「まさかこんな立場になるとは思わなかったよ」
一夏は目の前の光景を見ながら無意識にそう呟いていた。
あのIS学園襲撃事件から既に半年。この半年はいろいろなことが変わりすぎて、一夏の立場も大きく変化していた。
男性に適合する新型コアの登場により、一夏の立場を作り出していた“世界で唯一の男性適合者”という肩書きが消え去った。今では世界に普及されるようになったこの新型コアのために男性適合者はそれなりの数になってきている。
一夏にとって唯一の男性適合者という立場は一夏自身を守る身分であり、同時に縛る鎖でもあったが、今ではただのIS学園の一生徒として学園の復興に従事している。
しかし、だからといって一夏の知名度が下がったわけではない。本人の知らぬ間に一夏は世界中の男性から“先駆者”として見られるようになった。裏事情を知っている一夏からしてみれば、そんなものは予定調和でもあり偶然でもあるのだから苦笑するしかない。
だが、現実として今の織斑一夏という存在は男性操縦者最強の座に近いことも確かだった。秘匿部隊であるセプテントリオンには一夏と同等以上の操縦者が存在しているが、それでも今の一夏はかつてと比べればその実力を遥かに上げていた。
セシリア達が抜け、鈴もいなくなったIS学園において一夏は間違いなく“エース”と呼ばれる腕前だ。IS学園に未だ所属する生徒たちの中では間違いなく三強に入る。
更織楯無、更織簪、そして織斑一夏。
この三人が今のIS学園の戦力の要であった。渉外や実務などはまた別の人間が貢献しているが、抑止力としては十分に一夏は貢献している。
仮想敵として戦ってきたセシリアたちがいなくなった代わりに、姉の千冬からも戦いを教授された一夏は、未だ負け越しているとはいえ、楯無や簪も少しでも油断すれば倒されるほどだ。
そんな一夏だからこそ、この役目を与えられたのだ。
「あー、試験官を務める織斑一夏だ」
「同じく、更織簪です」
そうして一夏はアリーナで簪と共に二十人ほどの“新人”を前に挨拶を行っていた。そこには少女もいる、少年もいる。これまでのIS学園で見られた景色とは少し違う。男女比が半々の入学希望者達が少し緊張気味に二人の前に立っていた。
「こんな時勢にも関わらず、IS学園への特待試験を受けてくれたことに感謝します」
こうした挨拶は苦手なのですべて簪に任せている一夏は、ゆっくりと彼らを見渡している。尊敬の眼差しを向ける少年がいる、敵意をにじませた少女もいる、無表情な少年もいる、緊張して固まっている少女もいる。様々な色を見せる入学希望者たちに、つい一年前は自分もあんな風に試験を受けたことを思い出していた。
まだ一年しか経っていないことが信じられない。そう感じるほどに濃密な一年だった。
未だ進級前ではあるが、来年度は目の前の後輩達を迎える立場となることに少し感慨深いものを覚える。
「では、これまでの第一次、第二次試験の突破おめでとう。そして最後は実際にISを使ってもらうことになります。内容はわかりやすく、模擬戦となります。機体はこちらを使用してもらいます」
そして先程から視線を集めていた機体を紹介する。
カレイドマテリアル社製、次世代型量産機【フォクシィギア】。新型コアと同時に販売、委託された実質的な唯一の新型コア適合機。単体の基礎スペックは見事な汎用タイプでありながら、追加兵装を装備することで様々な戦局に対応する“汎用特化型量産機”。
カレイドマテリアル社からIS学園に送られてきたコア搭載型二十機のうちの一機である。
追加兵装は基本となる【砲撃】【近接】【高機動】の三種しかないとはいえ、はじめ送られてきたこれらの機体を見たとき、楯無や千冬を含めてIS学園の上層部は卒倒しそうになった。
現状でなによりも価値のある新型コアを、新型機に搭載して二十もの数をポンと差し出してきたのだ。金にすればもしかしたら兆に届くかもしれない。
返すことも捨てることもできず、ならばとIS学園はこの新型コア搭載機を利用して学園存続の道を進むことにした。
先の問題としてIS委員会が提示してきた戦時命令権は未だ正式認可はされていない。新型コアの登場によりそれどころではなくなった、が正しいがいつそれが正式に認可されるかわかったものではない。IS委員会の存在価値そのものが揺らいでいるために認可されるかどうかは五分五分と見ているが、楽観視はできない状況だ。
だからIS学園は独自にその在り方を決めなければならなかった。
既に委員会に依存することもできない。カレイドマテリアル社からリークされた情報では、委員会は亡国機業と繋がっている可能性が高い。ならば、委員会の言いなりになるということはこのIS学園を襲撃した連中の下僕になるに等しい。そんなことになればこのIS学園が亡国機業の兵士養成所に成り下がることすら有り得るのだ。そんなものは到底認められない。
IS学園は、密かにIS委員会からの脱却を計画していた。もちろん、それは生半可なことではできない。あくまで教育機関であるIS学園は後ろ盾がなければ存在すら許されないのだから、IS委員会に変わる後ろ盾が必要だった。
そのために、このIS学園の価値を確固たるものにしなければならない。
無人機に傾倒することはできない。ならば新型コアを手にして男女共学のIS操縦者の養成所とする。IS学園が今の形を維持して生き残るにはこれしかなかった。
そのためにはなんといっても新型コアの入手が必須であったが、こちらから頼む前にイリーナが送り込んできた。ほんの数個手に入れるだけでも上出来と考えていた矢先に二十個ものコアを手にしたのだ。楯無たちが慌てふためいても仕方なかっただろう。
そして、楯無や千冬など勘のいい人間はちゃんと気づいている。
IS学園の存続も、カレイドマテリアル社、いや――――イリーナ・ルージュの計画のうちである、と。
そしてイリーナもそれを隠す気もない。どうせIS学園側はイリーナの思惑通りにするしか道はないのだ。そしてそれは互いにメリットのあるものなのだ。反発する理由もなかった。
ならばいっそのこと、イリーナからの援助を受けてIS学園を存続させることを選んだ。
そしてこれもそのうちのひとつだった。
「……まぁ、わかってはいるさ。今の自分が、どれだけのものを背負わされているかってくらい」
「一夏……」
「一年前は考えもしなかったけどな。でも、後悔はしていないさ、今はそれが俺の役目だってことが誇らしくもあるくらいにはな」
「そうだね、一夏は強くなった。まだ私のほうが強いけど」
「それを言うなよ簪……でも、後輩になるやつらには、先輩として負けられねぇな」
一夏が白式を纏い前へと出る。幾多もの戦いをくぐり抜けてきたその機体は、はじめてセシリアと戦ったときより遥かに一夏を大きく見せていた。その姿を見た受験生達の顔が緊張に固まる。未だに男だと見下していた数人も、その威圧感に汗を流していた。
「さて、模擬戦の内容ですが……一人につき一機フォクシィギアを貸出します。そして一対十で戦ってもらいます。それで二セットを行います」
簪が告げた内容に二の句が告げなくなる。試験とは通常一対一だ。しかし、一夏一人に対し、十人掛かりで戦えというのだ。舐められている、と感じることも仕方ないだろう。多くの受験者は怒りを顕にしていた。
「勝敗は問いませんが……はじめる前にアドバイスをするなら」
簪がくすりと微笑みながら告げる。実を言えば、既にここにいる時点で合格が決まっているのだ。なのでこの模擬戦はただのデモンストレーションだ。より正確に言うなら、一夏と戦うことで男がISに乗るということを強く印象づけることが狙いだ。
しかし、それでも彼らは思い知るだろう。
これまで物珍しいという理由だけで注目されてきた一夏が、いったいどれほどの化け物に成長したのかを。
「五分以上耐えられれば、上出来だと思いますよ」
***
「二十名の試験枠というのは狭すぎたかもしれませんね」
楯無はアリーナで一夏と戦う受験生達を見ながらそう口にした。横で一緒に試験の様子を見ていた千冬も同意するように頷いている。
「仕方あるまい。この情勢では来年度を無事に迎えることすら至難だったのだからな」
「まぁ、受験希望者は激増しましたけどね。それだけ新型コアが魅力的ということでしょうか」
「その点、特待として先行入学試験を開いたのは英断だったと思うぞ」
「ま、テストケースは必要でしたからね」
現在楯無は生徒側と裏の代表。千冬は教員側と渉外の代表という立ち位置にいる。渉外はほかにも人員がいるはずだったが、不安定な今の情勢で学園所属の人数が減少したためにネームバリューの大きい千冬がその役を担うことになった。
現在の学園は生徒数がおよそ六割にまで減少し、職員も二割が退職という事態となり人手不足が否めない状況だった。そうした中でまとめ役として必然的にこの二人が実質的な舵取りを行っている。
「でも倍率500倍ですよ? 司法試験が可愛く見えますよ」
「それだけあってなかなかいい素材が集まったと思うが? 一夏相手にそれなりに戦えているのは大したものだ」
「おやおや、織斑先生が身内贔屓とは珍しい」
「茶化すな。今のあいつは、もう素人とは呼べんさ」
「……まぁ、私も何度かやられましたからね。一夏くん、一年足らずで成長しすぎでしょ。末恐ろしい才能ですよ」
アリーナでは十人を相手取って無傷で切り抜ける一夏の姿がある。単一仕様能力【零落白夜】は当然使っていない。ただブレード一本のみで余裕で対処している。
「まぁ、もし零落白夜を使えばあの数なら一分で終わるんですけど」
一夏と白式の最大の武器である零落白夜。一撃必殺がそのまま能力となったようなそれは、既に一夏の代名詞だ。零落白夜の斬撃を飛ばす、変化させる、果てにはシールドを生み出すなど、そのバリエーションは多岐にわたる。零落白夜しかないのなら零落白夜ですべてやればいい、それが一夏の答えだった。
さらに支援機である白兎馬を使えば短時間であるが無双状態となる強さを発揮する。
「まぁ、一夏くんに試験官をさせたのはよかったと思いますよ。未だに女性のほうが上だって風潮はありますからね、それを払拭するためにも一夏くんに叩きのめされたほうがいいでしょう」
「来年度からは男女共学にするわけだからな。余計ないざこざはないほうが好ましい」
「あっても鉄拳制裁でしょう?」
「なにかいったか?」
「いえ、なにも。あ、終わりましたね」
「十人を三分半で撃破か。まぁ、こんなものだろう」
「経験値も技術も違いますからね。再来週には第二次特待生の試験もありますし、また一夏くんにはがんばってもらわないと」
通常より早期に開始された男女共学試験では先行試験として男女比半々ほどの全四十人でクラスひとつを作る予定だ。新型コア用のテストケースであるが、IS学園側も新型コアに対する教導方法など未だ手探りな部分が多い。そのため、新型コアを対象とした男女共同クラスはひとつのみ、あとはこれまで通りの通常試験を行うつもりだった。それでもこれまでの生徒数をずっと下回ることになる。
それでも最低限の生徒数はなんとか確保できる見込みだが、問題は職員側にも多くある。先に述べたようにこれまでの常識を覆す新型コア、そして最新鋭機であるフォクシィギアに慣熟した人間がいないことが一番大きな問題だった。
楯無や簪も新型コア搭載のフォクシィギアに搭乗してみたが、やはりこれまでのISとは違う部分が多い。男女共用、というところがピックアップされているが、この新型コアはあらゆる面でこれまでのコアよりスペックが上がっている。エネルギー変換効率や拡張領域など、ほぼすべての面で上回っている。これまでのISに慣れたものからすればややピーキーに感じるほどだ。
さらにフォクシィギア自体もマルチセミパッケージ方式で装備を選択するというこれまでにない機体であるため、そのすべてを慣熟するにはこれまでの練習機よりも難易度が高い。ゆえにIS学園で教導できる人間が用意できないのだ。
「でもさすがカレイドマテリアル社、アフターフォローまでぬかりないってことですかね」
「受け入れるのにはけっこう苦労したからな」
「でも必須でしょう。新型コアと最新鋭機に慣れている人間なんて、そう用意できませんからありがたいです。………来たようですね」
コツコツと数人分の足音が近づいていることを察して向き直ると、ちょうど扉がノックされる。扉の外から麻耶が『お客人をお連れしました』と声をかけてくる。入室を促すと、案内役の麻耶を先頭に三人の少年少女が入室してきた。
まず目に入ってきたのは金髪でつり目の気の強そうな少年だった。一切無駄のない動作で歩き、楯無たちの前に直立不動で佇む姿勢はまるで執事を連想させるほど洗練されている。
そして背後に二人の少女が続く。
赤茶色の髪の毛をポニーテールに結い、気だるそうに脱力して表情も眠そうにぽけーっとしている少女。そしてそんな少女をたしなめるように肘でつつきながら困ったような顔をしている銀髪ロングの優等生のような少女。全員が礼服を着込み、楯無たちの前に並ぶと揃って礼をする。
「カレイドマテリアル社直属部隊セプテントリオン所属、レオン・ヴァトリーです」
「……リタ、です」
「リタ! ……失礼しました。同じくシトリーと申します」
「新型コア、及びフォクシィギアの教導担当として派遣されました。よろしくお願いします」
個性的な面々を前にしながらも、楯無も千冬も表情を変えずに同じく礼を返し、簡単な自己紹介を行う。年齢的にほぼ同年代であろうが、立場としてはIS学園側が協力してもらう側だ。なので目上の人間を相手にするように対応している。
「このたびのご協力、感謝いたします」
「社長であるイリーナ・ルージュの命令でもあります。お気になさらずに。むしろ新型コアを受け入れていただき、感謝しております」
「はは……」
楯無は頬がひきつりそうになりながら思わず苦笑する。あんなものを送っておいて受け入れないわけにはいかないだろう。もっとも、結局はそうなっていたであろうから早いか遅いかの違いなので複雑なところだ。
「それに自分たちは若輩ですので、そのように畏まる必要もありません」
「お気遣い、感謝します。それで、契約内容ですが……」
「はい、表向きは生徒として入学させていただきます」
「男女共学に伴う意識操作ですか?」
「むしろ必要だと思いますが?」
「否定はしません」
わざわざセプテントリオンのうち三人も送り込んできたのはIS学園に新型コアを浸透させるためであるが、同時に男女共学になったことによる摩擦を減らすことも仕事だった。未だ半年しか経っていないためにこれまでの女尊男卑の風潮は抜けきっていない。それらを水面下でなくしていくこともレオンたちに与えられた任務のひとつだ。
「………ところで」
「なんでしょう?」
「見返りはいらない、と聞きましたが……本当ですか?」
この教導役を送ることもカレイドマテリアル社からの提案だった。IS学園側としては願ってもないことだが、それに伴う対価はほとんど払っていない。せいぜいこの三人にある程度の自由行動権を与えるくらいだ。偽装も兼ねるために入学金や授業料もちゃんと払っている。これだけでは等価交換にもなっていない。
しかし、レオンは苦笑しながらもそれに答えた。
「お気持ちはわかりますが……我々としては、IS学園には新型コアを広める教育機関となってもらわねば困るのです」
「それは、なぜ?」
「申し訳ありませんが、これ以上は私からは言えません」
「お互い、利用する関係……ってことでいいんじゃないです?」
「リタッ」
「あ、すいません。正直なもので」
リタが空気を読まない発言をするが、正直なところそれは正しい。IS学園側としては存続のために新型コアの受け入れは必須であったし、カレイドマテリアル社からすれば新型コアを世界に拡散させるためにも次世代の教育機関であるIS学園をこちら側へ取り込む必要があった。ウィン-ウィンの関係、というにはいささか謀略めいているが、つまりはそういうことだ。
「こちらとしても受け入れない選択はありません。働きに期待しています」
「全力を尽くします」
「……します」
「ご迷惑をおかけするとは思いますが、よろしくお願いします」
しかし、セシリアたちが抜けた穴が大きかった分、これは楯無としても嬉しい参入だった。セプテントリオンという部隊の力を間近で見た楯無は目の前の三人の力量が凄まじく高いこともわかっている。いつまた無人機の襲撃があるともわからない現状で彼らの戦力はありがたい。
「では……まずは挨拶がわりの模擬戦をはじめましょうか」
そこで空気が変わる。一瞬でピリッとしたしびれる何かが部屋を駆け巡った。楯無も千冬も、反射的に身構えてしまう。麻耶はびっくりして固まっていた。
そしてしびれるほどの闘気を発しているのはつい今しがたやってきた目の前の三人である。レオンは先程の態度を一変させて挑発的な笑みを浮かべ、リタは表情を変えないまま静かに目線だけで殺すように射抜き、一番人畜無害そうに見えたシトリーでさえ、笑顔を浮かべながら殺気にも似た闘気をぶつけていた。
その様子を見て楯無も彼らの評価を大きく上方修正する。これは、思っていた以上だ。しかもどうやらこの三人、それなりに好戦的な性格らしい。
「まずは相互理解を兼ねて模擬戦をしたいのですが」
「こちらの実力を知りたい、と?」
「どこから教えればいいか、知るべきでしょう? 銃や剣の持ち方くらいは知っていると思いますけど」
「なるほど、そっちが素ですか? しかし、こちらもあまり舐められるわけにもいきませんね」
楯無もやる気になったことに千冬はため息をしているが、どのみち相互理解のためにも一度思い切りやるべきだろう。それに千冬も友の束が関わっているでろうこの部隊の人間の実力には興味を抱いていた。大した理由もないのなら止めるところであるが、千冬も今回は許容した。
「形式は? やはり一対一で?」
「いえ……フォクシィギアは集団戦も視野に入れて作られています。ここはチーム戦がいいでしょう」
「ふむ。となると……」
「こちらは三人。そちらも三人。更織楯無さん、そして更織簪さん、織斑一夏さん……この六人でいかがですか?」
どうやらIS学園の上位三人を相手取っての乱戦が望みらしい。IS学園に所属する人間なら戦う前から逃げるような相手であるが、レオンたちは自身の勝利を疑っていない。
なるほど、なるほど。
確かに、半年前の戦いのときは間近で彼らの戦いを見た身としてはその自信も伺える。隊員のすべてが国家代表候補生クラス以上の実力はあっただろう。それこそ上位陣は楯無でも難儀するほどの手練も見て取れた。
ここは一度本気で潰し合いをしてもいいだろう。楯無も国家代表という自負があるし、今の簪と一夏も安心して背中を任せられるほどに強くなっている。そう簡単に勝てると思われることは面白くない。
「……あまり舐められるのも癪ですね」
楯無も珍しく戦意を高揚させがら笑顔でその誘いを受け入れた。
***
「……それで挨拶がてら模擬戦ってことですか?」
来年度の後輩となる少年少女二十人を危なげなくすべて薙ぎ払った一夏が苦笑する。連戦となるがまったく問題ない。一夏も白式もコンディションは絶好調だ。隣に立つ楯無と簪もリラックスして佇んでいる。
「しょうがないでしょ? あっちから挑発してきたんだし」
「だからって協力してもらう立場なのに」
「でもいい経験になると思うわよ? 私たちのISと彼らのISは根本的に違うからね。私としてもこうした模擬戦はいずれするつもりだったわ」
「違うっていうのは? 世代のことですか?」
一夏はフォクシィギアをかつての学園防衛戦で見たことがあるが、たしかに量産機というには高いスペックだったと記憶している。少なくとも、打鉄では太刀打ちできないだろう。
しかし、楯無が注目しているのはそこではない。
「新型コアが出る前と後じゃ、ISの意味合いも変わってるのよ」
「……ああ、なるほど。そういうことなんだ」
「え? どういうことだ?」
簪が納得したように頷いているが、一夏にはまだわからない。これでもIS関連の勉強もこの半年でかなりやったと思っているが、どうやらまだまだ知識や洞察が足りないらしい。
「男性でも適合できるってことに注目されがちだけど、もうひとつ大きな要因があるわ」
「……数が不変ではなくなった」
「そういうことよ。つまりはコアが量産可能となり、今も少しずつではあるけどその数を増やしているっていう点よ」
「それは、そうだろうけど……」
「つまりね、一夏くん。今までは数少ないコアを有効活用するために、単機での性能をあげることが必須だったの。でも数を揃えられるようになると、単機戦力ではなくて集団戦力の比重が高まるのよ」
「あっ」
そう言われて一夏も理解する。そういえばカレイドマテリアル社の部隊は単機の性能もたしかにすごかったが、それ以上に連携が素晴らしかった。部隊で運用することを前提に作られ、それぞれ個々にあったカスタマイズはされていても基本的なスペックは同じ。マルチセミパッケージ方式はあくまで汎用性を拡張しただけであって部隊間の連携がしやすいよう、一定水準のスペックが維持されている。セプテントリオンでも専用機持ちは隊長であるセシリア、単機遊撃を担うアイズとラウラ、そして部隊の重火力を担うシャルロットといったエース級のみだ。
「おそらく世界で最もISの連携戦術が高い部隊よ。国のIS部隊はあるにはあるけど、同じ戦場に何機も投入することなんて考えられていない。だからこれまでのISはひとつひとつが実験機という側面があったから個性的な特色が出ていたのよ」
「でも、これからは違う。数を揃えての部隊規模でのノウハウが必要となってくる。その先駆けであるセプテントリオンとチーム戦ができるのは、大きな意味がある」
「……なるほど、学ぶことは多そうだ」
そうしているとアリーナに新たに三人の姿が現れる。先程の礼服姿から一転して専用のインナースーツを着たレオン、リタ、シトリーが一夏たちの前へとやってくる。この時点で既に三人からは肌が焼けるような闘気が発せられている。かなりやる気のようだ。
「ずいぶんな気迫ね」
「すみません。舐められないように一度実力をわからせろというのが社長命令でして」
「……さすが暴君の通り名に偽りナシ」
「だけど、望むところだ」
一夏、楯無、簪がISを起動させる。
白式、ミステリアスレイディ、天照というIS学園の最高戦力がそろい踏みとなる。
「やるからには勝つぞ」
「全部斬る」
「シャルにふさわしいか私が見定めてあげる、イチカくん?」
本来の気性が現れたのか、名前のように獰猛な笑みを浮かべるレオン。いつものようにマイペースに獲物を見据える切り裂き魔のリタ。セプテントリオン内でのシャルロットの相棒として、彼女が気にかけている男の子を見定めてやるという姑みたいなことを考えているシトリー。
非公式ゆえに見学者は千冬と麻耶と、他数人ほどしかいないがこの初期型コア搭載型専用機対新型コア搭載型量産機によるチーム戦の記録はのちにIS学園に大きな衝撃を与えるものとなる。
IS学園サイドの開始となります。
次回は3on3のチーム戦。フォクシィギアが真価を発揮します。
考えてみれば原作でも貴重なISが個性的な機体を多く作る理由は数が一定数だからこそ個々の単機戦力を増強させるために模索しているから、って考えられますよね。そういう解釈で考えています。
IS学園サイドが終わるともう一度アイズサイドを入れて次章へと移る予定です。
感想、ご要望お待ちしております。
それではまた次回に!