「ア――――ッひゃっははははははッ―――!!」
ゲラゲラ、ゲラゲラ。
そんな擬音が似合いそうな品のない笑い声を部屋中に響かせている女性がいた。透き通るような透明感のある艶やかな金髪を振り乱し、裂けるのではないかというほどに口を開き、お腹を抱えて転がりまわっている。
「ふひっ、ふへはっ、あひゃひゃっ、げほっ、アハハハハッ!! あー、お腹痛い! 痛いわぁ、くす、あはっ!」
豪華ホテルのような部屋のど真ん中に設置された大きなベッドの上で愉快そうに転がる女性はひとしきり笑うと、ムクリと起き上がって部屋の隅で佇んでいた人物へと声をかけた。
「それでスコール? 首尾は?」
「IS委員会はほぼこちらの予想通りに動いています。まぁ、今はかなり混乱しているようですが」
「でしょうねぇ、せっかく私たちを出し抜けたと思った矢先に、自分たちの切り札をひっくり返されたんだからねぇ」
マリアベルはIS委員会を既にその傘下に収めていた。それは取引といった対等な関係ではなく、完全にその組織そのものを乗っ取っていた。マリアベルのいいように委員会は動いていたし、そのためにあれほどの大規模な無人機による行動を起こせていた。そして銀の福音事件の際に委員会にIS学園へ対処を要請しろと命令したのもマリアベルであった。
そうして亡国機業の戦力を増やしていく隠れ蓑として使い、裏では数々のテロ行為の実行機関として動かしていた。
しかし、当然そんな扱いをされて不満を抱かない人間はいない。そうした人間がIS委員会には多く存在していた。そうした反乱の芽は確実に育っていた。
なぜなら、そういうふうにしたのだから。
完全に抑えつけるのではなく、ある程度反乱が起きやすいように上層部の人間の思考を誘導し、あえて無人機の量産の一部を任せることで容易に戦力の確保ができるように仕向けた。
そして無人機のシステムデータをわざと盗ませる。ここまでの仕込みはとっくに終えていた。
あとはタイミングだけ、それさえ揃えば簡単に委員会はマリアベルを裏切る。いや、裏切ってもらわなければならなかった。
「そうじゃないと、面白くないからねぇ」
「楽しそうですね、プレジデント」
「あら、あなたもそうでしょう? スコール」
「ふふ、確かに。これはなかなかに愉快ですね。必死になって我々を出し抜いたはずが、こちらの計画通りなのですから」
「金や力で従えたって面白くないからね。やっぱり奸計っていうのは陥れた瞬間が最高ねぇ」
くすくす笑うマリアベルの顔は一切の邪気がない。子供みたいにコロコロといろいろな種の笑顔を浮かべながら楽しさを表現している。まるで悪戯が成功して喜ぶ子供のように。
「それにしても、イリーナも期待を裏切らないわ。篠ノ之束を手に入れているのだから、当然そのカードは持っていると思ったけど、思い切って出してきたのは流石ね」
「IS委員会への完全なカウンターですからね。タイミングはここしかないでしょう」
「ま、イリーナにこの手札を出させるために今日まで委員会を泳がせておいたんですもの。それくらい役立ってもらわなきゃそれこそ価値なんてないからねぇ」
カレイドマテリアル社が篠ノ之束を擁していることはこれまでの経緯からほぼ確実となった。これまではあくまで疑念だけだったが、その可能性が極めて高いと判断すればマリアベルの行動は速かった。
篠ノ之束がいれば、ほぼ間違いなく男女共用の完全なISコアを作り出していると踏んでいた。なぜなら、それが本来の篠ノ之束が作ろうとしていたものだから。それを歪め、世に広めたのは亡国機業だが、だからこそその裏ではそうしたものを作るはずだとわかっていた。
そして、それはいつか世界の表側に出ることになる。
マリアベルは、それを誘発させたのだ。IS委員会という組織を、捨て駒にして。
「…………おや」
「どうしたの?」
「IS委員会から通信がきているようですが……いかがいたしますか?」
「あらぁ、ではつないでちょうだい」
マリアベルは執務机へと向かい、自ら家具店で選んだお気に入りの椅子へと腰をかけると目の前にある端末を起動させる。それを見たスコールがマリアベルの端末へと外部通信を接続させた。
ウィンドウに現れたのは三人の男女だった。歳は四十代から五十代ほどで、オーダーメイド品と見られる質のいいスーツを着込んでいた。IS委員会でも上層部に位置し、そしてマリアベルを裏切った面々であった。
そんな相手に対し、マリアベルはまったく揺るがなかった。
「これはこれはみなさん、ごきげんよう。お勤めご苦労さまです」
ニコリ、と屈託のない笑みを浮かべるマリアベルに対し、画面に映った三人の表情は硬い。むしろ怯えているようにも見える。
『プレジデント・マリアベル。あなたの知恵をお借りしたいのです』
「あら、なにかしら? みなさんにはお世話になっていますからなんでも言ってくださいな」
痛烈な皮肉であるが、あくまでもマリアベルは友好な態度を崩さない。狙い通りとはいえ、裏切られた立場であるはずだが、マリアベルは本当に気にしていないように見える。
『……新型のISコア。あれを徴収する術はありませんか』
「あら、それはなぜ? せっかく面白いものが出てきたのに、没収するなんてもったいないわ」
『しかし、あれが世に出れば我々には破滅しかありません!』
イリーナの言った言葉は正しい。男女共用のコアが世界に広がれば、IS委員会など必要ない。設立した理由、そして存在している理由を完全に否定されるからだ。そうなれば彼らとて、せっかく得た権力を喪失してしまうことになる。ISという力で変わった世界の調停者という立場は、あまりにも美味しすぎた。
マリアベルはずっと笑顔のままであったが、ここで少し困ったような表情に変わる。
「うーん、どうやら認識の食い違いがあるようですね」
『食い違い?』
「その我々、というのは誰のことをさすのかしら? 少なくとも、私は困らないし、むしろ推奨しているわ。困るのはあなたたちだけ。だから私がなにか手を出す必要もありません」
『そんな! あれが世に出れば、せっかくの無人機が……!』
「ああ、あなたたちが強奪したアレね」
返されたその言葉にIS委員会の重鎮たちの顔色が青くなる。これまでやたらとフレンドリーな対応をしていたマリアベルが、はじめて明確に毒を見せたのだ。
「ああ、勘違いしないでくださいね? 私はそれを咎めようとは思いません。むしろ感心していますよ。無人機のシステムは決して簡単なものじゃないのに、それをクラックする技術は大したものです。どうやらあなたたちの切り札のようですが、なかなか面白いものを隠していたようですね」
不完全とはいえ、ヴォーダン・オージェを宿した少女と、無人機のシステムを掌握した正体不明の機体。報告からあの機体が無人機を奪取するためのものだということはわかっている。
そしてそんな情報処理に特化している機体を操るための操縦者があの少女。確認するまでもなく、IS委員会が独自に用意した存在だろう。
「シールに対抗してあなたたちもあの眼の研究をしていたようだからね。うまくやればシールも出し抜けたかもしれないけど………」
だが、できなかった。あの少女はあまりにも経験が不足していた。シールが相手なら、百回戦っても一度も勝てないだろう。あの少女を過大評価していたのか、シールを過小評価していたのかは知らないが、とにかくシールを、そして完成型のヴォーダン・オージェを舐めすぎていたのだろう。
「でも残念でしたね。ウチの自慢のシールは、あの程度のことで負けるほど弱くはないのよ?」
『…………』
「ああ、あなたたちが手に入れた無人機は好きにしてくれていいですよ。返却しろとはいいません、どうぞご自由に使ってください」
『ま、待ってくれ! 私たちはただ……!』
「だから勘違いしないでくださいね? 私は怒ってなどないんです。むしろ感謝しているんです。あなたたちは、本当によくやってくれています。だから…………」
―――――これからも、足掻いてくださいね? あなたたちの末路を、私は楽しみにしていますから。
それは死刑宣告にも等しかった。マリアベルは、委員会を裏切り者と罵るわけでもない、糾弾するわけでもない、報復するわけでもない。
なにもしない。ただ、黙って委員会の末路を傍観しているだけなのだ。
『な、なぜです!? このまま無人機の力さえあれば、……!』
「あーあー、そういう安っぽい野望なんていいんですよー、というか、そんなことしたって面倒なだけですよ?」
マリアベルは笑ったままだが、対応がかなりいい加減になってきている。面倒そうに画面の向こうからの言葉に一応の返答していた。
「やるんなら、馬鹿らしいほど馬鹿な夢を、………そうねぇ、やっぱり世界征服とか面白いかもしれないわね。ロマン溢れる野望だけど、でも世界征服ってあまりベネフィットがないのよねぇ」
世界を征服しても、その後にまっているのは世界すべての管理である。征服すれば世界を思うままに変えられるだろうが、それは管理するにはあまりにも広すぎる。やろうと思えばできるだろう。だが、そうするメリットがマリアベルには全く見いだせないのだ。
『だが、あなたは世界を統べると……!』
「言ったわね。確かに言ったわ。そうやってあなたたちも丸め込んだんだもの。……それにしても、権力の味を知る人ほど、そんな無意味な夢を見たがるものねぇ」
『な、ならばなぜ!?』
「世界征服はするわ。でも、私にとって世界征服なんて意味なんてないのよ。私に必要なのは、“世界征服をしようとする行動”こそが必要なのよ。結果はいらない。過程だけが要るのよ」
理解できない。そんな言葉が画面の向こうから伝わってくる。
そうだろう、そうだろう。理解なんてできるわけがない。そんなものを求めてもいない。
マリアベルという魔女の思惑は、ただの人間には理解する資格すらないのだから。
『あ、あなたは、……狂っているのか?』
「失礼ねぇ、私は、私よ。生まれてから今まで、私は私でしかないわ。そう、でも、私は、なかなか私になれない……」
『な、なにがしたいのだ!?』
「敢えていうなら、自分探しの征服かしら?」
話は終わりだとばかりにマリアベルが表情を変える。笑顔のままなのに、その目は石でも見ているかのように、まったく温かみのないものへと変貌する。
「今までお疲れ様でした。無人機を使って戦争を起こすもよし、新型コアを規制してみるのもよし。私を楽しませてくれる喜劇を期待していますよ」
そう言って一方的に回線を切ってしまう。
そしてつい今までの会話などあっさりと記憶の彼方へと捨て去ると、サンタを待つ子供みたいにワクワクとした表情と仕草を見せながらスコールへと声をかけた。
「さて、アレの監視は頼みますね?」
「はい。……しかし、いいのですか? プラントのいくつかは掌握されたままですが」
「構わないわ。だって、あいつらにプレゼントしたのは全部旧式だもの。在庫処分にはちょうどいいでしょう」
だからこそ、あれほどの数をIS学園に投入したのだ。もう用済みの機体だったから、派手な戦いにするために破壊されることを前提で送り込み、そして委員会に奪取させた。それでも並の操縦者レベルはある機体だ。旧式用のプラントも二つほどプレゼントしたのだから、うまくすればそれなりに交渉することもできるだろうし、世界の半分くらいは火の海にすることもできるだろう。
むしろ、どんなことをしてくれるのか、マリアベルは楽しみで仕方ない。しかし、どうせならもっと面白くしたい。もう利用価値はほとんどないが、それでも最後の散り様も面白いほうがいい。
あらかた必要なものは搾取したし、本当にあとは最後の抵抗を楽しみにするだけだ。
しかし、ふとやり残していることに気付く。
「……あ、いいこと思いついたわ」
ぽん、と手を叩きながらマリアベルが満面の笑みをスコールに向ける。無邪気な笑顔なのに、マリアベルが言う「いいこと」というのは毎回突拍子もなく、そして恐ろしいことなのでスコールは嫌な汗をかきながら耳を傾けた。
「委員会が持ってるあのヴォーダン・オージェの子、攫っちゃいましょう」
「……干渉はしないのでは?」
「あら、そうだったかしら? 忘れちゃったわ」
マリアベルはしれっと舌の根が乾かないうちに委員会への明確な干渉行動を提案する。いつもの天邪鬼な行動にスコールも慣れたように対応していた。
「しかし、なぜです? シールがいるのですから、あんな不完全なものはいらないのでは?」
だからこそ、アイズだって捨て置いたのだ。シールというヴォーダン・オージェの完成形がいるのに、今更出来損ないの存在など必要ない。それならばむしろ敵として立ちふさがってくれたほうが面白い。マリアベルはそういう思考だったはずだ。
「ふふ、だってシールって友達いないでしょう?」
「あの子も社交性があるほうではないですから」
「ライバルはできたみたいだけど、それだけじゃねぇ」
「シールへのプレゼントですか?」
「ふふっ。…………とにかく、あの子の居場所を調べて襲撃しましょう。ついでにこれから必要なさそうな連中は皆殺しね」
呼吸をするような気軽さで次々に恐ろしいことを言い放つ。しかし、真に恐ろしいところは、それらの悪意が為すべきことすら、マリアベルからは一切の邪気が感じられない。ただただ、当たり前に遊び、はしゃいでいる子供のように次々といろいろなアイディアを出し続ける。
しかし、そのすべてが誰かを陥れ、不幸にするであろうことだ。これが、狂っていると言わずになんというのか。
そんなことは、マリアベル自身が一番よくわかっていることだった。
「シールは? もう目を覚ました?」
「はい、先程その連絡がありましたが」
「そう、じゃあお見舞いに行きましょうか。スコール、あの子の好きなマカロンを用意して」
「マカロンは以前のお茶会ですべて食べてしまいましたが」
「あら、そうだったかしら。なら買ってこなきゃいけないわね。スコール、ちょっと出てくるから、あとのことはお願いね?」
「プレジデント、毎回言っていますが、あなたは亡国機業のトップなのです。わざわざあなたが出ることは……」
「何度も聞いているけど、何度も言っているでしょう? 私は庶民派なのよ、スコール。だからこの部屋の調度品だって全部私が足を運んで選んだのよ?」
「お金は大分かけてますが」
「意地悪ねぇ。お金は使わなきゃ回らないでしょう? お金を使うことは金持ちの義務よ。金持ちと庶民派は両立できるのよ?」
「プレジデント、あなたは一応、悪の秘密結社のボスなのですが」
「一応?」
「失礼しました」
「よろしい」
満足したように笑ってマリアベルが軽い足取りで外出していった。残ったスコールはやれやれと肩をすくめながら、未だに新型コアとIS委員会についての激しい激論を報道しているテレビに目を向ける。
その混沌とした様子を眺め、そのあまりの滑稽に見えるそれを嘲笑する。
「世界は変わった。でも、それは誰が変えたのかわかっていないし、知ろうともしない……。まぁ、それは、これからわかるでしょう」
世界を変えたのは暴君か、魔女か、それとも違う誰かなのか。
――その答えは、この混迷の世界の先にある。
***
「悪の秘密結社の親玉がお見舞いに来たよー」
「プ、プレジデント!?」
いきなりやってきた自身の主にびっくりしたシールが身体を起こして立ち上がろうとうする。しかし、シールは現在大怪我とまではいかなくとも、それなりに深い怪我を負っている状態だ。やんわりとシールを制し、安静にしろと命令するとシールはしぶしぶとそれに従った。
どうやらマリアベルは機嫌がいいようだ、とシールは思う。遊び好きで、雲のようにつかみどころのない人だが、上機嫌なときは子供っぽい言葉や行動が目立つ。どうやら今は、それほどまでに楽しんでいるようだ。
そんなマリアベルはベッドの上で上体だけ起こしているシールに笑いかけながら傍の椅子へと腰をかけた。
ここは亡国機業が所有する病院で、表向きはごく普通の病院であるが情報統制が完全に掌握されており、万が一にもシールの情報が漏れることはない。ここはそんな病院の一室で、シールは帰還後にここで治療され、今も療養を続けていた。
人外の美貌とすら言われた容姿であるが、今は大小様々な傷が目立ち、痛々しい包帯が体中に巻かれている。シールの象徴ともいえるその金色の瞳も、今は淡い琥珀色へと落ち着いている。
「身体はどうかしら?」
「問題ありません。すぐにでもまた戦えます」
「ふふ、あなたはよくできた子ねぇ。でも今は休みなさい。助けてくれたオータムにもお礼を言っておきなさい」
その言葉にシールは素直に頷いた。
あのとき、ヴォーダン・オージェを限界まで使って爆炎の中から辛うじて脱出したシールであったが、そのときには既に機体は限界、シール自身も意識が朦朧とするくらいに消耗していた。シールとて、生きた人間だ。限界を超えれば容易く倒れてしまう。
そんなシールを確保して撤退したのがオータムであった。あの混乱の中で運良くシールを確保できたオータムはステルス装備を駆使して海中へと飛び込んだ。ISが機能停止するギリギリでなんとか母艦としていた潜水艦までたどり着いた。
その後はふたり揃って気絶し、すぐに亡国機業と繋がる病院へと緊急搬送された。幸い、シールもオータムも大分消耗しているが後遺症もなく、療養すれば完治するレベルだ。マドカも同じように治療を受けていたが、こちらは既に退院してまたスコールの下で任務に就いている。一夏に負けたことが相当堪えているらしく、鬼気迫る様相で任務と訓練に励んでいるらしい。
「オータムも後輩ができて嬉しそうだったからねぇ。かっこいいところを見せたかったんでしょう」
「先輩には、感謝しています」
「うんうん、オータムも口は悪いし、チンピラみたいだけど、あなたのことは気にかけてくれているわ。そのありがたみも、しっかり覚えておきなさい」
まるで学校の先生が生徒に諭しているような光景だった。その内容がテロ行為に関することでなければ、美談で終わるであろうが、やっていることは完全な犯罪行為だ。しかし、本人たちはいたって真面目にそんなやりとりを繰り広げている。
「さて、シール。今の世界情勢は知っているでしょう?」
「はい……」
「しばらくは大きな動きはしないわ。IS委員会が自滅するか、はたまた奇跡的に栄達するか、それを見てからでも遅くはないでしょう」
「…………」
シールはそれを聞いてわずかに視線を下げる。それはなにかを悲観している、というよりも残念だ、というようだった。
「あの子と遊べないのが残念?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
「心配しなくていいわ。あの子、アイズ、だったかしら? あの子と戦う舞台は、また作ってあげる」
「……お気遣い、ありがとうございます」
「それで、どうだったかしら? あの子を倒す意味と、価値を見いだせたかしら?」
そう問いかけるマリアベルに、シールは少し戸惑ったように表情を変える。そんな困惑した様子を見せるシールを優しく見守りながら、マリアベルはシールの答えを待った。
数十秒が経過したところで、シールがまだ整理できていないようなおぼつかない言葉でそれに答えた。
「……まだ、わかりません。でも、…………楽し、かった。アイズと戦っているとき、私は充実していました。だから、また………アイズ・ファミリアと、……アイズと、戦いたい」
「そう」
「倒すべき敵であることは変わりません。私はアイズと仲良くはできないでしょう。そうしたいとも思いません。ですが…………剣を交えることで、理解したいと、思っているんです。矛盾、していますが……」
「そんなことはないわ。あなたは、正しいわ、シール」
ゆっくりと、そして優しくシールの頭を撫でて、艶やかな銀色の髪を梳くように指を絡ませる。まるで幼子をあやすように、シールの瞳を覗き込みながら言葉を紡いだ。
「前にも言ったでしょう? あの子が倒される価値を、あなたが作るのよ。あなたと戦うあの子が、あなたの前に立ちふさがった意味を、あなたが決めるの。今はその答えを見出そうとしているのよ。そのアイズ・ファミリアという存在を、存分に知って、理解しなさい。それを肯定するか否定するかは、その答えが出てから決めればいいわ」
「…………なぜ、です?」
「ん?」
「私は、私の行為が甘すぎるとわかっています。なにも考えずにアイズを殺せと命令されれば、私はそのとおりにします。なのに………なぜ、ですか?」
「ふむ」
葛藤するシールが微笑ましいと思いながら、マリアベルは何と答えようかと少々考える。いろいろな言葉で表せるが、結局マリアベルは本心のままを言葉にした。
「だって―――――そのほうが、面白いでしょう?」
マリアベルの言葉は、答えではなかった。
それでも、シールにとってそれはふざけているようで、それでもシールにはない、出せない答えのように思えた。
「あなたの運命を楽しみなさい。どんな運命でも、それが、変えられないものでも、その価値は変えられる。あなたが決めなさい、シール。あなたの運命を」
「私の、運命……」
「それを決めるのはあなたを生み出した人間じゃない。私でもない。あなた自身なのよ」
「それが、プレジデントの意にそぐわないとしても、ですか?」
「もしそうなれば、私はこう言いましょう。…………“それもまたよし”、とね」
どこまでも無邪気な姿のマリアベルに、シールも穏やかな笑みを見せる。シールにとって、マリアベルは主君であり、恩人であり、そしているはずのない、知るはずのない“母”を感じさせてくれる人だった。
マリアベルが狂っていることも、常人ではないことも知っている。だが、それはシールとて同じだ。生まれたときから、いや、造られたときから自然の摂理の外にいるシールにとって、マリアベルこそが拠り所だった。
そんな歪んでいながらも微笑ましい二人のもとへ闖入者が現れる。シールと同じく体中に包帯を巻いたオータムが、リンゴをかじりながら扉を開けて入ってきた。オータムも満身創痍のはずだが、やたらと元気だった。
「ようシール、差し入れをもってきてやった…………ってプレジデントぉっ!?」
「あらオータム、あなたもマカロン食べるかしら?」
「し、失礼しました! そしていただきます!」
「いただくんですね……」
「まぁ、いいじゃない。みんなでお茶にしましょう。それにちょうどいいから伝えておくわ。…………シール、オータム。あなたたち二人に命令を与えます」
その言葉を聞いたシールとオータムは背筋を伸ばして姿勢を正すと静かにマリアベルからの命令を待った。
「怪我の回復と機体の修理が終わり次第…………IS委員会を襲撃、先の戦いで遭遇したヴォーダン・オージェの発現体を確保。それ以外の接敵した戦力はすべて破壊、目障りな委員会所属の人間は皆殺しにしなさい」
平然と告げられた恐ろしい命令に、シールもオータムも顔色ひとつ変えずに即座に了解と返した。
「混迷の世界の幕開けよ。楽しんでいきましょう」
「相変わらず私らのボスはおっかねぇわ。この事態すら計画通りなんだから」
「ふふ、こんな世界なんて、どうせゴミなんだから。だから楽しんだ者が正しいのよ」
だから魔女は世界を変容させる。
イリーナたちとは違う思想で、違う手段で、それ自体が目的であるように。
世界は、さながら魔女の釜のように。
火を入れて、かき混ぜて、美味しくなるまで煮込み続けて。
まるでスープを作るかのように、世界は、魔女の釜の中で作られる。
亡国機業サイドの捕捉話。未だ謎に包まれた悪の組織のほのぼのな一コマでした。え?違う?
今作のラスボスであるマリアベルさんもこれからたくさん頑張っていただきます。彼女の目的はなんなのか? それも第二部の目玉のひとつであります。マリアベルさんの正体などのネタバレは第二部の早いうちに明かしていく予定です。
彼女のキャラは個人的に一番不気味で怖いと思う性格となっています。無邪気に笑いながら死刑宣告とか怖ぇーよ。イリーナさんとは対となるようなキャラです。
この話で第一部が終了です。ここでようやく一区切りです。皆様いかがでしたでしょうか、第二部は完結に向けて突っ走っていきます。
次回から第二部ですが、第二部開始までちょっと間が空くかもしれません。ゆったりとお待ちください。
それではまた次回に!