双星の雫   作:千両花火

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Act.67 「戦士の馬と鎧」

 楯無は目の前にいる人物に畏怖を感じざるを得なかった。

 機体性能そのものは確かに高いが、それでもミステリアス・レイディでまったく対抗できないというほどの差はない。経験値も楯無のほうが若干上だろうというのもわかっている。しかし、それをものともしないほどにシールは速かった。動きが、ではない。その反応速度が完全に反射の域なのだ。そこに思考が入り込んで対処されるため、楯無の行動が完全に後手に回っている。先手をとっても、尽くがカウンターをされるため、まるで思考が読まれているのではないかとさえ感じてしまう。

 

 

――――これが、ヴォーダン・オージェの力……! 反則もいいところでしょう!?

 

 

 以前にアイズと戦ったときも、アイズに似たような対処をされたことがある。今にして思えば、あのときのアイズはずいぶんと手加減をしていたのだとわかる。しかし、この常に後の先を取るような戦い方はよく似ていた。大抵戦っていればその人間の癖が見えてくるものだが、シールにはそれが一切見られない。そのときどきに常に最適最速な行動を選んでいる。それならば逆に動きは読める場合もあるが、そうした対処行動にすら反応して逆にカウンターを受ける有様だ。武装でも機体性能でもなく、単純な反応速度の差が埋め難い絶対の差となっている。楯無は二手、三手先の対処を常に行うことでなんとか食らいついている。先読みが深くなればなるほど実際のズレは大きくなる。常に後出しができるシールを相手にする意味を嫌というほど理解する。

 これを相手にして互角に戦ったというアイズを尊敬したいほどだ。楯無もヴォーダン・オージェの能力については調べていたが、解析能力と高速思考が思っていたよりも遥かに厄介だった。

 

「国家代表といえど、この程度ですか」

「言ってくれるわねぇ……!」

 

 しかし、これはまずい。今はなんとか勝負らしくなっているが、突破口がまったく見つからない。ミステリアス・レイディの最大の特徴である水を使役する攻撃がまったく通じないのだ。密度を上げた水塊はすべて回避され、逆に密度を下げて装甲内部へ侵食させようとしても、翼から低出力だが流動エネルギーを放出しているようでそれもうまくいかなかった。おそらく攻防において翼の強度を上げるためのコーティングエネルギーだろう。

 小細工は通用しない。真正面からの直接対決を余儀なくされるが、それは相手の土俵だ。考えられる最も簡単な攻略法は一対一ではなく、数の有利に立つことだ。そうすれば最大の脅威であるヴォーダン・オージェの解析能力をある程度は分散できるはずだ。それでも高速思考はどうしようもないので、数で攻める以外に思いつかない。

 セシリアのブルーティアーズtype-Ⅲならビットによるオールレンジ射撃があるが、ミステリアス・レイディにはあそこまで明確な複数同時攻撃を可能とする装備はない。水による変幻自在の攻撃こそあるが、並列操作はセシリアには及ばないし、なによりセシリアと楯無では複数面の同時攻撃の質が違いすぎる。

 セシリアは最大十機のビットの同時操作を可能とするが、楯無の場合は水を操る能力であるがゆえに、最大限界量の水を分割して使役するタイプだ。水の攻撃面を増やせば、それだけ密度が減衰してしまう。一点集中すれば密度を増して威力も上がるが、今必要なのは安定した攻撃力を出せる複数同時展開だ。そしてあのシールの防御を突破するには、それなりに高密度に収束させた水が必要となる。

 だが、そこまで圧縮した水を当てるのは至難の技だ。ならば『清き熱情(クリア・パッション)』による範囲爆破を狙う手もあるが、それでも察知させる可能性のほうが高い。

 

「ここまで追い込まれたのも久しぶりね……」

 

 状況は不利でも楯無は慌てなかった。確かに、このままでシールに勝つことはできないだろう。だが、楯無にとっての勝利条件はシールに勝つことではない。学園の防衛のために、シールをできる限りここに釘付けにすること。そして増援が来るまで持ちこたえれば、シール達を撤退させられる可能性が増える。

 つまり、やるべきことは時間稼ぎだ。

 

 

―――とはいえ、それもかなりキツイけどね……!

 

 

 一瞬の油断が命取り、ならまだ優しい。わずかな読み違えが即敗北だ。まるで詰将棋でもしているかのように、一瞬の判断で最適な先読みを要求される戦いだ。ただでさえ不利なのだ。リスクを最小に、無謀な攻めはせずに防御を主軸にして交戦を続けている。

 しかし、戦えば戦うほどにシールに動きを読まれていく。瞬間の解析能力すら反則なのに、機動の細かい癖まで把握されてきている。時間が経てば経つほどに強敵になっていくという、悪夢のような相手に、楯無は表面上は余裕を浮かべて対処する。

 しかし、シールの瞳はそんな楯無の内心すら見透かしたように妖しく輝いている。

 

「時間稼ぎのつもりでしょうが、無意味なことです。それに、そんな時間があると、本当に思っているのですか?」

「なんですって?」

「所詮は学生ですね。私が手を下すまでもない、ということです」

 

 その言葉に、楯無がハッとなって目線を向ける。シールに集中していたために気づかなかったが、すでに無人機の大群に防衛本隊が劣勢に追い込まれている。楯無が防波堤となって勢いを削いでいたが、その楯無がシールに抑えられている状況ではじわじわと無人機の圧力に押されてしまっている。もちろんそれでも善戦はしているが、疲れを知らない機械相手では長時間の戦闘は不利だ。

 時間を稼げば稼ぐだけ、不利になる。楯無個人の戦いとは真逆の状況であった。これでは増援が来るまでもつかも怪しい。

 ならばどうする? シールを相手に背を向けることはできない。かといって勝負を急げば、確実にシールに隙を突かれる。長引かせれば増援が来る前に本隊が致命的な損害を受ける恐れもある。

 なにを選択してもリスクが高すぎる。ならば――――。

 

「あなたを倒すしかなさそうね………」

「ほう?」

 

 楯無の言葉に、シールはわずかに感心したような色を含ませた。

 

「なにを選んでもハイリスクなら、一番ハイリターンを見込めるものを選ぶだけよ」

「なるほど、それが私の撃墜、ですか。確かに私がいる限り無人機を対処できてもここの壊滅は免れないでしょう。ありえないことですが、私を倒せればそちらの勝利の可能性は遥かに上がるでしょう」

「できるわけがない、そう言いたそうね」

「あなたでは無理です。そう言ったはずです」

 

 楯無は言い返したかったが、そんな傲慢な言葉を言えるほど強大な敵であると身をもってわかっているためになにも言えなかった。しかし、現実問題としてシールをどうにかしなければ本当に壊滅だ。

 背筋の凍るようなリスクを背負うことを覚悟で倒しに行くしかない。

 それにまったく勝ち目がないというわけでもない。念を入れた『仕込み』は既に行っている。

 

「では……そろそろ、落ちますか?」

「誰がっ!」

 

 ウイングユニットを大きく羽撃かせながら接近してくるシールを迎撃する。回避力もそうだが、あのウイングユニットだけで楯無の展開する水の壁をあっさり突破してくるから始末が悪い。

 楯無の回避コースすら読みきった一撃が迫る。それをギリギリまで引きつけて回避、かすめていく翼に肝を冷やしながら反撃に槍状にした水を展開するが、あっさりと回避される。武器ではなく水を操った攻撃も、よけられないタイミングでカウンターを決めるためだったが、それすらあっさりと回避される。しかし、もうそれも予測済みだ。

 

「喰らいなさい!」

 

 シールを中心とした水の広域展開。回避されるのなら回避そのものの意味をなくせばいい。360度すべてを包囲した水のオールレンジ攻撃。防御を突破するには密度が足りないのは承知の上だが、少しでも行動阻害を引き起こせばそれでいい。

 シールは翼で水を跳ね除けようとするが、一部が脚部に絡みつく。その一瞬で十分だった。

 

「もらった!」

 

 わずかに拘束したそのチャンスを逃さずに楯無が突貫する。水を纏わせた蒼流旋を手にシールへと突き立てようとする。

 

「甘い」

 

 楯無の必中であるはずのその突きをシールはチャクラムシールドで受け止める。完璧にベクトルを受け流し、逆に楯無に決定的な隙を作らせる。そして右手に持った十字架のような形状をした巨大なランスを逆に楯無へと突き立てる、が………。

 

「!」

「甘いのは、そっちだったわね」

 

 それはデコイ。水を使った変わり身だ。ここまで対処されることは想定済だった。

 

「これが本命よ!」

 

 分身を形作っていた水が解除されミステリアス・レイディへと戻り、さらに周囲に展開していた水、そして自身を纏う装甲としていた水すらも解除して手にした蒼流旋へと凝縮させる。自身の操る水すべてを一点に集中させた楯無の切り札――――『ミストルテインの槍』!

 この機を逃すつもりのない楯無はさらに圧縮させた水をドリルのように旋回させて貫通力を極限まで高めている。如何に装甲が固くても、これで貫けないものはない。楯無が必殺の槍を携えて突撃する。

 

「――――だから、言ったでしょう?」

 

 しかし、当たれば確実に大打撃を受けるその一撃を目にしても、シールは揺るがなかった。それどころか、なおも冷笑を楯無へと向けて―――。

 

「あなたでは、無理だと」

 

 そう呟いた瞬間、楯無にとっての千載一遇のチャンスが、霧散した。

 

「えっ……!?」

 

 直前でミストルテインの槍が止められる。いや、槍ではなく、機体そのものが拘束されている。

 機体を拘束しているのは四本のワイヤーだ。シールのパール・ヴァルキュリアの背部から伸びるそれが、ミステリアス・レイディの四肢を完全に拘束している。いったいいつの間にこんなものを展開していたのかわからない。気がついたらワイヤーに拘束されていた、としか言えなかった。おそらくなにかしらの仕掛けがあるだろうが、今そんなものを考えている余裕はなかった。

 

「くっ……!」

 

 ここで終わるわけにはいかない。

 そのまま槍を射出しようとするも、その直前にランスに薙ぎ払われてしまう。結果、渾身の一撃は不発に終わってしまう。舌打ちしながらもすぐにミストルテインの槍を解除して再び水を防御へと回す。落胆している暇はない、既にシールは追撃してきているのだ。

 

「すぐさま戦闘態勢を整える様は見事です、が……所詮はそこまでです」

 

 勝負を決めるつもりなのだろう。シールは翼とランスを使った破壊力のある攻撃を連続して放ってくる。万全な迎撃態勢が取れていなかった楯無は、その連撃を捌ききることができない。蒼流旋が破壊され、絶体絶命の危地へと追い込まれる。

 

「これで――――ッ!!」

 

 突如としてシールが表情を変えると即座に急速離脱。翼を羽撃かせて一瞬で上空へと飛び上がってしまう。そしてそんなシールと楯無の間の空間を縫うように、一筋のオレンジ色の線が走った。凄まじい速度で空気摩擦を起こしながら過ぎ去った弾の軌跡だ。

 

「レールガン……! 簪ちゃん!?」

 

 そこにいたのは長大な砲身を構える簪の天照であった。簪はさらに荷電粒子砲とビームマシンガンの斉射でシールを牽制する。一度シールが距離を取ったことで、なんとか楯無は窮地を脱することができた。とはいえ、武装である蒼流旋を破壊され、切り札のミストルテインの槍も避けられた。

 楯無の持つカードはほとんど破られたといっていい。簪が来なければかなり危うかった。

 

「おねえちゃん、無事?」

「助かったわ、簪ちゃん。向こうは?」

「分断されて、一夏と鈴さんが敵主力級有人機と戦ってる。もう攪乱はできない、ここに敵戦力が集中する」

「なるほど、これはますますアレをどうにかしないとね……」

 

 楯無の傍へとやってきた簪が簡潔に状況報告を行う。簪もここまで来る最中、できる限り無人機を叩き落としてきたがすぐにこれまでより多くの無人機が押し寄せてくるだろう。

 

「簪ちゃんは無人機の相手をお願いできるかしら?」

「……それをあっちが許してくれるなら、ね」

 

 簪の天照は対多数、対無人機に特化した機体だ。無人機の主武装であるビーム砲の無効化能力、さらに通常武装を戦術級兵器へと変えるエクシードチャージ。逆にシールのような相手の場合、これらの能力は封殺されてしまう。相性を考えれば簪が無人機の相手をするほうが有効だ。

 だが、それはもちろんシールもわかっているだろう。だからこそシールは簪を自由にさせない。ならばいっそのこと―――。

 

「私とおねえちゃんで、あいつを倒す」

「………それしかない、か」

「おねえちゃん、『仕込み』はまだあるよね?」

「ええ。でも今のままじゃ難しいわ。回避能力がおかしいもの」

「アイズ以上の回避力、…………おねえちゃん、私に策がある」

 

 おそらくまともに戦えば、姉妹二人がかりでもシールには及ばない。それほどにシールの反応速度と先読みは凄まじい。だが、だからといってここで退くわけにはいかない。

 正攻法でダメなら搦手で攻めるだけだ。簪はシールに注意を払いながら楯無に策を話す。それはやはり、かなりのリスクを伴うものであったが、楯無にしても簪の策以上のものは考えられなかった。

 姉妹は覚悟を決めて目の前の告死天使へと挑む。

 

「一夏くんたちは大丈夫なの?」

「信じるしかない。それに本音に頼んで一夏にはさっき『新装備』を送ってもらった」

「そう………とにかく、まずはこの子をどうにかしないと、ね」

「大丈夫、私と、おねえちゃんなら」

「頼もしくなったわね、本当に……」

 

 妹がここまで頼もしく成長したことを嬉しく思いながら、楯無も再び水を展開する。その横では日輪を起動させ、金色の粒子を発生させながら簪がレールガンを構えている。

 はじめて実現した、更織姉妹の共闘。姉妹は互いに戦意を高揚させながら目の前の強敵と対峙する。これまで何度もすれ違い、そして和解した二人にとって血を分けた姉妹で並び戦うことは余人にはわからない大きな意味がある。それは、互いが認めた証、背中を預け合うにふさわしいという証左だ。

 

「さぁ行くわよ、天使モドキ。私たち姉妹の力……たっぷり味わっていきなさい」

「アイズには会わせない……ここで、倒すッ」

 

 そんな姿を冷ややかに見つめていたシールが、翼を大きく展開させて迎え撃つ。シールにとって、簪が増えようがまったく関係ないことだ。ただ、目の前の存在を倒すのみ。

 生まれたときから孤高の存在であるシールは、姉妹の結束の力などまったく理解もせずに、それを否定するように襲いかかった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「くそっ……!」

 

 一夏はマドカを相手に防戦一方に追い込まれていた。マドカは一定距離を常にあけ、不用意に飛び込む真似は決してしてこなかった。執拗に遠距離からの銃撃に、一夏は為す術もなく追い詰められている。

 どれほど零落白夜の扱いが上達しても、一夏と白式は基本的に遠距離武装を持たない近接特化タイプだ。遠距離から堅実に攻められれば苦戦は必至だった。しかもマドカの機体性能は白式より上だ。どれだけ追いつこうとしても、その距離を狭めることはできない。

 

「所詮はこの程度か!」

「くそが、言いたい放題言いやがって……!」

 

 しかし、このままではなにもできずに嬲り殺しだ。

 マドカに勝つためには、遠距離武装か、マドカの機体『サイレント・ゼフィルスⅡ』以上の機動力が必要となる。幸いにも、そのアテはある。だが、それを受け取ることが無理な状況だった。

 苦し紛れに零落白夜の変化技『飛燕』を飛ばすが、やはりあっさりと躱される。ここまで距離が離れていては曲芸程度の遠距離技は通用しないだろう。

 

「くそ、どうする……!?」

 

 無人機に包囲されているために、ここを突破することも難しい。考えれば考えるだけ詰んでいる状況だ。

 

「ぐうっ……」

 

 しかもマドカの使用してきたレーザーの偏向射撃に対処しきれない。原理はわからないが、レーザーが死角から襲いかかってくるのだ。明らかにレーザーを曲げているとしか思えない攻撃だ。セシリアとの模擬戦でさんざんビットのオールレンジ射撃を受けたために、この手の攻撃はなんとかギリギリで回避できてはいるが、このままではジリ貧だ。

 そのように一夏の思考に焦りが大きくなっていったとき、それは来た。

 

 

 

 

『ピロリロリーン!』

 

 

 

 

「な、なんだ!?」

 

 突如として白式から妙にわざとらしい着信音が響く。それは機械音ではなく、人間が口ずさんだような音であった。

 

「ショートメール?」

 

 白式に届けられたのは学園からのショートメールだ。ジャミング圏内であったせいか、若干その音声メールにはノイズが混ざっていたが、しっかりとその声を一夏へと届けていた。

 

『おりむーへプレゼン、…っよ! ……んちゃんから、…gigj……位置座標は、……A-67,J-2…ッ97……』

「のほほんさん……!? プレゼントって!?」

 

 クラスメイトの布仏本音の声であった。彼女のノイズ混じりの声に必死に耳を澄ませて、座標位置を聞き取るとそこへ向かってくる物体を視認する。IS学園側から射出されたと思しきそれは、巨大なコンテナであった。それは、一夏がここ毎日ずっと見ていたものだ。

 

「あれはっ!?」

 

 一夏の口元に笑みが浮かぶ。まったくもっていいタイミングだ。おそらく簪が要請してくれたのだろう。これがあれば、現状を打破することが十分に可能だ。

 一夏はコンテナへ向けて飛翔する。当然、それをマドカや無人機が妨害してくる。多数のレーザーやビームに晒されながらも、零落白夜で打ち消しながらなんとかコンテナに接近する。

 

「なにをしたいかは知らんが、そう簡単にさせるものか!」

 

 接近してくる物体に気付いたマドカが狙いをコンテナへと変える。無人機数機へと命令して、ビームをそのコンテナへと発射する。

 

「まずい…っ!」

 

 一夏も急ぐ。これを破壊されればもうそれで終わりだ。一夏は白式を通じてそれに向けて起動コードを送信する。ここまで接近していればジャミングされずに起動させることくらいはできるという賭けだった。

 

「頼む、起動してくれ………ッ! 来い、『白兎馬』ァッ!!」

 

 そう叫ぶと同時にコンテナが爆破される。無骨な金属のプレートがひしゃげ、空中で散華していく様子をマドカが笑いながら見つめていた。

 

「ハハッ、なにかは知らんが、無駄だったな」

「そうでもないぜ」

「……なに?」

「間に合ったぜ……!」

 

 マドカが爆炎を見やる。夜の空に浮かぶ真っ赤な炎の中で何かが動いた。

 その影が次第に大きくなり、ついにその姿を現した。炎の中から現れたのは、白式と同じ白い装甲、そしてその体躯は通常のISの三倍はあろうかという巨体。

 細長い形状のユニットを中心として、各部に大小様々な形状のユニットが接続されている。一見すれば形容し難い形をしたもので、どんな機能が備えられているのかはわからない。

 一夏は飛びつくようにそのユニット『白兎馬』へと掴みかかる。

 

「よし……!」

 

 ユニット中央にあるハンドルと思しきものへと手を伸ばす。白式の腕と完璧にフィットするそれを掴むとコンソール画面が起動し、さらに人口音声によるガイダンスが流れた。

 

『おはようございマス、マスターイチカ。独立型汎用支援機動ユニット白兎馬、起動いたしマス。オーダーをどうゾ』

「早速だが戦闘中だ! 支援頼む! やり方は任せる!」

『了解――――対多数戦高機動モードによる支援を行いマス』

 

 調整を行っていたので一夏も白兎馬のスペックは頭に入ってはいるが、それを使いこなすまで慣熟していないとわかっているために白兎馬に積まれた人工知能のサポートに支援を任せる。白兎馬はその機能の多彩さゆえにサポートとして人工知能を搭載しているが、それはもはやもう一機のISといっても過言ではないほどの完成度だ。ISコアは積んでいないが、それでも無人機としてみても白式ありきの機体とはいえ、亡国機業側のものより数段上のものだった。

 

 一夏はそんな新たな相棒を頼もしく思いながら、シートと思しき場所へまたがると両手で操縦桿を握り締める。

 

『白式との接続を確認―――システムコネクト、全リミッターリリース、高機動モードへ移行しマス』

 

 中心部の親機ユニットに接続されているいくつもの子機ユニットが稼働し、全体像を大きく変形させる。よりシャープに、より力強く、後方にブースターと兵装ユニットが移動してトライアングルのように変化、さらに下部にはフライトユニットが位置し、左右には防御を兼ねるフィールドバリア発生デバイスユニットと小型の兵装ユニットが接続する。

 それは、さながらバイクのようであった。操縦席である一夏のいるユニットを中心に、前方への加速を目的とした高機動モードへの変形であった。

 

 

「単車の免許はねぇけど、やってやるさ!」

 

 高機動モードとなった白兎馬のスロットルを上げる。出力が跳ね上がり、急加速。マドカでさえ、一瞬視界から一夏の姿を見失ってしまう。

 

「速い……!?」

 

 ISの常識から見てもありえない加速力。これに相対しうるのはラウラの『オーバー・ザ・クラウド』くらいだろう。それはまさに閃光と呼ぶにふさわしい速さであった。

 

「がっ、ぐぅうううう!!」

 

 そして一夏もその白兎馬の加速力に振り回されていた。あまりの加速力に一瞬意識が飛びかけた一夏だが、根性で操縦桿から手を離さなかった。一夏は白兎馬へ向かって慌てて指示を送る。

 

「もう少し出力を抑えてくれ! こっちがもたない!」

『了解、出力を60パーセントに設定しマス』

 

 それでもまだかなりの速度を維持する白兎馬であったが、一夏はなんとかその速度に対応する。大きく迂回するように方向転換、そしてマドカと無人機のいる敵陣の中央に向けてブーストして突っ込んでいった。

 

「やれ、白兎馬!」

『了解。射撃兵装による攻撃に移りマス』

 

 背部にある兵装ユニットから十六連ミサイルユニット、そして左右の兵装ユニットからそれぞれ四連ガトリングガンが展開される。白兎馬は完全に白式と切り離された独立型支援機なので、白式の拡張領域を圧迫せずにこうした多数の射撃兵装を搭載していた。

 

「くらえぇぇ!!」

 

 ガトリングガンが火を吹き、ミサイルが一斉に発射される。ロックオンをする余裕は一夏にはないために、補正はすべて白兎馬が行っている。必中とはいかないが、もともとこれらの装備は接近するための牽制武装だ。ガトリングとミサイルで敵の動きを制限させる。

 

『雪片参型、及び肆型、スタンドバイ』

 

 前方の左右の装甲がスライドして、前面装甲内部に格納されていた二本のブレードが一夏の目の前へと現れる。雪片の名を継ぐ二振りの実体剣、それを両手で握り締め、ストレージから抜き去ると大きく振りかぶって前方を見据えた。

 

「くらいやがれぇぇえええええ―――ッ!!!」

 

 すれ違いざまに両手の剣を振り下ろす。その速さを上乗せされたブレードは容易く無人機を真っ二つにする。それを見届ける間もなく、一夏は速度を緩めずに離脱してしまう。

 

「くそっ! なんだあれは!?」

 

 流石のマドカもこの規格外、予想外のあの機動性に苛立ちを強くする。そもそも、これまでISにあのような大型支援機など存在しなかった。IS自体が強大で、圧倒的な機動性を持っていたこともそうだが、そのISが使うための『足』などこれまで誰も作ろうともしなかった。

 加速力、速度、ともに『サイレント・ゼフィルスⅡ』を超えている。たった一機の支援機で立場が逆転してしまった。

 

「数で押せ! 次の突撃を止めろ!」

 

 マドカは無人機にオーダーを送る。あの突破力は脅威だ。ならば無人機を捨て駒に、強引にあの突撃を受け止めようと密集させる。

 その対処は正しい。如何に早くとも、多数の無人機を真正面から破壊して突破することは如何に白兎馬でも難しい。

 

 しかし、それでも一夏は同じように中央突破を狙い、突撃を敢行する。それを見たマドカは舐められていると感じたのか、ギリリと歯軋りをしながら無人機へと怒声を浴びせる。

 

「絶対に止めろ! そしてたっぷりとビームを浴びせてやれ!」

 

 無人機が八機もの数で壁となって白兎馬の突撃を受け止める。三機は切り裂かれ、押しつぶされたが、四機目でついに白兎馬が捕らえられる。その後も無人機が組み付き、完全に動きを拘束されてしまう。

 

「ハハッ、バカめ! そのまま消えるがいい!」

 

 さらに残っている無人機が一斉にビーム砲を構えた。そしてなんのためらいもなく発射、無慈悲な極光が味方の無人機ごと白兎馬に突き刺さる。

 直後に爆発、巨大な炎と同時に残骸が爆散して弾け飛んだ。

 

「――――む?」

 

 しかし、どうもおかしい。よくよく見ればその残骸はすべて無人機のものだ。あの白兎馬や白式と思しき白い装甲がわずかも見られない。まさか、と思いながらマドカが爆炎へと目を向けると同時に、その中からなにかが飛び出してきた。

 

「なに!?」

 

 それは巨大な光の剣であった。おおよそ十メートルはあるかというほどの巨大なエネルギー刃が炎と共に近くにいた無人機を真っ二つに切り裂いた。

 それはマドカもよく知るものだ。白式の単一仕様能力『零落白夜』によるエネルギーで形成された刀身であった。しかし、その大きさはこれまでの比ではなかった。

 そしてその剣を携えた騎士の姿が現れる。

 

 現れたのはやはり一夏―――白式であった。しかし、その白式の姿は大きく変化していた。背部にはさきほどの白兎馬のものと思しき巨大なブースターが接続され、そして全身を覆うように白兎馬のユニットがまるでアーマーを形成するように接続されていた。さながら、外骨格を形成する強化アーマーだ。脚部に至るまで全身に防御力と機動力を底上げするための追加装甲とブースターが接続されており、さらに肩部から腕部にかけて白式の両腕をまるまる覆うように巨大な追加兵装アームが装備されている。

 その強化アームには巨大なブレードが握られており、そこから零落白夜のエネルギー刃を発生させている。そのことからわかるように、これは零落白夜の強化発生デバイスだ。

 

『近接格闘モードへ移行、零落白夜ドライブ及びリアクティブアーマー“朧”、正常稼働を確認しまシタ』

「………仕様書から知ってはいたが、凄まじいな」

 

 一夏はさらに左腕の強化アームに装備されたデバイスから同じく零落白夜による巨大なエネルギー刃を発生させる。通常の白式なら間違いなく出力不足で成し得ない零落白夜による超大型ブレード、しかも二刀だ。

 白兎馬は独立機動する支援機、さらに状況によって白式の馬にも鎧にもなるマルチアーマーユニットだ。機動性や、防御力を高めるだけでなく、最大の特徴にして、“白式専用支援機”である理由は、―――単一仕様能力『零落白夜』の強化・増幅だ。白兎馬自体が、この能力のブースターの役目を担っている。

 

「戦場で止まるなど!」

 

 さらにマドカがレーザー、そして無人機がビームの集中砲火を浴びせてくるが、もはや一夏と白式、白兎馬にそんなものは効かなかった。最大の防御力を得るこの近接格闘モードは、もはや理不尽といえる最大の防御機能が備わっている。

 レーザーはビームが命中すると同時に霧散する。それは天照のような拡散による無効化ではなく、完全な消滅であった。

 

 リアクティブアーマー『朧』……外部からの攻撃に反応して零落白夜のエネルギーを全周に展開するエネルギーアーマー。カウンターで零落白夜を鎧のように纏うといえばイメージしやすいだろう。これにより実弾以外の攻撃はすべて攻性エネルギーを消滅させ、そして接近してきた敵機に対してもシールドエネルギーにダメージを与えるという恐ろしいアーマーとなる。もちろん、これらの能力にも相応の代償を払うことになるが、強化した反面大型化した白式にとってこの防御能力はなくてはならないものだ。

 

「白兎馬、戦闘可能時間は?」

『最大稼働で、残り八分でス。迅速な敵機の殲滅を提案しマス』

 

 実機での稼働はこれが初めてとなるため、いつどんな不具合がでるかもわからない。一夏もそれを承知の上で使用しているが、できることなら早めに終わらせたいところだ。しかしそう簡単にはいかないだろう。この白兎馬の力をもってすれば無人機はまず相手にならないが、マドカを倒すにはなかなかに骨が折れるだろう。白兎馬が使用可能なうちにマドカをなんとしても戦闘不能に、もしくは撤退させなくてはならない。

 白兎馬の弱点は、やはり燃費だ。凄まじい性能を持ちながら、未だ万全な状態ではないために全力稼働で長時間の戦闘はできない。

 幸いにも、まだ白兎馬には切り札となる形態が残されている。それを使ってでも、目の前にいるマドカだけでも排除しなくては戦況に関わる。

 

「他のみんなのところへ行かせるわけにはいかない………ここで倒してやるぜ!」

「舐めるなよ織斑一夏……! 強化アーマーを得たぐらいでいい気になるな!」

「時間はかけられない……白兎馬、全力でいくぞ!」

『了解。零落白夜ドライブ、イグニッション。両アームへのエネルギー供給を開始、戦闘モードへ移行しマス』

 

 両腕から巨大な零落白夜によるエネルギーブレードを発生させてマドカへ迫る。白兎馬の使用限界が来ればマドカを倒す術はなくなる。マドカとの戦いは同時に時間との戦いであった。

 

「白式、白兎馬、おまえたちと俺なら、やれる……! 行くぜえええええ――――ッ!!」

 

 雄々しく叫び、剣を振るう一夏。その叫びも、戦場に谺する爆音の中へと消えていった。

 

 

 戦闘開始から一時間足らず。

 

 戦況は早くも佳境へと向かっていった。

 

 

 




白兎馬解禁の回。白式はセカンドシフトこそしていませんが、これで仲良く魔改造によるチートの仲間入りです。白兎馬の音声は芳野美樹さんボイスをイメージするといいかも(笑)

白兎馬の元ネタはスパロボよりヒュッケバインのガンナーとボクサー。当時はあの追加装備にワクワクしたものです。ならばそしてもちろん、あの形態も……!

次回は鈴ちゃんvsオータム先輩の回、そしてその後はとうとう我らが主人公であるアイズたちの参戦へと向かいます。

そして台風がやばいです。みなさんも台風にはお気を付けて! それではまた次回に!

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