双星の雫   作:千両花火

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Act.83 「宿命の影」

 太平洋のど真ん中、周囲すべてが海に囲まれた絶海の孤島。地図上では存在しない島がそこにあった。

 緑の生い茂る中、獣たちが駆ける音と木々の隙間から太陽の光が降り注ぐ人の領域から切り離されているかのような場所だった。

 断崖絶壁の岩場は波に削られ、入り組んだ湾となった陸と海の境界に、それはあった。

 

 周囲の景観と同化させているが、人の手による建造物だ。そして巨大な洞窟のような空洞は、見る者が見れば船の停泊施設だとわかるだろう。注視して見れば、島のいたるところに偽装された人工物が見られるだろう。

 そんな偽装された正体不明の施設に、アイズはいた。

 

「…………」

 

 アイズはレッドティアーズtype-Ⅲを纏い、無言で島の上空から全景を見下ろしている。金色に輝く瞳、魔眼の如き力を発揮するヴォーダン・オージェでこの島全体を凝視する。広がった視野に映る島は傍目には美しい景観であるが、この瞳によって映し出される人工物がまるでノイズのように浮かび上がる。さながら名画に絵の具をぶちまけたかのような、そんな台無しにするかのような景色にアイズは知らずに眉をひそめていた。

 アイズの瞳と直感の掛け合わせは下手なレーダーよりよほど信頼性がある。アイズはその視界に映るすべてを見通し、視覚情報からこの島を解析していく。

 視界に入る人工物はあらかた抽出したが、危険性の高いものは見当たらない。動くものも動物や鳥くらいだ。人が動く気配はアイズとともに上陸した人間だけだ。

 

「……危険はなさそうだけど」

 

 しかし、ところどころに見えるのは明らかな戦闘の爪痕だ。そして無人機の残骸が島のいたるところに見られる。数はそう多くないところを見ると、おそらく主戦場となったのは島の外ではなく、中。イーリスたちが潜入して調査している島の内部、この秘匿された無人機プラントで激しい戦いがあったのだろう。

 

 しかし、いったい誰が、なんのために?

 

 そんな疑問が浮かび上がり、難しい顔をして考え込んでいるとハイパーセンサーに反応、凄まじいスピードで近づく機影があった。しかし、アイズは慌てずにその機体を迎え入れる。

 猛スピードから一瞬で制動をかけて目の前で停止したその機体―――オーバー・ザ・クラウドを纏ったラウラがアイズと同じ金色に染まった片目を晒しつつ合流した。

 

「姉様、全周を偵察してきましたが、特になにかは……。戦闘の痕跡があったくらいです」

 

 ラウラはアイズの死角となる場所を中心に島の全周偵察を行っていた。超高速機動を可能とするオーバー・ザ・クラウドのおかげで短時間でアイズの偵察を補える。当然、AHSシステムのバックアップを受けてヴォーダン・オージェを発動させての偵察だ。たった二人ではあるが、これでほぼ島の外部の安全は確認された。

 

「そっか。じゃあとりあえずは大丈夫、かな」

「束博士も施設内部へ行くそうです」

「中も大丈夫だったの?」

「…………生存者はゼロ、だそうです」

「そっ、か……」

 

 それなりの人数はいたであろうことを考えると、いったいどれほどの命が散っていったのか想像できなかった。アイズは少しの間目を閉じて冥福を祈ると、再び意識を切り替えてラウラへと向き直った。

 

「相手は?」

「襲撃者は少数精鋭だそうですが……短時間で多機の無人機をほぼ殲滅しています」

「……こんなことができるのは、そうはいないよね」

 

 アイズの脳裏に浮かぶのは白亜の天使の姿だ。自身のもつこの人造の魔眼ヴォーダン・オージェに完璧に適合するように生み出された魔性を宿す存在。アイズの半生を、そして数多の命を糧にして作り出された孤高の少女。

 アイズやラウラと違い、AHSシステムのバックアップなしで完璧にヴォーダン・オージェの性能を発揮するその力は、楯無と簪の二人を一蹴し、アイズが全身全霊を賭けて挑んでようやく戦いになるという規格外。

 パール・ヴァルキュリアという鎧を纏う魔性の美貌。その金色の魔眼で見据える様は、さながら咎人を見定める裁定者のようで。

 

 白亜の告死天使――――シール。

 

 爆炎の向こうへと消えた彼女との一方的な約束はまだ果たせていない。安否すら不明な彼女の影が見えるようで、アイズはコロコロと坂道を転がるように揺れる自身の心情を持て余していた。

 

「…………あなたなの、シール?」

 

 おそらく、その答えはすぐにわかる。

 

「……中の安全確認ができたら束さんも降りてくる、ね。ラウラちゃん、ボクたちで護衛にいくよ」

「はい、姉様」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 アイズ達が島を調査している同時刻、数百キロほど離れた海上では二機のISがステルス装備で飛行していた。高性能なジャミング機能を持つ装備により、アイズたちはおろか、他のどんなレーダーからも逃れている。

 そのために全身の姿を隠されているが、二機からはそれぞれ白い翼と禍々しい腕が垣間見える。

 

「しっかし、よかったのかぁ?」

「なにがです?」

 

 その正体―――【アラクネ・イオス】を駆るオータムと【パール・ヴァルキュリア】を駆るシールはダメージを受けた機体に無理をさせない程度に動かしている。その様子からは激しい戦闘後だということがわかるだろう。

 二人の機体にもよく見れば決して小さくない損傷が見られるが、それでも二人はまったく疲れた様子を見せていなかった。

 

「襲撃犯がうちらだって証拠を残してきたじゃねーか」

「問題ないでしょう。亡国機業内部の勢力抗争があることは知られるでしょうが、どのみち消去法で私たちだと判断されます」

「そんなもんかねぇ? おまえはただお気に入りのあいつにメッセージを残したかっただけだろうに」

「………」

「そう睨むな。別に馬鹿にはしてねぇぜ? くっひひひ」

「オータム先輩なんか嫌いです」

「嫌われちゃったなぁ、あひゃひゃ!」

 

 拗ねたようにそっぽを向くシールを見てオータムも笑い声をあげる。この半年、以前にも増してよく一緒に仕事をするようになったが、シールはこれまでよりもよほど多くの表情を見せるようになった。後輩として可愛がっているオータムから見てもからかうと面白い反応をしてくれるほどに感情豊かになっている。

 

「とはいえ、ようやくプレジデントの命令が達成できたな。ったくこのガキ見つけるのに時間をかけすぎたぜ」

「逃げ隠れするのはうまかったようですからね。まぁ、それだけですが」

「で、こいつをどうするんだ?」

「…………」

 

 シールは自身が抱えているものへと視線を移す。

 左右非対称の特異なデザイン、道化師のような仮面は割れ、中の素顔を晒している。ぐったりと顔を青くしながら目を閉じて気絶している少女は、かつてIS学園に襲撃をかけた正体不明のヴォーダン・オージェを宿す四人目の少女。

 海洋に浮かぶプラントにこの少女がいることがわかったのは、今から十二時間前。そしてシールとオータムの二機でこのプラントに襲撃をかけた。

 IS委員会に乗っ取られた施設とはいえ、もともとはマリアベルの所有物だ。施設内マップや残存機体などのデータはそれなりに揃っている。たった二機のみでの制圧であったが、それでも十二分に勝機もあった。

 そして戦闘時間四時間にも及ぶ激戦の後、ついに作戦目的であるこの少女を無力化、確保することに成功する。あとはマリアベルの命令通り、その他大勢の“邪魔”は皆殺しにするべく基地施設内をガス制圧。その後プラント中枢システムを破壊。あえてあるデータだけは残り撤退し、今に至る。

 もうまもなくすれば亡国機業の原子力潜水艦へと到着する。

 

「つーかよぉ、プレジデントがわざわざ来るってどういうことだよ。そんなにそのガキは貴重なもんなのか?」

「……あの人は、遊び好きなだけです。わざわざ、あんなことのために……」

「まぁいいけどよ、おまえがそのガキを引き取ることになったんだろ? よかったじゃねぇか、これで後輩ができるってかぁ? あっははは!」

「楽しそうですね、先輩」

「たくさん暴れられたからな、くくくっ」

 

 八本の腕のうち三本を失ってはいたが、全力で戦えてすっきりしたらしい。これまで鈴に苦渋を舐めさせられていただけに雑魚合手とはいえいいストレス発散になったようだ。

 

「おまえもずいぶん張り切ってたじゃねぇか」

「私は、私の任務を達成しただけです」

「ま、そういうことにしといてやるよ」

 

 ケラケラと笑うオータムから視線を逸らしつつ、シールは数時間前のことを思い出していた。

 

 未だシールとしても整理しきれていないが、これからのことを思うと少し不安で、そして楽しみにしている自分がいることに気づいていた。

 

「あなたなら…………どう思うのでしょうか、アイズ……」

 

 そんな揺れる心情のシールが思い浮かべるのは、半年前に炎の中で別れた宿敵の少女。

 彼女の心の中を垣間見たシールは、明るい感情も暗い感情もすべて受け止めて確立させた精神を持ったその異常性を理解していた。心が壊れてもおかしくないほどの凄惨な経験をしながら、それでも無垢な心を宿すということがどれだけ至難なことなのか。

 しかし、アイズはそれを為してしまう。共鳴現象によりアイズの心を見たシールには、そんなアイズの心がわかる。

 

 アイズは、希望によって絶望を上書きしている。

 

 だから過去の苦しみを受け入れつつも、前を向いていられる。それゆえの矛盾こそあれど、アイズはそうやって前へと進んできた。いつ破綻してもおかしくない脆さを垣間見せながら、その実アイズの精神は強固なものとしてシールにはないなにかを信じている。

 

 そんなアイズに思う、この感情をシールは知っている。

 

「…………なにを、馬鹿な」

 

 そしてシールは自嘲する。

 半ばそれを認めながらも、未だにシールはアイズに対する矛盾した感情を肯定しきれなかった。

 

「どうせ、戦うことしかできない」

 

 もしその先があるのだとしても、刃を交えない限りその道が開くことなどない。夢想にも似た未来を想像しようとして、結局それができないシールは頭を振ってその考えをかき消した。

 

「で、そいつはいったいなんなんだ?」

「……私を模して作られた模造品です。もっとも、あちらの模造品とは少々違うようですが」

 

 あちらの模造品、というのは当然アイズが妹にしているラウラのことを指す。言葉は悪いが、ラウラがシールの劣化量産型なら、この少女はシールのコピーそのものだ。もっとも、奇跡のような結果であり、そこまでに多くの犠牲を生み出したシールのコピーは簡単ではない。事実、この少女のヴォーダン・オージェはシールはおろか、プロトタイプのアイズにも及ばないし、片目だけとはいえ、正規の瞳を発現させたラウラにも劣るかもしれない。

 表面上も眼球部の異常が見られるなど、明らかに“失敗”と呼ばれるものだ。しかし、そんな少女にあそこまでの装備と役割を与えたことから、この少女を作った組織にとっての最高傑作であったことは間違いない。

 

 

(……しかし、ヴォーダン・オージェの移植……いや、おそらくははじめから付与させての生産、ですか。それが可能となっているなら、少々、いや、かなり不愉快な事態になりそうですね。出来損ないの消耗品など見ていて気分のいいものではない)

 

 

 現状では、この少女程度では使い捨てくらいしかできないだろう。ならばそれを前提として作り出されることも考えられる。

 

 

(プレジデントが皆殺しにしろと言った意味がよくわかります。不快ですね)

 

 

 自分自身の存在に似たものを使い捨てとして生み出そうとする輩を、どうあっても好意的には見られない。未だ自身の存在価値が確固としたものとして認識できなくても、それでも世界最高峰の存在として生み出されたことは、矜持であり誇りだ。

 それを汚すような真似は、許せるものではなかった。

 

「もうしばらく、仕事が続きそうです」

「あ?」

「たしかにプレジデントの言うように、委員会も鬱陶しくなってきました。無人機を無作為に拡散させたり暴走気味でしたが、とうとう虎の尾を踏むことまでし始めたようですね」

「あの人の癪に障った、ってか。そりゃご愁傷様だな」

「私の癪にも障りました。少しは先輩を見習って、バカみたいに暴れてみたい気分です」

「十分暴れただろおまえ。……というか私をバカみたいって言ったか? おう?」

「褒めているんですよ。理知的な私には、感情に任せて暴れるなど、とても真似できませんから」

「てめー帰ったらちょっと屋上まで来いや」

「持っていくのは焼きそばパンでいいんでしたっけ?」

「よくわかってんじゃねーか」

「ところで、それは“後輩”の仕事ですか? “パシリ”の仕事ですか?」

「さぁなぁ。くくくっ」

「先輩からの知識は、偏りがありすぎますね」

 

 シールはため息をつき、オータムはケラケラと笑っていた。そのやりとりは以前よりもよほど人間味に溢れるものであった。

 そうして、おおよそ仲が良くなってきたような会話を繰り広げながら次の戦場へと向かう。その向かう先に無慈悲な殲滅と破滅の炎をもたらすために、告死天使は次なる戦場へ飛翔する。

 

 

 そこに躊躇いも迷いもない。

 

 

 告死天使の宣告を拒否できる者は、まだ現れない。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「中枢システムはダメだね。完全に破壊されてる。施設としては死んだも同然だよ、これ」

 

 島の中枢管理区画にあるコンソールを叩いていた束が両手を上げて降参を示した。なにか有用なデータが見つかるかもとサルベージをしていたが、データはすべて消去、さらには物理的に破壊までされている徹底ぶりにさすがの束もお手上げだった。

 

「束さん、無人機は?」

「見事に全部破壊されてる。見た感じ、戦闘してたっぽいけど。もうちょっとスマートにできそうなものだけどな~」

「外はそうでもなかったけど、中はけっこうボロボロですもんね」

 

 外でも多少の戦闘の痕跡があったが、中の施設では炎が蹂躙し、隔壁が潰され、無人機が磔にされているなど、かなり激しい戦いがあったことが見て取れた。しかし、残されていた残骸がほぼ無人機のものだったことから、襲撃者の力量の高さがよくわかる。

 

「誰がここを襲撃したんですか?」

「アイちゃん、それはわかってるんでしょう?」

「…………」

「どうもあいつらの中でもトラブってるらしいね。多方、つながってたIS委員会と揉めたか、な?」

「じゃあ、プラントを潰したことも?」

「亡国機業にとって、もう必要なくなったから………もしくは、ここを潰してまでするほどのなにか目的でもあった? うーん、こういう謀略はイリーナちゃん向きだからな~。イーリスちゃーん、あなたはどう思う~?」

 

 工作員として随伴していたイーリスが束の声に振り向く。この基地施設内においてずっと調査をしていただけあって多少疲れも見えるが、本人はいつものように自然体で作業をこなしている。こうした裏方の仕事を一手に引き受けるイーリスはこうした場所ではなくてはならない存在だった。

 そんなイーリスが少し考えるような素振りを見せながら口を開く。

 

「そうですね、私見ですが……どうもなにかを探していたように見受けられますね」

「探していた?」

「破壊の形跡から、そのような思惑が見て取れます。委員会側の人間ではないでしょう。最後に一斉にガスで殺害していることから、この基地の破壊、殲滅も目的のひとつと思われますが、それはついで、というように感じます」

「新型か新兵器、とか?」

「それをあのマリアベルがわざわざ奪われてやるようには思えないけど。見たところこのプラントも旧式用っぽいし、利用価値がなくなったって思ってそうだけどな」

 

 どちらにしても推測の域を出ないことだ。束は早々に飽きて拾った無人機のパーツを暇つぶしでもするように解体しはじめた。まるで知恵の輪でもするようにどんどんパーツに分解していく束に苦笑しつつ、アイズとラウラが護衛として傍に立つ。ISは解除しているが、二人とも当然AHSシステムを起動させており、ヴォーダン・オージェを発現して周囲を警戒している。この瞳をすり抜けて束に危害を加えることなどそれこそ長距離狙撃くらいしかないだろう。

 もっとも、アイズの直感はそれすら察知してもおかしくないほどに常軌を逸しているが。

 

「あー、でも残ってたデータもあったよ?」

「え? そうなんですか?」

「ま、わざと残したんだろうけど。たぶん、アイちゃんに向けたメッセージだね」

「ボク?」

 

 可愛らしく小首をかかげるアイズ。そんなちょっとした仕草が束やラウラを萌えさせながらアイズは渡された端末に映る映像へと視線を移す。

 それはこのプラントの監視映像記録のようだ。通常ならプラントの稼働を確認する際に用いられる映像記録であるが、アイズの目に映るそれは戦争の光景であった。

 

 そこに映っていたものは、たった二機のISが無数の無人機を蹂躙している光景であった。

 多脚を持つ蜘蛛のようなISが次々と脚部に搭載されたステークで無人機を打ち貫いていく。近接用に改造されているであろうその機体が強行ともいえる突撃で次々に敵機を屠っている。その戦闘スタイルはよく知る戦友の鈴を彷彿とさせるほど荒々しい。

 

 そして、もう一機。アイズにとって忘れられない姿がそこにあった。

 

 白亜の装甲を持つ天使を象った機体が物言わぬ人形を次々と屠っている。それはまさに告死天使による宣告であった。

 翼が羽ばたくたびに無人機がバラバラになっていく。反対にその告死天使は未来を読むかのような攻撃を次々と繰り出して鉄の墓標を作り出していく。

 翼がひときわ大きく稼働し、かつてアイズも受けたことがあるエネルギーを広範囲に放つ光の奔流が放たれる。なすすべもなく呑み込まれた無人機が機体をスパークさせて沈黙する。

 背後から迫る機体すら、相手が先に仕掛けたはずなのに完璧な後の先をとって逆に必殺の一撃を決めている。

 

 こんな真似ができる存在を、アイズは一人しか知らない。

 

「―――…………シール、やっぱり生きていたんだ」

 

 半年前に炎の中で消えて以来、シールの安否確認ができたのはこれが始めてであった。生きているとは思っていたが、こうして大暴れしている姿を見ると今まで気がかりだったことが少しおかしかった。

 

 

 

(―――気がかり、か。やっぱりボク、シールを心配していた、のかな)

 

 

 

 そんな自分の思考の要因を悟って、アイズは複雑そうに顔を歪めてしまう。一度悟ってしまうともう否定できない。アイズは、確かにシールを心配していたのだ。

 それをシールに言えば間違いなく怒るだろうし、アイズ自身も甘すぎると理性では言っている。しかし、それがアイズの本音であったことは否定できない。

 アイズは認めている。シールに仲間意識を持っていることを、もう認めてしまっている。

 しかし、だからといってシールに対する戦意が衰えていないことは流石といえた。シールの健在を知って、アイズの胸にふつふつと熱いものが激ってきている。

 

「姉様、これは……ッ」

「ん?」

 

 ラウラの声に意識を戻したアイズは、記録映像の中に見たことのある姿が映っていることに気付いた。

 

「この機体、あのときの」

「こいつを確保することが、目的だったのでは?」

「たぶん、ね」

 

 映像の中ではIS学園で乱入してきた黒い眼球に金色の瞳を持ったあの少女と戦うシールがいる。攪乱などトリッキーな機能を有していると思しきその機体を、シールは圧倒している。シールには一度見せた手段はほぼ通用しない。攪乱しようとするその少女を嘲笑うかのように、子供扱い同然にあっさりと追い込んでいる。

 少女が意を決して特攻しても、シールは顔色ひとつ変えずにそれらを真っ向から受けきって、そして見惚れるような完璧な斬撃で仕留めていた。小細工など必要ないという皮肉だろうとアイズは思った。あれでシールはなかなか皮肉屋なところがある。

 小賢しい相手に、あえてその土俵で叩き潰したといったところか。

 

 シールがそうやって少女を捕えたところで映像記録は終わろうとしていた。

 だが、その最後にシールは振り返ってアイズを“見た”。記録映像とはいえ、シールと目があったことにアイズはドキリとしてしまう。

 

「シール……」

 

 実際にはカメラを見ているだけなのに、シールもじっとアイズを見つめるようにその目を揺るがせもしない。

 そして、シールがなにかを小さく呟いた。音声まで記録されていないために声はなかったが、それでもその言葉はアイズにはしっかりと届いていた。

 

 

 

 

 

 

 つ ぎ は あ な た で す 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 アイズは無言で映像のシールを見つめていた。

 同じように見ていたラウラもその言葉を察したのだろう。心配そうにアイズに寄り添って手を握り締めた。そんな可愛い妹分を安心させるようにアイズも笑って応えてやる。

 

「大丈夫、ボクは負けないよ」

「姉様……」

「あいつは、ボクが倒す」

 

 なるほど、たしかにこれはアイズへ向けたメッセージだろう。中枢は破壊しているのに、わざわざこんな映像だけを残していることが証拠だ。

 ならば、それに応えよう。アイズは睨むように再び映像のシールを見つめる。

 

 生きていてくれて嬉しい。本当だ。

 

 だから、決着をつけられる。これも本音だ。シールもそれを望んでいる。

 

 

 

 

(それが、ボクとシールの運命。………ボクは、それを喜んで受け入れよう。恋焦がれるように、再び戦う時を待ちわびよう。あなたも、そう思っているんでしょう、……シール)

 

 

 

 

 いずれ、またその時が来る。

 

 それは確かな運命として、二人の魂に刻まれているのだから。

 

 

 

 




これでChapter8は終了となります。

次回からシール主役の亡国機業サイドのエピソードとなります。そんなに長くない予定ですが、最後に出たシールとオータムによるプラント殲滅の詳細やシールの心情について描くつもりです。


なにやら明日は雪がヤバイ模様。皆様、外出にはお気を付けて。

それではまた次回に!

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