双星の雫   作:千両花火

99 / 163
Act.87 「Dis-」

「う、うう……ん……?」

 

 鉛のように重たい瞼を持ち上げると見覚えのない天井が見えた。そのコンクリートではない、生活感を思わせる温かみのあるベージュ色の天井をしばらく見つめていたが、自身の境遇を思い出して目を見開き、勢いよく起き上がる。身体に痛みが走ったが関係ない。

 アンティーク調にデザインされたベッドから跳ねるように飛び出し、隣に立ててあったスタンド式の照明を掴み、まるで武器のように構えて握り締める。

 その体勢のままゆっくりと部屋を観察する。まるでどこかのホテルのスイートルームのような内装に、大きな窓の外、ベランダの向こうに見える景色からは大きな青い海が見える。見ただけで観光地とわかる景色にますます困惑を強くする。

 戦場にいたはずなのに、そして撃墜されたはずなのに。こんなところで寝ている理由がわからない。

 

「………ここは」

「客間で騒ぐなんて、マナーがなっていないんじゃないですか?」

「ッ!?」

 

 心臓が出るかというほど驚き、ビクッと身体を震わせて振り返る。部屋の出入り口である扉の前に一人の少女が立っていた。まるで御伽噺から出てきたのではないかと思うほどの完成された、まるで妖精のような美貌を持ったその少女は呆れたようにため息をつきながらゆっくりと部屋へと入ってきた。

 戦装束であった機械の鎧であるISは纏っておらず、どこかの令嬢のような清純な白い服を身につけている。ゆったりとした服が歩くたびに柔らかく揺れ、それさえも人間離れした美貌を演出しているようだった。特に外傷なども見られず、とても戦士としての生み出された最高傑作とは思えない。

 

「シー、ル………」

「呼び捨てを許した覚えはありませんが……まぁいいでしょう」

 

 そこで少女は気付く。記憶が飛んでいるためによくわからないが、確かに自分は目の前のシールに斬られたはずだ。ならばISの絶対防御が発動したはずだった。

 捕らえられたということはなんとなく理解したが、しかしこの状況がわからなかった。見れば少女の怪我は治療されており、痛みは残っているがほぼ完璧に処置されていた。誰が治療したかなど、すぐにわかった。

 

「なぜ……」

「なんです?」

「なぜ、助けたの……?」

「自惚れないでください。私はあなたを攫っただけです。あなたが生きているのは、あの人の気まぐれでしかありません。そうでなければ、今頃あなたはあの世ですよ」

「あの人、って……」

「言葉に気をつけてください。少しでも妙な気を起こせば―――」

 

 シールがわずかひと呼吸で、軽く一歩を踏み出しただけであっさりと少女の間合いへと踏み込んだ。少女が驚くときには、すでにシールの右手が少女の細い首に指を食い込ませるほどに強く握りしめていた。

 

「がっ、ぐ、ぐがっ……!」

「その首が簡単に落ちることを忘れるな」

 

 苦悶の表情を浮かべながらも、少女は嫌でも理解してしまう。ISがどうとか、本物とか偽物とか、そんなことは関係ない。シールという存在は、もはや人の範疇に収まるようなものじゃあない。生身でもその戦闘能力は少女のそれを遥かに上回るだろう。こんな人を越えようと思っていたことに、いくら追い詰められていたとは言え自身の無知と無謀を嘲笑したくなる。

 むしろここで殺されたほうがまだ納得できるかもしれない。半ばそんな諦めのような気持ちさえあった。

 ゆっくりとシールの指が首に食い込む感触を感じながらも、少女は抵抗すらしなかった。告死天使の裁定を受け入れるかのような少女に、しかしその宣告は訪れなかった。

 

 

 

 

「あら、ダメよシール。迷い子には優しくしなくちゃ」

 

 

 

 

 

 声が響いた。

 シールではない。シールよりももっと大人の、それでいてどこか子供っぽさが残る響きだった。首を絞められながらもその声の主へと目を向ける。

 絹のような艶やかな金色の髪、大人っぽさと子供っぽさが同居したような顔。邪気のなさそうに見えるその姿に、しかしその瞳の奥底に狂気を宿した女性。見覚えがあった。

 世界を玩具にして踊る亡国機業の魔女、マリアベル。それは、少女にとっても最優先抹殺対象の存在だった。当然だろう、少女を作り上げた連中は同じ亡国機業内とはいえ、マリアベルに対抗する派閥だ。事実、マリアベルを失えば亡国機業の主流派は瓦解することは間違いない。

 それほどまでの絶対的な旗頭なのだ。それは逆を言えばマリアベルさえどうにかすれば簡単に崩れることは違いない。マリアベルの右腕とされるスコールでもマリアベルの代わりは務まらない。マリアベルはその存在こそが組織にとって最大の弱点でもある。

 

 しかし――――。

 

 

「あらあら、怯えちゃって、可愛い」

 

 

 少女は確信する。無理だ。こんな存在をどうにかできるわけがない。

 ただ対峙しただけで得体の知れないなにかが身体を硬直させる。聖母のような笑みの影に見える悪魔のような嘲笑。善と悪をごちゃまぜにしたような、黒色を白色で塗りたくったような、そんな不気味な印象を与える。

 作り出され、純粋な人間ではない少女自身よりも目の前にいる存在のほうが異質。それだけで少女の恐怖心がいとも簡単にあぶりだされていた。

 

「心配しなくていいわ。私はあなたをどうこうする気はないし? それにせっかく奪ったあなたを殺すなんてしたくないもんね」

「な、なぜ私を……?」

「ふふ、あなたに少し興味があったの。どうかしら? こっちで働いてみない?」

「ッ……!?」

 

 唐突な提案に思考が止まる。いったいなにを言っているのか理解できない。

 

「なに、を。なにを言っているんですか……、私は、あなたを殺そうと……」

「殺せたの?」

「それは、……無理、でした、けど」

「ならいいじゃない。あなたには光るものがある。私にはわかる! 悪いようにはしないから!」

「プレジデント、遊びはそこまでに」

「あら、こういう勧誘がテンプレって聞いたけど?」

「心にもないことを言ってもダメだそうですが」

「あら、そうなの? じゃあ本音を言いましょう」

 

 マリアベルが再び少女を見やる。その目は先程のような薄っぺらいメッキが貼られたものではなく、ひたすらに透明な、底すらないかのような空洞のような視線を顕にした。おおよそ人がするような瞳ではないことに心臓が鷲掴みされたように萎縮してしまいそうだった。

 

「あなた、私に利用されなさい。嫌なら別にいいわ。生きるも死ぬも、好きにしていいわよ」

「え、あ……?」

「あら、不満? いいじゃない。どうせ亡国機業は私の玩具なんだから。反乱勢力とはいえ、あなたも一員でしょう? 本来の使われ方をされたほうがいいでしょう?」

「そんな、私は………結局、言いなりになれ、と……?」

「ん? ああ、言い方が悪かったわね。別に裏切ってもいいわ。ただ言うことを聞くだけの駒なんてつまらないもの。これは別にあなたに限ったことじゃないわ。そこにいるシールも、他の幹部にも同じことを言っているのよ?」

 

 少女は信じられないと言いたげにシールに振り向いた。シールは無表情のままだったが、しかしその視線に肯定するように頷いた。

 それでマリアベルの言葉が真実だと悟る。この女性は自ら裏切り、反乱の種を抱え込み、その上で君臨しているのだ。まるですべてを呑み込んでこそ魔女だと言うように、それすら楽しんでいる。普通の思想じゃあ決してない。もしかしたら、いや、おそらくは少女が所属するIS委員会の裏切りすら、マリアベルが思い描いていた座興のひとつだった。

 狂っている。そうとしか言えない組織のトップとしての在り方に、しかしそれでいて未だ世界を玩具にして遊ぶこのマリアベルという魔女が、どうしようもなく恐ろしかった。

 

「言っておきますが、もし本当にプレジデントを裏切るのなら、その前に私があなたを殺します」

「あらあら、ダメよシール。自由意思は尊重しなきゃ。だから私も自由にしてるんだし」

「あなたを守ることが、私の自由意思です」

「ふふ、そこまで思ってくれて嬉しいわシール。じゃあこの子はあなたに預けます」

「は、………え?」

 

 それは本当に珍しい、シールが困惑した声だった。目をパチクリとさせながらマリアベルの顔を失礼だと思いながらジロジロと見返してしまう。そんなシールの反応に満足したようにマリアベルもケラケラと笑う。二人に挟まれた少女だけが格の違う二人のやりとりに固まっていた。

 

「な、なぜです!?」

「この子を連れてきたのはあなたでしょう? なら責任を持ちなさい」

「あなたの命令なんですが」

「あら、責任転嫁なんて、私はそんな子に育てた覚えはありません!」

「私はたくさんありますけど」

「うぅ、これが反抗期ってやつかしら? ふふ、でも飼い犬に噛まれるのもまた面白い!」

「ダメだこの主人……やはり私やスコール先輩がいなければ……」

 

 割と失礼すぎることを言っているシールだが、本音である。マリアベルは確かにカリスマもあり、実務能力、開発能力、挙句には戦闘能力すら規格外のオーバースペックであるが、その遊び好きな性格が問題過ぎた。面白そう、というだけであっさりと機密を流す。こちらの手札を晒して相手の反応を楽しむ愉快犯的な思考、そして身内に甘く、それ以外はゴミというような極端な価値観、それらすべてが組織のトップとしては失格といえる要素だ。

 しかし、それでもマリアベルは誰よりも組織の長として君臨していた。アンバランスでありながら、絶対的というその在り方から【魔女】という異名を持つほどだ。

 

「まぁここは私に任せなさい。シール、あなたはお茶でも淹れてきてくれないかしら?」

「しかし、監視は……」

「大丈夫よ。私の強さは知っているでしょう?」

「ですが……」

「シール」

「………はぁ、わかりました」

 

 くれぐれも妙な気は起こさないように、と念入りに“二人”に言ってからシールは退室する。残されたのは怯える少女と笑う女性。おおよそチグハグな二人がテーブルを挟んで向かい合って座っている。

 

「さて、少しは落ち着いて話せるかしら? シールってば生真面目だからずっとあなたに殺気をぶつけてたでしょう? ふふ、まったく困った子ね。真面目すぎるのもダメね、やっぱり遊び心がなきゃね」

「いえ、………お気遣いは無用です。自分の立場はわかっているつもりです」

 

 そう、今の少女は死刑を待つ囚人と同じだ。もはやどうあっても目の前の存在から逃げられる気はしないし、だからといって死にたいとも思わなかった。シールとの共鳴現象を経て、少女の心に少しだけ変化が生まれていた。さきほどはシールになら殺されてもいいかと思ったが、目の前の魔女に殺されたくはないと思った。

 

「…………」

「あの、なにか……?」

 

 自身をじっと見つめるマリアベルに問いかける。マリアベルは無邪気な笑みを浮かべたまま少女の黒く染まった眼球をじっと見つめていた。

 

「その眼も、なかなか神秘的に見えるわね。ふふ、シールと並べば、絵になるんじゃないかしら?」

「………あの人は、私を認めていません」

 

 所詮は偽物。それがシールによって突きつけられた現実だった。少女はもうシールを越えようという気さえなくしていた。どうあっても、あの人には敵わない。本物が持つ力に心が折れた…………いや、本物に心を奪われた。憧れすら抱いた。だからもう、シールに勝つことはできないだろう。

 

「うーん、それは少し違うわね」

「え?」

「シールはね、唯一無二であることがあの子の矜持なの。だからあの子は自身の偽物を許さないし、自分のプロトタイプに負けられない。だからシールはアイズ・ファミリアという存在との決着にこだわって、あなたのように自分で偽物だと諦めている存在を認めない」

「…………」

「あの子はね、あなたと同じように造られた命よ。ま、私はそれには関与してないけど、あの子は生まれたときから超越者で、だからこそ誰よりも虚しさを抱えている」

「虚しさ?」

「天才ゆえの孤高、とでも言えばいいのかしら? 誰にもあの子には並べない。だから孤独。だから寂しい。でも同じ存在が現れれば、あの子の生み出された意義にヒビが入る。だからあの子はそれを認めない。ふふっ、まるで寂しがり屋が強がって友達を作りたくても拒絶しちゃうみたいに。そんな矛盾を抱えていることも可愛いんだけどね」

「…………」

「だから私はアイズ・ファミリアという子には期待しているのよ? あの子なら、もしかしたらシールにとって初めてのお友達になってくれるかもしれない。もちろん、そうならないかもしれない。あの子がどっちを選ぶのか、楽しみで仕方ないわ」

「……なら、どうして私を?」

「正直言って、大した期待はしていなかったわ。あの子の人間らしさを少しでも出すための切欠にでもなれば御の字かとも思ったけど……」

 

 そこでマリアベルの笑みの質が変わる。今まで得体の知れないようななにかを纏っていた笑みではなく、ただ単純に少女を誉めるような、そんな笑みへと変わった。

 

「あなたは思った以上にシールが興味を持ったみたい」

「私を?」

「確かに、あなたは諦めていたでしょう。シールが嫌いなようにね。でも、あなたは変わった。シールになろうとするんじゃなく、あなた自身としてシールの記憶に残ろうとした。だからあなたは、今ここにいる。あなたを見限っていれば、命までは取らなくても意識不明の重体にはなっていたでしょう」

 

 マリアベルが攫えと言ったから殺すことはない。だが、殺さなければなにをしてもいいと思っていれば、おそらく少女の手足を切り飛ばすくらいのことをしていただろう。

 シールが、本当に少女のことを見限っていたら――――。

 

「だから、あなたにはシールの下で働いて欲しいのよ。それがあの子にとって良くも悪くも変化の切欠となるでしょう。あの子はあれでいてまだ子供でね。後輩の一人でもできればもう少し違った面が出てくると思うの」

「そのために、私を?」

「そうね。それが一番の理由。あの子は私の特別でね。つい贔屓しちゃうの。でもあなたも今は興味があるわ。あの子の劣化コピー。そんなあなたが、あの子になることをやめて、いったい何者になるのかしら。ふふっ、迷って、足掻いて、それで変わっていく子は見ていて飽きないわ。だからあなたにもがんばって欲しいの」

「それは、誰のためですか?」

「私の享楽のためよ。趣味なの」

 

 はっきりと言い切るマリアベルだが、不思議と少女は不快には感じなかった。シールのことを可愛がっていることも、そしてそれが本当にマリアベルの趣味であろうこともなんとなくわかった。それでも、そんなマリアベルの奇妙な懐の広さに憧れすら抱いた。ここまで正直に、身勝手に誰かの成長を見守るエゴイストな母性ともいうべき姿勢は、それでも冷たいゆりかごしか知らない少女にとっても不思議な暖かみを感じていた。

 その暖かさが、おそらく魔女の茹でる釜の熱だとわかっていても、それにすがりたいと思ってしまった。

 少女は、それでいいとも思っていた。なにより、シールのことをもっと知りたいと思ったからだ。だからシールの傍で戦えることは、嫌じゃなかった。むしろ有難いとすら思った。

 

 だけど。その前にひとつだけ、確認したいことがあった。

 

 これを聞けば殺されるかもしれないと思いながらも、少女はそれをマリアベルに問う決心をした。

 

「…………少しだけ、あの人の記憶を見ました」

「へぇ?」

「血まみれになりながら、おそらくあの人を造った人間たちを殺していました。そして、そこにあなたの姿もありました」

「それで?」

「あの人に反逆を諭したのは、いえ――――教唆したのは、あなたですか?」

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――くひゃひひ」

 

 

 

 

 

 

 ただ、笑った。それが答えだった。少女は目を瞑り、目の前にいる魔性の存在を受け入れる決心をした。それがあの人の、シールの近くにいるためなら。

 少女は立ち上がると床に膝をつき、ゆっくりと手を床に当てて頭を下げた。

 

「あら、土下座なんて知ってるのね。さて、なんのお願いかしら?」

「私を………あなたの享楽のために利用してくださって構いません。ですが……」

「ですが?」

「あの人の傍で……戦わせてください」

「それはなぜ?」

 

 純粋な疑問を問うマリアベルに、少女は偽りなく答える。

 

「私はあの人を模した贋作です。そう言われても仕方ない生まれです。でも、あの人は言っていました。生まれた意味と、生きる意味は違うと。私が生まれた意味は、あの人にとって侮辱だった。だから、せめて………私が生きる意味は、あの人のためにありたい。それがなんなのか、今はまだわかりません。でも……あの人の傍で、それを見つけたい。偽物でも、本物のあの人のために生きられるのだと……それを、証明したい」

 

 マリアベルはその言葉に満足したように、ただ口を三日月型に歪めて笑った。不気味な笑みを貼りつけながら、未だに頭を下げる少女の傍にしゃがみ、その頭を優しく撫でる。

 

「なら、あなたに名前をあげましょう。そうね……まだまだ蕾のあなたが、これからあなた自身を咲き誇れる願掛けとして、…………クロエ。今日、このときからあなたはただのクロエよ」

「……クロエ」

「その名に恥じないよう、あなた自身を磨きなさい。シールの偽物じゃなく、クロエとしてね。言うなれば、あなたはシールの妹よ。姉に誇ってもらえる妹になりなさい」

 

 クロエ。

 名前を与えられた今、この瞬間こそ、少女の、クロエにとっての本当の意味での誕生日となった。

 

 クロエは魔女との契約を結ぶ。それは、天使の影ではなくなった証であり、新たな、そして本当の自身の存在の証明であった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「本当についてくるのですか?」

 

 シールは付き従うように背後にいる少女にそう言った。

 現在シールがいるのは中東のとある軍事施設。IS委員会派の息がかかった施設の破壊が今回の任務だった。本来ならば単独、もしくはオータムとの二人で行う程度の任務だが、今回は違った。

 シールと共に任務に就くのは、シールの写し身のような姿をした少女。白い肌に銀色の髪、そして魔眼の証である金色に輝く瞳。違いはその眼球が黒く染まっていることだ。そんな少女―――クロエはシールの問いかけにはっきりと頷いた。

 

「はい。私も、もう戦えます」

「………なぜ、私に従うのです? 自由にしていいと言われたのでしょう?」

「だから、自由にしています。私は………姉さんの隣で戦いたい」

「その姉さん、という呼び方もやめてくださいと言ったはずですが」

「姉さんは、姉さんです」

「…………はぁ、プレジデントにいったいなにを吹き込まれたのやら」

 

 シールからしてみれば、あの日、少しだけ部屋を離れて戻ってきたらいつの間にか懐かれていた。いったいなにがあったのかマリアベルも教えてくれなかっただけに少々気になるが、どうせ答えてはくれないだろうとわかるために渋々と納得することにした。

 しかし、あの日以降、ずっとクロエと名乗り、シールを姉さん、姉さんと呼んでついてくるようになったこの少女の扱いに少し困っていた。確かに同じ遺伝子をもとにしているのだから姉妹、と呼べるかもしれないが、姉と慕われることに慣れていないシールは自身の感情を持て余し気味だった。

 シールと同じように感情表現は苦手だったが、シールに向ける捨てられた子犬のような眼差しはなぜか放っておけず、ついつい甘やかすようにクロエのやりたいようにさせていた。

 こうなった元凶であるマリアベルは「妹を持ったほうが対抗できるでしょ? アイズちゃんは妹いるのにシールはぼっちじゃあねぇ」なんて冗談か本気なのかわからないことを宣っていた。

 とにかくとして、シールは姉と呼び慕うクロエを連れるようになった。勝手についてくる、というほうが正しいが、もうそこは半ば諦めている。

 

「私についてくるのなら無様は許しません。それなりに鍛えましたが、期待を裏切らないでくださいよ?」

「はい、姉さんの期待に応えます」

「……どうも調子が狂いますね。アイズもこんな苦労をしているのでしょうか」

 

 アイズが聞けば「ボクの妹は自慢だよ」とドヤ顔で言い放っていただろう。しかし、シールは未だに妹という存在に対する接し方をわかっていないようだった。

 

「まぁいいでしょう。では行きますよ」

「はい」

 

 シールは天使の鎧、IS【パール・ヴァルキュリア】を纏う。そしてクロエもまた、己の新たな愛機、道化師を模したIS【トリック・ジョーカー】を展開する。

 トリック・ジョーカー。元の機体コンセプトをそのままにマリアベルによって強化された機体。その最大の能力である攪乱能力と、さらに純粋な戦闘能力も底上げされており、単純なスペックでも以前のものとは一線を画する。その黒を基調としたアンバランスで統一性のないデザインの装甲、それを纏ったクロエが手にした泣き笑いの表情が描かれた仮面で顔を隠す。

 

「目標は十分で殲滅です。私の妹を名乗るなら、それくらいやってみせなさい」

「はい、姉さん」

 

 天使と道化師が並んで戦場へと飛翔する。

 それは、絶対の死の宣告と、そんな宣告を受けた者たちを惑わす道化の狂宴による蹂躙のはじまりであった。

 

 

 

 




これでこの章は終了です。
クロエさんが亡国機業サイドに参入しました。これであらかた各陣営の戦力が整ってきました。シールにも妹ができました。どんどんシールのいろんな面が描けて楽しくなってきました。

次回は通算100話目となる特別編の予定です。とうとう話数三桁の大台で自分もびっくりしています。特別編は「ほのぼの」「百合」「しんみり」をテーマに書こうと思ってます。いろんな意味でアイズ無双です(笑)

それでは感想やご要望お待ちしております。

また次回に!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。