その破壊の極光によって最新施設であったIS学園のアリーナのひとつは見るも無惨な姿へと変貌していた。かろうじてアリーナの原型は残っていたが、そこはただ瓦礫を積み重ねられているだけの廃墟と化している。
そんな破壊されたアリーナの上空を多数の無人機がなにかを探すように徘徊していた。その様子は決して暴走しているようには見えない。明らかに統制された動きだ。
その無人機たちは瓦礫と化したアリーナ跡へと降り立つと、周囲の様子を伺うように頭部を動かしている。無機質な頭部のアイライトが不気味に光り、まるで死者が生者を求めて徘徊でもしているかのようにただただ見る者を恐怖させる列を成している。
人と共に躍動する本来のISと違い、ただ鉄の塊が人の形をして動くということが、生命を感じさせないその存在が、こんなにも恐ろしい。
「――――giji」
一機の無人機がなにかを見つけたように頭部のカメラを向ける。そこにあったのは瓦礫に突き刺さったブレード、アイズが持っていた『ハイペリオン・ノックス』であった。
まるで墓標のように存在しているソレを、やはりなにも感じていないように無人機が近づいていく。
そして、その剣に手をかけようとした瞬間――――――空気が鳴った。
ハイペリオン・ノックスの周辺に仕込まれていたワイヤーが無人機に絡みつき拘束する。無人機がそれを認識したときには、既にその首が宙を舞っていた。
無人機の頭部を切断したのはひと振りのブレードだった。シールが持っていたはずの細剣『スカルモルド』を握った腕部装甲が飛来して無人機を仕留めたのだ。
そして瓦礫の陰から襲撃者が姿を現す。たまたま落ちていたシールの細剣と腕部突撃機構ティターンによる奇襲を行ったアイズが腕を再び回収しながら姿を現した。
「……げほっ、痛ぅ」
しかし、その姿はまさに満身創痍だった。
既に切り札である【type-Ⅲ】は解除され、レッドティアーズもボロボロ。アイズも機体も、爆発と崩落に巻き込まれた衝撃で全身を痛めつけられた。ISでなければぺしゃんこになっていただろう。
そんな状況下でもヴォーダン・オージェの力で致命傷だけは避けたが、完全回避など不可能だった。結果、アイズとレッドティアーズはかなりの痛手を受けることになった。何度かセシリアたちとの通信を試みるが、エラーばかり。通信機能がダウンしたらしい。コアネットワークは生きているから他の機体との相互反応はあるが、肝心の量子通信機能がやられている。
機体コンディションも悪化しているが、それよりもアイズのバイタルのほうが問題だった。
左目がまったく見えていない。ヴォーダン・オージェが完全に機能を停止している。
視覚情報が能力の要となるヴォーダン・オージェにおいて、片目が使えなくなるだけでその能力は半減してしまう。
おそらく危険だとAHSが判断して強制的にヴォーダン・オージェのナノマシンをダウンさせたのだろう。アイズの瞳に宿るナノマシンはかなりピーキーなため、突発的に限界以上の性能を引き出そうとするとそのまま瞳が死ぬまで力を行使し続ける危険すらあった。だからこそ、束はそんなアイズの安全のためにAHSシステムを作ってくれたのだ。
両目が使えなくなるよりはマシだと前向きに考えることにしたが、絶体絶命なのは変わりないだろう。いきなり無人機がシールごと自分を狙ってきたことには驚いたが、今はそれに対し何故、とか考えている時間も惜しい。
半分になった視界いっぱいに無人機が見える。目算でも三十機前後はいるだろうか。たった二機を相手に強襲をかけるにしても、過剰戦力だろう。それとも、それだけヴォーダン・オージェを警戒しているのだろうか。数を揃えてきたことからヴォーダン・オージェの攻略法もわかっているのかもしれない。
ヴォーダン・オージェの強みは高速思考と視覚による解析能力だ。生半可な相手からすれば、ヴォーダン・オージェと相対すればまるで心を読まれていると錯覚するほどにこの瞳の情報解析力は桁外れなのだ。
ならばそれにどう対抗するのか。答えは単純であるが、多数で戦うことだ。多数であればあるほど解析対象が増え、そうなれば必然的に思考時間も長くなる。それでも高速思考能力も備えているので言うほど簡単ではないが、一番確実な対抗手段なのだ。
ヴォーダン・オージェは一対一では無敵といえる力を発揮するが、それは対処する存在がひとつだけだからだ。セシリアのように本体と十機のビットの並列思考操作なんて化け物級の分割思考ができるのならまた違っただろうが、アイズもシールも思考はひとつだけだ。
だから通じるのだ。数の暴力が。
「なにが起きたのかよくわかんないけど……状況が悪いってのはよくわかるかな」
そう思っているうちに残った敵機から再びビームが放たれる。まともに受ければレッドティアーズの装甲程度では気休めにもならない威力のそれをアイズは上昇しつつ回避、いつまでも地上にいれば回避コースを潰されてしまうため、悪いコンディションでも無理に瞬時加速を使って空中機動へと移行する。
だがしかし、そこには既に上空で待機していた一団が待ち構えていた。
まるで雨のようにアイズの頭上から光の槍が降り注ぐ。上下から挟み撃ちにするように無数のビームがアイズを襲った。
「くぅっ……!」
わずかな隙間に機体をすべり込ませるようにして回避。すれすれで回避しているためにビームの熱量で装甲が焦がされる。近接特化型のアイズにとってこの弾幕は相性が悪すぎた。
しかし、それでもアイズに諦めはない。そんなものはアイズの心には存在していなかった。
「あとでまたみんなに怒られるんだろうなぁ……簪ちゃんやラウラちゃんには、泣かれちゃうかな」
ふと、現実逃避のようなことを考えてしまう。
アイズは、自分がどれだけ皆に心配されているのかわかっている。今までも、ずっと、何度も、たくさんの迷惑をかけてきた自覚もある。
その度に心を鬼にしたセシリアに怒られ、簪やラウラに泣かれる始末だ。
「…………ボクは、幸せだな」
心配をかけて申し訳ない気持ちはもちろんある。しかし、それ以上にアイズは嬉かった。
自分がみんなに愛されているのだと、そう実感できるから。
そう思うこと自体が傲慢な考えだろうなという自嘲のような気持ちを抱くが、アイズはそれ以上に感謝した。
だからこそ、アイズはこれ以上心配をかけたくなかった。自分のせいで悲しませてしまうことは、アイズにとっても、とても哀しいことだから。
「ボクは、負けない。ごめんねレア、もう少し付き合ってね!」
覚悟を決めたアイズは傷ついた機体のまま敵機へと吶喊する。コアとのリンクも低下しているためにレアの声は聞こえなかったが、アイズに応えるようにレッドティアーズの出力が上がっいく。声は聞こえなくても、アイズは確かにレアが後押しをしてくれていることを感じていた。
「やぁっ!」
迎撃してきた無人機の攻撃を回避しつつ背面へと回って機体を回転させながら両手にもったハイペリオン・ノックスとスカルモルドを振るう。無人機の頭部と腰部を切り裂き、バラバラとなった機体がスパークして爆発、空中分解する。
当然この攻撃動作でスピードを緩めることなどしないアイズはすぐさま周囲から放たれたビームを余裕をもって回避する。
しかし、明らかに友軍機すら巻き込むことを厭わない無人機の行動にアイズは無意識に眉をしかめてしまう。これは、あまりにも戦い方がひどすぎる。
「こんなこと……!」
怒りを覚えるアイズだが、とにかく今はこの状況を打破することだ。
まずは上空の敵機を殲滅する。上を抑えられていてはまずい。だがそれもかなり厳しい。フレンドリーファイアを気にしないということは、密集地帯に平気で撃ち込んでくるということだ。単機のアイズがどれだけ不利なのか、考えるまでもない。
自爆覚悟の特攻をこの数にされたら、如何にアイズでも押し切られる。
アイズは知らず嫌な汗を流していた、が――――――その心配は次の瞬間には霧散した。
「…………ッ、この感じ、シール!?」
残った片目のヴォーダン・オージェが共鳴する。もはやこの瞳を持った者同士にしかわからない、互いを感じ取る現象。
それを証明するように、地上からアイズを狙い撃っていた無人機の一団が激しい光の津波に呑み込まれた。光の波というべき流動エネルギーの塊が巨大な渦となって広範囲を巻き込み、吹き飛ばしたのだ。さきほどアイズが受けた広範囲攻撃と同じものだ。
巻き込まれた機体は半壊となって転がるが、トドメを刺すように現れたその機体が無様に動いていた一機の無人機の頭部を踏み潰した。
「まったくもって…………無様な」
先ほどの集中砲火で焼け焦げた装甲をまるで煤のように変色させたパール・ヴァルキュリアがその姿を現す。純白だった天使がまるで堕天したかのように変わり果てた姿であったが、その操縦者であるシールは汚れながらも変わらぬ完成された芸術のような美貌を保っている。
シールは鬱陶しそうに無人機たちを見渡した後、ゆっくりとアイズへと視線を向けた。
「大体の事情は察しました。……アイズ・ファミリア」
「うん?」
「無粋な介入を詫びましょう。これはこちらの不手際ですね」
「いいよ、気にしなくて。不意打ち、奇襲なんて受けるほうが悪いんだから」
それは本音だった。戦場ではいかなる言い訳も通用しない。それにアイズも奇襲を得意とするタイプなので自身がされることも許容している。警戒できなかったほうが悪いのだ。今回もシールとの戦いに集中し過ぎたからこんな奇襲を受けてしまったのだ。
「それより、なにがあったの? バグでもあったの?」
断続的ながらも継続されている無人機からの攻撃を躱しつつシールに問いかける。シールも同じように片手間で戦いながらアイズとの会話に付き合っている。
「さぁ。どうやらこちらのコントロールから離れたことは確かなようですが……」
「まぁいいや。こんな状況で決着もなにもあったもんじゃない。……シール、共闘して」
「あっさり共闘を申し込みますか。本当に頭がお花畑ですね」
「ボクとあなたは倒すべき敵同士。でも、そのために共に戦える。そうでしょ?」
「……いいでしょう。私もこのような状況は不本意です。申し入れを受けましょう、アイズ・ファミリア」
「よろしく。あとさっきみたいにアイズって呼び捨てでいいのに。心が共鳴したからわかる。あなただってボクのこと、嫌いじゃないんでしょ?」
「あなたのそういうところは、嫌いですけど?」
「そっか。ごめんね?」
舌を出して笑顔を作り、テヘペロ、と鈴から教わった謝罪をするアイズ。ちなみに「相手が不機嫌そうなときに効果大なやり方」と教わっている。完全に間違った知識であるがアイズは気づいていない。
シールもそんなネタなど知るはずもなく、相変わらず変なやつだ、と苦笑する。
そう、シールは、笑っていた。自分でも気づかないうちに。
戦うことでしかわかりあえない二人。それは真実だった。
そして、だからこそ、戦えば戦うほどに、二人はどこか気安い友人同士のような親近感すら覚え始めていた。無意識に笑ったことがなによりの証明であった。
(なんでしょう、不思議と悪くないと思う自分がいる…………これが、プレジデントの言っていたことなのでしょうか)
シールは戸惑いと同時に、どこか納得する。なるほど、たしかにプレジデント・マリアベルの言っていた通りだ。
倒すべき相手を認めること。そうすることで、こんなにも気が楽になる、やすらぎすら感じる。存在を否定しているくせに、その一方で受け入れ、認めている。ひどい矛盾だと思いながら、シールはそれがとても心地よかった。
有象無象を倒そうとするより、大切なものであるほど倒す意味がある。マリアベルが言っていた意味が、ようやくシールにも分かり始めていた。それがひどく歪んだ考えだということもおぼろげながら理解しつつ、シールは浮かび上がる気持ちを肯定する。
「ふふっ……」
「うん?」
「そうですね、ではアイズと呼ばせてもらいましょう」
「そっか、嬉しいな」
「邪魔な玩具を掃除して、…………続きをやりましょう」
シールにとってアイズは倒すべき相手、倒したいと願う相手。それなのに、その一方でアイズ・ファミリアという存在を信じている。なにを信じているのかはわからない。しかし、敵であるはずのその少女に背中を預けてもいいと思うほどに、アイズを認めている。
理屈の上では矛盾、心情としては心地よいその気持ちを少しだけ持て余しながらシールはアイズから投げ渡された細剣『スカルモルド』を握り締めた。
「あなたを倒すのは私です。勝手に落ちないでくださいよ、アイズ」
「安心しなよ。ボクは負けない。シール、あなたにもね!」
そうして二人は背中合わせに戦闘態勢を取った。
つい先程まで殺し合いのような激しい戦いを繰り広げていた二人が一転して背中を預け合うという光景は明らかに不自然なものであったが、この二人はごく自然にそれを受け入れていた。
今、自分の背中を預けているのは宿命の敵。そして共に戦う戦友。相反しながらも、二人の歪な絆は確かに結ばれつつあった。
「背中を預けます」
「期待に応えるよ」
そうして不安定であるはずの、奇妙な信頼の下での共闘が始まった。
シールはアイズの死角を補うように左側へと並ぶ。死角をシールに取られているにもかかわらずにアイズは信頼しきったように一切の警戒をしていない。完全に死角をシールに任せている。
その事実がシールにとっては複雑なものを抱かせるがシールとてこの状況でアイズに危害を加える気はなかった。それが、アイズに心を見透かされているような気がして若干不愉快であったが。
「ボクが前に出る! シールは援護、できるよね?」
「誰に言っているのです?」
アイズは迷うことなく敵集団へと突撃する。友軍機への攻撃を躊躇わない相手との乱戦はアイズのリスクも高くなるが、それでも死中に活を見出すには接近戦しかない。
「やぁッ!」
ハイペリオン・ノックスを槍へと変化させての突きで一機の胴体部を貫く。即座に鎌へと変化させて薙ぎ払い。広範囲の斬撃で乱戦地帯の斬り崩しを狙うも、そんなアイズにいくつもの砲口が向けられる。
だが、そんな暴挙をシールが許さない。
「温すぎる……!」
アイズを狙っていた敵機へとシールが強襲をかける。
シールドチャクラムを射出し、高速回転するチャクラムが正確にビーム砲を狙って破壊する。互いに援護もなにもない、ただ目先のものを破壊しようとするだけだ。
そんな無人機があまりにも不細工な代物に見えてシールは苛立ちを顕にしながら自分たちの兵器であるはずの無人機に躊躇いなく剣を突き立てる。
「プレジデントが造ったものを汚すとは……!」
シールは気づいている。
暴走というには、明らかに挙動がおかしい。フレンドリーファイアこそしているが、基本的に無人機同士を攻撃対象にはしていない。攻撃対象は明らかにアイズとシールの二人だ。
――――なにより、こんなバグなど、あの人が造ったものに限ってありえない。
亡国機業のトップに君臨するマリアベルは組織最高の頭脳の持ち主でもある。シールのパール・ヴァルキュリアも彼女の作品だった。
戦闘要員のシールと違い、マリアベルとその片腕とされるスコールの二人だけで実質亡国機業の運営すべてを担っている。技術開発から資金調達、無人機の量産体制の確立にいたるまで、ほぼ全ての実務をこなしている。
スコールも当然優秀だが、マリアベルに至っては完全なものとして生み出されたシールから見ても天上の存在とすら思ってしまう。そんな、シールが唯一心酔した人物が造ったものが、こんな出来の悪い玩具に成り下がるなど信じられなかった。
ならば、この事態は誰かの思惑が介在しているはずだ。亡国機業を出し抜くとはいったいどこの誰だともおもうが、これが人為的なものだということは半ば確信していた。
シールは苛立ちを強くしながら目の前の敵機にウイングユニットを叩きつけて破壊する。誰かは知らないが、こんな真似をした黒幕をシールは許せそうになかった。
アイズとの決着もそうだが、わざわざマリアベルが整えてくれた舞台をかすめとるような真似も許せなかった。
「アイズ、突破を試みます」
「異存はないけど……ボクとシールでも、正直厳しいよ?」
二人を逃がさないように包囲する無人機たちを見てアイズが表情を曇らせる。決して無理な攻撃はせずに、二人をこの場にとどめるように動く無人機に、アイズも既にこれが意図的なものだということを察していた。
「それより援護を待って粘ったほうがいいんじゃない? セシィが援護を回してくれるはずだし」
「あなたにとっては援軍でも、私にとっては敵軍です」
「じゃあどうする? 強行突破する? あなたももうヴォーダン・オージェ、満足に使えないんでしょ?」
シールの両目は健在だが、その輝きは先程よりも弱々しい。シールとて人間だ。消耗すれば発揮できるパフォーマンスは下がる一方なのだ。実際にフルドライブの影響もあり、シールの戦闘力も大幅に落ちている。無理な行動は禁物だろう。
「…………ん、いや待って。もうすぐ来るみたい。…………ラウラちゃんかな?」
どうしたものかと思案しているとアイズの瞳が疼く。この目を持つ者にしかわからない特有の感覚がアイズを刺激する。
ヴォーダン・オージェの共鳴反応が増えたことで、ラウラが近づいているのだと判断するアイズ。アイズ、シール、ラウラのたった三人だけであるが、この目の共鳴現象を利用した判別は機械に頼らない分、こういった状況下でも信頼できる。
しかし、それはすぐに困惑に変わる。
「………え? でもこれって……」
「反応が…………二つ?」
アイズとシールが警戒を強める。
ヴォーダン・オージェの反応が二つ、別方向から近づいてくる。ひとつはラウラだ。ラウラの反応をシールはともかく、アイズが間違えるはずはない。
しかし、もう一方から近づいてくる反応、こちらはアイズが知らないものだった。そもそも、今まで自分以外のヴォーダン・オージェ持ちはシールとラウラしか出会ったことがないから当然だった。
「シール?」
「…………」
シールに確認を取ろうとするが、シールは難しい表情で未確認反応のする方向を睨んでいる。その様子からシールも知らないだろうと判断する。
警戒を強めていると蝶のような青白いバーニア炎を噴かしながら『オーバー・ザ・クラウド』が飛び込んできた。その際に進路上の邪魔な無人機を単一仕様能力『天衣無縫』によって吹き飛ばしていたが、文字通り眼中にないように目も向けなかった。
「姉様!」
「あ、ラウラちゃんやっほ」
「ね、姉様……っ、ご無事なようで……」
相変わらずのアイズののんびりした返答にラウラはほっと安堵する。
しかし、アイズの横にいるシールを見た瞬間にラウラの顔が豹変する。まるで仇敵を見つけたかのように殺気立って武器を向けようとする。
「ラウラちゃん待って! 今はシールは味方なの!」
「し、しかし……!?」
「味方ではありません。一時的に手を組んだだけです。勘違いしないでくれますか」
「あー、まぁそんな感じ? だから今は、ね?」
「…………姉様がそう言うのなら」
少々不満そうにしながらもラウラが武器をシールではなく無人機へと向ける。しかし、アイズと違ってシールを常に警戒するように視界から外そうとしない。
そんなラウラの行動もシールには少々鬱陶しいだけで咎めようとも思わなかった。むしろアイズのような無警戒を晒すほうが異常なのだ。
「茶番は終わりましたか? …………きますよ」
いつのまにか無人機の動きが停まっていた。それはまるでなにかを迎え入れるかのように佇んでいる。
そして、来た。
おそらくステルス装備をしているのだろう。目視では景色と同化して一切姿が見えない。
しかし、ヴォーダン・オージェを持つ三人にはわずかな違和感からしっかりとその存在を感じ取っていた。無人機に囲まれるようにしてその不可視の機体が上空で停止する。
そしてゆっくりと光学迷彩と思しきものを解除して、その機体が三人の前にその姿を現した。
それはまるで馬鹿にしているかのようなデザインだった。装甲の形も色も、左右非対称でバラバラ。鋭角的なパーツがあれば曲線的なパーツもある。
頭部を覆うのは左右で泣き笑いの表情を模しているピエロのような仮面。いや、この機体そのものが道化師のように法則性のないツギハギのような姿をしていた。
「なに、あれ……?」
「あの機体の意匠……どこの機体だ? あんなものははじめて見たぞ……」
「…………(プレジデントの機体ではない、ではあれは……)」
驚いている三人の前でその操縦者が――――仮面を外す。
道化師を模した仮面の下から現れたのは、ラウラのものと似ている流れるような銀髪、まだ幼いといっていい顔立ちをしたその少女が、三人へと目を向けて――――それを見たアイズたちが絶句する。
予想はしていた。共鳴していたから、彼女もまたヴォーダン・オージェを持っているのかもしれない、と。
そして事実、その通りであった。
彼女の瞳は金色に染まり、アイズたちと同じ瞳をしていた。だが、三人と違うものは…………その眼球が黒く染まっていることだった。
まるで宵闇に浮かぶ満月だ。アイズはふとそんな連想をしてしまう。ラウラも目を見開き驚きを表しており、シールは訝しげにその少女を見つめている。
「………あなたは誰?」
代表するようにアイズが疑問を口にする。しかし、その少女はそれには応えずに、黙ったままだ。互いに観察するように視線を交わしていたが、やがてその少女がふっと腕を振り上げながら口を開いた。
「初期開発被検体ナンバー13」
「………っ!」
かつてのアイズの名とされていた言葉を紡ぐ。アイズにとっては名前ですらない、過去の痛みの記憶を呼び起こす忌まわしい呼び名だった。
「完成型、個体名シール」
「…………」
続けてシールを呼ぶ。間違いではないが、なぜかそう呼ばれたことに苛立ちを感じていた。
「両名を確認。そして量産型準成功体も確認しました」
最後にラウラへと視線を向ける。その目は、機械のようになんの感情も宿していない。ただただ金色の瞳が淡く輝いているだけだった。ラウラもまるで自身の分身のような姿をしている少女に険しい目を向けている。
そしてその少女は振り上げた腕を三人へと差し向ける。それに合わせるように、今まで動きを停めていた周囲の無人機が一斉に動き出した。
「鹵獲を開始します」
呪いのように魔眼はそれを宿された四人を引き合わせる。
そしてその金の瞳が紡がれるとき、それは―――――――運命が動くときであった。
四人目のヴォーダン・オージェを持つ謎の少女………いったい何者なんだ!?な話でした。
主要なキャラがようやく出揃ってきました。この物語はヴォーダン・オージェがキーのひとつですが、これでようやくこれに関する四人が揃いました。今後の展開でどうなっていくのか……!?なところでこの章も最終局面です。
あと2、3話でこの章も終わりです。
今月中にこの章を終えて第二部へと行きたいです。それではまた次回に!