双星の雫   作:千両花火

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【裏】火凛さんメインとなります。

表の補足がメインとなるので表から先にお読みください。


Act.80-2 「龍の逆鱗(後編・裏)」

 紅火凛の世界はちっぽけだった。

 幼少のときから人付き合いが希薄で、火凛にとって唯一といっていい家族であり、姉の雨蘭を除けばすべてが平等に他人であった。

 興味の持ったものしか熱意を持てず、無価値と思うものにはなんと言われようが欠片も感心を抱くこともない。そんな人間だった。

 

 そんな火凛が始めて熱中したものが、ISだった。それは兵器としてでも競技としてでもなく、純粋なその技術の結晶に感動した。単体でありながら長時間の活動を可能とするエネルギーの発生機関、操縦者の思考を正確に再現するイメージインターフェイスシステム、そして自己進化を可能とする学習型OS、さらには相互間の量子通信機能、慣性制御を可能とするPIC、挙げればキリがないが、それらすべて、ひとつひとつが革新的、いや、革命的ともいえるテクノロジー。

 これらを集約し、個としての究極がカタチとなった存在。それがインフィニット・ストラトス。それが火凛の素直な感想だった。

 

 そして火凛ははじめて、“上”を知った。

 決して有能な人間だとは思っていないが、それでもこの頭脳に関してはプライドが高かった。実際、いくつも特許を持っており、国内の流通事情を環境問題を解消するためにリニアモーターカーによる主要都市をつなぐ新たな交通網の構築計画なども立案した。生憎、これらは未だ再現できるほど技術がなかったが、火凛は誰よりも先を見ていた。そのはずだった。

 

 だからこそ、篠ノ之束という存在を尊敬した。こんなにも純粋な敬意を持ったのははじめてであったし、自分が井の中の蛙であったことを教えてくれたことにも感謝した。

 

 それは火凛の世界が広がった瞬間でもあった。

 

 そして、篠ノ之束の次に火凛の小さな世界を広げてくれた人間こそが、凰鈴音だった。たまたま目にとまり、よく喧嘩をしていた姉にそっくりに見えたからつい声をかけてしまったという、なにかが少し違えばおそらく知り合うこともなかった少女。

 そんな鈴が火凛と雨蘭にくっついてくるようになって、火凛は鈴の秘めていた才能に気付いた。武術馬鹿である姉が気に入るほどの身体能力も目を引いたが、火凛が気に入ったのはその在り方だった。

 鈴は火凛のように一を知って十を悟るわけではない。しかし、どんな壁にぶち当たっても挫折せず、一を与えればなにがあっても十までつっぱしる根性を持っていた。才能ももちろんある。そしてそれ以上に諦めない根性がある。常に前を向くポジティブな面もグッドだった。

 

 これまで火凛だけでは机上の空論でしかない数々のものを再現する存在が鈴であった。

 

 雨蘭から武術を学び、それをISで再現しようという発想も火凛にはなかったものだ。そしてそのための理論と技術を組み上げ、鈴が実践する。設計図しか書けなかった火凛にとって、自覚はないであろうが鈴は火凛の頭脳の体現者であった。

 どこか虚ろな日々が、楽しい日々に変わっていた。 

 気がつけば鈴を可愛がっている自分がいた。それは姉の雨蘭も同じだろう。だから鈴には愛情でもって鍛え上げてきた。

 雨蘭は徹底的にしごいて鈴を超人の領域に引き上げ、火凛も鈴の相棒である甲龍を完全な鈴専用機となるまでに最高のメンテナンスを施してきた。

 

 凰鈴音は、火凛の、いや、紅姉妹が育て上げた最高傑作であり、そして自慢の弟子であった。

 

 だからこそ、鈴にはどこまでも鈴の好きなように、思うままに選んで欲しかった。それが凰鈴音という少女の生き様なのだから。

 活き活きとした鈴の姿は、師としての贔屓目なしでも幸福感を覚えるものだ。それを表せない自分の表情筋が少し憎らしかったが、火凛は今の鈴を見ているだけで満足できていた。

 

 だから、――――ということじゃないかもしれないが、火凛は思う。

 

 そんな鈴を悪意から守ることは、自分たちの義務なのだと。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 鉱山跡地で起きた爆発事故。

 この時点で火凛は疑念を抱いていた。こんな場所で爆発物なんて見つかるほうがおかしい。仮に戦時の不発弾があったとしても、鉱山として機能していたときにとっくに見つかっていたはずだ。

 ならばテロか、とも思うが、こんな廃墟に爆弾をしかける意味がない。だから火凛は政府の自作自演を疑った。無人機を導入したとはいえ、男性に適合した新型コアの登場により未だIS派は多い。爆弾処理を無人機に行わせることでその有用性を知らしめることが目的かと思ったのだ。

 

 だが、どうにもおかしい。政府の高官らしきブタみたいな体型の男は無人機を出すことを渋っているようだ。まさか本当になにかしらの爆発物の投棄でもあったのだろうかと思ったが、続けて耳に入った知らせに表情をしかめた。

 坑道の中に要救助者がいるらしいというとき、火凛の疑念はほぼ確信に変わった。なぜなら、それはあまりにも条件がそろいすぎていたからだ。

 

 そう、――――鈴が介入するための舞台が見事に整っていたのだ。

 

 鈴の性格はよくわかっている。危険な場所で取り残されているかもしれない人がいて、それを助ける力があるとき、鈴は躊躇ったりなんかしない。それは鈴をよく知る者でなくても、これまでの鈴の行動を調べればすぐにわかることだ。

 そして、鈴はやはり動くことを決めた。優しい子だ、それも当然だった。止めても鈴は行くだろう。

 

「鈴音」

「はい?」

「量子通信ができること、絶対にバラさないで。もし通信が閉ざされたら以前教えた暗号通信に切り替えて」

 

 以前のプラント襲撃作戦の報酬として、秘密裏に甲龍に搭載された量子通信機は外部には秘密にしている。これ単体だけでは意味をなさないが、甲龍とコネクトできる量子通信機はキャンピングカーの火凛の工房にも実装されている。いざというときの念のため、という思惑で束にお願いして譲ってもらったものだ。束に気に入られて幸運だった。

 そして人知れず工房へと移った火凛は甲龍とデータリンクを開始し、鈴のバックアップに移った。量子通信が可能であることがバレるといろいろとまずいためにとりあえずは周囲のデータ収集に専念する。甲龍のハイパーセンサーからのデータで独自に地形モデルデータを構築、リアルタイムでのマップを作成すると同時に提供された行動内マップと照らし合わせる。

 やはり差異が目立つ。実際にはかなりの横道や偽装坑が存在しているようだ。なにかを隠すにもちょうどいいだろう。

 

 無駄な仕事になることを願いつつデータを解析していくと、とうとう鈴が最奥の目標ポイントへと到達する。周囲を探れば、やはり要救助者と思しき反応が見つかった。あとは脱出するだけだが、火凛は気を抜いてはいなかった。

 なにかがあるなら、間違いなくこのタイミングなのだから。

 

 

 

 

 

 ―――――そして、それは鈴に悪意のある牙を剥いた。

 

 

 

 

 

 そして鈴が少女を見つけたタイミングで通常回線が切れた。偽装しているが明らかにジャミングだ。秘匿回線が開かれ、少し焦った鈴の声が聞こえてくる。

 

『せ、先生、聞こえてますか?』

「把握してる。いいかい、とにかく落ち着いて状況を調べて」

『はい……先生、こうなるってわかってたんですか?』

「懸念はしてた。出来すぎだったからね」

 

 鈴が見つけた少女には、正気とは思えない仕掛けが施されていた。鈴がチェックしただけでもかなりえげつないトラップだったが、事細かに火凛はその全てを解析する。

 拘束している鎖には無人機と連動しており、その無人機がしかも自爆モードに設定されている。少女を助けたと同時に無人機が爆弾となって起爆するという仕組みだ。無人機の自爆は搭載ジェネレーターの任意暴走によるオーバーフローを意図的に起こすものだ。ビーム兵器を使うために無人機のジェネレーターはかなりのエネルギーを内包している。こんな閉鎖空間で爆発すればここ一帯が炎に飲み込まれることは間違いない。

 さらに坑道マップ全体を俯瞰して見れば、高確率で坑道の崩壊が起きる。いくらISとはいえ、この規模の崩壊に巻き込まれればただではすまない。

 気がつけば冷や汗が頬を伝っており、思っていた以上の最悪の状況に火凛の表情もどんどん歪んでいく。

 

「なにこれ、完全に鈴音を狙って? 許さない死ね、こんなことをするやつは死ね死ね死ねみんな死ね」

 

 呪詛を吐き捨てながら火凛は凄まじい速さであらゆるデータを表示、鈴が生還するための手段を必死に探す。しかし、見つからない。鈴が少女を助けようとする限り手詰まりだ。

 

「くそ、ッ……!」

「落ち着け、火凛」

「っ、姉さん?」

 

 頭が沸騰して気がつかなかったが、いつの間にか雨蘭がいた。周囲も見えないほど焦っていたらしく、火凛はようやく平静を取り戻す。

 

「また面倒事に巻き込まれたか」

「……面倒すぎるよ、今回は」

「今は怒りは収めろ。こんなことを仕組んだやつはあと飽きるまで嬲ればいい。今は鈴音のことだけ考えろ。あいつは丈夫でしぶとい。多少の無理を通すくらいには鍛えた。それを込みで、ベストではなくベターを考えろ。あとはあいつが力づくでベストにする」

「…………わかった」

 

 こういうときの姉の雨蘭は人が変わったように頼りになる。修羅場をくぐっているからなのか、危険の中にいたほうが冴える人だ。引きこもりの火凛にはない冷静さを見せていた。

 

「……鈴音、五分待って。策を練る」

『わかりました。お願いします』

 

 なんの疑いもなく鈴は返事をする。信頼しきった声に、火凛も多少の余裕を持って思考を加速させる。

 実際に構築したマップデータ、予想される爆発規模とタイムリミット、生身の子供を運ぶ際のスペックの修正、それらすべてを統括して最適解を導き出す。

 そしてきっかり五分が経ったとき、火凛が動く。首だけ振り返り、待機していた雨蘭と目を合わせた。

 

「姉さん、ちょっと無理してもらうね」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「鈴音、作戦ができたよ」

 

 火凛の立てた脱出作戦は結局はシンプルなものだった。龍鱗帝釈布で少女の防御を固め、最速で駆け抜ける。これしかない。読めないのは追撃の爆破の位置とタイミングだが、これはその場での即時対応しかない。

 

「もし無人機に遭遇しても発勁は禁止。あれって衝撃全部叩き込むから距離を開けられない。もし遭遇したら衝撃砲や武器で押し返して」

『了解』

「時間がないから、常に最高速を維持して。方向転換は龍跳虎臥と気合でなんとかして」

『気合十分っす』

「あとは私がナビゲートする。質問は?」

『えっと、……いえ、あとでいいです。大丈夫です』

 

 鈴の声にはいくらかの戸惑いがある。無理もない、この状況に自分が置かれたことに対して疑問を抱いたのだろう。それを否定することはできないが、今はそんなことを考えている暇はない。

 

「鈴音、必要のない思考は切り捨てて」

『……わかってます』

「大丈夫、ほら、鈴音の好きなもの食べさせてあげるから早く戻っておいで」

『はーい』

 

 いろいろと面倒なことは多いが、とにかく今は鈴と少女を無事に生還させること。フォローできるのは自分だけ、ならばそれに応えよう。火凛も覚悟を決めて意識レベルをあげる。

 

「カウントスタート」

『お勤めご苦労さまッ!!』

 

 鈴の叫び声と共に衝撃音。予定通り、至近にいた無人機を虎砲で押しやりつつスタートダッシュを敢行したようだ。数秒後に爆発、距離を開けられたことから爆破範囲外へと逃れる。

 

「直進、二百メートル先を右」

 

 火凛は最短ルートのナビゲートを行い鈴をフォローする。予定通り、鈴はうまい具合に坑道内を進んでいる。思ったよりも早いペースだ。どうやら瞬時加速や虎砲の反動も利用して速度を上げているらしい。こうした速さでは突飛した性能を持たない分、技術で補っている鈴の底力は嬉しい誤算だった。

 しかし、そううまく事は運ばない。連鎖するように続けて坑道内で爆破が起き、進行ルート上で崩落が発声する。

 

「鈴音、止まって!」

『っとぉッ!?』

「ルート再構築、二秒待って」

 

 やはり脱出を妨害するようなタイミングとルートで爆破が起きる。そうなるだろうと予測したいたので火凛の動揺はない。あとはそうなるとした上で誘導すればいい。

 

「左に変更、順次上、直進、上、右、下、上、左」

『隠しコマンドかなにかッ!?』

「ABボタンはないから」

 

 鈴もまだ余裕のようだ。この調子でいけばあと一分、いや四十五秒で脱出可能だ。

 

『……ッ!? 接敵した!』

「はいはい、落ち着いて対処」

 

 ここをクリアすればあとは直進のみだ。どうあってもここは通らなくてはならない。おそらく最後の妨害があるだろうが、構っている暇はない。

 

『く、崩れたんですけどー!? 後ろから炎も!』

「右手が空いてるでしょ?」

『こんちくしょー!』

 

 このために鈴の右手を自由にさせたのだ。最後の最後で力技になるが、それだけで苦難をブチ破る。

 

 

 

『あたしと甲龍に砕けないものなんか、ないッッッ!!!』

 

 

 

 そう、それが凰鈴音という少女なのだから。

 

『で、でもダメ、炎が! 間に合わない! 先生……!?』

「ちぃ……」

 

 だが後一歩のところで背後から爆炎に追いつかれる。どんな手を使っても甲龍のスペックでは逃げきれない。そう判断した火凛は最後の手段を命じた。

 

「鈴音、投げて」

『え?』

「その子を投げて。角度は上方に3度、距離は五百。あとは姉さんがなんとかする」

『っ!? え、ええいままよ!』

 

 龍鱗帝釈布で少女を保護してしっかりと火凛の指示したとおりに投げる。即座に予測地点を算出、落下地点誤差はプラスマイナス五メートル。上出来だ。

 

「姉さん、キャッチよろしく」

 

 

 

 ***

 

 

 

「無茶を言う………まぁ、私には無茶ではないが」

 

 火凛がいざというときは頼むと言われていた雨蘭は指示された地点に走る。もちろん競技場のような場所ではない、段差、障害物、様々なものが存在する中、雨蘭はそれでも一直線に駆ける。

 パルクールでも見ているように滑らかに、淀みなく走り抜ける。時折邪魔な人や車すらひとっ飛びで飛び抜ける。

 ふと視線を向けると、坑道から赤い布で巻かれた何かが飛び出してきた。

 

「あれか」

『姉さん、誤差は……』

「目視した。問題ない」

 

 すると雨蘭は方向転換、なんと落下地点ではなく、それより手前へと向かう。このままでは頭上を素通りしてしまうと思われるそれを、雨蘭は顔色ひとつ変えることなく目の前にそびえるように停車している大型トレーラーに向かって跳躍する。壁蹴りであっという間に高さを稼ぐと、バク転をする要領で大きく跳躍。

 そして上下逆さまになった雨蘭の目の前に真っ赤な塊が飛び込んでくる。完璧なタイミングでそれを真正面からキャッチ。衝突した勢いでくるりと姿勢を回転させて衝撃緩和、しっかりを抱え込んだまま両足でしっかりと着地する。

 着地の際、雨蘭の足を中心に地面に亀裂が走ったが大した問題ではない。軽く十メートル以上の高さがあったように見えたが、それも問題ではない。

 無事に少女を確保したのだから雨蘭がどんな超人的な動きをしていたのだとしても、許されるような気がした。

 

「さて、中身は……」

「んむむっ………お、おねえちゃんがおっきくなった?」

 

 中から出てきた少女が雨蘭を見るなりそんなことを言った。彼女からすれば鈴がいきなり成長したように見えたらしい。雨蘭は苦笑して言ってやった。

 

「私のほうが美人だよ」

 

 そして背後から凄まじい爆音が響いた。振り返った雨蘭が見たものは坑道の中から噴出する真っ赤な炎。地の底から這い出てきたようなその炎に腕に抱いた少女がビクッと身体を震わせる。

 そんな見る者を恐怖させる炎の中からなにかが飛び出してくる。

 

 赤と黒の装甲に黄色い稲妻が走った機体―――甲龍がその姿を現した。

 

 まるで炎を纏っているかのように燃えながら飛び出た甲龍は自由落下するように重力にひかれて落ちていく。PICが働いているようには見えない。

 しかし意識はしっかりとあるようで、甲龍は空中で受身をとってしっかりと着地しようと姿勢を整えている、が……。

 

「へぶっ!?」

 

 失敗した。

 爆発に巻き込まれて平衡感覚が少し揺らされていたのか、鈴が足をもつれさせて頭から地面に突っ込んだ。まるでギャグのように顔面スライディングをしながら制動をかけてそのまま雨蘭と少女の目の前でバタンと倒れてしまう。

 

「いててて……熱いわ痛いわ、散々な目にあったわ」

 

 鈴が頭を振りISを解除しながら立ち上がる。多少ダメージはあるが、未だ元気そうな様子だった。それを見ていた周囲の人間はあんな大規模な災害の中からケロッと生還してしまう鈴に唖然としていたが、雨蘭だけはいつものように呆れたようにそんな鈴を見下ろしていた。

 

「あ、お師匠。それに麗華も。無事でよかったわ」

「ブレないな、おまえは」

「え? どゆこと?」

「なに、褒めてやってるのさ。……よくやったな」

「ん」

 

 いつものように乱雑に頭を撫でるという雨蘭の誉める方に甘える。

 そして歓声、周囲の人間たちも少女を助けた鈴を賞賛する。拍手が鳴り響き、鈴が少し照れたように笑いながら手を振って応えていた。

 

 そんな鈴の笑顔に陰があったことに気付いたのは、雨蘭ただひとりであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「なんとかなったかぁ……」

 

 鈴の無事を確認した火凛はほっと安心して椅子にもたれかかった。気がつけば全身が汗で濡れていた。思っていた以上に緊張していたらしい。

 その後、怪我の治療のためと雨蘭に鈴が連れてこられた。ISがあったために鈴自身はそれほど大きな怪我はない。甲龍はかなりダメージを受けたが、おかげで鈴はほぼ無傷だ。

 

「ありがと、先生。……ほんと、先生がいなかったら今頃生き埋めだった」

 

 火凛のナビゲートがなければおそらく麗華を助けるどころか、鈴も助からなかっただろう。今でこそ笑えるが、それほどの危機だったことは確かだ。とはいえ、火凛からすれば鈴が最後まで諦めずにいたからこそだ。だから純粋に鈴を賞賛した。

 

「鈴音も、よくがんばったね」

「ん……、あー、でもホント政府にはしっかりしてもらいたいもんよ。はじめから無人機でもなんでも使ってれば、あたしだってこんな苦労しなくてよかったのにさ」

「……鈴音」

「そうでしょ? あんなの災害救助に使ってこそのもんじゃない。それなのに出し惜しみしちゃってさ、そんなんだから……」

「鈴音、無理しなくていい」

 

 鈴の心中を察するからこそ、火凛は言った。鈴はかしこい。このままなかったことにするより、はっきりさせて吐き出させたほうがいいと判断した。

 

「せ、先生……」

「なに?」

「今回のこと、あれって、あたしを、……殺そうとした、……そうですよね?」

 

 こんな覇気のない声を聞いたのは初めてだった。

 しかし、無理もないと思う。殺されかけて平然としていられる人間なんていない。この場にいるのはよく知っている火凛だけだったためか、どんどん鈴も弱い姿を晒していった。

 火凛はそんな鈴を慰めながら、ゆっくりと諭す。

 鈴は褒められることをしたのだ。そんな鈴に危害を加えようとするやつが悪で、そんなやつのために鈴が苦しむことなんてない。でも、世界はそこまで綺麗にできていない。人の悪意は、ときとして世界すら飲み込んで歪めてしまう。今はただ、それを知るだけでいい。

 知らない方がいいことでも、同時に知らなきゃいけないことだ。

 鈴は自覚していないが、今の鈴の立場はかなり難しい。国の方針は無人機寄りとなり、IS操縦者として有能であることが逆に鈴の立場を悪くしていた。もし凡庸なら簡単にISから下ろせた。しかし、鈴は優秀だった。いや、優秀すぎた。国が選択した無人機をいとも容易く蹴散らす戦闘能力、単機で集団に対抗してしまう規格外の存在。そんな存在は、国内のIS支持派からすれば鈴は神輿にしたいほどの存在なのだ。

 そしてそれは同時に無人機支持派にとっては最も邪魔な存在だった。

 そしてそれはどちらも鈴が望むものではない。鈴は好戦的ではあるが、無用な争いを好まない。あくまで個人の強さに執着しているストイックな強さだけを求めていた。だから鈴は今の国の情勢を鬱陶しく思っていたし、利用されたくないからこそ半ば脅してまでフリーに近い立場を貫いたのだ。

 

 だが……これは、そろそろ限界だろう。

 

 鈴をこんなにも排除しようとする行動を取るのなら、鈴も確固とした対応が必要だろう。これまではなんとか鈴の立場を守ってきた火凛であったが、さすがにこれは限界だ。

 

 そして、それは鈴自身もそう感じていたのだろう。

 

 目の前で政府の高官を殴り飛ばしながら、代表候補生をやめると宣言した姿を見て、火凛も覚悟を決めた。いい加減、竹林の賢者を気取っている場合ではないということなのだ。

 火凛としてはあまりこうした真似は趣味ではないが、自身の愛すべき退屈で気ままな生活と愛弟子の波乱万丈な未来を天秤にかけ、あっさりと傾いたほうへ助力する道を選んだ。

 

「やれやれ……手間のかかる子だね」

 

 そう言って火凛も、鈴がふっ飛ばした高官を同じようにぶん殴った。そうしたら仲間はずれは嫌だとばかりに、雨蘭も便乗して手を出してきたのには笑ってしまったが。

 

 とにかく。

 

 これで凰鈴音、紅火鈴、紅雨蘭の三人は、晴れて国家反逆と相成った。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 逃亡直前に、火凛はひとり喧騒にまぎれ、一人の人物を探していた。

 周囲は国家代表候補生の反逆と逃亡という未曾有の事態に混乱しているが、そんな中でただ冷静に笑みを浮かべるその男の前に、火凛は姿を現した。

 

「いい気分だろうね?」

「……!?」

「目論見通り、これであの子を排除できたわけだ」

「あなたは……」

「はじめから疑ってたよ。あのブタみたいなやつが連れて歩く部下が、無人機の支持派ではないなんておかしいからね」

 

 火凛の目の前にいるのは楊と名乗った男性だった。人のいい顔で鈴に謝罪し、応援していたあの男だった。

 

「はじめから鈴音を消すつもりだったね?」

「なんのことです?」

「鈴音がどんな行動を取るかはこれまでの実績からわかっていたはず。だから私たちが近くにきたときを狙って今回の騒ぎを起こしたな?」

「なにを馬鹿な」

「あの上司には知らせてなかったみたいだけど、今回のことはどうあっても鈴音が不利になる条件がそろいすぎてた。鈴音なら女の子を見捨てることなんてできないし、あわよくば生き埋めにできる。そうしてそこで無人機での救助活動を行えば、無茶な行動した候補生を救助するって図式の出来上がり。この程度の情報操作なんて得意分野でしょ?」

「…………」

「そしてもし脱出できても、生身であるあの子が助かる確率は低かった。幼い子を救えなかったってこともあなたたちには有利なカードになる」

 

 楊は黙って火凛の言葉を聞いている。しかし、その表情に張り付いている笑みは薄っぺらいものになっていた。

 

「でも、鈴音は無傷で助け出した。面白くない展開だったんだろうけど………そこまでも、あなたの想定内、でしょう?」

「なぜ、そう思うのです?」

「鈴音の性格はあなたもよく調べたはず。なら、ううん、鈴音じゃなくても…………自分を罠にはめ、殺そうとした国を恨むのは当然。事実としてあの子はキレてぶん殴っちゃったしねぇ」

「ええ…………残念ですが、彼女からISを剥奪するしかないですね」

 

 残念そうに言うが、内心でほくそ笑んでいることが手に取るようにわかる。しかし、と火凛は見下すように嘲笑した。

 

「わかった気になっただけで、なんにもわかっていない」

「なに?」

「あの子はまだ子供で、悪意にだって慣れていない。でも、それでもあの子を飼い慣らすことなんてできない」

 

 凰鈴音という少女は、そんな器ではない。おまえらに利用されるような存在ではないと、火凛は知らしめたかった。

 

「あなたみたいなのは金と権力で靡くんだろうけど…………龍は、誰にも飼い慣らすことなんてできない」

「戯言を」

「それにおまえ……………亡国機業だろ?」

「っ!?」

 

 楊は懐から銃を取り出すとまっすぐに火凛へと向ける。引きこもりでこんな暴力沙汰に縁のなかった火凛は内心ではけっこうビビっていたが、それでも長年培われてきた鉄仮面は揺ぎもしない。

 

「どこでその名を知ったのか聞きたいところですね。それにあなたにも反逆罪が問われています。おとなしくご同行願いましょうか」

「や」

「ここでまだ戯言が言えるとは……度し難ッ!?」

 

 ガシリ、と楊の持つ拳銃を背後から誰かが握り締めた。メキリと骨の軋む音が響き、楊の顔が苦痛で歪んだ。

 

「がっ、なっ……!?」

「まったく、なにやってんだ火凛」

「姉さん……」

「無茶をするときは必ず私を連れていけと言っていただろう。もう時間がない、行くぞ」

「はいはい……えーと、それじゃあもう二度と会わないことを願うけど」

 

 火凛は楊へ顔を近づけ、普段眠そうに半目になっている目を見開いて相手の目を侵すように覗き込んだ。その深い瞳は、恐怖すら抱かせた。

 

「あまり舐めるなよ? 私たちを、そして鈴音を」

 

 それだけ言って火凛は身を翻す。言いたいことは言った。亡国機業の関与も確認できた。もう用はない。鈴を連れてとっととこの場から逃げる必要がある。

 もうこんなことに巻き込まれないように。そしてもう起こらないようにするために。

 

「次はないよ? あの子を狙うなら、たとえ国であっても壊してやる」

 

 

 

 

 

 

 その後、ISの不法所持及び窃盗容疑による国家反逆罪として凰鈴音、そしてその幇助容疑として紅火凛と雨蘭の指名手配が決定されるも、それが表沙汰になる前に何者かの介入によりこれは執行される前に取り消されることになる。

 

 

 

 かくして、龍は国という檻から解き放たれる。

 

 以降、姿を消した凰鈴音と甲龍は、様々な戦場でその戦神のごとき姿を見せつけることになる。

 

 

 

 

 




今回は試験的にこのような構成で書いてみました。

これで鈴ちゃんがセプテントリオン入りとなります。表では鈴ちゃんのいろんな面を描いてみたかったし、裏では保護者である火凛さんにスポットをあててみました。
主人公クラスのキャラの活躍も好きですが、こうした裏方から支えるキャラもかなり好きなので今回はこんな形で書いてみました。

次回からはIS学園編へと移ります。主役は一夏くんや簪さんではなく、楯無会長メインになる予定です。

ご意見、感想をお待ちしております。

それではまた次回に!

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