双星の雫   作:千両花火

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Act.64 「襲来」

「ふーっ………今日はこんなとこかしらね」

 

 鈴が『甲龍』を纏い屈伸しながら言うとそれまで模擬戦をしていた一夏と簪も同じように戦闘態勢を解除して大きく息を吐いた。三人とも大量の汗を流しており、見るからに疲労困憊という有様だった。より実戦に近い形式ということで三人での乱戦を何度も繰り返しており、無理はしないようにしているがかなり熱を入れてISの戦闘技術を磨いていた。

 やはり乱戦となるとこの三人では鈴の勝率がもっとも高いが、乱戦ゆえにどんな小さな隙さえ命取りとなるため、一対一なら最弱の一夏でも何度か勝ちを拾っている。そして今はそれぞれの新装備の慣熟を目的としているため、互いに未知の武器を出し合っている。そのために初見での対応力、分析力、対処力などの向上も視野にいれている。

 愚直なまでのゴリ押しを得意とする近接パワー型の『甲龍』、一発逆転の単一仕様能力を持つ『白式』、そしてハイスペックな万能型の『天照』。この三機の乱戦ともなれば自然と激しいものとなり、模擬戦終了後は三人で検討を行って不備や改良点の洗い出しを行う。闇雲に戦うだけではなく、こうした検証面でも手を抜かない三人は、周囲から見れば異様なほどの入れ込み具合に見られていただろう。早朝や放課後にはランニングや筋トレも行っており、基礎である体力作りも怠らない。熱を入れすぎだという声もあったが、本人たちからすれば必要だからやっているだけだった。

 

「やっぱ零落白夜を変化できるのは厄介ね。間合いが読めないのはやりにくいわ。当たればヤバイから特にね」

「それを言うなら天照も隙らしい隙がないよな。あの日輪を使わなくても、基礎スペックだけで俺の白式を完全に上回ってるし」

「というか、被弾覚悟で間合い詰めてくるなんて鈴さんくらいだし。大きいのを当てようとうすると、そういうのだけは空を蹴って確実に避けるし」

 

 鈴の得意とする戦術は特攻である。第二形態に進化したことで防御力も上がっており、さらに単一仕様能力『龍跳虎臥』と光学・熱量兵器を防ぐ龍鱗帝釈布により少々のダメージを無視してでも間合いを詰めてくる。そして間合いに入ったが最後、超絶威力を誇る発勁により敵を仕留めてしまう。しかし、そんな鈴も一夏の習得した変幻自在な零落白夜を読みきれずに何度か直撃を受けて撃墜されたことがある。ハイリターンであるがハイリスク。戦い方そのものの見直しを迫られていた。

 次に簪であるが、機体を含め長所もないが短所もないオールラウンダー。特殊装備である『神機日輪』こそあれど、基本に忠実な万能型だ。ゆえに基本戦術は相手の長所を封じ込み、短所を攻めることになるが、鈴のような被弾覚悟で間合いを詰められるとその勢いに負けて押し切られてしまうことが多々あった。相手の土俵に乗ってしまった際の対応が課題となっている。

 最後に一夏と白式は博打型ともいえるタイプ。鈴のような近接特化には時折“大当たり”を出すことがあるが、簪のような基本に忠実なタイプが相手ではなかなかチャンスもなく、純粋なスペックと技量差を覆せずに封殺されてしまう。如何に零落白夜の有効打を生み出せるか。これが求められていた。

 

「全員、まだまだってことね」

「まぁ、訓練あるのみか」

「………今日はここまでだね。検討がてら食事にしよう」

 

 のろのろと疲れた身体に鞭を打って三人が立ち上がる。その後もしきりに意見交換を行いながらアリーナから出て行った三人であるが、先の乱戦を見ていた生徒たちは呆然とした表情で三人の背に視線を送っていた。

 

「なに、あれ……本当に一年なの?」

 

 そう呟いた少女は三年の、しかも上位に成績を連ねている者だった。しかし、あの三人の戦いを見てはっきりと自分より格上だと悟ってしまった。

 確かに技術では負けないかもしれない。だが、戦いになった瞬間、あの三人のうち誰一人として勝てるとは思えなかった。

 その理由は、三人の戦う姿勢だった。模擬戦とはいえ、あの三人は一切の躊躇いがないのだ。その少女は知らなかったが、命懸けの実戦を何度もくぐってきた三人は無意識のうちに戦いにおいて甘さが消えていた。だから躊躇いなく、相手が動いている限り容赦なく刃を振るえるし、引鉄を引けるのだ。その覚悟は威圧感となって周囲に放たれていた。対峙しているわけでもないのに、あの三人から発せられる闘気に完全に呑まれていた。

 それは、見ていた全員が同じであった。

 

「今年の一年は有望が多いって聞いたけど………化け物クラスじゃないの」

 

 

 

 ***

 

 

 

「67………68………」

 

 一夏は自室で一人黙々とトレーニングを続けていた。一学期からずっと身体を鍛えてきたせいか、こうした筋トレも今では日課だ。片手での腕立て伏せもはじめは十回にも届かなかったが、今ではここまで回数を伸ばせるようになった。

 そしてトレーニングをしながら頭では今日の模擬戦の反省と、束から渡させた新装備である『白兎馬』の運用について思考を巡らせる。

 未だ実機での試験は行っていないが、データから様々な状況での運用方法を模索している。白式専用の装備だけあって、なかなか特殊な性能で、こればっかりは前例もないために自らノウハウを作り上げていかなくてはいけない。束が一応の仕様書をつけてくれたが、最後には「使い方は無限大! 君だけの最強を見つけ出せ!」というなにかのゲームのキャッチフレーズのような文章が添えられていた。実に束らしい、と納得できてしまうのは、これ如何に。

 そうして苦笑しながら腕立てを続けていると、コンコンとノックの音が響いた。箒でも来たのかと立ち上がって扉へと近づくと、予想外の人物の声がかけられた。

 

『一夏、私だ』

「千冬姉?」

 

 扉を開けるとそこにいたのはやはり姉の千冬であった。

 

「邪魔するぞ」

「いいけど、………どうしたんだ千冬姉? こんな時間に珍しいな」

 

 もう時間も遅い。一夏も生徒としてではなく弟としてプライベートの砕けた口調で対応する。千冬もそれを当然にように受け入れ、部屋に入るなり普段纏っている鋭い雰囲気を和らげて一夏へと向き直った。

 

「ここなら、二人で話せるからな」

「話す? ………ああ」

 

 一夏は千冬の用件を察する。夏休みに行方不明となっていた期間のことだろう。それなりに騒ぎになりかけたが、一応の言い訳をしてなんとか収めてもらったが、当然千冬は納得などしていなかった。日本政府のミスでもある一夏と箒の拉致は表向きはなかったことにされている。このことでカレイドマテリアル社はかなりの見返りを要求したらしいが、そのあたりのことまでは一夏も詳しくはない。

 

「やっぱり、あれでは納得しないか」

「当然だ。『二人で駆け落ちしてました』………こんな言い訳が通用するものか。お前にそんな甲斐性などあるまい」

「それが判断理由かよ」

 

 苦笑しながら一夏はベッドへと腰をかける。千冬は腕を組んで立ったままそんな一夏を見下ろしている。

 

「まぁ、俺もそれが一番周囲に言い訳しやすいからって言われたからそう言っただけだしな。もっとも、千冬姉を騙せるとは思ってなかったけどさ」

「ほう。そう言うということは私にバレることまで折込済みというわけか。………なら、話してもらえるんだろうな?」

「あー、ごめん。それでも詳しいことは話せないんだ。理由は、俺もよくわかってないけど、いろいろ難しい政治の話になるんだと。だから……」

 

 一夏は用意してあった封筒を取り出し、千冬へと差し出した。一見すればなんの変哲もないただの封筒だが、中身は機密文書に等しいものだ。

 

「これは?」

「見ればわかるらしい」

 

 怪訝にしながら千冬が中身を取り出し、そこに書いてあった名前に目を見張った。見たことある字体で、意味のないファンシーな絵柄と一緒に書かれていた名前は―――。

 

 

『篠ノ之 束』

 

 

「………! 会ったのか?」

「会った。元気そうだった」

「………そう、か」

「手紙は読んだら燃やして処分してくれってさ」

 

 一夏が詳しくは話せない、と言った理由を悟る。どんなことでさえ、束に関することなら話すわけにはいかない。こうして手紙を書くこと自体がグレーゾーンな行為なのだ。

 千冬は静かに渡された手紙に目を通した。簡素な、そして短い手紙であった。そこに書いてあったのは、ほぼ謝罪の言葉だった。詳しい内容は書いてなかったが、今回の一夏と箒の件も自身に関係したこと、巻き込んでしまったこと、それに対する申し訳ないという千冬への言葉で埋まっていた。

 不器用な束が精一杯書いたと思われるその手紙を呼んだ千冬は静かに目を瞑り、また綺麗に折りたたんで封筒へと仕舞った。

 

「これはすぐに処分しておく」

「わかった。………束さん、なんて?」

「“巻き込んですまない。”………あいつが行方をくらませたときから、それしか聞いていない」

 

 千冬が疲れたように一夏の隣へと腰をかけた。

 

「昔からあいつはそうだ。なにかと自分のせいだと言って、自分だけでなんとかしようとして………私には頼らずに謝ってばかりだ」

「千冬姉……」

「私はな、今でもあいつの友のつもりだ。あいつも、そう思ってくれていることもわかっている。だからこそ、あいつは私を巻き込まないようにしていた」

 

 束が千冬に協力を求めたことは、あの白騎士事件が最後だった。あれ以降、束は千冬にはなにも言わなくなった。泣き言も、懇願も、なにも。

 そして、行方をくらませて数年後、千冬に一機のISを贈った。それが、千冬が世界最強となった際の愛機『暮桜』だった。そのとき、すでに表向きはスポーツとして世界に広まっていたISで千冬を最強へとするために束が用意した最高の機体だ。

 もともと姉弟だけで暮らして織斑家の財政状況は苦しく、千冬も望む望まないも関係なく弟を養うため、金になるIS操縦者の道を選んだ。それが、束の夢に対する裏切りになるんじゃないかという思いはあった。だがそれでも、生きていくためにISに頼らざるを得ないほど当時の千冬は追い詰められていた。世界が揺れ、激動していたとき、まともな働き口を見つけることも大変だった。そして、世界中が優秀な女性を探していたとき、千冬はその能力の高さゆえにISにかかわらざるを得なくなっていた。空を飛ぶためでなく、戦うためのIS。束の夢を歪ませるような行為に、千冬は悩んだ。だが、状況が、それを受け入れることを強要していた。なにより、当時まだ幼かった一夏を守るためにも、力は必要だった。

 だから千冬は、IS操縦者になった。束から罵られることを覚悟で、ISで戦う道を選んだ。そんな千冬に贈られたのが『暮桜』だった。それは、束が千冬を応援していることにほかならないメッセージであった。

 束にしてみれば、恨むなんてとんでもなかった。むしろ巻き込んでしまった負い目ばかりだった。それに、束はISが兵器となることを絶対の禁忌としているわけじゃない。歴史を見ても、どんな素晴らしい技術でも兵器に利用される恐れは常にあることを理解していたし、その可能性も覚悟していた。だが、それ以上にISを歪められ、空を飛ぶことさえできなくなるような世界の変容はどうしても許せなかった。だから束は世界の変革に加担している。そして、そんな世界で千冬をずっと応援している。

 もう何年も会話していない二人でも、互いに気遣い、思いやる姿はなにひとつ変わっていなかった。

 

「千冬姉、あの人は……」

「言わなくてもわかっているさ、一夏」

「………」

「変わっていないのだな。それが嬉しく……そして、少し寂しい、な」

「千冬姉、あの人は、あの人の戦いをしている。そして……」

 

 千冬は、振り向いた先の弟の顔を見て驚いた。

 これまで、こんなにも男らしく、力強く、頼もしいと思える表情は見たことがなかった。それは、一夏の覚悟が表に出た顔だった。

 

「俺も、俺の戦いがようやく見つかった。そんな気がするんだ」

「………そう、か。最近やたらと張り切っていたが、………そうか」

「今度は、俺が守る。千冬姉も、箒も、みんなも」

「………生意気を言うな、馬鹿者」

 

 口ではそう言うが、千冬はどこか嬉しそうだった。今までずっと小さく、守ってやらなければと思っていた弟が、気づけばここまで頼もしく育ってくれたことに、驚きと、一抹の寂しさと、そして大きな嬉しさがあった。

 姉と弟という関係だが、それはどこか子供の成長を喜ぶ親のようだと思った。千冬は微笑みながら一夏の頭に手を置き、そっと引き寄せて顔を近づける。

 

「なぁ、一夏。今まで、おまえを守るなんて思いながら、結局私はおまえに苦労させてきただけだった。でもな、私にとってお前はいつだって自慢だ。おまえがまっすぐにここまで育ってくれたのは、私の誇りだ」

「千冬姉……」

「お前なら、それをやり遂げると信じているよ」

「……ああ!」

 

 他の生徒が見れば目を回しそうな千冬のギャップに、しかし一夏は嬉しそうにするだけだった。一夏は、千冬が本来こうした優しい人物だとよくわかっている。教師として律しているだけであって、昔はよく一緒に笑い、遊んでいた。あの鈴が「千冬ちゃん」と親しみを込めて呼ぶような人なのだ。

 どこか懐かしさを思わせる姉弟の触れ合いに、一夏も千冬も穏やかな気持ちでいたが、それは無機質なコール音に遮られた。

 千冬はすぐさま端末を取り出した。それは緊急時のためにIS学園の職員すべてが持っているもので、これが鳴るということはなにか起きたということだ。

 

「……どうした山田君。………なんだと?」

「千冬姉?」

「それで、………わかった、すぐに行く。専用機持ちと上級生の上位組を集めろ」

 

 鬼気迫るような表情へと変わった千冬に、一夏も緊張を高めた。通話を終えた千冬は立ち上がると苦しげな顔で一夏と向き直った。

 

「どうしたんだ? なにがあったんだ千冬姉?」

「………この学園へと向かう反応を感知したそうだ。しかしその反応ははじめてではないそうだ」

「それって、……」

「あの無人機だ。数は…………今も不明だそうだ」

「っ!? こっちを狙ってきたのか!?」

 

 その可能性は考えていた。低いだろうとは言われていたが、報復行為としてこの学園を襲撃する可能性もあることをセシリアたちも話していた。だが、その可能性は低いという結論に終わったが、今まさにそれが現実のものとなった。

 それは結果的に見れば予測が甘かったということになるが、それを責めることなどできない。

 なんであれ、このIS学園という特殊な中立という立場の施設を襲うことは、世界中に喧嘩を売るに等しい行為だからだ。それが単独犯ならまだいい。だが、明らかに大群、組織的に襲ってきたとあれば、それは戦争にすら発展する危険を孕んだ行為だ。

 

 そんなバカがいるはずがない。しかし、バカを超えた誰にも計れないあの魔女は、その標的にここを選んだのだ。

 

「大丈夫だ、千冬姉」

「一夏?」

「さっきの言葉を撤回するつもりはないぜ。………今度は、俺の番だ」

 

 一夏は待機状態の白式を握り締めて立ち上がる。

 

「今度は、俺が守るんだ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「遅かったわね、一夏」

 

 召集がかけられた生徒たちが集まる会議室では既に鈴と簪がいた。一夏の姿を確認した二人が歩み寄ってくる。簪はしっかり制服に着替えているが、鈴はタンクトップにショートパンツといういかにも寝るところだった、というような格好に制服の上着だけを羽織っている。しかしその目はギラギラと輝いている。

 不安を多く見せる他の生徒たちと違い、鈴と簪は静かに闘志を滾らせている。

 

「無人機が来たって?」

「らしいわね。あいつらのほうじゃなくて、あたしらのほうを狙ってきたってことね」

「……そう、楽観視できる状況じゃないと思うけど。今からだと他の生徒の避難も難しい」

 

 既に生徒たちを避難させる時間もない。下手に避難させようとすれば逆に危険になる。現在は混乱を抑えながらシェルターに避難をさせている段階であるが、海に囲まれた立地がまたまずかった。避難経路も限られ、しかも夜に襲撃を受けたことで敵勢力の把握もしにくい。救援が来るまで、現状の戦力で耐えるしかない。

 

「救援?」

「IS委員会に救援を要請したみたい。まぁ、それがどれくらい信用できるかは知らないけど」

「期待はしないほうがいいわね」

 

 簪も鈴も、そんなものに期待していないようだった。それは一夏も同じだ。よくわからない存在を頼りにするという曖昧な希望など持てるはずもなかった。

 

「セシリアたちに連絡は?」

「ほら」

 

 鈴が携帯電話を一夏に投げ渡す。それを訝しげに受け取った一夏が画面を見て眉をひそめた。

 

「圏外?」

「ジャミングされてる。今、外部への通信は遮断されてる」

「おいおい……」

 

 IS学園への救援というのも、職員が直接出向いているというのだ。この状況では、イギリスにいるセシリアたちに直接救援を求めることなどできない。あちらが気づいてくれることを祈るしかないのだ。

 

「まぁ、セシリアたちなら気づいてくれるわ。短時間での移動手段もあるって言ってたし、それまであたしたちだけでなんとかするしかないわね」

「戦力差は絶望的だけどね。IS学園そのものをシールドで覆って時間を稼ぐみたいだけど」

「………できるのか?」

「無理でしょ。あたしたちは交戦経験があるからわかるけど、学園の上のほうはそれもわかってないのよ」

 

 高出力のビーム兵装と、圧倒的な物量。しかも新型まで用意されている可能性がある。そんな敵を相手に耐え抜くことができると思うほうが愚鈍なのだ。

 

「ん、来たわね」

 

 三人が会議室の扉へと目を向けると、生徒会長である更織楯無が姿を現した。その後ろには布仏虚が控えている。楯無がゆっくりと壇上へ上がると、集まった生徒たちを見渡して口を開いた。

 

「聞いていると思うけど、現在正体不明の勢力がここ、IS学園へと迫っていることが確認されました。既に一部の防衛施設などが破壊されていることから、目的はこの学園への侵攻と思われます」

 

 周囲のざわつきを収めながら、楯無が説明を続ける。

 

「現在、IS委員会へ救援を求めています。避難は間に合わないため、学園をシールドで多い、防衛戦をすることになります。防衛戦力として学園の職員だけでは足りないため、ここにいる皆さんからの有志を募りたいと思います」

「参加よ。あいつらの好き勝手になんてさせないわ」

「俺もだ。俺が、俺たちが守らなきゃダメなんだ」

「私も。……あんな鉄屑なんか、負けない」

 

 楯無の声に、鈴、一夏、簪が即座に参加を表明する。一切の迷いがない三人に、周囲の人間が圧倒されるも、その力強い姿勢にやがて少しづつ参加を表明する声が上がり始める。楯無は苦笑するように三人に目を向けた。

 楯無としても、ここはどうしても参加してもらわなくてはいけなかった。たしかに安全が確保されているような試合ではなく、命懸けになる実戦への参加は強制できなくても、戦力を考えれば圧倒的に不利なのだ。ここに集められた生徒たちは、学園でも上位に入る者ばかり。どうしても協力が必要であった。それを後押しするように声を上げてくれた三人に感謝した。

 

「ありがとう。生徒会長として、この学園の一人の生徒として感謝します」

 

 頭を下げる楯無だったが、顔を上げるとすぐに真剣な表情へと変わる。

 

「基本的には防衛主体です。シールドを突破した機体を各個撃破。無理にこちらから攻める必要はありません。が………少数精鋭による敵の攪乱が必要です」

「はいはーい。攪乱役に立候補しまーす」

「当然、俺もだ」

「同じく」

 

 またも同じ三人が即決で手を挙げる。守ってばかりでは押し切られるため、どうしても前線で攪乱する足止め役が必要だった。それはつまり時間稼ぎのための、もっとも危険な役目であった。しかし、鈴も、一夏も、簪も、それが当然というようにその役目を請け負った。

 必要なのは、敵中での乱戦能力、そしてずば抜けて高い技量だ。そして戦うことを躊躇わない強い精神力。その点から言っても、この三人以上の適任はいなかった。楯無自身は、生徒たちの指揮をしなくてはいけないためにそうそう前線へはいけない。苦々しい思いをしながらも、楯無は三人を信じて送り出す決心をする。

 

「………前線での指揮を更織簪に一任します」

「拝命します」

 

 その他人行儀な言葉とは裏腹に、姉妹の交錯した視線ではいろいろな感情が交わされていた。簪は不安そうな姉の視線を受けて、逆に安心させるように力強く頷いた。知らずに頼もしくなった妹に、楯無は嬉しさと申し訳なさを感じながらも、妹へと託した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「まぁ、予想通りではないけど予想範囲内ってことね」

 

 夜の海を見渡しながら、鈴がぼやいた。チャイナ服のようなデザインの新しいインナースーツを着た鈴が身体中の間接を解しながら睨むように鋭い眼光を海へと向けた。鈴の言葉に同意するように、一夏と簪もそれぞれ戦闘準備の最終確認を行いながら深呼吸を繰り返している。

 既に学園は防衛形態へとシフトしつつある。万が一のために用意されていた大規模の遮断シールドも展開準備が既に完了している。三人が迎撃に出ると同時に最大出力で展開されることになる。

 

「最終確認。前衛は一夏と鈴さん、私は後衛から防御と援護」

「三機連携よ。熟練度は高くないにしても、低くもないはずよ。やれるわね?」

「任せろ」

 

 陣形は、一夏と鈴のツートップに後衛の簪を加えたトライアングル。変則三機連携による前陣速攻型のフォーメーションだ。敵陣での乱戦を目的とするため、近接型二機を主力にして簪は『神機日輪』による防御主体の援護を行う。IS学園からも援護をしてくれるが、三人の連携がすべてといっていいだろう。

 

「目的はあくまで時間稼ぎ。状況次第では一時撤退も視野にいれるから」

「もし分断されたら、各々の判断で戦いながら学園まで退避よ」

 

 三人とも、単機でやりあえるとは思っていない。自らの力量を正確に知っていることも、一流の条件であるが、なにより三人は知っているのだ。

 自分たちが落とされるわけにはいかない、と。撃墜されれば戦力も低下し、そして士気も落ちる。実戦未経験者が多いこの状況でそれは致命的だ。

 だから、落ちるわけにはいかない。自らが最も危険な役目を背負いながら、落ちることは決して許されないのだ。

 

 

 

 

『三人とも、来たわ。あと五分で、IS学園の第二次領海内へと侵入する』

 

 

 

 

 通信機から楯無の声が伝わってくる。この通信機も量子通信でないため、海上での戦闘行動に移ればどれだけ届くのかもわからない。

 

『………ごめんなさい。あなたたちには、危険な役目を……』

「おねえちゃん、そこまで」

『簪ちゃん……』

「私は、ううん、私たちは、もうとっくに覚悟ができている」

「そういうことね」

「そうだな」

 

 もちろん、それは死ぬ覚悟ではない。命を懸けてなお、生還する覚悟だ。生きるために、守るために、自ら死地へと入り、そこをくぐり抜ける。これまでの実戦経験が、三人を学生には不相応な戦士の覚悟を授けていた。

 

『………わかったわ。無事に戻ってくることを祈っているわ。……ああ、それと一夏くん?』

「なんです?」

『織斑先生から伝言よ。“皆を頼んだ”、ってね』

 

 一夏はその言葉に震えた。気をつけろ、でも、無理をするな、でもなく……「頼む」というほかならぬ信頼の言葉に、託してくれたという事実に一夏の戦意がなおも滾った。

 

「あれ、あたしにはないんですか?」

『あるわよ。“調子に乗りすぎるな”、だそうよ』

「うわ、千冬ちゃん、差別ひどい!」

 

 そんな軽口を叩きながら鈴も野性的な笑みを浮かべていった。気力が充実した最高の状態だ。

 

『時間ね……任せたわ!』

 

 楯無からの通信が終えると同時に、三人はISを起動させる。

 

「さぁいくぜ『白式』! 俺たちがやるんだ!」

「誰を相手にしているのかわからせてやりましょう、『甲龍』!」

「あなたと私は負けない。そうでしょう、『天照』!」

 

 

 夜の闇に、白い閃光が疾走る。

 

 龍の炎と雷が吹き荒れる。

 

 太陽の具現が輝き照らす。

 

 

 

 

 

  IS学園防衛戦――――――開戦。

 

 




とうとう開戦。まずは一夏くん、鈴ちゃん、簪さんのターン。ちゃんと楯無会長や箒さんのターンも考えてます。
この章では圧倒的不利な状況からはじまりますが、後半ではアイズたちが合流します。でもこの章での主役はこの三人になりそうです。
原作主人公である一夏くん、とうとう覚醒の時です。

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