双星の雫   作:千両花火

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今作品の根幹に関わるかなりのネタバレ回です。




Act.78 「魔女と暴君(後編)」

「ターゲット確認………飛行型二十五機」

 

 敵集団を見据えながら冷静に戦力分析を行う。数は多いが、あのタイプの無人機はとっくにその性能や武装特性、さらに連携パターンなどのアルゴリズムに至るまで束によって解明されている。もちろんそれなりにアレンジは加えられているだろうし、見た目は同じでも中身は別物という可能性も有り得る。しかし、現状でのデータ収集と分析からあれらの機体はこれまでセシリア達が戦ってきたものと同一のものだ。

 既にこのブルーティアーズtype-Ⅲの敵には成りえない。敵の攻撃を回避しつつ一機ずつ撃ち落とせばいい。あの数なら十分から十五分で殲滅できる。

 ビットを併用してのオールレンジ射撃は単機でありながら小隊規模と同等の攻撃力を持つ。後衛からシャルロットが砲撃支援を行うことも考えれば十分な戦力だった。

 

「とはいえ……」

 

 しかし、背後にはイリーナのいる施設がある。万が一にも流れ弾で倒壊などとなれば目も当てられない結果となる。撃ち合いになれば間違いなくセシリアが勝つが、代償としてある程度の被害が出る可能性が高い。

 時間をかけるわけにはいかない。そして射撃戦は最善ではない。

 

 ならば、どうするか。

 

 答えは決まっていた。

 

「アイズや鈴さんの戦い方を見習うとしましょうか」

 

 セシリアは主装備であるスターライトMkⅣを量子変換して収納すると、代わりにギミックのついた長大なスピア―――近接銃槍【ベネトナシュ】を手に取る。大きくひと振りしてそれを構えると、背部に装備したままのビットの推進力も利用して最高速へと加速させる。

 もともとブルーティアーズtype-Ⅲは直線加速に優れた機体だ。射撃のための距離を取るための特性であるが、セシリアはこれをまるで鈴のような吶喊のために使用した。全面にベネトナシュを構え、矢のように勢いを緩めることなく無人機の集団へと突っ込んだ。

 その勢いのまま、無人機の一機へとベネトナシュを突き刺す。胴体部に直撃を受けたその機体はその衝撃で機体全体に至るまでスパークして沈黙する。

 だが、同時にセシリアの足も止まる。その隙を突こうと背後から襲いかかるが、セシリアは何事もないように冷静に手に持つベネトナシュのギミック部の一部をスライドさせる。同時にガシャンという音と共に弾丸が装填され、トリガーを引いた。

 至近距離から放たれた散弾が背後から迫っていた無人機を無惨なまでに破壊する。ベネトナシュに仕込まれた槍底部散弾砲である。

 

「乱戦での近接戦…………私は確かに射撃型ですが、接近戦が弱いつもりはありませんわ」

 

 セシリアの攻略法としてはたしかに接近戦を仕掛けることは間違いではない。ただし、その大前提が接近戦における技量が凄まじく高いことが要求される。

 夏休み中に行った鈴との模擬戦でも、押され気味だったとはいえ、ほぼ互角の戦いをしてみせたほどだ。セシリアはあくまで射撃が得意というだけで接近戦が苦手というわけではない。

 少なくとも、無人機程度の近接戦闘プログラムなどなんの脅威でもない。

 

「次です」

 

 ベネトナシュを投擲して攻撃直前だったビーム砲を破壊する。行き場を失ったエネルギーが暴発し、周囲の機体を巻き込んで大爆発を引き起こす。それを視界の端で捉えながら、セシリアはかつてシャルロットが使用したスモークチャフグレネードをその場で量子変換して複数のそれを周囲に分散させるように投擲、数瞬の後に閃光とスモークを発生させてジャミングフィールドを一時的に作り出す。

 無人機のセンサーを一時的に無効化、セシリア自身もスモークの中へと姿を隠す。

 

 もちろん、無人機はそんなことなどお構いなしにスモークの中心へとビームを撃ち込んでいく。もしアイズや鈴ならこんな迂闊な攻撃は選択せずに距離を取るだろうが、その場に留まり攻撃してしまったことが無人機の限界であった。

 

 

 

 

 

「薙ぎ払いなさい」

 

 

 

 

 

 スモークの中からなにかが飛び出してくる。

 それはビームだった。弾丸だった。レーザーだった。重火器を乱射するように凄まじい高火力の弾幕が周囲一帯の無人機群に襲いかかった。

 一機がレーザーに貫かれ爆散する。歪曲するビームに焼かれ融解する。圧倒的な物量の弾丸を撃ち込まれ沈黙する。

 そしてその爆発の衝撃でスモークが晴れる。

 そこにはセシリアの姿がなく、ビットだけが残されていた。そしてそれらはただのビットではなかった。不釣り合いなほど巨大な砲身と接続され、自動砲台のように周囲の敵機目掛けて射撃をする重火器装備をしたビットだ。

 本来なら強襲制圧パッケージ【ジェノサイドガンナー】の装備である徹甲レーザーガトリングカノン【フレア】、近接掃射砲【スターダスト】。

 本来はパッケージを装備しなければ機動力を殺してしまう大火力の大型兵装をビットと接続して固定砲台として使用したのだ。強大な火力で次々と無人機を貫いていく中、セシリアはベネトナシュを回収しつつブーストで距離を取り本領であるスターライトMkⅣを構え狙撃態勢へと移行する。

 淀みのない流れるような動作で構えたセシリアは同時にトリガーを引く。

 

 魔弾の射手であるセシリアが手にすることでスナイパーライフルから発射されたレーザーは吸い込まれるように無人機の脆弱な部位へと命中する。頭部カメラや関節部、硬い装甲部は避けて確実にダメージが期待できる場所を狙う。

 

 集団を引き寄せてスモークチャフとステルスビットで姿を消し、重火力兵装の複数独立使用による混乱を生じさせて確実に狙撃で数を減らす。

 本来なら部隊単位で行う戦術であるが、セシリアは苦もなくそれを単機で実行してしまう。

 

 これがセシリア・オルコット。

 

 欧州最強のIS操縦者にして世界最高峰のISガンナーの実力。その一端であった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 通常であれば多くの人で賑わっているであろう観光スポットでもある展望レストランであるが、避難勧告が出された現在は静まり返り、ほんのわずかな物音だけが響いている。

 人の気配はほとんどしないが、人のいないレストランのど真ん中で悠々とワインを飲み、窓から見える爆炎を眺めている者が二人いた。そしてさらにその背後で直立不動で控えている者が二人。

 そのたった四人だけが、無人のレストランに居座り、殺気が交錯する重苦しい空気の中でにらみ合っている。

 しかし、そんな中にいてマリアベルだけはどこ吹く風でのんびりと展望できるセシリアの勇姿を見て笑っている。

 

「強いわね。下手をすればシールでも喰われかねないわね」

「ご満悦か? 自分の玩具が頑張っている姿を見るのは?」

「ええ、とても。ふふ」

「ちっ、性悪が……取り繕うことすら放棄したか」

「私は正直なのよ。私のモットーは“誠実な悪”だからね」

「そんなものは世の政治家でもう間に合っているよ」

 

 片や友好的に、片や鬱陶しそうにしながらの会話であるが、それはどこか仲の良い二人がじゃれあっているようにも見える。

 しかし、この二人の会話はいわば敵対勢力同士のトップ会談でもあるのだ。後ろに控えているイーリスとスコールは油断なく神経を尖らせ、広い室内の空気は鉛が混ざっているかのように重苦しい。

 

「でも、まだあんなものじゃないでしょう?」

「さて、な。あいつは私にも手の内を隠すようなやつだ。切り札の二つや三つくらいあるだろうさ」

「そのうちのひとつくらいは知っているんでしょう?」

「だったら?」

「見せてくれないかな? 私、もっとセシリアのかっこいい姿が見たいわ」

 

 敵対しているセシリアの情報を欲しがっているようでもあるが、マリアベルの本心はただ純粋に「セシリアが見たい」というものだった。

 セシリアの戦う姿が見たい。もっとかっこいい姿が見たい。頑張っている姿が見たい。ただただそれだけを理由にイリーナにお願いしているのだ。

 その表情からそれを読み取ったイリーナは、相変わらずのやりづらい目の前の人物の思考回路に舌打ちする。無邪気とは一種の狂気とは言うが、マリアベルという女はまさにそれを体現したかのようだった。

 

「ああ、でもイリーナはお返しを用意しなくちゃ言うことを聞いてくれないものねぇ」

「当然だろう」

「私も今じゃ組織のトップだもの。それくらいわかってるわ。ま、気分次第だけどね」

「……お前も苦労しているな」

 

 イリーナはマリアベルではなく、その背後に控えているスコールに同情するような目を向ける。スコールは「全くだ」と言いそうになった口をなんとか閉じる。

 敵のトップに同情されるような自身の役職にやるせない思いをしながらも、スコールはポーカーフェイスのまま無言を貫いた。

 

「で、なにをくれる?」

「なら、あなたの好きな情報を。なにがいいかしら? 新型無人機のスペック? 配下に置いた国の数? それとも私の傀儡となっている人間の名前がいいかしら?」

 

 これに慌てたのはスコールだった。

 今マリアベルが言った事柄はすべて亡国機業における最重要機密だ。もしその情報が流出すれば亡国機業の優位性が崩れてもおかしくないほどの案件ばかりだ。いくらマリアベルでもこれを流出させることなど許容できない。スコールは非礼だと思いながらも口を挟もうとする。

 

「そんなものはいらん」

 

 しかし、その前にイリーナがそれを断った。今度はイーリスが慌てた。

 うまくいけばその貴重な情報を得られるかもしれないというのに、そのチャンスをみすみす捨てたイリーナに驚いてしまう。それらの情報の価値はイリーナも理解しているはずなのに、それ以上の情報があるというのだろうか。そんな疑問を抱き、わずかに視線をずらしてイリーナを見た。

 イリーナは変わらず仏頂面でマリアベルをじっと見つめているだけだった。そして、強い意思の込められた声で、それを言った。

 

 

 

 

 

 

「“レジーナ・オルコット”を殺したのは誰だ?」

 

 

 

 

 

 

「………くひゃはッ」

 

 マリアベルは笑った。それは無邪気な笑みでも、威圧的な笑みでもない。まるでその内側にいた化け物がつい顔を出してしまったかのような、まさに化けの皮が剥がれたとすら思うほどの変貌だった。

 口は裂けるような三日月型、目は瞳孔が大きく開かれ、纏っていた温和な雰囲気はまるで爬虫類を連想してしまうような粘着質のあるものへと変化する。

 

 

「それを聞いてどうするの? そんな質問になんの意味があるの?」

「ただの確認だ」

「確認、ね。なら、もう正解はわかっているんでしょう?」

「…………」

「でもいいわ。答えましょう、嘘は言わないわ」

 

 そしてマリアベルは再び無邪気な笑みへと戻る。先程見せた得体の知れない何かは幻だったかのようになくなってしまう。

 

「レジーナ・オルコットを殺したのは、私よ。殺そうと決めたのも、計画を立てたことも、そして実行したのも、この私」

 

「……………」

 

「今でも思い出すと愉快になるわ。あいつの命乞いは、私の人生の中でもベスト5に入るくらい愉快な出来事ね」

 

「……………」

 

「まずは、……そう、思いっきり殴ってやったの。それから四肢を撃ち抜いて標本みたいにしてやってね。それからゆっくりと時間をかけて料理したわ。そういえば最後には火炙りにしたんだっけ……、今にして思えば、ついでに胡椒でもかけておくんだったわねェ」

 

「もう黙れ」

 

「あら、もういいの?」

 

「私はそこまで悪趣味じゃあない」

 

「イリーナは精神的に追い詰めるほうが好きだものねぇ。くすくす……」

 

 

 狂っていた。

 その口から吐き出される言葉は、裏社会に関わるイーリスにとっても狂っているとしか言い様のないものだった。そしてそんな言葉が、まるで賞をもらって喜ぶ子供みたいな無垢な姿で紡がれていたのだ。

 出来の悪い悪夢でも見ているかのようだった。

 

「レジーナを殺したのはお前だった………それがわかればいい。今はな」

「あら、そう?」

「それ以上言うつもりもないのだろう?」

「まぁね」

「その上で聞こう。レジーナを愉快に嬲り殺しにしたというのに、その娘――――セシリア・オルコットに対し何か言うことはないのか?」

 

 やはり、そうなのか。

 オルコットという名からセシリアの関係者だろうとはイーリスは思っていたが、やはりそのレジーナという人物はセシリアの家族………母親だったようだ。

 ここで確認をしたということは、おそらくイリーナもセシリアにはなにも告げていないだろう。確証がないことはあまり言うほうではないし、セシリアの心情を考えればそれも当然だ。

 

 そんなイリーナの問いに、マリアベルは満面の笑みで答えた。

 

「“愛している”。それ以外に言うことはないわ。あの子もきっとそう言うはずよ」

「お前がずっと思い出のままなら、そうだろうさ」

 

 それはどういうことなのか。新情報が多すぎて整理しきれなくなってきたイーリスに、そこで最大級の爆弾が落とされた。

 

「セシリアの中ではおまえは優しく気高いままだ。おまえの意思を継ごうとすらしている。本人はこんなクズみたいに狂っていることすら知らずにな」

「嬉しいわねぇ」

「だからもう一度聞こう。……………それが、娘に対して言うことなのか」

「え?」

 

 イーリスは思わず口に出してしまった。

 それくらい、彼女を驚愕させたのだ。イリーナの言ったことが事実だとすれば、つまりマリアベルの正体は―――。

 

「あら、そちらのお姉さんは知らなかったの? まぁ、イリーナはおしゃべりじゃないもんねぇ」

 

 まったく動揺していないスコールを見れば、マリアベルとしてはある程度のことは部下に話していたらしい。そんな双方の態度から、それが紛れもない事実だと悟ってしまう。

 

 

 

 

 

「………こいつの本名はレジーナ。レジーナ・オルコット。セシリアの母親だよ」

 

 

 

 

 

 

 それは、最大級の爆弾であった。

 

「ッッッ!!!? で、では社長は?」

「ルージュ、というのは私の旦那の名だ。私の旧姓は、イリーナ・オルコット。セシリアは姪にあたるな。まぁ、私はずいぶん前にオルコット家から勘当された身だが」

「姪!? というか結婚してたんですか!?」

 

 セシリアとの関係よりもイリーナが結婚していたことのほうが驚いてしまうのは彼女が暴君と呼ばれる故であろうか。そんな失礼なことを口走っていた。

 たしかに言う必要のないことかもしれないが、それでも話してくれていたら、と思ってしまう。

 

「そもそも、なんで私がセシリアの援助をしていると思っていたんだ? 当時は才能はあれ、没落寸前の家に残されたガキだった。それを援助し、家を立て直す援助をほとんど見返りなしでする理由は、あいつが身内だったからにほかならない」

「セシリアさんが社に従事することが契約では?」

「それはあいつが言い出したんだ。返せるものはないから、私のために働くとな」

 

 より正確に言うなら、“これから先、ずっと社に従事し、あなたに協力する。だからアイズを守る後ろ盾になって欲しい”というものがセシリアの言葉だった。それを受け入れたからこそ、セシリアの推薦という形でアイズを社で保護したのだ。そのあとでアイズがヴォーダン・オージェの被検体だったことを知った。それをきっかけにして篠ノ之束というジョーカーを手に入れたのだから、イリーナとしても運が良かった。

 ちなみにイーリスを雇い入れた時期もこのあたりで、当時まだイーリスも新入りだったということもあってこのあたりの事情はまったく話していなかった。今でこそ言える話だ。

 

「本当にあの子は健気よねぇ。モルモットにされた親友のために自分を差し出したんだもの」

「追い詰めたのはお前だろうに」

「まぁ、そうなるのかな」

 

 マリアベルが本当にセシリアの母だというのなら、セシリアの前から姿を消して放置した時点で完全なギルティだ。裏切り以外のなにものでもない。

 

 ……だが、それならどういうことだ?

 

 レジーナ・オルコットがマリアベルだというのなら、マリアベルがレジーナ・オルコットを殺したというのはどういう意味なのか。先程の話しぶりからして直接手を下したようだ。同じ人物が二人いるかのようだが、しかしイリーナも、イーリスも半ば確信している。

 自分自身を殺すなんて裏ではよくある話だ。偽装自殺、身代わりなど手段はいくらでもある。

 

「一応、DNA検査もしたが、本人だと確認されている。もっとも、遺体は損傷が激しい上に燃やされていたから判別はそれだけだ」

「そりゃあそうよ。クローンなんだし」

「手の込んだ自殺だ。しかもついでに事故に見せかけて夫まで殺すとは恐れ入る。表向きは車の転落事故で、その後炎上したとあったが……落としたのはただの死体だったか」

「ふふ、私、ごまかすのは得意なの」

 

 やはりそうか、と思う。亡国機業がクローン関係の技術に長けていることはわかっている。シールを生み出したことや、それにラウラが造られたことも関係しているはずだ。倫理観など彼方に置き去りにしているが、可能かどうかだけが問題だった。そしてそれは可能だと証明されている。

 ここまでのことをすれば確かに表向きは死者になれるだろう。そのためにずいぶんと手間と費用をかけるだろうが、そこまでして姿をくらますということはあらかじめそのつもりだったのだろう。しかもそんなあからさまな偽装をして騒ぎにならなかったということは、当時から警察にもかなりの草がいたと見える。

 

「セシリアを捨てることも、予定通り、か?」

「そうねぇ、“想定内”、かな?」

「ふん……」

「もう十分でしょう?」

「そうだな、最後にひとつ聞こう。お前は、レジーナ・オルコットか?」

「そうよ。私がレジーナ・オルコット…………あなたの姉で、セシリアの母親よ」

 

 にこりと笑いながらいうマリアベルの邪気のない姿にこそ、言いようのない邪悪さを感じてしまう。

 なるほど、とイーリスは納得した。なぜ、イリーナがここまで敵視しているのか、嫌っているのか。この人は人の形をした別の何かだ。人の情を理解しているのに、それをあっさりと捨てることができる。しかも、そこになんの悪意も邪気もなく、それが自然に為してしまう。

 

「………イーリス、セシリアに繋げ」

「はい」

 

 命令通りにセシリアと通信をつなぎ、端末をイリーナへと手渡した。ニコニコと不気味に笑うマリアベルから目を離さずにイリーナはセシリアへと命じる。

 

「セシリア」

 

『どうしました? 駆除までもう少しかかりますが……』

 

「“type-Ⅲ”の使用を許可する」

 

『え? しかし……』

 

「命令だ。やれ。ただし、五秒だ。それで残りを殲滅しろ」

 

『…………了解。五秒も要りません。三秒で十分です』

 

 通信を切るとイリーナも戦場が見える外へと視線を移す。 切り札のひとつが見られると思い、マリアベルも嬉しそうに視線を向ける。

 

 そして、異変はすぐに現れた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「いったいどういうつもりやら……」

 

 急な命令に困惑しつつも、やれと言われたからにはやらなくてはいけない。残りの敵機は十二機。宣言通り、“type-Ⅲ”を使えば数秒で終わる数だ。

 しかし、こんなところで本当に切り札を使っていいのだろうか。イリーナは手札をあまり見せたがらない。手の内を晒すことは愚策だと知っているからだ。それなのに命令してきたということは、なにかに対する牽制のつもりなのか、はたまた別の狙いがあるのか。

 

「まぁ、そのあたりはいいでしょう。久しぶりの使用ですし、慣らすにはちょうどいい機会ですわ」

 

 セシリアはビット全機を戻し、背部バインダーへと接続する。そして主武装のスターライトMkⅣも一時的に収納して精神を集中させる。セシリアはアイズほどスムーズにこの力を使うことはできない。しかも使用自体が久しぶりだったので、慎重にISとのリンクを高めていく。

 

「さぁ、目覚めなさい―――――ブルーティアーズ」

 

 セシリアの言葉に応えるように、ブルーティアーズのコアが胎動する。アイズのレッドティアーズのように、未だ明確なコア人格は形成されていないが、それでもセシリアは愛機の意思を感じている。それに同調させるように、セシリア自身も意思を震わせ、それを具現させるように機体を変化させる。

 各部の装甲を展開させ、その名と同じ青い白いエネルギーラインを露出させる。そこから溢れるようにコアから生み出された膨大なエネルギーが散布されていく。それはまるでセシリアとブルーティアーズそのものが光を纏っているかのようだ。まさに、それは青い雫のようであった。

 

「第二単一仕様能力〈セカンド・ワンオフアビリティー〉―――開放」

 

 そして異変は起きる。

 セシリアを中心としたエリアが急激に暗闇へと陥っていく。さきほどまで降り注いでいた太陽の光が一切届いていない。昼が夜に侵食されていくようにどんどん暗くなる中、セシリアはゆっくりと右手を動かす。腕部装甲の親指と中指を合わせ、ゆっくりと無人機へと掲げた。

 

 

 

 

「落ちて消えなさい―――――雫のように」

 

 

 

 

 その言葉と共に、パチンッと指を鳴らす。

 

 

 

 

 瞬間、無人機の全てが光に呑み込まれた。

 

 光が無人機そのものを熔かし、食っていく。原型すらまともに残されないほどに破壊されたそれらが、光の雫となって落ちていく。

 幻想的とすら思える光景だった。それが、破壊の光景とは思えないほどに、美しい。そしてそれらは幻だったかのように世界に光が戻る。

 戻った世界に佇むのは、セシリアただ一人。

 

 さきほどまで確かにそこにいた無人機たちは、光の雫となって消えていった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

「よかったんですか、あんなものまで見せて」

 

 二人となった無人のレストランの中でイーリスはそう問うた。

 すでにマリアベルとスコールの姿はない。二人はセシリアの姿を見たあと、早々に去っていった。マリアベルは上機嫌にセシリアを讃えながら帰っていったが、スコールの表情は少しこわばっていた。無理もない。あんな力を見せられればそのほうが正しい反応だ。

 セシリアの切り札はそれほどまでに驚異的なものだった。あれは見せたらまずいものだろうと思うが、イリーナにとってはそうではないらしい。

 

「あいつを知るための代価だよ」

「マリアベル………亡国機業のトップ。そして社長の姉君で、セシリアさんのお母様………本当なんですか?」

「………死亡確認はされていた。が、………狂言だった。それだけだ」

「社長が以前言っていた、心当たりって……」

「あいつだよ」

 

 死んだはずの人物。それが身内だった。普通なら喜ぶのかもしれないが、それが最大の敵なのだから悪夢だろう。しかも、どうやらマリアベルが望んでしたことのようだ。イリーナやセシリアにとって、その存在はどう映るのだろうか。

 

「でも、クローンを使ってまで死亡認定させるなんて……有効だとは思いますけど、そうまでして……」

「そうじゃない」

「え?」

「それは決めつけだ。可能性はもうひとつあるだろう」

 

 煙草に火をつけながらイリーナが淡々と言った。もうひとつの可能性、それはなんなのか。イーリスはこれまでの会話を思い返し、そして―――――その優秀な頭がひとつの仮説にたどり着いた。

 

「あ、まさか……っ」

「そうだ。あいつはレジーナではあると認めたが………それがオリジナルかどうかまでは明言していない。死んだほうがオリジナルで、あいつがフェイクという可能性だってある」

「そんな……」

「あいつを見ただろう? 若すぎる。本当なら私より八つも年上だ。なのにあいつは死んだ当時の姿のままだ。老化抑制しているのか知らんが、本当ならもう四十に近いはずだ」

「確かに、見た感じ二十後半という感じでしたね」

 

 死んだほうが、殺されたほうがオリジナルのレジーナ・オルコットである可能性。それが本当だとすれば、それはレジーナ・オルコットという存在の乗っ取りだった。

 

「しかもこの可能性のほうが高いときている。あいつの言うことが本当なら、あいつは明確な殺意を持ってもう一人の自分を殺したことになる。偽装死亡するやつが、わざわざそんな殺意を振りまいて自分の手でクローンを殺すか?」

「…………」

「そしてあいつはセシリアを捨てることは“想定内”と言った。予定通りではなく、な。つまり、セシリアを、オルコット家そのものを捨てることはオリジナルを消したことの結果だったかもしれん」

「でも、……それでは、どちらにしてもセシリアさんが不憫です」

 

 あのマリアベルがオリジナルだったなら、セシリアは実の母親に裏切られていたことになり、フェイクだったのなら、マリアベルはセシリアにとって母の仇となる。どちらにしても、セシリアにとっては平静ではいられないことだろう。

 

「セシリアには言うな。少なくとも、あいつがどちらなのか確定はするまではな」

「はい。………しかし、社長はどうなんですか? 社長にとってもあの人は……」

 

 身内なのはイリーナも同じだ。だからこそ気を使ったが、イリーナはまったく動揺していなかった。

 

「あいつが本物だろうが偽物だろうが、…………私は、あいつが大っ嫌いなんだよ」

 

 殺意すらにじませながら言うイリーナに、イーリスも口を閉じた。おそらく、ここから先は踏み込んではいけない領域だと、本能が察したのだ。

 

「それにな、恐ろしいのはそこじゃない。あいつは、偽物だとすればいったいいつからレジーナとなったんだ? 推測でしかないが、セシリアが知っている母親があいつそのものだという可能性だってあるんだぞ」

「それは……、そう、ですが」

 

 仮にあのマリアベルがレジーナ・オルコットのクローンだとして、本物を消す前に表に出なかったという保証はない。もしかしたら、セシリアと接していたかもしれない。

 

「でも、それって本当のレジーナ・オルコットが影武者を用意したみたいですけど」

「有り得るんだよ、それが。いいか、セシリアは美化しているが、私の姉はいい人間じゃなかった。少なくとも、善人ではなく悪人と呼ばれる側だ。自身のクローンを使って面倒な子育てをしていたとしても私は驚かんぞ」

「そんなまさか……」

 

 しかし、イリーナにそこまで言わせるのだから相当な人物だったのかもしれない。本当にクローンを影武者に使い、なにか後暗いことをしていたことも考えられる。ここで考えても推論の域を出ないが、どれも気分のいいものではなかった。

 それから数分の沈黙が過ぎ去り、一人の少女がこの場へ足を踏み入れた。金髪と青い目、さきほど出て行ったマリアベルの姿をそのまま引き継いだような少女―――セシリア・オルコットであった。

 こうして見れば、たしかに面影が多く残っていることに、イーリスは居た堪れない気持ちになる。そんなイーリスの様子を察したセシリアが首をかしげていたが、すぐに表情を引き締めてイリーナに報告する。

 

「任務完了しました」

「ご苦労だった。……おまえも少し飲んでいけ」

 

 セシリアに着席を促し、イーリスにシャンパンを用意させる。いつもと少し様子の違う二人に少し困惑しながら、セシリアも席に座る。

 イーリスから注がれたシャンパンを受け取ると、イリーナに礼を言ってコクリと少しだけ飲む。

 

「……もう任務外だ。プライベートでいいぞ」

「……本当に珍しいですね、イリーナさん」

「たまには姪と飲みたいからな」

「ああ、イーリスさんにも話したんですか」

 

 どうやらイーリスが知らなかった原因は、二人が関係を隠していたこともあるらしい。かつてオルコット家から勘当されたというイリーナの事情から察するに、あまり表立って言うことではなかったのだとはすぐにわかった。

 

「おまえはよくやってくれているよ。たまにはこうして叔母らしいことでもしてやらないとな」

「私の好きな銘柄のシャンパンですね………覚えていてくれたんですの」

 

 セシリアの口調もいつもよりはやや軽い。なるほど、これが本来の二人の関係なのだろう。

 暴君と呼ばれている人物でも、身内には相応に心を許す姿にイーリスは失礼と思いつつ少し感動した。

 

「セシリア」

「はい?」

「おまえは、姉さんを尊敬していたな」

「はい。お母様は私にとって目標となる女性です」

「そうか。…………姉さんも、今のおまえを見れば喜んでくれるだろうさ」

「そうでしょうか……そうであれば、嬉しいですわ」

 

 その会話を聞きながらイーリスは内心で苦いものを感じていた。

 

「私はずいぶん前に勘当されたからな。姉さんはどういう人だった?」

「そうですね………いつも優しく、私を気遣ってくれました。それに今にして思えば、私が成長するように導いてくれていたと思いますわ」

「いい母親だったんだな、姉さんは」

「はい、最高の母ですわ」

 

 自慢するように笑顔で語るセシリアから耐え切れずにイーリスは目を逸らした。セシリアの母に抱く愛情が、こんなにも苦しい。

 

「おまえなら、そんな最高だった姉さんも超えられるよ。私はそう信じている」

 

 心温まる会話だ。しかし、イーリスにはその言葉は、「だからマリアベルを殺せ」と言っているように聞こえてしまった。それが、気のせいだと理解はしても、それほどまでに現実と理想のギャップが酷かった。

 

「おまえには迷惑をかけるが、これからも頼む」

「はい。イリーナさんに受けた恩は忘れていません。私は、あなたのためにこの力を使います」

「アイズを守る限り、だろう?」

「はい、アイズを守ってくれている限り、私はずっと味方ですよ、イリーナさん」

「ずっと疎遠でいた叔母より愛しい親友か。ま、それが正しい感情だろう。約束は守るさ。……………さて、では次の任務だ」

 

 そうしてプライベートではなく、いつものやりとりを始める二人をイーリスが静かに見守る。

 裏事情を知ってしまったイーリスは、イリーナの言葉が理解できた。

 

 セシリアには、伝えるべきではない。

 

 少なくとも、今は。

 彼女がなんの覚悟もなく対峙すれば、悲劇が生まれることは目に見えていた。

 

 なぜならば。

 

 マリアベルという存在は、どう転んでもセシリアにとって悪夢にしか成りえないのだから。

 

 

 

 




マリアベルさんの正体について触れた回でした。

彼女がセシリアの母なのか、母のフェイクなのかはまだ未確定ですが、これでよくある【ラスボスは身内だった】フラグが完全にたちました。
イリーナさんがセシリアを援助した理由もここに関わってました。まだ明かしていない要素はありますが、いずれマリアベル側から見た真相を描くつもりです。

現在確定した事実。


・マリアベルの本名はレジーナ・オルコット。ただし、オリジナルかクローンかは不明。

・レジーナはイリーナの姉で、セシリアの母。セシリアはイリーナの姪にあたる。


これ以外はすべて推測情報です。いったいなにが真実なのか、これから明かされていきます。

次回からは鈴ちゃん編です。打って変わって気持ちのいい熱血編にしたいと思います。

感想、要望などお待ちしております。

それではまた次回!

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