双星の雫   作:千両花火

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Act.69.5 「戦いの地へ」

 時は亡国機業によるIS学園襲撃より前に遡る。

 

 魔窟と呼ばれるカレイドマテリアル社所属のアヴァロン島。研究施設でありながら、島単独でもある程度の自給自足が可能な機能を有し、厳重に防衛されたここは軍事基地にも匹敵する。

 島内部も数々の生活施設や娯楽施設があり、ほとんど小さな町といっても過言ではない。多くの人間がここで暮らし、その中枢である技術部では束を筆頭にした研究者たちが日夜世界を置き去りにするようなものを開発し続けている。

 

 そんな島で最も大きな建造物である技術部本部施設の一角にある道場ではIS試験部隊のメンバーが勢ぞろいしていた。

 この道場は畳敷きで、まるで柔道場のようである。それも間違っておらず、実際にアイズはここで束から柔術を習っていた。如何にIS乗りとはいえ、身体は資本だ。日々肉体を鍛えることも訓練に入っている部隊の面々はこうした場で自身の技量を高めていた。

 そしてモチベーションを高める催しとして、定期的に部隊内での最強決定戦を行っている。決定戦といっても行う種目はそのときによって様々だ。狙撃戦、格闘戦、隠密、知識、戦術シミュレーション、様々な種目で競い合うイベントのようなものだ。もちろん、誰一人として手は抜かないためにそのレベルはかなり高い。シャルロットやラウラも今でこそ順位を伸ばしているが、入隊直後はほとんど底辺だった。

 部隊員たちは半数ほどは一芸特化な人間であり、総合トップのセシリアでも近接格闘におけるランキングではベスト5にも入っていない。

 

 そして今回行われているのは、ISを使わない生身での近接戦であった。武器の使用は飛び道具を除き自由。先に一撃を与えたら勝ちという単純なルールで行われていた。

 そして現在勝ち残っているのは四名。

 

 その一人、近接ランキングトップに君臨するアイズが、現在近接ランキング三位のリタと対峙している。アイズは長刀と短刀を両手に構え、リタは日本刀を手にしている。そんな二人を囲むように他の隊員たちが二人の戦いを見守っていた。

 シャルロットとラウラも壁際で汗を拭きながら二人から目を離さずに注視している。

 

「やっぱり近接戦だと最後に残るメンバーは決まってるよね」

「そうだな。私も七位まで順位を伸ばしたが、トップスリーは完全に別格だ。姉様は当然だが、リタも十分化け物レベルだ」

「僕なんて二秒で瞬殺されたよ……」

 

 リタ。部隊内でも比較的おとなしく口数の少ない少女で、年齢はシャルロットたちと同年代にあたる。赤茶色の髪の毛を束ねており、よく道着を好んで着ることからサムライガールなんて呼ばれている。部隊では前衛に位置し、射撃は底辺だが剣の扱いならトップレベルに食い込む典型的な近接タイプだ。日本文化、特に時代劇に傾倒し、日本には未だにサムライが存在すると勘違いしている少し残念な子だが、その実力は近接戦に限るとはいえ、国家代表クラスに届く実力者だ。

 そんなリタが目の前で対峙するアイズに仕掛ける。

 地を這うように体勢を低くしながら間合いを詰め、剣の間合いに入った瞬間に抜刀。凄まじい速さで一閃するも、アイズは正確にその軌道を見切って回避する。それを承知していたであろうリタが追撃をかけるも、その全てはアイズに防がれる。しかしシャルロットなら初撃で倒されているレベルの剣戟である。

 

「やっぱり、当てるのは難しい……」

 

 動きを止めたリタが舌打ちするようにぼやく。声は平坦だが、悔しさが滲んでいる。アイズはヴォーダン・オージェの適合率をただ視力が回復する程度の値まで落としているので、これは純粋にアイズとの技量差であった。

 

「でもリタちゃんもまた早くなったよね? ちょっとひやっとしたよ?」

「今度は斬る」

 

 再び刀を鞘へ納刀して抜刀術の構えを取る。このリタ、近接タイプでも珍しい抜刀術を主力として戦う剣士である。なので彼女の扱うこの模擬刀もちゃんと鞘走りができる特注品であり、さらに彼女の専用装備としてISでも抜刀術が使える特別なブレードが用意されている。彼女に限らず、一芸特化の隊員にはこうした専用装備が支給されていることが多い。

 リタが静かに闘志を燃やしながら構える。アイズもそれに応えるように両手の剣を構えた。

 

「でも、ボクもまだ負けるわけにはいかない」

 

 穏やかなアイズも、こと接近戦においては誰にも負けないという決意をしている。なにより、シールという己の運命の具現ともいうべき敵を得たことでその思いはずっと強くなっている。

 ヴォーダン・オージェの力を借りなくても、アイズは負ける気など微塵もなかった。

 

「………」

「………」

 

 互いがジリジリと間合いを詰める。相手の間合いギリギリの位置でじっと視線を合わせ、静かにその時を待つ。二人の放つピリピリとした闘気が道場全体を覆う。

 そんな膠着状態から一分が経つかというとき、アイズが右手に持った長刀をわずかに振り上げる挙動を見せた。

 

「ッ……!!」

 

 その動きを見たリタが反射的に動いた。滑るように身体を沈ませながら間合いを詰め、同時に抜刀へと繋げる。今からでは間合いから離脱することなどできないアイズであったが、逆にアイズも間合いを詰めるように一歩を踏み出した。

 リタが抜刀すると同時にアイズが左手の振るう。

 ガツン、と思い衝突音が響き、リタの表情が驚愕に変わる。その隙を逃さずにアイズが右手の長刀をリタへと振り下ろし、その首筋に当たる寸前で止められた。

 

「そこまで!」

 

 審判役をしていたセシリアによって勝負の決着が言い渡される。文句なしでアイズの勝利である。周囲からもその一瞬の攻防に感嘆する声が上がっている。

 決着がついたことで互いに離れ、アイズとリタが礼を交わす。勝負が終わり、いつものようにふわふわした雰囲気に戻ったアイズがニコニコとしながらリタと握手をしていた。

 

「また、負けた。今回こそはと思ったのに」

「ふふ、ボクもまだトップを譲る気はないからね」

「でも、もうあんな手は通じない」

 

 かなり本気で勝ちにきていたのだろう。リタはあまり動かない表情でも、かなり悔しがっているとわかる。

 あの刹那、リタもアイズが間合いを詰めてきたことから誘われたと理解したが、それでもまさか抜刀する直前に刀の柄尻を短刀の突きによって封じられるとは思っていなかった。そのために刀を振るうどころか抜刀することすらできずにあえなく負けてしまった。

 リタは次こそは勝つと宣言して下がっていく。そして代わるように前へと出てきたのは華奢な体つきの少年であった。

 

「お疲れ様です、アイズさん。でも、もう一戦付き合っていただけますか?」

「もちろんだよ、キョウくん」

 

 キョウ、と呼ばれた少年は朗らかな笑みを浮かべながら剣を構える。

 近接ランキング第二位、藤村京。部隊内でも最年少の15歳でありながら総合ランクでも八位に位置する実力者である。先程の表情の乏しいリタと比べ、京はニコニコとした笑みを浮かべ、人畜無害そうな雰囲気はどこかアイズと似ているところがある。お互い童顔というのも似ている。

 今回の部隊ランキング戦の決勝戦。アイズの相手は先程近接ランク第四位のアレッタを破り勝ち上がった京であった。

 

「今回こそ勝たせていただきます」

「さっきも言ったけど、ボクもまだ譲る気はないよ」

 

 中央で対峙する二人がそれぞれ剣を掲げて軽く打ち合わせる。はじめの合図はない。今この瞬間から戦闘開始となる。

 この二人による決定戦はもはや恒例だった。先のリタもかなりの実力者であるが、アイズと京は別格であった。

 

「やっぱりこうなるんだ」

「京も強いからな」

 

 今回のランキング戦で京に敗北したラウラが少々不機嫌そうに顔を顰めながらも、その実力を認める。アイズも京も小柄で一見すれば弱そうに見られる容姿だが、その技術は天性のものだ。アイズも京も、努力を怠らないためにその剣技は芸術のように言われるほどだ。

 

「行きます」

「おいで」

 

 京が仕掛ける。リタと違い、京はアイズと同じく手数によるラッシュを仕掛けるタイプだ。敏捷性に優れ、軽やかな身のこなしから放たれる剣は変幻自在。まるで曲芸のような動きで相手を翻弄するため、軽業師と言われる少年だった。

 そして超能力級の直感による危機回避力と状況対応力を持つアイズとの戦いは、自然と激しい剣の打ち合いへと発展する。

 初撃はあえてまっすぐに、それを受け止められると即座に手首の返しだけで軌道を変えて突きへと変化する。それを察したアイズが首を捻って回避しつつ長刀で薙ぎ払うも京も跳躍して回避。着地までの間に三合の打ち合い、そして着地と同時に小手狙いの斬り上げ。アイズがそれを短刀で弾くとその弾かれた勢いのまま刀を回転させての振り下ろしへと繋げる。

 目にも止まらぬ連続攻撃だが、アイズもその全てを受け止め、捌いている。

 

「さすがです、アイズさん」

「ふふん、アイズお姉さんと呼んでもいいんだよ?」

「はい、アイズお姉さん」

 

 にこやかな会話をしながらも二人は止まらない。今度は次第にアイズも攻性に出るようになり、ますます二人の戦いは激しさを増していく。

 

「おのれ、姉様とあんなじゃれて……!」

「ラウラ、嫉妬するとこ違うと思うよ」

 

 自他共に認めるアイズの妹であるラウラが妙な嫉妬をすることにシャルロットが苦笑している。しかし、こうした感情を顕にするラウラも、初めて会ったときと比べれば随分と年頃の少女らしいと思い、シャルロットも嫌には感じなかった。

 そしてそうしているうちに、アイズと京の戦いも終着へと向かっていく。アイズが守勢を止めて逆に京へと仕掛け始めたのだ。如何に変幻自在とはいえ、攻撃の隙は必ず存在する。そしてアイズはそれを突くことが部隊の誰よりも長けている。

 

「くっ……!」

 

 京も笑みを浮かべる余裕がなくなってきており、その顔は苦しいものへと変わっている。逆にアイズはただただひたむきに剣を振るい続ける。ただ一念を通すように、アイズの表情には油断も余裕もない。喜怒哀楽の感情をバネにするアイズだが、集中すればするほどにアイズの精神は揺ぎのない磐石なものへと変化する。こうしたメンタルの強さは間違いなくトップだろう。

 そんな精神は身体へと伝わり、付け入る隙のないものへと昇華される。これが、アイズが近接戦闘最強の所以でもあった。

 

「終わりだよ!」

 

 着地の硬直を狙って振るった右の長刀が京の得物を弾き飛ばした。そして同時に左の短刀を突きつけてチェックメイト。

 セシリアがコールする前に京が両手を挙げて降参を宣言した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「結局アイズお嬢様の勝ちでしたね。これで何連勝でしょうか?」

 

 部隊の副隊長を務めるアレッタがそう言ってアイズを讃える。ややお堅い性格のアレッタはアイズもお嬢様呼びをするのだが、アイズとしては普通に「アイズ」とか「アイズちゃん」と呼んで欲しいなといつも思っていた。

 

「姉様はこれで七連覇です」

 

 そしてアイズの隣の席に陣取ったラウラが自分のことのように自慢げに答える。アイズの横はもはやラウラの定位置だった。そんなアイズとラウラの目の前にはほかにも四人の姿が見える。

 訓練後のブレイクタイムではいくつかのグループに分かれての反省会となっていた。セシリアは報告書の提出などで席を外しているが、その他の部隊員はみんなこの食堂へと集まっている。アイズも軽食をしながら近接戦上位陣と意見交換を行っている。

 ちょうどこの卓にいるのはアイズ、ラウラ、シャルロット、そしてアレッタ、リタ、京の六人だ。大皿に盛られたサンドイッチをそれぞれ口にしながら和気藹々と意見を交わしている。

 

「そもそも、その目を使わなくても回避がおかしい。なんで死角からの抜刀術を捌けるの?」

「えーと、勘?」

「もう目を閉じていても勝てるんじゃないですか?」

「まぁ、極限まで集中すれば自信がないわけじゃなかったり」

「さすが姉様です! ミルクをどうぞ」

 

 目隠しをしたアイズにミルクを差し出すラウラ。見えているとしか思えないほど正確に気配だけでそれを受け取るアイズ。

 いろいろと規格外な連中しかにないこの部隊でもやはりアイズはいろんな意味で別格であった。

 

「うーん、毎日飲んでるけどなかなか大きくならないんだよなぁ」

 

 密かに自分の背丈の小ささを気にするアイズ。いろいろと背を伸ばそうと頑張ってはいるのだが、どうにもうまくいかない。ここ数年、ほとんど身長は伸びていなかった。もしかしたらヴォーダン・オージェに栄養を取られているんじゃないかと本気で考えたくらいだ。

 

「姉様は今のままでも十分素敵です」

「ありがと、ラウラちゃん。ラウラちゃんもすっごく可愛いよ」

「また始まった。アレッタ、どうにかして」

 

 リタが飲んでいるお茶が甘くなるからどうにかしろと口を尖らせるが、アレッタも、そしてシャルロットや京も苦笑するだけだった。アイズとラウラの姉妹愛はもう恒例行事みたいなものだった。

 

「で、でもやっぱりみんなすごいよね。僕なんて近接戦なんて底辺だし」

「でもシャルロットさんは砲撃支援では常にベスト3に入るじゃないですか」

「私とか、キョウも、射撃系は適正ないし。総合じゃ半分より下」

「そう考えると、やっぱりアレッタさんが安定してますよね」

 

 後衛指揮の多いセシリアに対し、前衛で指揮を務めるのがアレッタである。副隊長を担うだけあり、セシリアに次いで総合二位に位置している。セシリア不在のときの部隊のまとめ役なだけあり、その能力バランスは近接寄りのハイスペックなオールラウンダーだ。接近戦と限定しなければリタも京もアレッタには敵わない。そんなアレッタがいるからこそ、一芸しかないリタも京も安心して最前線で暴れられるのだ。

 もっとも、秘匿部隊ゆえに局地的な戦闘しか経験しておらず、大規模な戦闘を想定しているとはいえ、未だにその機会は巡ってこない。

 

「改めてこの部隊はすごいってわかるよ」

 

 シャルロットがしみじみと言うが、既に常識人であったはずのシャルロットもこの部隊に毒されてきていることをなんとなくだが自覚していた。特に束の作る数々のオーパーツに驚きすぎて、そんじょそこらのものではもう驚かない鋼の平常心を獲得したような気さえしていた。

 

「シャルロットも、波乱万丈? 肉親からスパイ行為を強要、男装、そこからイリーナ様の養子、令嬢、そして未来の暴君。………うん、すごい」

「いや、あの、最後はなんなの?」

 

 パクパクと止まることなくサンドイッチを口に運びながらリタが平坦な声でシャルロットの境遇を語る。暴君になるかどうかはこれからだろうが、教育があのイリーナという時点でいろいろと危うさを感じるのは確かであった。

 

「まぁ、みんないろいろ苦労してるもんね」

 

 そういうのは、苦労などという言葉では温すぎるほど凄惨な過去を持つアイズである。そんなアイズが世間話程度の気安さで言うのだから皆もそれ以上はなにも言えない。ただ、横のラウラだけはそんな姉を心配してテーブルの下でアイズの手を取ってぎゅっと握り締めた。

 そんな気遣ってくれる可愛い妹に、アイズもにこりと微笑み返す。

 

「まぁ、私も、キョウも、自慢できる人生なんてないし」

「あれ、そういえば二人はどうしてこの部隊に?」

 

 アイズやラウラ、それにシトリーといった何人かの境遇は聞いたことがあるが、リタと京の事情は聞いたことがなかった。この部隊にいる人間は大抵暗い過去や、凄まじい体験をしているためあまりこうした話題は振らないのであるが、リタが気軽そうに言うのでシャルロットもつい聞いてしまった。

 

「私は両親に売られそうになったところを拾われて。あ、実際売られたんだっけ」

「重いよ!?」

「僕も似たようなものですね。旅行先で捨てられまして。普段冷たい母さんが愛人と一緒に僕を旅行に連れて行く時点でおかしいと思ったんですよ」

「うわぁん、ごめんなさい! 気軽に聞いてごめんなさいー!」

「大丈夫、このくらいの事情はまだマシだから」

「そうですね、可愛いものですよ」

「他の皆はどんだけなの!?」

 

 シャルロットはやはりこの話題は鬼門だったと後悔する。自分も当時は世界で一番不幸だなんて思ったときがあったが、こんな話を聞けば少なくとも母親に愛されていた自分はまだ幸せだったと思ってしまう。

 

「だが、IS乗りにならない選択もあったのではないか?」

 

 ラウラが空気を読んだのか読んでないのかわからないが、そんな質問を口にする。

 確かにカレイドマテリアル社、そしてオルコット家が経営している孤児院などではそんな事情がある子供を教育して社会に送り出す支援を行っており、普通の生活をすることが可能だった。実際にそんな子供も大勢いる。

 しかし、リタも京もこの部隊にいるということは、そう志願したことを意味している。この部隊は実力がなければ入れないが、そもそも入隊意思があることが第一条件なのだ。

 

「たくさん食べるため」

「面白そうだったので」

「急に安っぽくなった!?」

 

 部隊内のツッコミ役としての地位を確立しつつあるシャルロットの叫びにアイズがケラケラと笑った。

 

 

 

 ――――――そんな時だった。

 

 

 

 

 

『Emergency emergency. 試験部隊総員に告げる。部隊員は十分後に第一種戦闘装備にてエレベーターホール前へ集合せよ。繰り返す――』

 

「ッ!?」

 

 食堂内の空気が変わる。突然のエマージェンシーコールに緊張が走るが、すぐさま年相応の顔から戦士の顔へと変わる。そして示し合わせたように全員がロッカールームへ走った。

 いったいなにがあったのか、なんてあとで知ればいい。第一種戦闘装備、それは現時点で最高戦力を揃えることを意味する。各々がそれぞれカスタマイズされたフォクシィギアを携え、IS用インナースーツの上からさらに防弾、防刃ベストやナイフが仕込まれたブーツやガントレットで身を固め、完全装備で指定された場所へと向かう。

 命令から八分後には全員が準備を整えて指定されたホールに揃う。そこには同じ装備をしたセシリアが待っていた。

 

「皆、揃いましたね? 簡潔に状況を説明します。つい先程、亡国機業がIS学園へ侵攻したことが確認されました」

 

 その言葉に、特にアイズ、ラウラ、シャルロットが驚く。この三人はIS学園に通っているために当然知り合いも多くいる。そんな学園が戦場になると聞けば平静でなどいられなかった。

 

「もう間もなく開戦するでしょう。しかし、無人機の数は未確認ですが、相当な数が投入されるようです。そして指揮官機も当然いるでしょう」

 

 アイズの脳裏に浮かんだのはシールであった。その予感は、おそらく正しいとアイズの勘が言っていた。

 

「現時点をもって部隊名を【セプテントリオン】と呼称し、部隊全員でこの戦いに介入します」

 

 そのセシリアの言葉に全員が驚愕の表情を浮かべる。この秘匿部隊は表に出れば多くの問題を引き起こすとすら言われるほどの爆弾だ。新型のISや装備もそうだが、なにより男性に適合できるコアがあることが明らかになる危険がある。当然フルスキン装甲で正体を隠すことができるが、それは絶対ではない。そしてもしそれが明かされれば、世界は間違いなく揺れる。

 

「………皆、思うことはあるでしょうが、これは正式な決定事項です。もちろん、正体は隠します。IS学園に籍を置く者以外は現地の人間との接触は極力避けてください。しかし、あくまで第一目的はIS学園の防衛です。ある程度のことは、各自の判断で行動してください」

 

 どうやらイリーナ、そして束も本気のようだ。いつかは来ると知っていたが、今がまさに、この部隊がはじめて表舞台へと上がるときであった。

 

 だが、ここで問題もある。

 

「セシィ、でも間に合うの? ここからIS学園までかなり距離があるけど……」

「それは、まぁ、束さんが用意してくれました」

 

 どこかはっきりしないセシリアの言葉に首をかしげるが、その意味はすぐにわかった。顔をひきつらせたセシリアの案内で隊員たちが大型エレベーターに乗り込む。そしてエレベーターの端末になにかのパスコードを入力すると、エレベーターが地下へと降りていく。そしてそのエレベーターは表示されている最下層の地下エリアを通り過ぎてさらに下層へと降下していった。

 全員が疑問に思いつつ、ようやくたどり着いた未知のエリアへと到着する。格納庫と思しき広大な空間に座していたのは、――――――巨大な戦艦であった。

 

「な、なにこれ……っ!?」

「う、宇宙船?」

 

 薄暗い空間で全貌は確認できないが、それでも予想されるその大きさは想像を絶するほどだ。さすがにこんなものを見せられれば絶句する人間も多い。

 

「も、もしかしてこれが束さんの言ってた………」

「そうだよアイちゃん!」

 

 目を金色にしたアイズが口をあんぐり開けながら巨大艦を見上げているとその背後から束が現れた。束は白衣をなびかせながら全員の前へと歩み出る。

 

「来たね皆! もうセッシーから状況は聞いたね? いろんな説明はあとでするからとりあえずコレに乗って。IS学園までワープするから」

 

「「「「え?」」」」

 

「え?」

 

 さりげなく言った束の言葉に全員がぎょっとする。ワープ。たしかに束はそう言った。

 

 ワープってあれか。距離を一瞬でゼロにするSFの代表みたいなあれか。え、うそ、マジで? ………と、そんなことを全員が思った。

 

「あ、ワープに驚いてる? まぁ現象的に似たようなもんだからってだけだから!」

「あ、やっぱできるんだ」

 

 束の背後ではセシリアが頭を押さえていた。セシリアでさえ、つい先ほどこの艦を教えられたためにうまいフォローもできないでいた。なのでいろんな過程はもうどうでもいいとして結論だけを優先することにする。

 

「とにかく、これを使えば短時間でIS学園まで行ける……ようなので、全員、戦闘準備をしつつ艦内で待機をしてください。驚くのは、全部終わってからにしてください。私はそうします」

 

 やはりこれまで訓練を受けてきた面々はこれまでの発明の中でも最高に規格外なこの艦への疑問を忘れるように意識を切り離す。セシリアの言うとおり、驚くのはあとでもいい。

 今必要なことは、これから戦いに行くという事実だけだ。

 

「でも、イリーナさんもよく許したね? ボクたちの部隊を使うことも、それにこんなすごい船を出すことも」

「私も緊急連絡を受けただけなのでそのあたりの事情はわかりませんが………なんだか相当キレてましたね、イリーナさん」

「なにかあったのかな? ……おっと、今は集中しなきゃね!」

 

 そうしてこの巨大艦………IS運用母艦『スターゲイザー』へと乗り込んだ面々がISの機体調整をする中、操舵室でもあるコントロールルームに束が足を踏み入れた。本来なら専用のクルーがいるのだが、まだ習練中であるため今回の出撃では束がすべてのコントロールを担うことになる。

 束が専用機であるIS『フェアリーテイル』を纏うと、スターゲイザーのシステムとコネクト。完全に艦のコントロールを掌握すると同時に艦の発進のための進路が展開する。巨大なゲートが開き、発進シークエンスへと移行する。

 

「束さん」

「お、アイちゃんどったの?」

 

 アイズがコントロールルームに姿を見せる。その隣にはセシリアもいた。

 

「こんなすっごいのを作ってたなんて知らなかったですよ」

「あはは、ごめんね。イリーナちゃんに最高機密って言われててね。まぁ完成したら教えるつもりだったんだけどねー」

「ところで、試験運用は?」

「ん? 今からだけど?」

「……ですよね」

 

 いつもの束にセシリアが苦笑する。束を疑うわけではないが、これほどの艦をぶっつけ本番で使うことにはさすがに大丈夫かと思ってしまう。そんなセシリアとは対称的にアイズは文字通りに目を輝かせて束と笑い合っている。この二人にとってはまさに夢の船ともいえるものだ。

 

「さて、イリーナちゃんの気が変わらないうちに発進するよ。じゃあアイちゃん、号令をお願いできるかな?」

「え? ボクが?」

「アイちゃんにしてほしいな」

「……この船の名前は?」

「“星を見つめる者”………この子の名は、スターゲイザー! アイちゃんと一緒に、星の海を往くための仲間だよ!」

「スター、ゲイザー……!」

 

 感激したようにアイズが身を震わせる。本当なら両手を振り回して走り回りたいほどにアイズは喜びに満ちていた。

 だが、今はまだダメだ。この喜びは、アイズの大好きな親友たちを助けたあとに、みんなと一緒に味わいたい。アイズが表情を引き締めて束の横に立つ。

 今はまだ戦うために、でも、その先のために。アイズは新たな仲間に命を吹き込む号令を発する。

 

「発進準備すべて完了! アイちゃん!」

「うんッ! スターゲイザー、発進っ!」

 

 

 

 ―――かくして、世界を揺るがす船が海の底、そのさらに地下深くから無限に広がる空へと飛び立った。

 

 今はまだ戦いのために。

 

 そしてその先にある、夢のために。

 

 

 




イギリスサイドの話でした。IS学園戦が終わったあたりでもう一度イリーナサイドの裏話の捕捉が入ります。具体的にはなんでイリーナが部隊投入とスターゲイザー使用を許可したのか、そのあたりの話になります。スターゲイザーのワープもどきの能力解説もそのあたりになります。

本格的に部隊が投入されますので、このあたりからオリキャラが増えていきます。



セプテントリオンメンバー簡易紹介

・リタ
 セシリアたちと同年代の少女。部隊では前衛主力の一人。かつて両親に売られたところをカレイドマテリアル社に運良く保護される。無表情で感情表現が苦手。その実かなりの負けず嫌い。部隊内近接戦ランキング三位。生身、IS、共に抜刀術による戦いを得意とする変わり者。部隊一の大食いで入隊理由は自分を救ってくれた恩返しの他に、高給料で美味しいものをたくさん食べるため。

・藤村京
 部隊では最年少の15歳の少年。日本人。いつもニコニコしており、リタと違ったベクトルで感情が読みにくいタイプ。十年ほど前に母親から旅行でやってきたイギリスの裏路地に置き去りにされた過去を持つ。日本では行方不明のままになっている。軽業師と呼ばれるほど高い身体能力を活かして戦う。近接戦ランキングもアイズに次ぐ二位。単純に面白そうという理由から入隊したと言っているが本心かどうかは定かではない。


他のメンバーもときどき載っけていきます。もう原作とは大分違ったストーリーになります。いや、今更か(苦笑)

それではまた次回に!




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