双星の雫   作:千両花火

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Act.6 「対の雫」

 セシリアと一夏の模擬戦はセシリアの勝利で終わったが、結果としてクラス代表となったのは一夏であった。理由は当初の予定の投票ではなく、セシリアが辞退したためである。

 その理由としてセシリアは、「一夏さんの才覚は十分です。彼ならクラス代表を立派に務めてくれるでしょう。私はサポートに回りたいと思います。ああ、ちゃんと一夏さんのスキルアップには“全面的に”協力いたします。そうですね、代表戦までに、今の3倍は強くしますので」という言葉を素晴らしい笑顔と共に言っていた。

 そして、その後は宣言通り、一夏にスパルタ式の訓練を受けさせた。アイズ曰く、「よほど気に入ったんだね、じゃなきゃ面倒なんてみないよ」らしい。

 それは純粋に一夏の才能と、努力を評価してのことだ。セシリアは根性論をバカにしない。どんな才覚があろうと、努力しない人間を嫌う傾向が強いが、反面、ひたむきに努力できる人間は好ましいと思っている。それだけ人に求めるところが高いということでもあるが、一夏はそんなセシリアの期待に応えられたのだ。

 邪な理由ではなく、純粋に自身を評価してくれたことに一夏もそれ以上に真摯に訓練を受け続けた。アイズとセシリアの見立てでは、半年もすればもしかしたら準国家代表クラスに食い込めるかもしれない、という破格の評価をしていた。そのような経緯で鍛えることにしたセシリアは今日も笑顔でライフルを発射する。

 

「さぁ、動かないとまた蜂の巣にしますよ?」

「そう何度もされてたまるかよ!」

 

 セシリアとの訓練で文字通り蜂の巣にされたことなど、もはや数えることも放棄している。模擬戦は本当に手加減していたとわかるほど、セシリアの技量は凄まじいものであった。

 

「では今日からは6機に増やしましょう」

「6機!? ビットって4機じゃなかったのか!?」

「誰もそんなこと言ってませんが?」

「………まさか、まだ増えたりは」

「安心してください。慣れてくれば、10機まで増やせますよ?」

「10機もビットあるのかよ!?」

「ふふ、いったいあと何日ですべて使わせてくれるでしょうか?」

「すごい期待のかけかただな!? ぐおっ!?」

「回避中にそんなリアクションするからですわ。一夏さんはコメディアン志望ですか?」

 

 そんな会話をしながらも一夏は模擬戦よりも遥かに怖いビットを避け続ける。セシリアはそんな逃げ回る一夏を楽しそうに見ながら時折スターライトMkⅣで狙い撃ちする。

 

「ホントにセシィっていじめるの好きだなぁ」

「そうだねぇ~。あーちゃん、はい、あーん」

「あーん」

 

 アイズは観客席で仲良くなったのほほんさんとまったりと見学していた。アイズの場合は“聞学”というべきだが、音や気配でだいたいの状況はわかるアイズはのほほんさんからポテトチップスを食べさせてもらいながら訓練の様子を伺っていた。

 セシリアは気に入った相手ほど、鍛えようとするところがある。それはISでも事業でも同じで、見込みがある人物を見つけるとあえて壁となり、成長するように試練を与えようとする。まさに愛の鞭である。

 

「さて、それじゃあボクもちょっと参加しようかな」

「あーちゃんも?」

「だってセシィ、一夏くんばっかに構ってるんだもん。妬けちゃうなぁ」

 

 アイズはそう笑って、立ち上がる。その耳には、セシリアと色違いのお揃いのイヤーカフスがあった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「さて、次は…………あらあら」

 

 一夏を鍛えることに楽しんでいたセシリアは背後に感じる気配に苦笑しながら振り返る。

 

「妬けてしまいましたか、アイズ?」

 

 そこにいたのはセシリアのブリーティアーズと同型機、違いはその配色。セシリアのティアーズが海のような青なら、このティアーズは炎のような真紅だ。シャープな形状であり、セシリアと同じく各部には特殊武装らしきユニットが装備されている。そしてその目は、バイザーで覆われ、アイズの口元だけが薄く笑っていた。

 

「そうだよセシィ、今度はボクに構ってよ」

「毎日毎晩可愛がっているじゃありませんか。あ、一夏さん、別に百合ではありませんから誤解なきよう」

「百合ってなに? 日本の慣用句か隠語?」

「アイズは知らなくていいんです。そのままでいいんですよ」

 

 セシリアは微笑ましいものを見るように、暖かい視線でアイズを見ている。アイズはそんなセシリアに首をかしげながらもつられて笑っている。

 恋人よりも仲が良い二人に一夏はどんな顔をしていいかわからないように視線を迷わせている。そんな一夏とアイズを見比べたセシリアは、名案だとばかりに手を叩く。

 

「そうですわ。アイズには一夏さんと戦っていただきましょう」

「ほえ?」

「え?」

「アイズは近接特化ですし、同じ近接型のほうが学ぶことも多いでしょう」

 

 うんうん、と頷きながらセシリアは下がって観戦の構えを取る。残された二人はしばし呆気にとられていたが、やがて真正面から向き合い、構える。

 

「まぁ、一夏くんとはやってみたかったし、いいよ。どこまでやれるか、実際知りたかったし」

「ああ、こちらも異議はない。でも、アイズってどれくらい強いんだ?」

「んー? セシィと同じくらいと思ってくれていいよ。まぁ、セシィは射撃特化、ボクは近接特化だけど」

 

 そう言うアイズの表情は変わらず目を覆うバイザーでよくわからなかったが、口元が笑っていることから見ても楽しそうだ、と一夏は思った。

 

「なぁ、こんなこというのは失礼かとは思うんだが………」

「ボクの目のこと?」

「ああ……見えなくて大丈夫なのか?」

 

 アイズは盲目。それは一夏も知っている。初日にはっきり言っていたからそれも当然だ。だからこそ、ISの操縦ができるのかという疑問を持つのも当然だった。

 

「心配しないでいいよ。ハイパーセンサーってすごいよね」

「ああ、……?」

 

 ハイパーセンサー。ISに備わる標準装備にして、高い恩恵を受けることのできる機能だ。レーダーと感覚を一体化するかのような、広大な視野と鋭敏な感覚を持つことができるが、それははたして盲目の視力を補えるものだっただろうか。一夏は、なんとなくだが、アイズが答えをはぐらかしているように感じた。

 

「さ、おしゃべりはここまで。いくよ、ルーキーくん」

「そうだな、セシリアと互角、か。……思い切りやらせてもらうぜ!」

 

 一夏は自身の唯一の武装、雪片弐型を構え、油断なくアイズを見据えている。アイズはそんな一夏を本当に見えているかのようにクスリと笑うと、両手にブレードを展開する。

 

 アイズの機体「レッドティアーズtype-Ⅲ」はセシリアの「ブルーティアーズtype-Ⅲ」と同タイプでありながら、近接に特化させた機体。色の違いこそあるが、シャープなデザインのそれはたしかに似ており、一夏も背中のユニットはビット兵器かと警戒している。

 しかし、そんなことはお構いなしにアイズは手にしたブレード……「ハイペリオン」と「イアペトス」を構える。右手の「ハイペリオン」は無骨でありながらシャープな剣で、まるで一つの岩から削り取ったかのように継ぎ目のない、それ自体で完成されているような大剣だ。そして左手の「イアペトス」は小太刀を思わせるような取り回しを重視したような剣で、それを逆手に構えている。

 まるで対極のような二本のブレードに、一夏も緊張を強めている。

 

「じゃ、いくよ?」

 

 そんな、まるで散歩にいこうと言うような気軽さで言ったアイズは、……。

 

「え?」

 

 次の瞬間には、一夏の真横にいた。

 

「なっ!?」

 

 遠心力で振り回すように巨大なブレードが横薙ぎに振るわれる。回避は無理と判断し、咄嗟に雪片弐型を盾にする。

 ガゴォン!という接触音とともに、吹き飛ばされる一夏。なんとか体勢を整えたときには、すでにアイズは振りかぶって一夏の真上にいた。またも咄嗟に反応できた一夏は、瞬時加速を無意識で使用、その場を離脱した。

 

「おおっ、瞬時加速! 一夏くん、やるぅ!」

「ぐっ、全然動きが見えない……! ほんとにセシリアと同型機なのか!?」

 

 自分が火事場のバカ力とはいえ、イグニッションブーストでの反射回避を行ったとことなどわからないまでも、観戦していたセシリアからすればその一夏の成長速度は異常とすら思えた。どうやら一夏は窮地に陥るとその力を発揮する主人公のようなタイプらしい。セシリアは今後はもっと一夏を追い詰めようと思い、楽しげに訓練メニューを考えていた。

 

「ボクは速いわけじゃないよ。二回目は普通のブースト使った追撃だし。あ、いや、まぁ、やっぱ速いかも。でも、ボクの得意技はそういうのじゃない」

「なに?」

「別にバレても問題ないから言うけど、ボクは隙を突くのが得意なだけ」

「隙? でも今は……」

「したでしょ? …………まばたき」

「っ!?」

 

 まばたき。それは人である以上、必ず行う行為だ。目の乾きは悪影響を及ぼすため、それは必然的な行為だ。しかし、瞬く間に、という慣用表現があるように、その時間はまさに一瞬といえる。

 おおよそではあるが、人間の瞬きの時間は一回につき0.2秒前後。それほどのわずかな時間に、一夏のハイパーセンサーで強化された視界から消え失せたというのか。

 

「まぁ、他にも種はあるけど……それより続きを楽しもう、よっ!」

「ちぃっ!」

 

 そして再び一夏に向かいブレードを振るうアイズ。それは、まるで買ってもらったおもちゃを振り回す子供みたいな無邪気さで、間違いなくIS操縦者のトップクラスともいえる剣戟を放つ。そのギャップが、一夏には悪夢のように思えた。

 

「セッシー、セッシー。あれって逆放物瞬時加速でしょ?」

「おや、わかりましたか?」

「まぁ、遠目で見てたからね。それでもあんな速いのは初めて見たけど」

 

 名前通りにのほほんとしているが、意外と鋭い人だ、とセシリアは内心でのほほんさんの実力を上向修正した。

 一瞬で一夏の間合いに飛び込んだ先ほどのアクション。アイズが行ったタイミングは本人が言ったとおり。一夏がまばたきした瞬間だ。そしてもうひとつの種というのが、その機動だ。

 沈んで、浮かぶ。逆放物線を描くように、それを瞬時加速を用いて行った。それだけだ。しかし、通常、直線加速で使う瞬時加速を、“曲線軌道で行う”ことがどれだけ常識はずれなのか、それは素人よりベテランのほうが理解できるだろう。寸分の狂いもなく、ブースト出力と方向を調整できなければ、すぐに壁や地面に激突してもおかしくない。ベクトルをブースト中に滑らかに変化させていかなくてはならないため、等速角度変化、そして遠心力等、慣性も計算にいれた調整が必要となるため、機動自体は一瞬でも、その一瞬で間違いが許されない微細調整が必須となる技術。

 そして、これは高等技術ながら、確立されている機動でもある。しかし、それは上方への機動であって、下方への機動は難易度が跳ね上がるため変則とされている。

 しかし、その分効果は絶大だ。なぜなら、人は横の動きには強いが、縦の動きに弱い。これはハイパーセンサーの恩恵を受けても、人間はそういう風にできているからだ。そして、ISという空中からの機動ができるものと違い、普段人間は地に足をつけているため、下方へ動くという予測はしにくい。

 高等移動技術、視野の欠点、無意識下の制限。これらすべてを利用したのが、アイズの「消える機動」の種だ。

 

 もっとも、セシリアのようにトップレベルクラスとなるとこんなものはせいぜい牽制の一手にしかなりえないものだが、一夏のように経験の浅い操縦者なら初見殺しといえる技術ではある。

 

 

「少し加減したとはいえ、反応するとは素晴らしいです、一夏さん。これは是非もっともっと鍛えてあげなくてはいけませんね、くすくす……」

「なんだかんだいって、二人揃っていじめっ子だよね~」

 

 

 のほほんさんのコメントが一番的確であった。彼女が再びアリーナへと視線を向けたとき、ちょうど一夏の白式が吹き飛ばされていた。

 

「……ぶっちゃけさ、あーちゃんって本気ならどれくらいの強さなの?」

「私との戦績はほぼ互角……そして私は欧州最強であると自負しております。これでいいですか?」

「わーお………でもさ、それじゃもう代表になってもいいよね? なんで候補生止まりなの?」

「そこはいろいろと事情があるんです。それに代表になると余計な義務まであるので面倒なんですよ」

「そういうもの?」

「私にとっては、ですね」

「じゃあなんでわざわざIS学園に?」

「アイズと青春を謳歌してみたかったんですよ」

 

 冗談なのか本気なのか、それ以上はなにも言わず、セシリアは誰もが見惚れるような笑みを浮かべるのみだった。




一夏の強化もはじまります。原作主人公も魔改造とまではいかなくともかなりのレベルアップをはたす予定です。

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