あれは本当に現実だったのかな……。
天使みたいな真っ白な女の子、眼帯をしたお人形みたいな女の子、目隠しをした小動物っぽい女の子がいたんだけど、なんか気づいたら強盗犯ぶっとばしてたの。
いやマジだって。きっとあれは天使か悪魔か……!
しかも全員金色に目を輝かしてさ! なにあれ!? あのカラコンどこで買えるのかな?
とにかくヤバイ、マジぱねぇ!
女尊男卑って言われてるけど、あんな女の子がいるんならそりゃそう言われるのもちょっと納得だわ。
え? 嘘じゃないって! マジなの!
本当に女の子たちが大の大人を投げ飛ばしてたんだってば~!
――――とある女子大生の会話より
***
ヴォーダン・オージェがもたらす恩恵として、第一に広い視野、第二に見たものを解析する情報能力、そして第三にそれに伴うナノマシンとナノマシンによって作られる補助脳を介して可能となる思考の高速化がある。この中で一番の脅威となるものは、思考の高速化だ。つまりは脳のクロックアップである。わずかな刹那の瞬間を何倍にも引き上げ、反応速度の限界を超える能力を適合者へと与えるまさに魔眼といえる。
これにより予測を容易に可能として、さらに対処行動の選択肢も増える。どんな不意打ちでも、視界に入るだけでそれはもう不意打ちにはなりえない。ISのハイパーセンサーを併用することでそれはおそるべき索敵能力へと昇華される。それに加え、アイズは持ち前の直感も合わさり恐ろしいまでの回避力を誇っている。
そして当然のごとく、それは戦闘において圧倒的な利点となる。特に一瞬の駆け引きが勝敗を分ける接近戦において、ヴォーダン・オージェの力を使えば常に後出しで勝てるほどの絶対的なものとなる。
標準的なIS操縦者が相手なら間違いなく遅れなどとらない。中にはそれでも対抗するような人物がいるが、それはあくまで規格外の化け物級の操縦者であるため、やはり圧倒的と言わざるを得ない反則的な能力であることには違いない。
余談であるが、アイズやラウラがヴォーダン・オージェをフル使用しても拮抗する操縦者は仲間内ではセシリアと鈴しかいない。セシリアは芸術的なビット操作と狙撃、そしてヴォーダン・オージェの解析と反応すら予測して対応してくるし、ISが第二形態移行した鈴は以前に増してしぶとくなり、被弾覚悟の鉄壁の防御力と一撃必殺の発勁掌が脅威となっている。まぁ、この二人は例外中の例外なので、普通なら対抗しようとすること自体が愚策といえるほどだ。
そして、それはどういうことかといえば。
「な、なんなんだこいつ!?」
素人の撃つ銃弾など、なんの脅威でもないということだ。
「遅すぎます」
シールが軽やかなステップで連射される銃弾のすべてを回避する。数センチ、もしくは数ミリ単位で最低限の回避行動だけで銃撃を無効化する様は、強盗犯たちから見ればまるで銃弾がすり抜けていくようにも錯覚してしまう。
そう、シールは完全に放たれる銃弾の軌跡を見切っている。銃口の向きから銃弾の通る場所を解析し、タイミングは引鉄を引く指の動きと銃の性能から判断している。場所とタイミングさえわかれば回避など難しいことではない。左右に小刻みに動きながら隠し持っていたナイフを取り出すと、恐怖で硬直した一人に向かって一気に踏み込んで接近する。
さすがに殺害はまずい。ゆえに無力化するために狙うのは銃を持った腕と、動きを止めるために脚……まず一人目にナイフ高速で三回振るう。まず銃を狙い、弾倉に突き立ててリロードを不可能にする。そして続けて大腿部に突き刺し、最後に刃を返して鈍器として叩きつけて利き腕の肘を破壊する。
倒れる男の腰に備えてあった拳銃を掴むと、それを素早く構えて二人目へと発射。腕、脚、肩を正確に撃ち抜いて即座に無効化する。
「粗悪品ですね。作りも甘い」
ぽいっと拳銃を捨てると改めて残りの強盗犯たちと向き直る。こんな粗悪な銃など必要ない、ナイフだけで十分だと言うようにシールはナイフを弄びながらクスリと笑う。
「まだやります? 実力差を理解したでしょう?」
「う、うるせぇ! この化け物が!」
「………戦力差もわかりませんか。ならば是非もなし………オータム先輩の言葉を借りるなら」
ぐっと身をかがめ、地を這うように駆け抜ける。銃弾が襲ってくるが、もう回避するまでもない。
「身の程をしれ、雑魚ども! ………というやつです」
***
「ぬるい。出直してこい!」
シールと同様にあっさりと武装した二人の男を倒したラウラはそう吐き捨てながら奪った銃の弾を抜いて遠くへと蹴りやった。もともと軍事訓練を受けてきたラウラは当然軍隊式格闘術も習得している。しかし、それでも小柄なラウラは格闘するには不利な体型である。
そこで、IS学園では同じ小柄な体型の鈴をリーダーとしてアイズとラウラの三人で格闘術の訓練を行っていた。生身での戦闘能力は学園最強である鈴によって、もともと鍛えていたアイズとラウラの二人もその技量と身体能力も底上げされている。そしてこの小柄な三人はその体格の不利を覆すべくそれぞれの技術を教授し合ってスキルアップを図っていた。鈴は中国拳法(喧嘩殺法混合型)、アイズからは柔術(束仕込み)、ラウラから軍隊式格闘術。それぞれの格闘技術を駆使しての模擬戦は確かな経験値として蓄積された。
特にラウラの場合、体格差という理由から完全な格闘技術とはいえないものであったが、鈴から人体急所と身体の効率的な動かし方を教わり、アイズからは非力でも戦える技術、柔で剛を制す概念を教わった。その結果が、これだった。
「甘いぞ!」
ナイフで斬りかかってきた男に対し、ナイフを持った手の手首を抑えて弾くと腹部に向けて鈴直伝の発勁掌を叩き込む。
「ごふっ!?」
急所に叩き込まれた浸透する衝撃に男が呻く。鈴ほどではなくとも、それなりに高い威力を持つこの技術は思いのほか役に立つ。そして隙を晒した男に、今度はアイズから教わった柔術で重心を崩して床へと倒す。
もういろいろなアレンジが加わった総合格闘術みたいになっているが、体格のハンデを背負って不完全だったラウラの格闘術はたしかに昇華されていた。
「この瞳も問題ない。………博士には感謝だな」
ラウラのヴォーダン・オージェはアイズやシールと比べれば性能は遥かに劣る。しかも片目だ。その力はどうやっても二人には届かない。だが、ただひとつ、二人の瞳に勝るものがあるとすれば、それは安定性だった。アイズのプロトタイプでも、シールの完成形とも違う量産試作型の瞳。ある程度自らの意思でその適合率を変動させることができる二人と違い、ラウラの瞳は一定の適合率、一定の性能しか発揮できない。AHSシステムでオンオフの制御をしており、性能は劣るが扱いやすさでいえば一番である。
ゆえに、アイズよりも暴走の危険は少ない。アイズは今でさえ感情の昂ぶりがAHSシステムの制御を振り切ってしまうときがあるが、ラウラの場合はそれがない。そして、このリスクの少ない制御法こそが、束が欲しがっているデータだ。これをアイズのハイリスクのヴォーダン・オージェの制御に使うことで、アイズの身の安全を高める礎にするためだ。だからこそ、ラウラは自分がになっている価値を理解し、そして喜んだ。かつて落ちぶれの烙印だったこの金色の瞳が、想い慕う姉のためになるのなら喜んでモルモットにでもなってやる。その思いでラウラは忌まわしいこの瞳を使っている。
「化け物か!? 気味悪ぃ目向けやがってェッ!!」
「……気味悪い、か。それはつまり姉様への侮辱と受け取る」
誰にも理解されなくてもいい。ラウラにとって大切なことは、己が姉を支えるということだけだ。そのためなら化け物と呼ばれようと、落ちこぼれになろうと構わない。
「おまえは消えろ」
そして姉に銃口を向けたこいつらはラウラにとって紛れもない敵だ。だから一切の容赦はしない。手加減はする。だが躊躇わない。
ナイフの刃を返して首筋に一閃。本来なら即死するような攻撃だ。峰打ちだとしても、後遺症が残っておかしくないレベルだった。当然それを受けた男はその一撃で意識を刈り取られてピクリとも動かなくなった。
「姉様を否定する者は私が決して許さん」
倒れ伏した男を冷ややかに見下ろしながら、自ら誓うように口にする。それはラウラが得た愛情に対する不器用な恩返しであった。
***
「な、なんか二人ともすっごい気合入ってるなぁ……?」
恐ろしい威圧感とともに圧倒するラウラとシールを見ながらも、アイズもきっちりと強盗犯たちの制圧を行っていた。ただし、こちらは二人と比べればいささか平和的であった。
「えっと、二人がなんか怖いんで降伏しませんか?」
「ッ、ふざけんなコラァ! 今更なに言ってやがんだ!?」
「え? ダメなんですか?」
「不思議そうに言うな! 足元に転がってる仲間やったのはてめぇだろ!?」
「えー、だって」
そう、アイズの足元には完全に気絶した強盗犯の一人が転がっていた。その脇にはバラバラになったカラシニコフが散らばっている。
アイズははじめは同じように降伏を促したのだが、それに激高した一人が銃を向けた。そして引鉄に指をかけたことを見たアイズが説得を諦めて制圧を行ったのだ。理由は、他の人質への流れ弾を避けるためだ。だからアイズはそれを見た瞬間には一足で間合いを詰める。
取り出す武器は高周波ナイフ。IS用の装備である『プロキオン』をダウングレードして通常サイズにしたものであるが、一般的なナイフよりも多少ゴテゴテとしている。しかしその切れ味は鋼鉄を容易く切り裂くことのできる対IS用にも使えるというオカシイ代物だ。過保護な束が持たせた護身武器である。
「危ない、なぁ!」
すぐさま銃身と弾倉を狙って切断する。一見すればゴツいだけのナイフが銃をあっさりと真っ二つにする光景に、強盗犯の動きが止まる。
「ごめんね」
そして束仕込みの柔術で床へと押し倒すと、刃を返して首筋にナイフを押し当てる。もちろん、そうされたほうは刃が返されていることなどわからないために恐怖に震えるしかない。
「このままおとなしくしていてくれるよね? …………ね?」
にっこり微笑みながら金色の瞳を向けるアイズ。アイズとしてはただ穏便に済ませたいだけなのだが、その笑みを向けられているほうは不気味なナニカにしか見えなかった。
そんな強盗犯の心理をしっかり把握しながら、アイズはイリーナ・ルージュ式ではなくイーリス・メイ式の脅迫をかける。
「暴れられると………ボク、困るから。ああ、誤解しないでね? ボク、お願いしてるわけじゃないんだ。わかるよね?」
そしてまったく邪気のない無垢な笑みでトドメだった。
無邪気、というのは一種の狂気である。精神が平静を保てない場でまったく変わらずに無垢でいることこそが異常なのだ。
アイズのこの場での笑みは、そういう種のものだった。別に練習をしたわけじゃない。もともと地獄を味わって這い上がってきた。気が狂いそうになりながら、怒りを、痛みを、妬みを、憎しみを、そのすべてを味わってなお、砕けずに貫いた夢への渇望の現れこそが、微笑みだった。だからアイズは、微笑みはいつまでも無垢なものだった。
アイズが想い、微笑むとき、それがたとえ戦場のど真ん中でも、命の灯火が消える間際だとしても。
アイズは、夢想う限り、―――――無邪気に微笑む。
***
「さて、あとは上の掃除ですか」
たった三人でエントランスは完全に制圧した。捉えた強盗犯たちは一箇所に固めて縛り付けてある。ラウラとアイズがすぐさま正面の扉を開放すると人質を順次に外へと逃がしていく。あとは警察に任せれば残党も片付くのだが………。
「せっかくだし、最後までやろうか」
「そうですね」
「………まぁ、いいでしょう」
三人揃って戦闘続行の意を示した。確かに警察に任せればあとは楽だが、こうして追い詰められたときこそ人間は厄介だ。しかも見たところ装備品は粗悪でもそれなりに脅威となり得るものを揃えている。もしかしたら爆弾の類もあるかもしれない。下手に自爆などされれば困る。
「もしそうなったらイリーナさんがキレる」
「そういえばここ一帯の開拓地の権利を持ってるって言ってたような……それは、まずいのでは」
「アイスクリーム買い直さないといけないのでそれは困ります」
それぞれがくだらなくも大切な理由でとっとと残りを倒すことを決める。相手の戦力はおおよそ把握した。ISに頼る必要もない。残りもすぐに制圧できるだろう。
「ラウラちゃんは一階で待機。もし逃げる人がいたら捕まえて。上にはボクとシールで行くから」
しかし、アイズからそんな提案が飛び出した。確かにそれは理にかなっている。逃がさないつもりなら脱出路である一階を一人が固めることは当然と言えた。個々の戦力が圧倒的に優っているからこそできることであるが、しかしシールとラウラは揃って渋い顔をした。
「…………」
「しかし、姉様」
ラウラは心配そうに、そしてシールは訝しげにアイズを見つめる。三人の金色の瞳が交差し、しかしすぐにそれは解かれた。
アイズがぷいっと顔を背けるようにして二人に背を向けた。
「いいよね、シール? それともボクじゃ足でまとい?」
「…………いいでしょう。今回は共闘する約束です。たとえ敵でも、約束は守りましょう」
「ラウラちゃん」
「姉様、私は反対です! いくらなんでも、こいつは姉様を殺そうとしたやつですよ!? それなのに……!」
「わかってる。シールを信じろって言ってるわけじゃない。…………でもね、敵だからこそ、ボクはシールを信じてる」
そう、アイズは殺し合うような敵でありながら、シールを信じている。それは、シールがかつて言った言葉、そして己が言った約定を示していた。
意味のある決着を。それが、アイズとシール、二人の約束だ。だからこんなところで不意打ち、騙し討ちの類をするなど、アイズも、そしてシールも一切考えていなかった。
「ごめんね。我侭言って」
「………いえ。こいつは信用できません。でも………姉様を信じます」
「ありがとう」
申し訳ないと思いながらも聞き入れてくれたラウラにお礼を言いながら、アイズは上階へと駆け上がっていく。それを無言で追いかけていくシール。
残されたラウラは、二人を見送りながら再び眼帯をしてヴォーダン・オージェを封印する。
「姉様………どうかご無事で」
ラウラの心配はシールとのことだけだった。ラウラの思考には、すでにこの建物が未だに武装集団に占拠されていることなど完全に消え去っていた。
***
「どういうつもりです?」
「なにが?」
「あの模造品を残してまで、なぜ私と二人になったのです?」
二人はすでに屋上以外の階層にいる立てこもっていた残党を駆逐していた。出会い頭に即座に気絶させるという、まさにサーチ&デストロイによる制圧戦であった。
「………聞きたいことがあったんだよ。できれば、二人だけで話したくてね。ラウラちゃんには無理言っちゃったけど」
「なにを話すことがあるというのです? 私とあなたは、もはや戦う運命なのです。今更和解でもお望みですか?」
「それこそまさか、だよ。ボクは、あなたとの決着をなぁなぁで済ませる気なんて、とっくにないんだよ」
自分を礎にして生み出された命、自分の痛みを、苦しみを糧に造られた命。その結果であるシールとの因縁は、もはやアイズにとって向き合わなければならない運命だった。
「あなたが生まれた理由を知った。あなたの考えも知った。それでも、ボクにはどうしても聞きたいことが、聞かなきゃいけないことがあるんだよ」
「………いいでしょう。なにを言っても運命は変わらない。座興に付き合いましょう。………掃除を終えたら、ですがね」
言うと同時にシールが屋上への扉を蹴破った。さすがに察知されていたであろう二人の突入は銃弾の雨によって迎えられた。
「見えてるよ」
「遅い」
しかし、もはやただの銃弾など、二人にとってはあまりにも遅すぎた。もちろん、銃弾の早さが遅いわけじゃない。二人の反応が速すぎるのだ。視界に入った瞬間には弾道を解析し、そしてしっかりと指が引鉄を引く瞬間まで見えていた。
残された強盗犯たちが恐怖に顔を歪ませる姿までしっかり捉えながら。
「おやすみなさい」
「さよならです」
ただ呆気なく、なんの感動もない決着を叩きつけた。
「終わりだね」
「まぁ、こんなものでしょう。くだらない雑事でした」
屋上から下を見下ろすと、警察が突入してくる光景が見えた。これでこの茶番も終わりだろう。シールにとって、いや、アイズにとっても、この程度の解決は別に感慨深いものでもなんでもない。この目を持つ者として、武装しただけの素人などなんの脅威でもないのだから。
「…………では本題に入りましょう。敵と密談する趣味はありませんので手短にしてください」
「時間は取らせないよ。ボクは、ただ知りたいだけだから」
制圧を完了したというのに、二人共その瞳は金色のままだ。それは互いに警戒し合っていることを意味していた。
「ボクはずっと不思議だった。あなたがなんなのか。どうしてボクを狙うのか」
「…………それで?」
「そしてそれを知った。あなたの正体、そしてボクにこだわる理由……それを知った」
「だから、あなたも……私と戦うことを決めたのでしょう?」
逃げないし、逃げられない。
アイズが言ったその言葉は、二人が戦う運命を肯定した言葉だ。シールにとってアイズが存在意義を冒涜する存在だというのなら。アイズにとってシールは、自分の運命を狂わせてきたこの瞳の呪いが人の形となった存在だ。
それは逃げられないし、逃げてはならないものだ。
「そう、だから――――!」
「っ……!」
突如としてアイズがシールへ飛びかかった。
その手にはナイフがあり、それをシールめがけて一閃する。その行動にわずかに驚きながらも、シールは冷静にそれに対処。ナイフを持ったアイズの右腕を掴むと同時に空いた腕でアイズに同じくナイフを突き立てようと振り上げる。
そしてそれも、アイズがきっちりと受け止める。鏡写のような格好になりながら二人はナイフを持った腕に力を入れて押し合いの膠着状態となる。至近距離から睨み合う。
「……あなたがこんな不意打ちをしてくるとは、正直驚きましたよ」
「不意打ちなんてできないでしょ?」
「それでどういうつもりです? ここで決着をつけますか?」
「乱暴になったことは謝るよ。でも、…………やっぱりわからない」
なにかを確かめたかった。そんなアイズの様子を察してシールが眉をしかめた。いったい、こんなことでなにを知りたかったというのか、皆目見当がつかなかった。
今の攻防でわかることは、アイズにはまったく殺気がなかったことくらいだ。だから驚きはしたが、脅威には感じなかった。
「…………ボクを、恨んでるの?」
「なんですって?」
「ボクを倒す………それは、ボクを恨んでいるから? 嫌いだからなの?」
「…………言っている意味がわかりませんね。なにが言いたいのです?」
「ボクは…………あなたが、嫌いじゃない」
その言葉に、シールがますます表情を曇らせる。意味不明、理解不能、そんな色がそこにはあった。
「好きか、って言われたらそれも返答に困るけど。ボクはシールにそれほど嫌悪感は持っていないみたい。今も、本気で襲いかかったのに、殺気のひとつすら出せなかった」
「それを確かめたのですか?」
「そして、あなたも」
「…………」
「ボクと戦うとき、………ボクを殺そうとしたときでさえ、あなたから負の感情は感じられなかった。ボク、そういう人の悪意には敏感なんだ。たとえこの目を閉じていたとしても、はっきりわかる」
それが這いつくばってまで生きてきたアイズの半生が得たものだった。生きるため、死なないために身につけた寂しい感受性だった。
「ボクを倒す。そこに迷いはないだろうけど…………あなた自身は、ボクが嫌いだからそうするの?」
「………なにをいうかと思えば」
シールが力任せにアイズを押しやり、密着状態から開放される。もうアイズから戦意がないことを確かめてナイフを服の中へと仕舞う。
「試作品に好きも嫌いもあるわけないでしょう? あなたは、その存在が邪魔だから排除する。それだけですよ」
「なら、どうしてボクとこうやって会話するの? 会話は人の触れ合い。モノとすることじゃないのに」
「よく回る口ですね。それではあなたは私と友達になりたいとでも言うつもりですか?」
「そこまでは言わない。でも………もっと知りたい、と思っている」
「……………」
「ボクはあなたを倒したいと思うほど、あなたをまだ知らない。あなたがどんな風に今まで生きてきたのか、どんな思いで戦っているのかもわからない。もちろん、ボクだってただ倒されるわけにはいかない。戦う理由をあとから欲しがるなんてボクもバカだと思うけど………それでも、ボクはあなたと」
「戯言はそこまでです」
シールがアイズの言葉を遮って睨みつける。そこには明確な拒絶の意思があった。
「あなたの都合など、私が知ったことではありません。そして、あなたと私は、戦うことでしか理解できません」
「結果を理解しろ、受け入れろっていうの?」
「私が戦う理由は、私だけのものです。あなたは、勝手にあなただけの理由で戦えばいい。ですが……」
シールが背を向ける。同時にISを起動させ、その白亜の装甲を纏う。純白の翼が広がり、天使が降臨したかのような光景がアイズの視界に映り込む。それはさながら告死天使。人外の美とすら思えるほどの完璧な芸術のようなその姿が、感動ではなく畏怖を与えるような存在としてそこに在った。
「私との戦いから逃げることは、許しません」
「…………」
「また会いましょう。この次は、戦場で………」
そう言ってシールが天へと飛翔する。しかしすぐさまその姿がノイズが混じったように掻き消えてしまう。おそらく光学迷彩を発動させたのだろう。白亜のISが空に溶けるように消える姿を見て、アイズがゆっくりと瞳を閉じた。
再び目隠しを巻きつけながら、遠ざかっていくシールの気配を感じていた。その気配が完全に消え去ったところで、ラウラが屋上へとやってきた。どうやら心配して来たようで、ラウラの気配がそっと傍へとやってきた。
「姉様、ご無事で」
「うん、大丈夫だよ。下のほうは?」
「警察が突入して強盗犯たちが確保されています。どうやらもともと近くの金融施設の強襲をしたグループらしく、警察の追跡を振り切ろうとここを占拠したようです」
「とんだ災難だったね」
「それで、あいつは?」
「行っちゃったよ。次は戦場で会いましょう、ってさ」
そしてそれはおそらく実現する。しかも、そう遠くないうちに……。
「ねぇラウラちゃん。ラウラちゃんはシールが嫌い?」
「嫌いです。姉様を傷つけるやつは、誰であれ嫌いです」
「そっか」
「姉様はどうなのです?」
「ボクは、ね………よくわからないな」
だからあんなことを話してしまった。確かに無意味な問いかけだったかもしれない。
「夢を求めることに理由なんてない。ただ、そうしたいっていう思いがあれば、それでいいから」
「姉様?」
「じゃあ、戦うことは? 戦うことに理由を求めることも、ナンセンスなのかな?」
ラウラには、その答えがなかった。もともと戦うために生み出され、そしてこの瞳を与えられたラウラにとって戦いとは生きることであった。だが、今のラウラにはそれを肯定するには迷いがあった。
それが良いか悪いかはわからない。でも、それはおそらくずっと答えは出ない。
「好きか嫌いか。それだけでもはっきりすれば戦えるのに………」
好きだから超えたい、並びたい。嫌いだから負けられない。心の感情をバネにするアイズにとって、シールはどちらでもない存在だった。
「それすら決められないボクは、甘ったれかな」
***
「申し訳ありません。近いうちに再度買い直してきますので」
「あらあら。それは残念だけど………なかなか面白いことになってたみたいねぇ」
シールは目の前にいる亡国機業のトップであるマリアベルに頭を下げて謝罪していたが、マリアベルは笑ってそれを許す。もともと気まぐれなお使い程度だ。生真面目だけど不器用なシールをこれ以上いじめようとは思っていなかった。
「あの二人に会ったんでしょう? お友達にはなれた?」
「ご冗談を。そのような関係ではありません」
「そう? いいじゃない。敵同士のほうが友情に泊がつくわよ?」
くすくすと見るものを癒すような屈託のない笑みを浮かべるマリアベルに、シールは困ったように表情をしかめている。
「プレジデント………お聞きしたいことがあるのですが」
「あら、なにかしら?」
「敵となる者に……好きか嫌いか、そういった感情を抱くことは、必要なのでしょうか」
「ふむ?」
「倒すべき相手を憎まなければ、理由と感情が同じにならなければ、倒す意味はないのでしょうか」
珍しく本気で悩んでいる素振りを見せるシールに、マリアベルは少し意外に思いながら、まるで我が子に相談でも受けたような気持ちになりながら笑顔でシールと向き合った。
「そうねぇ。あくまで私個人の意見でよければ話してあげるけど?」
「お願いします」
「私の場合、まぁ、いろいろたくさんの敵がいるけど……ああ、どうでもいいやつはノーカウントだけど、その中でも特に入れ込んでいる存在はたしかにいるわ。個人的に、そいつのことは好きよ?」
「好き、でも、戦うと?」
「私の場合は好きだからこそ戦う。倒したいって思うの。だって嫌いな人間と関わっても面白くないでしょう?」
「………」
「それにね、相手はどうかわからないけど……私にとって倒したいその相手は、大好きよ。とてもね」
まるで自慢するように語るマリアベルの言葉は、シールにとって半分も理解できないものだったが、それでもなにかしら感じることがあるのか、真剣にその言葉に耳を傾けていた。
「あなたがあの……アイズって言ったかしら。その子を好きになっても、もちろん友達になっても構わないわ。なんなら定期的に一緒に遊びに行っても私は許すわ」
「しかし、それは」
それはまるで敵と内通することを推奨するかのような言葉だ。当然、シールも受け入れることを躊躇った。
「もちろん、いずれ戦えと私が命じるとき、命懸けで戦ってもらいます。でも、そのほうがいいでしょう?」
「いい、とは?」
「倒すべき敵が有象無象のゴミより………大切だと思える友のほうが、愉しめるでしょう?」
どうせ戦うのなら、そこに心が揺れ動くような運命が欲しい。
そうすることで、その戦いに意味を、価値を見いだせる。倒すべき相手が自分にとっての価値があればあるほどに、感情が、心が動く。それは感情の発露だ。歓喜も、憤怒も、悲愴も、悦楽も、その瞬間にこそ集約される。
「倒すべき者の価値を、認めろと……」
「あなたはあなたの理由で戦えばいいのよ。でも、そのほうが愉しいわよ?」
マリアベルはそっとシールに近づくと頭に手を起きながら内緒話でもするように耳元に顔を近づける。吐息すらかかるような距離で、囁くように告げた。
「敵であれ、自身と関わる者を知りなさい。その上で倒しなさい。それが運命であるなら、その運命に価値を見出しなさい。特に、その子はあなたを生み出すために使われた実験体の唯一の生き残りでしょう? あの子に、倒される価値を与えてあげなさい。あなたが、あの子を終わらせる意味を持ちなさい。それが、幾多もの命を糧に生まれた、あなたの義務です」
「私の、義務……」
考え込むシールを満足そうに見つめながら、マリアベルは微笑んで新たに指令を告げる。
「その機会をあげましょう。おそらくその子と存分に戦えるでしょう。その舞台は私が整えてあげます」
「戦い……襲撃ですか?」
「ええ。オータムとマドカと共に、日本へと行ってもらいます。存分に、運命を楽しんできなさい」
魔女は聖母の笑みを浮かべて、シールを激励する。それが、悪意のないものだとしても、それは次なる戦場への誘いであった。
アイズとシール、二人の運命は加速しつつも、未だ決着を見せなかった。
以上で番外編の二つ目が終了となります。お楽しみいただけたでしょうか。
後編はアイズとシールの因縁の捕捉を入れてみました。この二人の戦いが終盤の軸のひとつとなるので、二人の交流をメインにしています。そこにラウラも加わって複雑に絡み合っていく感じになりそうです。
そろそろマリアベルさんにもいろいろやってもらおうと思ってます。明言しますが、この人がラスボスですので。ラスボスの貫禄を出すのが難しいですが、終盤はこの人に大暴れしてもらうと思います。
番外編ですが次章への伏線がたっぷりでした。
次回から「鉄の葬列編」へ入ります。IS学園を舞台に大乱戦となります。
それではまた次回!