双星の雫   作:千両花火

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Act.78 「魔女と暴君(前編)」

「ビタミンEが足りませんわ……」

 

 シャルロットははじめは空耳かと思ったその言葉を発した人物に目を向ける。

 そこには青を基調としたドレスを完璧に着こなし、手入れがしっかりされている艶やかな金髪を結い上げ、飾り過ぎない装飾品に身を包み、見る者を魅了する少女がひとり。

 シャルロットにとって同僚であり、友であり、そして上司でもあるセシリア・オルコットである。まさにお嬢様という概念を体現したような、容姿も仕草も言葉も完璧なそのセシリアが突然呟いた意味不明な言葉にシャルロットはどう反応したものかと困惑する。しかもセシリアの表情はやや虚ろだ。ふと心の中の言葉が出てしまった、という感じだった。

 少し面倒だと感じながら一応律儀に聞き返した。

 

「どうしたの?」

「………足りないのです」

「えっと、なにが?」

 

 シャルロットは声を抑えながら聞き返す。ここはカレイドマテリアル社が招かれたパーティ会場だ。

 イリーナが参加するとのことで、シャルロットとセシリアにも参加しろとの命令が下されたためにこうしてパーティ会場でいろいろな人との会話という探り合いをしている最中であった。

 シャルロットは既にイリーナの養子ということで認知されているし、セシリアはもとからこの界隈では有名な上に、欧州での影響力も大きいために様々な人間が寄ってきていた。営業スマイルで対応しつつ、集ってくる下心が見え見えの男性達に辟易していたところでセシリアに連れられて壁際で一息ついたところだった。セシリアは流石にこうした場にも慣れているらしく、シャルロットを的確にフォローしていたのだが、ふと周囲の喧騒から離れた途端に疲れたようにため息をついた。

 そうしてこの意味不明な迷言である。いったいどうしたのかと躊躇いがちに聞いてみる。

 

「ビタミンEが足りない…………つまりアイズ成分が足りないのです」

「へ? …………あー、ビタミンアイズ(EYES)、ってこと? ……え? 栄養素なの?」

「私の心の栄養素です。私はアイズからビタミンEを摂取しないと死んでしまいそうなのです」

「………あー、うん。そうなんだ」

 

 イリーナからもらったドレスはいくらぐらいするんだろう、などとどうでもいいことを考えながらシャルロットはセシリアから目線を逸らす。知ってはいたが、セシリアはプライベートではこういう感じに少し残念なところがあった。

 アイズ依存症といってもいいくらいに、アイズにべったりだった。簪やラウラも重度のそれだが、セシリアは精神的にべったりといった感じだ。

 アイズのことを常に第一に考えているし、大抵のことは大人の対応をするセシリアであるが、もしアイズを侮辱しようものなら言葉より先に銃弾をぶっぱなす過激な一面も持っている。初対面時のラウラとの乱闘がいい例だった。

 アイズが絡むと途端に沸点が低くなる。むしろ普段が完璧すぎるので、そっちのほうが素のセシリアなのではないかとすら思うほどだ。

 

「でも出立前にあれだけいちゃついていたじゃない……」

 

 セシリアをジト目で見ながら思い出すだけでも口の中が甘くなる光景を思い返す。

 公私はしっかり分けるのがセシリアであるが、プライベートになると常にアイズの傍に居て恋人よりも近い距離で当たり前のようにスキンシップを繰り返す、夜はラウラと交代制でアイズと就寝していたが、任務で別行動となる前の一週間はずっとアイズを独占。

 一度たまたま二人が宿舎のバルコニーにいたところに遭遇したことがあったが、あのときは、…………うん、あれだ。愛を確かめ合っている恋人達の逢瀬に鉢合わせた、という状況になったことがあった。あまりのことに逃げ出したシャルロットであるが、思い出すと今でも赤面してしまう。

 

 だって、ほら、抱擁どころか、その、……ね? 

 

 アイズとセシリアはもう恋を超越して熟年夫婦並の愛情で結ばれているというのが定説である。簪やラウラのようにベタベタしないが、ときどき濃厚な行為で愛を確かめ合う、みたいな。

 年頃のシャルロットにとって刺激が強すぎたが、セプテントリオンのメンバーであるシトリーが言うにはずっとあの二人はそんな感じだったらしい。聞くところによると幼い頃からずっと一緒だったらしく、もう友情が愛情にとっくに昇華されているのだろうと言っていた。

 IS学園にいたときも一度鈴が面と向かってセシリアに百合なのかと聞いたことがあった。こんなことをストレートに聞ける鈴は流石だったが、セシリアの答えはノーであった。もちろん全員が信じなかったが、セシリアはさも当然に「ただアイズを愛しているだけです」と言い切っていた。男とか女とか関係なくアイズという存在が至上らしい。

 確かにアイズは可愛い。見た目も愛くるしく、性格もちょっと天然だが純朴で子供っぽいがそれがまた癒される。時折激しい激情を見せるときがあるが、優しく、思いやりのある少女だ。学園でも、そしてカレイドマテリアル社でもアイズの人気は凄まじく、愛好会なんてものすら作られるほどだ。

 実際、シャルロットも何度かアイズのちょっとした仕草にキュンときたことがある。無自覚だろうが、アイズは愛されることを体現しているかのような存在だ。そしてアイズ自身も、自分が愛されているとしっかり理解して、それを精一杯感謝していることも大きい。だから自分を好きでいてくれる人に対し、アイズは感謝と好意の言葉と気持ちを隠さずに表現している。そんな素直なところも人気の理由だろう。

 

「そうですね、たっぷり補給したつもりでしたが、これではもちませんわ。ああ、アイズの肌が恋しいですわ……」

「いろいろ誤解されるよ、その発言……」

「誤解?」

「あー、言葉のとおりなんだね、そうなんだね……」

 

 現実逃避をしながらパーティ会場へと再び目を向ける。

 シャルロットの役目はカレイドマテリアル社の社長令嬢としての顔見せの他に、セプテントリオンとしてのイリーナの護衛もある。さりげなく周囲に不審人物がいないかを確認しながらシャンパンを飲む。最高級品のシャンパンは美味しいが、あまりに豪華すぎてイマイチこういった味に慣れない。

 

「…………うん?」

 

 一瞬、人垣の隙間から見えた人物がシャルロットの気を惹いた。

 流れる金髪とモデルのようなスリムな体型、青いドレスがよく似合っており、絵画の中に住んでいるような完成されたと思えるような女性だった。女性が見ても羨むような美貌を持っているとひと目でわかるが、それ以上に気になったのは、その女性の姿がそっくりに見えたからだ。

 振り返って未だに壁際でぶつぶつとつぶやいているセシリアを見る。青いドレスと金髪という共通点が多いためか、見た瞬間にセシリアを思い浮かべてしまった。背丈の違いこそあれど、見比べてみてもそっくりだった。

 もう一度見ようと視線を戻すが、その女性は既にどこかへ行ってしまったようだ。気になったが、今は任務中だ。シャルロットは気力が萎えているセシリアを引っ張って再び営業用スマイルをしながら会場へと戻っていった。

 

 

 

***

 

 

 

 

「さすがいい食材使ってるわねぇ。テイクアウトはできないのかしら?」

「プレジデント、ですからそんな庶民的なことを……」

「ここではマリアさんと言いなさいって言ったでしょう?」

「……マリア様、最低限の社交マナーは守ってください。悪目立ちします」

「ふふ、冗談よ冗談」

 

 会場から持ち出したワイン瓶をぶら下げながら説得力のないことを言っているのは現在世界の裏から暗躍する組織のトップである女性―――マリアベルであった。

 子供のようにいたずらっぽい笑みをしながらお供のスコールに気苦労をかけるその女性はケラケラ笑いながら会場をあとにする。

 結っていた金色の髪を乱雑に解くと、ガラスを鏡代わりにして手櫛で整えていつもの髪型へと戻す。一応は敵地なので変装のつもりなのかメガネをかけてドヤ顔でスコールに笑いかける。スルーされたが。

 

「無理をして潜入したんですから、自重してください。正体がバレたらマズイ人間だっているんですから」

「バレても面白いと思うんだけどね」

「マリア様」

「わかったわかった! わかったから怖い顔しないでちょうだい。まったく、スコールは童心が足りないわよ?」

「あなたは自覚が足りませんよ」

 

 ブーたれながら歩を進めるマリアベルにスコールもため息をしながらついていく。

 今回のパーティ会場への潜入はかなりのセキュリティが敷かれていたために潜り込むのにかなり無理をした。本来はそんな必要もないのだが、マリアベルが無理を言ってスコールに“お願い”したのだ。命令ではなくお願いなので出来なくても問題ない事柄なのではあるが、スコールは有能ゆえにそれを為してしまう。

 なによりマリアベルの期待には応えるのがスコールであった。

 

「大体、どうしてこんな価値のない社交パーティに参加したかったのです?」

「だってほら、イリーナとセシリアがいるじゃない?」

「………さすがに会わせませんよ? 殺し合いになるのは目に見えていますから」

「そこまで無茶はしないわ。ちょっと顔が見たかっただけよ。元気そうだったわね、二人共」

「…………」

「ふふ、それに、どうせなら特等席で見たいじゃない?」

「危険なので退避していただきたいのですが」

「いざとなったら、あなたが守ってくれるのでしょう、スコール?」

「それはもちろんですが……、わかりました。最後までお付き合いいたします」

「さすがスコール、話がわかるわねぇ。…………で、もうそろそろかしら?」

 

 含みのある言い方をするマリアベルに、スコールも表情を変える。

 

「そうですね、おそらくは………」

 

 その時だった。

 まるで計ったかのように、会場のほうから銃声と悲鳴が響き渡った。マリアベルは会場のほうへと振り返りながら、口を三日月型へと歪めながらケラケラと笑う。

 

「はじまった、はじまった。情報通り、イリーナの暗殺を実行したか……」

「情報通りなら実行犯は非正規の特殊部隊でしょう」

「ま、無理だと思うけどね」

 

 マリアベルでさえ、イリーナを暗殺するなら相当に仕込みをしなければ成功しないと思っている。そばには常に護衛がいるし、イリーナ自身そうした危うさを察知する嗅覚が優れている。たとえISを使っても、イリーナには最新鋭機で構成された部隊がいる。その中でも特に厄介なのはセシリア・オルコットとアイズ・ファミリアの二人だ。

 アイズはこれまでの実績から亡国機業側の単機最高戦力であるシールと同等の実力者であるが、なによりセシリアが最も脅威となる。

 単機で複数の敵機を倒すことに特化したブルーティアーズtype-Ⅲを完璧に乗りこなすセンス、さらには指揮能力と広い視野を兼ね揃え、行動力も高い。これまでの交戦記録では主に後方援護に回っていたためにあまり目立っていないが、見る者が見ればわかる。間違いなく最強に位置するのはこのセシリアだ。

 これまでの亡国機業とカレイドマテリアル社の交戦のほとんどは多数の無人機を投入したことにより乱戦となっている。敵味方が入り乱れる中、フレンドリーファイアを一切せずに後方から狙撃して援護するセシリアの技量はマリアベルからすればタイマンに強いアイズや鈴といったタイプよりよほど厄介だ。そして当然セシリア単機でも単純に強い。むしろ十機のビットで自己援護を可能とするために下手な防御型よりもよほど堅牢な守りを見せる。

 そして、そんなセシリアの才はISに乗っていなくても発揮されるだろう。

 

「まぁ、メインディッシュはこれから、……ってね」

 

 そう呟きながら、窓の外の景色へと目を向ける。その瞳には、物言わぬ機械人形がゆっくりと近づいてくる姿が映っていた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 時は少しだけ遡る。

 

 表面上は爽やかな笑みを浮かべているセシリアが内心でため息をついていたとき、ふと自身のドレスを引っ張る少女がいることに気付く。まだ幼く、歳も七、八才程度だろうか。可愛らしい丸っこい顔にキラキラした目をセシリアに向けている。どことなく昔のアイズに似ているその子に不足気味だったビタミンEが少し補給される。決して浮気ではないしロリコンでもないが。

 

「あらどうしました?」

「えと、せ、せしりあさんですか?」

「はい、セシリア・オルコットです。あなたは?」

「メ、メル。メル・カミルファーです。七歳です」

「ではメル。私にご用ですか?」

「サ、サインをお願いします! ず、ずっと憧れてました!」

 

 セシリアは少しだけ驚いた。ここまで無垢な好意を受けたのはアイズ以外ではずいぶん久しぶりだった。営業用ではない笑顔を浮かべて差し出された色紙を受け取ってサインをしてやる。新型コアが出てもセシリアは欧州ではIS操縦者の中でもスターとして見られている。敵も多いが、純粋に慕う者も少なくない。

 

「そうですか、メルもISに乗りたいのですか」

「はい! あのお空を飛ぶんです!」

「良い夢ですね。きっとがんばればそれは叶いますよ」

「ありがとうございます!」

 

 純朴なメルに癒されながらセシリアも少しだけ楽しむことにした。裏事情がいろいろとドロドロしている場であるが、こんな少女の期待に応えるくらいはしてやりたい。他のお偉方への挨拶などはシャルロットに任せ、しばらくメルとのおしゃべりに興じることにした。

 

「それでね! あとは……」

「ふふ、本当に空が好きなんですね。………ん?」

 

 しばらく仲良く談笑していたが、ふとセシリアはたまたま視界に映ったなにかに違和感を覚えた。感覚的なものなのでセシリアもはっきりした確信があったわけではないが、なにかよくないものを見た気がしたのだ。

 腑抜けていた心構えを一瞬で正し、目つきを変えて周囲の観察を行う。多くの人が行き交う会場内で、なにか異物のような違和感が混ざっている感覚を覚え、それを特定するために感覚を鋭敏にして周囲の様子を伺う。

 セシリアの能力の高さにその広い視野がある。それはアイズやシールのもつヴォーダン・オージェとは別種の凄まじさがある。その瞳に映る獲物を逃さない狩人のような視線が向けられる。

 

 そしてその視線はトレイを持って歩くウェイターに向けられた。一見すればドリンクを運んでいるだけの男性だが、しかしその挙動にはわずかであるが不自然さが見て取れた。

 重心の揺らぎ、そしてトレイの妙な揺れ幅、それらから導き出される状況を察したセシリアがすぐ傍のテーブルに置いてあったフォークを手にとった。隣にいるメルが首をかしげていたが、構っている余裕はなかった。

 セシリアがそれを握り締めたとき、視線をずっと外さずにいたその男性のウェイターがイリーナへと近づいていき、トレイの下へと片手を伸ばす姿が見えた。

 

「Doubt」

 

 そう呟きながらほとんど予備動作もなく手にしたそのフォークをサイドスローで投擲。まっすぐに飛ぶそれが人の隙間を抜けて正確にそのウェイターが取り出そうとしたソレに命中する。

 

「なっ……!?」

 

 予想外の衝撃に驚愕の声を上げ、その手から転げ落ちる。黒い鉄の凶器、暗殺用に使われる自動小銃スタームルガーMkⅡだ。その使用目的は間違いなく殺傷であるという代物であった。

 すぐさま隣で固まっているメルを床へと伏せさせてセシリアがドレスを翻しながら駆け出す。それと同時に別方向から近づいていた別の男性が銃を引き抜こうとする姿を捉える。位置が悪くて投擲ができないために少し焦るが、問題はまったくなかった。

 セシリアが瞬きしたときには、既に目にも止まらない早業でイーリスが制圧していた。そして会場に潜ませていた護衛たちが一斉に動き出し、イリーナをはじめとしたカレイドマテリアル社の人間たちを守るように前に立つ。

 

「………まぁ、こうなるだろうとは思っていたよ」

 

 狙われていたにも関わらずにイリーナは顔色ひとつ変えることなく、ゆっくりとタバコを咥えて火をつける。紫煙を吐きながら自分に向けられる殺気をぼんやりと眺め返す。

 

「私は嫌われているからな。まぁ、死んでやるつもりはないが」

 

 挑発するような物言いに守ることが仕事であるイーリスは「余計なことまで言わないでくれ、というかさっさと避難してくれ」と抗議の視線を向けるが、おかまいなしに暴君は逃げることなくその場に立っている。

 突如、ダァン! という銃声が響き、突然のことに驚いて固まっていた他の参加者たちが悲鳴を上げて蹲る。イリーナを狙ったその銃弾は、しかしイーリスの掲げた特殊合金製のトレイによって弾かれ、命中することなく失敗する。そしてあっという間に発泡した男も組み伏せられる。

 

「社長、せめて伏せるくらいしてください」

「わかった、わかった。とっとと帰ることにするよ。行くぞイーリス」

「だから伏せてくださいってばー!」

 

 あくまでも不敵に、堂々とした姿で会場を去ろうとするイリーナの背中を狙う輩もまだいたが、それらは悉くがカレイドマテリアル社の精鋭によって鎮圧されていく。招待された側であるイリーナの責任ではないが、ちゃんと他の人間にも被害が出ないような丁寧な制圧だった。おそらくこうなることを想定していたのだろう。

 セシリアとシャルロットは非力な女性たちの避難誘導を行う。こうした生身での戦闘訓練も当然受けているが、さすがに本職のイーリスたちには及ばない。むしろ二人の役目は保険なので制圧の援護くらいしかしていない。

 セシリアは突然のことに怯えているメルを庇いながら壁際へと避難させる。ぎゅっとしがみついてくるメルをなだめつつ、他に紛れている工作員や暗殺者がいないか探る。

 もともとこの招待されたパーティには胡散臭いものがあったのだ。不穏分子を釣る意味も兼ねてイリーナは参加したようだが、やはりイリーナの暗殺が主目的のようだ。そんな危惧があったからこそ、会場内に大勢の護衛を潜ませ、最大の保険としてセシリアとシャルロットも同行させたのだ。

 

「隊長」

 

 シャルロットがセシリアに声をかける。隊長、と呼ぶときはカレイドマテリアル社直属部隊としての使命があるときの呼称だ。

 

「残念だけど予想通り、無人機が接近中だって」

「暗殺失敗すれば会場ごと破壊、ですか。イリーナさんの予想通りですが、まったく、美学の欠片もない」

「それじゃあ予定通りに」

「ええ、私とシャルロットさんで殲滅します。他の皆は支援と施設の防御を」

「了解」

「ごめんなさいメル。少しお仕事ができたので行ってきますね」

 

 未だに震えているメルの頭を撫でつつ、優しくしがみついていた手を解す。

 

「せしりあさん……」

「大丈夫ですよ。あなたのように、応援してくれる人がいる限り私は無敵です。私を信じて待っていてください」

「は、はい」

「あなたにも教えましょう。セシリア・オルコットの弾丸に貫けないものはないことを」

 

 そう、セシリアはもう自分のために戦うことはとっくに諦めているのだ。

 でも、自分の信じる、そして愛するもののためなら、いくらでも強くなれる。自分を信じてくれる人がいる限り、セシリアはその期待に応えたいと思う。

 そしてその最たる少女は、この空の上から常に願い、祈ってくれている。それがわかっているからこそ、目の前ですがるようなメルの期待にも応えられる。

 アイズの面影を感じさせるメルを守る。そう繋がることに、セシリアの戦意は滾る。

 

「シャルロットさん、今回は私が前に出ます。援護はお任せします」

「いつになくやる気だね。僕の援護なんて必要ない気がするけどね。任されたよ」

 

 そして会場に無人機の接近と避難を促す放送が入る。混乱が強くなる中、セシリアは不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。纏めていた髪を解き、自慢の金髪をさらりと手で梳きながら流すとイヤーカフス……待機状態のブルーティアーズtype-Ⅲへと手をかける。

 

「安心してください」

 

 その場で不安そうにしている人間すべてに告げる。美貌から溢れる絶対の自信がセシリアを包んでいる。

 

「私は、――――セシリア・オルコットは最強です」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「あら、セシリアが出るみたいねぇ」

 

 無人機が迫る様子を眺めていたマリアベルが出撃した青い機体――ブルーティアーズtype-Ⅲを見て嬉しそうに呟く。ほかにも何機か随伴機がいるようだが、どうやらほぼセシリアが単機で迎撃するようだ。長大なライフルを携え、背にいくつものビットを装備するセシリアの姿はマリアベルを大きく感動させた。

 美しく強い存在。セシリアがそれであったことが、なによりも嬉しいのだ。

 

「旧式の無人機では、あれに勝つことは難しいでしょうね」

「ふふ、ほんと楽しませてくれるわねぇ。もう帰ろうかと思ったけど、せっかくだから観戦させてもらいましょう」

 

 のほほんと危険地帯にいるにも関わらずにピクニック気分のマリアベルの言い分にもう避難させることを諦めたスコールも視線を外へと向ける。

 おそらくIS委員会か、それに属する者が関わっていることは明白だろう。既に亡国機業側としては破棄したも同然の旧式無人機であるが、その数は脅威だ。今も見たところ三十機近い数を揃えている。量産性を主眼にした開発機体であるし、いくつかプラントも手にしているからこれが今のIS委員会の命綱となっている。自分たちの組織から掠め取ったものでしか組織の維持ができないことには嘲笑する思いだが、数が揃えられるという点では十分に脅威だ。

 しかし、カレイドマテリアル社や亡国機業の上級に位置する操縦者にとてはもはやガラクタ同然だ。おそらく時間はかかるだろうが、セシリア単機でも十分殲滅は可能だろう。

 

「その場合、多少の被害は出るかと思いますが」

「なにか隠し球でもあるのかしらねぇ? 見たいわね」

 

 

 

 

 

 

 

「なら、ゆっくりと見ていくといい。観戦料はもらうがな」

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬で銃を抜いたスコールが声の主へと銃口を向けると同時に、イーリスが抜いた銃がマリアベルに向けられる。互いの従者が持つ銃は、互いの主へと向けられている。撃てば、撃たれる。自分ではなく、主が。動くに動けない重苦しい膠着状態が出来上がっていた。

 そんな状況の中、銃口を向けられているにも関わらずに表情を変えないマリアベルとイリーナが視線を交わせた。

 イリーナの憮然とした表情に対し、マリアベルはニコニコと屈託のない笑みを浮かべている。

 

「あらぁ、もしかして私がいること、わかってたのかしら?」

「可能性は考えていたさ。もし、私の知るやつなら、ちょっかいをかけに来るんじゃないかと思っていた」

「さすがね。でも今回の騒動は私じゃないわよ?」

「わかっているさ。お前にしてはやり方が手ぬるいし、なによりこんなやり方はつまらない」

「ふふ……」

 

 マリアベルがおかしそうにケラケラと笑う。銃を向けているイーリスは、そのマリアベルの姿に気味の悪さを感じて仕方がなかった。いくらなんでも、こんな距離で銃を向けられてここまで平然としていられるものなのか。歴戦の兵士でも身体に緊張が表れるというのに、この女はまったくの自然体だ。

 戦慄するイーリスを他所に、イリーナは外に目配せしながらマリアベルを誘う。 

 

「あいつの戦いが見たいのだろう? 特等席を用意してやる。少し付き合え」

「いいのかしら?」

「言ったろう、観戦料はもらうと。代金は―――――お前の正体だ」

「…………」

「嫌とは言うまい? いつだって、私から逃げたことなんてないのだから」

「そう言っていつも私を誘ってくれたイリーナは大好きよ? もちろん御呼ばれになるわ。スコール、その銃をおろしなさい」

「イーリス、お前もだ」

 

 油断なくスコールとイーリスが銃を下ろす。それでもその眼光は鋭いままだ。妙な真似をすれば、躊躇いなく射殺するとでも言うように敵意の込められた視線を交わしている。そんな殺伐とした従者とは別に、その主である二人はあくまで自然体のまま会話している。

 

「この上の展望レストランを貸し切ってある」

「あら素敵。でも、私の正体ねぇ……もう知っているでしょう?」

「死んだはずの人間が言っても説得力はないな。…………それとも、生きていて嬉しいとでも言って欲しかったのか? ―――――――――――姉さん」

 

 イーリスが眉をひそめてマリアベルを見た。

 姉さん。イリーナは確かにそう言った。だが、イリーナに姉がいたなどイーリスは知らなかったし、聞いたこともない。意味を図りかねていると、マリアベルが応えた。

 

「そう呼ばれたのはいつ以来かしら? でも嬉しいわイリーナ。私の前に立ちふさがってくれたのが、妹のあなたで! 私たち姉妹はやっぱり運命でつながれていたみたいね!」

「反吐が出る運命だな」

 

 身体全体で嬉しさを表現するように大きく両腕を上げて喜びを示すマリアベルに、しかしイリーナは冷たい視線を向けるだけであった。

 

 

 

 




更新遅くなりました(汗)いろいろあってなかなか執筆できませんでしたが、ようやく更新できました。

今回の話は前後編の前編です。イリーナとマリアベルの邂逅がメインですね。あと後半では第一部では援護ばかりで目立っていなかったセシリアが少し本気を出すようです。
実はヴォーダン・オージェもないのにアイズと同等という時点でセシリアのチートさがやばい。
魔改造セシリアってあまりないからこのセシリアはとことん強化しています。アイズ一筋だからちょろくもないし(笑)

もうずいぶん寒くなってきました。皆様、お体にはお気を付けて。

感想要望などお待ちしています、ではまた次回に!

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