双星の雫   作:千両花火

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Act.68 「強く、よりしなやかに」

 迫るステークの側面を叩き軌道を強引に変えて捌く。しかしすぐさま側面から同じ凶杭が脇腹めがけて襲いかかってくる。それを肘打ちで叩き落とし、カウンターで蹴りを放つも、二本の腕によって受け止められる。それを悟るやすぐに足を戻す勢いのまま身体を捻って逆側面から迫っていた腕を回避する。

 四肢を駆使して戦う鈴と、規格外の八本の腕を操り戦うオータム。二人は距離を取らずに、真正面からの殴り合いに拘っていた。鈴とオータムはもともとチマチマと撃ち合ったり、小細工でどうこうしようという考えは好きではなく、倒すべき相手ほど真正面から実力で叩き潰したいという、ある意味で似た者同士であった。そんな思考をする二人が相対すれば、これまでの因縁も後押しで心地よい喧嘩へと発展するのは当然の流れであった。

 

「ハハハッ、沈め!」

「てめぇが落ちるんだよ、くひゃはっ!」

 

 気づけば鈴もオータムも笑いながら戦っていた。こんな密着しての殴り合いをすれば当然被弾も増える。互いに致命的な一撃こそ受けていないが、少なくないダメージを受けている。鈴は左側頭部にステークが掠めて頭部装甲の一部が破壊され、彼女のトレードマークであったツインテールが解かれて血を滴らせた髪がなびいている。顔の左半分も真っ赤に染まったままだ。

 対するオータムも一度脇腹に鈴の発勁を受けたためか、口元が血で化粧されていた。かろうじて防御したとはいえ、浸透勁を受けたために内蔵に痛手を受けたのだろう。

 それでも、両者は止まらない。血戦となっても、それがどうしたと言わんばかりに目の前の敵を打倒しようと拳を放つ。

 

「グウッ……!?」

 

 捌ききれなかった腕のひとつが鈴の肩へと振り下ろされた。オータムのIS『アラクネ・イオス』は近接戦闘に特化した強化をされ、その腕にもステークや鈍器が仕込まれている。相手を粉砕するための凶悪な装備だ。振り下ろされた腕がISの装甲を変形させ、鈴の身体に衝撃として走り抜ける。絶対防御機構があるとはいえ、こうした衝撃緩和にも限界がある。今の一撃でシールドエネルギーも少なくない量が削られてしまった。それを確認する前に、鈴は反射的に蹴りを放っていた。

 蹴りを放つための距離が足りなかったために、足裏を当てて蹴り出すような態勢となる。これだけなら対したダメージは与えられないが、鈴はここで切り札のひとつを切った。

 

「ぐ、ごっ……!?」

 

 鈴の足で蹴りだされるようにオータムが吹き飛んだ。それは明らかに蹴りにしては威力がおかしかった。『アラクネ・イオス』の装甲に亀裂が走り、オータムも苦しそうに咳き込んでいる様子から見てもそれがどんな威力だったのか察するに余りある。

 

「がっ、ごほっ……! て、てめぇなにしやがった……!?」

 

 忌々しげに睨むオータムに向かってドヤ顔で挑発する鈴だが、そんな鈴の顔にも脂汗が浮かんでいる。鈴が受けたダメージも相当なものだったようだ。

 

「ははっ、ざまぁみなさい。いてて……こっちもヤバかったわね」

 

 痛みを堪えつつ、鈴はうまく決まったことに内心ほっとしていた。

 鈴がやったことは簡単だ。オータムに対してゼロ距離から砲撃を放ったのだ。それは実弾でもビームでもなく、『龍砲』と同じ衝撃砲だ。そしてそれは甲龍の脚部、その足裏から放たれたのだ。

 

 足裏部攻性転用衝撃砲『虎砲』――――単一仕様能力『龍跳虎臥』の能力を応用し、密着して放つ近距離用の武装だ。いや、武装というより技というべきものであった。

 もともと甲龍の単一仕様能力『龍跳虎臥』は衝撃砲『龍砲』の機構を取り込み、応用させて作り出したものだ。空間に圧力をかけて足場を形成するか砲身を形成するか、ざっくりといえばその違いだ。もちろん、展開速度や強度なども違うが、機構としての違いはその差異に集約される。ならば、空を蹴るための足場は、同時に砲身にもできるのでは、という応用が生まれる。

 そこに目をつけた束が、甲龍のシステムをちょっといじって可能とした技だ。鈴が無人機プラント強襲作戦に参加した報酬としてもらったものだった。これ以外にも、いくつか面白い発想を教えてもらっている。それを実現できるかは鈴と甲龍次第とも言われたが、可能性を知っただけでも鈴にとっては大きな収穫だった。

 他の機体はそれぞれカレイドマテリアル社の恩恵を受けているが、甲龍はそのほとんどは自己進化して得たものだ。それは進化の方向が鈴と甲龍に依存するということだ。外部から強化、発展する他の機体と違い、鈴のイメージに依るところが大きい。だからこそ、多くの可能性を示されたことで鈴はさらなる進化のイメージを獲得できた。

 

「あんたには、少しだけ感謝するわ」

「なに?」

「あんたとの戦い、そしてこのふざけた襲撃………それに全力で抗って、そして」

 

 鈴は敢えて笑う。不謹慎だと理解しながら、それでも自己を奮い立たせるように壮絶に、猛獣のような威圧感を放つように、鈴は猛々しく笑みを作った。

 

「そして―――そのすべてをあたしの糧にしてやるわ」

「喰われるのはてめぇだよ」

 

 鈴のその威圧に対抗するように、オータムも表情を変えて宣告する。激しい攻防から、一転して静寂の膠着状態へと陥ってしまう。二人の目線は一切そらされずにぶつかり合い、互いの戦意が衝突する。

 

「…………」

「…………」

 

 およそ一分ほど、無言での睨み合いが続くが、その膠着状態は唐突に破られた。

 学園側からなにか巨大な爆発音が響き、夜の闇が炎によって塗り替えられる。それはこの規模の戦闘でも明らかに異常なほどの大爆発であったが、二人はそれがいったい何であるか考えるより先に動いていた。

 

「うぉぉらあァッ!!」

「オらぁッ!」

 

 防御など考えない全力ブーストでの突撃。鈴は最高威力を誇る右腕での渾身の発勁掌。左腕に双天牙月を持ち盾として構えたままオータムの胴体目掛けて突っ込む。

 対するオータムはその八本の腕を同時に鈴へと向ける。腕に仕込まれているステークを鈴に打ち込まんと凶悪な腕を多方向から放つ。

 鈴は真正面からまっすぐと、オータムはそんな鈴を囲むように多数の腕を放った。結果、鈴はオータムの懐に入り込むと同時に、オータムの攻撃を死角から受けることになる。だが、それすら構わずに鈴は発勁掌をオータムへと叩きつけた。

 

「ごがはぁっ!?」

 

 アリーナを割ったことすらある鈴の一撃を受けて血を吐きながらオータムが吹き飛ぶ。さきほどの虎砲の一撃よりも遥かにダメージが高いとわかる。直撃寸前に身を捻って衝撃を逃がそうとしたようだが、その程度で鈴の一撃を躱すことなどできない。半透明なフルフェイスの頭部装甲を兼ねたメットが内側から真っ赤に塗りたくられ、全身の装甲がひび割れ、破壊されたパーツが破片となって海へと落ちていく。かろうじて海へ落下することをまぬがれたオータムが荒い呼吸を繰り返しながらもゲラゲラと笑う。

 

「ははっ、がふっ……! た、対した威力だ、が………終わりはお前だよ………!」

 

 大ダメージを受けたオータムだが、その態度はまるで勝利を確信したかのようだった。その根拠はすぐにわかった。

 鈴の様子が、明らかにおかしかった。

 

「く、そ……っ! そういう、武器か……!」

 

 鈴は歯を食いしばりながらオータムを睨みつけていた。

 しかし、そのオータムに一撃を入れた右腕はボロボロになっており、ステークで打ち抜かれた跡が二つもあった。さらに右足にひとつ、背部の龍砲のアンロックユニットにひとつ、合計四つの直撃を受けた痕跡が見られた。左側は防御に回していた分、ダメージを受けたのはほぼ右半身。それなりにシールドエネルギーは削られたが、まだ戦闘行動は問題ないレベルの破損だ。攻撃を受けたとはいえ、しっかり装甲部で受けた鈴は流石であったが、そんなことはオータムにとっては関係がなかった。

 

「腐食、か……!」

 

 ステークの直撃を受けた破損箇所が、明らかに劣化していた。赤茶色の、まるでサビになるかのように変色して装甲強度がどんどん低下していく。しかもそれだけでなく、攻撃を受けた右半身が麻痺したように動きが鈍くなっていた。破損によるダメージとは別に、甲龍のOSにエラーが生じていた。

 

「システムクラック……!?」

「ふん、今更気付いても遅ぇよ。私の『アラクネ・イオス』の毒針、たっぷり味わいな!」

 

 『アラクネ・イオス』―――毒、の意味をもつイオスという名を冠するこの機体の最大の特徴は、敵機への侵食装備である。八本の腕に仕込まれたステークには、打ち込んだ物体にウィルスを流し込む特殊機能が有してある。それは物理的に装甲を腐食させると同時にISのOSからの命令系統にエラーを生じさせるという、まさに『毒』で相手を侵すものだ。

 

「ちぃ……!」

 

 鈴は右腕を動かそうとするが、反応が鈍い。辛うじて動くが、タイムラグがひどい。イメージがうまくISの腕にフィードバックされていないようだ。これでは満足に拳を振るうことすらできないだろう。さらにこの毒針を受けた右足も同じような状態に陥っていた。そして背部アンロックユニットの片方は完全に機能不全を起こし、龍砲のひとつが使用不能となる。これでは右半身がまるまる麻痺しているようなものであった。ISの飛行能力が麻痺しなかったのは不幸中の幸いであった。それでもISのPIC機能が不全になれば海へと真っ逆さまだったために鈴は肝を冷やした。

 この侵食機能は打ち込んだ箇所の腐食と機能不全を起こすものなので、コア付近にでも直撃しない限りその心配は杞憂であったのだが、鈴は知る由もないことだ。ただ、受けたらマズイ攻撃だと強く意識した。

 

 

 

―――――右腕の反応が鈍い……この状態で発勁は無理、か。やってくれるわね……!

 

 

 

 利き腕を麻痺させられたに等しい状況だ。普段自分がやっていることを返された形だった。皮肉に思える状況に鈴がわずかに苦笑するも、頭では絶えずに思考を巡らせている。

 機体が麻痺させられ、今は右半身に拘束具をつけているようなものだが、鈴自身の腕や足は無傷ならまだやりようはある。とはいえ、追い詰められていることは間違いない。利き腕を潰され、片足も使えない。長時間の戦闘ができない以上、一撃必殺に成り得る手段は左腕の発勁と左足の虎砲のみ。利き腕の右には劣るが、左でも必殺の威力を持つ発勁は可能だ。

 しかし、オータムも重点的に左を警戒するだろう。あの八本の腕を掻い潜って直撃を当てるのは……見込みが薄い。先の一撃で落とせなかったことが悔やまれる。

 

「げほっ……ちぃっ」

 

 オータムは頭部を覆っていたメットをパージして素顔を晒す。血まみれになったメットの下には、同じく口元を真っ赤に染めたオータムが苦悶の表情を浮かべていた。

 鈴も追い込まれているが、同時にオータムも追い込まれていると言えた。オータムの予想よりも鈴の発勁掌の威力があり、浸透してきた衝撃に内蔵にかなりの痛手を受けていた。ISはまだすべての腕が健在だが、操縦者であるオータムはもう長時間戦えるほどの体力もなかった。だが、それでも優劣ははっきりとしてしまった。

 

「ははっ、あんたも苦しそうね、オータム。あたしの発勁掌を受けて無事で済むわけないもんねぇ?」

「ほざけ、手負いの小娘に負けるような私じゃねぇ。それにてめぇはもう詰んでんだよ」

 

 鈴の言葉も、オータムの言葉も間違っていなかった。実際にオータムは深手を負っていたが、同時に鈴は手詰まりに追い込まれている。右半分の武装が死んだ今、左半分だけで倒せるほどオータムは弱くない。むしろオータムは格闘技量は鈴と遜色ないレベルだ。

 

「あたしさ、正直あんたを舐めてた」

「ああ?」

「チンピラにしか見えなかったし、言動も態度も軽い。どう見てもただの下っ端だし」

「てめぇな……!」

「でも違った。あんたは強い。こうして戦えばわかる。きっと相当の努力をしてきたんでしょうね。しかも、私より遥かに………あ、年が違う分これは当然かな?」

「今も舐めきってんだろてめぇ!」

「まぁ、それはいいじゃない。あたしは、素直に尊敬してんのよ。敵だけど、あんたは敬意を持つに値する敵よ」

 

 鈴の言葉に嘘はない。

 紛れもなく倒すべき敵であるが、だからこそ鈴はオータムを認められることが少しだけ嬉しかった。

 

「なにより、あんたはこの状況でタイマンをしてくれた。……なにより、このあたしと!」

 

 鈴は自分とオータムを囲む無人機たちを見ながらそう賞賛する。はじめから無人機を使って数で押されれば如何に鈴とて押し切られていたことは明白だ。それなのに、オータムはそれをしなかった。それが、たとえ仕返しをするというくだらない理由でも、真正面から戦ってくれたことに感謝した。

 

「だからもう一回、改めて言葉にするわ! あんたは、あたしが戦うにふさわしい存在だった」

「……だった?」

「だからこそ、あたしは、あたしの全てで、あんたを倒す。あんたの全てを、あたしの血肉にする」

「…………」

 

 鈴の言いたいことを察したのだろう。顔を紅潮させながらオータムが鈴を睨みつける。そんなオータムの威圧を、むしろ心地よく感じながら鈴は覚悟を決める。

 

「今日、ここで、あたしに倒されるために立ちふさがってくれたのよ、………感謝するわ、オータム! そのお礼に、あんたはここで思い出にしてやるわ!」

「言っただろうが………負けるのはてめぇだってなぁ!」

 

 鈴は笑い、大きく空気を吸い込む。

 

 そして。

 

 

 

「う、おお、ッ……あああああああああああァァ――――ッッッ!!!!」

 

 

 

 咆哮。

 

 鈴は自らの内に秘めている魂を放出するかのように、大気を震わせる。同時に突撃。左腕を振りかぶりながらオータムへと一直線に向かっていく。それを見たオータムは少し失望した。手負いとはいえ、今更こんな特攻が通用すると思われていることが屈辱に思えた。結局はこの程度だったか、と……そんな奇妙な落胆を感じた。

 鈴は既に半身が使い物にならない。倍以上ある、文字通りの手数が今では四倍にまで差が生まれている。鈴の格闘の技量は確かにオータムも認めるところだが、そんな鈴でも四肢の半分が潰れてはオータムの八つ手は捌けない。残っている左腕と左足、さらに背中の龍砲も左のみ。左半身に対して防御を固めればオータムはまず負けない。鈴の特攻はただの玉砕に終わる。

 

「がっかりだぜ。もういい、落ちろクソガキ!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

―――――……。

 

―――……。

 

――……。

 

 

「あいたぁっ!?」

 

 鈴はまともに顔面に拳を受け、盛大に倒れる。その威力に受身を取ろうとしてもうまくいかず、不格好に足をもつれさせて昏倒してしまう。

 受身に失敗して倒れた鈴を、呆れたように雨蘭が見つめていた。

 

「なにやってんだ阿呆。真正面からバカ正直に突っ込んでくるからだ」

「うぅ、脳筋のお師匠に言われると悲しい……」

「なんつったてめぇ?」

 

 まだ雨蘭から格闘術を習い始めた頃、鈴はよくなにも考えずに特攻をしては雨蘭から叱られていた。格上を相手にするとき、考えなしに突っ込むなどバカの極みだ、と。それでもまだ精神的に未熟だったころは何度も何度も同じことを繰り返していた。言うことを聞きたくなかったわけじゃない。ただ、雨蘭の顔を真正面からぶん殴ってやりたかっただけだ。

 

「ったく、脳筋の弟子をもつと苦労するな」

「だってお師匠が脳筋だも……ぶべらっ!? あ、頭が! 頭が割れる~!!」

「黙れ猪娘。いい加減、力押し以外も覚えろ、阿呆」

 

 鉄のような雨蘭の拳にのたうち回る鈴。もはやスキンシップみたいなもので、鈴の頑丈さが鍛えられた一因は間違いなくこれにある。

 

「って言ってもさぁ、お師匠って人間超越した動きするんだもん。あたしにはそんな真似できないし」

「それは違う。おまえができないのは、おまえがイメージできないからだ」

「イメージ?」

「無理だからできない、じゃない。できるイメージがないからできないんだ」

「お師匠~、それっぽく言ってるけどよくわかんないんだけど」

「脳筋め………そうだな、試してみるか。私はここから一歩も動かない。おまえは武器を使っても投石をしてもいい。だが私が勝つ」

「………お師匠、さすがにあたしをバカにしてるでしょ?」

「そう思うなら、やってみろ」

「上等だよコラァ!」

 

 鈴は間合いを取り、訓練用の棍を手に取る。これならリーチは圧倒的に勝る。如何に雨蘭でも動かずに鈴を打倒することはできないはずだ。

 

「くらえお師匠ー!」

「まったく……」

 

 雨蘭の間合いのギリギリ外から棍を突き出す。あまり遠すぎると回避を容易にさせるため、慎重に間合いを測って攻撃する。しかし、雨蘭はそれを片手で軽く手を添えて捌き、そして―――。

 

「え? うげはっ!?」

 

 飛んできた雨蘭の拳が顔面にヒットした。またも顔面を強打されて悶える鈴が信じられないというように鼻っ柱を抑えながら雨蘭を見上げた。

 

「そ、そんなのアリ!?」

「イメージしきれなかったお前が悪い」

 

 そういって雨蘭は自ら外した片腕の間接を元通りに嵌めなおす。確かめるように腕を動かし、問題ないことをアピールする。

 

「関節外してリーチを伸ばすって………そんなことができるの?」

「おまえはやめておけ。筋を痛めて腕が使い物にならなくなるぞ」

 

 たかがリーチが優ったというだけで油断した鈴の上をいってみせた雨蘭。ちなみにもし投石などの手段ならそれを蹴り返すつもりだった。

 

「イメージできないことが、どれだけ馬鹿な思考放棄やわかったか?」

「……相手がなにをするか、常に可能性を考えろってこと?」

「逆も言える。相手のイメージを上回ることができれば、それは強みだ。おまえみたいにただ殴り合うだけしか頭にない阿呆なんていいカモだ。まさか、それを卑怯などとは言わないだろう?」

「ぐぬぬ……」

 

 言い返したいが、確かにそうだと鈴も理解した。技量でも、戦術でも、相手の予想以上のものを繰り出すことなんて卑怯でもなんでもない。むしろそれが強さといえるものだ。そういった思考は彼方へ捨て去っていた鈴は、己の未熟さを痛感してしゅんと項垂れる。

 そんなわかりやすい鈴を見て、雨蘭はため息をつくと穏やかな口調で話し始めた。

 

「………おまえは逸材としては一級品だ。身体能力も高いし、力も強くしなやかさもある。小柄なことを差し引いても羨むほどのセンスがある」

「え? どったのお師匠? あたしを褒めるとか変なもの食べたの?」

「安心しろ。バカにするのはここからだ。………身体はいい、だがメンタルがそれに追いついていない。だから宝の持ち腐れ、脳筋だと言ったんだ」

「うっ………」

「熱くなるときも思考だけは冷たく、常に動かせ。思考を止めるのは身体を止めることと同じだと思え。おまえなら闘争本能で戦い続けることもできるかもしれんが、そんな真似は獣でもできる。おまえは人間だ。獣より上に行きたければ、常に己を律して戦え」

「そうすればお師匠に勝てるの?」

「そういうことは、私に一撃でも入れてから言うんだな」

「………ちくしょー」

「身体も頭も、必要なのは“強く、しなやかに”……ってことだ」

「強く、しなやかに………」

 

 鈴は悔しさを刻み込みながら、師匠の教えを忠実に守った。それからというもの、常に思考を止めずにありとあらゆることに考えを巡らせ、相手の予測をも超えようとしてきた。それも力技が多かったのは鈴らしいというところだが、そうしたアグレッシブな姿勢を手に入れた鈴はますますその才能を開花させていった。

 どんなに追い込まれても勝ちを諦めない、死中に活を見出そうとする貪欲な勝利への渇望、追い詰めれば追い詰めるほどに冷たく牙を研ぐ猛獣のような少女。

 

 それが凰鈴音の真の恐ろしさなのだ。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「ヤケになったか! 今更そんなもので!」

 

 突撃してくる鈴に向かい、トドメを刺そうと八本すべての腕のステークを起動させる。もう一度ステークを打ち込めば、完全に機能不全に陥らせることができる。そうなれば如何にしぶとくても戦闘続行は不可能だ。

 隙だらけの右側と注意するべき左側にそれぞれ攻撃と防御を重視させて腕を振るう。

 

 鈴はほぼ完璧な迎撃態勢をとるオータムに向けて、あくまで真正面から突撃する。ギラギラとした目はまっすぐにオータムに向けられていた。

 それはさながらさきほどのリプレイだ。違いは、鈴の右半身が使えないこと。それが絶対的な弱点となっている。そして当然、オータムはそこを狙う。

 先手を打つように甲龍の左腕と左足をそれぞれ二本の腕を使って行動阻害を狙う。この距離なら衝撃砲を撃てば諸共に吹き飛ぶが、鈴ならやりかねないと判断して左腕を抑えつつステークを龍砲のアンロックユニットへ打ち込み破壊する。これで鈴の攻撃手段はすべて潰した。あとは体当たりくらいしかできまい。そしてそれすらさせる気のないオータムは残った腕を大きくしならせて麻痺して動かない右側を狙う。

 

「終わりだ、小娘ェッ!!」

「―――ッ!」

 

 だが、鈴はそんな絶体絶命の窮地にいながら、口の端を釣り上げた。それはヤケなどではなく、明確な強い意思があった。鈴の狙いは、まさに死中にある活を無理矢理にでも捕まえる行為、できなければ敗北、それを覚悟して鈴は――――。

 

「力強く………よりしなやかに!」

 

 渾身の力で、己の“右腕”を振り上げた。

 

「なに!?」

 

 予想外の光景にオータムの思考が一瞬止まる。いったいなぜ、と思ったときには既に鈴はその腕をまっすぐオータム目掛けて放っていた。不意を突かれる形となったオータムが気付いたときには既に遅かった。

 先程とは違い、防御もできずに完全な直撃を許してしまう。装甲が破壊され、絶対防御を貫通するほどの衝撃がオータムの身体と意識をかき乱す。体勢を整えることすらできずに、オータムは海へと落下していく。

 オータムは落ちながら、鈴を見た。そして、その腕に赤い布のようなものが巻かれている姿を目にして、ようやくなにをしたのか理解した。しかし、それはあまりにも遅かった。

 

「ク、ソが……ッ」

 

 オータムは完全に敗北したことを悟り、そして水しぶきをあげて暗黒となっている海へと落ちていった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「ぜっ、はっ、はぁ………!」

 

 呼吸が荒い。心臓がまるで早鐘のように鼓動を鳴らしている。無茶をした右腕には鈍い痛みがあるが、結果としてオータムを撃墜できた。機能不全を起こしている右腕部を無理に動かしたことで甲龍にもかなり負荷をかけてしまった。

 

「ははっ、あたしのイメージのほうが上だったみたいね……」

 

 鈴は強がるように言う。

 あの瞬間、鈴がしたことは外部からの力で右腕を動かすことだった。オータムに悟られないよう、ギリギリまで間合いを詰めて龍鱗帝釈布を右腕に巻きつけたのだ。龍鱗帝釈布はナノマシンが編みこまれており、鈴の意思で動かすことができる武装だ。本来防御用のこれを、動かない右腕を動かすための『操り糸』として使用した。鈴自身の腕まで感覚がなければ不可能だったが、強引に普段のイメージ通りに発勁掌をたたき込めた。さすがにこんな無理矢理な方法では発勁の威力は格段に落ちていたが、それでも浸透勁の直撃だ。胴体部に、何度も発勁や衝撃砲を受ければ倒れないやつなどいない。むしろしぶとかったくらいだ。

 右腕を麻痺させられたからこそ、鈴はその右腕を切り札とした。相手のイメージを上回り、決定打とするにはこれしかないと考えたのだ。

 

「ぐ、うう……!」

 

 しかし、鈴の顔が苦痛に歪む。

 オータムは倒せたが、その代償も大きかった。最後の一撃を決めることができたが、同時にオータムの攻撃も受けていた。先の攻撃に加え、さらに全身にステークの直撃を受け、甲龍の性能が著しく低下していた。お互いカウンターとして攻撃を放ったために、そのダメージは鈴にもしっかり届いていた。視界が霞みそうになるほど消耗した鈴が、なんとか体勢を整えて周囲に目を配る。

 

「…………ですよねー」

 

 鈴の視界に入ってきたのは、囲んでいた無人機たちがその手にもったビーム砲の砲口を一斉に向けている光景だった。オータムがこの場からいなくなったことで無人機の戦闘行動も再開されたようだ。

 

「悪いわね、一夏、簪………ちょっと合流できそうにないわ」

 

 どんなに考えても、ここを切り抜けるイメージが浮かばない。諦めるつもりはないが、なにか策を思いつかなければ先程のオータムと同じように海に沈む未来が待っているだろう。そう思い、下を見ればいつの間にかオータムの『アラクネ・イオス』が無人機に回収されている様子が見えた。

 そのまま離脱していく姿を見て、あの野郎ちゃっかり逃げやがった、と舌打ちする。

 

「でもただではやられないわ。一機でも多く、道連れにしてやる! かかってこいよ鉄屑ども!」

 

 機体ダメージは甚大、もう少しで機能停止寸前だ。『アラクネ・イオス』の“毒”を受けたことで動きも悪化しているし、鈴自身の消耗もいつ倒れてもおかしくないほどだ。

 

 そんな鈴をあざ笑うかのように無人機が一斉にビームによる集中砲火を放った。

 

 

 いくつもの爆炎の花が、海上で咲き乱れた。

 




鈴ちゃんのターン。鈴ちゃんが主役の回はいかに熱血になるかを考えて書いてしまいます。

でもこの回で鈴ちゃんとオータム先輩が戦線離脱です。この話ではどんなに強くても単機では数の暴力には勝てない仕様になってますので、この状況から鈴ちゃんだけで無人機に勝つのは不可能です。まぁ、援軍でもいれば別ですが(フラグ)

ともあれ、時間稼ぎと有人機の撃破だけでも鈴ちゃんの戦果は多大です。ここの鈴ちゃんはヒーロー資質が抜群です(笑)

しかしまじでそろそろアイズたちを出したくなってきた。

それではまた次回に!

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