双星の雫   作:千両花火

9 / 163
Act.8 「虎、大陸より来たる」

 学園に入学してからようやく慣れ始め、クラス代表戦も近づいてクラスの雰囲気も明るい。みんなが思い思いに学園生活を満喫しているようだ。

 アイズとセシリアは常に一緒で、そこに一夏やのほほんさん、それに箒といった面々がよく連むようになっていた。箒はまだ少々ぎこちないが、時折アイズに視線を向けることが多いため、興味を持っているようだ。

 そして、一夏はセシリアとアイズのイジメ、もとい訓練のおかげでIS操縦に関してはかなりの成長を見せていた。遠距離戦を得意とするセシリアと近距離戦特化のアイズ。この二人が仮想敵としているため、一夏の経験値は短期間に跳ね上がる結果となっている。少なくとも、クラスでも余裕で五指に入る、もしかしたら学年でも上位に入るだろうというくらいに実力を上げていた。

 

「代表戦の目標は優勝ですね、それ以外は認めません」

「お~、一夏くん、優勝できなかったらきっとセシィに蜂の巣にされちゃうよ?」

「いや、毎日されてるけど……ついでに微塵切りにもされてるけどな」

 

 そのおかげで実力が伸ばせたのだから文句は言わないが、一夏としてもちょっと複雑だ。見た目麗しいセシリアはその笑顔のまま銃口を向け、躊躇いなく撃ってくるし、目を隠していても小さく可愛らしいアイズが無邪気に笑いながら剣を振り上げてくる姿は時折夢に見るほどだ。

 

「そういえば……」

「どうしたの、セシィ」

「さきほど噂話を聞いたのですが……二組に転校生が来るそうですわ」

「転校生? ……ああ、そういえば食堂でそんなこと話してる人いたね」

 

 とはいえ、まだ四月。学園生活が始まってまだ一月ほどだ。そんな時期に転校生とは。ある程度の情報はセシリアとアイズは教えられているのだが、まったく情報がないことから急遽決定したのだろう。カレイドマテリアル社には緊急時を除き、定期連絡しかしていないため、もしかしたら次の連絡でそのあたりの情報がくるのかもしれない。

 その話に興味を引かれたのか、次第にクラスメートたちもあつまってくる。

 

「あ、私も聞いたよ。たしか中国からだって」

「たしかに興味あるけど、今はやっぱりクラス代表戦よ! なんといっても優勝クラスはデザート半年食べ放題だからね!」

「クラス一丸となって織斑くんを応援するからね!」

「お、おう。ありがとう……」

 

 デザートにそこまで目の色を変えなくてもいいのに、とは一夏は言えない。彼女たちの目はそれくらいマジだった。

 

「でも専用機持ってるのってうちと四組の代表だけだからね、それ以外は楽勝だよ!」

 

 

 

 

 

「その情報、古いよ」

 

 

 

 

 

 声が響いた。やや威圧感を伴ったその声に、全員が振り返る。ただひとり、アイズだけは声がかけられる前に振り向いていたが。

 

「二組も専用機持ちが代表になったからね。そう簡単にはいかないってわけよ」

 

 身長は低く、アイズと同じくらい。茶色めの長い髪をツーテールにまとめており、制服は改造しているのか、スカートの丈は短く肩の部分が露出している。

 小さくも獰猛な肉食獣のようなぎらついた目をしたその少女は、ビシッと一夏に指を突きたる。

 

「中国代表候補生、凰鈴音。二組のクラス代表として一組代表に宣戦布告に来たわ」

 

 そしてにやり、と犬歯を覗かせながら笑う。まるで虎を思わせる獰猛な笑みだった。

 

「鈴……おまえ鈴か!」

「そうよ、久しぶりね、一夏。それに………あなたにも会いたかったわ、セシリア」

「あなたでしたか、鈴さん。縁がありますね」

 

 その少女、鈴は一夏とセシリアに向かって、花のような笑顔を見せた。と、同時にアイズがその鈴の背後に意識を向け、その瞬間鈴も同様になにかを察知して振り向きざまに両手を振り上げた。

 

「は!」

 

 バシン!

 

 鈴の頭ギリギリでまるで白羽取りのように振り下ろされた出席簿を止めた鈴。それを見てパチパチと拍手を送るセシリアと、音でそれを察したアイズも手を叩く。

 そして出席簿を振り下ろした張本人、織斑千冬は頬をヒクつかせながら鈴を見下ろしている。

 

「あ、千冬ちゃんだ」

「ここでは先生と呼べ。お前はさっさとクラスに戻れ。もうHRの時間だぞ」

「は~い。それじゃ、またあとでね、一夏、セシリア」

 

 あの織斑千冬相手に千冬ちゃんと呼ぶ蛮行にクラスの面々が驚く中、一夏は相変わらずだと旧友の後ろ姿を見送った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「それにしても久しぶりだなぁ、おまえが転校生とは驚いたぜ」

「こっちのセリフよ。あんたが男性適合者だーってニュースみたときはラーメン吹いたわよ」

 

 昼休みの時間となると同時にやってきた鈴に誘われ、食堂で再会を喜びながら食事を取る。一夏と鈴は中学時代のクラスメートであるそうで、アイズは興味深そうに話を聞いていた。そしてアイズも知らなかったが、セシリアとも親交があったという。

 

「半年ちょっとくらい前でしょうか。一度交流試合のようなものをしたことがあるんですよ」

「そうなんだ?」

「アイズは本社で留守番でしたからね、知らなくても無理はないでしょう」

「あ、思い出した。セシィが言ってたなかなか強い人に会えたって鈴ちゃんのことなんだ」

 

 一週間ほどセシリアが代表候補生としての仕事で他国に遠征に行ったときがあり、帰ってきたセシリアが楽しそうに言っていたことを思い出す。人材マニアというべき癖があるセシリアに見込まれる人物だからよほどすごいんだと思ったものだった。しかし、一週間もセシリアと会えないことに禁断症状が出てしまい、束に甘えまくっていたアイズは半ば聞き流す程度だったので今の今まで忘れていた。

 

 それがこの目の前にいる、見た目猫科の小動物、雰囲気は肉食獣、野生味溢れる少女、凰鈴音。アイズは見えずとも、その声や雰囲気からなぜか小さな虎のイメージを浮かべていた。

 

「俺は鈴とセシリアが知り合いってほうが驚いたけどな」

「まぁ、あれよ。国の決めた交流戦っていうの? 候補生はたまーにそんなこともしてるのよ」

「で、結果はどうだったんだ?」

 

 一夏がそう言うと鈴は悔しそうに顔を歪めてセシリアをジト目で睨む。それだけでもう結果はわかる。

 

「あたしの負けよ、負け。完敗よ」

「あら、それは謙遜ですか? 私も半分以上の武装を潰されたのに」

「結局ほとんど本体に当てられなかったんだから完敗以外なにものでもないわ。でも、あのときとは違うわよ、セシリア。あたしはこの半年、あんたに勝つことだけを目標にしてきたんだから」

「そのような評価をしていただき、感謝の念が絶えませんわ」

 

 野生味溢れる威嚇をする鈴と、それを優雅に受け流すセシリア。二人の間に火花が散るようだが、同時にそれはよきライバルといった感じで、居心地の悪さはない。

 

「それに一夏、あんたにも負けないわよ。まさかセシリアじゃなくてあんたが代表ってのは驚いたけど、あたしもISに乗ったばかりの素人に負けるつもりはないわ」

「へっ、上等だよ。俺だってむざむざやられはしねぇよ」

「ま、セシリアが鍛えてんなら楽しめそうじゃない。………で、あんたがアイズね?」

 

 と、そこであえて口を挟まずに空気に徹していたアイズが顔をあげる。目隠ししていても、まるで見えているんじゃないかというくらい、その仕草は自然と鈴にほうに意識を向けた。

 

「セシリアから聞いてるわ。あたしも近接型だけど、あんたのほうが上だって」

「……セシィ、ボクのことなんて言ったのさ」

「“あなたは強いですが、私はあなた以上に接近戦で強い人を知っています”……だったかしら?」

「なにその漫画みたいなセリフ」

 

 自分を褒めてくれるのは嬉しいがちょっと気恥ずかしい。アイズは照れるようにもじもじとし出し、セシリアが頭を撫でてなだめている。いつもの光景である。

 

「………なにこのお持ち帰りしたい小動物」

 

 初見である鈴はそんなアイズとセシリアの様子にどこか胸にくるものがあったようで、少し熱っぽい視線を向けている。

 

「アイズは撫でられたり抱きしめられたりするととても喜びますよ」

「あ、そう? じゃあたしも」

「わきゃ? むぎゅう」

 

 その後は鈴にもみくちゃにされながらも、アイズも嬉しくて精一杯鈴とのスキンシップを楽しんだ。こうして転校生との邂逅はアイズに新たな友人を得るものとなった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「それで、なんでこんなことに?」

 

 現在、アイズはアリーナの一角で鈴と対峙していた。ほかの面々はここにはいない。放課後、アリーナ使用時間終了の三十分前にここにくるように、と鈴に言われたのだ。アリーナへの道はもう覚えたのでセシリアなしでも大丈夫だったが、その後現れた鈴に誘われるままに、現状としてISを纏って戦闘態勢へと移行している。

 

「まぁ、あれよ。セシリアの言葉を疑うわけじゃないけど、あんたの実力に興味があるってわけ」

「ボクとしては構わないけど…………う、うん、本当にダメな理由がないな。うん、いいよ」

「話が早くて助かるわ。……本当にセシリアのISと似てるわね。装備は別物っぽいけど」

「同型機だからね。まぁ、チューンでかなりの差異があるけど」

「あと、あんたはIS纏うと………見えるの?」

 

 少しためらいがちに鈴が質問してくる。アイズは苦笑して用意していた答えを出す。

 

「ハイパーセンサーってすごいよね」

 

 一夏のときと同じ回答をする。それにそれも嘘ではない。

 

「ふーん、まぁいいけど」

「それじゃ時間もないし、やろっか」

 

 鈴のISは「甲龍」。巨大な青龍刀「双天月牙」を両手に持ち、見るからにインファイトを想定した機体だ。おそらく他にも武装はあるだろうが、主武装はあの近接武装。牽制や隠し武器に中・遠距離武装もありそうだ。

 アイズも主武装である二本のブレード、「ハイペリオン」「イアペトス」を展開。

 

「攻撃用の大剣と防御用の小太刀ってとこかしら?」

 

 鈴は警戒しつつも、同じ近接型でも、自身のようなパワーファイターではなくテクニカルなタイプだと推測する。それに、かつて煮え湯を飲まされたセシリアのブルーティアーズと同じ形状のユニットが背中にある。あれも同じビットか、と疑念を抱く。

 

「まぁ、やればわかる……ってね!」

 

 鈴がブーストをかけ、真正面から突撃。その勢いを殺すことなく片方の青龍刀を振り下ろす。それをアイズは逆手に持つブレード「イアペトス」でベクトルを変えるように受け流す。しかしそれを予想したいた鈴はもうひとつの青龍刀を今度は横薙ぎに振るう。それをアイズも「ハイペリオン」を盾にし、さらに「イアペトス」を重ねることで完全に受けきった。

 

「ふーん」

 

 しかし、鈴はそんな納得したような表情を見せ、一度距離を取る。そのまま攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、ただじっとアイズを見つめている。

 

「……なるほど」

「どうしたの?」

「たしかに、あんたに接近戦で倒すのは骨が折れるわ」

 

 鈴は静かにそう結論付ける。一撃目の小太刀による捌きも、二撃目の大剣による防御も実に見事だった。鈴がそれを崩すことは相当に難儀するだろう。

 それに、実は今の二撃目はちょっと細工をした。

 発勁、鎧通し、などと呼ばれる浸透系を叩き込んだのだ。無論、これも簡単にできるものでなく、セシリアに負けて以来、必死に習得した武器による徹甲効果を生み出す鈴の切り札といっていい技術だ。

 ちなみこの技術、ISを纏って行うため、そんなノウハウなどあるはずもなく、鈴ただひとりが習得している技術である。

 

 しかし、アイズはそれを受けきった。大剣を通してくるダメージに気づいたのだろう。即座にもう片方の小太刀を添えることによって大剣を貫通する衝撃に逃がしたのだ。右手を麻痺させるくらいはできるだろうと思っていた鈴の攻撃は両手に分散されて半分以下の効力しか与えられていない。

 

「まぁ、驚いたのはホントだよ? たしか発勁っていう技術だよね。それが中国何千年の歴史ってやつ?」

「ちょっとした応用よ」

「じゃあ遠当てもあるのかな?」

「あっさりあたしの切り札その2を当てるんじゃないわ、よっ!」

 

 鈴は二本の青龍刀「双天月牙」を連結させ、それをブーメランとして投擲する。それを上空へ回避したアイズは、即座に感じた嫌な気配に向けて「ハイペリオン」をかざす。それが功を奏し、直撃を受けずになにかしらの遠距離攻撃の防御を成功させる。

 

「今の、衝撃砲?」

「正解よ。見えない砲身と見えない弾……意表を突くって点じゃ、遠当てよりも上等な代物よ」

「獲物を待たずに、遠距離攻撃、か。たしかにね。もう完成してたんだ」

「セシリアとやったときは、一発限りのまだ試作だったけどね。今はこのとおり、連射も可能よ!」

 

 やばい、と察したアイズは真下へのパワーダイブを敢行。すぐそばを連続でなにかが通り過ぎる感じに肝を冷やすが、それは連続してくるのでアイズはランダムな機動でそれらを避ける。

 

「うまく躱すわね」

「もともと目が見えないからね、見えない砲弾なんて、ボクにとってはあまりディスアドバンテージはないよ」

「なるほどね」

「ところで、セシィや一夏くんと戦う前にそんな手の内見せていいの?」

「構わないわよ。それで負けるならあたしはそこまでの女ってことよ。それより今はあんたとの勝負を楽しみたい」

「男前だねぇ。じゃあボクももうちょっと手の内見せちゃおっかな」

 

 アイズは「レッドティアーズtype-Ⅲ」を急停止させると、今度はジグザグの高速機動へシフトする、強引に進行方向を変える力技の機動。急加速と急停止の繰り返し、質の違う高速移動に鈴は顔を顰める。

 目が慣れないまではあの機動を狙ってもまず当たらない。ならば接近戦しかない。

 

 ………と、鈴が思っていると予想したアイズを、鈴が上回る。

 

「え?」

 

 鈴は回収した双天月牙を、再びブーメランとして投擲した。今度は分離させ、二つの質量がアイズへと迫る。まさかこちらに接近されているにもかかわらず近距離武装をこうもあっさり捨てるとは! アイズは意表を突かれながらも、ひとつを回避し、ひとつをブレードで弾く、が。

 

「もらったわ」

 

 意外な攻撃方法に意識を取られた。目の前には拳を握り締める鈴。そして最大のアラートをアイズの直感が響かせる。

 さきほどは武器による浸透効果という規格外なことを行った鈴が、直接打撃で同じことができないわけがない。先ほどは武器越しであったために時間差で威力を殺せたが、直接であれをされれば対処は間に合わない。

 

 回避、間に合わない。

 

 防御、無意味。

 

 ならば。

 

「……“ティテュス”!」

 

 迎撃を優先した。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「あんた、あれはないんじゃないの……いてて」

「こっちのセリフだけど………絶対防御すら貫通させるって、下手したら禁止になるよ」

 

 鈴の貫による拳と、アイズの切り札による衝突は互いに絶大なダメージを与え、はじかれるように吹き飛んだ。ダメージは甚大、これ以上の戦闘は無意味として、二人そろって模擬戦の終了を受け入れた。

 

「最後のあれはなによ?」

「なにって、ボクの武器は基本剣しかないけど?」

「だからっていきなり足からブレードが展開されるとかないわ」

 

 レッドティアーズtype-Ⅲの第三の剣「ティテュス」。それは両足に展開されるブレードだ。アイズは鈴の一撃を喰らいつつも、それによってがら空きになった胴体に足のブレードで切りつけたのだ。

 

「隠し武器としてはなかなかでしょ?」

「まぁね。実際直撃くらったわけだし。それにしてもやっぱ強いわねぇ……セシリアの言ったとおり」

「鈴ちゃんこそ、セシィの言ってたとおり、強い」

 

 裏表のない純粋なアイズの評価に鈴も嬉しそうに微笑む。

 

「今日はありがとう。付き合ってくれて」

「こちらこそ……ボクは一組だから一夏くんの応援するけど、鈴ちゃんのことも応援してるよ」

「ありがと」

 

 いい笑顔で立ち上がった鈴は、座り込むアイズの手を取って立ち上がらせる。アイズも嬉しそうに鈴の手を握り返した。

 

「あんたはハグされると嬉しいんだっけ? じゃあこんなのどう?」

「うわっ、鈴ちゃんすごい!」

 

 それは所謂「たかいたかい」であった。背格好がほぼ同じ二人でするにはやや不格好だったが、細身の割に力のある鈴に抱き上げられ、アイズは子供みたいに嬉しそうに歓声を上げた。




鈴はすでにパワーアップ済み。そしてアイズに新しいハグ仲間が出来ました。鈴は気性は激しくも原作よりも落ち着いており、一夏に対しても想い人でなく対等な悪友、という感じです。


そして気づいた方もいるかもしれませんが、アイズの使う武装名はすべて土星の衛星名から拝借しています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。