赤城のグルメ   作:冬霞@ハーメルン

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正規空母赤城。
艦娘の中では歴戦の強者で、横須賀⇒佐世保⇒呉と転戦してきた。
趣味らしい趣味はなかったが佐世保で提督に誘われてバイクの免許を取得。以来バイクでの食べ歩きが増えた。
時系列がサヨナラしてるけど、その辺りは取材の都合なのでご容赦ください。


佐賀県伊万里市大坪町のナイスバード定食

 広報の機会や、一般の人と話す機会によく訊かれることがある。『起床ラッパを聞くと、自然と目が醒めるものです。か?』と。

 赤城は答える。『とんでもない、手遅れです』と。

 そもそも艦娘というものは、起こされるということを恥だと考える。人に起こされるまでもなく、時間までには自分で起きて、時間と同時に動き出せるように躾られているのである。

 艦娘候補生学校時代には総員起こしと同時に飛び起きて、布団を畳み、着替え、グラウンドまでダッシュして体操したものだ。5分前には飛び起きる準備は完了していて、総員起こしの号令を淡々と待っていなければ間に合わない。だから『総員起こし5分前』の号令の方が心臓に悪いだろう。

 一方で、確実に起こすための悪戯をしたいなら『赤城さん、ワッチです』が効く。これは速やかに飛び起きる。

 近くに艦娘の知り合いがいたら、可哀想だから試さないであげて欲しい。本当に心臓に悪いから。

 

「‥‥そういえば休日でしたっけ。失敗しました」

 

 一般人なら休日には少し早い時間に、赤城はごろりと寝返りを打った。

 駆逐艦や軽巡洋艦の一部などには許されていないが、重巡洋艦や戦艦、空母の艦娘は鎮守府の外に自室を借りることが許可されている。ほどほどの広さがある日当たりのいい部屋は、ベッドと衣装箪笥、私服をかけるハンガーラックとバイク用品ぐらいしかない無味乾燥なものであった。

 艦娘は転勤が多い。赤城も長くて佐世保は2年ぐらいだろう、と家具すら最低限にしていた。着任当初は女子会を家で、ということも楽しみにしていたのだが、実際はオフのタイミングが合うことすら稀で、ゴミ捨ても面倒だしお金はあるし、会う機会があれば結局は連れ立って呑みに出かけてしまうのだった。

 かつては趣味らしい趣味もなく、バイクの免許を取らなければ今でも休日は寝て過ごしていたかもしれない。そして佐世保は、もし街の中だけで過ごそうとするならば、それなり以上に退屈な街でもあった。

 

 

「とりあえず、部屋の片付けでもしましょうか。どうしてあんまり帰ってるわけでもないのに勝手に汚れていくんですかねぇ」

 

 

 掃除機をかけて、拭き掃除をし、ろくに出てもないゴミをまとめればそれで終わり。掃除が面倒なコンロや、洗濯機はおいていない。食料の買いだめができない生活だから自炊はむしろ高くつくし、洗濯物は鎮守府の洗濯室で済ませてしまうからだ。鎮守府は女性ばかりだから、この安アパートで物干しするより遙かに安全だった。

 ゆっくり掃除をし、気分転換にとシャワーを浴びてもまだ昼には早すぎる。早起きの習慣がある者にとって、午前は長いのだ。

 

 

「読書をしようにも本が無いし、映画を観に行こうにも博多まで二時間ですか」

 

 

 とりあえず枕元に置いてあった、ボロボロになってしまっているツーリングガイドを捲る。

 佐世保はバイク乗りにとって理想的なホームだった。北に行けば平戸、生月島の走り応えのある道があり、南に行けば西海の美しい風景を見ながら長崎方面に行ける。もし足を延ばす時間があるならば、阿蘇までも比較的近い。阿蘇まで行けば今度は宮崎、高千穂ぐらいならば軽い旅行の範疇だった。

 

 

「長崎にはこの前トルコライスを食べに行ったし、平戸はこの前お刺身を食べに行っちゃったし、阿蘇はさすがに少し違いから、あまり短いスパンで行くのも憚られますからね。赤牛の牛丼は美味しいんですけど」

 

 

 そういえば峠は久しぶりだ。峠を走りたい。

 赤城の愛車はアメリカンタイプで、峠を攻めるには向いていない。しかし攻めるのと走るのとはまた違う。

 中々スピードが上がらない少しの苛立ち、坂道を機械で登るという不可思議な感覚、重力に逆らう優越感。峠の登りは良い。アクセルを絞りすぎてもいけない、加速しすぎてもいけない、踏むべきところで踏むブレーキ、注意を払ったコーナリング、程よいスリルと緊張感。峠の下りも良い。

 

 

「よし!」

 

 

 もうツーリングガイドも要らない。通い慣れた道だ。峠を越えるだけが目的だから他も不要。ジャケットを羽織り、ヘルメットを被って愛車に火を入れる。

 ちょうど先日磨き上げ、チェーンも洗って油も挿した。ご機嫌は上々だ。手慣れた車線変更で横道を抜け、登坂を開始。目指すは佐世保と佐賀の県境、国見峠だ。

 

 

「天気もいいし、車も少ない。やっぱり走るなら早い時間がいいですね」

 

 

 荷物を積んでないから愛車も軽い。暫く走りを楽しみ、お気に入りのスポットで一度休憩。自販機で缶コーヒーを買ってベンチに腰かければ、眼前には伊万里の美しい景色が広がっていた。

 佐賀県と佐世保は深い関係にある。それは佐世保と長崎との関係よりも深いかもしれない。

 元々佐世保というのは小さな漁村で、そこに鎮守府を開庁するにあたり人を集めて街になったという経緯がある。ではどこから人を集めたかというと、おそらくは長崎より佐賀の人間が多かったのだろう。実際、佐世保の人の方言は長崎弁というよりは佐賀弁に近い。

 例えば佐世保の人の代表的なお出かけ先といえば武雄温泉か。嬉野温泉もアクセスは容易だし、有田や佐賀市内も遊びに行きやすい。そして今、雄大な景色を楽しんでいる伊万里もそうだった。

 

 

「さて、お楽しみの下りです」

 

 

 車の少ないうちに楽しんでしまおう。スピードを出すつもりはないが、かといって途中でブレーキがかかってしまうのもつまらない。すいすいと、重い車体を左右に傾けて進んでいく。

 山を下りて伊万里の市街地に入っても交通はスムーズだ。車線が多いし、九州の人は結構飛ばす。市街地と言っても車が極端に増えるわけでもなく、やがてお目当ての食事処へ辿り着いた。

 

 

「うわぁ、もう並び始めてますね。少し早めに来て正解でした」

 

 

 黄色に赤字の目立つ看板のお店には、既に開店待ちの列が出来ていた。これが開店後になると、とてもじゃないけど直ぐには店に入れない人気店である。

 赤城は行列で待つのも嫌いではないが、もちろん待たない方が良い。今日は大正解だ。あまり早く来過ぎても待っている時間が長くなるし、一番最初で待つというのは少し気恥ずかしかった。

 

 

「駄目そうだったらおうどんでも、と思ってましたが、それは次にしましょうね」

 

 

 このぐらいの列ならば、お店の中に入りきる。やがて開店、巨大な鶏の像を横目に案内された。

 家族連れ、団体客が炬燵のある座敷へと案内されていく一方で、赤城が案内されたのは入り口近くのテーブル席だ。

 少し風が吹き込んで悪いが、元々バイクで来ているから十分な厚着をしている。むしろ厚着が許される、土間のようなテーブルがありがたかった。注文するメニューはもちろん定番の定食。

 

 

『若どり』

 ⇒定番の一品。柔らかくジューシィ。いくらでも食べられそう。

 

『ネック』

 ⇒所謂せせり。首の肉の周りのお肉で、歯ごたえ抜群。

 

『かしわめし』

 ⇒炒飯みたいだけど、炊き込みご飯? 紅ショウガと福神漬けも添えて彩りも良い。

 

『野菜盛り』

 ⇒BBQの定番。しっかり焼いても、多分生でもヨシ!

 

『スープ』

 ⇒もちろん鳥だし。具はネギとタマゴ、そして鳥!

 

 

 定食、というのは嘘ではないが、今日は奮発して2品追加。机の上には皿が広がり、すごいことになっている。元々の定食もそこそこ量が多いのに2品も追加してるから、ほとんど2人前だ。

 

 

「テーマパークみたいですねぇ。さすがに気分が高揚しますって、加賀さんに怒られちゃいますね」

 

 

 使い古した感じはあるが、よく磨かれた焼き網に先ずは若鶏をいくつか ON して、最初にかしわめしを一口。フワッと鳥皮から香る鶏の風味と、ニンジンの食感、甘い出汁が効いていて食べやすい。モリモリいけそうだ。というか、気が付いたら3分の1ぐらいは既に食べてしまっている。

 

 

「いけない、いけない、ちゃんと残しておかないと」

 

 

 程よく焼き上がった若鶏を、先ずはそのまま。

 ぷりっ、じゅわあっ、そして再びぷりっと、良い食感だ。肉汁もたっぷりで、素晴らしい。頬張ったせいで若干ロの中をやけどしたが、口いっぱいにお肉を頬張る贅沢と幸福感が最高だ。

 これは焼鳥ではなく、焼肉である。佐賀で焼肉といえば鶏なのだ。

 2つ目はたっぷりとタレにつけて、甘辛っ! 素材の味もいいし、こうやってお店の味付けを楽しむのもいい。ちょっとベタついた感じもあるが、肉を焼いて食べるっていうのはこういう味なんだ。

 続けて3つ目を、の前にネックを少し焼き網の上に補充しておく。肉は焼けるのに時間がかかるのだから、この切れ目のない補充が大事だ。しかし焼き加減が適当になってはいけない。だから一度にたくさん網の上に並べるのはよくない。見栄えも悪いし。

 

 

「その"塩梅”ってやつが、中々つかめないんですよね」

 

 

 にんにくコショウの薬味があるから、それを肉の上につける。タレに混ぜてしまうのもアリだけど、今日は肉も増やしたし、先ずは上品に。鼻に抜ける薬味が食欲を増す。

 

 

「すいません、ライスください、大盛りで」

 

 

 かしわめしがまだ残ってるけど、このタレとにんにくコショウにはライスを合わせたい。たっぷりとタレに浸してオンザライス。そしてムシャムシャッと頬張る。

 

 

「弓道部の午前練のあと、ご飯おかわり自由の定食屋でやった感じの」

 

 

 もしくは子どもの頃、無性にお腹が空いて仕方がなくって、何とか少ないおかずでご飯をおかわりしようとしてた時みたいな。ああいうのが、イイ。

 

 

「ピーマンもしっとり焼けましたね。これをタレに絡めて」

 

 

 オンザライスだ。玉ねぎもイイ。キャベツは軽くあぶって、これは味付けナシでそのまま悩る。大阪に出張したとき以来、味付けなしのキャベツは大好物だ。焼かなくてもいいかもしれない。けどせっかく網があるのに、焼かないというのも勿体ない気がする。

 

 

「お、ネックも焼けましたね。歯ごたえ抜群でビールが進みそう」

 

 

 もちろんバイクで来てるからアルコールは無し。お肉単品で勝負するなら、若鶏よりもネックの方が好みかもしれない。若鶏は肉汁と食感と満足感がすごいけど、味の凝縮度合と歯ごたえはネックの方が上なのだ。

 となるとネックはそのまま、若鶏はライスと食べるべきだ。野菜もちょっと量が心もとないので大事に挟んでいかないと。若鶏、ライス、ネック、野菜の順番だ。ペースを崩さず、焦ってはいけない。でもにんにくコショウはタレに溶かしてしまおう。

 

 

「表面をよく焼いて、タレにしっかりつけてから焼き網の上にバックです」

 

 

 若鶏の上でジュワジュワとタレが発泡する。じりじりと網の上で焼かれる鶏の情念が、心の叫びが伝わってくる。いや雰囲気だけだが。

 かぼちゃは少し焼きすぎたか、かなり焦げてる。このかぼちゃの焼き具合というのは未だに判らないことの一つだった。逆にとうもろこしは程よい。若鶏と同じようにタレにつけて焼いたから、香ばしい匂いが伝わってくる。

 

 

「スープも鳥の出汁がよく効いてます。かしわめしと一緒に食べるとお口の中が鳥でいっぱいです」

 

 

 肉と、飯と、汁と、野菜。どれを最後の一口にするか。これは重要な命題だ。

 最後の一口は、せつない。しかし大事なのだ。今日は、汁だ。汁にしよう。

 野菜、肉、そしてかしわめしを丁寧に頬張り、呑みこんでから、最後にスープを飲み干す。ゆっくりと吐息をつき、余韻を楽しむ。ごちそうさまでした。大満足だ。

 

 

「早めにお昼が食べられましたし、まだ走れますね」

 

 

 博多まで出るか、唐津を観光するか。はたまた南下して武雄か嬉野で温泉に入るのも悪くない。いや、この寒さだ、厚着しているとはいえ走れば寒い。ここは温泉にしよう。風で冷えた身体を温泉で温めるのは最高だ。その後佐世保

に戻って、また寒くなったらサウナに行けばいい。

 

 そのあとは、おでんとちゃんぽんかな。さらに増えてきた客を列を横目に見ながら、赤城は愛車に跨った。

 

 

 

 

 

 




開店三十分前ぐらいがベストな待ち時間です。
ちなみに僕は、向かいのうどん屋の方が好きです(オイ

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