銃声と爆音が響くIS学園では、襲撃してきた無人機の大群に対してなんとか対抗できているという状態だった。
最前線ではたった三機のISによる攪乱が功を奏し、本隊まで到達してくる無人機は一定数に抑えられている。指揮する楯無の貢献も大きく、今のところは被害も少なく、順調に撃破しているといっていいだろう。
しかし、多くの避難している生徒たちにはそんなことまでは知る由もない。急遽、施設の地下シェルターに避難した多くの生徒たちは伝わってくる爆音と振動に震えながら恐怖に耐えていた。
わかっていたことだったはずだ。
ISは兵器として扱われ、ISに関わる以上、自分たちも戦場へと行くことになる未来だって有り得るのだと。
しかし、そんな覚悟を持った少女なんて数えるほどしかいない。現に、今最前線で戦っている一夏や鈴、簪でさえ、これまでの実戦を経験していなければ同じだった。
ISに乗るということは、戦うこと、戦わなければならないということ。究極の軍事力であり究極の抑止力。それはこのような大規模な戦争など、そうそう起こらないはずであった。
しかし、それは無人機という存在によって否定された。ISに対抗できる無人機の登場は、少女たちを戦場へと送り込む理由になるものだった。
自分の都合ではない、理不尽な時の都合によって、命が簡単に脅かされるという現実。
少女たちはこのときになって、はじめてそれを実感しはじめていた。
「う、うう……」
誰かがすすり泣く声が響く。それは不安が音となったものだ。それは侵食するかのように、その場に深い不安と混乱を染み込ませていく。
一度その渦に呑まれれば抜け出すことは至難であった。次々と、生徒たちから嗚咽が漏れ始める。
「みなさん、落ち着いてください……!」
そんな暗い空気に陥りかけていた一年の生徒たちが集められたエリアでは山田真耶が必死に落ち着かせようと声をかけていた。本当なら真耶も管制室か、もしくは戦場へ行って戦うところなのだが、避難している生徒たちのフォロー役として真耶が適任だとして千冬から監督役を言いつかったのだ。
もちろん、状況次第では真耶も戦場へと向かう準備はしてある。しかし、今はパニックにならないようにするほうが重要だった。守るべき存在が混乱していいことなどなにもない。むしろ守っている側に被害を与えることすら十分に考えられる。はじめは真耶も戦いに赴くつもりだったが、千冬の判断は正しかったと思い知った。このままでは集団パニックを起こして無謀な逃走をしようとする生徒もでるかもしれない。それはダメだ。今ここから動かれたら戦線の維持が難しくなる。
今、外で戦っている全員は、こうした非戦闘員である生徒たちを守るために戦っているのだ。下手に逃げようとすれば戦線が広がって崩壊してしまう恐れもある。
千冬の危惧はまさにそれだった。だからこそ、厳しい対応をする自分ではなく、生徒たちの不安を柔らかく受け止められる真耶を向かわせたのだ。たしかにそれは正解だった。だが、千冬が思った以上に状況は深刻だった。
そしてそんな中に、箒はいた。
当然だ。箒はこの戦いにおいては戦力になりえない。楯無の指揮に、一夏たちが全員いるにもかかわらずに劣勢に追い込まれるほどの敵戦力なのだ。箒が出たとしても、数分で撃墜される。
だから、箒はこうしてただ避難するしかなかった。
姉の作ったISを歪めた、姉を侮辱した具現のようなあの無人機に対して、箒は憤りを感じる以外になにもできなかった。
それが、こんなにも悔しい。
「…………」
箒は俯き、唇を噛む。
なにもできないということがこんなにも歯がゆい。こんなにも、辛い。姉のことを知ろうとせずにただ流されてきた自分の結果がこれだ。自嘲するような笑みさえ浮かんでしまう。
『箒ちゃんは、箒ちゃんが本当にやりたいことを見つけてほしい』
姉に言われた言葉が想起される。
やりたいこと。できることではなく、やりたいこととはなんだろうか。箒はずっと考えていた。しかし、それは未だに答えが出ない。答えをずっと出そうとしなかったのだからそれは当たり前だった。
しかし、――――――無力であることが、嫌だった。
現実は見えている。しかし、それでもなお無力は嫌だ。
箒は泣きたくなった。まるで相反するような自分の意思に殴られているようにショックだった。
そして、箒は無意識のうちに、姉と過ごした過去を思い出していた。なにか意図があったわけじゃない。紛れもない天才である姉ならどうするのか、そう思っただけだ。箒にとって数年間の空白がある姉の姿は、当然に箒が幼いころのものが思い起こされていた。
思い出すのは、箒が泣いていたときのこと。理由はどうあれ、昔の箒は辛いこと、悲しいことがあると姉によく泣きついていた。そんな箒を、束はずっと一緒にいてあやしてくれていた。このとき、普段は食事すら無視するほどに研究に没頭していても必ず箒を優先してくれていた。
それほどまでに、束にとって箒は可愛い存在なのだ。
そんな箒に、束はよく歌を歌っていた。それは流行りの曲でも、名曲でもなく、束がその場で即興で考えた子守唄だ。
単調なリズムだが、どこかやすらぐメロディと優しい歌詞。箒が気に入ってからは、なにかと束にその歌を強請っていた。
「――――――」
箒は勇気をもらうように、小さく歌う。かつて、束が慰めてくれていたときのように、優しく、包み込むように。
周囲の喧騒からしたら、それは消えるような声だ。しかし、それはなぜか箒の近くにいたクラスメイト達の耳に鮮明に届いた。
「え?」
「篠ノ之さん?」
箒は、ただ姉がそうしてくれていたように思い出しながらその歌を再現する。もともと歌を歌うような性格じゃなかったし、上手さでもそれほどすごいわけじゃない。ただ、心を落ち着かせようと思い出と、その安らぎの中に沈むように、歌を紡いだ。
それはいつしか周囲へと伝播していく。しだいに、皆がその歌に気付く。小さな声だ。気づいた生徒は、その歌を聞こうと口を閉じ、耳を傾けた。
混乱を収めようと四苦八苦していた真耶でさえ、その歌に気付くと箒を見ながら、呆けたように引き込まれていった。
なぜ、箒が無意識に口ずさんだ歌に惹かれたのかはわからない。
しかし、箒が姉の優しさを思い出しながら歌ったソレには、そんななにかがあったのだ。
いつの間にか、混乱は小さくなっていた。それに気づいた箒が我に返ったとき、自分をみつめる大勢の生徒の視線に、逆に箒だけが混乱に陥った。
***
「うおおッらぁぁぁ――――ッッッ!!」
一夏が零落白夜を大剣へと形状変化しての渾身の一撃を振るい、二機をまとめて撃破する。順調に戦果を上げているように見えるが、実際はジリ貧だ。今ではもう三機のうち、二機は通してしまっている。無人機たちは一夏たちを無視していくように、極力戦おうとはしなくなっていた。それだけで撃墜数が目に見えて落ちている。しかし、だからといって後方の本隊と合流するわけにはいかない。それでは結局戦力を集中させてしまうだけなのだ。
「こいつら、狙いを向こうに……!」
「鈴さん、苛立つのはわかるけど今はっ」
「わかってるわよ!」
鈴も簪も苦渋の色を見せている。このままでは数に押し切られてIS学園が落とされる。どれだけの数の無人機を用意しているのかは知らないが、このペースでいけばじわじわと少しづつ、しかし確実に押し切られてしまう。如何にこの三人の戦闘力が無人機より遥かに上であったとしても、IS学園を落とされれば負けなのだ。そして、こうした集団戦の場合、個々の戦力は戦略になりえない。策次第でどうとでもなるのだ。
一夏たちは最低限の数で相手をして、その隙に本隊へと十分な数を送り込み攻め落とす。やることは単純だがそれゆえに対抗策も難しい。数は力だ。それを有効活用しているだけなのだ。
それを卑怯とは言わない。それはあまりにも情けない言葉だからだ。
だが、そんな劣勢のときほど、悪いことは続けて起こる。
周囲にいた無人機が、突然止まった。そして三人から距離を取るように離れだしたのだ。その突然の行動に、一夏たちも当然警戒する。絶え間なく続いていた攻撃が止み、観察するように三人も動きを止めて―――。
それは、来た。
「織斑一夏ァァッ!!」
「なに!?」
上空からレーザーを放ちながら一夏へ向けて突撃してくる機影。その速さに、一夏が気づいたときには防御しか選択ができなかった。ぶつかるようにして手に持った銃剣を振るってくるその敵の姿を、一夏はよく覚えていた。
「おまえは!?」
「この前の借りを返させてもらぞ!」
亡国機業のIS操縦者―――名は、マドカ。姉の千冬をやや幼くしたような顔、そして自身に向けてくる激しい敵意。無人機プラントで一度撃退した相手だ。
それは一夏にとって自身となにか関係があるのかと思わずにはいられない相手だった。
「前回のようにはいかんぞ。今日はお前が沈めっ!!」
「ぐうっ……!」
白式が押される。それは単純な出力差からだ。突然の奇襲に一夏が三機連携のフォーメーションから外れていく。当然、それはまずい。
鈴がすぐさまフォローに向かおうとするが……。
「おまえはこっちだよ小娘!」
「ちぃっ……!」
今度は側面からオータムが強襲する。狙いは鈴。一夏の援護に向かえば背中を見せることになる鈴は舌打ちしながらオータムを迎え撃った。しかし、不意を突かれた鈴は勢いに乗ったオータムを抑えきれずに一夏と同様に強引に孤立させられていく。
「一夏! 鈴さん!?」
簪が咄嗟に援護しようとするが、二人同時に援護はできない。どちらの援護をするか一瞬だけ迷ったその隙に、無人機に包囲されてしまう。そしてビームによる集中砲火を浴びせられる。それはすべて無効化するが、同時に足が止まる。もはや援護どころではなかった。
しかし、状況はさらに悪かった。
『簪! あんたは学園のほうの部隊と合流しなさい!』
通信を通して鈴の怒声のような声が響いた。幸いにも、『甲龍』と『天照』には先のプラント強襲の際に量子通信機器が積まれていたためにジャミングされることなく通信ができた。
「なにがあったの!?」
『さっき、ちらっと見えた。天使みたいな形したあの白いISが向かってる!』
「っ!」
天使のような白いIS。それは間違いなくアイズを幾度となく追い詰めたあの機体だ。操縦者はアイズ以上の性能を持つヴォーダン・オージェを持ち、その実力は恐るべきものだ。あのアイズでさえ、切り札を使ってようやく撤退させることができたというほどの存在だ。並の操縦者では相手にもならない。今、本隊で対抗できるのは楯無くらいしかいないだろう。
『下手したらあいつだけで全滅させられる! 急ぎなさい簪!』
「鈴さんは!? 一夏も!」
『どうにかする! こいつらはあたしと一夏が狙いよ、最低でもこいつらは引き付けられる』
「でも……!」
『優先順位を見誤るな! 学園が落ちたらこっちの負けよ!』
「………っ」
確かに鈴の言うとおりだった。今、学園を失うわけにはいかない。だが、同時にこんな敵陣のど真ん中に二人を残していくことが、見捨てるに等しいことだとわかるから迷っていた。
『心配すんな、あたしは負けない。最低でも戦力は削る。………痛ぅッ』
通信越しに鈴のうめき声が聞こえてくる。戦闘中のため、激しい戦闘音もひっきりなしに伝わっている。
『一夏には例のアレを送って! こうなったら、一夏には根性見せてもらうしかない!』
「…………わかった。無事でいて」
『任せなさい。………行け!』
鈴の言葉に押されるように、簪が戦線から急速離脱、主戦場であるIS学園へと向かう。それは攪乱行動の終了、そして戦力の集中を招くものだったが、こうなった以上はこれが最善だ。
簪の背後から、連続した轟音が響く。それは二人が戦っている証、そして苦戦している証でもあった。しかし、簪は振り返らない。そんなことに意味なんてない。
今、この場にアイズもセシリアも、ラウラもシャルロットもいない。この四人がいないことがどれだけマイナスか痛いほどわかるが、だからといって泣き言なんて言わない。
一夏も、鈴も、そして簪も。楯無や、ここで戦うすべての人間は同じ目的で戦っている。
IS学園を守る。そのために、簪は友を置き去りに戦場を駆け、告死天使へと飛ぶ。それが、この戦場に立つ覚悟の現れだった。
***
「別れの挨拶は済んだか、コラァ!」
「てめぇいい加減しつこいんだよクソがっ!」
激しい罵り合いをしながら、互いに拳を繰り出すのは鈴とオータムだ。今まで二度邂逅してきたこの二人だが、尋常にタイマンを張るのはこれがはじめてであった。
初邂逅のときは甲龍が第二形態へ進化し、無人機を蹴散らしてオータムが撤退した。次に無人機プラントでの戦いはすぐに味方の援護を受け、数でオータムを押し切った。
しかし、今は違う。周囲は無人機に囲まれているが、手を出そうとはしない。完全な一対一だ。
しかし、オータムの機体『アラクネ』は以前よりさらに攻撃的なものへと変化しており、背部から伸びる禍々しい『腕』による猛ラッシュに鈴は次第に防戦一方に追い込まれていく。
以前と違い、その特徴的な蜘蛛の足を模した『腕』は柔軟性が増しており、格闘において必須ともいえるしなやかさを手にしている。そしてその『腕』にはステークが仕込まれており、時折鈴の隙を突くようにステークを打ち込もうとしてくる。
明らかに格闘戦用に改良されているこの機体『アラクネ・イオス』はその特徴的な『腕』の数と長さによって手数とリーチで完全に鈴の上をいっていた。対する鈴は鍛え抜いた技でそのラッシュをとにかく捌く。一撃の威力は間違いなく発勁を使える鈴が上だ。それは大砲とマシンガンの撃ち合いのようであった。
「やっぱ、あんたけっこう強いわね! こんな多脚で格闘なんて生半可な才能でできることじゃないわ!」
「なに偉そうに語っちゃってんだ小娘! そして敬語使えガキが!」
「あら、ごめんなさいオータムおばさん! 若くないんだから無理しないでくださいよッ!」
「いい度胸だなクソガキが! ひとつずつ手足もぎ取ってダルマにしてやるよ!」
「やってみろ! そっちこそ貼り付けの標本にしてやるよ蜘蛛もどき! あたしはなぁ、蜘蛛がだいっきらいなんだよ!」
傍から見れば、よくこんなに口喧嘩をしながら戦えるものだと逆に感心してしまうほいど二人の舌戦も止まらない。
「オラァッ!!」
「沈めェッ!」
沈黙する無人機が囲む海上の決闘場で、二人は互いに自慢の拳を放つのであった。
***
もう一方、一夏のほうも鈴と同じ状況に追い込まれていた。周囲は無人機に囲まれて逃げ場はない。そして目の前には無人機プラントで一度撃退した敵である、マドカという千冬そっくりの顔を持つ女。
一夏も、自分に敵意を向けてくることからなんらかの関係があるのだと予想しているが、それがなんなのかまではわからない。だが、それがなんであれ、一夏のやることは決まっている。
一夏は無言で雪片弐型を構え、零落白夜を発動させる。出力は最低。それはほとんど刀身を形成しておらず、ただ柄だけを持っているように見える。
しかし、マドカもそれを見て警戒を強くする。
かつて、この零落白夜の出力変化と形状変化にいいように翻弄された屈辱を忘れてはいなかった。
「私の顔を覚えているか?」
「当然だろ。いろいろと忘れられない顔だ」
「以前はずいぶんと世話になったな。利子をつけて返してやるから受け取ってもらおうか」
「そういう押し売りはごめんだぜ。大体、おまえはなんなんだ?」
「知ってどうする?」
「…………無意味な質問だった。確かに、どうもしないな。なぜなら、お前は俺の敵なんだから」
「よく言った。ならば、死ね!」
マドカはライフルを構えてレーザーを放つ。一夏はそれを零落白夜を盾状に展開して防ぐ。すぐさま反撃とばかりに刀身を長くして迎え撃つが、それが届くより早くにマドカが離脱する。たった一度空振りしただけだが、一夏はそれだけで自身の不利を悟ってしまった。
「ちぃ……!」
舌打ちしながらマドカを追いかける。しかし、機動性はマドカの『サイレント・ゼフィルスⅡ』のほうが上であった。このマドカの機体はオータムの機体と違い、大きな改造はされていないが基礎スペックが軒並み底上げされており、純粋な機体性能が向上している発展型だ。それは、これまでの模擬戦を繰り返して判っている、“白式と最も相性の悪いタイプ”であった。
近接特化なら形状変化で、遠距離特化なら出力変化で不意を突ける。一撃当てれば落とせるほどの威力を持つ零落白夜を持つ一夏にとって、基本に忠実な相手ほど苦戦する傾向が強い。現に、一夏は勝利数こそ少ないが、簪よりも鈴を落としたほうが多い。
基本に忠実だからこそ、どんな距離でも戦える。それは一夏の博打を当てる隙がもっとも少ないのだ。
マドカは頭に血が上りやすいように見えるが、戦い方は極めて冷静で合理的だ。以前の反省を活かしているのか、熱いまでの戦意をぶつけてきても強引に攻めようとはしてこない。常に一夏との距離をあけ、一夏の零落白夜に細心の注意を払っている。
なにより、―――――場所が悪い。
なにもない海上の空間。以前戦ったときは地下基地施設内―――ある程度の広さはあれど、ISが全力で飛び回るには狭い場所であった。だからこそ、一夏の武器が活かされたのだ。ここでは回避コースも距離も余裕がある。障害物もないために奇襲も難しい。前回の戦いと違い、この状況は完全にマドカに味方していた。
「相手はこちらの都合なんて考えない、か………確かに、そうだな」
それでも、一夏に諦めはない。ここで負けることはできない。これまで、ただの素人だった自分をここまで鍛えてくれたセシリア達、共に学んでいる学友達、自分を信じて送り出してくれた姉のためにも、ここで終わるわけにはいかない。
どうやら鈴も簪も援護には来れないようだ。完全に分断されたわけだが、それなら一夏個人でどうにかしなくてはいけない。
悔しいが、基礎能力からしてマドカに劣る。マドカに勝つ必要はないが、退ける必要はある。それを成すためには、やはりアレが必要だ。
白式専用装備―――独立型汎用支援機動ユニット『白兎馬』。
一夏がこの状況を打破するには、束から譲り受けたこれが必要だ。なんとかしてこれを受け取らなければ―――!
「なにを考えているか知らないが、ここで貴様は終わりだ!」
「終われないんだよ、……俺は!」
***
「単機で挑まないで! 必ず複数で連携を取りなさい!」
互いに本隊がぶつかり合う最前線では楯無の激が飛んでいた。無人機の性能は楯無からすれば大したことはないが、慣れていない者には脅威となるほどの力は有している。ゆえに、単機では挑まずに数の有利で押し切るように指示を出していた。しかし、もともと数で劣るIS学園側としては無理のある作戦なのは言うまでもない。だからこそ、一夏たちを攪乱役として動かし、そして自身も部隊の最前線で無人機の進軍を止める役割を単機で担っていた。楯無の負担はかなり大きいが、この学園を守る生徒会長としての意地があった。
もともと水を操る『ミステリアス・レイディ』は対多数戦も十分に可能な機体だ。無人機に限らず、ISも精密機械の塊だ。水によってその機体そのものを縛り、破壊することもできる。水という媒体であるがゆえに、その汎用性は恐ろしく高い。
だからこそ、楯無が無人機からの攻撃を抑える防波堤となった。その背後から砲撃の雨を無人機へと浴びせてなんとか進撃を受け止めている。
「いい状況じゃないけど、このままならなんとか――――っ!?」
このままいけば時間は稼げる。そう思った矢先であった。
衝撃、爆音、そして爆炎。楯無の側面に展開していた部隊が、一瞬で吹き飛んだ。その部隊がいた場所は、既に煉獄のような炎によって蹂躙されていた。
そしてその炎を背に、機影が浮かび上がる。
炎の赤を照らす白い装甲と巨大な翼。地獄のような光景の中にあって、天使のようなその姿は奈落へと落とされた堕天使にも見える。
その翼に青白い光を纏わせ、手に持つのはまるで十字架のような巨大なランス。
白亜の告死天使――――シール、襲来。
「更織楯無ですね」
「…………」
「多くは言いません。おとなしく、ここで落ちてください…………そのほうが、無駄な時間が省けます」
「無駄、ね。お姉さんには、あなたたちのこの行動こそが無駄に思えるんだけど?」
「理解を求めた覚えはありません。そして会話をするつもりもありません」
シールが手に持ったランスを構える。バイザーで顔は隠れているが、その強い視線は楯無を射抜いている。それをしっかりと感じながらも、楯無も怯まずに対峙した。
「……ま、いいよ。言いたいことは山ほどあるけど、ここまでしておいて文句だけで済ませるつもりはない。この場所を穢して私の前に現れた意味を、たっぷり分からせてやるわ」
そう、楯無もいい加減我慢の限界だった。好き勝手にIS学園を戦場にして、そしてたった今火の海に変えたこいつを―――どうあっても許せそうになかった。
楯無は撃破された部隊の救援を指示して、シールとの対決へと挑む。指揮官としては二流の選択であったが、シールを抑えられるのは現状では自分だけだとわかっていた。
「これ以上の暴挙は、私が許さない」
「口ではなんとでも言えるものですね。…………力の差を教えてあげましょう」
翼が羽ばたき、水がうねり絡みつく。
それは、まるで白鳥が湖で羽を広げているかのよう。場違いなほどの幻想的で美しい光景となって互いの最高戦力が激突した。
幹部戦開始。この章のはじめの対戦カードの公開、そしてなにやら箒さんに妙なフラグができた回。
『白兎馬』の解禁まではいかなかったぜ……次回こそは登場させたいと思ってます。
書いていて思ったけど、いったいこの章が何話必要なのかまったくわからない(汗)さらにいえば完結まであと何話必要なんだ? 確実に百を超えることだけはわかります。
完結までがんばりたいです。
ではまた次回に!