双星の雫   作:千両花火

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Act.56 「彷徨う道標」

「予想はしてたけど、コアに蓄積された情報量が桁違いになってる」

 

 アヴァロンの地下研究区、その最奥にある束専用のプライベートラボに三人の人影があった。

 ISの生みの親たる篠ノ之束。そしてセシリア・オルコットとアイズ・ファミリアの二人である。あの一夏と箒の奪還作戦終了から既に一日が経過していた。

 今頃は他の面々も疲れを癒しているころだろう。そんな中、束の研究の中核に関わる二人の操縦者が真剣な面持ちで束の言葉を聞いていた。

 

「レッドティアーズのコアは、実質的にも完全に進化したとみるべきだね。以前から声は聞こえていたっていうけど、明確なイメージとして人の姿を形成、そして深層領域をつくるまでに学習したコア………完全に人格を獲得してる。自己判断だけじゃなくて、アイちゃんの暴走も止めたことから、もうプログラムの域を超越してる」

「『type-Ⅲ』のリミッター解除を、コアが独自判断で拒否したのですか?」

「セッシー、ブルーティアーズはそんなことする?」

「………いえ。確かに、おぼろげな会話は可能ですが、アイズのように明確なイメージでもっての対話はできません。ましてや、コアの意識とリンクして深層領域に入るなど……」 

「ま、それが普通だよ。アイちゃんはかなり特殊な例だからね」

 

 アイズとレッドティアーズは、操縦者とコアのリンクという点においては他の機体よりも遥かに高い。その理由がヴォ―ダン・オージェとAHSシステムの相互干渉作用にある。

 視力のないアイズの目を代替するISのハイパーセンサー機能を、そのままヴォ―ダン・オージェのナノマシンとリンクしてフィードバックすることで、アイズの視界はそのままISの視界(センサー)となる。ヴォ―ダン・オージェとAHSシステムが二つ揃ってはじめてアイズは視力を擬似的に回復できる。これが通常よりも遥かに多くの情報をコアに与えることになる。

 通常なら、操縦者とコアの間にはフィルターがある。人間特有の挙動が機械に反映されないのだ。たとえば、瞬きという人間の生理現象さえ、ISにとってはほんのわずかなノイズとして映る。そうした生命と機械の間の溝が、アイズとレッドティアーズの間には存在しない。

 だから、アイズの挙動そのままに、レッドティアーズがダイレクトに学習しているのだ。アイズの目はレッドティアーズのセンサーであり、レッドティアーズのセンサーはアイズの目となる。

 そこにさらにヴォ―ダン・オージェの情報解析能力さえもが上乗せされる。束の試算でも、IS搭乗によるコアへの情報蓄積量は、その差異が十倍以上。しかも、アイズは日常生活でも時折AHSシステムを使用していた。コアの成長は、すなわち学習するための情報量に依るところが大きい。そう考えれば、レッドティアーズのコアは通常の何倍もの早さで成長していたと言える。

 

「まぁ、だからヴォ―ダン・オージェもAHSシステムもないのに『type-Ⅲ』に至ったセッシーほうがチートだと思うけどね~」

 

 セシリアの場合、多重並列思考能力がずば抜けて高いことが要因だろう。自機とBT兵器十機を同時に並列操作ができるセシリアもアイズには及ばないが獲得する情報量が多い。アイズのヴォ―ダン・オージェが後天的に対し、セシリアの並列思考は先天的な能力だ。そう考えれば、セシリアこそ人間の領域を超えているのかもしれない。

 

「ま、アイちゃんの場合はそうした特殊性があるから、『L.A.P.L.A.C.E.』なんてヤバイ能力を獲得したんだろうねぇ……」

 

 第二単一仕様能力『L.A.P.L.A.C.E.』。

 もともとレッドティアーズが獲得した単一仕様能力『森羅万象』が進化したものがこれにあたる。これはアイズのヴォ―ダン・オージェの情報解析力を活かすために、ISがアイズのバックアップを行っていたことから発現した能力で、その特性は『ハイパーセンサーの強化と操縦者との同調』である。つまりはほかにはない独自のものであるAHSシステムの最適化と向上という、他の単一仕様能力から見れば非常に地味で目立たないものだった。

 しかし、この能力によってアイズがその情報収集能力で把握していた範囲は、自機を中心に半径2km。セシリアが、アイズに気づかれずに狙撃するのはほぼ不可能と言った理由はここにある。アイズの索敵圏内に入ったが最期、もうアイズから逃げられないし、奇襲など不可能なのだ。

 しかし、実際に使い辛い能力であったことは確かだ。なぜなら、通常は広範囲における戦闘はそれほどあるわけでもない。アリーナ程度の広さで十分だった場合が多かったので能力の持ち腐れであったし、なによりその絶大な情報収集力を発揮するには、アイズの高い集中力と精神力が必須だったからだ。もっとわかりやすく言えば、それはヴォ―ダン・オージェの使用限界とイコールだった。

 今でこそ束の尽力でAHSシステムの機能向上によりそれなりにヴォ―ダン・オージェを使えるようになったが、過去においてはせいぜい五分程度の能力ブーストを行うドーピングに近いものだった。

 

 そこから進化したものが『L.A.P.L.A.C.E.』だ。

 

Laws

All the whole of creation

Prediction

Lead

All over

Conbine

Expression

 

 ――――『全領域統合演算式による森羅万象の法則予知』能力。

 現状の把握ではなく、その先を予測する。ヴォ―ダン・オージェ、ハイパーセンサーを最高値で発動させ、五感、サーモグラフ、音波、電波、ありとあらゆるものから情報を獲得。さらにコアネットワークからの情報をクラック、逆式演算から対象コアの出力やエネルギー配分を観測する。そしてアイズ自身の経験則や直感、相手の状態変化……仕草や癖、表情からさえも情報を収集。外部からの情報をあまさず全てを獲得し、それらの膨大な情報量をリアルタイムで演算して、統合的な解析を経て確かな精度での未来予測を行う。仮に予測が外れても、リアルタイムで修正が可能なためにその都度予測を行っている。

 当然、これほどの情報解析力は通常のISコアや人の脳では処理することなど不可能だ。この能力はヴォ―ダン・オージェを持つアイズと、AHSシステムを持ち、情報処理に特化して進化したISコアを持つレッドティアーズが人機一体となって初めて可能となる。そしてそれが可能となったのは、レッドティアーズがISの進化の極地ともいえる『type-Ⅲ』に至ったからこそできる、奇跡や魔法のようなオーバーテクノロジーの発現であった。

 

「まさに、単一仕様としかいえない。アイちゃん以外、誰にも真似できないよ。あのシールとかいうのにも」

「諸刃の剣ですけど、ね。アイズ、わかってるとは思いますが……」

「乱用はしないよ。ボクも死にたくないからね。それにこの能力が使えなくても、もうレアとは話せるし。レアのお部屋は癒し空間だから、また今度ダイブしよっかな」

「この子はどれだけ規格外なこと言ってるか自覚あるのかな?」

「ないんじゃないでしょうか」

 

 任意でISコアと深層領域まで及ぶ意識リンクが可能。それは、最先端である束の研究をもってしても未だ実現できていないことだ。

 

「まぁ、アイちゃんがいろんな意味で天然なチートなのは今更だもんね。IS分野の研究において、アイちゃんは間違いなく世界で一番貢献しているもの」

「それも無自覚で……ですけど」

「あれ? なんか褒められている気がしないのはなんで?」

「気にしなくていいですよ。アイズはそのままでいいんです」

 

 いつものようにセシリアに頭を撫でられ、表情を弛緩させるアイズ。そのまま猫みたいにセシリアにじゃれ付きながら幸せそうな笑顔を見せている。セシリアも猫に構うようにアイズの首筋に指を這わせて微笑を浮かべている。

 

「相変わらずだねぇ君たち。会ったときから変わってないね」

「束さんはけっこう変わりましたよね。はじめてお会いしたときは、もっと無愛想でしたけど」

「そんな昔話はしなくていいよ、もうっ」

 

 束にとっては黒歴史なのか、あまり触れて欲しくないように口を尖らせる。

 

「それより、これからみんなに事情説明ですけど………どこまで話すのですか?」

「必要最低限にとどめるよ。まぁ、協力してくれた手前、それなりに説明はするけどさ。無人機関連は話しても損はないし、なにより知ってもらったほうがいい」

「確かに。……アイズのことは?」

「話せる? 『L.A.P.L.A.C.E.』は少しくらい言ってもいいけど………対抗策なんてないし。でもその条件である『type-Ⅲ』に関しては火種にしかならないでしょ。口は固そうだけど、これはまだ知られるわけにはいかない。ウチの最大のアドバンテージだからね。それに、なにより………すべてのISに可能性があるといっても、そこまで到れる存在なんて、そうないでしょ」

「……です、よね。『type-Ⅲ』、前人未到の第三型……」

 

 知っている者の間で使われる暗語であるが、それは機体の正式名称に使われるようになった。二機のティアーズの名称に連ねられた『type-Ⅲ』の意味、それはそのまま『第三型』を意味している。

 すなわち――――。

 

「第三形態移行《サードシフト》を可能としたISの証。それが、『type-Ⅲ』……」

 

 

 

***

 

 

 

「報告は以上です」

 

 およそ三十分ほどで今回の無人機プラント強襲作戦『オペレーション・アサルト』の報告を終えたイーリスは目の前にいるイリーナへと視線を向ける。イリーナは背を向けたまま、社長室から見える景色を眺めている。時折口を挟んでいたから聞いていないということはなさそうだが、何を考えているのか、側近のイーリスでもわからない。

 

「ガキどもはどうしてる?」

「皆さん、帰投後はゆっくり休まれて今は束博士のラボにいるそうです」

 

 作戦完了後は全員でステルスヘリを使いアヴァロンへと帰還した。本来立ち入りが許可されない一夏と箒、そして鈴と簪は特例で滞在を許可されている身だ。今後の対応や口裏合わせもあるのでこれは仕方がない。現状、最も防衛上安全といえるのは要塞化してあるアヴァロンなのだ。とはいえ、同時に最も襲撃される可能性が高い場所でもあるためノーリスクとはいかないが。

 

「で、証拠は全て消したな?」

「はい。苦労しましたよ。作戦開始と同時に生身で潜入するなんて」

「だからお前にやらせたんだ。さすがの束もデータにアクセスできないスタンドアローンの記録媒体まではどうしようもないからな」

「だからって普通拠点制圧を二人だけでやらせますか?」

 

 イーリスがジト目でイリーナを見つめるが、イリーナはどこ吹く風で軽く流している。

 

 オペレーション・アサルトはIS七機による強襲作戦だが、その裏ではイーリスが生身で潜入して裏工作を行っていた。具体的には、襲撃犯と特定できる証拠の抹消とホストコンピューターから直接データを盗むこと。そして可能ならば敵幹部の捕縛だ。さすがにイーリス一人だけではきつかったため(キツイだけで不可能ではないらしい)助っ人を用意した。

 ISを纏うアイズたちより捕縛される危険があるため、どこかの所属する人間は使えなかったので暇そうにしていた紅雨蘭に声をかけた。雨蘭は鈴も参加すると聞かされて了承した。こういう交渉の仕方はさすが暴君だとイーリスは呆れたように感心したものだ。

 もっとも、雨蘭にも絶対の自信があったようで思っていたよりすんなり協力してくれた。そして実際、雨蘭はよく働いてくれた。生身の戦闘力はイーリスにも並ぶかもしれない。鈴の師匠ということだが、軽く武装した兵士十人分くらいは役立っていた。是非とも諜報部に欲しい人材だったので声をかけたが、火凛と同じく「手のかかる馬鹿弟子がいるから」と断られた。それでも一応将来どうするかは考えてくれるらしい。イーリスにとってはそれが今回の一番の収穫だった。

 

「ただ、データは無理でした。束博士も相当な腕の人間がいると言っていましたが、重要なデータはすべて抹消されていました。無人機プラントでしたので、OSくらいは手に入れたかったのですけど」

「ま、それは構わん。どうせ手に入れても再現などする気もない」

「敵幹部クラスと思しき操縦者三名も回収されました。こちらもできれば捕縛したかったんですが」

「もし仮にそうなっていたら、こちらが遺体処理する羽目になっただろうさ」

「………口封じですか?」

「お前ならわかるだろう」

「そうですね、おそらく、口を割る前に死んでいたでしょうね。それが自殺か他殺かはともかく」

 

 イリーナもイーリスも、それが十分にありえることだと思っていた。

 ここまでの規模の秘密結社の幹部など、その身柄を確保するだけでどれだけのアドバンテージを得られるか。それを防ぐために、万が一捕縛されたときに死ぬ用意くらいはしてあるはずだ。イリーナの勘では、おそらくある程度の前線指揮官クラスや幹部級の人物には強制自殺するシステムがある。その手段はわからないが、ここまでの絵に描いたような暗躍する結社ならむしろあって当然のことだろう。

 もし、イリーナが亡国機業を統べる立場なら、確実にやっている。

 

「社長」

「なんだ?」

「もしかして、亡国機業のトップに心当たりがあるんじゃないですか?」

 

 やたらと強い声でそう聞いてくるイーリスに、イリーナは顔を向けずに沈黙で応える。

 

「出過ぎたことを言って申し訳ないですけど、社長はある程度相手の手の内が読めている気がします。今回も、いつもなら絶対にやれというようなことを“出来れば”と言っています。それって相手の力量をわかっているからでは?」

「………今日はずいぶん口が回るな」

「気にするな、と言うのなら、気にしませんが」

「…………まぁ、いいだろう。確かに、心当たりはある」

 

 イリーナはふてぶてしく椅子に座ると脚と腕を組んで流し目を送る。なんだかこうした姿のイリーナは黒幕だったと言っても信じそうな貫禄がある。

 

「確信があるわけじゃないが、私が知っている人物とやり方………嗜好が似ている」

「嗜好、ですか?」

「はっきり言えば、やつらの手は慎重に見えてかなり杜撰だ。秘匿は最低限、リスクは大きい行動をやたらと取りたがる。秘密結社、というのは秘密にするからそう呼ぶんだ。本来、無人機なんてものに手を出すこと自体がおかしい」

「まぁ、たしかに」

 

 特に『銀の福音』の事件の際には六十機もの無人機を投入してきたのだ。それがどれだけ馬鹿げた数なのかは今更言うまでもない。そして、それを表沙汰にするリスクはかなりあったはずだ。それをなくす手段として、おそらくアメリカ軍とIS委員会に息のかかった人間がいたことは確実だが、それでも組織全ての人間を手中にしているわけではないだろう。もしそうならとっくに世界征服が完了している。

 

「おまえみたいなタイプには理解できないかもしれないが、こうした人間の優先順位は“面白さ”だ」

「愉快犯だと?」

「どちらかといえば、つまらない世界を面白くしてやる、って言うほうが合っているかもしれないがな」

 

 愉快犯のような動機が見え隠れするが、同時に世界を変革させようという意思も見える。まるで戦略にギャンブルでも組み込んでいるかのような、あやふやな感じだ。

 

「そういうやつを、一人知っている」

「どのような方なのです?」

「性格は人あたりがよく、性別年齢を問わず人に好かれる。穏やかで、聖母なんて呼ばれてもいたな」

「社長と真逆で………失礼しました」

 

 人を殺しそうな目で睨まれてイーリスが口を閉じる。

 

「そして技術者としても一流……特に、盗むことに関してはな」

「盗む?」

「どんなものでも、大抵のものはすぐに自分のものへとしてしまう。最先端の技術に触れれば、翌週にはその応用を開発するほどだ。自らがなにかを作り出すことはないが、他人が作ったものを自分の好きなように改良してしまう」

「プライドをへし折るような人ですね」

「そいつの本質はそこだ。他人のものも、すべて自分のものにしてしまう。そうしていると、いつのまにかやつを中心に回るようになっている」

「はぁ、まるで徴収官が王様になったみたいですね。それで、その人は今は?」

「もう、この世にいない」

「………そうですか」

 

 だから半信半疑だったのだろう。どうやらイリーナの話すその人物とは旧知の間柄だったのかもしれないが、死んでいるとなればそれまでだ。イーリスがイリーナに仕えたのは、ちょうど束がカレイドマテリアル社と接触する少し前だ。それ以降はイリーナの傍に居てきたが、そんな話を聞いた記憶はない。どうやらかなり前に亡くなったのだろうと推察できる。

 

「ともかく、今は必要なのは備えだ」

「そうですね。証拠はありませんが、接触した幹部は逃がしてますし、ウチが主導したと取られてもおかしくありません、まぁ、そのとおりなんですけど」

 

 データ上の証拠は抹消したが、オータムやシール、マドカといった幹部クラスと戦闘したことが、容易にカレイドマテリアル社との繋がりを予想されてしまうだろう。表立っては所詮証言だけでしかないのでなんの効力もないが、そんな理屈が通用しない相手なのはもうわかっている。

 それにもし表立って非難する手段があったとしても、おそらくそんなことはしないとイリーナは思っていた。報復するなら、ほぼ確実に同じ手段………拠点への襲撃を選ぶはずだ。

 

「アヴァロンか、この本社か……おそらく襲撃が来ますね」

「舐められたら終わりだからな、この業界は。間違いなく報復に来るな」

「別にマフィアじゃないんですけどね」

「同じようなものだろう」

「またそんな暴君理論を展開して……」

 

 呆れるイーリスを無視するようにイリーナは再び社長室から見える景色を見下ろす。一見すれば、平和な町並みだが、いったいどれくらいの人間が自分に敵意を持っているのか。

 イリーナは自分が正しいと思ったことはない。ただ、目的のためにできることをやっているだけ。必要なら汚れ仕事すら躊躇いなく選択する。もちろん道徳観念は持っているので非道な行いは好まないが、相応の輩には相応の流儀でもって応え続けてきた。

 それでもイリーナのもとに人が集まるのは、彼女のカリスマが為せることだろう。もともと先代社長の下にいたときからイリーナは人望があった。そのときはまだ暴君などと呼ばれてはいなかったが、暴虐的な手段を用いるようになっても人が離れていかないのは、彼女の境遇ゆえかもしれない。

 

「………ふん」

 

 昔を思い出しそうになり、イリーナは自らを嘲笑して思考を断ち切った。

 思い出に浸るのは目的を達してから。そう決めているのだから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「みんなお疲れ様!」

 

 アヴァロン内の地下施設の中でも束が居住区としている一室に今回の作戦に参加した面々が揃っていた。ややファンシーな内装のリビングでは大きなテーブルを囲うようにソファーが置いてあり、各々がそこに座ってくつろぎながらセシリアの淹れた紅茶を飲んでいる。

 束はいつものカボチャマスクをしながらそんな全員を労う。

 作戦終了と同時にアヴァロンに帰還して丸一日はじっくり休める時間を取ったので、皆にもそれほど疲れた様子はない。誘拐された箒と一夏は明日には日本に戻ることになるが、今日一日はまだここでゆっくりできるだろう。それに本来部外者の簪と鈴の滞在許可も明日までだ。

 

「さて、事情説明がいるね。誘拐されてた二人は明日には日本に戻れるよ。そのへんの事情は暴君が日本政府と取引するみたいだけど」

「取引?」

「本来、お二人のガードは日本政府の役目ですからね。それをカレイドマテリアル社が尻拭いした形です。おそらく、なにかしらの要求をするのでは?」

「大人ってめんどくさいわねぇ」

 

 鈴の言葉に同意するように何人かも頷いている。参加した彼女たちにしてみれば、ただ友を助けるためであったが、そんなこととは関係なく裏ではいろいろと動いているらしい。

 

「さて、協力してくれたことだし、多少の事情説明はするよ。なにが聞きたいかなー?」

「はーい。結局、敵って何者なんですかー?」

 

 鈴の質問は簡潔で、そして一番気になっていたことだ。その質問には他の面々も興味深そうに束に注目している。

 

「うーん、まぁ、詳しいことまではこっちも把握してないけど、とりあえずウチと敵対している悪の秘密結社だね!」

「今時そんなのいるの? ………ってかあのオータムに襲われたとき、先生がそんなこと言ってたっけ」

 

 ちゃんと名前で呼びながら鈴が中国で戦ったときのオータムのことを思い出す。鈴の先生でもある紅火凛にちょっかいをかけていたらしい世界征服を企む悪の組織。聞き流していたことだったが、どうにも本当のことらしい。世界征服はどうか知らないが、裏にある秘密結社というのは正しいようだ。

 

「名前は亡国機業。簪さんは名前くらい聞いたことがあるんじゃないですか?」

「うん。何度か………おねえちゃんも、完全に把握してるわけじゃないみたいだけど」

 

 対暗部の更織の家の出身である簪も、噂程度には聞いたことがあった。最近は少々家と距離を離していたのでそんなに詳しい情報はなかったが、頭首である姉が気にかけていた組織なのは確かだ。

 

「わかってることでは、無人機の製造と、それによるテロ行為は確定」

「ってことは、臨海学校のときのあれも……」

「あのときは、『銀の福音』を奪取しようとしていたようですね。未遂に終わったようですが」

 

 そして『銀の福音』のコアは束のもとにある。もちろん、そこまでは口外しない。

 

「あと………シャルロットさん」

「え?」

「最近になってデュノア社が援助を受けて活動が活発化していることは知っていますね?」

「う、うん。所属していた僕としては、ちょっと信じられないことだけど」

 

 シャルロットを男装させてIS学園に潜入させるという手段を使うまでに追い詰められていたのだ。それは、援助してくれる組織が存在しなかったからという理由もあった。

 

「未確定ですが、その援助している組織も、亡国機業が絡んでいる可能性があります」

「ええっ!?」

 

 シャルロットが驚愕する。もう縁を切ったとはいえ、かつての家族が経営する企業がそんな怪しげな組織とつながっているというのはそれなりにショックなことだった。

 

「で、でもどうして………」

「なるほど、補給線に使うつもりか」

 

 シャルロットの隣に座っていたラウラが呟く。セシリアや束も、その言葉を肯定した。

 

「あれだけの無人機を製造できる施設………表に大きな影響を持つ組織の力がなければ不可能です。資材や資金の調達、複数の軍や企業に草がいることは明白です」

「それで、デュノア社も取り込まれた、か?」

「おそらく、資金や資材の流通経路に使われるでしょうね。それなりに儲けが出れば、利用されているとはいえ、企業側も大きく言えないでしょうし、なにより………追い詰められていますからね」

「そして気付いたときには、手遅れ。乗っ取られて、傀儡の出来上がりってね」

 

 そしてこれは裏事情だが、そうした予兆があったからこそ、IS学園にいるうちにシャルロットを引き離したのだ。もしシャルロットが本社に戻れば、おそらくはもう出ることはできなかっただろう。下手をすれば、敵の尖兵としてセシリアたちと戦っていた未来も有り得る。

 シャルロットは複雑そうな顔をしながらも、なにも言わない。なにか言ってどうにかなることでもないし、そして助けたいと思うほどあの会社に思い入れなどなかった。薄情とも思える自身の心中にシャルロットは自嘲の笑みを力なく浮かべた。

 

「なら、今回の俺と箒の誘拐の目的はなんなんだ?」

「………」

 

 一夏の問いに、束は言葉に詰まる。そんなことわかりきっている。ほかでもない、篠ノ之束をおびき出すことが最大の目的だろう。そして証拠こそなくても、束がカレイドマテリアル社と繋がっていることは、もう敵勢力にはバレているとみるべきだ。

 しかし、そんなことまで話していいものか束が悩む。一夏と箒には迷惑をかけたが、それを話すことは、自身のことにも言及されてしまうかもしれない。まだ覚悟のない束はそれができない。

 

「そんなことは、決まっているだろう」

 

 しかし、そこで今まで黙っていた箒が口を開いた。箒はずっとおとなしくしていたが、先ほどからじっとカボチャマスクを被った束に視線を向けている。

 作戦終了直後はバタバタしていて会話どころか、まとも挨拶すらできなかった。正確には束がそういうふうに箒を避けていたのだが、箒はそんな束をじっと見つめている。

 

「一夏はどうかわからないが……私を攫った理由は、姉さん、あなたを見つけるため……そうでしょう?」

「…………」

 

 部屋の空気が一変する。束の正体を知る面々はなにも言えず、知らないはずの一夏もなんとなく予想はしていたようで、束に複雑そうな顔で視線を向けている。

 そうして一分ほど沈黙が続いたとき、束がケラケラ笑い出した。それは、誰がみても白々しい笑い方だった。

 

「あっははは! 私が篠ノ之束? 違う違う、私は……」

「もう姉さんだってことは、聞いている」

「誰に!? ……あっ」

 

 盛大に自爆した束がしまった、というようにマスクの下で顔をしかめる。しかし、それはどうみても今更なことであった。もともと身内に対して甘く、隠し事ができるような束ではない。オロオロと情けない姿を見せていた。

 

「う、うぅ……アイちゃん、君だね!?」

「ひゅいッ!?」

 

 汗をダラダラと流していたアイズが、目隠ししている状態にもかかわらずに束の強烈な視線を感じて身をすくませ、さらに隣にいたラウラに情けなく抱きつきながらブルブルと震え出した。そんな姉の姿に庇護欲をそそられながらラウラが精一杯そんな姉を抱きしめながら庇うようにしている。顔は緩みまくっていたが。そんなラウラに呪いでもかけるように簪が嫉妬の視線を向けていたのを見て、鈴がドン引きしていた。

 

「ご、ごめんなさい束さん~! で、でも! 仲良くなって欲しかったんです~!」

「いやその気持ちは嬉しいけど束さんにも心の準備ってものがね!?」

「もういいじゃないですか束さん。アイズにはあとで私から説教しておきますから、いい加減向き合われては?」

「またお説教!?」

 

 アイズが短く悲鳴をあげるが、自業自得である。

 そんな周囲の喧騒とは切り離されたように、箒はじっと視線を向けている。その視線を受けて、束も身動きできずにその箒の縋るような目を受け止めざるを得なくなってしまう。

 そんな久しぶりに訪れた不器用な姉妹の再会を、少し離れたところで一夏が見守っていた。

 

「姉さん……」

「…………」

「姉さん!」

「…………私の負けだよ、箒ちゃん」

 

 観念したように、束がゆっくりと不格好なそのカボチャのマスクに手をかける。無造作にそれを剥ぎ取り、素顔を久しく見せていなかった妹へと晒す。

 箒から見れば、少し大人っぽく、それでも子供っぽさを残して成長した姉の素顔を、数年ぶりに見つめることとなった。しかし、その顔は昔は見ることもなかった不安で落ち込んだような表情を見せていた。

 

「恨む? あなたから逃げたダメなおねえちゃんを」

 

 悲しげに自身を見つめる姉を前に、箒は言葉に詰まる。そうじゃない、そうじゃないのだ。再会して、たしかに言いたいことはあった。文句だってあった。

 でも、こんな顔をした姉を前に、助けてくれた姉に対して、言うことなどひとつしかない。

 

「姉さん」

「………っ」

 

 そう声をかけただけでビクッと束の肩が小さく揺れた。怖がっているのだとわかる。それが、箒には少し嬉しかった。無感動や、昔となにも変わらない調子でいたら、箒は平静でいられなかったかもしれない。

 会うことを怖がっていたのは、自分だけじゃなかった。それがわかったとき、箒は自分でも不思議なほどすっきりした気持ちになった。どこか遠くで、違う世界の住人のように感じていた姉が、こうも人間らしいなんて、自分と同じだったなんて。

 

 箒は、もう表情筋の動かし方すら忘れてしまったのだと思っていた、なんの陰りもない笑顔を姉に見せることができた。

 だから、その言葉も、穏やかに言うことができた。

 

「ありがとう、姉さん。私を、助けにきてくれて」

「―――――ッ!!」

 

 直後、束がその場で泣き崩れた。両手で顔を覆い、膝をついてその場で止めようとしても止まらない涙を流す。

 

「姉さん……っ!」

 

 箒は姉に駆け寄り、びっくりするほど弱々しいその身体を抱きしめる。気づけば、箒の視界もいつの間にか滲んでいる。

 ああ、そうか、……と、箒は蟠りが解かれていくことがわかった。

 

 箒は、決して姉が嫌いなわけじゃなかった。寂しい思いもした、悲しい思いもした。それは、姉のせいだから、そんな言い訳を思っていたわけじゃなくて、ただ―――寂しかったのだ。

 

 数年ぶりの姉妹の再会と抱擁に、一番心を砕いていたアイズはぐすぐすと泣いているし、そして同じように姉妹ですれ違っていた簪も、嬉しそうに見つめながら静かに涙を流していた。それに触発されたのか、シャルロットや一夏も同じようにうっすらと目に涙を浮かべていた。

 セシリアや鈴、ラウラも微笑ましく、姉妹の再会を見守っている。

 

「姉さん………なにがあったんだ? どうして、姉さんはなにも言わずに行方をくらませてしまったんだ……?」

「ごめ、ごめんなさい、箒ちゃん……、わたし、私が、バカだったから、箒ちゃんをずっと一人に……!」

「もう、怒ってない。……いや、はじめから怒ってなんかいない。だから、教えてくれ姉さん。いったい、あのときの姉さんに、なにが………」

 

 ずっと疑問だった。なぜ、姉が姿をくらませなければならなかったのか。ISを作ったことで、いったいなにが変わってしまったのか。

 

 束は少しの間何も言えずに涙を拭っていたが、やがてぽつぽつと話しだした。

 

「箒ちゃん、箒ちゃんは、白騎士事件って知ってる?」

「それは当然……姉さんが作ったISが、ミサイルを撃墜したっていう」

「それは違うの。私は、『白騎士』なんてIS、作ってない。私が初めて作った戦闘用のISは、ちーちゃんにあげた『暮桜』なんだ。そもそも、『白騎士』なんてISは存在しない」

 

 その告白に、聞いていた全員が驚く。驚いていないのは、事情を知っているセシリアとアイズだけであった。

 白騎士事件。それはISに関わらない者でも、誰でも知っている今の世界を作った分岐点だったとすら言われる事件。束がISを発表して一ヶ月後に起きた事件である。ミサイルが配備された各国の軍事基地のコンピュータがハッキングされて日本に向けて発射されたが、それらの過半数を『白騎士』と呼称されるISが迎撃した事件だ。しかも、その『白騎士』を鹵獲しようとした各国の軍隊のほとんどを無力化したという、ISの優位性を見せつけたまさに衝撃的な事件だった。

 これ以降、ISはその影響力を増していき、世界はISに依存するかのように変わってしまう。

 

 そんなはじまりのISとも呼ばれる『白騎士』は、束が作ったと言われていた。いや、束しか作れる者がいないはずだったことから、ほぼそう確定されていたというのが正しい。

 しかし、ほかならぬその束が言う。

 

 『白騎士』など、作っていない……と。

 

「そして、それが………私が姿をくらませた理由」

 

 後悔するように、束が言葉を紡ぐ。その内容は、箒だけでなく、聞いていた全員の顔色を変えるものであった。

 

 それは、これまでのISの歴史をひっくり返すほどの、衝撃的な真実の証言であった。




今回でChapter5は終了となります。次回から束さん主人公による過去編となります。

過去編は捏造設定の嵐ですが、束さんがアイズたちと出会い、今に至るまでの経緯を描くつもりです。

そしてようやく束さんと箒さんが和解しました。この物語の束さんなら箒さんも受け入れてくれるはず。ってか綺麗な束さんなのでもともと箒さんも鬱陶しいとか嫌いとか思ってなかったって感じです。

過去編は束さんの心境がメインになるので、そのあたりにも触れたいと思います。

あと過去編終わったあたりで番外編を考えてます。それではまた次回に!

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