双星の雫   作:千両花火

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Act.75 「交わらない道」

 束の『フェアリーテイル』と同じく情報処理特化寄りの特殊型。アイズは四人目のヴォーダン・オージェを持った少女の纏うISをそう分析する。

 道化師のようなふざけた外見をしているが、あの機体を中心に無人機を統制しているように見受けられる。おそらく無人機のコントロールを統括する指揮官機、電子戦、もしくは対象のシステムを掌握する特化タイプ。状況からみても無人機のコントロールを奪取して掌握したのもこの存在だろう。

 もしくはあらかじめこれらの無人機を用意していたのかもしれないが、シールの様子を見るにやはり奪取した線が濃厚だろう。

 実際にそんなことができるのかという疑問はこの際無視した。今は現実を見る以上の余裕がない。アイズ、ラウラ、シールの三人を囲む無人機の数は十や二十では済まない。

 それにあの少女の瞳……眼球が黒く染まったヴォーダン・オージェ。それがどんな意味を持つのかはアイズにはわからない。なにかしらの突然変異なのか、亜種なのか、アイズたちのものとは違うのか同じなのか。そんな疑問が次々に生まれていく。

 

「…………」

 

 傍にいるシールも訝しげな目で無人機を見渡している。なにか疑問があるようだが、今はそれを問いただしている時間も惜しい。

 

「撤退しよう。最悪でも時間を稼げばセシィ達が来てくれる」

「……私はあいつに用ができました。アレの正体がわからない以上、あなたを渡すわけにもいきません。癪ですが、私が時間を稼いであげましょう。あなたはさっさと逃げてください」

「シールってけっこうバカだよね」

 

 乱入してきたヴォーダン・オージェを持つ少女の目的が鹵獲である以上、狙いは間違いなくアイズとシールの瞳だろう。先程の言葉からラウラの優先度は二人より低いはずだが、ラウラも狙っていることには違いない。

 正体やバックにいる存在まではわからないが、友好的な組織ではないだろう。そんなやつらにヴォーダン・オージェを渡すわけにはいかないシールはアイズを逃がすことを決めた。仲間意識からではない、今後の情勢を鑑みてのことだ。

 シールからすればアイズに恩を売るような行為だが、アイズはそれをバカだと一蹴した。ムッとして睨みつけてくるシールに、アイズはどこ吹く風で返答する。

 

「ボクは“共闘”を申し込んだんだよ? なら、シールを見捨てることはできないよ。少なくとも、ここを切り抜けるまでは、ね」

「……甘すぎる。その甘さはいずれあなたを殺しますよ」

「でも、それは今じゃないよ」

 

 はっきり言い切るアイズには迷いが一切ない。シールのような様々な打算の結果ではなく、純粋に約束を守ろうとする誠意だけで言っている。アイズの甘さであり美徳だった。

 そんな甘すぎるアイズの言葉にシールは眉をしかめるが、横からラウラが少し疲れたように口をはさんだ。

 

「諦めろ。姉様は頑固だから撤回はしないし、そもそもこういう人なのだ。可愛いだろう?」

「やだな、恥ずかしいよラウラちゃん」

「それにそんな心配はそもそも必要ない。私としては気に入らないが……姉様の願いを叶えるのが私の役目だ。だからお前も、“ついでに”私が守ってやる」

 

 痛烈な皮肉を言いながらラウラが一歩前に出る。それは傷ついているアイズとシールの盾になるかのようだった。しかし、そんなラウラを無視するように無人機は手に持った銃器の銃口をアイズとシールへと向ける。それはビーム砲ではなく実弾のマシンガンやライフルだ。おそらく鹵獲するために殺傷能力の高いビームは禁じているのだろう。

 

 ある程度痛めつけて確保するつもりなのか、それらの銃のトリガーを躊躇いなく引き――――。

 

 

 

 

 

「誰を目の前にしているのか、わかっていないようだな」

 

 

 

 

 発射された銃弾が停止する。

 まるで見えない壁にぶつかったかのように無数の銃弾が空中へと縫い付けられる。

 

「なに……?」

 

 謎の少女が驚いたような声をあげる。これだけの物量の銃弾をすべて停止させられたことが予想外だったようだ。

 そしてそんな不可思議ともいえる現象を引き起こした人物―――ラウラがそんな少女をきつく睨みながら掲げた右腕を無造作に振るった。それだけで空間に縫い付けられていた銃弾が弾かれ、そのまま重力に従って落下する。

 

「この私の目の前で、姉様に手を出そうなど……」

 

 ラウラはゆっくりと歩きながら前へと出る。しかしそんな緩慢な動きとは反対に、ラウラの纏う『オーバー・ザ・クラウド』の出力が上昇し、機体に走るエネルギーラインが発光する。

 今度は左腕を無造作に真横へと振るい、そして側面にいた無人機をまとめて吹き飛ばした。

 

「貴様が誰であれ、関係ない。姉様に仇なす者は、私が決して許さない。その目に焼き付けろ、そして身に刻め」

 

 能力を発動。斥力と引力を操る単一仕様能力、『天衣無縫』を戦闘レベルで発現。物体である限り逃れることができない力場を形成、そのすべてを支配し、操る己の愛機をゆっくりと浮遊させる。

 そして命の宿らない無人機を前にしても、ラウラは感情を発露させるように叫んだ。

 

「私の目の前で、姉様に触れることなど許されない愚行だと知れ! 姉様は…………私が守る!」

 

 烈昂の気迫を見せるラウラに恐れたかのように再び無人機たちが手に持った銃を向けてくる。吐き出される馬鹿らしい量の銃弾を、先程のリプレイのように同じく空間へと縫い付けて背後にいるアイズにはひとつたりとも通さない。

 

“斥力結界”――――、一定範囲内のものを強制的に拒絶する力場を形成するオーバー・ザ・クラウドの能力、その一端。ラウラによって生み出された斥力が何物も跳ね返す不可視の壁と化す。

 

「返すぞ」

 

 さらにラウラは両手を構え、斥力結界にさらなる力を加える。すなわち、外部へ向けたベクトルの二倍掛け、停止させた銃弾が、今度は逆に射ち出されるように無人機たちへと浴びせられた。まるで散弾銃を乱射したかのように、無数の銃弾が無人機の装甲を抉り、四肢を砕いて落としていく。本来の銃弾の貫通力はなくなるが、単純な“力”で射ち出された鉛の塊はそれだけで凶器となる。

 すると無人機は今度はビーム砲による制圧へと移行する。ビームも影響で誤差を生み出すとはいえ、さすがにビームを弾くほどの力の行使は不可能だ。教科書取りの戦い方だが、オーバー・ザ・クラウドの真の力は斥力・引力操作ではない。

 

「遅すぎる」

 

 ビームが発射されると同時にラウラが姿を消す。ハイパーセンサーですら影しか捉えられないほどの超高速機動に入ったオーバー・ザ・クラウドが瞬間移動と言っても過言ではない速度で一機の背後へと現れる。

 それに反応して振り返った瞬間、その機体の首が飛んでいた。さらに至近距離から胴体部にステークを撃ち込み完全に機能停止へと追い込む。それを確認すると同時に再び超高速機動へ移行する。

 それはまさに姿無き襲撃者――まるで暗殺者のように次々と背後に現れては敵機を屠り、そしてまた姿をかき消してしまう。

 

「………ッ」

 

 乱入してきた少女もこのラウラの戦闘力は予想外だったのか、仮面越しにも表情を歪めていることがわかる。そんな彼女を嘲笑うかのようにラウラが目の前へと姿を現す。まるでにらめっこでもしているほどの至近距離に現れたラウラに、ビクッと身体ごと驚愕する。

 

「なかなか可愛い反応をするじゃないか。昔の私みたいだと思ったが、どうやらおまえはただ背伸びしているだけらしいな」

「っ……!?」

「この襲撃も計画的なものではないな? あまりにも脇が甘すぎる。どうやらおまえは……捨て駒にされたか」

「――ッッ!」

 

 乱暴に腕を振るうも、ラウラはあっさりと回避してしまう。ラウラと比べても、その少女にはあまりにも余裕がないように見える。

 ラウラはそんな少女を観察しながらさらなる速度をもって殲滅戦を行う。圧倒的な速さでありながら、旋回性や瞬発力も恐ろしい性能を見せるラウラに、無人機は反撃できる術を持たない。ただただ一方的に蹂躙され、破壊されていくだけだった。

 単一仕様能力“天衣無縫”による斥力・引力操作。これによって圧倒的な速さを維持したまま鋭角のターンを軽々と行うほどの機動力を実現していた。一ヶ月もの間、束による機体調整と改良を繰り返し、ラウラも身体を一から鍛え直したことで初陣のときには不可能だった誰にも追随できない世界最高の機動力を実現している。

 機動力に特化しているゆえに、火力や防御力が犠牲になっているが、間違いなく現存するIS、いや、現存するすべての乗機において、間違いなく最速である。

 

「どうやら場慣れしていないようだな。その目も、満足に使えていないな」

 

 ラウラの指摘に少女は仮面の下で唇を噛む。ラウラは既にこの少女の力量を見切っている。慢心も油断もしないが、それでも冷静にこの少女の戦闘力が低いと判断した。

 ヴォーダン・オージェがあるにもかかわらずに反応が鈍い。明らかに持て余している印象だ。

 単体での脅威度は低い。しかし、どうやらあの機体の特徴は無人機のコントロールにあるようだ。さながらマリオネットを操る指揮者のような役割だろう。

 確かに無人機の統制を取り、操る能力は脅威に成りうるものだが、こんな最前線に出てくる必要はない。登場のインパクトから最警戒していたが、どうにもこれは杜撰すぎる。

 消耗しているとはいえ、ヴォーダン・オージェ持ち三人を相手取るには実力不足も甚だしい。

 

 アイズもシールも観察しながらラウラに加勢して確実に敵機を破壊していく。この分では増援などない限り十分ほどで返り討ちにできるだろう。いや、その前にセプテントリオンの本隊がくるだろう。そうなれば危ないのはあの少女のほうだ。

 一体何が目的なのか、鹵獲が目的だとしても準備が足りていないこの状況では他になにかあるのではないかという疑念が生まれてしまう。

 

「うっひゃー、ラウラちゃんすごい!」

「半分は機体性能のおかげでしょう…………それより、どう思います?」

「うーん」

 

 片手間で戦いながらシールはアイズへ問いかける。自慢にもならないが、シールは他者の境遇や機敏に思いを馳せるということが苦手であった。もともと孤高の存在として生み出されたシールにとって、自分以外の存在など理解することも難しいものだったからだ。それに比べ、アイズは自分にも他人にも、その感情を重ねられる稀有な存在だ。共鳴して心を通わせたことでシールもわかっている。

 それに比べ、アイズは視力をなくしてもなお自分と、自分を取り巻くものと向き合ってきた経験がある。相手の感情や機敏には恐ろしく敏い。

 

「なんか、焦ってるよね。それに…………なんか、辛そう」

「辛い?」

「やりたくもないことを、させられてる…………そんな感じ?」

「…………」

「もしかしたら、誰かに命令されてるんじゃないのかな?」

 

 よくもそれだけ感じ取ることができるものだ、と半ば呆れたようにシールがアイズを見やる。少々癪だが、アイズの感性による直感はシールにはないものだ。

 しかし、改めてあの少女を見れば、なるほど、たしかにそういった焦燥が見て取れる。感情まではヴォーダン・オージェでも見ることはできないが、それでもそこからこぼれ落ちる挙動はわかる。

 

「ますます、口を割らせる必要が出ましたね」

 

 これ以上はアイズに言うつもりはなかったが、シールはある可能性を否定できないでいた。そしてそれは、どうやら本当のことになったかもしれない。

 

 すなわち――――亡国機業の内部からの反乱、関係者の離反、つまりはクーデターである。

 

 ヴォーダン・オージェを宿す存在、無人機とそのコントロール、そしてこのタイミングでの介入行動ができるほどの情報戦能力、それらすべてを併せ持つ組織は自然と限られる。それが、まさにシールが所属している亡国機業だ。

 亡国機業とて一枚岩ではない。むしろ多数の組織と繋がっていることで擬似的に大きな組織となっているだけで、その中枢に位置する人員は決して多くはない。繋がっていた外部組織が技術や機体を奪取したと見るべきだろう。

 

 

 

 ――――とはいえ、これも予定通りなのかもしれませんが。

 

 

 

 シールは脳裏に聖母のように微笑むマリアベルの顔を思い浮かべる。亡国機業のトップに君臨するあの魔女が、こんな反乱を許すだろうか。むしろこの反乱が起きること自体が、マリアベルによる予定調和のうちなのかもしれない。

 しかし、それでもやることはかわらない。なにも指示されていないということは、真偽はどうあれ、各々の判断で動けということにほかならない。

 だからシールは、乱入してきたあの四人目となるヴォーダン・オージェを宿す少女に狙いを定めた。

 こうなってはシールのほうが時間制限ができてしまった状況だ。ならば多少乱暴になるが、手足の数本くらい切り飛ばしても行動不能にして捕獲しても問題はあるまい。そんな物騒なことを考えながらシールはラウラに翻弄されている少女へと向かって飛翔した。

 

「っ、シール!?」

「私は、私の都合を優先させてもらいます」

 

 消耗しているとはいえ、シールにとって多少連携がとれる無人機などただの障害物程度の脅威でしかない。邪魔な機体だけ最低限の動きで行動不能へと追い込み、ふざけたデザインのISへと突撃する。

 その少女がそれに気づいたとき、既にシールの間合いに入っていた。

 

「性能も技量もまるで足りていない」

「っ……!?」

「なにより、危機感と経験が圧倒的に不足している。アイズはおろか、あの模造品にも劣る」

 

 回避しようとする動きを目視した瞬間に解析、回避場所へ向けて細剣を突き出す。するとまるで少女が自ら当たりにいったように突きが直撃する。呻く声を無視してさらに未来予知でもするように正確無比な連撃であっと言う間に追い詰めてしまう。

 しかも逃がさないようにラウラが牽制しているために、どうあっても少女はこの窮地から脱することができない。シールと真正面から相対して張り合う存在などアイズくらいしかおらず、無理矢理距離を離そうとすれば目にも映らないほどの速さでもってラウラが強襲を仕掛けてくる。

 ラウラとシールに連携の意思はまったくない。ただ、二人ともこの少女を逃がさないという目的が一致しているだけだ。この状況で姿を現すには不釣り合いな実力と装備、罠の可能性も高かったが、それ以上に貴重な情報源を逃がすつもりなど微塵もなかった。

 

「降伏しなさい。そうすれば命だけは助けてやってもいいですよ」

「…………!!」

「無駄な抵抗はやめるんだな。そうすれば寛大な処置を考えてやる」

 

 やたらと貫禄を出しながら降伏勧告をするシールとラウラを見てアイズは冷や汗を流していた。この場においてもっともな対応をしているはずなのだが、どう見てもあれは悪役だ。

 まるで二人がかりでイジメているかのような構図に、アイズは少しあの少女に同情してしまった。

 そうして少し眉を顰めているとふと残った片目が違和感を捉えた。ラウラとシールの背後に位置した無人機のエネルギーが急激に上昇していく様を察知した。その現象から推測できる事象は、ひとつだけだ。それを察した瞬間、アイズは叫んでいた。

 

「自爆特攻だ!」

 

 その声にラウラとシールがすぐさま反応する。視界外にいた機体が意図的なオーバーフローを起こし、自爆寸前となっている姿を確認する。ラウラは超高機動へ入り、即座に爆発範囲外へと離脱。シールは一瞥したあとは目も向けずに機体を一回転させながら細剣で薙ぎ払う。正確に動力系統を破壊し、自爆すらさせずに無力化する。ラウラは回避、シールは無力化という手段で対処するが、どちらが至難かは言うまでもないだろう。ただ離脱するだけだったラウラとワンアクションで無力化したシール。シールは明らかにレベルが違った。

 咄嗟の判断と状況でここまで差が出たことが、二人の実力の差でもあった。それを理解したのだろう、ラウラは小さく舌打ちしてシールを睨みつけてしまう。

 

「まだ来る! 残った機体、全部自爆する気だ!」

「自爆させて離脱する気か!」

「逃しませんよ」

 

 周囲に残った機体が一斉に自爆の秒読みに入った。アイズの直感がアラートを大きく鳴らしている。大分数を減らしたとはいえ、この数の機体が一斉に自爆すれば巻き込まれたら致命的なダメージを負うリスクが高い。あの少女は確保したいが、ここで無理をする理由もない。アイズはそう判断した。

 

「ラウラちゃん! 離脱するよ!」

「わ、わかりました!」

「斥力結界で壁を作って! シール!」

 

 オーバー・ザ・クラウドの天衣無縫による斥力操作で爆発の炎と衝撃を遮る障壁を発生させ、その間に離脱する。これがもっとも確実だが、アイズの呼びかけにシールは応えない。アイズの忠告を無視して少女の確保に向かっていた。

 アイズが再びシールに向かって呼びかける。

 

「シールッ!」

「必要ありません」

「あんのバカ……!」

 

 仲間でないのだから当然といえば当然だが、共闘すると言っておきながらも単機特攻なんて無茶をやらかすシールに悪態をつく。もっとも、この場合はアイズが甘すぎるだけなのだが、アイズはたとえ敵であっても約束事はバカ正直なほど律儀であった。

 そんなアイズに半分呆れながらシールが危険地帯へと特攻する。少女のISの絶対防御を発動させれば完全に無力化して確保できる。

 

「ここまでです。同行を願いますよ、拒否権などありませんがね」

 

 トドメを刺そうとシールが渾身の突きを放つ。それはまっすぐに少女の胸へと吸い込まれていき――――そして、空を切った。

 

「なに?」

 

 これには意外だったのか、シールが珍しく驚いた声を上げた。しかし、すぐさまカラクリを見抜くと金色の瞳をギョロリと動かし、一見すればなにもない空間へとその視線が止まる。

 

「攪乱特化型でしたか……」

 

 さきほどの回避は、デコイとステルスの併用によるものだ。おそらくはあの道化師のような姿のISの能力だろう。対象のISのハイパーセンサーにデコイの影を映し、そして本体は光学迷彩で姿をくらます。二重の攪乱装備による幻影効果だ。初見で見きれなかったことから、少女とあの機体の情報処理能力の高さが伺える。正常なものではないようだが、それでもヴォーダン・オージェだというだけはある。

 少女はそのまま空間に溶けるように姿を完全に消失させてしまう。

 ラウラは完全に姿を見失い、シールをもってしてもその姿を捉えることはできなかった。アイズだけが、ヴォーダン・オージェやハイパーセンサーではない、気配察知だけでおぼろげながら気配を感じるといった程度であった。しかし、その気配もすぐに霧散してしまう。完全に逃げられた。

 

「ダメ、見失った……!」

「自爆する機体の置き土産とは、舐めた真似を……ッ!」

 

 鹵獲できないと判断して消し去ろうとしているのか、とにかくこのままではまずい。アイズとラウラは退避可能なほど距離を稼いでいるが、シールは完全に爆破圏内に孤立している。あのままでは自爆に巻き込まれてしまうのは明白だった。

 そしていくらなんでもそれに耐えるだけの防御力などもうないはずだ。そんな危険地帯でシールはじっと佇んでいる。

 

「シール!」

「姉様、もう無理です! 撤退しましょう!」

 

 アイズの安全が最優先のラウラが無理矢理アイズを抱えて離脱する。同時にセプテントリオンのフォクシィギア二機が突入してきた。外の無人機を殲滅して向かってきた部隊の特攻要員であるリタとキョウが、突入した途端に出くわした修羅場に驚いた様子を見せる。しかし、二人も鍛えられた戦士だ。すぐさま状況判断を下し、ラウラと同じく傷だらけのレッドティアーズを掴んで退避行動に移った。

 

「よくわかんないけど、逃げる。疾きこと脱兎の如く」

「アイズさんになにかあれば隊長が怖いですからね。あとその慣用表現間違ってますよ」

 

 もちろん、この状況でアイズは抵抗なんてしまい。逃げることが最善だし、シールを気遣ってラウラたちを危険に晒すなんて真似は許されないとわかっているからだ。複雑な心境で無人機に囲まれるシールを見ていたが、ふとシールが振り返ってアイズを見た。

 二人の視線が重なり、一秒にも満たない時間で見つめ合う。鏡像のような相手、近くて遠い、理解しても交わらない敵同士。そんな二人が、敵意ではない、情の込められた視線を向け合っていた。

 周囲の自爆直前の無人機から立ち上るオーバーフローのエネルギーが視界を陽炎のように歪める中、 シールがわずかに微笑む。それは、アイズも始めて見るシールの純粋な笑顔だった。

 そんなシールがゆっくりと口を動かした。声こそ届かなかったが、シールが語りかけた言葉がアイズにははっきりと伝わった。

 

 

 

 

 

『また、続きをしましょう』

 

 

 

 

 

 それだけ口にしたシールが、アイズの視界から遠ざかっていく。完全に姿が見えなくなったところで、断続的に続く爆発が轟いた。先の攻撃で破壊されたアリーナを、もはや原型すらなくすほどの無慈悲な破壊の炎が飲み込んでいく。

 これまで過ごしてきた学び舎が炎の中で崩れ去る光景を痛ましそうに見つめながら、アイズはその中に消えたシールに届かないとわかっていても呼びかける。

 

 

 

「―――待っているよ、シール」

 

 

 

 それは一方的な約束事だった。それでも、その言葉は大切にアイズの心の内に仕舞われることになる。

 

 

 

 




次回でこの章が終了です。この章の後始末と捕捉的な内容となります。戦闘はここで終了です。

これでようやく第一部が終わりそうです。第二部以降は亡国機業、そして未だ謎の第三勢力との全面対決へと発展していきます。

この章はアイズ×シールな感じでしたけど、この二人の再会は少し先になります。次回以降はついにセシリアの見せ場がやってきます。

そういえばヒロインって誰が一番人気なんですかね? アイズの嫁候補はたくさんいるけど(笑)

それではまた次回に!

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