双星の雫   作:千両花火

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Act.53 「ヒトガタの呪い」

「ああああああっ!!」

「その程度でえええっ!」

 

 咆哮をあげる。獣みたいに。

 

 武器を振るう。戦士みたいに。

 

 高揚する精神は止まらない、暴走したかのように戦うことをやめない。

 

 だが、そんな行為をしている二人は、まだ十代の半ば。普通なら、学校に通い、体重や恋の話で一喜一憂する。そんな年頃の少女だ。そのはずだ。

 しかし、二人は決してそんな世界の住人ではなかった。自らを証明するために、目の前にいる存在を倒さんと鬼気迫る気迫で傷つけ合う。

 黒髪金眼の少女の名はアイズ。銀髪金眼の少女の名はシール。片や知らずに、片や知って、二人にとって運命ともいえる戦いに身を投じていた。

 

 その瞳に、呪いの運命の証である金色を宿しながら、二人は刃を向け続ける。

 

「ぐうっ……!?」

 

 放たれたシールの『パール・ヴァルキュリア』が象徴であるウイングユニットで羽ばたくかのように斬撃を繰り出してくる。アイズがそれを察知すると同時にハイペリオンを盾にする。先の回避直後の硬直を狙われたのでやむを得ずに防御に回った。できることなら回避したかった攻撃だ。

 その攻撃を受けてアイズは隣接するエリアへと吹き飛ばされる。互いに本気になってから絶えずに狭い地下基地内を移動しながら戦っていたが、その中でもやたらと広いエリアに入った。

 

 見れば、そこはまるで地獄の釜の中のような有様だった。あちこちで火が盛り、大量の無人機の残骸が転がっている。ここはアイズも通った無人機製造エリアだ。この様子から察するに、この惨状を作り上げたのは簪だろう。簪の『天照』のスペックを聞いていたアイズはそれが容易にわかった。

 やりすぎだ、とは思ったが、ちょうどいい。このエリアを綺麗に吹っ飛ばしているために、障害物や遮蔽物となるものが少ないし死角もほとんどない。シールとの白兵戦を行うには適した場所だ。

 

 そして広大な空間だ。広さでいえばIS学園のアリーナほど。アイズの土俵である奇襲を狙う接近戦を仕掛けるにはちょうどいい。

 

「レッドティアーズ!」

 

 これまで狭いエリアで戦っていたために使用できなかった近接仕様BT兵器『レッドティアーズ』を起動、同時に『パンドラ』を展開する。『パンドラ』はアイズの持つ武装の中で最も切断力が高く、あのシールのISの防御すら上回る。以前の戦闘でもシールのISの象徴たる翼を斬り落としたこともある。

 

「いって!」

 

 二つのBT兵器が矢となってシールへと迫る。当然、それ自体も絶大な貫通力を持つが、真に恐ろしいのはその軌跡を死線とする『パンドラ』の存在だ。アイズの『レッドティアーズtype-Ⅲ』よりも空間を大きく使ってウイングユニットを稼働させるシールの『パール・ヴァルキュリア』にとって空間に絶対的な切断力を残していくこの武装は相性最悪だ。

 

「舐めすぎです。アイズ・ファミリア」

 

 しかし、それも当然過去の話だった。シールは張り巡らされている『パンドラ』をすべて見切って回避していく。微細で光も反射しない鋼線の『パンドラ』は如何に『ヴォ―ダン・オージェ』といえど完全に見切れるものではない。

 『ヴォ―ダン・オージェ』はあくまで視界を介して情報解析をする力。完全に空間に溶け込む『パンドラ』は完全に見ることは不可能だ。

 

 ならばどうやって見切っているのか? 

 

 答えは『レッドティアーズ』の機動だ。

 『パンドラ』を牽引するBT兵器の動きから『パンドラ』が仕掛けられている線を割り出している。もちろん、アイズもそうやすやすと見切られるような使い方はしていない。たわみなどを利用して強弱をつけた空間トラップを作り上げているが、シールの解析がその上をいっているだけだ。

 

 それでもまったく意味がないわけではない。機動を制限するだけでもシールの動きを封じることができる。旋回性、機動性は質の違いこそあれほぼ互角。なら、機動を制限できれば有利になる。それは正しかった。

 だが、だからこそシールもそれを狙っていた。

 

「っ!? うしろ!?」

 

 アイズが背後から迫る殺気に反応する。反応と同時に回避行動に移りながら視線を向けると、初手で使った無数の小型ビット郡が襲いかかってくる光景を目視する。

 レギオンビット『ランドグリーズル』。邂逅時には狭いフロアで直線に放って以来使ってこなかった武装だが、潜ませて機を狙っていたようだ。この武装もアイズの『パンドラ』と同じく、ある程度の広さがなければ自滅しかねないものだ。

 シールも戦場が広大なエリアへと移ったことで再展開してきたのだ。小型ビットを広範囲で展開させての面制圧を仕掛けてくる。如何に回避型の機体でも、無数の群れを捌くことは至難だ。

 線で攻めるアイズと、面で攻めるシール。当然ながら押されているのはアイズのほうであった。線と面、回避が難しいのは当然、面の攻撃だからだ。

 

「まだ、まだだよ!」

 

 しかし、それを捌ききるアイズ。小型ビットで面制圧を仕掛けるということは、その分密度が薄れるということでもある。ならば、直撃するビットだけを切り払えば回避は可能だ。

 

 小型ビットの大きさはおよそ十から十五センチほど。的確に当てなければ切り払うことも難しい大きさだが、その程度のことができなければアイズは『レッドティアーズtype-Ⅲ』の乗り手に認められてはいない。セシリア専用として開発された『ブルーティアーズ』と違い、『レッドティアーズ』ははじめからアイズの専用機だったわけではない。アイズがその操縦者としてこの愛機を手に入れたのは、単にアイズの血の吐くような努力の成果だ。

 目を失ってもなお戦う道を選んだアイズの技量、それはアイズの覚悟の現れでもある。

 

 アイズは自身の技量を信じて、刀を握る手に力を込める。

 

「この程度でやられるようなら、セシィの隣に立てるもんか!」

 

 一閃。最も効果的な剣筋を『ヴォ―ダン・オージェ』からの情報解析で導く。それをほぼタイムラグなしに正確になぞるように左手の『イアペトス』を連続で振るっていく。ひと振りで平均三機のビットを落としながら、ビットの面制圧に穴を開けていく。それを見たシールが密度を高めてビットを結集させれば、威力の高い大型実体剣『ハイペリオン』を叩きつけてまとめて叩き落す。

 

「なるほど。欠陥でも、ヴォ―ダン・オージェということですか」

「っ!?」

 

 背後から声。反応と同時に振り向きざまに『ハイペリオン』を振るう。それが『パール・ヴァルキュリア』のウイングで受け止められると同時に激痛。空いた胴体を撫斬りにされると理解する前に反射的に『イアペトス』によるカウンターを放っていた。

 防衛本能よりも優先された攻撃にシールの反応をもってしてもわずかに遅れを取った。

 

 お返しとばかりに突き刺さる『イアペトス』に、シールの顔が歪む。互いに痛み分けとなりながら、今度こそ互いが回避機動を取る。

 

「死にたがりですか、斬られたことを即座に許容して反撃するとは」

「……死ぬほど痛い。痛いのは嫌だけど、慣れてる自分が悲しいよ」

 

 一度決めた目的があるなら、痛みすら受け入れてしまう。それがアイズの悪癖で、セシリア達が心配でしょうがないという核心部である。アイズも散々注意されているので、治そうとずっと思っていることだが、強烈過ぎる痛みに耐えてきた幼少時代の生き方はそう簡単には矯正されなかった。

 半端な攻撃は逆効果だと判断したシールも、さらに鋭く、強力な攻撃手段を選択する。

 

「スヴァンフヴィート、フルドライブ」

 

 ウイングユニット『スヴァンフヴィート』の装甲が展開される。より鋭角に、より攻撃的な形状へと変化する。羽根を模したパーツひとつひとつが、まるでナイフが連なっているように見える。

 第四世代技術、もしくは第三世代先行技術である展開装甲機構だ。もともとは束が考案、実装させた機体性能の底上げと状況対応力を高めるための機構である。カレイドマテリアル社製の機体には必ずと言っていいほどこの機構が採用されており、それが社の機体を世界最高峰たらしめている要因のひとつでもある。

 この機構を搭載している時点で、それはこの機体が束が作った機体に迫るものだという証左だ。

 

 束が予想したいたように、おそらくシールのバック……亡国機業側にも束クラスの科学者がいる。そしてこれはイリーナの予想だが………。

 

 その人物が、このくだらないシナリオを描いた本人―――。

 

 

「目をそらすな」

「っ!?」

「集中も切らすな。耳をすませろ、鼻を利かせろ、風を読め。それでも、なお………」

 

 シールの瞳がアイズを見据える。同じ瞳でありながら、そのシールの金眼の奥底に宿るものはアイズにはない、不気味などほに透き通った“なにか”。

 

「それでも、私が上をいく―――!」

 

 その“なにか”がアイズを捉える。アイズも対抗してヴォ―ダン・オージェの解析を行う、が………。

 

「が、ぐぅっ……!?」

 

 なにが起きたのか、一瞬わからなかった。目を合わせた瞬間に、シールの瞳に引き込まれるような感じを覚え、そして強烈な嘔吐感に襲われた。

 瞳が金色となる、真の意味で覚醒しているヴォ―ダン・オージェというものは、その絶対数が少ない。ラウラでも片目しか覚醒しておらず、両目そろって完全体となるものを得た人間はアイズとシールの二人しかいない。

 そして、二人しかいないヴォーダン・オージェの能力を扱う人間同士の戦いというものは当然の如く前例がなく、相対したときなにが起こるのか、それは予測の域を出ていない。

 しかし、それでもある程度の予測は既に立てられている。

 

 ヴォ―ダン・オージェとはすなわち“視覚を通して得た情報を解析する能力”である。見たものを徹底的に解析し、そこから得たものを即座に情報として認識、派生しての未来予測と対抗手段の構築、それらを瞬時に行い、現実の行動へと反映させる。ゆえに、有視界戦闘においてヴォ―ダン・オージェを持つ者は、理論上ほぼ無敵の戦闘能力を発揮する。ジャンケンで例えるなら、常に後出しで勝負できる、と言えるほどのまさにチートと呼べる能力なのだ。

 

 だが、例外がある。それは後出しができるヴォ―ダン・オージェ同士がぶつかった時だ。

 答えは簡単、より性能の高いほうが後出しができる。しかし、それは単純に反応速度の話ではない。見たものを解析する能力、ゆえに、瞳を合わせれば勝ったほうが、相手のヴォ―ダン・オージェを解析しているということだ。同程度の性能ならいい勝負となるだろうが、完全に差が生まれれば、もはや善戦なんてものすら生じえない。

 互いに相手の目をクラックし合うに等しい攻防を繰り広げ、負ければその能力すべてを取り込まれてしまうに等しいのだ。

 

「ぐ、ぐううう……!」

 

 アイズはヴォ―ダン・オージェの力が支配されしまうような感覚に危機感を強くする。シールの動きが見えても“先”が見えない。予測を出せるほどの情報を得られていない。ゆえに、シールの行動はアイズの予測を超えたものとして襲いかかってくる。

 それをヴォ―ダン・オージェの能力に頼らないアイズ自身の直感で辛くも回避する。しかし、その回避すらもシールにとっては予測の域を出ていない。

 

「押し負ける……!?」

 

 シールのヴォ―ダン・オージェの適合率が上がっている。それは完全にアイズの上をいっていた。それはわかっていたことだが、ここまで手も足も出ないほどの性能差があることは想定外だった。AHSリミッターを解除しても、埋められない差があると漠然とだが理解する。

 

「どうしてそこまでの力を……!」

「これが現実で、あなたと私の差なのですよ」

 

 アイズの反撃も、予定調和のものとして軽く捌かれる。アイズのヴォ―ダン・オージェが逆手に取られている、と理解するのはすぐだった。シールはアイズの目を見て、アイズの予測を解析してそれを上回る手を出してきている。完全に後出しの後出しが成立してしまっている。

 

「ボクの目が解析したものを、さらに解析して………!?」

 

 どうする。

 これではヴォ―ダン・オージェの力など、シールに味方するだけだ。アイズの目は、シールに乗っ取られたに等しい。

 これでは勝てない。逃げることすらできない。時間稼ぎもできない。

 切り札が潰されただけでこの有様だ。アイズは自身の不甲斐なさを痛感しながらも、それでも諦めることなどなかった。そんな選択肢がそもそもあり得なかった。

 

「…………」

 

 機体性能は互角、操縦技術も互角。だが目が役に立たない。それだけで絶対的な不利となる。この目の劣勢さえなんとかできれば、少なくても互角まで持ち直せるはずだ。

 ならば、どうする。どんなに死ぬ気になってもシールの目には届かない。かといってこのままではアイズの目はシールに味方するだけだ。ヴォ―ダン・オージェの適合を下げても意味はない。

 

 それならば、いっそのこと――――。

 

 

「なに?」

「やぁっ!」

 

 シールが少し驚いた声を出し、そこへアイズが襲いかかる。その斬撃を受け止めたシールは、信じられないものを見るようにその金の瞳を見開いている。

 

「アイズ・ファミリア………! あなた、目を……!」

「………」

「そんなことを……正気ですか?」

「………ボクにとっては、慣れ親しんだ世界だよ。この――」

 

 アイズが笑う。そう、これは、アイズにとって慣れた世界。それは、光を失った、暗闇の世界―――。

 

「“見えない”。それは、ボクが生きている世界の片割れだから!」

 

  ヴォ―ダン・オージェでは勝てない。そんなアイズが選択したものは………“見ない”こと。瞳を閉じて、光のない暗闇の世界で戦うことであった。

 

「目を捨てる……? 今更それか、アイズ・ファミリア!」

「捨ててなんかない。この目は、大切なものだもの。でも……」

 

 光の世界。そして闇の世界。

 

「光のない闇も、ボクにとっては確かに生きている世界なんだよ!」

 

 視覚を封じているにも関わらずにアイズは的確にシールを捉えている。音で、匂いで、気配で、そしてもはやアイズ自身にも説明できない、それでも確かに感じる“なにか”によって。

 アイズは確かにシールを“視ていた”。

 

 限界まで集中し、視覚以外の五感を最大限に発揮、それでも足りないものは視力を失ってもなお生きてきた経験で補う。そして愛機である『レッドティアーズtype-Ⅲ』がハイパーセンサーを通じてアイズにさらなる情報を与えている。それらすべてを統括して、『直感』として発揮する。

 見えないからこそ、アイズはこれまでのシールとの戦いで得た経験をイメージしてシールの化け物のような反応速度に対抗する。

 無論、アイズの動きはシールの目に読まれる。その上でアイズはシールの行動を予測する。博打も多分に交じる非合理的な直感による行動は、常に合理的、理論的に情報構築するシールのヴォ―ダン・オージェの予測を裏切る結果を生み出す。五分、とまではいかなくても、それでも五合のうち一合は勝てるくらいには対抗している。

 

「まだ、………まだ、ボクはやれる……!」

 

 本当は不安だった。かつての自分を絶望へと追いやった闇の世界。この世界で生きることを強制され、それで得た視力に頼らない第六感ともいうべき超感覚。不幸を、痛みを、苦しみを贄にしなければ得られない自分の力を、誇らしく思ったことはなかった。

 それでも、それが必要なら、アイズは迷わずにそれを使う。恐怖と絶望の象徴でもある、光のない世界で戦うのだとしても、自分が、アイズ・ファミリアである限り。

 

「見えなくても、視える……! この金の瞳がなくても、……っ!」

 

 望まずに与えられた瞳がなくても、見えるもの。そのために戦っているのだから。

 

 

 ***

 

 

「なぜ、……なぜ! なぜ!?」

 

 ヴォ―ダン・オージェを捨てたにも関わらずに対抗するアイズが信じられないとばかりにシールが「何故」と叫ぶ。それに応える余裕はアイズにはない。瞼を閉じたまま、それでもその意識ははっきりとシールに向けられている。

 

「どこまでも、苛つかせる………あなたは!」

 

 人を超越した力を持ちながら、それをあっさり捨てる。それでいてなお、自分に対抗する。そんな存在が鬱陶しくて仕方ない。いや、もっといえば、憎らしいほどに、シールを苛つかせていた。

 圧倒的な性能差でヴォ―ダン・オージェを支配しても、そんなものは手段のひとつとばかりにあっさり切り捨てるアイズの精神が理解できない。

 しかし、同時にアイズもなぜシールがああまで激高しているのか理解できない。アイズにとってヴォ―ダン・オージェは確かに重要な戦力であり、過去から続く呪いの象徴であり、そして『夢』のために必要なものだ。

 

 ………そういえば、とアイズは思う。

 

 アイズは、シールにとってヴォ―ダン・オージェが果たしてどんなものなのかを知らない。人間に適合できる最高値(そしてリスクも最高値)であるはずのアイズのプロトタイプを大きく上回る性能を持つシールのヴォ―ダン・オージェ。それが彼女にとってどんな意味を持っているのか、……それが、アイズとシールの違いに思えた。

 

「くっ……!」

 

 そんな雑念が隙を作ってしまう。戦いにおいて、相手の心情を考える余裕など存在しない。既に各部の装甲には亀裂が走り、手にした『ハイペリオン』と『イアペトス』の耐久度も落ちて今にも折れそうなほどだ。

 そんな満身創痍でありながらも、アイズは落ちない。圧倒的な劣勢であっても、ヴォ―ダン・オージェを封じていても、それでもアイズはシールと戦い続けている。

 

 『ティテュス』が折れる。それだけでなく、『レッドティアーズ』が一機破壊される。このままいけば、じわじわ嬲られるだけだろう。

 それでもアイズには手がないわけじゃない。シール相手に通用するかどうかは賭けだが、可能性がある以上、引くことはない。

 

「やぁっ!」

 

 気配だけでシールを察知して『ハイペリオン』を振るう。しかし、既に折れそうなほど傷ついたブレードをシールは避けずに逆に武器破壊を狙ってウイングユニット『スヴァンフヴィート』を振るう。拮抗したのは一瞬、そして『ハイペリオン』の刀身に亀裂が入り、パキンと音を立てて粉砕された。砕け散った刀身が弾け、そして―――。

 

「『ハイペリオン・ノックス』!」

 

 砕けた刀身の中から、第二の刀身が現れる。継ぎ目のない刀身であった『ハイペリオン』の外部装甲である第一の刀身はフェイク。その下から現れたのは、一転して多彩なギミックを見せる機械仕掛けのブレード。そこから新たな刀身が展開されると同時に射出、至近距離から現れた隠し武装の奇襲に、さすがのシールも反応しても遅かった。射出されたブレードが躱しきれなかったウイングユニットへ突き刺さる。

 

「小細工を……!」

「それがボクの戦い方だからね!」

 

 主武装である『ハイペリオン』のもうひとつの姿、それが『ハイペリオン・ノックス』。シンプルな大型剣だった『ハイペリオン』とは一転して数々のギミックを積み込んだものが変形型複合兵装剣『ハイペリオン・ノックス』だ。実に五種類の武装に変形可能なブレードだ。

 射出したブレード部をワイヤーで回収すると、今度は柄が伸びて槍の形態へと変化する。如何に反応速度が速くても、操縦者の予想外な出来事に対する反応は少しだけ遅くなる。正攻法では勝てなくても、奇襲、奇策で攻めれば攻撃面だけではあるが、まだ戦える。

 

「やぁっ!!」

 

 ランスモードとなった『ハイペリオン・ノックス』を突き出すアイズ。変形する武器、ということでわずかに面食らったシールであったが、すぐに落ち着きを取り戻してその突きを回避。しかし、それを予測していたアイズが今度は矛先を変形させ、鎌の形態……サイズモードへ変形させる。

 シールを追うように横薙ぎに凶刃が振るわれる。

 

「変形する武器、その程度で勝てると思っているのですか? 不愉快ですね……!」

 

 シールの苛立った声が聞こえる。瞼を開ければ、怒った顔も見えるだろう。

 

「本当に忌々しい……! なぜ、あなたがそこまで……!」

「なんで、そんなにボクを目の敵にするの!? あなたはなんなの!? ボクと同じ実験体だとでもいうの!?」

「欠陥品と同列にしないで欲しいですね。私は…………!!」

 

 

 

 

 

「そこまでにしてもらおっか。恩知らずが」

 

 

 

 

 突如、シールがなにかに弾かれて後退する。シールのヴォ―ダン・オージェをもってしても察知すらできなかった攻撃にシールは内心で恐怖にも似た焦りを覚えながら、後退して割り込んできた存在を視認する。

 地下の薄暗い空間であってなお、虹色に輝く羽根を持ち、尻尾のような三つのコードがゆらゆらと揺れている。まるで妖精のような姿をしたIS。操縦者の姿は全身装甲のためにわからないが、その存在は圧倒的な威圧感を放ちながら、アイズの傍へと降り立った。

 

「無事だね、アイちゃん?」

「たば………ど、どうしてここに?」

「みんな心配してたよ? さ、脱出するよ」

 

 IS『フェアリーテイル』を纏った束が優しく声をかける。束が来たことにアイズは吃驚するが、たしかに束が来た以上、ここでシールと戦う理由はない。個人的にはあるが、状況も悪い。今退けなければまずいことになると容易にわかる。

 

「そのIS………篠ノ之束ですね?」

「………」

 

 もうバレているだろうが、認める理由はない。束はだんまりを決め込む。

 

「その欠陥品を回収に来ましたか………ですが、あなたがここにいる以上、ただで逃がすわけにはいきません」

「勝てると思ってんの? ………たかが“ヴォ―ダン・オージェ程度”が、私に?」

「その言い方………あなたは知っているようですね。私が、どういう存在か」

「…………」

 

 シールをヴォ―ダン・オージェそのものだと言い切るような束の言葉に、アイズは混乱する。アイズは、シールも自分やラウラと同じく、ヴォ―ダン・オージェを移植された存在だと思っていた。その性能の高さに疑問は残るが、おおよそ間違いないとすら思っていたのだが、それは違うらしい。

 

「どういう、こと? シールは、いったい……」

 

 束は混乱するアイズを見て少しだけ悩むが、はっきりさせるべきだとして答えを口にする。

 

「コードネーム『シール』。製造されたのは十年ほど前、アイちゃんが関わってた、ヴォ―ダン・オージェ開発初期から同時に進められていた計画の唯一の成功例」

「計画……? ボクとは、違う……?」

「アイちゃんがいた計画は、あくまで人間にヴォ―ダン・オージェを人間に適合されることを目的としていた。でも、所詮は人が手にするには過ぎた能力。アイちゃんは奇跡的な存在だけど、そのほとんどは過剰負荷で死亡。兵器として通用するレベルのものの数を揃えることは難しいとして、発想を逆転させた」

「発想を、逆転……?」

 

 アイズは嫌な予感がした。そしてすぐにその可能性に至った。それは、吐き気のするような想像だった。

 

「ヴォ―ダン・オージェの性能を落として人間に適合させても意味はない。なら、はじめから最高値のヴォ―ダン・オージェに適合する人間を造ればいい………それが、答えだった」

 

 ドクン、とアイズの心臓が跳ねる。まさか、まさか、と否定したい言葉を飲み込んで、束の決定的な言葉を耳にした。

 

「人にヴォ―ダン・オージェを合わせるんじゃない。ヴォ―ダン・オージェに人を合わせた………人の形として造られた、ヴォ―ダン・オージェそのものといっていい存在。それが、あなたの正体でしょう?」

 

 アイズが思わず目を見開いてシールを見た。シールは、束の言葉を肯定するかのように薄く笑っていた。その顔は、笑顔のはずなのにアイズをぞっとさせた。

 

「私もそれを知ったときは絶句したよ。よくもまぁ、こんな悪魔みたいなことを思いつくもんだってね」

「じゃあ、ボクを、………消すっていうのは」

「もう、わかったでしょう、アイズ・ファミリア」

 

 先ほどよりも冷酷な光を宿したシールが、アイズに告げる。

 

「あなたが、私と同じ領域にいること自体が…………私の存在を冒涜することだと」

「っ……! じゃ、じゃあラウラちゃんは……!?」

「あの模造品ですか。………先天的にヴォ―ダン・オージェ適合体を造るには、成功率も低く、コストも高いのです。より量産に適するために強化体質として造り、後天的に移植する計画があるのですが……あれは、そのうちの一体です」

「そ、んな……!」

 

 ならば、ラウラはシールの劣化量産型だとでもいうのか。

 完全に先天的に生み出すのではなく、ある程度強化、耐性を与えて生み出してから後天的に移植する量産計画。確かに、銀髪や顔立ちなど、ラウラにどことなく似通っている部分はあった。それならばシールが、ラウラのことを模造品と言う理由もわかる。

 しかし、そんなことのために。

 そんなことのためにラウラは生まれ、真実を知らされることなく尽くしながらも、そして捨てられたというのか。

 自らが、シールの生み出す捨石だったことよりも、妹のラウラのことが不憫で仕方がなかった。自分はいい、今までいくらでも絶望してきた。今更、自分の価値がその程度だったと言われてもまだ受け入れられる。だが、ラウラは、あの子はなにも知らない。それなのに、ラウラの存在を悉く裏切る真実にアイズの怒りがふつふつと煮え滾っていた。

 

「そういえばあの模造品をずいぶん可愛がっているようでしたね。いずれ、あの模造品が大量生産されるでしょう。よかったですね、あなたの好きな愛玩動物が増えますよ」

「シールゥッ!! お前ェッ!!」

「所詮、劣化品でしかないあの模造品などどうでもいいです。ですが、あなたは別です。………あなたの存在は、私にとっては存在意義に関わる………私の存在のために、消えろ」

 

 ようやくわかった。シールが、自分を消そうとする理由を。すべてを超えている証を立てるという理由も。だが、それはアイズが認められるものではない。

 ただの捨石であるはずのアイズが完成体であるシールに対抗すること自体が侮辱だというのなら。

 自分のあの痛みは、苦しみは、そして自分と同じく苦しみ、死んでいった顔も知らない実験体たちは、――――シールに、否定されるために存在していたのか。

 

 アイズは、久しく感じていなかった、それでも懐かしさと親しみすら感じる感情に支配されていくことを感じていた。

 

 恨み、憎しみ、妬み、――――そんな、負の感情が湯水のように溢れ、アイズを包んでいく。

 

「お前は…………嫌いだ」

 

 アイズは、シールを相容れない敵だと、このときはじめて認識した。




シールのネタバレ回。よくあるといえばよくある正体ですが、アイズを狙う理由は半分本音で半分嘘という感じです。
シールの本音はもうちょっと先になりますが、これでアイズとシールの因縁が明かされました。
そしてアイズがとうとうキレました。

予想通りだったぜ! って方はどれくらいいますかね? 自分としては王道ライバルキャラポジションを維持しつつちょっと変化球な感じでいきたいと思ってましたけど(苦笑)

そろそろ第五章も終盤です。ではまた次回!

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