双星の雫   作:千両花火

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Act.86 「Distortion」

 天使の如き威容で持って目の前に立ちふさがる存在は、彼女にとって神でもあり悪魔でもあった。

 

 ヴォーダン・オージェの完全適合体。人造の魔眼に合わせて生み出された超常の存在。それがシールという白い少女だった。完璧な造形と完全な能力を与えられた、人が作った最上のカタチ。

 

 彼女は完璧だった。

 

 通常ならば宿主の命を糧としても足りないほどの力を与えるヴォーダン・オージェを制御し、尋常ならざる人外の境地に至り、すべてを見通す。その魔眼に合わせて造られたそれは細身に見える体躯に反して強靭であり、筋繊維、神経、あらゆるスペックが細胞レベルで段違いだ。その人外の能力を示すようにその容姿も人外であり、病的にも見える雪のように白い肌、ミリ単位で計ったような完璧な造形、そして銀色に輝く髪はまるで彼女が女神か天使かとも思わせる。

 存在自体が芸術とも称された魔性の美貌が、その金色に輝く瞳を冷たく輝かせて自身の出来損ないの瞳へと向けられている。

 

 怒りや焦り、混沌とするほど様々な感情が渦巻く心中で、しかしそこから表に出てきた言葉は少女の最も純粋なシールへ抱く思いだった。

 

 

 

 

 

「―――――綺麗、……」

 

 

 

 

 その言葉に我に返った少女はハッとなって口を噤む。いったいなにを口走っているのか、自身の不抜けた精神を叱咤しつつ誤魔化すように虚勢だけの睨みをぶつける。

 しかし、それすら見抜いているようなシールの冷淡な視線は揺ぎもしない。

 

「あなたは私のコピーだそうですね」

「ッ!」

「ここのデータバンクを少し洗いました。私の完全なクローンの作成を目的とした研究がされていたようですね。その最後の一体があなた、ですね」

 

 少女がギリリと歯を鳴らす。それは紛れもない事実だった。

 奇跡のような存在である超常の存在、シールの完全模倣を目的としたコピー。量産目的とした一定水準の劣化コピーとされるラウラと違い、シールの能力全てを再現することを目的としたクローン。現在のIS委員会、つまり反マリアベル派が秘密裏にシールのデータを流用して作り出そうとした天使の再現。マリアベルの手駒でも切り札であるシールに対抗して生み出された抑止力となるはずだった存在。

 ――――そう、“だった”。

 

「もっとも………私には到底及ばない、失敗作。……贋作しか作れなかったようですが。そんな偽物なのに、私に並べると思っていたのですか?」

「偽物と、言うな」

「その虚勢すら哀れみを覚えますね」

「偽物じゃ、ない。偽物と言うなァッ!!」

「吠えるな、贋作(フェイク)。自身が本物だと言い張るのなら―――」

 

 シールの眼は変わらず冷たい光を宿しているが、表情はどこか苦笑しているようだった。それはまるで挑戦してくる少女を微笑ましく見ているようにも見える。

 

「私を倒してみせることですね。あなたが本物になりたいというのなら、この私を超えるしかないのですから」

「う、うぅぅぅ、ぁぁぁああああああ――――ッッ!!!」

 

 少女が悲鳴のような絶叫を上げてシールへと挑んでいく。そんな少女をまっすぐに見据えながら、シールはなんの容赦も手加減もなく少女を迎え撃った。

 

「遅い」

「がっ……!?」

 

 その場から動くことなく、ただ剣で一閃しただけ。そのひと振りが少女のガラ空きの胴体部を撫で斬りにする。もっとも効果的な部位へ容赦なく刃を突き立てるシールを、少女が苦しそうにしながらも睨みつける。冷たいシールの眼とは真逆のような激しいマグマのような感情を込める少女の視線に、シールはわずかに眉を寄せる。

 感情を顕にする。ただそれだけの行為が、シールにはひどく関心をそそられるものに感じられた。感情的に戦う姿はどこかアイズを思わせるが、少女のそれはアイズに比べて幼く、子供の癇癪のように感じられた。

 

 まるで、なにかを否定したいように。なにかを、認めたくないように。

 

 アイズが自身の意思を肯定することを力としているのに対し、少女はなにかを否定することにこだわっている。シールは漠然とだがそう感じた。

 本来ならだからどうした、で終わることだった。しかし、シールはふとそんな少女に興味を抱いた。出来損ないとはいえ、同じヴォーダン・オージェを宿した存在。そんな少女が、いったいなにを望み、なにを願い、なにを拒んでいるのか。そこに興味を持ったのだ。

 

 シールは、自身に足りないと思っているものを、おぼろげながらも気付いている。それはシールにはなく、アイズが強く、そして大切に抱いているもの。

 それが、この少女にもあるのかもしれない。だから、シールはそれを知りたいと思った。

 

「…………あなたも、持っているのですか?」

「……?」

「運命に抗うほどの、なにかを」

 

 するとシールは徐に手を伸ばし、少女の首を強引に掴む。苦しそうに顔を歪めながらも大した抵抗すらできずに少女はシールの眼前へと引き寄せられた。

 至近距離から顔を合わせられた少女が恐怖に顔を歪ませる。しかし、その眼はやはり怒りの色を浮かべたままシールから視線を逸らさない。最後の抵抗とばかりにさらに強く睨む少女に対し、シールは始めて無表情を解いた。やんちゃをする子供をたしなめるように、苦笑してみせたシールはその後、わずかに眼を閉じる。

 

 そして―――――。

 

「が、ぐぅぅッ……!?」

 

 シールが目を見開くと同時にヴォーダン・オージェの適合率を跳ね上げる。満月のように浮かぶ金色の瞳が少女を射抜く。魔性としか表現できないその瞳の輝きに少女が気圧されるが、しかし眼を逸らすことさえ許されなかった。まるで金縛りにあったかのように身体が硬直する。目線すら動かすことができないという体験に混乱するが、そのすべてがシールに“見られている”からだと気付く。

 ただ視認するだけで相手を行動不能に陥れる。曲りなりにも少女が同じヴォーダン・オージェを宿していたことによって強制的に引き起こされた共鳴現象による侵食であった。

 互いのヴォーダン・オージェのナノマシンを共鳴させることで精神を繋げるという、同じ魔眼を持つ者同士しか発現しない超常現象。眼と脳をナノマシンで改造された発現者だからこそ起きる精神の同調。かつてアイズとラウラ、そしてアイズとシールが心をつなげたものと同じ現象を、シールはその絶対的な力で強制的に引き起こす。

 同じ眼でも完全に少女の上位互換といえるシールの完成系の魔眼により、抵抗することもできずに少女の精神と身体がシールに捕らえられる。本来なら不可能であるはずの領域にまで無理矢理に活性化された少女の眼と脳が悲鳴を上げるが、おかまいなしにシールはどんどん同調を強めて行く。

 

「さぁ、あなたの心を見せてください」

「あ、ああ……、あああ……ッ!!」

 

 視界に映る世界が、意識が反転する。目に映る景色は意味を無くしていく中、少女の目の前に浮かぶ金色の瞳の輝きだけがまるで誘蛾灯のように少女の精神を誘っていく。

 

 

 

「意識の海の底へ、落ちなさい――――」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 落ちる、落ちていく。

 

 水の底に、海の底に。ジェットコースターのようにどんどん落下していく意識を、かろうじてつなぎとめる。

 まるで空に落ちていくような矛盾した浮遊感。上下の概念が意味をなくし、重力から解き放たれたような開放感が意識を支配する。しかし、そこはどこでもない、自意識の内側――。

 本来なら目を向けることさえできない、。意識の底の底、無意識にまで及ぶ記憶の溜まり場。自身の精神を構成する有機的で、それでいて幾何学的な形容し難い心の庭園。

 

 初めて体験する共鳴による精神世界に、少女は混乱しながらも不思議と冷静さを保っていた。

 

「ここは、……」

 

「私たち、ヴォーダン・オージェを宿した者は、デザインされた共通項があります」

 

 少女の精神世界に、他の声が響く。いつの間にいたのか、少女の世界に一人の招かれざる客人の姿が浮かび上がっていた。確認するまでもない、少女にとって完成された存在であるシールだ。

 驚く少女に構わずにシールはまるで生徒に講義でもするように語り続けている。

 

「私たちは皆、この眼と脳をナノマシンに侵された人間です。先天的か、後天的かの違いこそあれど、この頭蓋の中身はすでに純粋なものではありません。養殖とも言えない造形物です」

 

 シールは手を拳銃に見立てるように形作りながら側頭部に指を突きつける。

 

「私とあなたは先天的、あとの二人は後天的といえるかもしれませんね」

 

 シールも、そして少女もはじめからヴォーダン・オージェに適合するように造られた存在だ。だから生まれた時から、いや、生まれる前からすでに人の手が加えられている。

 対してアイズは後天的に人体改造されたケースで、ラウラもはじめはクローニングによる身体強化こそあれど、クローン体に移植するケースのために同じく後天的な例といえるだろう。

 

「そして、眼を合わせることで互いの脳の中身を覗き見ることができます。これが共鳴現象と呼ばれるものです」

 

 アイズは「心が繋がる」などのもう少しメルヘンな言い方をするが、共鳴する仕組みはまさにそのとおりだ。重点的に強化された瞳による視界を介することで、目を合わせることで同じヴォーダン・オージェを持った相手の眼を通して頭の中にまで解析が及ぶ。同系統のナノマシンであることと、それが脳にまで深く根を張っていることによる現象だ。

 ただでさえ、ある程度活性化した状態ならば距離が近いだけでナノマシンが共振するように反応するほど鋭敏な共鳴を見せる。直接見合うことで内面にまで深く侵食することができる。深淵を覗き込むように、互いが互いの意識の底を映し合うのだ。

 

「で、でも……!」

 

 しかし、その説明でもまだ理解ができない。

 なぜなら、少女にはシールの内面がまったく見えないからだ。自身の内面が見透かされていることは苛立たしく、そして恐ろしいが、ならシールはなぜ一方的に少女を見ているのか。

 

「純粋な性能差ですよ」

「っ!」

「私の眼とあなたの眼ではその力は雲泥の差です。私のほうから一方的にあなたの眼と頭に接続しているんですよ。だからあなたからは私は見えない。それだけです」

 

 別の言い方をすればヴォーダン・オージェの性能差がそのまま共鳴における優位性に繋がる。近い性能を持つアイズでは相互に感情を映し合うほどに共鳴していたが、シールとこの少女ではシールが一方的に少女の中身を見分する程一方的となる。共鳴したこともシールが無理矢理少女の意識を引き上げた結果だ。もちろん、シールが自身の内側を見せようと思えばそれは少女にも伝わるだろう。しかし、シールは自分の心を見せるつもりは全くなかった。

 

 少女の表情が曇る。こんなところでも、その力の差が浮き彫りになってくる。

 

「さて、では見せてもらいますよ。…………あなたのルーツを」

「……っ、あ、あう……うう!」

「その心を晒しなさい」

 

 その言葉は天使の裁定か。

 拒否などできない圧倒的な力に、少女の奥底に眠る記憶が呼び起こされる。それは、まるで映画館でスクリーンに撮された映像を見るかのように、客観的に映し出される少女の記憶を見つめていく。

 そして世界が変わる。

 

 世界は暗く、機械に囲まれた実験施設へと変化する。巨大な水槽の中で培養される人のカタチをした命が生まれ、そして消えていく。人道など欠片もない、ただ命を消耗品と見て、産み出し、破棄する。そんな常人が見れば狂うような光景がそこにあった。

 ここが少女のゆりかご。少女が生まれ、はじめて見た世界の景色。

 

「…………」

 

 ただの射影機となったように、呆然としながら記憶を映し出す少女を一瞥しつつも、シールは表情を変えない。なぜなら、このような光景はシールにとっても馴染み深いものだったから。

 そしておそらくはアイズもそうだろう。ラウラも程度こそ違えど、このような場所で生み出されたはずだ。この眼を持つ者は皆、地獄よりも冷たく、無慈悲な場所を知っているのだ。

 

 

『やはりこれも失敗ですか』

 

『眼球が負荷に耐えられないようです』

 

『これではヴォーダン・オージェの性能を発揮しきれません』

 

『破棄しますか?』

 

『来月までに結果を出せと言われている。とりあえずこれを提出するしかあるまい。多少の無理は構わん。ギリギリまでナノマシンを注入しろ』

 

『ひ、うぐっ、ああ……!』

 

 

 痛い、怖いと叫ぶ少女に容赦なく悪魔の爪は振り下ろされる。どうなってもとりあえず生きていればよいというほどまでに情けもなく改造される少女は、幸か不幸か死神の手からすり抜けて生き抜いていく。

 しかし、それは苦痛が延々と続くことを意味していた。次第に過負荷により眼球は黒くなり、ロクに制御できない瞳だけが命の価値と同義となった。

 散々に失敗作だと罵倒していた創造主たちであるが、少女こそが唯一生き残った成功例として生き延びることになる。技術的な限界と判断され、少女がシールを超えるよう別方面からアプロープを行っていく。ヴォーダン・オージェすら攪乱し、無数の無人機を統制するISを与えられ過酷な戦闘訓練を施される。

 

 シールを超えなければ生まれた意味はない。シールに負ければ、ただの失敗作の贋作として終わるだけ。

 

 そんな強迫観念を植えつけられ、ただ自身の価値を証明したくてあがき続ける。シールを倒すこと、いや……自身がシールと同価値だと証明することが、生きる目的。

 自分自身が偽物でないと証明したいから。偽物ではない、自分こそが本物になるのだと、自分の出生を、運命を否定したいから。

 

 だから、本物になりたい。

 

 本物である、シールと並び、超えることで―――――――「くだらない」―――!?!

 

 

 少女の意識にシールが介入する。嘲笑を込めた声で、躊躇なく少女の心に刃を突き立てる。

 

「あなたでは無理です」

 

 ただ事実だけを述べていく。それが真理だというように。

 

「あなたは、私にはなれない。私を超えることなど、誰にもできない」

 

 そして、それが真実だと理解させるほどの力量を見せつける。否定すらさせないように。

 

「生まれた意味に縛られるあなたでは、アイズにも及ばない。それどころか、あの模造品にも劣る」

 

 それは出来損ないの烙印と同じだった。恐怖と怒りで震える声を搾り出す。

 

「なら、どうすればよかったの……!」

「ふむ?」

「私は、あなたに、あなたにならなきゃ、生まれた価値すらない、のに、あなたになれないなら、勝てないなら、いったい私はなんなの……! どうすればよかったの! 私は、ただ私になりたかったのに、私は、どこにいるの……!? どうして、私は、……名前すらもらえずに、あなたに、あなたの……!」

 

 支離滅裂になりながらも、それは少女の本音だった。悲痛な声となって紡がれるその言葉は悲鳴であり、呪詛でもあった。運命を否定したくて、それができずにただ翻弄されるその少女の慟哭を、やはりシールは顔色ひとつかえずに見据えている。

 

「…………アイズ・ファミリア」

「……!?」

「彼女を知っていますね? おそらく、あなたと最も近い境遇にいた存在です」

 

 命が消耗品として扱われ、奇跡的に生き延びた存在。それがアイズだ。言うなれば、この少女はシールという存在の模倣であり、アイズという悲劇の再現だ。

 

「私は一度アイズと共鳴したからわかります。あなたは、彼女の境遇によく似ている。それなのに、今のあなたと彼女ではまったく違う。あなたは泣き、アイズは笑っている。どうしてこうも変わるのか、少しは興味がありますね」

「…………」

「まぁ、その理由はわかります。アイズが、私が、そしておそらくはあの模造品も通ってきた道を、あなたはまだ見つけてすらいない」

「通ってきた、道……? なに、それはなんなの!? どうすれば、どうすれば私も“そっち”に行けるの!?」

 

 たとえ最悪の生まれだとしても、無価値な命だとしても。それでも“今”を生き抜く意思を持って笑える強さが欲しい。少女にはないそれを同類たちが持っているというのなら、それが少女も欲しかった。

 

「私だって笑いたい、こんな、こんな眼なんて欲しくなかった! 誰かと一緒に笑い合いたかった! どうすれば、なにがあればそんな世界で生きられるの!? 教えて! 私も、私だって――――!!」

「甘えるな」

 

 そんな少女の懇願もばっさり斬り捨てる。シールは強い視線だけで少女を黙らせた。

 

「それを知りたいのなら――――」

 

 世界が揺れる。共鳴が不安定になり、意識の接続が切れかかっている。

 

「――――まずは、最後まで戦いぬけ。這いつくばって、泥を舐めるまであがけ。まずは、そこからです」

 

 意識が離される。シールが同調を切ったのだ。それに抵抗すらできない少女の意識もまた。再び現実へと引き戻される。

 しかし、その直前に少女は確かに見た。

 

 少女の記憶にない景色。そこに見えたイメージは、シールの記憶だった。それがシールが意図的に見せたものなのか、たまたま見えてしまったものかはわからない。だが、たしかに共鳴が終わる寸前の刹那に、それをはっきりと見た。

 

 

 

 

 今よりも少しだけ幼いシールが、おびただしい数の死体の中で、全身を血で濡らしながら立っていた。銀色の髪の毛も真っ赤に染まり、雪肌はまるで火のような赤色に侵されていた。

 その手にはナイフが握られており、血で全身を汚しながらもシールはなによりも美しい笑みを浮かべていた。

 そんな地獄絵図の中に佇むようでいて、なお美しいと思わせる美貌でもって笑うシールに、誰かが近づいてくる。

 

 金色の髪の妙齢の美女だ。彼女は血まみれのシールに近づくと、汚れることもためらわずにシールの肩を抱き、その口を三日月型に歪めながら笑いかけた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――――……うっ、ああ」

 

 現実の世界に帰還した少女が、はっきりと意識を覚醒させる。まるで白昼夢のようなその体験は夢のようにも感じられたが、それが嘘ではなかった証拠に、目の前に同じ金色の瞳を向けたシールがいた。シールは少女を乱暴に突き飛ばすと、さきほどと違ってほんの少しだけ表情を柔らかくして少女に問いかけた。

 

「どうしますか?」

「え、あ……」

「まだ、やりますか?」

 

 その問いかけに少女は答えられない。力の差を嫌というほど理解し、そして自身が辛うじて守ってきた空っぽのプライドすら見透かされたのだ。戦意なんてとうに喪失していた。それでもシールは、少女を待っている。

 

「ひとつ、教えましょう」

「え?」

「あなたは否定するばかりで、なにひとつ肯定していない。あなたが否定したところで、生み出された事実は変わらない。あなたが私の出来損ないという事実は、消えることも変わることもないのです」

「……っ、う、うう」

 

 泣きそうになる。最後に残ったなにかのプライドだけでかろうじてその涙を押しとどめる。

 

「あなたは否定しているつもりですべてを諦めている。だから、なにもできないのです」

 

 容赦のない言葉が少女の残った心すら刻んでいく。そんな自分自身が情けなくて、辛くて、押しとどめたと思った涙が出来損ないの象徴と言われた黒い眼球を濡らしていく。

 

 さすがに子供を泣かしているように気が滅入ってきたのか、シールもため息をついて視線を外した。まるで、どころかまさに言葉責めで虐めているに等しい行為をしていたことを自認しつつ、シールはもう一度大きくため息をついてどうでもよさそうな声でわざとらしく話し始めた。

 

「そしてこれは独り言ですが…………生まれた意味と生きる意味は、イコールではないのです」

「………え?」

「あとは自分で考えることです。さぁ、続きをしましょう。どのみち、ここで諦めるくらいならあなたはこの先自分の価値なんて見つけられるはずがない。……私が引導を渡してあげましょう。構えてください。その命の価値を欲しているというのなら、最後まで足掻くのですね」

 

 まるでエールのようなその言葉に驚きながらも、少女は奇妙な暖かさを感じていた。いったい、なにを言っているのだろう。なにをしたいのだろう。そんな疑問が浮かぶが、今はただ言われたように、無様にあがこうと思った。

 それで、なにかが変わるなら、変わることがあるのなら。

 無自覚で諦めていたものが、再び変わるというのなら。

 

「………戦う」

「………」

「私は、戦う……! 私の価値がないのだとしても、私の命が消えても、…………偽物じゃない本物のあなたの記憶に刻み付ける……!」

 

 戦意が戻る。手に力が戻る。悲壮な覚悟をしていたはずのこの戦いに、少女は不思議とリラックスしたように、気持ちのいい高揚感を覚えながらシールへと突撃した。

 

「私は、…………あなたじゃない!!」

 

 

 

 

 

 

 

「そのとおりです。だからあなたは――――ここで終わるのです」

 

 

 

 

 

 

 

 少女の決意すら告死天使は刈り取る。

 

 自身を模して生み出されたその少女を、シールは躊躇いなく斬り裂いた。

 

 

 

 

 

 




シール式のカウンセリング回でした。突き放しても釣り上げるスタイルです。

次回でこのチャプターは終了です。シールの過去にちょっと触れて幕間を挟みつつ次章へと移ります。
次章からはまたアイズとセシリアが中心になっていきます。日常編をはさみつつまた盛大にバトルを描いていきたいと思います。

タイマン戦も好きだけどまた大規模集団戦とか書きたいです。絶望的な撤退戦とか(フラグ)

感想やご要望お待ちしております。

それではまた次回に!

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