双星の雫   作:千両花火

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Act.70 「反撃の狼煙」

「やぁあっ!」

「ハアっ!」

 

 幾重もの剣閃が交わり、弾ける。

 

 灼熱に焼けたIS学園を舞台に、金色の瞳が再び交わった。

 

 回避に専念すれば互いに千日手となる膠着状態に陥ってしまう。それを理解している二人は回避を最低限に、そしてあえて被弾を受容することで無理矢理にでも隙を作らせる消耗戦へと発展していた。

 絵画に住んでいるような美しい天使を模した姿をしたシールだが、簪と楯無との戦いのダメージからか、ところどころの装甲が焦げており、シール自身もわずかであるが疲労の色が見える。それでも、どこか嬉々とした表情をしながらアイズへと襲いかかる。

 会うたびに少しづつ感情が見えてくるシールに対して、アイズも少しづつ変わってきていた。

 

 シールに対するアイズの思いは、会うたびに、シールを知るたびに、コロコロと感情が転がっていく。まるで坂道を転がっていくように止まることなく、戸惑い、怒り、悲しみ、そして覚悟した。

 

 アイズは思う。運命が形を持つなら、きっと目の前のようなカタチをしているのだろう、と。汚れのない純白が人の形となったようなシールが、超常の瞳を輝かせて自分を見つめてくる。

 その瞳を見つめていると、まるで深淵を覗くような危機感と同時に不思議な親近感を覚える。そして、これまで何度も殺し合いに等しい争いをしてきた相手だというのに、今では確信していることがある。

 

 シールは、アイズを憎んではいない。

 

 自惚れでなければ、友達になれるかもしれない、と思うほどには嫌われてもいない。悪意による人体改造とその末の逃亡を果たした経験から、敵意や悪意といったドス黒い感情というものは言葉にしなくてもわかってしまう。その反対に、好意もしっかりわかる。だからこそ、アイズは愛されていることに精一杯の感謝をしている。まぁ、その好意の内容に鈍いことはアイズらしいというべきところだろう。

 

 ともかくとして、最近になってようやく整理できてきたアイズの心の内で、ひとつの結論が現れた。

 

 

 

 

 ―――ボクは、シールを知りたい。そして、ボクを知ってほしい―――。

 

 

 

 

 まるで友達になりたい、と願いに似ているが、そんな気軽な気持ちでは決してなかった。

 

 シールの出生を知った。アイズは悲しかった。自身が苦しんだ過去の結果がその否定をしたから。

 

 シールの目的も知った。アイズは憤慨した。自分を取り巻く命になにも感じず、ただ自分の価値を他者を否定することで得ようとすることに。

 

 それでも、まだ足りない。そこにあるはずの、シールの気持ちが、まだわからないから。シールはなにを思って自分と戦うのか、自分を倒せば、本当にそれが正しいと思っているのか、迷いはないのか、葛藤はないのか、無機質に装うあの態度の裏でなにを思い戦っているのか、それを知りたい。

 

 そして、アイズもシールに知ってほしい。

 アイズの生きた足跡を。アイズが未来に願う夢を。アイズが愛し、憎んでいるものを。

 アイズは純粋無垢だとよく言われるが、そんなことは決してない。おそらく同年代の少女たちと比べても比較にならないほどの妬みや憤りを抱えていると思っている。

 そんなものまでぜんぶ含めてアイズは一人の人間として成り立っている。自身の思い出したくもない過去や醜態も全部受け入れて自分だと納得したのは、今から数年ほど前だっただろうか。アイズは自覚はしていないが、その時点で歳不相応の強靭な精神を手にしたといえる。アイズと関わる人間が、一見すれば人畜無害でふわふわしたようなアイズに「強い」という印象を受けるのは、大抵そうしたメンタルが理由だった。

 

 そしてそんなアイズだからこそ、理解したいと思う相手の心の内を知りたいと思ってしまう。それが心に土足で踏み込むことにもなりかねないと理解しているから、アイズから深く踏み込んだことはない。たとえそうしなくちゃいけないと思っても、まず自分の心から明かしてきた。

 

 だからアイズは、シールに対して正直な気持ちでぶつかっていた。今では怒りという感情がもっとも大きいが、それでもその奥底にはシールを理解したいという思いがあった故だった。

 アイズは、シールを知りたい。こうして刃を交える理由を知りたい。戦うしかない運命の理由が知りたい。そこに意味がなくてもいい。ただ、この出会いに納得したい。

 

 

 

 

 

 たとえ、その果てが殺し合うしかなかったとしても。

 

 

 

 

 

「シールゥゥッ!!」

「ア、イズゥッ!」

 

 互いに感情をぶつけ合うかのように、激しく猛った思いを剣に乗せる。シールはどんな気持ちで剣を振るっているのだろう。そんな疑問を抱きながらも、アイズも同じように感情を乗せて剣を振るう。

 そこに手加減も容赦もない。アイズの全身全霊をかけてシールを打倒しようと戦っている。

 

 少なくとも、今はシールと解り合うにはこの手段しか存在していない。話し合うことすら、今は意味なんてない。

 

 アイズがカレイドマテリアル社直属部隊セプテントリオンの一員である限り、シールが亡国機業幹部である限り。

 

 アイズがIS学園を守ろうとする限り、シールがIS学園を破壊しようとする限り。

 

 アイズが、そしてシールが、同じ魔眼をもつ限り。

 

 二人の運命は、戦うことでしか紡がれない。

 

 今は、まだ。

 

 でも、だからこそ、アイズは思う。

 

 この振り下ろす刃に、理由が欲しい。

 

 ああ、これは、確かにそうだ。これは、ただの。

 

 

 

 アイズの、甘えだった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「アレッタ、半数を率いてIS学園部隊の救援に向かいなさい」

「はい、お嬢様」

「私たちはIFFが無効の状態です。くれぐれもフレンドリーファイアには気をつけてください」

「心得ております」

 

 IS学園への直接的な増援に副隊長のアレッタに任せ、セシリアは海上にいる残りの無人機の排除へと向かう。セシリアが率いるのは主に射撃部隊、アレッタは近接部隊を率いている。

 特に敵味方が入り乱れているIS学園本隊への介入は友軍への事故被弾を避けるために緊急時以外、近接武器のみの使用制限をかけている。援軍とはいえ、IS学園側としては未知のISを使った正体不明の部隊としか見られないだろう。当然、IFF――敵味方識別(Identification Friend or Foe)――すら存在しないのだ。ヘタをすればIS学園側から攻撃される恐れもある。

 そんな危険がもっとも高いエリアに、アレッタはもっとも適任の二人を投入する。 

 

「リタ! キョウ! 乱戦域の敵機をすべて破壊しなさい」

 

 アレッタに呼ばれ、二機のフォクシィギアが前へと出てくる。それぞれに適したカスタマイズがされているフォクシィギアだが、この二機はそれぞれ他の機体よりも大きく目立つ差異が見られた。

 リタ機は機動性重視の軽装でありながらスラスターを多く装備しており、手に持つのは鞘に収められたひと振りのブレード。

 京機は機体の各部にブレードを納めたストレージが装備されており、一見しただけでは何本の剣を持っているのかわからないほどだ。

 

「あの鉄屑、みんな斬ればいいんでしょ?」

「なら喜んで」

 

 正体を隠すために顔まですべて装甲で覆っているが、通信からは嬉々とした声が響いてくる。きっとあの仮面の下で二人とも笑っているのだろう。

 そんな高いテンションの二人にアレッタはため息をつきながら注意する。

 

「くれぐれも敵味方を間違えないようにしてください。いいですね?」

「たぶん」

「善処します」

 

 まったくあてにならない返事をした前衛主力の二人が一番の激戦区へと突撃する。性格は少々問題があるが、実力は確かだ。アレッタは残りを率いて防衛ラインの強化へと向かう。なるべく早くこちらが味方だと理解してもらう必要があるため、まずはIS学園側の掌握が必要だ。楯無がいないためにほとんど前線指揮が機能していないため、アレッタは一時的にIS学園部隊の指揮権を握ることを決意する。

 そのためにもまずはある程度の敵機の排除が必要だ。そんな思考をするアレッタの目の前に二機のカスタマイズされたフォクシィギアが躍り出る。

 

「キョウ、どっちが多く斬るか勝負かも」

「面白そうですね。やりましょうか」

 

 そんな会話をしながらリタとキョウが無人機とIS学園側のISが入り乱れる戦域に突入していった。

 

「まず一機」

 

 日本刀を模した長刀『ムラマサ』を手にリタが駆ける。ちゃんと反りがあり、専用の鞘を持つこの『ムラマサ』はわざわざ束がリタ専用に作った抜刀術を可能としたIS用ブレードだ。そしてリタ機のフォクシィギアの脚部にはローラーが装備されており、これにより地上を滑るように移動し、敵機の間を駆け抜けることが可能となるカスタマイズがされている。

 止まることなく駆け抜け、すれ違い様に抜刀一閃。

 とにかく切れ味を追求した『ムラマサ』はバターを斬るようにあっさりと無人機を真っ二つに斬り捨てる。

 爆散する機体には目もくれずに、納刀しながら次の目標へと駆ける。突然の乱入者に混乱するIS学園の教師が乗っていると思しき打鉄をするりとかわして跳躍。地表付近を滞空していた機体が気づいてビーム砲を砲口を向けてくるも、リタは鞘に納めたままの『ムラマサ』を片手で器用に回転させてその砲身をかち上げる。

 再び手に収まった『ムラマサ』を再び抜刀。防御しようとしたシールドごとやはりあっさりと真っ二つに斬ってしまう。

 

「ずいぶん、柔らかいね。よし、目標は五分で十機」

 

 マイペースに呟きながら、リタは止まらずに刀を振り続ける。

 そんなリタとは別に、空では京が暴れまわっていた。地上付近を担当するリタと違い、京は空担当だ。

 京のISの武装はリタと違い、ブレードの他に射撃兵装も装備しているがここではブレードのみで敵機の殲滅を行っている。京はまるで八艘飛びを再現するかのように跳ねる。敵機へと接近すると同時にブレードを正確に無人機の関節部に突き刺して解体していく。囲まれそうになればブレードを投擲して牽制、すぐさま別のブレードを展開して包囲網を文字通りに斬り抜ける。

 リタ機と違い、京機にはブレードは多数装備されており、まるで使い捨てるかのように次々にブレードを展開する。

 ふと、目の前に窮地に陥っている打鉄を発見。操縦者はどうやら学生のようだ。武装を破壊され、三機の無人機に囲まれている様子から推測するに、いや、推測するまでもなく絶対絶命の状況だろう。

 そう判断する前に京は動いた。無人機を突き刺さったままのブレードを器用に脚で蹴り抜くと狙いすましたようにそのブレードを勢いよく蹴り出す。まるで矢のように飛ぶブレードが少女を囲んでいた一体に突き刺さった。無人機に動揺はない、しかしあくまで出現した外敵に対して迎撃行動を取ろうと動き出す。

 

「あ、危なっ……」

 

 自分を庇うように無人機に囲まれる京を見て少女が声を上げる。この少女もIS学園を守るという意思をもってここに立っている。自分のせいで犠牲になるようなことなど許容できることではなかった。突然現れた正体不明の存在でも、少女はその身を案じた。

 京はそんな少女の言葉がどこか新鮮に思えた。助けに来たはずが、心配されるとは。しかし悪い気はしない。これまであくまで身内しかいなかった島から出ての戦い。そこで出会った“外”の人間との交流に嬉しくなった。

 

 だけど。

 

 京は顔を隠したまま笑う。男である京は、外部との会話を許されていない。ゆえに、行動で示す。

 

 心配はいらない。なぜなら、強いのだから。

 

 そうして少女を安心させるために、京は少しだけ本気を出した。あまりやりすぎるなと言われていたが、この状況なら仕方ない、人助けだからという理論武装をした京が突撃する。

 一機目、頭部を切断、二機目、ブレードの投擲により武装破壊、一時的行動規制。三機目に脚部バインダーから引き抜いた新たなブレードで胴体部を切断。そして返す刃で残っていた二機目の無人機にトドメとばかりに首を飛ばす。

 この間、およそ五秒。少女からしたらまさにあっという間の出来事だっただろう。

 

 呆然としている少女に向かって軽く手を振って再び敵機の殲滅へと走る。アレッタから任されたエリアの確保のためには、リタと二人でおよそ二十機と少しの無人機を破壊する必要がある。下ではリタが疾風迅雷を体現するかのように鮮烈に暴れている。

 

 これならそう時間もかからずに与えられた任務を達成できるだろう。

 

 そう思いながら、背後から迫っていた無人機を串刺しにした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 部隊内でも一、二を争う問題児であるが、やはりリタと京の近接戦闘力は頼りになる。アレッタは残りのメンバーを率いて崩壊しかけていた防衛戦を再構築しながら暴れまわっている二人を見て思う。

 アイズを含め、リタ、京、この三人は部隊内でも飛び抜けて接近戦が強い。第四位のアレッタすら、その間にはかなりの差が開いている。そんな上位陣が揃ってやや天然なのはどういうことなのかは知らないが、部隊を率いる指揮官としては正直に答えれば使いにくい三人だった。

 京はまだマシだが、アイズもリタも射撃適正は底辺だし、一芸特化よりも万能型が優れた部隊員に求められるために如何にこの三人を使いこなすかが指揮官の腕の見せどころだった。

 とはいえ、アイズは部隊でも単機遊撃を担う特別なポジションであるためあまり指揮は必要ない。あれでも自分の役目をしっかり理解しているのでなにも言わなくても仕事をしてくれるのでアレッタとしても助けられている思いだ。

 問題はリタと京だ。この二人、射撃戦になればまったくの役たたず、せいぜい陽動にしか使えないほど実力差がはっきりしている。

 その一方で距離を詰めてのコンバットならまさに無双といえる働きをしてくれる。頼もしいが難しい。そんな存在だった。下手に指示を出すよりオーダーだけ与えて適当に暴れさせたほうがいい結果を生む。

 今はまさにそんな有様であった。

 

「脆い。柔らかい。豆腐か」

 

 少々意味不明な言葉を呟きながらリタがひと振りで無人機を真っ二つに斬り捨てていく。一撃離脱による機動性を活かした剣術を得意とするリタに対し、京は乱戦に自ら飛び込んで曲芸のように流れる動作で多数のブレードを使って斬り捌いている。質は違うが、どちらも美しいと思えるような動作で敵を屠っていく。

 もっとも、この二人の上を行くアイズはもう人間の範疇に収まらないような“目を疑う”レベルなのだが……。

 そんなアイズは、敵最高戦力であるシールを抑えている。アレッタも直で見るのは初めてだったが、あのシールも相当な規格外だ。アイズがシールと戦ってくれているおかげで他が有利になる。この機を逃すことなく戦況を掌握する。それがアレッタに与えられた任務。

 

「海のほうは………問題ないですね」

 

 あちらには、アレッタの尊敬するセプテントリオン最強のIS操縦者が率いているのだから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 オールラウンダーではあるが、セシリアは基本的に後方援護を担うことが多い。前線に出てもビットを併用しての対多数戦をこなせるセシリアがなぜいつも後方にいるかといえば、それがセシリアの援護射撃の技量が高いことが最大の理由である。

 セシリアならばたとえ乱戦地帯でもフレンドリーファイアなどせずに正確に狙撃での援護が可能なのだ。普通ならば味方にあたってしまうような状況でも、射線がわずかでも通るのならそれはセシリアにとって難しいことではない。

 セシリアは言う。「どこまでも届く銃と目があるなら、外すことなどありえない」と。言葉通りに、針の穴すら通すことのできるコントロールを持つセシリアが銃を取れば、それは容易に魔弾へと変わる。

 部隊の半数で構築した海上の防衛ラインを抜けようとする無人機を次から次へと狙撃する。IS学園へのこれ以上の敵増援を完全にシャットアウトする。その時間でアレッタたちが殲滅すればあとどれほどの無人機が控えていようが状況を五分に戻せる。

 厄介な高機動型はラウラに、海中の機体はレオンに任せている。様子を見るに、ほどなく殲滅できるだろう。

 あとは無人機プラントで対峙したサイレント・ゼフィルスの姿が見えるが、あちらも問題ないだろう。一夏は束から譲り受けたあの怪獣のような支援機『白兎馬』があるし、シャルロットを直衛に回している。

 

「このままいけば、問題なさそうですね。あとの懸念は……」

 

 そう、この場における最大の脅威。それが今、アイズと戦っている。

 実際、アイズでなければ相手にならないほどの強敵だ。アイズを捨石にして生み出された人の形をした超常の力、人造による魔性の具現。

 本来なら十分な援護をするところだが、アイズがシールとの一騎打ちを望んだ。

 

 あれは、アイズの運命。

 

 アイズが乗り越えるべき、向き合うべき相手だから、と。

 

 それを受け入れてしまったセシリアは自身の甘さに苦笑した。心配で心配で、今にも駆けつけたいのに、それでもアイズの我侭を優先している。それはアイズ自身もわかっているだろう。だからアイズは何度もセシリアに謝った。迷惑をかけてごめん、と。

 

「私も甘いですね」

 

 アイズを危険に晒したくない。でも、アイズはどんどん無茶なことに首を突っ込んでいく。まるでやんちゃな子供を見守る母親にでもなった気分だ。

 それでも、できる限りのことをしてやりたい。覚悟の前ではリスクを軽視してしまうのはアイズの悪癖だが、だからこそ自分がいるのだから。

 

「まぁ、あの子以外には甘いつもりはありませんけどね」

 

 そうして側面と背後から迫っていた高機動型の無人機を目もくれずにビットの遠隔射撃だけで撃破してしまう。その間もセシリアはずっと狙撃で前衛への援護を続けていた。

 ハイパーセンサーとスナイプビットの視覚幇助により全周警戒を維持できるし、たとえ近づいてもイージスビットが常に控えている。ミサイルなどの誘導兵器はジャミングビットに攪乱される。ビットをフル活用したセシリアは一度完全防御に回れば空に浮かぶ空中要塞のような堅牢さを誇る。

 当然、近づく敵機はセシリア自身の狙撃とビット射撃によって狙い撃ちにされる。セシリア単独で完全に攻撃、防御、索敵、援護が成立しているのだ。

 

 だからこそ、セシリアは後方支援を“単独”で担っている。セシリアならば、単機でそれを為してしまうからだ。

 

 

『こちらラウラ。セシリア、応答を』

 

 

 そうやって順調に敵の数を減らしているとラウラから通信が入る。当然、部隊間しか通信が不可能な特殊な暗号量子通信だ。

 セシリアはすぐさま応えた。

 

「どうしました?」

 

 ラウラの口調はずいぶんフランクになった。一時期は敬語だったが、あまりにも違和感が大きかったためにタメ口でいい、と納得してもらった。ラウラが口調に敬意をのせるのは今では部隊では姉となったアイズだけだ。

 そんなラウラが少し焦ったような声で伝えてきた。

 

『鈴を確保したが、あまりよくない。機体もダメージが大きいし、なにより鈴自身もかなりの重症だ』

 

 意識を失った鈴を慌てて確保したラウラであるが、簡易的なチェックをしただけでかなりまずい状態だとわかった。気合と根性で戦ってました、と言わんばかりに未だに戦闘不能になっていないことが信じられないほどの潜在ダメージを受けていたし、防御性能が高い甲龍も機能不全を起こしかけていた。

 鈴自身も骨の何本かは確実に折れているし、見た目ほどひどくはないが外面も流血で真っ赤に染まっているくらいだ。

 

『どうする? IS学園まで下げるにも戦場を抜けて連れて行くにもリスクが高いが……』

「……仕方ありません。鈴さんをスターゲイザーへ。医療スタッフも乗員していますし、機体も束さんがいるからなんとかなるでしょう」

『いいのか?』

「戦友を見殺しにできません」

『わかった。すまないが一時離脱する』

 

 ほっとしたような声をあげてラウラが通信を切る。するとやや距離を離した地点にいた反応が急速に上昇していく様子をハイパーセンサーが捉えた。しかし、その反応はふっと霧のように消失する。特殊なフィルターをかけると、その反応が何事もなかったかのように復活した。

 スターゲイザーの存在を知られるわけにはいかないため、ステルスシェードによる隠行装備を展開したのだ。同じ部隊の機体にはそれらを把握する機能も同時に装備されているが、それ以外にはまるで消失したようにしか見えないだろう。

 

「束さん、重傷者を一人送ります。すみませんが………」

『把握してる。アイちゃんの友達を死なせたりしないよ。安心して戦っといでー』

「お願いします」

 

 これで鈴は心配ないだろう。束はやると言えば必ずやる人だ。死なせないと言うのなら、たとえ三途の川で半身浴をしていようが無理矢理引きずりあげて助けるだろう。

 ならば、あとはこの馬鹿げた騒乱をどうにかするだけ。

 

 本来表に出ることのないセプテントリオン、そして世界を揺るがすほどの技術の集大成であるスターゲイザーまで引っ張り出してここまで来たのだ。この程度の戦いで敗北など許されない。

 

「もっとも、やることは変わりません。私はただ―――」

 

 ライフルを構える。引鉄に触れた指が、それ自体に意思を宿すように射線が通ったと頭が認識するより前に動く。

 

「敵を貫くだけです」

 

 極光が疾走る。

 

 戦場という不安定な隙間を駆け抜け、猟犬のように敵へと噛み付くレーザーが絶え間なく発射される。

 炎と爆音が乱立する戦場を、青い白い極光が彩った。

 

 

 

 

 

 

 




そろそろこの章も佳境に入ります。次回からアイズvsシール、そして一夏とマドカの決着へと向かいます。次章からはまた新展開になります。

これ以降は表立ってセプテントリオンが暴れるようになります。そして世界が大きく揺れる急展開に向かう予定です。

お盆は涼しく過ごせたけどなんかまだ暑くなりそう。皆様も体調にはお気を付けて。

それではまた次回に!

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