「ねぇねぇ、ティア。新しく六課に来た人、気にならない?」
ストレッチをしつつ、となりにいるオレンジ色の髪の少女、ティアナに話しかけているのはスバルである。
同じく、すぐそばでキャロとエリオもストレッチ中である。
「まあ、それなりにはね。機動六課にお呼ばれするくらいなんだから、それなりに凄い人なんでしょう?しかもその言い方、その人知り合いか何かなの?」
スバルの質問に素っ気なく答える。だが、気になるのも事実だ。
「そうだよ!」
がスバルは気にもせず勝手にテンションを上げて一人興奮している。
「スバルさん何だか凄く嬉しそう」
「うん、そうだね。フリードもそう思うよね?」
「きゃう~」
ちなみにエリオの問いかけに答えたフリードというのは、キャロの操る竜の事である。本名は『フリードリヒ』。今は子竜状態でストレッチに勤しむキャロのとなりにいる。
「そりゃ楽しみだよ~。だって、ただでさえ凄い人が沢山いるんだよ、六課は。それに、今日から配属の人だってけっこう凄いんだから!」
「にしてもスバル。アンタちょっとうるさすぎよ。エリオとキャロを見なさいよ……アンタよりずっと大人に見えるわよ?それに、はしゃぐ元気があるのなら少しでも訓練のためにとっておきなさいよ……」
スバルとティアナのやり取りを見てエリオとキャロは二人顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
「噂をすればなんとやらってやつね。その、凄い人やらってのが来たみたいよ?」
ティアナの視線の先には、恐ろしい教導官と、噂の人物がいた。
「へぇ、ここが訓練所か。かなり広いな」
機動六課の建物の綺麗さから、予想通りの良い設備だった。
「そりゃそうだよ、六課には最新設備が色々とあるからね」
隣ではなのはが説明してくれる。街並みを映し出せることが可能らしい。何故「らしい」なのかというと、技術系はまったく知識がないかつ興味がないので、ほとんど聞き流していたからである。馬耳東風だ。
そして、辺りを見回すと、少し離れたところに四人の男女がストレッチをしているのが目に入った。男女というと語弊があるかもしれない。実際には、子供たちといった表現の方が正しいのだろう。慢性的な魔導師の人手不足が目立つ時空管理局では仕方のないことなのだ。それでも、子供を前線に出すというのは罪悪感が生まれるものである。
だが、そう思っている自分自身が矛盾しているのだが……。
「あの4人が新人達か」
「うん、そうだね。どの子も教え甲斐があって、楽しみだよ!」
教える…………戦う技術を。
小さい頃から戦うための技術を学ぶことを彼らはどう思っているのだろか。誰かを救える、人のためになる。そう思っているのだろう。いや、もしかしたら、そんな綺麗なことではないのかもしれない。憎き犯罪者を捕まえたい、と考えるものもいるのかもしれない。ましてや、自分のように……。
やめておこう。これ以上考えてもしかたない。そんなつまらない思考を重ねて何の意味があるのだろう。生産性のかけらもない。配属初日で何を考えているんだ、俺は。
「……アーク君?具合でも悪いの?」
耳に届くのは、そんな言葉。その言葉で、自分がなのはに話しかけられているのだと気付く。他人からみれば、さぞかし腑抜けたツラをしていたものだろう。
「ああ、ごめん。ぼーっとしてた。で、何の話だっけ?」
先ほどから、随分と淡白な返答しかしていない。口数は少ない方ではないと自負しているつもりだが、今日は特に口を開いていない気がする。周りの人物が騒がしいからだろうか。いや、そんなことはなかったか。どこか違う気がする。普段一緒にいる人物を思い浮かべながら、気付く。ああ、積極的に話さないのは変わらないな。あくまで、感覚的なものだ。ただ単に初対面だから話づらい、といったところ……だと信じたい。
「自己紹介だよ!本当に大丈夫?」
目の前には新人達4人。隣にはなのは。そして、俺。それが現状だ。いつの間にか、なのはと俺は新人達の近くに歩いていたようだ。つまり、オートパイロット。恐るべし機動六課の技術力。
「ああ、それは悪いことをした。今日から配属されることになったライセンサー所属アーク・グライド一等空佐だ。若干一名知り合いがいるが……」
当たり前だが、その場に居る者の視線が一斉にアークに注がれる。
その一名に目を向けると、案の定目を輝かしている。無論スバルである。とりあえず、置いておこう。
「まぁ、しばらく六課で助っ人として参加することになった。基本、出動でしか機動六課に貢献できないだろうが、よろしく頼むよ」
ざっとこんなものだろうか。部隊長に対して行った自己紹介よりは肉厚になっている。人は常に進化し続けるのだ……と思いなのはに視線を向けるが、苦笑いだ。どうやら、いい評価ではないらしい。
「にゃははは、相変わらず淡白な挨拶だね。じゃ、ティアナ達も自己紹介しよっか」
「久しぶりです、アークさんっ!」
待ってました、と言わんばかりに声を上げたのはスバルである。こうなるのではないかとは予想していたが、元気のゲージがカンストする具合だとは思ってはいなかった。
「えーと、スバルとアーク君は知り合いなのかな?」
「まぁ、その認識で間違ってはないけど……。ゲンヤさん繋がりでよく会ってたんだよ」
なのははその言葉に納得したようだ。彼女もスバルの元気の度合いには驚いていたようだが。
「お父さんからアークさんが来るって聞いた時は驚きました!一緒に機動六課にいられて嬉しいです!」
「ああ……スバルも成長してるようでなによりだよ……」
中身はさほど変わっていないようだけれど。スバルとの積もる話はあとにもできる。なので、元気なスバルは置いておいて、なのはは次に促す。
「ティアナ・ランスター二等陸士です!」
「エ、エリオ・モンディアル三等陸士ですっ!」
「お、同じくキャロ・ル・ルシエ三等陸士です!」
「うん、よろしく頼むよ」
ティアナは後の二人と違って歳が上なのか、落ち着いている感じであった。だが、それとは対照にエリオとキャロは緊張気味である。初対面なのだから、仕方ないだろう。
「あの……」
気まずそうに言葉を発したのはティアナだ。
「ん?なにかな?」
「つかぬ事をお聞きしますが……もしかして、『黒き迅雷』のアーク・グライド一等空佐……でありますか?」
『黒き迅雷』。その言葉を聞くのは、機動六課に来て、果たして何回目だろうか。
「あー、まぁ、うん。その通りだよ。その黒き迅雷本人だよ」
投げやり、かつ歯切れが悪く返してしまった。でも、仕方ないのだ。俺自身、この名前は好きではない。
「ええ!?ティア、なにそれ!?」
「逆になんで、あんたは知らないのよ!」
今日はよくスバルに驚かされる日だ。もちろん、俺以外にも適用される。
「数年前に設立された『ライセンサー』っていう新しい部隊の中でも、若くして高い階級をもつ魔導師。それが黒き迅雷のアーク・グライド一等空佐って人……ですよね?」
その成否を求めるかのように、ティアナの視線が向けられる。
それに対しては肩をすくめることくらいしかできない。自分の階級を傲るつもりはないからだ。
「それに魔力変換資質を持っているとか、オールラウンダーな魔導師とか、色々な噂もありますね」
「よくそんなとこまで知ってるな。恐れ入るよ……」
どうやら、スバルがティアナに知り合いの魔導師ことを話したことが原因だそうだ。その過程で色々な噂を聞いたらしい。
「……あ、ライセンサーってなんなんですか?」
唐突な疑問。首を傾げ、いかにも頭の上にクエスチョンマークが浮かび上がっているのはエリオだ。
「数年前に設立された管理局本部直属の部隊だよ。普通の部隊じゃ手に負えない事件や犯罪者を取り扱う便利屋ならぬ便利部隊ってところかな。ま、そんなこともあって行動の自由は保証されているんだけどね。それに基本的に単独で動くことはなくて、3人ないし4人でチームを組むことが義務付けられているんだ。といっても、設立してから間もないし知名度も低く、人数もさほど多くはないのが問題なんだけど」
「つまり、アーク君にはチームメイトがいるってこと?」
「一応そうなるね。といっても俺は3人組でチーム組んでるから、他は2人しかいないんだけどね」
後々、機動六課に来るであろう見張り役の2人と顔を合わすことになると思うと、ため息がでてしまう。胃に穴が空きそう。
「いつか会えるってことだね!その時は模擬戦でもしてもらおうかな?」
「その時はお手柔らかに頼むよ、なのはさん」
「では、私と手合わせお願いしよう」
疑問。今の声は誰だろうか。いや、本当はわかっている。ただ、直面した現実から逃げたいだけなのだ。それでも、現実と向き合わなければならないのが、ライセンサーの宿命であろう。
「や、やぁシグナム。今日から六課に配属されることになったんだ」
「ほう、そうなのか。ならば、なおさらお互いの腕を確かめるために模擬戦をしようじゃないか」
違和感。この流れはおかしい。
「確かに、アーク君の実力も見ておきたいし、なによりティアナ達にも参考になるかも……。じゃ、アーク君とシグナムさんの模擬戦をしよう!」
拒否権はない。機動六課は恐ろしい場所である。