双星の雫   作:千両花火

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Act.61 「夢を刈る現実」

 無機質な鉄の塊でありながらまるで悪魔のような機体が集団となって向かってくる光景をセシリアは恐怖を押し殺しながら見つめていた。間違いなくISだ。しかし、あれほどの数を揃えることは不可能なはずなのに、そこに確かに脅威としてある現実に目を背けたくなる。

 今のアヴァロンには戦力として数えられるISはセシリアのプロトタイプ専用機『ブルーティアーズ』ただ一機である。他の機体は束が開発中の新型コア搭載型だが、未だにコア未搭載で起動段階には至っていない。見たところ、敵機の数は十や二十じゃ済まない。絶望的な戦力差がそこにあった。一対一なら負けない自信はあるが、あれほどまでの数の差を埋めるほどの実力があるとは思っていない。

 正面から戦えば間違いなく敗北する。

 

『セッシー、聞こえる?』

「はい」

『あれはISじゃない。ISに似せて作った人形だよ』

「人形? …………無人機、ということですか?」

『たぶんね。人間の挙動が一切ないし、なにより生体反応もない』

 

 つまり人間を相手にして殺し合いをすることはない、ということだ。ほんの少し気が軽くなったが、それでも事態が好転したわけではない。

 それに、まさかISの無人機とはセシリアも、そして束も予想外であった。いや、束は予想はできていたが、こんなに早期に実戦投入してくるとは思っていなかった。

 

『ISコアを製造できるのは私だけ………世界にばらまかれたコアは絶対数のはずだったけど、私だけはその例外になれる。でも、それはあちらにも言えることみたいだね』

「それなら、コアの数を既定にしてしまったことも」

『今にして思えば、あれを作れる見込みがあったからだろうね。世界がコアの奪い合いをしている中、自分たちはああいう反則で数を揃えられるってわけだ』

「…………」

『まぁ、本物のISには劣るだろうけど』

「気休め、ですね」

『セッシー』

 

 弱気を口にするセシリアに、束は強い口調で呼びかける。

 

『最大限の援護はするけど、現状の対抗手段はセッシーだけ。今戦える操縦者はあなたしかいない。わかってるね?』

「…………はい」

『つまり、アイちゃんを守れるのも、あなただけなの』

「……っ」

『まだ子供のあなたに酷なことを言っているのはわかってる。でも、敢えて言う。………あなたの負けは、アイちゃんの死だと思え』

 

 本当に酷な言葉だったが、しかしそれは真実であった。

 もし、ここでセシリアが落ちれば、アヴァロンも落ちる。そうなれば、逃げることすらままならないアイズが一番危険だし、捕虜にでもされればまた実験動物にされる未来だって有り得るのだ。

 言葉となって直視させられた可能性に、セシリアは目の色を変えた。

 

『すべて破壊しろ、セッシー』

「――――はい」

 

 束はアイズと違い、セシリアを甘やかすことは基本的にない。仲が悪いわけじゃない。アイズがあくまで特別すぎるだけでセシリアの厳しい対応も束にしてみれば優しいほうだ。

 しかし、それでもこうした無理難題ともいえるオーダーは、セシリアへの期待の高さの現れでもあった。セシリアもそれを疎ましく思ったことはない。むしろ感謝すらしている。束の期待に応えることは、アイズを守ること。束は、セシリアにそれを期待している。アイズを守るための、アイズを傷つけるものすべてを貫く弾丸となることを期待しているのだ。

 

「私では、アイズを救えない」

 

 今も苦しんでいるアイズを救うことはセシリアにはできない。だが、それでもやらなくてはいけないことがある。

 セシリアは手に持つスナイパーライフルを構える。距離はあるが、それでも狙いを完璧に定める。

 

「私にできることは」

 

 トリガーに指をかける。

 この距離ならまだ気づかれてはいない。確実に先制を取れる。そして、それが開戦の合図となるだろう。これまで経験したことのない激戦になる。だが、それがどうした。

 

「私にできることは、アイズに仇なすものを貫くこと」

 

 ブルーティアーズの出力を戦闘レベルまで上昇させ、PICを起動。データリンクから送られてくる情報から敵性体すべてを捉える。同時に試作機である四機のビットを射出。

 セシリアは神聖な儀式のように、厳かにトリガーを引く。

 

「それが、セシリア・オルコットの弾丸なのだから」

 

 そして一条の光が集団の先頭の機体を貫いた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「さて、あんな偉そうなことを言ったからにはこっちもがんばらないとね」

 

 束は専用機『フェアリーテイル』を展開してセシリアの様子を見ていた。束がいるのはこのアヴァロン島の心臓部である中央管理室のさらに奥に存在するコアルームであり、一見すれば球体となっている何もない部屋だが、その中央部でISを纏った束は無数のコードでISとコアルームを接続して佇んでいる。

 その束の周囲には無数の空間ウィンドゥが展開され、ありとあらゆる情報が表示されている。

 これが情報・電子戦用IS『フェアリーテイル』の真骨頂。

 アヴァロンの全システムを掌握、ありとあらゆる機能を行使するコアそのものとなる。これにより、アヴァロン島そのものがダイレクトに束の意思を通わせる生きたシステムと化す。今の束はアヴァロン島そのものであり、束一人ですべての機能行使を可能とすることで即座に対応行動を可能としている。

 

「防衛機能は未完成、展開率はおよそ半分………まぁ、贅沢はいってられないか」

 

 束が指すら動かさずに島の迎撃兵装を起動させる。対ISも想定されたこのアヴァロンの防衛システムはたとえISの絶対防御だろうと破壊しうるほどの過剰威力と言える武装が揃っている。

 おかしい口径のマシンガンやキャノン砲、さらにレールガンや荷電粒子砲など、戦争できるほどの化け物武器のオンパレードだ。そしてもちろん、これは完全に世界の法から見ればアウトである。しかし、束はまったく気にすることなく凶悪な兵器をその敵性体へと照準する。

 

 同時に、先頭にいた一機がレーザーに貫かれて爆散した。セシリアの先制狙撃だ。

 

 そしてセシリアの狙撃と同時にすべての兵装を一斉発射。一方向に密集していたのが功を奏した。多くの機体を巻き込み、爆散させることに成功するが、残った敵機は即座に散開していく。あの数を殲滅するには武装の威力はともかく、数が少なすぎた。

 

 セシリアが単機での迎撃行動に移ったことを確認して援護を開始する。対空ミサイルでセシリアが対処しきれない敵機を牽制、そして高威力を誇るレールガンで確実に数を減らしていく。

 だが、思った以上に手こずる。束の予想通り、無人機ゆえに絶対防御機能はオミットされているようだが、単純に操縦者保護を考えない機体設計は既存のISよりも反応が早い。ある程度はパターン化された行動が見られるが、防御や回避の反応速度が人間のそれではない。

 すぐさま迎撃行動と並行して敵機の行動予測解析に入る。相手がプログラムで動くなら、それを行動から解析してしまえば迎撃も容易だ。情報処理特化のISだからこそできる力技で束は一歩も動くことなく、凄まじい仕事量をこなしていく。

 

「避難もまだ完全じゃない、武装損耗率が上がってきてる、おまけに増援確認! ああもう! 手が足りない……!」

 

 こちらは補給すらままならないのに、相手は増援まで用意していたようだ。周辺海域の海中に仕込んだ対空迎撃ミサイルシステムで妨害するが、焼け石に水だ。アヴァロンの迎撃システムはあくまで固定武装なので、徐々に破壊され機能を失っていく。まさに数の暴力に押されている構図だ。やはり迎撃できるISがセシリアのブルーティアーズ一機だけでは限界がある。そう遠くないうちにそのセシリアへの援護すら満足にできなくなってしまうだろう。

 敵機は残り十六機まで減ったが、二十機の増援があと十分足らずで島へ到着するだろう。

 

 状況はかなりまずい。いや、すでに詰んだといっていいほど追い詰められている。無人機の性能はもう把握した。確かにその機械故の反応速度は脅威だが、ただそれだけだ。プログラムはまだ試作段階なのだろう。柔軟な対処行動は見られない。

 セシリアなら、一対一で遅れを取ることはまずない。だが、数の暴力がその差をひっくり返してしまう。対多数戦も想定されたブルーティアーズといえど、これほどの数を相手取るのは不可能だ。なんとか高機動戦闘で戦線を維持しているが、目に見えて消耗が加速している。実際、よく戦ってはいるが、やはり実戦の経験不足が響いているようだ。

 

「でも、セッシーしかいない。あなたがやるしかないんだよ……!」

 

 忙しなく防衛システムを稼働させながら束も全力で敵機を迎撃する。たった二人で戦っているに等しい中、既に二十機程撃破している。それでもまだそれ以上の数がいるのだ。心が折れそうになるほどの劣勢の中、それでも二人は立ち向かう。

 

 それが、ただ敗北の先延ばしだとしても。

 

 

 

 ***

 

 

 

「落ちなさい!」

 

 セシリアは高機動を維持したまま攻撃後の硬直を晒した敵機を射抜く。これで何体目か数えるのは無意味なので既にやめている。

 この無人機単体の戦闘力はそれなりだが、まず遅れを取ることはない。反応速度は確かに早いが、観察したところ行動パターンは単純なものだ。先読みをすれば狙撃を当てることも難しくない。

 問題はその数と火力だ。

 倒しても倒しても一向に数が減ったように思えない。しかも束から増援の確認まで聞いている。先の見えない戦いにストレスは貯まる一方だ。そもそも、こちらが劣勢すぎて優勢といえる要素が名にも見つからない。

 数は圧倒的に不利な上に、こちらは補給がきかない状況だ。四つあるビットは既に二機が落とされており、セシリアの集中力が続かないほど疲労したこの状況ではまともに操作できないために残った二機のビットはパージせずに高機動戦闘のためのブースターとして使用している。そうでもして高機動を維持しなければ即座に落とされるほど、敵からの弾幕が激しすぎるのだ。

 数に物を言わせた物量の弾幕に、何機かは高火力を持つビーム砲を装備している。さすがにあれを受ければ絶対防御があっても無傷で済むとは思えない。包囲されれば終わるという状況では高機動を維持して引き撃ちをする以外の選択が取れない。

 束が島の迎撃システムで援護してくれているが、それも限界だ。

 

「ぐっ……!?」

 

 側面からのビームを辛くも回避するが、かすったためにシールドエネルギーが大きく削られた。見れば、いつの間にか半包囲されている。どうやら増援が合流してきたようだ。先ほどよりも敵機の数が多くなっている。

 体勢を崩した隙をつかれて二機が接近してくる。咄嗟に残ったビットをパージして突撃させる。二機のビットが無人機へと突貫して巻き添えにして爆散する。窮地は脱したが、これで残された武装はスナイパーライフルのみ。シールドエネルギーも残り半分を切った。

 

「束さん、砲撃支援を……!」

『もうそんな武装は残ってない! 施設の防衛だけで精一杯!』

「くっ……」

 

 絶望的な状況に追い込まれてなお戦意は衰えることを知らなかったが、それでも焦燥は増すばかりだ。時間をかければこの島にいる非戦闘員にまで被害が出るだろう。そして、なによりもアイズが危険に晒されてしまう。

 いや、死んでしまうかもしれない。

 

 

 

 

『あなたの負けは、アイちゃんの死だと思え』

 

 

 

 

 あのときの束の言葉が蘇る。

 それは恐怖だ。自身の無力が、なによりも大切なアイズを失うことになる。それは、認められない。嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 自分が戦うのは、銃を手にしたのは、自分のため、家のため、そしてアイズのため。

 

 それなのに、こんな志半ばで失ってしまうというのか。

 

 ダメだ、嫌だ、認められない、そんなこと受け入れられない。

 

 泣き言を言うな、敵をみろ、現実をみろ、そして撃て、自身の敵を、アイズを傷つけるすべてを、この銃で撃つんだ。

 

「…………そう、……私は」

 

 

 撃て、撃て、撃て、撃て、撃て。

 

 

「あの子を傷つけるものを、……」

 

 

 撃て! 撃て! 撃て! 撃て! 撃て!

 

 

「すべて撃ち貫く、銃弾なのです!」

 

 

 高機動のまま背後から迫る敵機に向けて相対するように正面を向く。後ろ向きで前進するような姿勢でスナイパーライフルを構えた。この銃はもはやセシリアの一部だ。スコープなど必要ない、ただ、手を伸ばすように自然にあるべき方向へとその銃口を向け、その引鉄を引く。

 そして次の瞬間、極光が三機の無人機を貫通する。

 

 たった一射で三枚抜きという絶技を見せつけたセシリアは、次の瞬間には今度は二機を同時に貫く。それを当然のように見つめるセシリアの瞳は、まるで焦点があっていないようにただ茫洋としたものとなっていた。追い込まれたことで極限の集中状態に入ったセシリアには、もう敵しか見えていない。

 ただ、目に映る無機質な鉄屑を撃ち抜くことだけを考える。だが、すでに考えるという行為自体が無意味だった。

 もはや反射の領域で引鉄を引き続けている。視界に入り、射線が通った瞬間には既にレーザーが疾走っている。数で包囲して接近されても、交差する一瞬で唯一の近接武装であるインターセプターで無人機の首を飛ばすか、胴体部を貫いて沈黙させる。

 

 セシリアは、この劣勢極まりない状況下で自身の力を完全に覚醒させていた。もともとすべてにおいてハイスペックなオールラウンダーであったが、今のセシリアは通常なら振り回されるほどの変則高機動中でありながら敵機を正確に狙撃する神業を平然とやっている。そしてその一騎当千の戦いぶりは、このままいけば数の差を覆すのではないかというほどの凄まじい戦果を上げ続ける。

 その戦いぶりは、援護しながら見ていた束をも驚愕させるほどのものだった。まさに、戦乙女のように凛々しく、そして猛々しく戦うセシリアに、確かな希望を抱いた。

 これなら、いける。それは束だけでなく、この島にいる人間すべてが抱いた希望であった。

 

 だが、それでも運命は味方をしなかった。

 

 どんどんその凄みを増していくセシリアが、ほんの僅かに表情を歪めた。それは、そんな些細なところから狂い始めた。

 

「……っ」

 

 セシリアがなぜか苦渋の表情を浮かべていることに束が気づいた。集中を切らすまいと声をかけなかったが、そのセシリアの表情が次第に険しくなっていく様子を見てただ事ではないと回線を繋ぐ。

 

『セッシー? なにかあったの?』

「…………重い」

『重い?』

「ティアーズが、重い……! 早さも、機動も、イメージとズレる……! 照準は完璧なのに、それがどんどんズレていく……!」

 

 言葉遣いを取り繕う余裕もないセシリアが苛立ったように口にする。それと同時に放ったレーザーが敵機の腕をもぎ取ったが、それはつまりセシリアが一射で仕留めきれなかったということだ。先ほどまで絶対的な命中率を誇ったセシリアの狙撃が、次第に狂っていっている。

 束はすぐにティアーズのデータを解析する……が、問題らしい問題は特にない。だが、その原因はすぐにわかった。それは単純なものだった。

 

 セシリアの反応速度に、ブルーティアーズがまったく追随できないのだ。

 

 恐るべきことに、最新型であるはずのブルーティアーズをもってしても、今のセシリアのオーダーに応えることができないのだ。セシリアが必中だと思った射撃は、わずかに遅れてしまい、機動でも機体そのものが重く感じるほど、セシリアの感覚が過剰に鋭敏化していた。

 しかもセシリアの嵐のような操縦データが処理しきれず、処理落ちする事態にまで陥っていた。だからセシリアのイメージからどんどんズレてしまい、それが隙となって現れてしまう。

 

「ぐっ……!」

 

 回避しきれなかったミサイルが至近距離から爆発し、その爆風に体勢を崩してしまう。それは決定的な隙だった。セシリアは、自身へと迫る無数のミサイルとビームを確認する。

 大丈夫だ、全部確認できている。すぐに体勢を立て直し、回避機動をとりながら直撃する危険のあるミサイルだけを打ち落とせば容易に回避可能な程度だ。その確信があった、そのはずだった。

 

「機体が………ッ、遅………!」

 

 セシリアのイメージに、またしても追いつかない。いや、この土壇場でさらにタイムラグがひどくなっている。窮地に陥ったセシリアの土壇場の反応速度はもはや機械でも追いつけないほど繊細かつ鋭敏なものだったが、それゆえにイメージのズレが顕在化してしまった。

 

 皮肉にも、セシリアがその潜在能力を開花させればさせるほどにその差は広がるばかりであった。

 

 セシリアのイメージでは回避は可能だった。しかし、ブルーティアーズにとってそれは不可能な領域であった。

 

 銃を向ける腕が動かない。機体が加速しない。まるで自分自身が石像にでもなったかのような硬直を刹那で感じながら、とうとう直撃を許してしまう。

 ミサイルとビームの集中砲火を浴びて、とうとうセシリアが落ちた。既に瓦礫の山となった研究施設跡に落ちたセシリアは何度も跳ねながら転がり、ようやくその動きを止めた。セシリアが転がった軌跡には、ブルーティアーズの装甲が無残に転がっており、その青い装甲色もビームとミサイルの熱に炙られて見る影もないほどに変色していた。

 周囲は既に火の海だった。セシリアの周囲は、赤い炎の壁に囲まれている。

 

「あ、ぐ、………ぅ」

 

 ギリギリでシールドエネルギーが残ったセシリアは朦朧とする意識をなんとかつなぎとめて必死に起き上がろうとする。まだ敵は残っている。自分が倒さなくてはならない。使命感にも似た思いが身体中を軋ませながらも動かそうとする。

 

「げほっ、がはっ!」

 

 ビチャ、と目の前が真っ赤に染まる。その赤が、自分が吐いた血だと認識するのに数秒かかった。

 セシリアはブルーティアーズから送られてくるコンディションを見て自身の状態を確認しようとする。

 

 機体損傷度はすでにレッドゾーン。そして絶対防御があっても集中砲火の衝撃がセシリアの身体を容赦なく襲っていた。

 右足と肋骨が骨折、しかも折れた骨折で内蔵に痛手を受けた。頭部からも出血しており、流血で右の視界が閉ざされている。痛みはまだ脳内麻薬が効いているのか無視できる程度だが、それでも重傷だ。客観的に見ても戦闘ができる状態ではなかった。

 

「まだ、……です……!」

 

 それでも、セシリアは諦めることはない。そんなことは許されない。例え動けなくても、引鉄を引くことくらいできる。いつの間にか手放してしまったライフルを探して視線を巡らせ、そしてセシリアの顔が絶望に染まる。

 少し先に転がっているのは、根元から折れたインターセプターと、銃身が融解して破壊されたスターライトMkⅡであった。これでセシリアはすべての武装を失ってしまった。

 

 そして振り向けば、炎の向こうから迫る無人機の影が見える。束の声が聞こえる気がするが、もはやセシリアの耳には届かない。

 必死に打開策を思考するが、どんなに考えても妙案なんてひとつも出てこない。そもそもあるはずもない。

 

「負ける……私が……!?」

 

 負けるというのか、アイズを守れず、なにひとつ成さないまま、こんな鉄屑に殺されるというのか。

 

 その現実を受け入れられないセシリアはなおも足掻くが、どこまでも現実は非常であった。この状況を覆す奇跡など、起きることはない。

 

…………。

 

…………。

 

「―――――え?」

 

 炎の向こうでなにかが動いた。同時に、炎を突き破ってなにかが飛来してセシリアの目の前に転がってきた。

 それは無人機の首であった。鋭利に切断された切り口をさらしたそれは、間違いなくセシリアの命を今まさに奪おうとしていたものの成れの果てだった。

 だが、いったい無人機を破壊したというのか。この島で動けるISはブルーティアーズのみだったはずだ。

 

 セシリアが再び炎の向こう側へ視線を向けると、なにかが無人機と戦っている影が見えた。

 

「―――ま、さか」

 

 セシリアは思い出す。確かにこの島で現在稼働できるISはブルーティアーズだけだ。だが、この島にはもう一機、稼働していないISがある。それは、炎のような赤い装甲を持ち、ブルーティアーズと同じシャープな形状をした機体だ。

 そう、それは今まさに、セシリアの瞳に映る機体そのものだった。

 

「レッド、ティアーズ………!?」

 

 ブルーティアーズの双子機の片割れ。近接特化型第三世代試作機『レッドティアーズ』。開発がストップしているとはいえ、基本となる機体そのものは既に完成されている。

 そしてその操縦者に選ばれたのは、セシリアが守るべき存在であり、今この場にいるはずのない少女なのだ。

 

「アイズ……ッ!?」

 

 セシリアがはっきりと認識する。

 

 レッドティアーズを纏い、金色の瞳を輝かせて必死な形相でブレードを振るう姿―――。

 

 そう……そこにいたのは、その瞳から真っ赤な血の涙を流して戦うアイズ・ファミリアであった。

 

 

「ボクは、もう嫌だ………」

 

 

 アイズはそれこそ死相を浮かべながら敵を睨む。敵を憎むように、自分の無力さを呪うように。その決意を言葉にして、文字通りに血を吐く思いで叫ぶ。

 

 

「もう嫌なんだ……ただ、……守られるだけの存在なんて!」

 

 

 

 

 

 奇跡は、起きない。

 

 もし、それが起きるとするならば。

 

 その代償は、―――――。 

 

 

 




最近は少しスランプ気味で更新速度低下中です(汗)

過去編は次回で終わりです。そろそろほのぼのな日常編も恋しくなってきたところです。

番外編後の新章から本格的に全面戦争へと向かいます。そこでようやく一夏くんの束式魔改造が始まります。次章は今までで最大規模の激戦にしたいと思います。

それではまた次回!

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