双星の雫   作:千両花火

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Chapter8 狂騒世界編
Act.77 「星の海から、青い星へ」


 そこはまるでゆりかごのようだった。

 

 重力から開放された未知の浮遊感にあるがままに身を任せて漂流する。

 

 身体が溶けていくような、この空間の一部になっていくような、一が全になるような、そんな一体感が、……自分という個が混ざり合っていく、そんな危機感すら覚えるような感覚に浸る。

 

 ふと、目を開ける。なにも見えない。暗闇だけがそこに在る。当然だ、本来なら既にこの瞳は死んでいるのだから。

 

 だから、魔法をかける。

 

 纏ったISを通じて瞳に宿ったナノマシンを活性させる。視神経を代替するAHSシステムの恩恵を受け、霧が晴れていくように死んだはずの視力が蘇る。

 

 その瞳に飛び込んできたのは、視界いっぱいに広がる星の海。煌く星々で埋め尽くされた、どこまでも遠く、どこまでも深く、どこまでも広い、まさに無限の空間。

 満天の星空、という言葉が脳裏に浮かぶ。そして、その言葉の正しさを噛み締める。

 

 天が、星で満ちている。

 

 あの輝き全てが星、そして、この全てを見通す魔性の瞳をもってしても見ることさえできない星が、星の大海原が、そこに在る。そこは可能性の海、あらゆる可能性を内包した、この世界の外に広がる開闢の始原。

 

 尊さを感じる。

 

 雄大さを感じる。

 

 そして恐怖を感じる。

 

 この青い星を生んだものでありながら、未知の領域、未来永劫をかけても踏破できないであろう深淵。未知とは、人に恐怖と好奇心を与えるもの。この星の海も、怖さと同時に探究心を刺激する。

 

 でも、それがこんなにも愛おしい。

 

 

「………きれい」

 

 

 自然と、そんな言葉が口から漏れる。もっと多くの言葉で表現したかったが、それ以外の言葉が出てこない。ただ、そこにあるそれが、美しいと感じる。そしてそれ以上の親しみを感じている。その感情が一方的であったとしても、それでもこれはきっと、恋のような気持ちだった。

 

 

「あ……」

 

 

 ゆっくりと振り返れば、今度は母なる青い星、地球の姿が視界のほとんどを埋め尽くす。青と白で彩られた、人間の生きる世界。かつてはこの世界で生まれたことを恨んだことすらあったが、こうして宇宙の中で宝石のように輝く星を見ると、その星で生まれた奇跡に感謝した。

 

 

「あ、う…………っ、ああ……」

 

 まただ。

 

 この光景を見る度に、どんなに我慢しようとしても涙が溢れてしまう。綺麗でずっと見ていたいと思う景色が、自らの涙によってぼやけていく。

 

 ああ、まだ、まだ見ていたいのに。そんな声を無視するように、もう一つの心の声が訴え掛ける。

 

 この、掛け替えのないものを見ることができる奇跡に、感謝を。自分が抱くもの、そのすべてを包み込んで表現されたこの景色を、涙無しで語れようか。

 

 心が震え続ける。震えた心が、その中に溜め込んでいた雫を零す。それが、死んだはずの両の瞳から溢れていく。 

 

 これは歓喜の涙だ。そして奇跡の涙だ。心が、感動に打ち震えている証だ。

 

 物心ついたときから、地獄のような中で唯一歪まずに変わらなかった、ただひとつのもの。それがこの空へ馳せた想いだった。

 

 このまま、この空に融けてみたい。身も心も、この空の一部になりたい。そんなことすら思ってしまうほどに、心地よい酔いに浸っていた。

 

 

「…………でも」

 

 

 そう、でも。

 

 今、自分たちはこの星に騒乱を生んでいた。この空を見たいという、それだけで世界を変容させた。それは、きっと罪だろう。

 それでも、許せなかった。

 

 この景色を見ることさえ許さない世界なんて、自分や束の夢を歪める世界なんて。

 

 それもきっとわがままだ。

 

 イリーナの言っていた言葉を思い出す。

 

 

 

 

 『自分たちのやっていることは、正義でもなければ悪でもない。そんなものは結果でしかない。そこにあるのは、ただのわがままだ。わがままでしか、ないんだよ―――、だが、それがどうした? わがままは人の特権だ。飛べない人間が空を飛ぼうとすること自体、わがままを実現させただけだ。だから、それでも、押し通すんだ』

 

 

 

 

 ただの、わがまま。ずっと願っていた夢も、言葉を変えればその程度に収まってしまう。夢というものはそこに価値を見出す者が持てば宝であるが、価値を見いだせない者にとっては石ころ同然。イリーナはそんなことも言っていた。

 それも納得できる話だった。

 束が望み、生み出したISは本来の形とはかけはなれた兵器として世界に広まってしまった。そうしたことも、人間の悪意と欲望が絡んだ結果だ。それを世界は受け入れてしまったが、束にとってそれは絶望でしかなかった。だから束は一度世界に否定されたのだ。少なくとも、束本人はそう感じている。

 そんな束がかわいそうで、そして束の気持ちが痛いほど理解できてしまった。だから、束がふとしたときにこぼしたそんな本心を聞いたときは本当に悲しくて、反対に束に慰められるほど泣いてしまった。

 

 一緒に空に行こう。束とそんな約束をしたことが本当の始まりだったかもしれない。

 

 だから、どんな結果になっても、夢を求め続けると決めたのだ。

 

 

「それが、ボクの夢……ボク達の戦う理由」

 

 

 もう一度目を閉じる。視覚を封じても、わかる。身体が溶けていくような、この言葉では言い表せない未知の浮遊感。それでありながら、まるで空に落ちていくような、そんな奇妙な落下感。その先になにがあるのか、知りたい。

 この未開の空間を飛びたい。

 そんな想いがどんどん強くなる。この先にあるものを知りたい。地球を飛び出して、ずっとずっと、この先へ―――――。

 

 それが許される世界にしたい。

 

 そう、これだ。これが、欲しいものだ。

 

 それが、アイズ・ファミリアの夢であり、わがままだ。

 

 そのために戦う、戦い続ける。その覚悟はとっくに備えている。

 

 ああ、でも。

 

 もう少し、今はこのゆりかごに。

 

 宇宙。温度のないこの空間が、それでもたまらなく暖かい。

 

 アイズ・ファミリアという存在が溶けるよう。そう思うほどに心地よい。

 

 

「どんなに世界が動いても、この空はなにひとつ変わらない」

 

 

 それが、嬉しい。だから今は甘えよう。

 

 

 

「そう、まだ、これからなんだから」

 

 

 

 世界が揺れた新型コアの発表から半年。

 

 アイズ・ファミリアは、ひとり宇宙を漂いながら騒乱する世界を見つめていた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「…………ぇ様、……姉様……!」

 

 

 どれほどの間、宇宙に心を溶かしていただろう。

 心地よい無の境地に至っていたアイズは、しかし可愛い妹の声にすぐさま心を固定化する。再構成するようにほぐされていた心の神経が再び刺激に反応して覚醒する。

 

「……、ラウラちゃん?」

「お迎えにあがりました。戻りましょう」

「ん、わかった」

 

 ラウラの声に溶けていたアイズの意識が浮かび上がる。芒洋としていた瞳は光を取り戻し、身体の感覚も元通りになる。そんなアイズの様子を察したラウラは心配そうにIS越しにアイズの手を掴んだ。

 

「姉様、やっぱり私は心配です」

「うん、ごめんね? でも大丈夫だから」

 

 不安そうにするラウラに申し訳なく思いながら、アイズはにこりと微笑んでみせる。今度はアイズがラウラの手を引き、重力のない宇宙空間をゆっくりと進んでいく。その先にあるのは、偽装コーティングがされたIS母艦、スターゲイザーであった。完全なステルス性を発揮するスターゲイザーから繋がれたワイヤーを辿り、二人はハッチへと降り立つ。

 そして二人を収納したスターゲイザーは姿を消したままゆっくりと発進する。

 エアロックを経て艦内へと入った二人はISを解除して、その先にある無重力エリアを抜けて、居住区である人工重力エリアへと入る。地上と同じ感覚で床に脚をつけると艦内通路をゆっくりと歩いていく。

 

「それにしても、昼も夜もないと、時間の感覚もわからないね」

「スケジュールではもうじき就寝時間です。………姉様、二時間は宇宙を漂っていましたよ? 宇宙遊泳もデータ取りに必要とはいえ、少しやりすぎです」

「あはは………なんか癖になっちゃってね」

「だからといって死んだように反応が薄れるのはやめてください。バイタルだって、だんだん仮死状態に近づいていくし……姉様がいなくなるんじゃないかと、心配です」

「ごめんねラウラちゃん。でもボクはちゃんとここにいるよ。……さ、一緒に寝よう?」

 

 ごまかすようなアイズに、しかしラウラも結局は折れて笑い合ってしまう。

 

 もう、宇宙に出て三ヶ月が経過する。

 アイズもラウラも、そしてこの艦に搭乗している束や他のセプテントリオンのメンバーたちもようやくこの生活に慣れてきたところであった。

 はじめは無重力に戸惑っていたが、束が持つ技術の集大成として造られたスターゲイザーは生活空間も地上と同じように過ごせるように抜かりなく設計されている。人工重力を発生させ、居住区自体もかなり広いためにせいぜいホテルに缶詰になっているという感じだ。

 大浴場や訓練部屋、リクリエーションルームなど、多彩な設備があり、少々狭いが部屋も個室が完備されている。現在は停滞しているとはいえ、宇宙産業関係者が見ればこの艦の完成度の高さに泡を吹くだろう。

 

 単機での大気圏の離脱と突入が可能で、太陽光を元にエネルギーを生み出すジェネレーターを装備、未だ未完成でありながら補給無しでも一年の航行が可能というスペックを持ち、現在は長期間の航行の試運転と、もうひとつ重要な任務の遂行中である。

 搭乗員は、艦長に篠ノ之束、そして艦内スタッフが三十五名と戦闘部隊であるセプテントリオンのおよそ半数であるアイズとラウラを含む八名。残りのメンバーは地上の拠点であるアヴァロン島で別任務にあたっている。

 地上の編成部隊ではセシリア、シャルロットがおり、こちらは世界中から狙われるようになったカレイドマテリアル社の防衛が主な任務である。男性にも適合する完全型コアは、奪ってでも手に入れる価値がある。実際に、証拠こそないがいくつかの組織から破壊工作や襲撃を受けている。こうした輩が現れることも、そしてそれらをすべて返り討ちにすることもイリーナの計画通りだ。

 

 そう、計画通り。

 

 世界が混迷期となることも、予定調和なのだ。これまでISが強大な力であったがゆえに、女性限定という欠陥を抱えていても、それでも世界はそれを受け入れた。そして女尊男卑という歪みが生まれてしまった。新型コアの出現は、それを再び元に戻そうという抑止力が働いたに等しいものだ。

 だからこそ、反発も起きる。主に女性主権を訴える勢力と、男性の復権に喜ぶ勢力、これまでとは違った形で男女間の対立が生まれた。

 そしてまだ新型コアが少ない今、強引な手段を使ってでもこのコアを確保、または破壊しようと企む者も現れてくる。そして新型コアを手にしたことで、これまでの仕返しだと言わんばかりに女性操縦者に襲いかかるという事例も少なからず発生している。

 しかし、それもこれもすべてイリーナの予想通り。新型コアの輸出はかなり数を制限して世界の変遷をコントロールしているが、それでもこうした歪は生まれてしまう。

 だからこそ、それに対処する部隊を作っていた。

 

 それがカレイドマテリアル社直属部隊【セプテントリオン】。

 

 過激派から攻撃対象になるであろう社の防衛と、そして男女間の直接的な争いを即時鎮圧するための介入行動を目的として設立されたのがはじまりであった。無論、裏工作や防諜などはイーリス達の役目だが、戦力として対抗できる部隊は必須だ。

 新型コアを世に出すためには、こうした戦力確保は絶対条件だった。でなければ生き残ることすらできない混沌の中心に座しているのだ。法に触れる部分も多く持つが、現状イリーナの手腕である程度の精度でもって世界をコントロールできていた。

 

 アイズ達、宇宙に上がった部隊の役目は介入行動だった。距離を超越する機能を持つスターゲイザーを母艦として、常に宇宙から地上に目を向けている。そして新型コアに関わる表沙汰にならない戦闘行動が確認され次第、即時介入、警告の意味を込めて戦闘行動を仕掛けた側の勢力をすべて壊滅させてきた。

 一番多かったパターンは、無人機を使用しての新型コアの奪取であった。当然、それらはすべてアイズ達がすぐさま介入してすべての無人機をスクラップに変えている。こうした介入行動も問題だらけであるが、セプテントリオンの介入行動を表沙汰にすれば当然それに連なる様々な後暗い事情も表に出てしまうためにアイズ達がなにもしなくてもそれらの戦闘行動はなかったことにされている。

 新型コアを非正規に手を出せば報復するという苛烈な警告行動である。

 

 そんな任務に就いて、かれこれ三ヶ月が経とうとしている。そして新型コアが発表されて半年が経過しようとしていた。

 アイズ達はすでにIS学園から除籍していたが、そもそもIS学園そのものが休校状態のままであった。亡国機業のテロと、これまでのISの常識の根底を覆されたことでIS学園そのものの存在意義が凍結してしまったのだ。それでも教師や生徒の多くは学園に残り、IS操縦者を育成するという本来の姿を取り戻そうと活動している。

 アイズ達もこれに参加したかったが、立場がそれを許さなかったために学園に残った一夏や簪がこれに尽力していた。せめてもの助力として、カレイドマテリアル社から多額の寄付金を定期的に送っているが、これにはアイズ達も申し訳なく思っていた。それでも定期的に連絡する際は変わらずにアイズLOVEな簪から熱いラブコールをもらっている。

 鈴も国の命令で、IS学園を休学という形で一時帰国しており、こちらも時折連絡を取り合っている。どうやら鈴は師である紅姉妹と世界を巡っているらしい。相変わず何にも縛られない鈴にアイズやセシリアも苦笑していた。

 

「でも、またみんなで会いたいね………世界を変えることに加担したボクが言えることじゃないかもだけど」

「大丈夫です。きっとまたみんなで会えます、姉様」

 

 しかし、それは当分先かもしれない。少なくとも、新型コアが受け入れられなければならないだろう。

 現状では、新型コアと委員会による無人機の流布はフィフティーフィフティー。つまり、世界の半数は既にIS委員会が管理するアラスカ条約から脱退しており、残りの半数は未だIS委員会に属している。

 新型コアの数はイリーナが制限しているため、すぐに手に入るという代物ではない。それならば即戦力となる無人機を選ぶ国もけっこうな数があった。なにより、大国ならともかく、小国では新型コアを手に入れることはたやすいことではなかった。操縦者を必要としない無人機のほうが扱いやすいとして、こちらを選ぶ場合も多い。

 なにより、量を揃えられる。それは魅力的な戦力増強を可能としている。

 IS委員会はまるでばらまくように無人機を提供している。その製造元や詳細データはテロ対策として明かしていない。むしろ明かせられないというのが正しいのだが、それを察している者は委員会の歪さをしっかり理解していた。

 

「あ、そういえば鈴からメールが来ていましたよ。万里の長城を制覇したとか」

「鈴ちゃんもぶれないね」

「写真も来ていましたよ。これです」

 

 ラウラが端末を取り出してアイズへと差し出す。アイズはまだAHSシステムを起動させていたのでしっかりとそれを見る。

 映っていたのは万里の長城に上り、よくわからないあらぶったポーズをとっている鈴の姿。あと一度だけ会ったことのある鈴の師匠という二人の女性と一緒に映っている写真が何枚か添えられていた。

 

「元気そうだね、鈴ちゃん」

「私は背景に映っているものが気になるのですが」

「あー、うん。あえてスルーしたんだけど、これってアレだよね」

 

 画像の片隅に映されているのは破壊された無人機の残骸だった。しかも破壊直後のようだ。おそらく鈴がやったのだろう。その数は一機や二機ではすまないだろう。どうやら鈴も派手に動いているようだ。

 

「なにをやっているんだろう」

「多方、ムカついたからぶっ飛ばしたのでは?」

「むむ……」

 

 鈴も今は微妙な立場のはずだ。おとなしくしていることが最良のはずだが、鈴はやはり鈴らしい。

 

「簪ちゃんも楯無センパイとがんばってるみたいだしね。一夏くんや箒ちゃんも」

「社のほうからも学園に支援を送っていますからね。学園の機能はもうじき復活するようです」

「楯無センパイ、流石だなぁ」

「一夏のやつも、男性最強の称号を望まずに与えられましたけど。確かにあいつの実力なら間違いではないですが、複雑なようですね」

「IS操縦者の男女比は未だ女性のほうが多いしね」

「とにかく、いまのところは予定通りです。私たちもあと一ヶ月後には一度イギリスに帰還しますし」

「そろそろ、またイリーナさんも動く、かな?」

「私もはじめて聞いたときは驚きましたが………【バベルメイカー計画】、こんなものを実行に移せるとは」 

 

 【バベルメイカー計画】。これこそが、イリーナが推し進める世界変革の鍵となる計画だった。その最終目標はISを使い、宇宙へと進出すること。そのための第一段階が新型コアの生産と販売だった。このおかげで世界は狂乱の様相を見せることになったが、これで歪んだ女尊男卑の風潮を払拭するきっかけになる。宇宙開発事業を復活させるためには、この風潮は邪魔でしかない。

 そして続けて行うことは、無人機の排除。これには時間をかけることになるだろうが、今は地道に任務をこなしていくしかない。物理的、そして社会的に無人機を抹消するには時間はどうしてもかかる。

 

「これからが大変だけど、イリーナさんの……ううん、ボク達、カレイドマテリアル社の目的でもあるからね。このために長い間準備してきたっていうし」

「セプテントリオンの設立も、そのひとつだそうですね。確かにいくら大企業とはいえ、戦闘部隊を作っていたことには疑問でしたが、これで納得します」

「イリーナさん、それに束さんも無駄がないからね。趣味は別として」

「白と黒の境界線を絶妙に渡っています。軍の司令部が欲しがるような人です」

 

 だからアイズもラウラも、目の前の任務に集中できる。イリーナ達は自分たちが戦えるようにバックアップを完璧にしてくれている。清濁合わせて世界を渡り、メスを入れていく彼女の能力は疑いなどないし、暴君と呼ばれているがかれこれ長い付き合いのあるアイズはイリーナのことも信頼している。確かに彼女は善人とは言い難いところも多いが、それでも悪人ではない。約束は必ず守るし、信賞必罰を是とする人だ。

 

「それでもめちゃくちゃ怖いけど」

「否定できませんね」

 

 

 

 ***

 

 

 

 個室が割り当てられているのだが、アイズとラウラは二人で同じ部屋で生活している。やや狭いが、二人でくっついてベッドで眠るのはもう習慣であった。地上にいたときはセシリアもよくアイズと一緒に寝ていたのだが、ここではラウラがアイズを独り占めしている状態だった。

 部屋に戻った二人はすぐに服を脱ぎ、寝巻きに着替えるとベッドに潜り込んで抱き合うように密着する。アイズもラウラもスキンシップを好むし、人肌の温度は安らぎを与えてくれる。宇宙遊泳で少し疲れていたアイズがすぐに寝息をたて始める。

 

 そんなアイズの寝顔をラウラがじっと至近距離から眺めながら、うっすらと笑みを浮かべていた。

 ラウラにとって敬愛する姉の寝顔の可愛さを堪能する。まだ幼さの残る顔立ちなのに、その生き様、生きる姿勢はとても凛々しく、そんなアイズの姿を見てきたラウラはこんなにも無防備な姿を自分に見せてくれることも嬉しくてたまらない。簪がよくアイズの寝顔を見てうっとりしていたが、その気持ちもよくわかる。

 ふと、アイズの唇に目が止まる。以前はよく意味も知らずにキスをしてしまったが、簪からその意味をしっかりと教えられたラウラは自分がしたことを知って焦ってしまった。とはいえ、あとで知ったがアイズもファーストキスではなかったようだし、なにより嫌がっていなかったようなので一安心だった。

 なによりも特別な好意を現す愛情表現。それゆえに、互いの気持ちが通い合っていなければダメな行為でもあるというのが簪の言葉であった。それならば確かに一方的にしてしまったことは失礼だった、と反省したりもした。

 

 だから、アイズの頬に唇を落とす。

 

 アイズの柔らかい頬にやさしく触れるだけのキスをする。ラウラがこっそりしている愛情表現だった。そんなラウラの行為に反応してアイズがわずかに身じろぎをするが、すぐにまた気持ちよさそうに深い眠りへと落ちていく。そんな小さな仕草のひとつひとつを見守りながら、やがてラウラのアイズの胸に顔を埋めて目を閉じる。  

 

 世界が変わっても、ラウラの守りたい世界はこうしてアイズと触れ合っている小さな世界だった。だから、ラウラはどんなときでもアイズの傍で守り続けると誓っている。自分以外にもアイズを守ろうとする人間は多くいる。セシリアや簪、それにカレイドマテリアル社の多くの人間や、IS学園で知り合った友たち。アイズ自身もとても強いのに、それでもアイズを守らなければ、と思ってしまう。

 自分でなくても、アイズのナイトはたくさんいる。それでも、今こうしてアイズの傍にいることは自分だけの特権だ、と誰に自慢するでもなくラウラは笑う。

 アイズはときどき、今でも悪夢を見ることがあるらしい。何度か絶叫を上げて目を覚ますアイズの姿を目の当たりにしたこともある。昔のことを夢で見ると、いつも怖くなって起きてしまうのだとアイズ自身が言っていた。一度そのことをセシリアに聞いたが、昔はもっとひどかったらしく、今では随分と落ち着いているのだと言っていた。その話を聞いたときはラウラのほうが泣きそうになった。

 でも、今日はその心配はなさそうだ。安らかに眠るアイズを見てそう思う。

 

「おやすみなさい姉様。よい夢を」

 

 ―――――、……。

 

 ――、…。

 

 

 

『アイちゃん、ラウちん! 起きて! 亡国機業が動いた!』

 

 

 突然通信機越しに束の声が部屋に響く。

 ラウラが跳ね起き、そしてアイズがカッと金色に染まった瞳を見開いた。眠気は一瞬で吹き飛び、表情を一変させて部屋から飛び出していく。

 

 

「平穏は、まだまだ遠いね」

 

 

 アイズが呟き、ラウラと一緒になって走っていく。

 

 

 世界は確実に変化している。しかし、世界は未だに騒乱の最中であった。

 

 

 




第二部開始です。今回は第二部のオープニングといったところです。

新型コアの発表の半年後からのスタートとなります。この章はいろんなキャラの現状を描いていく予定です。次回はセシリアたち地上組の話、IS学園サイド、そして鈴ちゃん放浪記といったエピソードを描きます。

ここからは完全に原作とはかけ離れますので、先の展開をお楽しみいただけたら幸いです。感想や要望などお待ちしております。
それではまた次回に!

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