双星の雫   作:千両花火

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Act.59 「夢へ至る茨道」

「それでね! そのしゅーくりーむ、ってすっごく甘いの! あ、でもこれも甘い! これもボク、好き!」

「うんうん、やっぱアイスはバニラに限るよねー」

 

 

 篠ノ之束の逃亡劇は思わぬところで頓挫した。

 いや、自らが止めてしまったというべきだろうか。立場上、同じ場所にとどまることは危険であることはわかっていたが、束はイギリスのとある都市にずっと隠れ住んでいた。

 ホテルを転々としながらここにとどまり続けている理由は、ある一人の少女の存在だった。

 あの日、月明かりの下で出会った、満月のような瞳をもつ少女、アイズ・ファミリア。彼女との出会いが、束をこの地に留まらせていた。

 そして今日も束は偶然を装ってアイズと接触して仲良く公園のベンチでアイスを食べている。アイズははじめは奢られることを遠慮していたが、そこは束が「助けてくれたお礼」として無理に受け取ってもらった。それも本当であるが、アイズが小動物のようにもきゅもきゅと食べる姿が可愛らしいという理由のほうが大きかったりする。

 

「でもなんだか悪いなぁ。ウサギのお姉さんにばっかりもらってばっかりで」

「気にしない気にしない。私もいろいろもらってるからね。これはギグ! アンド! テイクっさ!」

「……? ボク、なにもあげてないけど?」

「アイちゃんといると癒されるからね。そのお礼さ」

「おおう、ボクって噂の癒し系?」

 

 屈託なく笑うアイズだが、その顔には似合わないサングラスをかけている。その奥にあるものは、あのときから変わらない満月のような瞳だ。こうしてアイズと一緒にいるとわかることも多い。アイズはどんなものでも、直視することを避けている。夜のように視界がはっきりしない場所でも、アイズはサングラスを外さない。それでも、たとえ真っ暗な場所でもアイズは平然とそこにあるものが見えているような挙動をとっている。唯一、直視するものは「空」だけであった。

 その理由も、束には察しがついていた。これまで世界を周り、変化を調査してきた束にはアイズのその瞳の正体の予想がついていた。

 

 ヴォーダン・オージェ。

 脳への伝達と反射速度の高速化を目的としたナノマシンによる視覚を介する擬似ハイパーセンサー。もともとISとはまったく関係ない軍部から発案、研究されていた技術で、目に直接ナノマシンを移植する人体強化というべきものだ。

 束が調べた限りでは、この技術もISへの転用が考えられているらしく、IS操縦者にヴォ―ダン・オージェを移植することで、ISのハイパーセンサーとのさらなるリンクと向上が期待されている。しかし、そんなものは束からすれば、人の夢を実現するために作ったはずのISに、人を合わせようとするみたいで気分のいいものではなかった。

 確かにその力は絶大だ。視覚情報は人間にとって重要なものだ。それを介して人工的に超反応を得られるのだから使い方によっては宇宙進出にも使える技術だろう。

 しかし、そんな瞳をなぜアイズが持っているのか、いったいどこで移植したのか。束はそれが気がかりだった。見たところ、アイズの目は常時発動しているようで、おそらく見るものすべてに過剰に反応してしまうのだろう。だからあえて視界を悪くして、必要以上のものを見ようとしないのだと予想していた。

 

 そしてその予想は当たっていた。そして束の予想以上のものであった。

 アイズのもつヴォ―ダン・オージェは理論上は人間適用可能段階の限界値のもの。ゆえに、見るものすべてを過剰反応を起こしていた。記号化されたものではなく、あくまで感覚的なものであるが、見たものを分析・情報化して脳へと伝えるその瞳は、アイズの視覚と脳を常に圧迫し続けていた。今でさえ小康状態となっているが、なにが切欠で暴走するかわからないほど危険な状態だったのだ。アイズにとって、なにかを見ることさえ常に命の危険を伴う行為であった。

 そんな呪いともいうべき瞳を持ってしまったアイズが、ただ安息して見ることができるものというのは本当に数少ない。“空”は、そんな数少ないもののひとつであった。

 果てしなく広がる空、そして、果てしなく遠くで輝く星々。ヴォ―ダン・オージェをもってしても情報化しきれないほど雄大なそれは、アイズにとって安息を感じるほどのものだった。

 だからアイズは暇があれば空を見上げていた。

 この瞳でも見ることができない存在、不幸で周囲を妬み、呪っていた自分がどれだけ小さい存在か思い知らされるような……そんな空が好きだった。アイズにとって、空こそがゆりかごだったのだ。

 

「アイちゃんは、ほんと空が好きなんだね」

「うん! だからね、いつかあの先に行ってみたいんだ。そして宇宙から、この星を見てみたい……ボク、空を飛べるかな?」

「アイちゃんなら大丈夫さ、なんだったら私がアイちゃんを空どころか、月にだって宇宙にだって連れて行ってあげちゃうよ!」

「ええっ! そんなことできるの!?」

「ウサギさんにとって月は庭だからね!」

「そ、そうだったんだ。ウサギって月の動物だったんだ…っ!」

「そして私は月から来たのであった!」

「えぇっ!?」

 

 それから束とアイズは空に夢を馳せていろいろなことを話した。そして笑いあった。

 二人にとって、自分と同じ夢を持つ人とこうして語り合うことが始めてだったし、なにより自分の夢を肯定してくれることが嬉しかった。二人共、辛く、苦しい日々を送っていても、このときは心の底から笑い合っていた。

 

 

 ***

 

 

 そんな風にアイズとの交流を重ねることが束の日課になっていたが、その日は少し変わった話を聞くことになる。

 アイズは路上生活をしていたのだが、晴れて住処が得られたという。いつものように偶然を装ってアイズと会っていた束は、本人からそう嬉しそうに報告を受けた。

 しかし、その内容は束を心配させるには十分なものだった。

 

「カレイドマテリアル社に所属?」

「うん! セシィ……あ、ボクの親友なんだけど、そのセシィからの提案で試験を受けたの」

「試験?」

「それに合格してね、明日から宿舎に住めるんだ。ちょっと見たけど、すっごいお部屋だった!」

 

 はしゃぐアイズを見ながら、束は高速で思考を展開する。

 アイズはまだ幼い。それなのにカレイドマテリアル社という、イギリスでもそれなりに大きな企業の試験を受けるとは、いったいどういうことなのか。悪い言い方ではあるが、アイズは身分すら証明できない身だ。そんな身元不明の子供を、わざわざ雇う理由などあるのか。慈善行為ではなく、しっかりした契約のようだから、ただ保護するということでもないだろう。

 しかし、答えはすぐにわかった。子供でも、いや、子供だからこそできることが、今の世の中にはあるのだ。

 

「………IS?」

「うん、ボク、IS適正が高いみたいで、テストパイロット候補の試験を受けたんだ。ホントは“コセキ”っていうのがないから無理らしいけど、特別に受けさせてもらったの」

「特別……」

「セシィも同じテストパイロットなんだ! セシィはボクと違ってものすごく頭もいいし、IS適正も最高クラスなんだって!」

 

 それからアイズはそのセシィという少女のことを自慢するように語っていたが、束は相槌を打ちながら別のことを考えていた。

 いくらなんでも、やはり戸籍すらなく、後ろ盾もないアイズをテストパイロットという重要な役を任せるだろうか。確かにISの適正は若いほうが高くなる傾向がある。それは仕様ではなく、既成概念の少ない若者のほうがISという空を翔けるというこれまでにないものに適合しやすいためだ。

 そしてそのセシィという少女についても同様だ。子供を操縦者にさせるというのは、その操縦者がよほど優秀なのか、それとも………。

 

「…………」

 

 束は楽しそうに喋るアイズを見る。サングラスの奥にある、淡く輝く琥珀色の瞳。言い方は悪いが、アイズの利用価値はその瞳にこそあることは間違えようがない。世に出ている技術ではないが、それでもカレイドマテリアル社がアイズの目に利用価値を見出したのだとしたら。

 

 ……………それは、到底許せるものでは、なかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ふーん……」

 

 束は宿泊先であるホテルの一室にいた。部屋の中はさまざまな機械類で溢れかえり、複数の画面にはカレイドマテリアル社、そしてアイズの言っていた“セシィ”……セシリア・オルコットの情報が表示されていた。

 

「企業としては中堅……でも、最近になってやたらと業績を伸ばしてるね」

 

 きっかけは社長が変わったときからだ。前社長に変わり、現在カレイドマテリアル社を牛耳っているのはイリーナ・ルージュというまだ若い女傑だ。彼女の手腕は辛辣でありながら、その裏では社の意向に反する者、着服や横領を行っていた者を排除するがゆえのものだということろまで束は調べていた。

 表向きはそんなことは発表していない。社の信用に関わることだからなのか、あくまで内密に処理しているようだ。それだから誤解を招いている節もあるが、本人の気質もかなり荒々しいことが情報から垣間見える。そんなイリーナが暴君と呼ばれていることも納得である。

 リアリストではあるが、どこか人間らしい感情的な行動も目立っている。評判はともかく、束個人としては感情的な人間は嫌いではない。嘘で固められた言葉に騙された束にとって、綺麗すぎる評価のほうが信用できなかった。その点、イリーナという女はまだマシに思えた。

 

「でも宇宙産業にも参入してたのは意外だね」

 

 あまり大きなものではないが、カレイドマテリアル社は宇宙進出のための宇宙開発事業に参入していた記録がある。現在は凍結されているようだが、それはこの会社に限った話ではない。皮肉にも宇宙進出のために造られたISが、軍事力をひっくり返したせいでどの国も宇宙よりも自国と他国のパワーバランスで優位に立とうと躍起になっているのだ。それは競争であり、如何に多くのISを手に入れるか、如何に強力な装備を造るか。そんな束にとってふざけるなと言いたくなるような争いを続けている。

 おかげで宇宙どころではないというのが世界の現状だ。未知の宇宙より、自国の足元を必死に整えているのだ。

 そのせいで宇宙開発は完全に停滞した。それ以前では、カレイドマテリアル社はロケット燃料の合成や、設計にも携わっていたらしい。

 

「………しっかし、裏ではいろいろやってるねぇ。まぁ、悪いことじゃないかもだけど」

 

 メインコンピューターにハッキングして、厳重なプロテクトを超えて得た情報のひとつに、北海に浮かぶ島の情報があった。法外に雇った人間を多く抱え、もはや自治国にも等しい統治を行っているらしい。表向きは宇宙開発産業の中枢区画としているが、今ではISを主に研究する技術特区のような場所らしい。法的に黒に限りなく近いグレーであるが、これには束も少し興味を惹かれた。秘匿レベルも高いらしく、情報ではこれ以上得られない。完全にシャットアウトしているようだ。いずれその島に乗り込んでみようかと本気で思い始めていた。

 

「わかっていたけど、これだけじゃ判断はできないね」

 

 人体実験などのヤバイことをしている情報はなかったが、それでもヴォ―ダン・オージェを持つアイズをどう扱うのか懸念は残る。付き合ってみてわかったが、アイズはふわふわしているようでなかなか危機察知能力が高い。危ないと直感で判断しているのか、束でも気づかない悪意や危険を察して回避するようにしている。ほぼ無意識で行われるそれらは、アイズがどんな生活を送ってきたのか想像させるには十分だった。

 それゆえに悪意に敏感だ。そんなアイズが所属することを承諾したのだから、なにかしら信用できる繋がりでもあるのかもしれない。

 

「そして“セシィ”……セシリア・オルコット」

 

 こちらの情報は手に入れるのに苦労はしなかった。名家であるオルコット家のご令嬢だ。数年前に両親が事故死しているようで、まだ子供といえる年齢なのに現当主でもある。

 本当に子供かと疑いたくなるかのようなハイスペック少女だ。教養関係はほぼ完璧。さらにドロドロした権力争いの中を平然と歩くかのように、あらゆる謀略をそれ以上の謀略を持ってはねのけている。

 調べたエピソードの中には、両親の遺産目当てで近づいてきた親族の経営する企業の不正の証拠を掴み、笑顔で脅したという話まである。中には実力行使に出る者までいたらしいが、それすら知恵と策謀をもって封殺している。

 IS適正も最高レベル。弱点らしい弱点など見当たらない、まさにグレートお嬢様だ。現在はその高いIS適正を活かしてカレイドマテリアル社のテストパイロットとして契約を結び、その対価としてオルコット家を有象無象から守る防波堤に利用しているようだ。おそらくイリーナとセシリアは互いに利用し合っている関係だろう。そしてそれは本人たちも重々承知していて、利害が一致しているからこそそんな関係になっていると考えられる。

 

「ホントに子供のすることかね、これ」

 

 このセシリアという少女も十二分に化け物スペックだ。アイズから聞いていた印象では優しい少女というものだったが、情報から想像される人物像は年齢不相応な冷たい少女というものだ。いったいセシリア・オルコットとはどんな少女なのか逆にわからなくなりそうだった。

 まさかとは思うが、セシリアがアイズを懐柔して取り込もうとしている、という想像すらできてしまうほど印象が違いすぎていた。

 

「あの子のまわりは、平穏にはほど遠い感じがするね」

 

 だが、それがどうした。ただ、たまたま出会った、たまたま同じ夢をもった子供だ。束がどうこうする理由も、助ける理由もない。そう心で思いながら、そのさらに奥底では自分の考えを嘲笑っていた。

 束は、とっくにアイズに肩入れしているのだ。今更見捨てることなんてできないし、アイズに同じ夢を見せてあげたいとも思っていた。

 束はアイズをもうひとりの妹みたいに思っていた。それは本当にいつの間にかそうなっていた。はじめはお礼をして別れるつもりだったが、気がつけば同じ夢を語り合って、楽しそうに笑うアイズに惹かれ始めていた。本当なら、ISはアイズのような子に使って欲しかった。

 

 いや、そうしてあげたい。ISで、アイズに空を、宇宙を見せてあげたい――――!

 

 それが、ただの自己満足だとしても、いや、束はそもそも自己満足を悪いとは思っていない。夢というのは、美化された自己満足だとすら思っている。それでも、それが自分以外の誰かの希望になるのだとしたら、それはとても嬉しいことだ。

 そんな理屈を抜きにしても、アイズが笑ってくれるなら、それだけで価値があるように思えた。

 

「よし、決めた。あの子の夢を叶えよう。世界は変わったって、あの子の夢を叶えることくらい………」

 

 

 

 

 

「無理だな。今の世界でそんなことは不可能だ」

 

 

 

 

 

「ッッ!!?」

 

 突然聞こえてきた声に、束の心臓が跳ねた。バッと勢いよく振り返れば、いつの間にか開けられたドア付近の壁に寄りかかって腕を組んだ姿勢のままつまらなそうに束を見ている女性がいた。

 赤みがかった金髪と、翡翠のような瞳。十分に美女といえる容姿だが、その表情は束を値踏みするようにただただ無感情を示していた。

 その顔に、束は見覚えがあった。ついさっき調べた人物の顔写真が束の記憶から引っ張り出された。

 

「…………イリーナ・ルージュ」

「さんをつけろ。年上だよ」

 

 そう言いながら片手でタバコを取り出し、慣れた手つきで口に咥えるとライターで火をつける。やたらとふてぶてしく煙を吐き出しながら、睨む束をあくまでつまらなそうに見つめている。

 

「……どうやってここがわかったの?」

「電子戦はたいしたものだが、それだけだな。おまえがアイズにちょっかいかけていたことくらい、とっくに把握している」

「…………はじめから、あの子に目をつけてたの?」

「イエス。まさか、篠ノ之束が釣れるとは思っていなかったがな。おまえ、ちょっと危機管理舐めてんじゃねぇの?」

「なんなんだよお前はぁ! いきなり現れて、なんの用なんだよぉ!」

 

 束はヒステリックに叫んだ。言われたことに言い返せなかったこともそうだが、まるで自身を見透かしているようなイリーナの態度に苛立ちが収まらなかった。それにもともと逃亡生活でピリピリしていたのだ。見つかったことにも少なからず動揺していた。

 確かに素人ではあるが、これでも五年を単独で逃亡してきた束は危機意識はしっかり持っているつもりだった。現に、この部屋にも数多くのトラップを設置していたし、それらを突破してここまで近づかれたことが予想外過ぎた。それらが苛立ちとなって束をヒステリックにさせていた。

 

「喚くな。私は交渉に来ただけだ」

「交渉? 女の部屋に勝手に入ってタバコをふかすやつに言われたくないね。とりあえず出直してきてよ。そのあいだに私は逃げるからさ」

「話し合いの交渉はお気に召さないか。一度拘束されればおとなしくなるのか、小娘?」

「一昨日来いよ、バァカ」

「イーリス、やれ」

「…っ、がっ!?」

 

 突如として頭に衝撃。脳が揺れて意識が一瞬遠ざかるが、束は気合でそれを耐える。しかし、崩れかけた重心までは戻せない。その僅かな隙に身体は床に倒され、腕を取られて自由を奪われる。なんとか顔を向けると、いつの間にいたのか、スーツ姿で、さらに顔をサングラスで隠した長身の女性が体重をかけて自身を拘束していた。

 

「うわ、まだ意識があるんですか。けっこう強く脳震盪起こしたつもりでしたけど………」

「篠ノ之束は頭だけじゃなく身体もオーバースペックって話だったからな。だから本気でやれといっただろう」

「いや、そうなんですけど、あの、これほんとに女性の力ですか? めちゃくちゃ強いんですけど………!」

 

 イリーナの側近であるイーリス・メイが汗を滲ませながら言った。

 圧倒的に有利な体勢なのに、伏せている束の藻掻く力に内心で驚愕する。あとほんの少し体勢が違えば力ずくで拘束を解かれていたかもしれない。

 

「おまえぇ………!」

「あと怖いんですけど。ほんとに科学者ですか? なんでそんな濃密な殺気出せるんですか。殺人鬼って言われても信じそうなんですけど」

「予定とは違ったが、まぁいい。さて、そのまま話を聞け」

 

 イリーナが空いている椅子に腰掛けて束を見下ろした。強者と弱者の構図のような対峙のまま、イリーナが本題を切り出した。

 

「篠ノ之束、お前を雇いたい」

「嫌だね」

「待遇は最高のものを用意している。要望もできるかぎり聞こう」

「すぐに消えろよ」

「こちらの要求は当然ISだ」

「暴君は金でも数えてろよ」

「対価は、――――」

「うるさいなぁ! 協力なんかしないって言ってるだろ! さっさとどっか行けよバァ―――ッカ!!」

 

 束を無視するイリーナに罵声を浴びせる。それでもイリーナの鉄仮面のような表情は揺ぎもしない。ただ腕を組んで、束を見下ろしている。

 

「私はなぁ! ISを兵器にするつもりなんてないんだよ! どいつもこいつも、人の作ったものを勝手に使って! 勝手に改悪して! 勝手に争って! 勝手に世界を変えて! それでどれだけ私の邪魔をすれば気が済むんだよッ!」

 

 知らず知らずに目に涙を溜めながら、束は絶叫した。

 

「私はただ空を飛べればよかったんだ! そのはずだったんだ! ISは、そのために作ったのに、誰もそんなふうに見ようともしない! 空なんて見上げずに、ただ上から見下ろすためにしか使わない! おまえも同じだろう!? 勝手にやってろ低脳なバカどもが! そんなやつらに協力なんて絶対にしないからな! でも、私は宇宙に行くんだ! 宇宙からおまえらを見下してやる! 私なら、できるんだ、宇宙に行けるんだ、おまえらが! おまえらが邪魔なんてしなければぁぁ―――ッッ!!!」

 

 それは今まで溜め込んでいた束の呪詛だった。目は血走り、涙を浮かべながら目の前のイリーナに心の底に溜め込んでいた怒りと絶望を吐き出していた。子供のように喚くようにしか見えないそれは、紛れもない束の本音であった。

 

「こちらの対価は――」

 

 そしてイリーナは眉一つ動かさずに、束の言葉を無視して言葉を紡ぐ。

 

「対価は、ISを使った宇宙進出」

「…………………え?」

「具体的には、宇宙船の開発と、船外活動可能なIS運用の確立………このあたりはこちらの要求と対価がイコールなはずだ。まだ希望があるなら、聞こう」

「………………なにを考えてるの?」

「わかりやすく言って欲しいか? なら言おう。おまえの意見に、同意する。今の世界は気に入らないし、このままいけば腐るだけだろう。そのすべては、ISがきっかけだ。おまえに責任がないとは言わんが、責めるつもりもない。作ったやつより、使うやつのほうが悪いからな」

 

 束に同情するわけでもなく、ただ淡々と喋るイリーナに、束も徐々に呑まれていった。

 

「私はな、今の世の中を変えたいと思っている。世直しでも、正義感でもなく、ただ都合が悪いからだ。私には目的があってな、そのために、ISは宇宙で活動してもらわなければダメだ。だが、今の世界情勢ではISが宇宙へいくことを許さないだろう。これほどの性能をもつものに制空権を与えるなど、正気ではないからな」

「………それで?」

「だから、世界を変える必要がある。そのためには、今のISに傾倒した世界を変えなくてはいけない。そのために、戦闘用のISを作ってもらう。おまえば望まなくても、おまえの夢にはそれが必要だ」

「……………必、要」

「おまえは夢のために、私は私の目的のために世界を変える。そして、宇宙へと出る。そのために、邪魔なものはすべて潰す。無論、これは茨の道だ。覚悟がなきゃできないことだ」

「………………」

「それがこちらの提案だ。これ以上は言うこともない。私に協力しろ。イエスかノーか、答えは今、ここで決めろ」

「…………ひとつ、聞かせて。なんで私が宇宙へ出たがっているってわかったの?」

 

 なんとなく予想はできるが、一応聞いておくことにした。イリーナは束の予想通り、ひとりの少女のことを口にした。

 

「ふむ。おまえを見つけたきっかけでもあるが……………あるやつから面白い話を聞いてな。空が好きで、宇宙へ行きたい………そんな、同じ夢を持った人がいたって嬉しそうに話してくれてな」

「それって………」

「そう………アイズだよ。ああ、べつにあいつはスパイでもなんでもない。ただの子供だ」

「ただの子供、……ね」

 

 イリーナのその言い方に、その思惑を察した束が身体の力を抜いた。イーリスはまだ警戒していたが、イリーナの指示で束の拘束を解いた。束は立ち上がりながらまっすぐにイリーナと目を合わせる。

 嘘かもしれない。でも、暴君の言葉はどんな美麗賛句よりも、束の心に響いた。完全に信用なんてしていないが、それでもどうすればいいかわからなかった束に道を示した。その道が本当に自分が選ぶべきものなのか、確かめてみようと思った。

 

「返事は、イエス。ただし、ある程度はあなたの言葉が信じられるまでは本格的な協力はしない。そうだね、長くても半年以内には、正式に答えをだす。それでいいね?」

「まぁ、いいだろう」

「あとひとつ…………あなたの目的を教えて。それに納得できなきゃ、この話は断らせてもらう」

「……………」

 

 イリーナは沈黙で返したが、しばらく悩んだ末に束の条件を受け入れた。

 言葉は少なく、簡潔にそれを伝えたイリーナに、束はさきほどまでの態度を一変させた。聞いた瞬間、ケラケラと笑い、いきなり気安く接するようになった。イリーナちゃん、と呼ばれたイリーナは眉をしかめたが、機嫌がよくなった束にずっと笑いかけられるのだった。

 

 

 その後、束は暴君との契約を正式に結ぶ。

 

 それは利用し合う形であったが、そのつながりには確かな信頼があったという。

 

 

 

 かくして、カレイドマテリアル社は最高の切り札を得る。それは世界に対する宣戦布告のはじまりであった。




暴君式説得回。
イリーナと束さんは打算と信頼が混ざったような関係ですが、束さんはイリーナをけっこう信じるようになります。イリーナの目的はまだ明かせないですが、これがイリーナというキャラの根本になります。終盤あたりで明かす予定です。

4話程度って言ったけどなんかまだ長くなりそう(汗)書いてるうちにどんどん長くなる。なぜだ?

とりあえず6話くらいに収まるように書こうと思います。ちゃんと過去編もISバトルパートを考えてます。

ではでは、また次回に!

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