双星の雫   作:千両花火

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Act.69 「七星が降るとき」

「……がっかりですね。二人がかりでこの程度とは」

 

 つまらなそうにシールは地に倒れる楯無と簪を見下ろしている。二人は満身創痍で苦しそうなうめき声を上げていた。ISも所々が破損し、操縦者である二人の体力ももう風前の灯というほどに消耗しているようだった。

 対してここまで二人を追い詰めたシールは、多少ダメージを受けた痕跡はあるものの、ほぼ万全の状態に近い。武装もすべて健在であるし、シール自身もそれほど疲れも見せていない。ただ変わらずに全てを見通す人造の魔眼を二人へと向けている。

 

「う、うう……」

「本当、に、洒落にならないわね……」

 

 痛みを堪えて更織姉妹が立ち上がる。それはまさに死を告げる天使と相対する咎人のような光景であった。

 人数の利がまったく役に立たない。死角から攻めても完全に見切られており、それどころか攻撃をしかけたほうがカウンターを受ける始末だ。ヴォーダン・オージェとハイパーセンサーを併用すれば、視界はほぼ全周になるというが、この結果を見れば納得してしまう。

 シールドエネルギーも八割以下にまで減少している。じわじわと削られていく様は、二人が粘っているというよりシールが遊んでいるというほうが正しいかもしれない。

 

「アイズなら直感で対処するけど、あいつは観測して対処してる」

「その分、戦術的な対応をされるってわけね」

 

 反応速度といえばヴォーダン・オージェ持ちであるアイズとシールはほぼ拮抗しているが、わずかな差でシールに軍配が上がる。しかし、アイズには目を失ってなお生き抜いた経験則から第六感ともいうべき直感を持つ。片や能力の最大の恩恵を受け、そして片や直感との複合判断で人の常識を超えた対応能力を発揮している。総じて互角といえるが、その質はわずかに異なる。

 アイズは感覚で動くが、シールは思考して動く。それが二人の差でもあった。

 ともかく、シールは超反応をしながらもそこに思考が存在する。不意打ちをしても正確にカウンターができるのはそのためだ。だからシールに不意打ちを仕掛けようとすれば、逆に手痛い反撃を受けることになる。それだけで奇襲がまったく意味をなさない。結果、シールが最高の反応速度を持つ以上、純粋な技量でその上を行くことが正しい攻略法となる。

 

「それでも、ただでさえ怪物級には違いないけど」

「奇襲はダメ………なら、正面からいくしかない、ね」

 

 楯無と簪はバラバラに攻撃しても無駄だと悟ると、今度は一転して連携攻撃を仕掛ける。武装を破壊された楯無が防御に回り、簪が薙刀『夢現』を構えて攻撃を担う。

 

「無駄だと思いますが、試してみます?」

「当然っ……!」

 

 簪が突撃して夢現を振るうも、あっさりと回避されて反撃の薙ぎ払いが迫った。それを防いだのは簪の背後に位置どった楯無だ。

 楯無は圧縮した水の盾を形成してそれを防ぐ。シールの攻撃は重く、かなりの密度で形成しなければまともに防御すらできない。攻撃は一切考えずに、ただ簪への援護防御のみに専念している。

 

「やぁっ!」

「っ……!」

 

 わずかにシールの顔に驚きが浮かぶ。今までかすりともしなかった攻撃がほんのわずかに装甲をかすめた。簪は止まることなく夢現を振るう。そしてそれを楯無が援護して攻撃後の防御を行う。

 本来ならカウンターに備える行動が必須となるが、楯無が防御すべてを担っていることで簪は防御するという一手を省略して素早く攻撃を繰り出す。そのためにこれまでより隙のない攻撃を可能としていた。普通ならばその分隙も大きくなるが、攻撃を捨てた楯無が肩代わりしている。

 姉妹二人でひとつとなることで行動の質を上げてきたのだ。

 

「なるほど……」

 

 その連携の質にシールは感心する。常に一人で全てを超越するシールにとって、自分以外の誰かと連携してレベルを上げるというのは考えもしなかったことだ。目の前で実際にその成果を見れば、それは認める他ない。それはシールにはない力だ。大したものだ、とふっと微笑んだ。

 

 だが。

 

「それだけです」

 

 シールが目つきを変えて姉妹を目線で射抜く。簪と楯無に、それだけでまるでなにかで刺されるかのようなゾッとする悪寒が駆け抜けた。ほんの一秒にも満たないわずかな間硬直してしまう。すぐにハッとなって行動しようとするが、それはシールを目の前にしてあまりにも致命的だった。

 簪の目の前にシールが現れる。それはまさに目と鼻の先であった。

 至近距離からシールと相対した簪はその金色の瞳を直視してしまう。それは愛しいアイズと同じ金色の輝きを宿した瞳。しかし、それはあまりにもアイズと異なって見えた。

 

「ぐっ……!」

 

 密着状態から膝蹴りを受け、体勢を崩してしまう。密着しているために楯無が防御しようとするも間に合わない。そのまま簪に掴みかかったシールは、大きく振りかぶってそのまま簪を楯無へと投げつける。慌てて楯無が投げ飛ばされた簪を受け止めるが、シールが水の防御を蹴散らしながら追撃する。

 

「このっ!」

 

 苦し紛れに水で防御壁を生成するが翼で薙ぎ払われて接近を許してしまう。振るわれたランスを体勢を立て直した簪がなんとか受け止める。だが、当然それもシールの想定内だ。密着状態の簪を楯無へ向けて蹴り飛ばす。再び二人がもつれ合うように吹き飛ばされてしまう。

 以前は美しい校庭であったはずが、今では焼け爛れ地獄の様相となっており、そんな焼けた地面に楯無と簪が無残にゴロゴロと転がっていく。

 シールの対応はかなり荒っぽく、雑さが目立つ。それでもいいようにあしらわれているのは、シールが完全に二人を子供扱いしていることを意味していた。それを理解している二人は屈辱に舌打ちしながらもすぐに迎撃態勢を取る。もはや無駄な行動をする余裕すらない。

 

「弱い」

 

 端的にそう評価するシールに、姉妹が揃って睨みつける。

 

「やはりあなたたちでは相手になりませんね」

 

 わずかに湧いた興味すら失せた、と言うシールは本当にそうだというように、あろうことか姉妹を目の前にしながら視線を外してしまう。それはヴォーダン・オージェの恩恵を自ら放棄するような行為だ。そんな挑発に乗るまいと楯無も簪も歯軋りしながらも耐える。しかし、これはシールの本心だった。本当にシールはもう姉妹に興味は持っていなかった。

 姉妹は確かに強い。十分に実力者といえる。だがそれだけだ。同僚のマドカやオータム程度の力量はあるだろうが、それでもシールにとっては「その程度」というカテゴリに収まってしまう。

 多くのIS操縦者は「雑魚」、凄腕と言われる操縦者でも「そこそこ」程度でしかないほどにシールは規格外であった。シールに対抗しうる実力を持っていると認める操縦者は二人。そのうちの一人がアイズ・ファミリアだった。あとセシリア・オルコットも比較しうるかもしれないと感じているが、そんなセシリアを入れてもたった三人だけだ。

 それは傲慢だろう。しかし、それが許されるほどの実力がシールにはあった。

 

「ずいぶんと油断するものね。足元を掬われるわよ」

「地面に這いながら言っても笑えるだけですよ」

「馬鹿ね、這ってないと危ないじゃない」

「……?」

 

 そこでシールは初めて疑問を覚えた。改めて視線を向けると、不敵に笑いながら簪が楯無を背後から抱きしめるように抱え込んでいた。おおよそ意味のない密着体勢に眉をひそめるが、その意味はすぐにわかった。

 簪が抱え込んだ楯無しごと自身を包み込むように人機日輪の防御フィールドを発生、さらに楯無も水をまるで球体防壁のように展開し、防御フィールドをまるまる水で覆ってしまう。協力して作り上げた特殊粒子と水の二重防壁を見たシールが、ハッとなって周囲に視線を向けた。ヴォーダン・オージェを活性化させ、その魔眼で周囲に張り巡らされた“力の密”を視認する。

 

 しかし、もう遅い。

 

「花火は好きかしら?」

「盛大に吹っ飛ぶといいよ」

 

 そんな言葉と共に、空間が震えた。

 周囲に散布されたナノマシンが混ざった気体が急激に発熱し、それを起爆剤として空間そのものが爆ぜた。それはもはや戦術級とすらいえるほど巨大な炎、いや、もっと恐ろしい閃光の塊となって爆音だけで兵器となりうるほどの巨大な爆発であった。

 ミステリアス・レイディの『清き熱情(クリア・パッション)』による爆破と天照の『神機日輪:玉』によるエクシードバーストの合わせ技。

 考えうる限りで最大範囲、最大威力を誇る回避すら許さない凶悪な爆破コンボ。仕掛けた楯無と簪すら自滅しかねないほどの最後の切り札であった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 本隊とは距離を離していたために味方に被害を与えることはなかったが、間接的にその大爆発で戦場が混乱した。シールドで守っていた校舎の窓ガラスすらその衝撃で盛大に割れてしまった。

 それでも教師陣や、指揮を執っていた千冬が叱咤してなんとか混乱を収めることに成功する。もちろん姉妹のこの自爆技のような策は千冬に伝えていた。千冬が全体指揮をしていなければ流石にこんな策を実行しようとはしなかった。

 その爆心地となった場所では、その爆発の規模を物語るかのように焼け野原と化しており、中心部に近しい地面はまるでクレーターのように抉られていた。

 そんな炎と衝撃で耕された地面の一部が動き、土の中から現れた水が渦を巻くようにうねりながら流出した。そんな水の中心部からさらに二つの影が現れる。

 ISを纏った二人の少女、楯無と簪の姉妹であった。二人は満身創痍になりながらもなんとか土の中から這い出てくる。

 

「か、簪ちゃん、無事?」

「なんとか……」

 

 互いに纏うISの装甲は焼け焦げており、かなりのダメージを受けたと見て取れる。

 正直なところ、この『清き熱情(クリア・パッション)』と『神機日輪:玉』のコンボが実際にどれほどの威力になるかなど実行した姉妹すらわかっていなかった。はじめて使ったこともあるが、エネルギー付与と爆発という相乗効果がどれほどになるかなど予測不可能であった。少なくともシールに直撃させるだけの広範囲で、かつ高威力が期待できる攻撃手段がこれしかなかったのだ。

 そしてそれは見事に期待以上の威力であった。あまり広範囲にしすぎると味方にも被害が出る恐れがあったため、シールが回避できない程度ほどには限定して爆破した。結果、予想以上の爆発が限定空間で生まれたために、想像していたより遥かに強大な爆破になってしまった。姉妹の二重防御すら防ぎきれなかったほどだ。如何にシールといえど、爆発した空中のど真ん中にいたのであれば大ダメージは免れないだろう。

 

「あいつは?」

「わからない………どこかに吹き飛んだか、それとも……」

「……あんまり想像したくないけど、あれでも仕留められなかったとすれば……」

 

 楯無がそう呟いたまさにそのとき、ISのセンサーにひとつの反応が浮かび上がる。それは完全に爆破範囲内、普通ならあの大爆発で吹き飛んだか灰になってもおかしくないほどなのだが、はっきりとその反応がある一点を示す。

 そこに目を向けた姉妹が見たものは、焼けた地面に埋まっている白い卵のような球体だった。その殻が剥がれるように広がり、翼の形となって空へと伸びる。そしてその翼を羽ばたかせ………シールがその姿を現した。

 真珠のような白亜の装甲も一部が焦げ付き、細々とした亀裂が見て取れたがそれでも未だに健在であることを示すように、翼を動かしてふわりと空へと浮上する。地獄から浮かび上がる天使のような光景は美しくも冒涜的な光景に見えたが、それは未だに戦いが終わっていないことを意味していた。

 

「やってくれましたね。流石に少々肝を冷やしましたよ……」

 

 そう言いながらも即座に臨戦態勢を取るシールに、楯無と簪も痛む身体に鞭を打ちながら武器を構える。予想外、ではあるが想定内の事態だ。これだけのことをしても、もしかしたら回避されるのでは、という懸念は確かにあった。それでもあれほどの爆発を起こしてまで、予想以下のダメージしか与えられていないという事実は二人を落胆させるには十分だった。

 

「ケロリとしてるわね……」

「その可能性もあるって思ってたけど、さすがにショックかな」

 

 自爆にも等しい手段だったのにあっさり避けられると焦燥してしまう。冗談でもなんでもなく、姉妹の切り札だったのだ。

 あの様子から察するに、爆破する瞬間に真下にパワーダイブして勢いを殺すことなく地面に吶喊したようだ。そうしてあの翼で全身を覆い、地面と翼を盾にしてやり過ごしたのだろう。効果範囲から逃げられないと悟るや、すぐさま最適な防御行動を起こす判断が早すぎる。ここまでくるともう反則だと叫びたいほどだ。

 

「認識を改めましょう。あなたたちは弱くとも、油断ならない相手のようです。ゆえに―――――容赦なく、屠らせてもらいます」

 

 シールの目つきが変わる。シールにとってここまで危機に追い込まれたことが姉妹に対する遊びをなくさせたようだ。今までは暇つぶしのように遊んでいた部分が多少はあったが、下手をすれば噛み付かれると判断して即座に撃破しようと完全に遊びも油断も消してしまう。

 その両の瞳がさらに輝きを増していき、そのアイズを完全に上回る魔眼で姉妹を射抜く。この目の前では、どれほどの実力だろうが無意味に成り下がる。ヴォーダン・オージェに対抗できるのはヴォーダン・オージェだけ。この場にシールの本気に対抗できる存在は、いない。

 

「あらら、これはけっこうマズイかも……」

「ただではやられない。腕の一本だけでも、もらう……!」

 

 既に更織姉妹の勝機はほとんどなかった。それでも諦めることをよしとしない二人は、最後の抵抗をしようと覚悟を決めて大きく翼を広げて向かってくるシールを迎え撃とうとする。

 

 

 そんなときだった。

 

 

 

 

「ッ……!」

 

 シールが二人に攻撃を仕掛けようとする、まさにその直前だった。シールがなにかに反応してバッと勢いよく上空へと視線を向けた。

 そんなシールの不可解な行動に二人は不審に思ったが、その理由はすぐにわかった。上空からまるでシールと姉妹を分かつようになにかが飛来したのだ。それは凄まじい勢いのまま地面へと突き刺さり、衝撃で土砂を巻き上げた。

 舞っていた砂塵が晴れたとき、そこにあったものはひと振りの大剣であった。まるで岩を削り取ったかのような継ぎ目のない無骨な剣であった。それはこの場にいる三人が見覚えのあるものだった。

 だからこそ、それを放った人物が誰かのかすぐにわかった。

 

「この剣は……!」

「まさか、……ッ!」

 

 楯無と簪が驚愕する。この剣を持つ人物がここにいることが信じられなかった。なぜなら、彼女がいるのはイギリスだったはずだ。イギリスからこの日本のIS学園まであまりにも距離がありすぎる。この事態を察知していたとしてもこんな短時間で到着できるなど思っていなかったのだ。実際、楯無は彼女たちの介入は時間的に絶望的とすら思っていた。

 だが、簪だけは複雑そうにしながらも嬉しそうに微笑んだ。信じていた、というよりは、彼女なら来るのではないか、という予感があったというほうが正しいだろう。

 

「…………」

 

 そしてシールが、これまで見せたことのないような笑みを浮かべて、彼女の介入を歓迎した。それは、シールが待ち望んでいたことだから。

 

 そして彼女が来た。

 遥か上空から流星のように一直線に落ちてくる光が急制動をかけて滞空する。現れたのは真紅の装甲を纏う一人の少女。夏休み前よりわずかに伸びた黒髪をサイドで簡単に結っており、バイザーを解除してシールと同じ金色の瞳を顕にする。

 その瞳でこの場で戦っていた三人を見渡し、ニコリと無垢な笑みを浮かべた。

 

「間に合ったみたいだね。それぞれ、いろいろと話したいこともあるけど…………まずはこう言おっかな」

 

 彼女はゆっくりと簪の目の前に降りてくると、心配そうに見つめてくる簪にふんわりと微笑み返す。そしてそんな簪に背を向け、どこか嬉しそうにじっと視線を向けてくるシールと真正面から相対する。

 

「簪ちゃん、楯無センパイ…………助けにきたよ!」

 

 

 アイズ・ファミリア――――戦闘介入。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「くそっ!」

『戦闘可能時間、残り二分デス』

「あのやろう、逃げに徹しやがった……!」

 

 白兎馬と合体した白式は確かに圧倒的だった。零落白夜を纏い、振るうという凶悪な戦闘能力はマドカといえど楽に倒せるものではなかった。

 そこでマドカが選択したのは時間稼ぎであった。その性能から一種のブーストだと判断したマドカは一夏に戦闘継続限界があるとして無人機を利用しての消耗戦へと切り替えたのだ。

 熱しやすくても戦いにおいては冷静な判断力を残していたマドカの策は見事にはまった。真正面からやりあえばおそらく数分で一夏が押し切っていただろうが、無人機という使い捨ての駒を持っているマドカは執拗に白式と白兎馬の妨害行動をしかけていた。

 その無数の無人機を薙ぎ払う白式であるが、その限界は近かった。特にアーマーとなり、絶大な戦闘力を得る近接格闘形態はエネルギーを多く消費するために長時間維持することができない。そして難攻不落と思える零落白夜を纏うリアクティブアーマー『朧』の弱点は実弾兵器だ。エネルギーを消滅させるとはいえ、実弾による衝撃までは消せない。

 

「しかも、海の中のやつが鬱陶しい……!」

『現状の装備で対海中装備はありません。回避することを推奨しマス』

「数が多いんだよ!」

 

 一夏も最も苦しめているのは、海中から攻撃してくる機体の存在だった。おそらくは無人機だろうが、海中からミサイルや機関砲で執拗に狙ってくる。これに対抗する手段が一夏にはなかった。

 ならばとマドカを狙うも、マドカは常に無人機を盾に距離をとって射撃で牽制してくる。このままではまた追い込まれてしまう危険が高い。数の暴力という意味がよくわかる。

 切り札は残されているが、これを使うにはまだ敵の数が多い。無人機の群れを突破してマドカへ届かせるにはまだ足りない。せめて無人機の数がもっと減らせれば………そう思うも、そのための時間が足りなさすぎる。

 

「くそ、どうする……!」

『現在の戦力での打破が至難デス。援護要請を提案しマス』

「そんな余力は……!」

 

 簪も鈴もおそらくは敵主力と戦闘中だろう。もちろん学園防衛の主力にもこんな敵中にいる一夏の援護など不可能だろう。一夏も全力で戦っているが、うっとうしいほどの無人機の数がそれを阻む。

 そして現在も多くの無人機が一夏を囲んでいる。一蹴するのは簡単だが、確実に時間がかかる。そうなれば結局マドカの思う壺だ。

 一夏にも焦りの色が強くなる。

 

「こうなったらイチかバチか……! 白兎馬、アレを使……」

『警告。上空に未確認反応』

「っ!? 新手か!?」

『解析完了………友軍デス』

 

 瞬間。

 一夏の周囲にいた無人機が上空から放たれた弾丸に貫かれた。それに驚く間もなく、次々と雨のように弾丸が降り注ぎ、それらが正確に無人機たちを射抜いていく。この事態に一夏は銃撃を放ったと思われる人物がいる方へと目を向ける。

 

「あれはっ………シャルか!?」

 

 上空から現れたのは、合計六つの重火器を展開して乱射するシャルロットだった。シャルロットは一夏と目をあわせると、ニコリと花のような笑みを浮かべた。

 

「やぁ一夏。苦戦してるみたいだね。援護はいる?」

「なんでここに……!? いや、それはあとでいい! 援護を頼む!」

「任せて!」 

 

 

 突如として現れたシャルロットがマドカへと突撃する一夏の援護を開始する。一夏の後ろ上方へと陣取ったシャルロットが重火器複数展開による圧倒的な物量の弾幕を張る。それぞれが高威力の重火器であるため、無人機といえど直撃を受ければ手足がふっとぶほどの威力がある。セシリアのような的確な狙撃ではなく、数は力、数撃ちゃ当たるというように出し惜しむことなく撃ち続けている。高性能なウェポンジェネレーターを搭載するシャルロットの『ラファール・リヴァイブtype.R.C.』は過剰使用しない限り基本的にエネルギー兵器の弾切れはない。

 

「数だけは多いね!」

 

 右側面から迫る無人機を視認したシャルロットが右手に持つビームマシンガンの銃口を向ける。それと連動して背部の徹甲レーザーガトリング砲と肩部のレールガンも同時に照準を定める。そしてシャルロットのイメージでそれらのトリガーが一斉に引かれた。

 貫通力の高いレーザーガトリング砲とレールガンによって四肢が砕かれ、ビームマシンガンの弾幕によりその動きを止めて最後には爆散する。

 まだ数が多い無人機に対し、搭載されている武装の中から十六連ミサイルユニット二機を展開すると一夏の前方に固まる無人機群に向かって一斉発射。側面から一夏へと迫る機体には続けて弾幕による牽制を行う。

 

「今だよ一夏!」

「わかった!」

 

 シャルロットの援護を受け、一夏と白式が水を得た魚のように勢いを増していく。味方の援護があるだけでその勢いの差は歴然であった。

 そんな一夏を止めようとマドカが舌打ちしながら無人機をけしかけるが、シャルロットがそれを許さない。乱射しているとは思えないほど的確に無人機を撃ち落としていく様は、まるで見えない壁が一夏を守っているかのようだった。

 

「一夏、前だけ見て! 後ろは僕が守る!」

「信じているさ!」

 

 すれ違いざまに一機を真っ二つに斬り裂きながらも一夏は止まらない。

 

 頼もしい援護を受けた一夏はただ前を見て戦場を駆け抜けた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「があぁっ!?」

 

 背後に直撃を受けて平衡感覚を失ってしまう。気合で意識を保ち、ギリギリで追撃のビームを辛くも回避するも、続けて放たれる極光に鈴は追い詰められていた。

 すでに機体は限界だ。オータムの『アラクネ・イオス』との戦闘で機体性能は半分以下にまで低下している。まるで鉛を纏って戦っているようだった。

 そんな機体の全身に龍鱗帝釈布を巻きつけてなんとか最低限の機動性を無理矢理に生み出している。まるで拘束されているかのような姿だが、全身に纏うことで防御にも役立ててしぶとく戦闘を維持していた。

 

 しかし、それもとっくに限界だった。それどころか、粘っている分鈴自身にダメージが蓄積されていく。絶対防御でも衝撃までは防げない。冷静に自己診断しても、肋骨もいくつか折れているし、無理して動かしていた右腕の感覚も遠くなっている。このままでは嬲り殺しが目に見えているが、それでも鈴は戦うことをやめない。

 勝てなくても、ここで戦っている限り一夏や簪、本隊の敵の数を減らせることができる。鈴は己の現状を冷静に受け止め、一秒でも多くここで敵機を惹きつける囮役になると決めていた。

 

「さすがに、これ以上は限界かしらねぇ……!」

 

 気合と根性で三機の無人機は落としたが、一機落とすごとにISが悲鳴を上げた。これ以上は『甲龍』も鈴も耐えられないだろう。しかも、新型と思われる高速飛行型の無人機が厄介過ぎた。『甲龍』の機動性以上の速さでヒットアンドアウェイを仕掛けてくるタイプの無人機に、武装のほとんどを失った鈴は攻撃を当てることすらできない。

 そして、今まさに正面と左右の三方向から高速機動型の無人機が突っ込んでくる様が見えた。三機の同時攻撃を防ぐことはできないだろう。もう動かなくなった右腕を必死に動かそうとしながら、鈴はどこか観念したように苦笑した。

 せめて一機とは相討ちになってやると最後の一撃を放とうと構えるが、それは無駄な行為だった。

 

 

 

「え?」

 

 

 

 なぜなら、その三機は鈴の目の前でバラバラになって爆散したからだった。

 いきなり破壊された無人機にわずかに唖然とするも、ハイパーセンサーに一瞬映った影が鈴の意識を覚醒させた。

 

「あれは……」

 

 その影は残像すら残さないような速さで無人機たちの間を稲妻のように駆け抜ける。その軌跡に青白いバーニア炎を残しながら、ジグザグに不規則な動きで無人機を翻弄しながら次々と屠っていく。

 その影を鈴は知っていた。

 それが来ると信じていた。だが、まさかここまで早く来てくれるとは思っていなかった。

 

「はは……」

 

 戦場にいながら、鈴は安堵した。それは、あの影に対する信頼にほかならなかった。

 やがて周囲の無人機を一掃したその影が瞬間移動でもしたかのように鈴の目の前に現れる。黒い装甲に青白いエネルギーラインを持ち、蝶の羽のようなバーニア炎を噴かしながら滞空している。そのIS―――『オーバー・ザ・クラウド』を纏ったラウラが、不敵に鈴に微笑みかけた。

 

「苦戦しているようだな。手を貸そうか?」

「バーカ、あんたのために残しといてやったのよ」

「そうか。ではあとは私に任せろ。…………よく、守ってくれた」

 

 労うように感謝するラウラの言葉に鈴はただ笑って返した。それを受けたラウラもまた穏やかな笑みを浮かべる。そして戦士の面構えへと表情を一変させたラウラが、この周囲に残っている無人機を殲滅させようと再び超高速機動へと入った。

 再び視界から消えたラウラを見送った鈴が、ほっと安堵の息を吐いた。

 

「ラウラが来たってことは、あいつらが来たってことね。あたしの仕事はここまで、か………」

 

 目的は果たせた。あとは友に任せればいい。こうなれば、意地でも生還しなければ情けないだけだろう。

 

 

 ――――ああ、でも、なんか疲れたな、……すっごく。

 

 

 鈴は穏やかに目を閉じ、そして意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 IS学園の遥か上空に、一隻の船が浮かんでいた。しかし、その船の外観は空に溶けるように偽装され、その全貌がまったく見えない。

 だが、その規模は軽く見積もっても百メートルでは収まらない大きさだった。

 レーダーからも目視からも隠蔽するステルスモードのその正体不明の船――――IS運用母艦『スターゲイザー』の出撃ハッチから、『ブルーティアーズtype-Ⅲ』を纏ったセシリアがはるか眼下の戦場を見下ろしていた。

 

「どうやら、先遣の三人は間に合ったようですね」

 

 状況から救援が必要と判断したセシリアが、それぞれにアイズ、シャルロット、ラウラの三名を先行させたのだが、それは間違っていなかったようだ。さすがにすべての無人機を破壊するには手こずるだろうが、救援自体は成功だろう。

 あとは、この戦況を覆すだけだ。

 セシリアは背後へと向き直り、そこで待機している十数機にも及ぶIS『フォクシィギア』を纏った少年少女たちに目を配る。

 

「さて、わかっていると思いますが相手はあの忌々しい亡国機業の尖兵です。私たちの目的のため、どうあっても倒さなければならない………紛れもない敵です」

 

 聞いているその者たちはセシリアの言葉を噛み締めるように頷く。

 

「こうして表舞台にたつ意味を、今更言うまでもないでしょう。そして舞台に上がったからには、私たちの役目はただひとつ…………すべて、蹴散らしなさい。それが私たちの役目です」

 

 セシリアの言葉に感化されていくように、戦意が高揚する。熱気にまで高められたそれを発散させるかのように、セシリアがスターライトMkⅣを片手に号令をかける。

 

 

「カレイドマテリアル社直属部隊【セプテントリオン】………只今をもって介入行動を開始します!」

 

 

 

 

 




アイズ来た! これで(ry……回でした。

更新遅くなりました(汗)仕事がいろいろ修羅場ってました。

今回からとうとうアイズたちが参戦します。久々にアイズを書けたぞ(苦笑)
そしてカレイドマテリアル社の誇る部隊がとうとう表舞台に出ます。部隊名セプテントリオンの由来は七星(SEPTENTRION)から。アイズたちがなぜ短時間で救援に来ることができたかなどはまた次回以降に解説が入ります。
あと途中でカレイドマテリアル側から見た捕捉エピソードを挿入すると思います。

暑さも本格化してバテそうです。皆様も体調にはお気を付けて。

それではまた次回!



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