双星の雫   作:千両花火

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Act.5 「ブルーティアーズtype-Ⅲ」

 セシリアと一夏の模擬戦当日。このために借りたアリーナでは1組の生徒が観客席で今か今かと開始を待っていた。他にもちらほらと生徒たちの姿も見える。

 アイズは入学してできた一人目の友達であるのほほんさんと一緒にお菓子を食べながらわいわいと雑談を楽しんでいた。ときどきのほほんさんにお菓子を食べさせて貰っているので、手のかかる子供みたいだ。

 

「あーちゃんはどっちが勝つと思う~?」

「んー、勝敗だけ見れば間違いなくセシィだけど……一夏くんがどれだけやれるかだねぇ」

 

 セシリアの敗北はまずありえない。一夏と比べても実力ははるかに上、経験量も段違い、そしてセシリアが駆る専用機ブルーティアーズtype-Ⅲは篠ノ之束が改修した化け物スペック機。そしてセシリア自身にも油断や慢心はない。どんな相手でも手加減はしても容赦はしない。それがセシリア・オルコットの戦い方だ。

 

「のほほんさん、実況をお願いね」

「任せて~、あ、セッシーが出てきた」

 

 目の見えないアイズが戦闘状況の説明を頼むと、ちょうどセシリアがISを纏い、アリーナへと姿を現した。

 名前の通りに、青を基調とした色合い。各部に纏う装甲は動きを阻害しないようにフィットしており、背中には巨大な三対の翼とブースター。それらの各部に装着されている、羽のような形のユニット。手に携えるは、長大な狙撃銃。

 

「お~、セッシーかっこいいね」

「セシィはいつもかっこいいよ」

 

 そして反対側のピットから白いISをまとった一夏が飛び出してくる。その動きはやはりまだぎこちない。

 

「おりむーは真っ白なISだね。装備まではまだわからないけど」

「ふーん」

 

 アイズとしてはのちのち特殊な手段で戦闘映像を見るつもりではいるが、やはり生で見られないというのは少し寂しいものだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「来ましたか」

 

 セシリアはぎこちなくやってくる一夏を見下ろす。見たところ、あの白い専用機は機動力重視のようだ。で、あれば接近戦特化か? と推測するが、過度の思い込みは害となるために様子見を続ける。

 

「またせて悪いな」

「お気になさらずに。間に合ってよかったですね」

「まぁ、ついさっき届いたんだけどな」

「……フィッティングは終わりましたの?」

「いや、やりながら行え、だそうだよ」

 

 本当に土壇場で間に合ったということらしい。そうだとしたら、ファーストシフトすら行っていないことになる。

 

「では、まずは軽く流しましょう」

「え、うわっ!?」

 

 抜打ちのように構えと同時に発射されたレーザーが一夏のすぐ脇を通り過ぎる。もともと直撃コースではなかったにしろ、一夏にしてみれば驚いた、というレベルではない。

 

「余所見している余裕はないですよ?」

「くっ!?」

 

 次々と放たれるセシリアのレーザーに一夏は必死に動いて直撃を避けていく。もっとも、それがセシリアの狙い通り。機体のフィッティングを促すためにも、少々派手に動いてもらっているだけだ。

 

「なかなか高度を取りませんね。地上にいるばかりでは回避コースをなくすだけですよ?」

「簡単に言ってくれる!」

 

 そう言いながらも一夏は機体を飛行させ、空中での縦横無尽な機動へと移っていく。これだけでも大したものだ。セシリアは顔には出さないが、一夏に賞賛を送っていた。

 

「武器は………これだけかっ!?」

 

 一夏は一本のブレードを展開する。その言葉から、おそらく搭載している武装はこのブレード一本だけのようだ。

 

「ブレードのみ……本当に近接特化機ですか」

「うおおおおおっ!!」

 

 咆哮を上げ、一夏がセシリアへと迫る。セシリアは後退、引き撃ちで一夏を牽制するも、一夏はその牽制をくぐり抜け、セシリアへと突撃する。

 

「踏み込む度胸も合格です」

「くらえっ!」

 

 ようやく間合いに入ったセシリアに近接ブレード、雪片弐型を振り下ろす。しかし、それが金属音とともに受け止められる。

 

「なに!?」

「射撃型とはいえ、近接用装備くらいありますよ?」

 

 セシリアの手には近接ショートブレード「インターセプター」が握られていた。それを軽くひねるようにして受け止めた一夏の攻撃をいなし、再び距離を取る。

 

「ではテンポを上げましょう」

 

 手に持った狙撃銃「スターライトMkⅣ」を構え、先ほどより威力を抑え、連射性能を高めて一夏へと放つ。射撃のテンポが早まり、一夏の回避をかすめるようになる。

 

「くそっ!」

「さぁ、気合を入れて避けないと終わってしまいますよ?」

「あんたいじめるの好きだろ!?」

 

 そんな会話を聞いていた観客席では、……。

 

「そうなの? あーちゃん」

「セシィはたしかにいじめっ子かも。気に入る人ほどいじめたくなるタイプ」

「うわぁ」

 

 ハイパーセンサーでその会話を耳にしたセシリアはあとでアイズにお仕置きをしようと思いながら、一夏への攻撃をさらに激化させていく。

 

「そろそろ当てていきますよ?」

 

 セシリアは牽制を止め、本気で狙いをつける。動き回る一夏の行動を予測し、わずかに先の未来を読むように一発。

 

「なに!?」

 

 一夏にしてみれば回避した先にレーザーが待っていた、としかいいようのない直撃だった。威力を落としているので大したダメージはないが、明らかに余裕をもって当てられたことに動揺が生まれる。さきほどまでなんとか避けられている、という認識は間違っていたとわかってしまったのだ。

 

「スターライトMkⅣ、モードチェンジ」

 

 セシリアの言葉とともに、手にしたスターライトMkⅣの銃身が伸び、一部外装が展開される。そしてセシリアの頭部がバイザーで覆われる。ハイパーセンサーがあるISに視覚情報を補佐するバイザーの必要性は高くない。しかし、それでもセシリアにとってそれは狙い撃つための儀式であった。精神統一をするように、意識がただ一点、織斑一夏へと集中する。バイザー越しに見える一夏に狙いを定める。

 対空したままその場に止まり、ブースターは耐ショックへと備える。

 

「Right on target」

 

 銃身にエネルギーが集中する。IS兵器のトリガーは引く必要はない、撃つと思えば、それで済む。しかし、セシリアは狙撃するときはあえて指先による射撃にこだわった。

 

「Trigger」

 

 極光が走る。一夏が反応したとき、それは既に回避不可能であった。

 

「ぐうう!?」

 

 一夏が爆炎に包まれる。完璧な狙撃が一夏を撃ち抜いた。

 狙撃したスターライトMkⅣは展開した外装から排熱を行い、白い蒸気を排出する。強制冷却が終了し、再び発射形態へ。

 セシリアは冷静に爆炎を見据える。先ほどの狙撃はセシリアの中でも十指に入るほどの会心だった。にもかかわらず、仕留めたという確信が得られない。もっとも、直撃してもシールドエネルギーがゼロにならないよう威力は抑えたのだが、それにしてはおかしい。

 

「………いいタイミングでしたね、一夏さん」

「……ああ、待たせたな」

 

 爆炎の中から現れたのは纏うIS装甲が変化した一夏だった。無事にファーストシフトを終えたようだ。

 

「ファーストシフトにより、ダメージも回復、ですか。ではそろそろ始めましょう」

「……本当に準備運動なんだな。でも、ここからはさっきのようにはいかないぜ!」

 

 仕切り直しとばかりにブレードを構え、突撃する一夏に対し、セシリアは微笑み、そして迎え撃つ。

 

「セシリア・オルコット。ブルーティアーズtype-Ⅲ、参ります」

「織斑一夏、白式、行くぜっ!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「思い通りに動くっ! これなら!」

 

 先ほどよりも鋭い動きでセシリアに迫る一夏の駆る白式に、それでもセシリアは揺るがない。

 

「コール、ミーティア」

 

 スターライトMkⅣが粒子変換され、代わりに両手に二丁のハンドガンが現れる。エネルギーを圧縮させて放つ、速射性に優れた近接用の銃である。それらがまるでマシンガンのように次々と弾丸を吐き出していく。被弾してダメージを受けながらも、一夏は接近してブレードを横薙ぎに振るう。今度はハンドガンを両手に持ったままだ。先ほどのようにインターセプターでの防御をするには間に合わない。今度こそもらった、と思ったとき、その確信はまたしても裏切られた。

 セシリアがバック転でもするように背面へと倒れ、その結果、薙いだ一閃はセシリアの上を素通りする。そのまま一回転しながらも、セシリアは両手のハンドガンから一夏に向け銃弾を放つ。至近距離で回避できない一夏はブレードを盾にしながら慌てて距離を取る。

 

「くそっ!?」

「まだまだですね」

 

 どんな距離でも戦えるガンナー。それがセシリア・オルコットだ。たとえ接近してもその技量で攻撃を捌き、あまつさえ反撃までしてしまう。とはいえ、スナイパー相手に遠距離戦を挑むことはナンセンスだ。だから一夏も不利を知りつつも接近戦を挑むしかない。

 

「もっとも、もうそうそう距離を詰めさせはしませんが」

 

 セシリアは背中のユニットから四機の独立誘導兵器ブルーティアーズをパージ、一夏を包囲しようと高速で展開していく。

 

「これは!?」

「ビット、といえばわかりますか? 行きなさい、私の可愛い僕たち」

 

 ビットからレーザーが次々に発射される。全方位のオールレンジ攻撃。ブルーティアーズの代名詞である特殊兵装。素人同然の一夏では動きを見切るなど不可能、ただただ動き回って的にならないようにするだけだ。

 しかし、そうはさせないのがセシリアだ。

 一機は愚直に一夏の機動をトレースするように追い詰め、一機は上空から一夏の進む前方へとレーザーを打ち込み、一機は常に一夏の視界で動くことで牽制をし、最後の一機は一夏の逃げ道を塞ぐように妨害を仕掛けている。

 さらに一夏は見た。セシリアが先ほどと同様に狙撃体勢を取り、こちらに狙いを定めている姿を――。

 

「くそっ! 近づけねぇ!」

 

 バイザーで隠れたセシリアの目が、こちらに向いているとわかる。まるで見透かされているかのような視線に、一夏はどうすることもできずにただただ動き回るしかない。

 

「ん、そういえばあいつ……」

 

 ビットを展開してからまったく動かないセシリアに、一夏はひとつの仮説を立てる。もしや、このビットを操るときは、セシリアはまともに動けないのではないか、と。

 素人でもこのビットを操ることがどれだけレベルが高いことなのかはわかる。ISとはいえ、操縦は当然、操縦者の力量次第。いくつもの使役を同時に操り、自身も戦闘することは、さながら両手で同時に何個もの違う文章を書き列ねるに等しい、とどこかで読んだ漫画に書いてあったことを思い出す。

 

「そうか、だから動かずに狙撃を……!」

 

 光明が見えた、とばかりに一夏に戦意が戻る。もしそうなら、セシリアは回避ができない。このビットをくぐり抜け、セシリアの狙撃さえしのげば、あとは無防備の本体に一撃入れられる。

 一夏はさきほどから使う機を見いだせなかった武器………この唯一の武装である雪片弐型の能力、零落白夜の発動を決意する。白式からもたらされた情報通りなら、対象のエネルギーを無効化させるこれさえ決まればシールドエネルギーに直接大打撃を与えられる。どうせ何度もチャンスはない、ならば一撃にすべてを賭ける。

 

「うおおおおおおお!!」

「覚悟を決めましたか、よい目です」

 

 一夏はダメージを受けながらもビット一機を破壊する。これにより道が拓ける。弾幕を掻い潜るだけでダメージが増え、さらに零落白夜は一撃必殺の威力ではあるが、同時に自身のエネルギーも消費するという諸刃の剣。これで決めなければ敗北は必至だ。

 

「ここだぁああー!!」

 

 渾身の力を込め、一夏が零落白夜を叩きつける。セシリアは動かない。

 

「見事です。ここまでやるとは、想像以上でした。だから、私はあなたにこの言葉を贈りましょう」

 

 そして次の瞬間。

 

「上を、知りなさい」

 

 一夏が認識する間もなく、白式の装甲が幾重ものレーザーに撃ち貫かれた。

 

「がっ!? なっ……!?」

 

 零落白夜の刃が解除される。エネルギーエンプティ。目の前にはうっすらと微笑むセシリア。そして、いつのまにか、目の前に向けられているスターライトMkⅣの銃口。そして周囲を囲むビット。いったいいつ撃たれたのか、それすらもわからない早撃ちだった。

 

 ただひとつわかることは……。

 

「負けた、のか……」

「ええ、今回は私の勝利です」

 

 勝者、セシリア・オルコット。

 

 この先、一夏の目標となって君臨し続ける、もっとも遠い強敵とのはじまりの戦いであった。




初回の投稿はとりあえずここまで。また少しづつ投稿していきます。

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