないぐらい厳しいため、ほとんどの使用者にとって鈍ら刀でしかないため、ランクが落ちてしまったのだ。

ま、水着を見て精神が飛んでいってしまうほどピュアな一刀ならそれなりの切れ味を発揮してくれるだろうと期待してこれを渡してみた。

更に言えば、形が完璧に日本刀だからというのもある。

 

「これ・・・宝具、だよな」

 

「ああ。ま、あまり気負わずにやってくれ」

 

「無茶言うなよ」

 

呆れたように刀を抜く一刀。

 

「よし、とりあえずはウォーミングアップからいこうか」

 

素振りから始まり、いつも宝具の実験台となっている藁人形君を相手に刀を振ってみたりと基礎からはじめていく。

 

「やっぱり、日本刀が馴染むなぁ・・・」

 

ぼそり、と一刀が呟く。

 

「まぁ、剣道やってたらなおさらかもしれないな」

 

「そういうものなのかもな」

 

「よし、それじゃあ俺と仕合だな」

 

「マジかよ・・・絶対無理だって」

 

「大丈夫大丈夫。いくら素振りしてたって、実際に戦ってみないと分からんもんだぜ、いろいろとな」

 

「・・・そこまで言うなら」

 

そういって、一刀は抜き身の刀を正眼に構える。

俺も宝物庫から適当な宝具を抜き出し、ぶらりと構える。

 

「先手は譲るよ。かかって来い、一刀」

 

「おう・・・いくぜっ!」

 

刀を振り上げながら一刀が向かってくる。

面を取りに来る一刀の動きを良く見て、体を半身引く事でよける。

 

「うおっ、くっ」

 

慌てて体制を整えようとする一刀に剣を振るって牽制する。

たたらを踏んで後ずさった一刀は、刀を腰の横に構え、体ごと捻ってこちらを横に薙いできた。

 

「いい判断だ!」

 

だけど、まだ遅い。

まぁ今までろくに戦う事がなかったって言うのと、日本刀を握ったのが初めてだというのもあるのだろう。

素人よりはまし、位の戦闘力だ。

 

「これは、鍛え甲斐のある」

 

それからしばらく、たまに副長も交えながら、一刀の訓練は続いた。

 

・・・

 

「ぜ、はぁ、ぜ、はぁ・・・ぷはぁー! 疲れたー!」

 

「お疲れー。あ、宝具はしばらく貸しておくから、腰にでも差しておけよ」

 

「おう、ありがと」

 

「暇なときにでも素振りしておけば、それなりに慣れてくるだろ。流石に今日は無茶だったな」

 

一刀が振った刀に剣をあわせるだけで体勢が崩れてしまうので、今日は本当に基礎の基礎しか行わなかった。

あと、もうちょっと体力欲しいな。多喜に任せてみるか。あいつ、ランニングやってるし。

 

「よし、決めた」

 

「・・・俺のあずかり知らぬところで大変な事が決められた気が・・・」

 

「まぁまぁ、気にするなって。そうだ、風呂にでも入ろうぜ」

 

「・・・おう」

 

なんだか気落ちしている一刀とともに、浴場へ。

いやー、数ヶ月前だったら「よし、風呂に入ろうぜ」じゃなくて「よし、川に水浴びに行こうぜ」だったんだよなぁ。

そろそろ夏も終わるし、風邪もひきかねないからな。風呂と巨大リゾート施設を作っておいて良かった。

 

「あー、生き返るー・・・」

 

大浴場で風呂につかりながら、二人してリラックス。

いつ来ても気持ちいいなぁ・・・。

 

「確かに・・・疲れも取れそうだ」

 

「きゃんきゃんっ」

 

ん? 俺たちしかいないはずなのに、なんだか甲高い・・・って言うか、この声

 

「やっぱり。セキトじゃないか」

 

「セキト・・・ああ、呂布の」

 

「はは、なんだなんだ、お前も風呂に入りたかったのか」

 

なんだか意外だな。

犬とか動物は風呂に入るのを嫌がりそうなイメージが・・・あれ、それって猫か?

 

「まぁいい、ほらセキト、お前は湯船の前に体を洗わないとな」

 

ざぱ、と湯船からセキトを抱き上げ、シャワーの前へ。

土ぼこりとか落としておかないとな。

 

「よし、このくらいでいいか」

 

洗い上げたセキトを持って再び湯船へ。

ゆっくりと湯に浸からせると、セキトがばふぅ、と気持ちよさげな息を吐いた。

 

「はは、セキトも風呂が気に入ったみたいだな、ギル」

 

「確かに。・・・そういえば、猿が入る温泉とかもあったなぁ」

 

「あー、あったあった」

 

それからしばらく、「現代のなつかし思い出あるある話」に花が咲いた。

 

・・・

 

「・・・のぼせた」

 

「あー、俺もちょっと入りすぎたかな」

 

「ばう・・・」

 

「セキトもちょっとダウン中だな。・・・よし、涼みにいくか」

 

日も暮れてるし、少し城壁の上でも歩いていれば涼しくなるだろ。

 

「あー、先いっててくれ。俺はもうちょっとここで休んでく」

 

「おう。水分補給、ちゃんとしろよー」

 

「おーう」

 

「よし、じゃ、セキト、いくぞ」

 

「ばう」

 

首にタオルを掛けた俺の横を、てこてこついてくるセキト。

ふぃー、しかし、あれほど一刀と温泉について話が盛り上がるとは思わなかったな。

今度甲賀も誘ってみようか、なんて考えているうちに城壁の上に出る。

 

「おー、いい風だ」

 

風がゆっくりと髪を撫でていく。

ちょうどいい気温のようで、城下にはいまだに町民たちが出歩いているのが見える。

日も暮れるのにこれだけの人間が外を出歩いているというのは、それなりに平和になったという事だろう。

 

「セキトー、涼しいかー?」

 

「ばーう」

 

「そっかそっか、良かった」

 

城壁の上を一周するように歩きながら、警備の兵士たちに声を掛けていく。

最初の頃はどんな兵士も直立不動で挨拶を返してくれたものだが、今となっては敬意を失わない程度にフランクに接してくれる。

これも、何度も声を掛けた成果だ。・・・そこ、暇人だから出来たとか言わない!

 

「それなりに涼めたな。そろそろ戻るか、セキト」

 

「わんっ」

 

元気に返事を返してくれたセキトと共に城壁を降りようとしたとき、声が聞こえてきた。

 

「・・・セキト、いた」

 

「ん?」

 

聞き覚えのあるその声に振り返ってみると、ちょうど城壁の上にのぼってきた恋と目が合った。

 

「ギルも、いた」

 

若干頬を朱に染めながらこちらに駆け寄ってきた恋は、自身の胸に飛び込んできたセキトを抱きしめる。

 

「・・・セキト、良い匂いする。ギル、洗ってくれた?」

 

「ん、ああ。なぜか風呂にいたからな。ついでに一緒に洗っちまった」

 

「今日は一杯遊んできたから、洗おうと思ってた。ありがと」

 

「そっか。じゃ、ちょうど良かったみたいだな。良かった良かった」

 

「・・・ギル。お礼したいから、お屋敷まで、来て?」

 

「お礼? いらないって。別にお礼が欲しくて洗ったわけじゃないし」

 

俺がそう返すと、恋はふるふると首を横に振り

 

「お礼だけじゃなくて・・・ギルと、一緒にいたいから」

 

「ああ、そういう・・・分かったよ、お邪魔する」

 

今までは無口無表情無感情だった恋が、変わるものだなぁ、なんて本人を目の前に失礼な事を考えつつ、恋の頭を撫でる。

俺の言葉を聴いて、こちらを上目遣いに見つめて口を開く恋。

 

「ほんと?」

 

「こんな事で嘘つかないって」

 

「・・・嬉しい」

 

さっそく、行く。と俺の手を握って屋敷へと向かい始める恋。

心なしか、足取りが若干速いようだ。

 

・・・

 

「ただいま」

 

「お邪魔しまーす」

 

恋は動物(かぞく)と共に住んでいるため、一軒の屋敷を与えられている。

その屋敷へとお邪魔すると、様々な動物に飛び掛られる。

 

「ちょ、やめろ! お前ら、前に俺が耐えたからって調子に乗ってると・・・くっ、だが、耐えてやる、耐えてやるぞぉぉぉお・・・」

 

大丈夫、南蛮娘四人組をくっ付けながら行動できる俺なら、これくらいは・・・!

 

「ギル・・・すごい」

 

「く、拍手はいいから、ちょっと動物引っぺがしてくれないか・・・?」

 

「・・・ん」

 

ゆっくりと頷いた恋が、俺にくっついている動物たちを一匹ずつはがしていく。

にゃーにゃーわんわんがおがおと俺から離れていくみんなを見送りながら、ふぅと一息。

 

「大変だった。そういえば、町でも絡まれたよな、こいつらに」

 

確か、初めてセキトと会った翌日だったはず。

あの時も頑張って耐えたはずだが・・・なんだろう、俺に動物に好かれるスキルとかあるのかな。

いや、ないはず。ない・・・と思う。

 

「・・・えさの時間」

 

「手伝おうか?」

 

「・・・」

 

こくり、と首肯。

餌が買いだめしてある食料庫まで行って、全員分の餌を運んでくる。

相当な量だ。台車があるからいいものの、これは結構辛くないか。ねねとか。

 

「いつもは、お手伝いの人とかいる」

 

「そうなのか? ・・・今日はいないみたいだけど」

 

「今日は、みんなお休み。だから、セキトがいないのにも少し気づけなかった」

 

ああ、風呂場に迷い込んできたのはその所為か。

 

「セキト見つけたら、ギルもいたから、一緒に誘った」

 

「そっかそっか、そういうことなのか」

 

成る程、と納得しながら餌をあげていく。

よーしよし、猫って可愛いよなぁ。俺に飛び掛ってこなければ。

おーしおし、犬って癒されるよなぁ。俺に飛び掛ってこなければ。

・・・いや、別に飛び掛られるのが嫌なわけじゃないんだよ。

一匹二匹なら俺だって喜んで受け止めるさ。

だけどな、想像してみてくれよ。数十匹の動物が大挙して押し寄せてくる場面を。

あ、これ無理、って思うから。

 

「うっし、これで全員かな」

 

「・・・ん、終わり」

 

わんわんにゃーにゃーごろごろと好き勝手に動き回る動物たち。

 

「・・・明日は、みんなを連れてお散歩」

 

「大所帯だな。どこを歩くんだ?」

 

「城外の森。あそこなら、いっぱい遊べる」

 

「それはいい。明日も天気は良いみたいだし」

 

「・・・ギルも」

 

「俺も行っていいのか?」

 

「・・・」

 

こくり、と首肯。

んー、と考え込むそぶりを見せながら、脳内で予定を確認する。

・・・むむ、ちょっと仕事が立て込んでいるが、午前の政務を午後の訓練の後に詰めておけば、散歩ぐらいは出来るだろう。

ちょっと寝るのが遅くなるぐらいだ。それぐらいなら、誤差の範囲内だし。

 

「分かった。一緒に行くよ」

 

「・・・嬉しい」

 

そっと俺の服を掴み、真正面からこちらを見上げる恋。

ついっ、と更にあごを上げながら、目を瞑る。

・・・これは、たぶんそういうことなんだろうな。

 

「まったく、セキトより甘えん坊だな、恋は」

 

恋の頬に両手を沿え、そっと口付け。

 

「・・・部屋、行く?」

 

「明日起きられるなら、良いけど」

 

俺の言葉に、んー、と考え込む恋。

起きる自信ないのか、なんて苦笑していると、さもいい案が浮かんだ、という顔で口を開いた。

 

「・・・起こして」

 

「はは、良いよ。責任を持って、起こしてあげよう」

 

俺が寝過ごしたらどうするつもりなんだろうか。

・・・まぁいいや。とりあえずは、恋を可愛がる事だけ考えておこう。

 

・・・

 

「すぅ、すぅ・・・」

 

「おーい、起きろー。朝ですよー」

 

隣で静かに寝息を立てる恋を起こしつつ、部屋の窓を開ける。

うむ、清々しい、朝の風が心地よい。

あれだな、これこそまさに正月元旦の朝に新しいパンツを穿いた気分という奴なのだろう。

 

「・・・むにゃ、まだ、眠い」

 

「だけど、散歩行くんだろ?」

 

「行く、けど・・・眠い」

 

「ほらほら、昨日は結構汗かいたんだし、風呂に入ったらすっきりするぞ。なんだったら手でも引っ張ってくから」

 

「・・・お風呂。んー、お風呂、ギルと」

 

「俺と? ・・・仕方ないなぁ。今の恋を放っておいたら湯船の中で寝そうだし」

 

「・・・じゃあ、行く・・・」

 

「あーまてまて! 服を着てくれ! 流石にそれで外は歩けない!」

 

下半身にはいつものニーソとあのぼろぼろのマント、そして上半身はほぼ何もつけていないというなんとも扇情的な格好で屋敷から出ようとした恋を押し留める。

あっぶねえ・・・寝ぼけてるとはいえ、なんて格好で外に行こうとしてるんだ、この娘・・・。

 

「・・・そうだった。服、着ないと。ギル以外に見られるのは・・・恥ずかしい」

 

ぽっ、と頬を染める恋。

・・・いいから服を着るんだ。

 

「ん、しょ」

 

とりあえず着替えた恋と共にまずは風呂へ向かう。

・・・予想通り湯船で眠りかけた恋を掬ったり頭を洗いながら眠る恋の頭を洗ったりして、風呂場を後にする。

屋敷を出る前に手伝いの人たちに屋敷の前に動物たちを出しておくよう頼んでおいたので、すでに屋敷の外には動物たちが勢ぞろいだ。

ここが城外に近い立地でよかったな。こんなに大勢連れてあんまり街中は歩けないからな。

 

「いく。・・・みんな、ついてきて」

 

てくてくと歩き始める恋の後ろには、大小さまざまな動物たち。

隣で歩いている俺にも何匹か懐いてきている。

町を出て、森へと足を踏み入れると、目に見えてみんながはしゃぎ始める。

 

「・・・自由時間。お昼前には、かえっておいで」

 

恋がそういうと、動物たちは森の中やら川やらへと駆け出していく。

 

「ギルは、恋と日向ぼっこ」

 

「ん、いいぞ。ゆったりと過ごすか」

 

恋に手を引かれるままに木陰に座り込み、座ったままの姿勢で背伸び。

何匹か俺たちの周りに残った動物たちが座る俺たちのもとへとやってきて膝やら頭やらいろんなところに乗り始める。

 

「はは、まさか鳥を頭の上に乗せる事があるとはなぁ。人生、何が起きるか分からんな」

 

頭上でちゅんちゅんと鳴く鳥やら膝の上で丸くなる猫に和まされていると、恋が俺の手を握ってくる。

 

「・・・あったかい」

 

「恋の手も、十分暖かいよ」

 

「・・・」

 

照れたのか、何も言わずに俺の膝へコロンと頭を乗せて寝転がる恋。

猫の場所をきちんと残しているのは恋らしいと微笑ましい気持ちになりつつ、俺の膝に乗った頭を撫でる。

 

「・・・ん、きもちいい」

 

ごろん、と俺の腹に顔を押し付けるように抱きついてきた恋を、あやす様に撫でる。

というか、そんなに密着されるとくすぐったいんだが・・・。

 

「・・・いいにおい」

 

「風呂入ったからなぁ。恋も良い匂いすると思うぞ」

 

残念ながら、体勢的に嗅げないのだが。

・・・が、ガッカリなんてしてないよ? ほんとだよ?

 

「んー・・・眠い」

 

「おいおい」

 

動物より自由かもしれないな、なんて苦笑する。

そのまま恋はすりすりと俺の服に顔を擦り付けながら、眠そうに声を上げる。

 

「・・・いい、気持ち。・・・恋、幸せ」

 

「はは、なら良かった。俺も、幸せだよ、恋」

 

「・・・ん、なら、よか・・・った」

 

いつもより長い間の言葉の後、すぅすぅと寝息が聞こえる。

俺の服に顔を埋めたまま眠ってしまったので、注意しないと聞こえないぐらいだ。

そんな恋の頭を撫でた後、俺は木に背中を預ける。

 

「森林浴っていうのも、良いかもな」

 

頭を撫でていた手を背中へと移動させ、ゆったりと撫でる。

 

「ん・・・ふ・・・」

 

もぞもぞと丸まっていく恋。

声色から判断するに、不快ではないようだ。

 

「大きい赤ちゃんみたいだな、こうしてみると」

 

このあと、「おなかへった」と恋が起きるまで、俺は恋の背中やら頭やらを安心させるように撫でるのだった。

 

・・・




「はーい、副長さんに負けた情けない兵士さんはこちらで腕立て伏せですよ~。ちなみに、副長さんに負けた数だけ回数を掛けますので、どんどんひどくなりますので~」「私もちなんでおきますが、絶対にあなたたちに勝たせようとか思ってません。一欠けらも」「・・・俺、この訓練から帰ったら結婚するんだ」「微笑みデブ! そんな絶対に死ぬような台詞を今言わなくても!」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。