双星の雫   作:千両花火

66 / 163
Act.62 「夢の道」

 アイズ・ファミリアは痛む目と頭に耐えながら、ゆっくりと部屋を出た。ガシャン、と目を覆っていた機材を投げ捨てる。可能な限り視認負荷を減らすために片目を完全に閉じて、もう片方の目だけをうっすらと焦点を合わさずに、寝ぼけているような茫洋とした目で周囲を確認する。焦点を合わせればヴォ―ダン・オージェが過剰反応して激痛と共に脳へと情報を伝えてくる。長年この痛みに耐えてきたアイズはそれを抑える方法もある程度は知っていた。

 

「くそっ……!」

 

 だが、それでも今のこの呪いの目はアイズの命を削るかのように痛みを与え続けている。こうして立って歩くだけでも、まるでギロチン台へ向かって歩くかのような気分にさせられる。

 いや、実際にそれは正しかった。今のアイズにとって、“目を開けて動く”という行為は紛れもなく命を削るに等しいものだった。

 しかしアイズは壁に身体を預けながら、それでも止まらない。先程からずっと続く爆発音と振動が地下のここまで伝わってくる。セシリアや束が戦っているのだ。

 決して二人を信じていないわけじゃない。アイズにとってセシリアと束はなによりも信じられる存在だし、そして同時になによりも大切な恩人だ。

 だからこそ、アイズは“もしも”を怖がる。

 

 セシリアが、束が、いなくなってしまうことを誰よりも怖がっている。

 

 だから、アイズは死に瀕しているとしても、戦うことを選ぶ。きっとセシリアにも束にも迷惑をかける。泣かせるかもしれない。それを理解してなお、アイズは戦いを選んだ。

 無力であること。それがなによりも許せないから。

 

「はぁ、はぁっ」

 

 息も絶え絶えになりながらアイズは束のラボの一角にある格納庫へと入る。そこにあるのは、久しく触れていなかった己の機体、試作第三世代型『レッドティアーズ』。未だ専用武装も完成しておらず、素体となる基本フレームしかない状態だ。しかし、アイズが使える機体はこれしかない。

 アイズは震える手でレッドティアーズへと触れる。

 

「ボクの声に応えて………レッドティアーズ」

 

 その声に反応するようにレッドティアーズが起動する。即座にアイズが機体を纏い、出力を上昇させる。アイズの体調は最悪、レッドティアーズも長期間凍結状態だったため万全とはいえない。だが、それでも構わずにアイズは地下から地上へと通じる緊急脱出シャフトへと向かう。武器として、格納庫にあった試作型近接刀『プロト-プロキオン』のみを携える。

 

「ボクは、きっと馬鹿なことしてるんだろうな」

 

 アイズは直上へと伸びるシャフトを見上げながらふとそんなことを呟いた。今の自分が、どれだけ戦えるかもわからない。すぐに力尽きることだって十分有り得る。

 だが、それでもアイズには迷いはなかった。

 

「行くよ、レッドティアーズ。ボクだって、戦うんだ!」

 

 

 

 かくしてアイズは戦場へと飛翔する。それがどんな結果を生み出しても、アイズはこの選択を悔やまなかった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「アイズ! なにをしているのです!? すぐに退きなさい!」

『アイちゃんダメ! 本当に死んじゃうよ!!?』

 

 セシリアと束が必死になって呼びかけるが、それでもアイズは戦いをやめなかった。当然だ、今のセシリアは行動不能にまで追い込まれているし、束も拠点防衛で精一杯の状態だ。ここでアイズが退けば間違いなくセシリアは死ぬ。そうなれば、このアヴァロンが落ちるのも時間の問題だ。

 アイズがいなければ全て終わっていたのだ。

 そしてそれは今も継続中だ。アイズが文字通り命と引き換えに時間を稼いでいることで、この島にいる人間の破滅を防いでいるのだ。

 セシリアや束もそれはわかっている。寸前のところで全滅を防いでいるのはアイズなのだ。だが、感情はそれを許容できない。アイズは、紛れもなく死にかけているのだ。

 

「うああああああッ!!」

 

 アイズは絶叫を上げて無人機を斬り裂いていく。背後からの奇襲すら察知して対処していくアイズは単機でありながら完全にその戦場を支配していた。近づくものはすべて斬り捨てられ、遠距離からの銃撃や砲撃は悉くが回避され、さらにはブレードで切り払われる。それはたとえ背後から襲いかかっても結果は同じであった。なにをしても一切の反撃を許さなかった。

 鬼神のように多数の無人機を相手に戦っているが、それがあの金色の瞳“ヴォ―ダン・オージェ”の力を使っていることは疑いようがない。しかし、明らかにその様子は異常であった。

 圧倒しているにもかかわらずに、アイズの顔色はどんどん悪くなっている。両目からは真っ赤な血が流れ落ち、歯を食いしばって痛みに耐えている。赤い装甲色をもつ機体レッドティアーズがその名前のように、まるで血の雫そのものであるかのように見えてしまう。

 

「がっ、……うぁああ!!」

 

 苦しむように叫ぶアイズが右目を押さえる。しかし、この状況で視界を減らすことの危険性をわかっているアイズは痛みを無視してなおも敵を見据え続ける。敵を全滅させるまで、戦うことをやめるつもりはなかった。

 死ぬかもしれない。その恐怖はあった。だが、それを上回る恐怖がアイズを動かしている。セシリアを、束を、守れないことが、失うことが、アイズにとって命よりも重いこと………アイズはそれを行動で示したのだ。

 

 アイズの瞳はその力を存分に発揮している。敵の動きすべてを見切り、未来予測を導き、死角すら察知する超常の能力でアイズに味方した。確かにこのままなら残る無人機もアイズだけで全滅させることもできるかもしれない。

 

「はー、はーッ………ッ」

 

 どんどん荒くなっていく呼吸、真っ赤に充血した瞳、その真っ赤になった眼球から浮かぶように光る金色の瞳。そこから溢れるのは顔を真っ赤に染めるほどの血液。目の周辺の神経が過剰に酷使されているのか、皮膚の下から脈が浮かび上がっている。

 

「はぁ、はっ………」

 

 悪化する状態とは関係なく、金色の瞳がわずか視界の端に映った敵機に反応する。すぐさま反射的にぎょろりと眼球が動き、砲撃を発射しようとする機体を捉えた。距離が遠い。だが対処可能。そうした思考を即座に処理してアイズは手に持った唯一の武装であるブレード『プロト-プロキオン』を投擲した。

 それが寸分たがわずに攻撃体勢の敵機の中心部に突き刺さる。スパークしながら落下していくその機体を他所に、武装をなくしたアイズに多数の敵機が襲いかかる。

 はじめに接近してきた機体のブレードの斬撃を躱したアイズは一瞬で背後に回ると両腕で首を抱き、そのまま勢いよくねじ切った。そのまま背後の二機目を振り向きざまの貫手を放つ。関節部の装甲の隙間から内部機構を破損させ、そのまま一気に関節部を破壊する。同じように武装を一切使わずにワンアクションで手足や首をもぎ取っていく。

 無論、レッドティアーズにそこまでのパワーはない。だが、アイズはわかっていた。無人機の構造を解析し、どこをどうすれば破壊できるのかわかっているのだ。無人機とはいえ、基本は人体の動きを模した構造をしており、内部機構は人工的な筋肉に近い。靭帯の役目をするカーボンナノチューブ集積帯にわずかでも欠損があれば強度は激減する。アイズはそれを狙って引き起こしている。

 今のアイズなら方法さえあれば、それを簡単に為してしまう。まるで職人のような鮮やかな解体であった。

 

 そしてその代償のように、――――――――アイズの右目が、死んだ。

 

「がッ、ああああああっ!!!」

 

 右目の視神経が完全に焼き切れた。痛い、という言葉ではもはや足りない。まるで神経が赤熱しているようで、その不快感と拒否感がアイズのかろうじて繋いでいる理性を蹂躙する。

 アイズが一際大きな悲鳴をあげる。

 右目は完全に閉じられ、それでも瞼の隙間からドロドロとした血液が流れ続けている。見ているだけで目をそらしたくなる凄惨な姿であった。

 

 それを見ていたセシリアは、もう顔を真っ青にして硬直していた。

 アイズの戦う姿は確かに凄まじかった。あれだけの劣勢を覆す勢いで敵機を破壊し続けるアイズは、まるで修羅のようであった。そして、満身創痍のアイズにあれだけの力を与えるヴォーダン・オージェがどれだけ凄まじいものなのか改めて実感する。倫理感が許さないが、あれを兵器として使おうという発想も、これをみれば納得してしまいそうだ。それほどまでにその力は絶対的ともいえるほどに強大であった。

 だが、アイズを見ればそれを人が使うことがどれだけの禁忌なのかも同時に理解してしまう。まさに命を削りながら行使する禁断の能力。その結果は、今のアイズが示していた。

 

「アイズ……お願い、もうやめて……! やめてって………言ってるでしょう!」

 

 セシリアは知らずに涙を流しながらアイズに必死に呼びかける。だが、それもアイズには届かない。もうそんな余裕すらない。残った片目でなおも戦場を睨むアイズは、まったく退く様子を見せなかった。

 ダメだ、と悟ってしまう。これ以上戦わせることも、そしてアイズを止めることも。自分には、できない。ならばどうする、どうすればいい。思考の袋小路にはまったようにセシリアは混乱から抜け出せない。

 そんなセシリアを叱咤するように回線から束の怒声が響いた。

 

『なにやってるのセッシー!! はやくアイちゃんを止めろ!』

「ッ!?」

『このままだと、本当にアイちゃんが死んじゃうよぉっ!!』

 

 セシリアはこのとき、はじめて束が泣いているとわかった。その束の声が、セシリアの冷静にさせた。

 アイズを止めるのは現状では無理だ。今のセシリアはもはや動けるような状態ではないし、束も非戦闘員を守っている状態だ。アイズのフォローなんてできない。

 そしてアイズが戦うことをやめればどのみちこのアヴァロンは落ちる。そうなれば結局アイズは死ぬ。そんな状況下でセシリアができることはたったひとつだ。

 

「ぐうっ……」

 

 セシリアは痛む全身に鞭を打って這うように移動する。そして破壊された無人機の腕を掴み、その腕が握っていたビーム砲を手にした。同じISサイズ、エネルギー供給とトリガーのコントロールさえ掌握すればセシリアでも使えるはずだ。

 

「お願い、……!」

 

 当然、ビーム砲の使用権限のためのコードは持っていない。それを直接ブルーティアーズにつなげ、ダイレクトに無理矢理その兵器とアクセスする。異分子を接続したためにブルーティアーズのOSが拒否反応を示すが、それを無視してビーム砲を構えた。

 

「止められないのなら………!」

 

 アイズは止まらない、止められない。ならば加勢するしかない。一秒でも早く殲滅してアイズが戦う理由を無くすしか、アイズを救う道はない。アイズ自身を代償とした戦果は既に敵機を残りわずかにまで追い詰めている。このままいけばアイズが勝つだろうが、今は時間をかければかけるほどアイズの命が消える確率が高くなる。たった一機だけでも、セシリアが落とせればその分アイズの寿命は伸びる。

 

「くっ………」

 

 慣れないビーム砲を構えながら、必死に照準を定める。無理をして使っているのだ。撃てるのはおそらく一発のみ。一機落とせれば御の字だろう。だがそれが至難だった。ブルーティアーズもすでに限界だ。ハイパーセンサーにもノイズが交じり、セシリアはほぼ目視のみで照準をしている。

 片足を骨折しているために体勢もよくない。しかも今のセシリアは片目しか見えていない。ただでさえ慣れておらず、試射すらできていない銃器だ。距離感すら勘と経験則で狙っている。まともにやって命中できるような状態ではなかった。

 

「それでも」

 

 それでも、セシリアは必ず当てる。狙撃手としての矜持、IS操縦者としての意地、そしてアイズを守る誓いのために、外すことは許されない。

 

「―――――Trigger」

 

 そして、セシリアは引鉄を引いた。そこに明確な思考があったわけじゃない。これまでの経験から当たると思った瞬間にはもう指が動いていた。

 大出力のビームが発射される。無理な体勢であったため、耐ショックすらまともにできなかったセシリアがその反動で吹き飛ばされた。身体に激痛が走るが、それでも残った片目でビームの行方を追った。

 

 セシリアの放ったビームは、アイズの背後から迫っていた敵機の頭部を消し飛ばし、さらに射線上にいたもう一機の胴体を貫いた。同時に、アイズが正面の最後の機体を真っ二つにする姿が見えた。背後の敵に反応していたのだろう、すぐさま迎撃行動に移るアイズが、セシリアによって破壊されたことを悟ったように顔を向けてきた。

 真っ赤な血化粧をしたアイズと目が合う。

 互いに不思議と長く感じるわずかな時間見つめ合うと、アイズが穏やかな表情を見せて口を動かした。距離があるために声こそ聞こえなかったが、セシリアにはその言葉が伝わった。

 

 

 

『ありがとう』

 

 

 

 そうしてアイズは笑った。セシリアもつられるように笑みを見せた。結局、アイズとセシリアが互いに半数の機体を破壊してアヴァロンを襲撃した無人機群を全滅させた。防衛機能があったにせよ、わずか二機のISによる戦果としては信じられないほどのものであった。

 多くの被害を出しながらも、奇跡的にも死者は出さなかった。しかし重軽傷者は百人を超え、島の施設は半壊。その被害は甚大なものであった。

 

 それでも、生き延びた。守りきった。

 

 アイズは、それを誇るでもなく、ただ儚い笑みを浮かべながらセシリアのいる瓦礫となった施設跡へと降り立ち―――

 

 

「アイズっ!?」

 

 

 そのまま、血だまりに沈んだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 襲撃から翌日。

 動けない重症患者以外は基地の復旧作業を行っていた。既に本社のほうからの応援も到着しており、多くの医療スタッフが動き回っていてさながら野戦病院のような様相であった。

 イリーナからの命令で多くの人員が派遣され、早期に島の機能回復が命じられている。同時に今回のような無人機の襲撃の警戒を強めるためにすぐに防衛設備の回復と増強作業が行われていた。医療スタッフと技術スタッフたちが忙しく動く中、篠ノ之束もまた休むことすらしないで動き続けていた。

 本来なら束が島の技術スタッフの統括をするのだが、束はたった一人の少女だけにつきっきりであった。しかし、誰もそれを咎めない。イリーナも何も言わなかった。なぜなら、その少女は傷つきながらもこの島を救った人物であり、束自身が一番可愛がってきた存在だ。

 束の顔にも疲れが見えるが、その目は強い意思を宿しており目の前で横たわる少女に向けられていた。

 

 全身に包帯が巻かれているが、身体はそこまでひどくはない。身体の損傷ならセシリアのほうがひどかった。だが、この少女……アイズ・ファミリアは生きていることが不思議なほどの状態だった。その両目には医療器具ではなく、束の手製の機械がつながれており、束はその機械から送られる観測データを見ながら凄まじい勢いでキーボードを叩いている。

 だが、止まることなく動いていた指が背後に気配を感じて止まる。

 

 それが誰かわかっている束は椅子ごと振り返りながらやってきた人物を迎え入れた。

 

「もう動いていいの? セッシー」

「…………問題、ありません」

 

 セシリアであった。脚を骨折しているため、両手には松葉杖があり、顔の半分も包帯で覆われている。それだけでなく、羽織った服の下にも生々しく血で滲んだ包帯が見え隠れしている。自慢の金髪もところどころが焦げて色褪せてしまっている。

 しかし、そんなことはどうでもよかった。今のセシリアにとって大切なものはただひとつだけだ。

 

「……アイズは?」

「……………」

 

 束の目が、本当に聞く勇気があるのか? と無言で問いかける。その目に気圧されながらも、セシリアは頷いた。 

 

「………最後のセッシーの撃破がなきゃ、おそらく助からなかった」

 

 最後にセシリアが二機を破壊したおかげで、アイズの戦闘時間が十秒ほど削れた。それがアイズの明暗を分けたのだ。おそらくその十秒の戦闘行動が存在していれば、アイズの限界を超えたというのが束の意見だった。根拠がないわけじゃない。アイズの今の状態から、そう確信しているのだ。

 最後のセシリアの悪あがきが、結果としてアイズを救った。それは確かだった。

 

「結論を言えば、アイちゃんは助かる。死にはしないよ。危なかったけど」

「そう、ですか………」

 

 深く安堵の息を吐く。しかし、束の次の言葉がセシリアの心に罅を入れた。

 

「でも、もうアイちゃんは夢を見られない」

「え?」

「両目の視神経が完全に死んだ。もう、アイちゃんは空を見上げることはできない。そんなことしても、もう意味なんてない」

 

 セシリアがその言葉を理解するまで数秒を要した。

 だが、その意味するところを悟ったセシリアは顔を蒼白にしてその場に膝をついた。松葉杖がカタンと音を立てて転がるが、セシリアは床を見つめてただ呆然とするだけであった。

 

「…………でも、これでよかったのかもね」

「え?」

「アイちゃんを苦しめてたあの金色の呪いの瞳も消えた。これで、今までのように苦しむことはなくなる」

 

 夢と同時に、痛みも消える。なんという皮肉か。アイズを苦しめていたものは、それは同時にアイズに必要なものなのだ。

 

「………私が話したことは、覚えてるね?」

「………はい」

「今なら、まだ処置はできる。あなたが決めて」

「私、が?」

 

 束が言った、アイズを救う方法。それはアイズの身体を改造するに等しい行為。

 

「ISのハイパーセンサーと接続して、癒着させる。アイちゃんはISの生体パーツに等しい存在になるかわりに、その目の制御を得る。ナノマシンの制御をするにはこれしかない」

 

 それが、束が考案したAHSシステム。本来なら非人道的な方法を取らなくても実現できるのだが、アイズの場合は既に目にナノマシンが癒着しているために、必然的にアイズそのものをISのシステムに組み込む必要が出る。

 よく言えば、ISを生命維持装置とする。悪くいえば、ISの生体部分となる。そんな方法だった。そのために、アイズをISに組み込む。本当の意味で、レッドティアーズをアイズ専用機とするのだ。

 

「アイちゃんはしばらくは目覚めない。でも時間はあまりない。視神経のナノマシンまで機能停止したら、もうどうにもできなくなる」

 

 つまり、今ここで選択しなくてはならないのだ。アイズの人生を、アイズではない誰かが選ばなくてはいけないのだ。

 苦難を背負い、夢を追う生き方か。目の喪失を代償に夢を諦めることで、平穏な生き方を選ぶか。

 

 束は、セシリアにそれを選べと言っているのだ。

 

「私は………」

「あなた以外、誰がアイちゃんのことを決められるの? 覚悟を決めろセッシー」

「ッ……」

 

 セシリアは迷った。

 アイズが、夢を糧にして生きていることは誰よりも知っている。それを無くしたと知れば、きっと絶望するだろう。それでも、それを受け入れて生きることだってできるかもしれない。しかし、きっとアイズは笑わなくなる。

 もし、目が甦れば、またその目に宿った呪いすら再び背負うことになる。それでも、アイズはそれを受け入れるだろう。それだけの痛みがあろうと、どれだけの苦難があろうと、今回のようにアイズはそのすべてを受け入れて戦うだろう。

 アイズに傷ついてほしくない。幸せになって欲しい。イコールで結べるはずのそれは、相反してセシリアを迷わせる。

 

「…………セッシー、あなたじゃアイちゃんを救えない」

「っ!!」

「私がアイちゃんを救う。私なら、それができる。………だからあなたは、アイちゃんを守るんだ」

「守、る……?」

「アイちゃんが幸せになる道を、あなたが選ぶんだ。そして、その道をあなたが守るの。邪魔するものはすべて排除して、アイちゃんを、アイちゃんの希望を守る銃弾になれ。“その道を、選べ”」

 

 束の言葉は容赦がなかったが、それでもそれは激励だった。

 セシリアがどの選択をしても、後悔すること、させることは許さない。その選択を貫き通さなくてはならない。それが、セシリアの義務であり、責任だ。

 アイズが戦う道を往くのなら、セシリアはそのアイズの道を阻むものを撃ち貫くのだ。

 

 それが、選択する覚悟だ、と。

 

「…………………………お願い、します」

 

 長い時間沈黙していたセシリアが、覚悟を決めて束を見上げた。そして、これから先、セシリアの戦う理由となる………セシリアとアイズの二人が往く道を選んだ。

 

「アイズの夢を、消さないでください……!」

 

 

 

……………。

 

 

………。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

「ボクは、幸せ者だって心の底から思うよ」

 

 既に深夜、アイズはアヴァロン内にある宿舎のテラスから空に浮かぶ満月を見上げていた。さきほどまでラウラや簪と一緒にベッドで眠っていたのだが、ふと空が見たくなってこっそり抜け出したのだ。

 昼間に昔話をしたためだろうか。かつて、ここで起きた戦いを思い出しながら、アイズは自身の目にそっと触れる。

 あのとき、アイズが目覚めたとき知らされたのは、両目を失ったことだった。そのとき、アイズは間違いなく絶望した。もう、空を見上げられない、大好きなセシリアや束の顔も見れない。それが心を抉った。そして同時にそうしてまでセシリアたちを守れたことに満足した。

 アイズは、なにかを為すとき、必ず痛みを受け入れる。その痛みがどんなものでも、一度決めたことなら、絶望しても必ず受け止める覚悟があった。

 

 でも、そんなアイズにセシリアと束は道を残してくれたのだ。無茶をして、自滅した自分のために、夢の続きを残してくれた。セシリアはその選択を自分がしてしまったことを謝ったが、アイズには感謝しかなかった。

 そこまで心を砕いてくれる親友に、感謝こそしても、恨むなどありえない。

 そして、今では多くの友に恵まれた。あのあと、自分の過去を悼んでくれた皆が気遣ってくれたし、特にラウラと簪は先程までずっと一緒にいてくれた。ただそばにいるというだけで、どれだけ嬉しかったか。

 こんなにも大好きな友に囲まれて、そして、夢を見ることができて、………諦めずに戦う道を往くことができる。これが、幸せでなくてなんというのか。

 

「ボクは………この恩を、どうすれば返せるんだろう」

 

 もう何度もした自問自答。その答えはでない。しかし、自分が夢を目指すこと、それを諦めないことが、そのひとつの答えだと今ではわかっている。

 

「うん、わかってる………今のボクができることは、前に進むことくらいだって」

 

 そして、それは皆と一緒になって進む道なのだ。多くの苦難があった。そしてこれからもそうだろう。アイズは、それを受け入れている。シールとの因縁も、亡国機業との戦いも、すべて受け入れて戦うことをもう選んだのだ。

 ならば、迷う必要なんてない。

 

「……………綺麗な空」

 

 澄み渡る星空。その星の天蓋の下で、アイズは淡く輝く瞳を空へ向ける。

 

 ただそれだけのことすら、奇跡なのだと確かめるように。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「すいぶん派手にやられたようねぇ」

「申し訳ありません」

「別にいいのよ? そのほうが面白いでしょう?」

 

 亡国機業の中でも一部のものしか知らないこの場所はそのトップである“プレジデント”……マリアベルの部屋であった。そこに訪れたスコールは先の無人機プラントの襲撃に関する報告書を読み上げていた。ひとつのプラントが壊滅したというのに、それを聞いているマリアベルは楽しそうに笑うだけであった。

 

「ずいぶんと面白いことになってきたわねぇ。でもこれで篠ノ之束がイリーナと繋がっているのはほぼ確定ね」

「確証はありませんが、その可能性は高いかと」

「では次のステージへと移りましょう。まずはこの報復からしないといけないわねぇ」

「それでは?」

「ええ、使用可能な無人機を用意しなさい。ついでにいくつかの新型のテストもさせましょう」

「では用意が出来次第、島へ侵攻を……」

「ああ、そうじゃないわ」

 

 不思議そうにスコールがマリアベルを見た。報復行為ならカレイドマテリアル社の技術の中枢であるアヴァロン島を攻めるのが常套のはずだ。

 

「あそこは防御が完全ですし、こちらの被害も甚大となるでしょう。被害自体は構いませんが、あちらにダメージはそうそう与えられません。それでは面白くありません」

「では、本社のほうを?」

 

 行政特区内のカレイドマテリアル本社を狙うというのはまた大事になる。秘匿しやすい島への侵攻はともかく、本社を攻めれば確実に人の目に止まる上に、他の企業にすら被害を及ぼすだろう。

 

「あなたは相変わらず遊び心が足りないわね、スコール。もっと面白い場所があるでしょう?」

「と、いいますと?」

「あそこと繋がりがあって、意趣返しができる最高の舞台があるじゃないですか。………そして盛大にやりましょう。マドカ、オータム、シールも動員しなさい。そして用意できる全戦力でもって………」

 

 そして魔女は嗤って標的を告げる。次なる戦いの舞台、そして無邪気な悪意の向かう先、そこは――――。

 

 

 

「IS学園を襲撃しなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

  




今回でchapter6の過去編は終了です。そして次章の戦いの舞台は再びIS学園へ。

IS学園対亡国機業の全面戦争の始まりです。

おそらくこのあたりが折り返し地点。多分。物語もこれからだんだんとクライマックスへ向かっていきます。

次章に行く前に番外編を挟みます。友人からそろそろキャラや設定まとめが欲しいと言われたのですがこの機会に作ったほうがいいですかね?

更新ペースは遅めですが、徐々にまた早めていきたいと思います。

ではまた次回に!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。