双星の雫   作:千両花火

80 / 163
Act.72 「オーバードライブ」

 アイズとシールの戦いは主戦場から離れ、人気のないIS学園のアリーナのひとつへと移っていた。避難した後の施設であるため電源も入っておらず、シールドも存在していない。ただ無機質な赤い非常灯のみがその存在を主張し、天蓋が開いたその先の空から月明かりが差し込んでいた。

 さながら、二人だけの決闘場であるかのようなアリーナの中央に二人は着地する。

 

「はぁ、はぁ……」

「はっ……ふ、ぅ……」

 

 互いの呼吸も荒い。実力が拮抗している二人だけあって、短時間の戦闘でも疲労が加速度的に増している。さらに二人の機体であるレッドティアーズtype-Ⅲ、パール・ヴァルキュリアも共に無傷とはいかなかった。

 レッドティアーズtype-Ⅲの各部の装甲には大小様々な亀裂が刻まれており、イアペトスは既に折れて破棄され、もうひとつの主武装であるハイペリオンの外部装甲刃は既に破壊され、ハイペリオン・ノックスの姿を晒している。

 パール・ヴァルキュリアも楯無・簪戦のダメージが残っており、さらに楯無を封殺した新装備である思考制御式の拘束ワイヤービットが破壊されていた。アイズ相手では慣れない新装備はあっさり攻略されてしまったが、もともと期待はしていなかったようですぐに切り捨てた。

 小手先の技など、もはや無用の長物だ。アイズとシールの戦いはどんな策があっても、最後には正面からのぶつかり合い。純粋な実力での力押しへと収束する。

 

「それでも、私のほうが早いようですね」

「その程度、覆してみせる!」

 

 真正面からアイズが突撃。ヴォーダン・オージェでの読み合いを挑む。

 シールもそれに応え、小細工など一切せずに迎え撃つ。

 

 可変型複合剣であるハイペリオン・ノックスによる左から右へと大きく振るっての横薙ぎの斬撃。当然の如く、無駄のない最低限のバックステップで回避され、シールがカウンターの刺突を繰り出してくる。それを脚部刃のティテュスで受けながらハイペリオン・ノックスのブレードを射出する。

 ワイヤーで繋がれたブレードがアイズの背面を経由してシールの死角、突きを放った右側面から現れる。

 わざと右手での刺突を誘発させ、機体そのものを支点として射出機構とワイヤーを利用して死角を突くアイズが編み出したトリックスキルだ。初見ではセシリアさえも落としたエゲツナイ技であるが、それすらあっさりとシールはウイングユニットでそれを受け止める。

 それと同時にアイズがハイペリオン・ノックスを手放してシールへ殴りかかった。武器を捨てる、という選択にシールが若干驚くが、それでもなおシールのほうが早い。

 冷静にその拳を受け止める。回避は可能だったが、シールはあえてそれを受けた。互いにシールドエネルギーがわずかに削れ、組み合ったまま至近距離から睨み合う。

 

「…………」

「…………」

 

 言葉ではなく視線で互いの意思を交じらせる。鏡写しのような金色の瞳が相対する。

 全てを見通す魔眼であっても、相手の心の内までは見ることはできない。しかし、二人は目の前にいる宿命の存在の内側へとその視線を潜らせる。表層から深層へ。視覚から心理へ。

 

 海の底へと潜っていくように、深淵、奈落を覗くように。

 

 二人の心は、混ざり合う意識の海の底へと落ちていく。

 

 

 ―――――――。

 

 ―――――。

 

 ――……。

 

 ……。

 

 

「………っ、ここ、は」

 

 沈んだ意識が戻る。いや、未だ意識はまどろむような意識の海を漂っている。レアと対話するときとはまた違う、気を抜けばこのまま底無しの深淵に沈むかのような危機感すら覚える。

 この感覚には覚えがあった。かつてラウラがVTシステムで暴走したときに体験した、ヴォーダン・オージェによる共鳴現象。互いが引き合うように混ざり合い、意識を通わせる精神の世界。

 

 この場に、常識や物理法則は存在しない。ただただ己の心が映るだけの場所だからだ。

 

 そして、それは一人では決して現れない。同じヴォーダン・オージェという超常の力を持つ存在がいてこそ、この精神世界が発現する。ナノマシンの共鳴によって起きるそれは、互いの心を心で写し合うかのようなもの。鏡を合わせれば無限迷宮ができるように、心を合わせることでできる、心が交わる心理迷宮。

 ここでは嘘は存在できない。ありのままの心だけが存在を許される。

 

 そして、そこに彼女もいた。

 

 距離や上下左右の概念すらもはや意味をなさないこの場所に存在している者がもう一人いる。その人物、シールもアイズに気づいたように目線を向ける。

 二人はISを纏っていない。ただその身だけでこの空間に漂っている。実際にISを解除したわけではない、アイズにはしっかりとレアの存在を感じていたし、シールもおそらくは同じだろう。

 そうしているとシールはこの精神世界をゆっくりと見渡し、納得したように頷いた。

 

「なるほど、……これが共鳴現象ですか。机上の空論かと思っていましたが、実際に体験することになるとは思いませんでしたね」

「ボクは二度目だよ」

「相手はあの模造品、ですか。なるほど、模造品といえど、共鳴する程度にはマシなものだったようですね」

「ボクの自慢の妹を、物みたいに言わないで」

 

 アイズはむっと顔をしかめて抗議する。自分の悪口は今更どうこういうつもりはないが、可愛がっている妹の悪口は許容できなかった。

 しかし、シールは特に気にした様子も見せずに馬鹿にするように小さく笑う。

 

「ちょうどいい機会だから聞いておきたいんだけど」

「………まぁ、いいでしょう。どうせここでは隠し事すら意味のないことですし」

「あなたを生み出したのは、亡国機業なの?」

 

 確証はないが、自然に考えればそういうことだろう。でなければ亡国機業に所属、しかもそれなりに上の地位に就いている理由が見つからない。

 実のところ、かつてアイズを改造した組織が亡国機業だろうということも明確な証拠があるわけじゃない。消去法的にここしかありえない、というのが真実だ。もしかしたら違う組織がやったことで、亡国機業は関係ないのかもしれない。

 もちろん、たとえそうであっても敵であることには変わりない。だからこの質問はあまり意味のあることではなかった。アイズとて、ただ確認の意味を込めて聞いただけだった。

 

 しかし、シールの答えは少々予想外なものだった。

 

「………イエスとも言えるし、ノーとも言えます」

「ん?」

「確かにあなたを改造し、私を造った組織は同一ですが、それは正確に言うのなら亡国機業ではありません」

「え!?」

「それは亡国機業の前身、と言うのが正しいでしょう」

「今は違うの?」

「かつてのトップをはじめ、多くの上層部はすでに殺害されています。あなたを改造した研究者も、すでにこの世にいませんよ」

 

 なんの覚悟もしていなかったために告げられた事実にアイズは思った以上にショックを受けた。そして深層意識まではうまく読み取れなくても、シールが言っていることが嘘偽りなど一切ないことが理解できる。シールが、それに対してなにかしらの感情―――おそらく、戸惑いのようなものを抱いていることすらもおぼろげながらに伝わってくる。

 

「あなたの気持ちが伝わってきていますよ」

「っ!」

「いつの間にか、復讐する相手が死んでいた。あなたはそれを残念に思っていますね」

「…………」

 

 アイズは反論できない。心を交わせる共鳴現象では嘘など意味がない。確かにアイズはそういった感情を持っていた。

 かつて自分を地獄に落とした憎い存在が、もうこの世にいない。それはアイズの怒りの感情の矛先を簡単に惑わせた。

 

「人畜無害そうな顔しているくせに、ずいぶん暗い感情を持っているんですね。少し安心しましたよ」

「…………そう、だね。否定はできないよ。今ではマシになったけど、昔は毎日毎日、自分の不幸を呪って、いつか復讐してやるって思ってたよ」

「別に軽蔑はしませんよ」

「顔はバカにしてるけど?」

「本心は伝わるのだから表面上は世辞を言ってやっているんですよ」

「意外とお茶目だね」

「あなたの頭の緩さには負けますよ」

「毒舌。口も優秀なんだね」

「おかげさまで」

 

 二人の舌戦は皮肉の応酬だったが、それはどこか仲のいい友達同士の会話にも聞こえる。しかし、第三者の介入が不可能なこの領域での対話はただただ二人が互いの意思を確かめ合うだけのものだった。

 その後もしばらくは不毛な言い合いを続けていた二人だったが、まるで示し合わせたように口を閉じた。

 睨むでもなく、じっと、まっすぐに視線を合わせる。

 本来ならば有り得ない同じ金色の瞳が、互いのその瞳に映り合う。アイズの、シールのその瞳の奥に自分自身がいる。

 その自分の、声が聞こえる。

 

「……座興のつもりでしたが、ここでの会話に付き合ってよかったですよ」

「……ん、ボクもだよ」

「心を交わせるというのは不快感もありますが……」

「でも、相手の心を鏡に、自分の本音が聞こえる」

「私は」

「ボクは」

 

 

 

 

 

 ―――――――あなたを、倒したい。あなたを、超えたい。

 

 

 

 

 

「あなたの怒りも悲しみも、そして希望も伝わってきました」

「あなたの抱く虚ろな迷いがわかる……」

 

 アイズの過去の苦しみも、未来に抱く希望も、アイズの感情に乗ってシールへと伝わっている。シールにはない、人間らしいというべきドス暗い感情から、愛と夢に満ちた希望まで、余すことなくこの瞳によって共鳴する。

 

 そしてアイズにもそれは伝わっていた。

 

 シールの持つ、孤高の存在という孤独感、全てを超越して造られた自身の存在理由を追い求める、哀しい迷い。感情の選択も発露も未熟な、まるで子供が無理に大人を演じているかのようなアンバランスな精神。

 

 互いが、今まで知らなかった、想像もできなかった心の内側。

 

 それを顕にしながら、二人は改めて決意する。

 

「感謝しますよ、アイズ。あらゆる感情を抱いてきたあなたを倒せば、私もきっとなにかを得られます」

「あなたには、負けたくない。虚しさを埋めるために、ボクの夢を否定なんかさせない」

 

 それは、純粋でエゴイズムに満ちた理由。大義もなく、慈悲もなく、己のための、自分だけの戦う理由の再確認だった。

 自分勝手、それがどうした。戦う理由は、自分だけのものだ。

 

 なにより、この目の前にいる存在は、ありえたかもしれないもう一人の自分だ。アイズがもし不具合もなく完全適合していれば、シールのようになっていたかもしれない。シールがもし失敗だという烙印を押されたのなら、アイズのようになっていたかもしれない。

 その可能性があったことに、二人は今更ながらに気づいてしまった。

 

 だからこそ、自分勝手ともいえる理由で、目の前の存在を拒絶する。

 

 今の自分こそが、紛れもない自分の姿なのだと証明するために。

 

 二人は戦うことでしか、交わる道が存在しないのだ。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「………ッ、はっ」

「は、………ふぅ」

 

 もはや語ることなどない。戦うしかない。二人はそう結論付たとき、共鳴していた意識融解が解除される。相手を理解することを止め、相手を倒すことに精神が傾いた結果だ。一種のトランス状態から開放され、停止していた呼吸が再動して肺の中に空気を取り込もうと大きく深呼吸する。

 体感時間では十分程度の心の邂逅であったが、実時間では数十秒程度だ。共鳴することで強制的にヴォーダン・オージェによる思考の高速化が進み、脳のクロックアップ状態となっていたために二人には同じ疲労の色が見えている。

 しかし、今は戦闘中、しかも敵は密着するほどの至近距離だ。アイズとシールが拳を繰り出し、しかし互いが首をひねっただけで回避する。だが同時に放っていた前蹴りが互いの身体を突き飛ばした。

 着地までの間にアイズは腕部突撃機構『ティターン』を起動、ワイヤーで繋がれた腕部装甲を飛ばし、地面に落ちていたハイペリオン・ノックスを掴んで回収する。

 仕切り直しの形となり、アイズもシールもこれまでと違った構えを見せた。

 

「………そろそろ、決着をつけましょうか」

「そう、だね……ボクたちの戦いは、長引かせても千日手だし」

「ここでなら、邪魔な目はないようです。お互い、少しは本気でできるでしょう」

 

 シールがパール・ヴァルキュリアの象徴であるウイングユニットを大きく広げる。そしてウイングユニットが展開、より鋭角的に、攻撃的な形状へと変化する。シールが一度瞳を閉じ、再びゆっくりと瞼を開ける。その奥から現れたのは、満月のように輝く人造の魔性。シールをして、わずかな時間しか使用できないヴォーダン・オージェの完全開放。そして同時に脳が活性化、思考の高速化が際限なく加速し、そしてそれに伴って適合するように造られたシールの身体も同じく活性状態へとシフトする。

 如何に高速思考ができても、追随できる身体がなければ意味がない。人の領域を超える、反射よりもなお速い反応速度に対応できる身体能力。シールが人造であるがゆえに得た、シール以外獲得し得ないオーバードライブ状態へ。

 それはもはや人が持てる能力ではない。人の形をしたヴォーダン・オージェの化身。その証明であった。

 

 そしてそれを見たアイズも覚悟を決める。如何にアイズが死に物狂いで、死を覚悟してこの瞳を使っても、あくまで人の範疇の身体でしかないアイズはあのシールには絶対に敵わない。それが実験体と完成体の絶対的な差であった。

 しかし、アイズにはシールとは違う、超常の力が宿っている。

 世界最高の科学者、篠ノ之束が作り上げた『インフィニット・ストラトス』の進化の到達点、そのひとつへと至ったアイズの切り札。ISコアと対話し、人機一体の境地へと至る人とIS、ふたつ揃ってはじめて顕現する可能性の体現へ――。

 

「ボクに力をかして…………レア!」

 

 レッドティアーズtype-Ⅲのコアが胎動する。アイズの心を糧に自我を獲得したコア人格、『レア』が覚醒する。

 同時に機体もオーバードライブ状態へ。全身の装甲が展開、エネルギーラインが顕になり、ISコアから供給されるエネルギーが増大し、血脈のように激しく全身を巡る。

 アイズの身体は、正しくこのISと一体化する。機械のパワードスーツそのものがアイズの感覚と一体化する。そこにはフィルターなど一切存在しない、アーマーである腕部の機械の手が握る武器の感触が、その温度までしっかりと伝わってくる。コアの胎動が、アイズの心臓の鼓動と重なっていく。

 まさに指先から心臓に至るまで、アイズの身体はレッドティアーズと同化していく。

 そして意識もまた、人機一体、そして二心同体へと昇華する。人と機械、ふたつの心が一つの身体へと同居する。まるで自意識が分離したかのように、なんの違和感もなく二つの思考が同時に存在する。

 人によっては拒否感や嫌悪感すら与えてもおかしくない多重精神に至ったアイズは、ISコアとダイレクトに繋がっていると言っても過言ではなかった。

 それに伴い、アイズの目に宿るナノマシンが完全な制御状態へ。ISコアからのエネルギーが瞳のナノマシンにまで及び、そのエネルギーと同色の深紅色へと変化する。

 

 アイズとレッドティアーズの最大の切り札―――第三形態移行、そして第二単一仕様能力【L.A.P.L.A.C.E】の発現であった。

 アイズの意識に重なって、レアの意識が表層へと出てくる。

 

 

――――おはよう、アイズ。

 

 

(レア、いける?)

 

 

――――現状での最高の状態。今回は私も全力だから、『type-Ⅲ』も五分は継続できるよ。

 

 

(それでも厳しい相手だけどね)

 

 

――――大丈夫、私がいる。

 

 

(わかってる。…………じゃ、行こっか)

 

 

――――機体制御は任せて。ここで決着をつけよう。

 

 

 シンクロしているレアが機体制御を行うことでアイズは目の前のシールに全神経を集中できる。さらにレアによる高速統合演算による未来予知能力『L.A.P.L.A.C.E.』によるバックアップを受け、アイズは最高の状態で戦うことができる。個でありながら二つの意識を持つことでパイロットとオペレーターの役割を分割して行使できるのだ。

 

 互いが最大の切り札を使うことは、ここで勝敗が決することを意味していた。

 

 

「二度目は通用しません」

「ボクの台詞だよ」

 

 

 そしてアイズとシールが互いに消える。そして次の瞬間には直上、アリーナ中央、観客席の三箇所でほぼ同時に剣戟による火花が散った。

 もしもこの場に観客がいれば瞬間移動かもしくは分身でもしたかのように見えただろう。そしてその火花が霧散すると同時に二人の姿が再び現れる。

 

 常時瞬時加速による超高速機動戦闘。瞬間的な速度なら第五世代型であるラウラの『オーバー・ザ・クラウド』に匹敵する。

 

 オーバードライブ状態になった二機は、基礎スペックでそのレベルにまで昇華されている。ヴォーダン・オージェの反応速度と高速思考を最大限に活かすためにも、これほどの機体性能が必須なのだ。一息つく間もなく何度も駆け引きが行われ、その度に空間に衝突の軌跡を残していく。

 

 アイズがまるで重力を無視するかのようにアリーナの内壁に激突するように着地。そのまま壁走りをするように垂直な壁面を蹴ってシールから放たれたレギオン・ビットの強襲を回避する。同時に背部ユニットからレッドティアーズをパージ。最大の切断力を誇るパンドラを展開しつつ、アリーナにパンドラによるトラップを形成していく。

 もちろん、今のシールにそれが通用するとは思っていない。パンドラの死線も完全に見切られているはずだ。あくまで狙いはシールの行動規制だ。

 空間を飛び回り、パンドラを広範囲に張り巡らせようとするビットを視認したシールは即座にパワーダイブ、アリーナの大地へと着地する。そのシールの周囲にパンドラを仕掛けようとビットを操作するが、シールは翼を大きく広げるとそこから放出されるエネルギーを急激に増大させた。そのまま翼を羽ばたかせると、そこから放出された大出力のエネルギーが巨大な津波となって現れた。

 回避に優れているなら回避コースをなくせばいいとでもいうような面制圧を目的とした広範囲攻撃。しかし、観測していた事前の予備動作とパール・ヴァルキュリアの機体制御と出力調整からレアはその攻撃を予測、即座にそれがアイズへと伝わり、アイズがすぐさま対処行動を起こす。

 アリーナ全体を覆うほどのエネルギーの波を回避するには上空へ逃げても無理だ。一瞬の時間すら必要とせずにその結論を導き、アイズもアリーナへと降り立つとハイペリオン・ノックスをその勢いのまま突き立てる。そのまままるで畳返しでもするかのように器用に地面を抉りとるとそれを盾代わりに押し出し、さらにアイズ自身は抉った地面へと入り込むように身体を沈める。この時点でレッドティアーズとパンドラの喪失は不可避であったためにすでに次の手による攻撃を狙う。

 広範囲ゆえに威力はさほど高くなかったそれを最低限のダメージでくぐり抜けると、勢いよく立ち上がりながら手に持ったハイペリオン・ノックスを振り上げる。

 

 同時に衝突音。攻撃すると同時に突撃してきたシールの攻撃を即座に封殺、シールが次の行動を見せるまでにアイズがシールの動きを読み切って背後を取る。

 しかし、シールはそのアイズに反応してアイズが攻撃をする直前に対処行動を間に合わせる。シールの目がギョロリと動き、すぐさま視界から消えたアイズを再び捉える。それに構わずにアイズは手に持った剣を振り下ろす。

 しかし、それはやはり衝突音を響かせて、火花を散らしながら剣で受け止められる。

 

「ここまできても、……」

「互角みたいだね……!」

 

 ほぼ完璧な未来予測で数瞬先の未来を読み、常にシールから先手を取り続けるアイズ。

 

 アイズを超える反応で行動を視認してから対処してカウンターを狙うシール。

 

 先の先に特化したアイズと、後の先に特化したシール。どこまでいっても総じれば互角。しかし同じ瞳を持つ二人は、奇しくも真逆の方向性へと進化していた。機体性能による速さは互角、読みの速さならアイズ、反応の速さならシール。

 ほんの少しの気の緩みで敗北となるほどの極限の集中状態を維持して戦う二人は、もはや互いの姿しか見えていない。見ようともしていない。そんな余裕もないほどに、目の前の存在と拮抗していた。

 このまま、永遠のような一瞬を戦い続けるかのようにぶつかり合う。この戦いに、第三者の介入など不可能であった。

 

 

 

 ――――そのはずだった。

 

 

 

 

 だからこそ、本来なら即座に気付く“ソレ”に、アイズもシールも気付けなかった。ただ一人、周囲の情報を解析し続けていたレアだけが、いち早くそれに気付き、悲鳴のような声を上げた。

 

 

 

 

 

――――ッ!? アイズ、逃げて!

 

(えっ?)

 

 

 

 

 アイズと同時に気づいたらしいシールも表情を変えるが、すでに遅かった。アイズとシールが同時に視線を向ければ、直上に数多くの光が見えた。その正体に気付いた二人があまりの事態に愕然として動きをわずかであるが止めてしまう。それが致命的だった。

 回避しようとする間もなく、無情な光が二人へと向かって降り注いだ。超反応が、予想外の事態によって精神的にブレーキがかかってしまった。それは完全に致命的なミスであった。アイズもシールも、互いがこの一対一の戦いに夢中になりすぎた結果だった。

 

 そんな失態を嘲笑うかのように、アイズとシールは戦っていたアリーナごと巨大な閃光と炎にのみ込まれた。 




この話で通算八十話となります。百話の大台も見えてきました。

はじめてアイズvsシールの全力戦闘となりましたが、今回のこの二人の戦いは横槍が入って終了となります。次回から急展開を迎えます。あと数話のこの章までが第一部って感じです。
次章からはセシリアの活躍が増えていきます。実はこれまではこの物語のセシリアの過去や背景はほとんど明かしていません。そのあたりを解明していきながらラストへと向かっていきます。

いや、マジで完結までもう一年くらいかかっちゃうかもしれませんね(汗)でも応援していだたいている皆様の声に勇気をもらいながら完結までがんばっていきたいと思います。

それではまた次回に!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。