双星の雫   作:千両花火

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Act.76 「世界は転がり、廻る」

「どうだ、スターゲイザーは?」

「うん、良好良好っ、いいデータを取れたし、なにより【SDD】の試運転ができたのは大きいね」

「本当に自重をやめて出来たアレか。移動手段の革命だな」

「ま、まだまだ条件が多いけどね。なにより、あれって本来は宇宙用だし」

 

 カレイドマテリアル本社の一室で束はケラケラと笑いながらイリーナと会談していた。セシリア、アイズ、シャルロット、ラウラ。この四人を除き、セプテントリオンは戦闘終了と共に即時撤退、現在は既に本拠地であるアヴァロン島へと帰還していた。

 そして束がここにいる理由は先のIS学園防衛戦への介入行動に関する報告であるのだが、束の報告は主観的なものが多々混ざるため、状況報告は別の人間にさせてあくまで技術的な報告のみを受けている。

 

 特に今回イギリスから日本へわずか数十分で移動した移動技術は束が開発した中でも最重要に位置する代物で、世界で唯一それを可能とした機体がスターゲイザーである。

 空間に干渉し、現在地と目的地とをつなぐ空間を歪曲させ、そこに存在する距離をゼロとする空間歪曲航法―――それが束がワープもどきと称した【SDD】(Space Distortion Drive)。星の海を渡ることを想定して建造されたスターゲイザーの持つ最大のスペック。大気圏内での使用ゆえにいくつかの中継点を経由しての使用となったが、その移動技術はこれまでの常識をいともたやすく破壊してしまうだろう。

 そんな切り札のひとつでもあるIS母艦スターゲイザーの使用を許可した理由のひとつはいずれ来る“その時”に備えての試運転を兼ねることであったが、今回に限って言えば最も大きな理由は別にあった。

 

「…………で、そっちはどうなの? 犯行声明があったって聞いたけど」

 

 束の問にイリーナが無言でタブレットを投げ渡す。そこに表示されていたのは、イリーナ宛のメールのようだ。しかもイリーナ個人のプライベートアドレスに送られてきていた。これを知る者は恐ろしく少ないため、それだけで送り主の危険性がわかるというものだが、その内容を見た束が器用に片方の眉だけをひそめた。

 

「なにこれ? ラブレター?」

「ぶっ殺すぞ」

「いやだってさぁ」

 

 束はタブレットを弄びながらもう一度その画面に目を向ける。

 

 

 

【鉄人形が踊るIS学園で遊びましょう】

 

 

 

 まるで暗号のような一文のみ。差出人の名にはご丁寧に【マリアベル】とある。それは束にとって呪いのような名前だった。

 

「あのクソ忌々しい女からの犯行予告ってわけ?」

「知るか。事実として、これが送られてきてIS学園の動向を調査したら……」

「無人機の団体様が向かってた、と。じゃあ誘い出されたってこと?」

「だろうな」

「なのにスターゲイザーを、それにセプテントリオンまで出してよかったの?」

「それは試しているつもりか?」

「あ、わかる?」

「お前の妹がいるんだ。守るためにはそれしかないだろう」

 

 きっぱり言い切るイリーナに、束は満足そうに笑った。

 これも束との契約だった。束の身内に危険が迫ったとき、カレイドマテリアル社は全力でもってこれを救助、支援する。IS学園を見捨てればそれは篠ノ之箒に迫る危険を無視したということにほかならない。そしてそうなれば束は確実に離反する。だからイリーナは短時間でIS学園へと行けるスターゲイザーと、無人機の大群を殲滅しうる戦力を持ったセプテントリオンを向かわせた。

 そしてそれは逆を言えば、箒のためであり、そして束のため、この二人の姉妹のためだけに動いたということだ。

 無論、IS学園に所属しているアイズたちへの配慮という面もあるが、イリーナとしてもIS学園そのものに価値はなくても、このタイミングでIS学園を喪失するわけにはいかなかった。

 

「ま、ムカついたって理由も大きいがな」

「イリーナちゃんって沸点低いからねぇ」

「暴君は感情に嘘をつかないんだよ」

「ひどい格言だねぇ」

「それに、これはいい機会だ。そうだろう?」

「……とうとう、動くの?」

 

 動く。それはカレイドマテリアル社がこれまで秘密裏に準備してきたプランの実行を意味している。その方法はすでに決定しており、あとはそのタイミングを図っている状態だ。すでに根回しも完了しており、その気になれば今すぐにでも世界に特大の爆弾を落すことができる。

 

「でも、まだちょっとタイミングじゃないんじゃない? あと少し、流れが足りないと思うけど?」

「……気に食わんが、おそらくはそのお膳立てはもうすぐ出来上がる」

「なにそれ?」

「どうしてこんなふざけたメールを送ってきたと思う?」

 

 イリーナは束が投げ捨てたタブレットを指差した。束は少しの間思考してみるが、こうした謀略関係ではイリーナに及ばないとわかっているためにすぐに両手を上げて降参を示した。答え合わせを強請るようにイリーナを問い詰めようとした矢先に、コンコンとノックの音が響いた。

 やってきたのはイーリスであった。入室を許可するとイーリスは困ったような顔をしながら、それを告げた。

 

 

「社長の読み通りです。IS委員会が動きました」

 

 

 

 ***

 

 

 

「う、んん……?」

 

 うっすらと目を開けると最近になって見慣れた保健室の天井が見えた。ぼんやりした意識のままゆっくりと周囲を見渡すとカーテンで仕切られていることがわかる。その向こうには何人かの気配がある。 

 

「あたしは……痛っ」

 

 鈴がゆっくりと身体を起こすとあちこちに激痛が走った。呻きながら自分の身体を見れば、体中に包帯を巻かれており、特に頭と右腕が重く感じる。しかも強烈な気だるさもあった。

 そんな鈴が徐々に記憶を掘り起こしていくと、次第に目が見開いていき、ギリリと歯軋りをして身体の痛みすら無視して大声を張り上げた。

 

「そうだ、あたしは、…………くそがっ! 途中で気絶とか、どんだけ役たたずだあたしはッ!!」

 

 保健室にも関わらずに鈴が吠える。周囲の人間がビクッとする気配を感じながらも、鈴は自身への苛立ちからそれらを無視している。

 しかし、いきなりカーテンが開けられると共にパシッと鈴の頭をなにかが叩いた。

 

「ふひゃっ!?」

「おはようございます鈴さん。あと保健室ではお静かに」

「セシリア……!」

 

 いきなり現れたセシリアに鈴がびっくりといった表情を見せる。セシリアはいつものように制服を綺麗に着こなしているが、その制服には煤や汚れが目立っている。なにかしら汚れ作業でもしていたかのようだ。髪の毛は汚れないようにするためなのか、後ろで結ってまとめている。セシリアのポニーテールというのはなかなかに新鮮で、そしてやたらと可愛いことに妙な敗北感を覚える。お嬢様はどんな格好をしていてもお嬢様オーラを発するものなのか、とやや見当違いな思考を浮かべていた。

 

「なに、どうなってんの? あいつらは? 学園は……無事、みたいだけど」

「無事、とは言えないかもしれませんが……」

「状況を教えなさい。あれからどうなったの?」

「…………そうですね、その元気だと多少は動けるようですし、場所を変えましょう」

 

 セシリアは肩をかしながらゆっくりと保健室から鈴を連れ出していく。本当なら鈴は寝かせてやりたかったが、話す内容と理解のために思ったより元気そうな鈴に少し無理をしてもらうことにした。

 エレベーターに乗って最上階へ、さらに一階分の階段を上って屋上へと向かう。

 真横でぽよぽよ揺れるセシリアの胸にムカムカしていた鈴が屋上から広がる景色を見て絶句する。

 

 戦闘時刻は真夜中だったために周囲の被害はよくわからなかったが、今は日も昇り、周囲の様子が一目瞭然だった。

 

 校舎のところどころに破壊痕が残されており、消火作業をした形跡もあちこちに見られる。破壊された無人機の残骸もあちこちに転がっていた。

 戦場に近かった校舎の窓ガラスは一面見事に割られており、植えられていた桜の樹も燃えて黒ずんでいる。しかもやや距離を離した場所ではまるで隕石でも落ちたのかと思うほどの巨大なクレーターができていた。そういえばやたらと大きな爆発があったと思い出した鈴は、その威力を想像して顔を青くする。

 

「あんなに地面を抉る爆発とかどんな威力よ。本当に隕石でも落とされたの? というか落としたの? それに……」

 

 鈴の顔が痛ましく歪む。

 鈴もよく利用していたアリーナのひとつがもう原型すらわからないほどに破壊されていた。そこにあるのは、ただの瓦礫の山だ。この学園に通う生徒たちが大なり小なり抱いていたであろう夢や希望といったものを破壊されてしまった気分だった。

 

「負傷者は多数ですが、死者はいません。奇跡的、としか言えませんが、シェルターと鈴さんたちの迎撃行動のおかげですね」

「こんな光景見せられたら、とても誇れないわ」

「誇ってください。鈴さんたちがいなければ、私たちも間に合いませんでしたし、被害はもっと大きかったはずです」

「それより教えなさい。今までのことと、そして今のこと」

 

 見ればあちこちで動ける人間が瓦礫の撤去作業や物資の運搬などを行っている姿が見える。自衛隊や、政府関係者と思しき人間の他に、IS学園の生徒たちの姿も確認できる。そんな光景を見ながら、鈴がセシリアへと問い詰める。

 

「……無人機は殲滅、すべて破壊しました。運搬用と思われる潜水艦も確認できましたが、こちらは逃がしています」

「よくそんな戦力があったわね。こっちも、あっちも」

「カレイドマテリアル社の部隊を投入しましたからね。まぁ、いろいろと介入はまずかったので今はもうここにはいませんけど。残っているのはここに籍を置く私とアイズ、そしてシャルロットさんとラウラさんの四人だけです」

「なるほど、話に聞くあんたの部隊か。結局助けられたわけね」

「襲撃側としては、……まぁ、私も同意見です。以前プラントのひとつを潰しましたが、やはりあれだけではなかったようですね。確認できただけでも、今回投入された無人機の数は二百機を超えます。実際にはさらにいたでしょうが……」

「あたしが戦ってたときは夜だったから正確な数はわかんなかったけど…………戦争じゃない、そんなの」

「目的は……どうなんでしょうね。これだけの戦力があるなら、学園の破壊だけならもっといい方法がありそうなものですけど」

「クソッタレなやつらの考えなんて理解できないわ。わかってるのは、次に会ったらぶん殴ってやるってことだけよ」

 

 よほど屈辱的だったのだろう。鈴はまるで獣が猛るかのように荒々しく敵意を漲らせている。

 セシリアとしても鈴に同意するところが大きい。セシリア個人としても、こんな真似をしたやつらを許す気にはなれない。

 

「あんのバカども……! 次に会ったらまとめてスクラップにしてやるわッ!」

 

 鈴が握り締めた欄干がミシリと音を立てて歪んでいく。セシリアは鈴がアイズと同じくらいの細身(一部除く)なのによくそんな力があるものだと感心していた。

 

「…………で、それから?」

 

 あらかた怒りを発散させて落ち着きを取り戻した鈴が表情を戻す。感情のコントロール方法が鈴らしいが、冷静さを取り戻せることも鈴のメンタルの強さだろう。

 

「学園の現状としては、夜明けと共に政府関係者がきて復興作業を開始しています。生徒たちは一部がその作業の手伝いをしてくれていますが、自室待機の状態ですね。幸い、寮のほうは被害がありませんでしたから」

「避難、じゃないのね」

「意外ですか?」

「そりゃそうでしょ。戦場になった場所なのよ? そりゃあある意味ではIS学園以上に安全な場所ってのもないかもしれないけど……襲われた今となっては、ね」

「そう、……でしょうね」

「含みのある言い方ね。なにがあったわけ? ……………というか、あんた、ここにいていいの?」

 

 状況を聞いているといろいろと不自然な点がどんどん浮かび上がってくる。襲撃してきた連中の動機や目的などはこの際無視するとしても、今のIS学園の状況がよく見えない。

 それにさきほどはスルーしてしまったが、部隊で介入したというセシリアがいるのもまずいのではないかと気付く。秘匿部隊と聞いていたし、なにかしら追求があるはずだ。

 

「私たちについてはとりあえず強引にごまかしています。それに私もまだ状況を見極めているところですから、なんとも言えませんが…………端的に申しましょう。IS学園は、IS委員会に乗っ取られるかもしれません」

「は? …………はぁっ!?」

 

 

 ***

 

 

 次に鈴が連れてこられたのは多くの生徒が集まる食堂であった。怪我の痛みなどすでに頭から消えていた鈴はセシリアから聞かされたことが気になり、無理を言って再び肩を借りながら重い足取りで食堂へと足を踏み入れた。

 中では制服や私服の生徒が食堂内に設置されている大型テレビの前に集まっている。その集団から少し離れた位置にはラウラとシャルロット、そして鈴と同じく体中に包帯を巻いたアイズと、そんなアイズに寄り添って支えている簪がいた。まずアイズが二人の気配に気付いたらしく、目隠しをしたまま顔を向けてきた。

 

「セシィ、それに鈴ちゃん」

「や、あんたも元気そう……ではないみたいだけど、大丈夫?」

 

 アイズも鈴に負けず劣らずに怪我を負っているように見えるが、アイズは「平気」と言って笑っている。しかし隣にいる簪やラウラがものすごく心配そうにしていることからまたそれなりに無茶をしたのだろうとわかる。どうせセシリアあたりが説教しただろうから、鈴は「あんま心配させるんじゃないわよ」とだけ言っておいた。そして今度は戦場で別れた簪へと顔を向ける。

 

「あんたも無事みたいね、簪」

「うん、なんとか。鈴さんが一番重症だよ……」

「そっか、かっこ悪いなぁ、あたし」

「鈴さんが一番危険な役割を請け負ってくれたからだよ、ごめん」

「そこはありがとう、でいいわ。ん、まぁ、あたしからも、ありがと。そう言ってもらえると少しは救われるわ」

 

 にひひ、と悪戯っぽく鈴が笑う。相手に気負わせないように自然体に振舞う鈴の気遣いに、アイズは素直に尊敬していた。

 実際に鈴の戦果が一番賞賛されるべきだというのが全員の考えだった。はじめに攪乱した三人のうち、白兎馬の援護を受けた一夏や楯無と連携した簪と違い、鈴だけはセシリアたちが来るまで孤立無援で戦い抜いたのだ。

 

「一夏はどうしたの?」

「箒さんと一緒に、復旧作業を手伝ってる。一夏の場合、箒さんが心配って感じだったけど」

 

 箒は自分が戦えなかった分、こうしたことで役に立つべきだとして率先して学園の復旧作業の手伝いをしていた。比較的軽傷だった一夏はそんな風にやや気負っている感じがする箒を心配して一緒になって作業をしているらしい。

 とりあえず一緒に戦っていた一夏も無事だと知って鈴もほっと安堵する。

 

「それで、どうなってんのよこれ? IS委員会がでしゃばってきたって聞いたけど?」

「あれ」

 

 簪がテレビを指差し、鈴が画面へと目を向ける。緊急報道というテロップが表示され、アナウンサーや解説者が揃って激しく意見を交わしているようだ。そして一番大きなテロップにはこう表示されていた。

 

 

 

【IS学園への戦時命令権を承認か】

 

 

 

「……戦時、命令権?」

 

 鈴は聞きなれない言葉に首をかしげる。しかし、テレビを見ている生徒たちは皆重苦しい雰囲気でテレビ画面を見つめている。

 

「簡単に言うと…………多発する無人機テロに対抗するためにIS委員会主導のもとにIS学園所属の私たちへの命令権を承認するという条例案ですわ」

「へー……っておう!? それって完全にアウトでしょ!?」

 

 ぎょっとして鈴が叫ぶが、まさにそのとおりだ。各国の複雑な思惑が絡み合った上で存在しているIS学園ではあるが、そんなIS学園に所属する生徒やISをテロ行為の鎮圧に使用するなど、あっていいことではない。

 それはつまり、各国から集められた国家所属の戦力を保有するに等しい行為だ。

 臨海学校で起きた【銀の福音奪還作戦】では、セシリアたちが参加したこともあくまで要請であり命令ではない。IS学園上層部が拒否すれば、それは当然の権利として承認される。

 しかし、もしこの条例案が通れば、有無を言わさずにIS学園に所属する生徒たちを戦場に送り込めるようになるのだ。なにが問題かと言われても、問題でないことを探すほうが難しい。

 

「賛否両論どころではありませんわ。もう完全に炎上です」

「あたりまえでしょ」

「名目はテロの鎮圧のためで戦争には使用せずとありますがね。それと、非常事態への早期解決のために迅速に動ける体系が必須のため、とも言っていましたね」

「もっとマシな言い訳はなかったわけ? そんなの、取り繕っただけでしょうに。こんなのただの戦力の搾取じゃない。…………というか、そのテロ行為にIS学園が晒されたあとにこんなのってありえないでしょ。ふざけてんの?」

「まぁ、ある意味、だからこそといえるかもしれませんがね」

「どのみちそんなの認められるわけないじゃない。国が黙っちゃいないわよ、そんなバカみたいなこと」

 

 鈴の言うことはもっともであるし、正論だ。そんなことはまともな人間なら誰でもその結論へ行き着くだろう。ただの調整機関であるはずの委員会が独自に戦力を保有するなど、正気ではない。それをいえばカレイドマテリアル社が保有するセプテントリオンも問題になる存在だが、これとは意味合いがまったく違う。

 

「なのになんで承認か、なんて議題になってんのよ? こんなん総スカンよ、総スカン!」

「……IS委員会が条件を出してきたんですよ」

「条件?」

「これを認めた国に、戦力の貸し出しを行うというものです」

「戦力? 調整機関が戦力なんて……」

 

 そう言いながら鈴がふとテレビ画面を見る。生徒たちが時折悲鳴のような声を上げながら見つめるその画面に映っていたモノを見て、鈴が絶句する。色こそ違うが、そのフォルム、無機質な威圧感を醸し出すそれは、これまで幾度となく自分たちを苦しめてきた存在と同じものだった。

 

「嘘、でしょ……? なんで……?」

 

 鈴がセシリアやラウラたちを見るが、全員が表情を歪ませてテレビ画面を見つめていた。目隠しをしているアイズだけが、驚く鈴を気遣うように力のない笑みを向けていた。

 

「ご覧のとおりです。IS委員会が提供する戦力は…………あの無人機です」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「バカだと思っていたよ」

 

 カレイドマテリアル社の会議室でイリーナが気だるさを隠そうともせずに重役たちの前でそう言い切った。

 

「実際バカだと言ったし、今でもそう思っている。だがな、ここまでバカだとはさすがの私も思わなかったぞ」

 

 今回のIS委員会の条例案についての資料を無造作に放りながらイリーナが毒を言葉に乗せて吐いていた。そこには遠慮が一切ない。

 

「無人機を捕獲して解析して量産した? 無人機のテロに対抗するためにその無人機を使う? …………おい、誰かバカにつける薬を知らないか?」

「社長、今は対策を考えなければ……」

「イーリス、おまえも少しは毒を吐いとけ。これからどんどん溜め込むことになるぞ」

 

 諌めるイーリスにもそんなことを言うくらいイリーナは苛立っていた。暴君の逆鱗に触れることを恐れているのか、会議場は静まり返ってしまう。このままじゃよくないと感じたイーリスは「ガラじゃないなぁ」と思いながらふっと息を吸った。そして――――。

 

「いやぁ、でもホントに阿呆の集まりですよね! 猿が玩具を手に入れてはしゃいじゃってるんでしょう。いっそのことやつらのことプチッとぶっ潰しちゃいましょうか!」

「そうだな、そうするか」

「ってええ!?」

「冗談だ、今はまだしないさ。それに―――」

 

 イリーナはここで笑みの質を変える。苛立ちから壮絶に笑っていた先程までとは違い、逆に愉悦そうな笑みへと変貌させた。それは彼女が暴君と呼ばれるにふさわしい、すべてを服従させ、屈服させるかのような威圧的なものだった。事実、そんなイリーナを見てただでさえ緊張状態だった重役たちの顔色がさらに青くなる。

 そんな反応を知ってか知らずか、イリーナは楽しそうに告げる。

 

「―――好都合だ。IS委員会は、ご苦労なことにこちらの持つカードの価値を上げてくれたわけだ」

「社長、では……」

「ここが切り時だろう。世界を揺るがす、ジョーカーを出すには最高のタイミングだ。イーリス、準備はさせているな?」

「はい、滞りなく」

「ではプランを早める。お前ら、覚悟はできているな? これから私たちは世界に爆弾を落す。この十年で築かれた常識を根底から覆す、まさに混沌と化すだろう。私たちは、その主犯だ。まぁ評価は後世の人間が勝手につけるだろうが、私たちにとっては目的のひとつであり、その手段……」

 

 イリーナは立ち上がって重役たちを見渡す。さきほどまでイリーナに怯えていたのに、今の彼らは一転して強い意思を込めて自分たちを束ねる女傑を見つめている。

 

「世界は変わる。運命は転がる。そうして歴史は紡がれ、そして今、私たちがそれを為すだけだ」

 

 イリーナの顔に浮かぶのは狂気でも愉悦でもなく、ただ寂しげな表情だけだった。しかし、その目には変わらない強い輝きが宿っている。誰に言われたからでもない、イリーナ自身が願ったことだから、彼女は、彼女に付き従う者たちの意思の総算として行動していた。

 

 それが、彼女の覚悟であり、そして義務であった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 会議を終えると重役たちが総出で立ち上がり、部屋を出ていくイリーナとイーリスを見送った。二人が向かうのは本社一階に設けられたエントランスホール、そこに重大発表があるとしてマスコミが集められている。

 今回のIS委員会の発表を受けて、社の意向を示すために用意した場であるが、ここが世界の変革のはじまりとなる。その会場への道をゆっくり歩きながらイリーナが後ろに付き従うイーリスに告げた。

 

「わかっているな?」

「はい」

「私たちがこうして動くことさえ、おそらくは誘導された結果だ。だが、動くにはここしかない。やつらがなにを考えているのか知らんが、そう遠くないうちにわかるだろう」

「…………」

「IS委員会のほうはおそらく捨て駒だ。もともとあそこは繋がっている疑いが強かったからな。反乱のつもりか知らんが、マリアベルというやつの掌の上に過ぎないだろう」

「では?」

「反乱することを承知していた、もしくはそうなるように仕向けていたんだろうさ」

「私たちに、このカードを出させるために、ですね?」

「……忌々しいが、マリアベルは稀代の魔女だよ。この暴君すら使おうというのだからな。だが……」

 

 イリーナは一度振り返ってイーリスに笑いかけた。しかし、その顔は笑んでいても、羅刹のようにしか見えなかった。

 

「私を利用した代償は、必ず払わせる。今回は利用されたほうが都合がいいからだが、その報いはいずれ必ず…………な」

「社長、なるべく自重してくださいね?」

「ふん………、まぁ、その前に世界に喧嘩を売ろうじゃないか」

 

 そう言いながら会場の扉に手をかけ、イリーナ自身でゆっくりとその扉を開け放つ。中に入ると同時に、一斉にカメラを向けられるが、イリーナは揺ぎもしない。

 フラッシュの中を平然と、堂々と歩むイリーナは用意されていたマイクの前に立つとゆっくりと会場を見渡して口を開いた。

 

 

 

 そして、今ここで、世界に楔を打ち込んでいく―――。

 

 

 

「――――さて、世間ではIS委員会の話題でもちきりのことだと思う。そこで早速ではあるが、それに対する我社の回答を言っておこうと思う」

 

 やはりそうか、とマスコミたちも固唾を呑んでイリーナを注視する。

 今やIS産業の世界最高を誇るカレイドマテリアル社の社長の回答。IS委員会の暴走ともとれる今回の戦時命令権に対し、どのような回答を出すのか、その注目度は計り知れなかった。

 ISとほぼ同等の性能を持つ無人機は確かに欲しい。その出自があやふやだとしても、有限だったISの個体数を擬似的にでも増やせるというのは、それだけ魅力的であり、逃すには惜しすぎるものだった。

 国の保有する有人機を数機とIS操縦者と引き換えにしてもお釣りがくるだろう。皮肉にも、IS学園をほぼ壊滅寸前にまで追い込んだという重大な事件が、無人機の性能を証明している。無論、世間にはこの事件の裏にいた亡国機業の存在は意図的に隠蔽されている。裏事情を知る者は、意外なほど少ないのだ。

 

 だから、IS委員会が動いた。

 

 そしてだから、イリーナもまた、動くのだ。

 

「カレイドマテリアル社は、此度の布告を受け………IS委員会の申し入れを拒否、それに伴い、IS学園に在籍している我社に所属している四人を即時退学させる」

 

 会場がざわめいた。ここまで明確に、そして即時対処するとは思っていなかったのだろう。

 

「加えて、以降はイギリス政府の認可のもとで他国企業との取引をさせていただく」

 

 会場のざわめきがさらに大きくなる。それの意味するところは、つまり―――。

 

「そ、それはイギリス自体がIS委員会と距離を取るということですか?」

「距離を取る? そうではなく、断絶するということだ」

「ッ!? そ、それは正式見解なんですか!?」

「首相とは既に話がついている。政府の発表は、今夜にでも行われるだろう」

「アラスカ条約を破棄するのですか!? それでは、イギリスが世界から孤立してしまうのではないですかっ!?」

 

 ISは世界の軍事力の代名詞だ。その調整機関であるIS委員会から脱退するということは、仮に世界で戦争が起きたとしても、どの国もイギリスに救援を送らない、送れないということだ。そしてIS産業においても鎖国状態になるリスクを抱えることになる。国連はISが関わる以上、その権力は有名無実と化している。ISが急激に浸透したがゆえに生まれた歪な体制であるが、それが今の世界であった。

 そこで定められたのがアラスカ条約である。これにより、各国家、企業間でのコアの取引は禁則とされている。もしこの条約を破棄するとなれば、ISコアを保有することが世界の軍事バランスを崩す行為だとしてコアの保有そのものを許されないとされることも有り得るのだ。

 世界に宣戦布告でもするような発現にマスコミは顔色を悪くしていくが、イリーナは関係ないと言わんばかりに不敵に笑ったままである。

 

「…………さて、ここでひとつ諸君らに伝えることがある。我社の新製品のことだ」

「新製品? 委員会と断絶するというのに、新製品の発表ですか?」

 

 IS委員会はIS産業界においても市場となる場であった。IS委員会がIS関連技術の取引を制限、監視しているために、一見すれば制約がなくなるように思えるがその実、イギリスのみが脱退するとなれば世界のどの国とも取引ができなくなるということだ。

 そんな中で新製品の発表など正気でないとマスコミは思った。

 

 だが、暴君が語ったソレは、そんな彼らの常識をあっさりと破壊した。

 

「無論だ。きっと諸君らも注目してくれることだろう」

 

 似合わない営業スマイルを浮かべながらイリーナが手を振る。

 背後に設置されていた大型スクリーンに映像が映し出され、マスコミが呆れ半分に映像に目を向ける。

 

 そして、その映像を見て、絶句した。

 

 そこに映されているものの意味を理解すると同時に、今度は畏怖の念が込められた視線をイリーナへと向けた。その視線を一身で受けたイリーナは口を三日月のように歪ませて笑った。

 

「見ての通り…………我社は、“男女共用のISコア”の製造に成功した」

 

 映っているのは、新型機フォクシィギアに搭乗して自在に動かす少年たちの姿、同型機に少女も乗っている姿も映っており、これが合成でないとすれば、イリーナのいうように男女の性別という制限を無くした完全なISコアということになる。

 

「そしてIS委員会から脱退した以上、委員会にこの新型コアを提供する義務もない。アラスカ条約はあくまで篠ノ之束が造ったコアを対象としたものだ。新型コアに関する規定など、そもそも存在しない」

「………っ!!」

「しかし、我社も企業だ。取引には応じよう。しかし、諸君らの言ったように規定外の新型とはいえ、加盟している国からすればアラスカ条約によりコアそのものの取引はできないだろう。ゆえに………」

 

 イリーナは変わらずに見る者を萎縮させるような笑みを浮かべたまま、世界を揺るがす決定的な言葉を放った。

 

「この新型コアの取引に、IS委員会に加盟している国は対象外とさせていただく」

「それは新型コアが欲しければアラスカ条約を破棄しろということですか!?」

「当然の帰結だろう? アラスカ条約は、そもそもコアの数が限定され、不変であるという前提でつくられたものだ。ならば、コアの製造が可能となった以上、それにいったいなんの意味がある?」

 

 ゆっくりと、子供に言い聞かせるようにこの会見を聞いている全ての人間の心に楔を刺していく。それは甘く、そして毒のように世界中の人間の心をかき乱していく。

 

「敢えて言おう――――――IS委員会など、もうこの世界に不要だ」

 

 

 

 

 この日、世界が揺れた。

 

 このイリーナの宣言は第二次ISショックの始まりと言われ、ISによる混沌と創造の時代の始まりだと歴史に刻まれることになる。

 

 

 

 




第一部最後にとうとう爆弾が落とされました。原作を読んで思ったんですが、アラスカ条約ってもしコアの量産が可能となったら意味を為さないんじゃないか、という疑問から今回の話になりました。あれってコアがあくまで一定数であることを前提としているからこその規定ですよね。なのでその前提を覆す爆弾を投下しました。
次回から第二部…………と言いたかったんですが、あと一話、今回の裏側として亡国機業サイドの話を挿入します。マリアベルの思惑や、このIS委員会側の蛮行の裏事情を描きます。本当は一緒に載せようと思ったんですが既に1万字を超えたので分割することにしました。


しかし、これでアイズたちも退学となりましたし、もう学園ラブコメというジャンルにもできなくなりましたね(苦笑)簪さんがどう行動するか怖いところです。

今回は暴君無双回でしたが、いろんな意味で次回はマリアベル無双回です。シールやオータム先輩の安否も明かされます。

それではまた次回に!

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