双星の雫   作:千両花火

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Act.71 「鋒の先にあるもの」

 アイズ・ファミリア。プロトタイプのヴォーダン・オージェを宿す少女であり、それゆえに完全なヴォーダン・オージェの適合体として造られたシールにとってもプロトタイプと呼べる存在だ。

 シールが造られたのはおよそ十年前。ヴォーダン・オージェを先天的に与えてなじませるためにある程度まで人工子宮で培養育成された、実年齢でいえばまだ幼子程度でしかない遺伝子改造型のクローンだ。

 しかし、クローンとはいえ、かなり改造されているためにオリジナルといえる存在もいない。シールがアイズにこだわる理由のひとつは、アイズしか自身の出生に関係する者がいないということもあるだろう。

 そんな自身のルーツとしてはっきりしているただ一人の存在が、戦う運命の相手なのだ。

 技量は互角。たとえこの目を使わなかったとしても、身体に染み付いた練度はおそろしく高い。これまでアイズがどれほどの努力をしてきたのか察するに余りある。

 シールとてはじめから強かったわけではない。ここに至るまで相応のものを積み重ねてきた。

 生まれる前から記憶に戦闘に関わる知識が刷り込まれていたが、当然それだけでは役に立たない。それを実戦レベルにまで馴染ませたのはシール自身の努力のためだ。だからこそ、アイズの認めることができる。

 そんなアイズと違い、シールは生まれたときから戦うことを受け入れていた。だからこそ、自分に与えられた力を最大限に活かすための努力を惜しまなかった。それが自分の生まれた価値、生きる意味、当時はそう信じて疑わなかった。

 生まれて……いや、正確に言葉にするなら“完成して”数年後、シールははじめて疑問に思った。

 

 

 

 ――――いったい、なにと戦うのだろう?

 

 

 

 シールは自身のことをよく知っていた。自分を作った科学者たちが自慢するように語っていたのだ。嫌でも自身の出生を知ることとなった。

 人造の魔眼“ヴォーダン・オージェ”。その恩恵を最大限に発揮するために最高の適正を付与されて造られた“人の形を与えられた魔眼そのもの”―――それがシールという存在。それなりにショックではあったが、自分がマトモではないことくらいとっくにわかっていた。だからそれも受け入れた。

 だが、それならば。

 

 

 

 ――――そんな、神をも恐れぬ行為の果てに造られた私は、なにと戦えばいいんだろう?

 

 

 

 戦うために造られた。それは確かなこと。しかし、誰もシールになにを戦えばいいのかなど教えてはくれなかった。いや、そもそも、そんなものが在るのかさえわからなかった。

 ただこの目を使い、そのたびに自分自身が魔眼となっていくような日々を過ごし、ときどき戦いとすら呼べない駆除作業をこなし、言われるがままに刃を振るった。それはただの作業でしかなかった。

 

 そして、そんなときにアイズ・ファミリアという存在を知ったのだ。

 

 自身を生み出すための捨石として破棄されたはずの実験体。このシールという存在を作り出すために積み重ねられた数多もの命の中で唯一生き残った少女。

 ナチュラルボーンでありながら、シールに迫るほどの同等の魔眼を宿した、人の身でありながらその範疇を超える修正を成された哀れで悲しい存在。役目を終え、価値も意味も無くしたはずの存在。

 そんな少女が、シールの前に現れたのだ。

 

 そのとき、シールはどう思ったのか、自分自身でもよく理解できなかった。

 

 嬉しかった? 悲しかった? 不快だった? それとも、感謝した? それとも、なにも感じなかっただろうか。

 

 シールにもそれはわからない。ただ、無視できないなにかが、これまで感じることもなかった心のざわめきが、アイズに執着させていった。

 アイズと会うたびに、戦うたびに、その執着心は強くなり、今ではアイズとの戦いを心から待ちわびるほどだった。

 

 その意味を、まだシールは知らない。理解しきれない。だが、それでもいい。

 

 はじめて出会えた“敵”として認められる存在。その関係も、強さも、己の前に立ちふさがる宿敵として申し分ない。どこか奇妙な嬉しさを覚えながらも、シールはその存在を否定した。

 アイズがシールより上を行くこと、それはシールという存在の否定にほかならない。だからシールはアイズという存在を嬉しく思いながら、しかし決してそれを認めない。

 

 アンチノミーの感情に揺られ、シールはアイズと戦う。

 

 造られたシールにとって、それがはじめての我侭であった。

 

 

「愉しいですね、アイズ」

「ボクは、どっちかっていったら寂しいよ……!」

「あなたは、私を知りたいと言いましたね。ならば、存分に感じてくださいよ」

「シール……!」

「以前の言葉を訂正しましょう。私とあなたは、存分に語り合うべきです」

「なら、どうして戦うの!」

「当然でしょう。陳腐な台詞ですが、………私とあなたは、戦うことでしか語り合えない!」

「この、わからずやぁっ!」

 

 アイズの太刀は激昂しているようでもその実、七通りのフェイントを交えて振るわれてくる。その一つ一つがシールの瞳によって解析され、本命の軌跡を割り出して対処する。並の操縦者なら何が起きたかわからないままに斬られているであろうその一撃も、シールの前では無力に成り果てる。

 しかし、それでもアイズのその一撃にわずかだがシールが圧された。機体パワーはほぼ互角、ならばその差は操縦者によるもの―――宿ったアイズの気持ちの強さだ。負けられないというアイズの強い思いが、剣を通してシールに伝わってくる。これはヴォーダン・オージェの能力ではない。

 相対し、ぶつかり合うことではじめてわかる、それは、理解し合うこと。命を天秤に乗せて行われるそれは、確かに互いを理解し合う行為であった。

 

 語り合うことで互いの存在が理解できるというのなら、存在をかけて戦うシールとアイズの戦いもまた―――。

 

「そう」

 

 理解できる。この刃の先に、ぶつかり合う先にあるものこそが、シールが望むもの。

 

「だからこそ、あなたを倒す。私の、存在の全てを賭して、あなたを否定する」

「認めることだって、できる。ボクは、認めたい、認められたいのに!」

「ならば…………この私に勝ってみせてください。私と並ぶと、証明してみせてください」

「シールゥゥゥ――ッ!!」

 

 それがシールにとってアイズに歩み寄ろうという意味を持っていたことなど、このときのアイズは、言った本人でさえわかってはいなかっただろう。

 実験体として使い捨てにされた存在と、その存在から造られた完成された存在。影と光、そんな二人が戦う宿命にあったことは、もはや必然で、そして戦いという手段であっても理解し合おうとすることは奇跡だった。

 剣を交えるごとに、二人はより深く心を通わせる。今はまだ表層的なものしか伝わらなくても、それは次第に二人を結ぶ絆となるかもしれない。

 

 シールはそれを確かめたい。

 

 

 

 

 ――――あなたと戦うために、私は造られたのか………教えてください、アイズ。私の戦う理由に、なってくれますか?

 

 

 

 シールの口がわずかに笑みを作った。アイズはそれを認識したが、その理由まではヴォーダン・オージェでもわからなかった。しかし、アイズの直感がどことなくその笑みの意味を悟った。

 

「楽しそうだね」

「そう見えますか?」

「あなたの本心が垣間見える。そんな気がするくらいにはね」

 

 心の中へ踏み込むような発言に、しかしシールは不快には感じなかった。理解を求めようとしたわけではないが、自身の気持ちを汲んでくれたようで少しだけ嬉しかった。シールは、戦う中でわずかに頬を緩めた。

 

「なら、そうかもしれませんね」

「いいよ、戦おう。その先に、あなたがいるなら!」

 

 複雑に絡み合う二人の運命は、さらに加速し続ける。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「あれは、援護も無意味ね……」

 

 アイズとシールの戦いを見ていた楯無が苦笑してそう呟く。

 あの二人は遠目で見ているにもかかわらずに目にも止まらない速さで攻防を繰り広げている。いや、あまりにもセオリー外の行動の応酬に、楯無の目が追いつかないのだ。通常ならば不可能な行動をも可能にするヴォーダン・オージェ同士のぶつかり合い。それは常人の常識を遥か彼方に置き去りにして、完全に未知の領域へと入っていた。あんな戦いを見せられては、楯無の学園最強の看板も霞むような思いだった。

 

「あれでも、全力じゃない」

「そうなの?」

「本気だろうけど、全力じゃない。アイズも、そしてシールも、切り札は出していないと思う」

 

 簪は悔しいという思いを隠さずに、表情を歪めながらそう言った。本当ならアイズの援護に行きたい。共に戦いたい。しかし、楯無の言うように、未来予知をするかのような互いに先の先、後の先を取り合うような高速戦闘に割り込むことなど、簪には不可能だ。いや、そもそも同じ目をもつラウラでさえ、おそらくはあの二人の全力には割り込めないだろう。

 かつてセシリアが言ったように、下手に援護射撃をしようものならかえってアイズの邪魔になりかねない。それが簪には悔しくてたまらない。天照という力を手にしても、簪自身ずっと努力を重ねても、未だに守りたいと思うアイズには届かない。

 

「詳しくは言えないけど、以前あの二人は切り札を使ってぶつかったことがあるみたい。そのときはアイズがシールを撤退させたらしいけど、それでもギリギリの戦いだったって」

 

 無人機プラントでアイズがシールと戦ったときのことだ。

 簪は詳しくは機密に触れるために聞けなかったが、どうもそのときにアイズは切り札を使ったらしい。それは既存のISという存在を過去のものにしかねないほどの、ひとつのISの進化の到達点だと束がこぼしていたことを覚えていた。

 それほどのものを今のアイズが使っている様子は見られない。おそらくはこんな衆人環視の中では使うことを躊躇うものか、もしくは使うことを禁じられているかのどちらかだろう。そしてそんなものに張り合ったというシールもまた、全力を見せてはいないだろう。悔しいが、楯無と簪の二人がかりで挑んでもシールにとっては準備運動でしかなかったようだ。 

 

「今はアイズちゃんに任せるしかないわ。幸い、援軍がきてくれたおかげで戦況も持ち治せるわ。私たちも行くわよ」

「わかった」

 

 楯無にとってもセプテントリオンは未知の勢力であったが、IS学園側を援護してくれているし、なによりセシリアやアイズたちと来たことからカレイドマテリアル社に関係する部隊だろうと判断した。どのみち、助力がなければ押し切られていたために素直に協力に感謝した。

 とはいえ、これほどの力をもつ部隊がただの企業が持っていたとあってはそれはそれで大事だが、そうした面倒事はどのみちこの戦いを乗り切ってからだ。

 

 二人はなおも戦いが続く激戦区へと向かっていく。武装のほとんどはシールに潰されたが、それでもまだ十分に戦える。アイズたちが戦っているのに、休んでなどいられない。

 簪はふと振り返ってアイズを見る。愛くるしい顔立ちのアイズが、決意の宿った顔付きでシールに立ち向かっている。そんなアイズの姿に、胸が締め付けられるような思いを覚えながら、簪もまた覚悟をして未だに続く戦場へと向かっていった。

 

 戦いは、まだ終わっていないのだから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「でぇぇいっ!!」

 

 大型アームに握られたブレードから伸びる零落白夜によるエネルギーブレードが邪魔な敵機の防御すら粉砕して切り裂いていく。白式専用支援ユニット“白兎馬”による白式の強化は圧倒的な戦闘力をもたらし、敵有人機であり指揮官機でもあるマドカのサイレント・ゼフィルスⅡにまであと一歩のところまで迫る。

 鬱陶しいほどの数の無人機が一夏の進撃を阻もうと迫るが、後方のシャルロットの援護により無人機が悉く撃ち落とされていく。単機で圧倒的な弾幕を形成できるシャルロットのラファール・リヴァイブtype.R.C.による援護射撃によって一夏はまっすぐにマドカへと迫ることができていた。

 とはいえ、白兎馬も実戦は初めてで長時間の戦闘は不可能な状態だ。一撃でマドカを落とさなければ泥沼になることも考えられた。幸いにして、この白兎馬は白式の能力を最大限に活かすために支援機だ。一撃の威力は零落白夜の能力との相乗効果もあり、既存のISでも最高峰だ。一撃で倒せるというのは、白式を駆る一夏の最大の長所でもある。

 

「決める! シャル、頼む!」

「任せて!」

 

 白兎馬が近接格闘モードから再び高機動モードへと流れるように変形、鎧から再び馬へ。凶悪といえる零落白夜の鎧を解除する代わりに圧倒的なスピードでマドカへと迫ろうとする。

 

「援護はするけど速っ!?」

 

 白兎馬の速さにびっくりしながらシャルロットも慌てて一夏を追随する。後方からの砲撃支援とはいえ、距離が離れすぎれば援護するのも難しくなる。

 まったく世話をかけるんだから、と苦笑しながらラファール・リヴァイブtype.R.C.の出力を上昇させる。両手に持った武装をビームマシンガンからスナイパーライフル『スターライトver.LITE』を展開する。セシリアの持つ『スターライトMkⅣ』のダウングレードした量産型ライフルであるが、それでもその性能は世界水準で見ても最高クラスのライフルだ。

 

「本職には劣るけど、僕だってこれくらいは!」

 

 セシリア監修のもとで一から鍛え直した狙撃体勢を取るシャルロット。ISでの狙撃は生身の狙撃と違い、常に動きながらの射撃が要求されることが多い。姿を隠してゆっくりと狙う時間はIS戦においては有り難いことだからだ。

 だから狙うと同時に射つ。これができてはじめて一流のスナイパーになるのだとセシリアから教えられた。

 

 脇をしっかりと締めて体勢を固定しながらライフルを構える。ISのバックアップによるサイティングの補正を受けながらシャルロットは慎重に引鉄へと指をかける。

 

「………そこっ!」

 

 ピンポイントで一夏に接近しようとしていた機体を貫く。流石にセシリアのようにヘッドショットは難しかったが、それでも胴体部を正確に射抜いて動きを止める。さらに続けて二射。いずれも一夏の進路上の邪魔な機体の排除に成功する。

 

「いい援護だぜシャル!」

「伊達に暴君の娘にはなってないよ!」

 

 狙撃を継続しながら、同時に展開している重火器による支援も継続している。

 シャルロットは夏休み前と比べても自分の実力が比較にならないくらい上がっていることを実感して精神を高揚させる。

 思えばこの夏休みは地獄の訓練の日々だった。自らが選んだ道なので泣き言は言っても後悔はしなかったが、思い返しても苦難の記憶しかない。これまでの自分の自信を木っ端微塵に砕かれることから始まり、さらに常識も破壊され(主に束のせい)、シャルロットはもはや意地で己を鍛え続けた。

 時折イリーナ直々の帝王学ならぬ暴君学を習い、だんだんと腹黒な思考をしてしまう自分に気づいて少々凹んだりもした。

 しかし、そのすべてに感謝している。

 意地を通す、意思を貫くために必要となるものを得たのだから。

 

「これで!」

 

 危険度の高い機体は確実に狙撃で、それ以外には弾幕で牽制して一夏へ一機たりとも近づかせない。束によって魔改造されたラファール・リヴァイブtype.R.C.もはじめは振り回されてしまっていたが、今では難易度の高い火器の複数同時展開も使いこなせるようになった。セシリアのブルーティアーズtype-Ⅲと違い、数撃ちゃ当たるタイプの対多数戦を得意とする機体だ。

 膨大な量の重火器を持ち、それらを駆使して一夏の道を作る。シャルロットはその役目を十二分に果たしていた。

 

「捉えた!」

 

 そしてついに一夏が射程圏内へマドカを捉える。白兎馬からの射撃兵装で攻撃しているが、それらをなんなく回避するマドカは確かに強敵だろう。だからこそ、一夏はギリギリのところで最大の切り札を切った。

 

「シャル! あいつの行動規制を頼む!」

「注文が多いなぁ! でも任されたよ!」

「白兎馬!」

『了解。ファイナリティモードへ移行しマス』

 

 白兎馬の状態を考えても残りの戦闘継続時間はあとわずかしかない。ならばこの機に残りエネルギーを全てつぎ込み勝負を決める。

 博打型らしい戦い方だが、そうした思い切りのよさが一夏の長所でもある。

 当然使用するのは初めてであるが、一夏は白兎馬の最終形態への移行を実行する。

 

 高機動形態では折りたたまれるように機体下部に格納されている零落白夜発生デバイスでもある強化アームが前面へと稼働、後部のスラスターが左右へと広がる。まるでエイのような奇妙な形に見える。

 その上に白式が乗る。それはさながらサーフボードに乗っているかのようだった。

 

「フライングアーマー?」

 

 援護をしながらシャルロットが声を上げる。ISそのものが高い空中戦能力を持つために活躍の場は多くないが、長距離運搬用のサポート機としてのフライングアーマーは存在する。しかし、それは実際の戦闘で使われるようなものではない。

 ならばあれはなんなのか、と考えたシャルロットだが、その答えはすぐにわかった。

 

『ファイナリティモード、フルドライブ』

 

 前面のデバイス部から零落白夜が発動。零落白夜のエネルギーが奔流のように溢れ、巨大な刀身を形成する。

 その巨大な白銀色に輝く剣そのものとなった白兎馬がマドカへ向けて一直線に突撃する。

 

「いけぇええっ!!」

 

 ファイナリティモード。白兎馬最終形態であるその身すべてを巨大な零落白夜の剣と化す最大の破壊力の切り札。瞬間的な破壊力はプロミネンスを軽々と上回るほどの威力であり、さらにそれを生み出すのが零落白夜という束が作ったものの中でも最高峰の攻撃力を誇る最終形態。

 

「ぐっ……!?」

 

 間近で見てその脅威を悟ったのだろう。マドカが焦りを見せながら離脱しようとするが、それを許すシャルロットではない。

 

「逃がさないよ!」

「おのれ……!」

 

 執拗な援護射撃でマドカのサイレント・ゼフィルスⅡの行動を阻害する。出し惜しみをする気のないシャルロットはマドカの周辺にミサイルを放ち回避コースを完全に潰す。

 

「もらったぁ!」

「ぐっ、舐めるなぁっ!」

 

 圧倒的なプレッシャーを生み出す巨大な零落白夜の塊と化した一夏の突撃がマドカに迫る。離脱は間に合わないとしてマドカは機体出力に賭けてギリギリでの回避を選択する。防御する意味を為さない攻撃なのでそれしか選択肢がなかった。

 確かに恐ろしい攻撃だが、所詮一夏はまだ初心者だ。操縦技術で勝るマドカは焦りを隠すように集中する。

 

 目の前にはまさに自身を喰らおうとするかのような凶暴なエネルギーの剣が迫っている。直撃を受ければまず間違いなく撃墜される。零落白夜である以上、この直撃に耐えられるISは存在しないだろう。だがこれさえ回避すれば脅威はない。前面部のみに威力を集中させた突撃技は側面や後方に大きな隙ができる。回避に成功すればそれはすなわちマドカにとっても絶対的な勝機となる。

 

「貴様などに負けるものか!」

 

 かくして―――――それは成された。

 

 激流のようなエネルギーに逆らうことなく、機体をそらせて大きくシールドエネルギーを犠牲にしながらもマドカはその突撃を受け流した。かすめただけでシールドエネルギーの八割を削った威力に肝を冷やしながらも、躱された白兎馬が零落白夜を維持できずに強制的にファイナリティモードが解除される姿を見てマドカが勝利を確信する。

 手に持つスターブレイカーをすぐさま振り向きざまに構えて一夏にトドメを刺そうと銃口を向け―――。

 

 

 

 

 

 

 その勝利の確信が、断ち切られた。

 

 

 

 

 

 

 

「なっ………!?」

 

 いない。

 

 白兎馬の背に乗っていたはずの一夏の姿がない。あの直前、たしかにいたはずなのに、いったいどこへ消えたのか。

 答えはわかりきっている。

 この事態に、マドカはようやく自分が罠にかかったことを理解した。

 

 ハッとなって上を見れば、今まさに刀をふり下ろそうとしている一夏の姿が目に入った。その手に持つものもまた、零落白夜の刀身を形成していた。

 白兎馬の巨大な零落白夜のエネルギーブレードと、シャルロットの援護射撃がその陰に隠れていた一夏の存在を完全に隠蔽していた。

 目の見張るマドカを見据えながら、一夏が雄叫びを上げながら雪片弐型を握り締めた。

 

「これで、終わりだ!」

 

 瞬間、渾身の力で振り下ろされた一閃がマドカに直撃した。残りわずかだったシールドエネルギーが一瞬でゼロとなり、マドカの意識すら刈り取って海へと落ちていった。

 海へと墜落する直前に無人機に回収されたようだが、あの様子では再出撃は不可能だろう。

 

 結果として、一夏は敵幹部クラスを退けるという戦果を上げることとなる。

 

「お見事」

 

 シャルロットの賞賛の声を聞き、一夏が残心を維持したままシャルロットへ応えた。

 

「助かったぜ、シャル。まさかこんなに早く来てくれるとは思わなかったぞ」

「ま、そこはあの人にかかれば、ね」

「ああ、なんか納得だ……」

 

 そうしていると白兎馬が戻ってくる。ファイナリティモードは解除され、再び高機動モードとなった白兎馬が一夏の前までやってきた。

 

「おまえにも、助けられたな」

『あなたのサポートが私の役目デス。私がいる限り、マスターイチカの勝利は当然デス』

「話には聞いていたけど、なかなか人間らしいAIなんだね」

「頼もしいな。これからも、頼む」

『了解。………しかし、現状は再調整の必要がありマス。いくつか機体に不備が発生していマス』

 

 さすがに試運転もせずに実戦での使用は負荷が大きかったようだ。もう白兎馬はファイナリティモードはおろか、近接格闘モードすら満足に使えないほど消耗していた。

 しかし、まだ戦闘は継続中だ。どうするかと思案していると、シャルロットのもとへ通信が入った。相手はシトリーだ。

 シトリーは対して心配していなさそうな声だが、社交辞令のような感じでシャルロットの無事を確認する。

 

『シャル、無事?』

「うん、大丈夫だよシトリー。そっちは?」

『任務継続中。敵に数が多くて手が足りないから援護にきて』

「わかった。でも一夏に戦闘継続は厳しそうなんだけど……」

「シャル、俺はまだ大丈夫だ」

「でも……」

 

 一夏はそう言うが、白兎馬も白式も、もうエネルギー残量は少ないはずだ。それでもまだ多少の戦闘はできるかもしれないが、撤退のタイミングを見誤ると痛い目を見るだけではすまない。

 

『なら一度学園側と合流を。あっちはそろそろアレッタ達が制圧する。防衛ラインの再構築を手伝ってもらう』

「それならなんとかなるか……一夏、それでいいね?」

「ああ、悪いが、また援護も頼む」

「はいはい、ホント世話をかけるんだから」

 

 しかし、そう言うシャルロットは嬉しそうだ。一夏が強くなったこともシャルロット自身が強くなったこともそうだが、前と同じように一夏と組んでパートナーとして戦えることが嬉しかったのだ。

 そんなシャルロットの内心を悟ったように通信越しにセプテントリオンでのパートナーであるシトリーがややすれた声で言ってくる。

 

『あーあ、シャルを取られちゃった。やっぱり男を取るんだね、私じゃ満足できないんだ』

「ちょ、なに言い出すのシトリー!?」

「え、そういう関係なのか?」

「一夏も信じないでよ!?」

『イチカくんだっけ? シャルを泣かせたら背中にナイフを突き刺してあげるから』

「大丈夫だ。シャルは俺が守る」

『今時珍しいイケメンだ。うちの男どもも見習って欲しい……おっと、失言。忘れてね?』

「……? ああ」

 

 一夏は気づいていなかったようだが、部隊に男の操縦者がいると匂わせるようなことを言ってしまったのはマズイ。あとでセシリアからお小言かな、と思いながらシトリーはため息をついた。シャルロットは苦笑するしかない。

 

「そんなこと言ってないで、行くよ。まだ戦いは続いてるんだから!」

「ああ、行くぜ」

 

 一夏は再び出力を抑えた高機動モードの白兎馬にまたがり、その真後ろにシャルロットも密着するように搭乗する。まるでタンデムするかのような二人に、通信で『爆ぜろリア充』というシトリーの呟きが聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。

 

 かくして、シャルロットを背に、一夏は次の戦場へと向けて白兎馬を走らせる。息つく暇もないが、文句を言う者など誰一人としていない。

 

 戦場は未だに、爆炎に彩られたままなのだから。

 

 

 




そろそろこの戦いの終着も近いですね。

白兎馬の最終形態は元ネタ通り。一夏くんもヒーロー属性が強化されてきました。あとはアイズvsシールの決着が山場ですね。
この辺からシールもだんだん人間味のある感情を発露していくようになります。作者としてもシールはお気に入りなのでアイズとの戦いを通して彼女の魅力を描きたいと思います。

そのうち亡国機業サイドを主役にした話も書いてみたいと思ってます。


しかし、もう八月も後半か。早いもんですね。この物語を書き始めてもうじき一年になります。一年でだいたい通算八十話ほど……早いペースかはわかりませんけど、まだまだ完結には時間がかかりそうです(苦笑)

それではまた次回に!

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