「これもダメ、次!」
シャルロットは次々に搭載火器を切替えて砲撃を加え続けていた。視界いっぱいの壁という形をした巨大な機体を粉砕するべく重火器をどんどん使用していくが、未だに迫る壁を破壊できないでいる。これまでの砲撃の感じから装甲強度だけでなく、厚さも相当なものだ。表面を削れてもなかなか突破ができない。
限界まで撃ち続けた徹甲レーザーガトリング砲『フレアⅡ』をパージする。レールガンも、これもダメとなるともう貫通力に特化した武装は限られる。接近できればまだ試せる武装はあるが、ラウラの『オーバー・ザ・クラウド』の“天衣無縫”の影響下であるためにそれは不可能。
そしてラウラが能力使用限界になればもう試すだの言っている場合ではなくなる。即座に押しつぶされて終わりだ。
今はチェックをかけられた状態なのだ。あと三十秒足らずでシャルロットが状況を打破しない限り、敗北の色が濃厚になってしまう。
だが、これ以上の武装はシャルロットにはない。シャルロットは焦りを隠しきれずに、とにかくできる限りの砲撃をするしかない。
「シャルるん」
しかし、そこで束の声が聞こえた。束は目も向けずに作業を続けたまま、シャルロットに呼びかけた。シャルロットも余裕がないために振り返ることなくトリガーを引きながら耳を傾けた。
「ウェポンスロット、レベル“C”を。解除コードは『catastrophe』」
「えっ、ウェポンスロットのレベル“C”?」
「早く」
「は、はい!」
シャルロットが言われたように解除コードを入力する。すると機体に搭載されていた中で一部の武装の封印が解除される。その武装データがシャルロットへと即座に伝達される。そしてシャルロットの顔が青くなった。
「な、なにこれ……!?」
ロックが解除された武装は計三種類。そのすべてがシャルロットの異常に適合してきたはずの常識を砕くような武装だった。遠近、そして光学、物理、熱量、多岐にわたる特性を持つこの兵装群は、『ラファール・リヴァイブtypeR.C.』に搭載された武装の中でも群を抜いて異質なものばかりであった。
「ナンバー2を起動させて」
「スロットナンバー2………『アルタイル』、こんな武装がっ!?」
「それでいけるでしょ?」
「……はい、問題なく!」
常識を放棄して驚愕することは全部あとにしようとシャルロットはその武装のおかしすぎるスペックを前向きに受け入れて起動させる。同時にすべての武装が量子変換され格納される。シャルロットは展開した『アルタイル』を両手で構えた。
『アルタイル』は細長い砲身を持つスマートな形状をしており、重火器というよりは狙撃銃に見える。しかし、このコンパクトな銃に『ラファール・リヴァイブtypeR.C.』に搭載された大出力のウェポンジェネレーターがそのすべての生成エネルギーを注ぎ込んでいる。
この封印されていたウェポンスロットの武装はすべてが強力であるがゆえに、膨大なエネルギーを必要とする大出力兵装だ。その代償として、機体特性のひとつである武装の多数同時展開が不可能になってしまう。
しかし、それすらお釣りがくるほどの能力を持つ切り札―――そのひとつがこれだ。
「チャンバー内、圧力正常加圧中………エネルギー充填、80パーセント」
肩に装備されているシールドアームが稼働し、クローが展開され床に突き刺さる。機体を固定するためだ。さらに全スラスターが耐ショックのために稼働。そして『アルタイル』が最終発射形態へ移行する。銃身の装甲の一部が展開され、細長い砲身がさらに長く伸びて固定される。その砲身が破壊的な青白い光を纏う。
もう抑えているラウラも限界だ。この一発で決めるしかないだろう。
「エネルギー充填………完了! 最終セーフティロック解除!」
「ぐっ………限界だ、撃て、シャルロットッ!!」
「『アルタイル』、……ディスチャージ!」
瞬間、光が疾走る。
空間に光の線が出現――その頼りないと思えるほど細い光とは真逆に、シャルロットはあまりの反動に必死に耐えていた。全スラスターで衝撃を最大まで抑えているにも関わらずに吹き飛ばされそうになるシャルロットは歯を食いしばりながら気の遠くなるかのような長い数秒間を堪えた。
「ぐ、ううううっ!!」
そうまでして撃ち出されたその細い一筋の閃光は迫り来る壁を左から右へと這うように動き、そして消滅した。
わずか二秒程度で消滅したその閃光と同じくして、『アルタイル』が膨大な蒸気を発しながら沈黙する。銃身は赤熱化しており、一部がその熱でドロリと溶け出している。この有様では連射など不可能だろう。もはや無用の長物と化した『アルタイル』をパージする。同時に限界を迎えたラウラが大量の汗を流しながら膝をついた。
「ラウラ、大丈夫……!?」
「ああ、なんとか、な。それよりどうなったんだ? アレは止まったみたいだが……」
「あれはもう大丈夫、だって………壊れてるから」
ズズズズ…………ガゴン、バギン!
不快な金属の摩擦音と共に、先ほどまでとてつもない脅威であった壁が“ズレた”。そのまま滑るように上下に分割された壁が重々しい音を立てて崩壊する。そして壁の奥にいたであろう本体………頭部と思しきパーツが見えることから、これも無人機の類だったようだ。それすらも三分の一程度を綺麗に切り取っており、不自然なほど綺麗な切り口を晒して沈黙していた。
「うわぁ、こうしてみると本当にコワイこの武器………」
「銃ではなくブレードの類だったのか?」
「えっとね……簡単に言えば、………簡単に言えるのかな、これ?」
「極限圧縮粒子崩壊収束砲『アルタイル』………簡単に言えば、限界まで収束させたビームだよ」
そしてちょうど基地のシステム掌握を完了させた束が口を挟む。
シャルロットの機体に搭載された中でも桁が二つほど違う規格外のオーパーツ級の武装。常識外を往くカレイドマテリアル社の中でも『天災級兵装』とカテゴライズされる最高峰の機密兵器。
それが『カタストロフィシリーズ』のひとつ、極限圧縮粒子崩壊収束砲『アルタイル』。
本来多数の火器にエネルギーを送るウェポンジェネレーターで生み出されたエネルギーを全て圧縮し、粒子レベルの崩壊エネルギーを抽出、そしてその膨大なエネルギーを収束させて放つ兵器だ。その際の膨大なエネルギーに特別性の砲身も二秒しか持たないほどの出力を誇る。たった二秒間しか発射時間はなく、一度撃てば砲身も使い物にならなくなるという欠陥を持つが、その威力は既存の兵器を遥かに上回る。
極限収束されたビームは、触れるもの全てを文字通り消滅させる。あまりにも高い収束性を持つために一点破壊しかできないが、それを振るうことで二秒という限定時間内ではそこに存在するなら、どんなものでも切断する恐るべき魔剣と化す。
射程圏内であれば、どんな頑強な隔壁や岩壁であろうと意味をなさなくなる。革命を通り越して災害を引き起こすレベルの兵器である。
「いやぁ、いざというときのために一応積んでおいてよかったね!」
「よかったね! ……って言われても。確かによかった、んですけど………未だに束さんの作るものは僕の常識を破壊していく………!」
しかもこのレベルの兵装がまだ二つも己の機体に搭載されているのだ。これを使うときが来ないことを祈るシャルロットだが、その反面ちょっと使ってみたいと思う自分もいる。毒されてきただろうか。まぁ、しかしこれほどのものを使う機会はそうはないだろう。
………そうでなきゃ、困るというものだが。
「とにかく、二人共お疲れ。おかげでここのシステム掌握はすべて完了。ちょっと邪魔が入って予定より遅れたけど」
「邪魔?」
「遠隔で対抗してきたんだ。まぁ、ダイレクトで繋いでる私に勝てるわけないんだけどー」
しかし、そのために当初の予定より五分十六秒も時間をかけてしまった。束としても、自身のシステムハックにここまで対抗できる存在がいたことに少し驚いていた。もしかしたら、無人機開発に携わった人間だったのかもしれない。おそらく、束に迫るほどの技量を持つ技術者だ。
「………今はいいや。あとは脱出だけ。セッシーたちのほうはもうじき来る。アイちゃんのほうは、………ちょっとまずいな」
「まずい……?」
「以前の、あの目を持つ白いIS乗りと戦ってる」
「ッ!? シールが姉様と……!?」
シールと直接戦った経験のあるラウラには、その危険性が否応にもわかってしまう。アイズとラウラの目より性能が上の目を持つ存在。理論上、アイズの目……プロトタイプのヴォ―ダン・オージェが人に適合可能な最高値であるはずだが、それすらを上回る能力を発揮するシールの目。
そしてアイズは過去に一度シールに落とされている。
それなのに、敵地でそんな相手と相対する状況はかなりまずい。
「急いで救援に………!」
「悪いけどラウちんには違う役目がある」
「役目……?」
束は姉を助けに行こうとするラウラを引き止める。気持ちはわかるが、飛行特化型の『オーバー・ザ・クラウド』ではアリの巣のように広がる地下基地内での戦闘は不安要素のほうが強い。気持ちは察するが、こういうときだからこそ合理的に事を進めるべきだ。
「上から無人機が来てる。たぶん、もともと外にいた機体だね。数はそこそこいる。ラウちんとシャルるんはもうすぐ来るセッシー達と協力してそいつらを殲滅して」
「束さんは、どうするんですか?」
「私は………おっと?」
地響きのような振動が三人を襲う。そして重々しい音を立てながら、別方向からまたも大型無人機が襲撃してきた。束しかわからなかったが、それはセシリア達が倒した大型無人機と同型機だった。
いきなり現れたまたしても巨大な機体にラウラとシャルロットに緊張が走るが、束だけが表情を変えずにゆっくりと振り返り、そして片手を掲げた。なんてこともない、ただの仕草に見えるそれで、――――終わっていた。
「え?」
シャルロットの口から呆けた声が漏れる。ラウラも唖然として目を見開いている。
目の前では出現した巨大無人機がいる。だが、その機体の腕が落ちた。脚が崩れた。頭部が弾けた。そしてあらゆるパーツが崩れ落ちる。それは、まるで砂の城が風に吹き飛ばされていくように、サラサラと表面から少しづつパーツが分解されていった。
残されたのは、もはや原型もなにもないまでにバラバラになったパーツの山だけであった。それは、ビルの発破解体のように、ある種の芸術のような破壊だった。
「………さて、邪魔はいなくなったからもっかい言うよ。二人は合流してくるセッシー達と一緒に上のゴミを掃除して」
束の顔は変わらない。だからこそ、二人にはそんな束が恐ろしく感じた。
普段はのほほんとマイペースな束だが、ときどきこんな風に冷酷な目をすることがある。今の束は、その目をしていた。
「アイちゃん達は、私が迎えに行く」
そう言って返事を待つことなく、束は機体から虹色の羽根を広げて地下へと通じるシャフトへと飛び込んでいった。
***
幾度も交わる剣閃、そして金色の視線。
狭い限定空間での接近戦だというのに、アイズとシールは異常ともいえるほどの回避を見せながらほとんどその場にとどまるように剣劇を繰り広げていた。
アイズはいつもとは逆に大型実体剣『ハイペリオン』を逆手に持ち防御として、そして取り回しが容易な『イアペトス』を攻撃用として扱っている。普段ならアイズは持ち前の直感で敵の隙を見つけて大型武器を叩き込むのだが、ヴォ―ダン・オージェを持つシールはそんな決定的な隙など晒さない。
だからほんの僅かな隙を突けるように小太刀型の近接ブレードを主力としている。もちろん、それでも決定打が遠すぎる。
対するシールはいつもと変わらず、細剣による突きを主体にチャクラムシールドによる防御と奇襲、そして機体の象徴である翼による攻撃を繰り広げる。
わかっていたことだが、反応速度が化け物じみている。アイズが攻撃に移ろうとした瞬間にはすでにそれに対処行動が始まっている。おそらくはまだヴォ―ダン・オージェもそれほど高い適合率ではないにも関わらずこれだ。反応速度で遅れを取るアイズは、持ち前の直感を信じてシールの猛攻になんとか対抗していた。
「機体性能が上がっている………それにその目もずいぶん安定しているようですね」
「ボクには、頼れる仲間がいるからね……!」
「それでも、私と『パール・ヴァルキュリア』には勝てない」
天使を象るIS―――シール専用機『パール・ヴァルキュリア』。近・中距離型の機体であり、シールのヴォ―ダン・オージェの能力を最大限に発揮するために調整された機体。そのスペックはティアーズと同等。レイピア型の近接刀『スカルモルド』、チャクラムとシールドを兼用する複合兵装『フラズグズル』、そしてレギオンビットとも呼称される群体式BT兵器『ランドグリーズル』。
最大の特徴は背部のウイングユニット『スヴァンフヴィート』。翼であり、盾であり、剣でもある攻防一体の兵装で、この機能があるために『パール・ヴァルキュリア』は鳥のような機械とは違う生物的な機動を可能としている。
「負けない! ………ボクは!」
アイズはさらに脚部展開刃『ティテュス』を展開して細剣、チャクラム、ウィングの猛攻に四刀を持って応戦する。二人の戦いは足を止めての白兵戦だというのに、それを見ていた箒には、動きが信じられないほど不可解なものに感じられた。
「なんなのだ、あの戦いは……!?」
剣道を嗜む箒をして、あの二人の剣技は異質であった。複数の武装を同時に操る時点で剣道とは異なるが、防御よりも回避のほうが多いのだ。どうしても回避しきれないものだけ受け止める。あとはひたすらに避ける。ときにはわざと受けてカウンターを狙う。そんな戦い方は、少なくとも箒は見たことがなかった。
いざというときは援護も考えていた箒だが、その考えは早々に諦めることになる。
あんな戦いに横槍など、いれられるわけがない。ただでさえ、箒はISをよく思っていないために搭乗することすら少なかったのだ。そんな箒ができることはこの場にはない。
いや、あるとしても、不器用でも情に厚い箒はそれに気付けない。
「私は、どうすれば………むぐっ!?」
周囲の警戒がおざなりだったところへいきなり背後から掴まれて壁へと押しやられる。まさか敵か、と思ったが、自身を押さえつけている人物は箒が見知った顔であった。
「無用心に身を晒しすぎ………とにかく遮蔽物に隠れて」
いつの間に来たのか、そこにいたのは簪であった。簪は電磁投射砲『フォーマルハウト』を構えたまま庇うようにして箒の前に立つ。
そしてそのままトリガーを引いた。普通の人間ならば目視することすら不可能な弾速でシールへと迫る。アイズへのフレンドリーファイアを避けるために本体への直撃ではなく、背部ウイングユニットを狙っている。
「無駄です」
しかし、外野からの狙撃すらシールは反応する。
折りたたむようにしてウイングユニットが綺麗に射線から逸れる。理不尽なほどの回避に眉をしかめながらも、予想通りというように現実を受け止める。
「簪ちゃん」
「アイズ、援護を……!」
「箒ちゃんを連れて先に脱出して」
有無を言わさないように告げるアイズに、簪が不安そうな顔をする。言いたいことはわかる。この作戦の目的は箒と一夏の救出だ。しかも箒はISの戦闘力は素人並。ここにいれば箒は悪く言えば足でまといにしかならない。
だが、このシールを相手にアイズを置いていくことも心配だった。だから簪は、はじめは渋った。
「でも……」
「簪ちゃん、お願い。シールはボクに用があるみたいだから、ボクはあとで行く。信じてくれる?」
「…………信じるよ」
「ありがとう」
簪は少しだけアイズの背を見つめていたが、すぐに箒の手を掴んで強引に引っ張っていく。最新鋭の量産機とはいえ、魔改造された『天照』の出力には敵わない。箒はやや抵抗しながら簪に抗議する。
「待て! アイズを置いていくのか!?」
「目的はあなたの救出。だからあなたの脱出が最優先……」
「だが!」
「黙って。あなたにできることは、安全を確保するために逃げること……それだけ考えて」
「アイズを見捨てるのか!?」
「そんなわけないでしょう!」
感情的になった箒の言葉に、簪が怒鳴り返す。
止まることなく振り返った簪は、箒を睨むような視線を送る。鬼気迫るようなその目に、箒の頭が一瞬で冷却された。
「あなたを逃がすこと。それがアイズの、この作戦に参加した全員の目的なの。アイズは、あなたを助けるために残った。アイズはあなたの安全が確保されるまであそこから動かない。アイズの無事を願うなら、あなたはあの場所にいちゃいけない」
「な、ならお前が残って……」
「バカを言わないで。IS操縦すら素人レベルのあなたが、敵地から単機で脱出できるの?」
「それは……」
「それにあなたが残っても、あのレベルの戦闘に介入することができるの? 言っておくけど、あの二人の戦いは国家代表クラスをとっくに超越してるよ。下手に手を出せば、アイズはあなたを庇う。そうなれば、アイズは負ける」
あくまでも冷静に、箒を説得する。本音を言えば、簪も箒が言うように残って共に戦いたかった。だが、それはダメだ。アイズがそれを許さない。そして、簪もそれを理解している。だから即決してアイズを置いて箒を逃がすことにしたのだ。時間をかけずに最速で箒を逃がす。それが、アイズの手助けになる。
簪はそう言って箒の反論を許さない。しかし、その言葉の端々には苦渋の色が見え隠れしている。
できるなら、アイズの傍にいたい。力になりたい。盾になったっていい。
でも、それをアイズは望まない。アイズは、そうなれば傷ついてしまう。もちろん、危険ならアイズを悲しませてでも助けたいと思う。それでも、簪はアイズを信じている。
アイズも、そう思っていると、信じている。
アイズになにかあれば、簪は悲しむ。セシリアも、鈴も、ラウラも、シャルロットも、一夏も、箒も、アイズと笑いあったすべての人間が悲しむ。
アイズはそんな友を悲しませる真似はしない。気遣いや優しさとは違う、優先するのは他者でも自己でもない。自らが紡いできた絆の価値を、なによりも信じている。
だから簪はアイズを置いていく。アイズが、そう信じてくれと言ったから。なら、自分はアイズが託してくれたことを全うする。
言葉にすれば、ただの綺麗事だろう。でも、それを確かなものとして信じられる。それが、アイズ・ファミリアという少女なのだから。
***
「………べつに見逃した、ってわけじゃなさそうだね」
「ええ。どうでもいいのです。あのような人間など」
シールが妨害すればすぐさま対応しようとしていたアイズであったが、シールはあっさりと簪と箒を逃してしまった。その言葉の通り、興味がまったくないのだろう。
「あくまで、狙いはボク?」
「はじめから言っているでしょう。………あなたは、私の手で終わらせる」
「ボクを殺すの?」
殺す。
十代半ばの少女同士の会話に到底似つかわしくない言葉だが、アイズもシールも、その言葉が日常の影に存在することを知っている。そして、アイズは実際に何度も殺されかけた。
アイズは自分が誰かを殺すなんて考えられなかったが、でも誰かが自分を殺そうとすることには経験則から受け入れていた。もちろん納得はしないし、抵抗だってする。だが、誰もが優しい世界などありえない。誰かが笑う裏では、誰かが泣いている。そんな世界の現実の、裏側を生き抜いたアイズにはそんな残酷な現実を許容していた。
だからこそ、自分を好きだと言ってくれる友の存在は、なにものにも代え難い宝物だった。
「あなたが死のうが、どうでもいいのです。ただ………私は、あなたが超えていると証明しないうちは、死んでもらっては困ります」
「…………だから、あのときボクを助けたの?」
「あなたが死ぬのなら、それはただの結果です。私は………」
シールがふっと瞳を閉じる。わずかな時間そうしてなにかに集中していたようなシールは、カッと目を見開いてアイズを睨む。瞳孔が震え、波打つ海のように金色の光が揺れるように輝く。すべてを見通す人が造りし魔眼『ヴォ―ダン・オージェ』。その真価を開放した証であった。
「私は、あなたが私の領域にまで踏み込むことが許せない」
「…………」
「その目を捨てろアイズ・ファミリア。そうすれば、あなたは倒さない、殺さない。闇の世界で、ささやかに生きろ。そうすれば、あなたはこれ以上苦しまない」
その言葉は、いったいなんだったのだろう。
脅しなのか、警告なのか、忠告なのか、それとも、優しさだったのか。おそらく言ったシール本人もわかっていない。
だが、アイズはわかるような気がした。その理由ではない、感情がわかった気がした。
シールは、アイズを好いているわけでも嫌っているわけでもない。ただ、その存在が許せない。同じ瞳を持つ、アイズ・ファミリアが許せない。
さらに同じ目を持つラウラにはあまり興味を示そうとしないあたり、まだ理由がありそうだが、少なくともシールはアイズ個人が許せないのだろう。この目が関係していることは明白だが、それがいったいなぜかまではわからない。
しかし、たとえどんな理由があっても、アイズの答えは決まっている。
「それはできない。ボクには、この目が必要なんだ」
シールが不愉快そうに表情を変える。この目の力に縋り付く愚か者とでも思ったいるのだろうか。だが、そんなものじゃない。ヴォ―ダン・オージェそのものには、アイズはこだわりなんてない。
「ボクの目は、一度死んだ。それはボクの夢が死んだときだった」
そのときの絶望は今でも忘れない。今まで這いつくばってでも生きてきた希望が消えたのだ。はっきり言えば、自殺すら考えた。
「でも、ボクの目は、今こうして見えている。それが、たとえ不幸を呼ぶ呪いだったとしても、ボクは、……その呪いに感謝したよ」
ヴォ―ダン・オージェでなければ、視力を回復させることは束でも不可能だった。ヴォ―ダン・オージェだから目を失った。そしてヴォ―ダン・オージェだから目が蘇った。複雑な思いはもちろんあるが、それでもアイズはそのとき、何度も恨んだこの目に感謝した。
「ボクは、………ボクの“夢”を見るまで、諦めない」
「………夢」
「笑う? そんな理由で」
「………そうですね、とっても………不愉快です。命より、そんな不確かなものを選ぶなんて………」
シールの顔に、強い感情が浮かぶ。いままでクールな表情しか見せなかったシールが、明確にアイズに侮蔑の色を見せた。
「ちょっと、頭おかしいんじゃないですか?」
シールは明確な敵意とともに、機体を戦闘態勢へと移行させる。アイズも同じように武器を構え、抵抗の構えを見せる。
「そこまでバカだというのなら、是非もありません。………ここで終わらせましょう」
「あなたが本気なのはわかったけど」
『レッドティアーズtype-Ⅲ』のAHSシステムのリミッターを一部解除。束がバージョンアップしてくれたAHSのおかげで以前よりも高い精度で『ヴォ―ダン・オージェ』を使用でき、そしてそのリスクも軽減されている。それでもシールよりも劣るだろうが、あとは自身の技量と直感を信じる。
「譲れないものは、ボクにだってある」
アイズの目が、シールに呼応するようにその輝きを増していく。薄暗い地下で、四つの瞳だけが不気味なほどの輝きを見せる。
この先は、人に許された領域を超越した者しか踏み込めない戦いだ。
示しあったように互いに同じタイミングで動く。真正面からの激突。体感時間も緩慢なものへと変化し、視えるものすべての動きから膨大な情報量を処理して最適な動きを人間の反応速度を超えて為す。
回避は容易、だが当てることは至難。千日手とも思える状態へと移行した二人はあえて初手は被弾も覚悟でぶつかりあった。
激しい衝突音を立てて両手に持った武器をぶつけ合う。互いに下がろうとせずに、至近から睨み合った。
それは互いに退くつもりはないという意思表示にほかならない。
「終わりです。ここであなたの夢を否定しましょう、アイズ・ファミリア……!」
「それでもボクは、ボクの夢を肯定する。これからも、ずっと!」
否定と肯定。
同じ瞳を持つ存在でありながら、二人の言葉はどこまでも平行線のまま紡がれ、そしてぶつかっていく。
それは、さながら決して交わることのない自身の鏡像との戦いであった。
本格的にアイズとシールの戦い、そして二人の因縁の解明へと向かいます。そして束さんの戦闘行動が解禁。これでもう敵サイドは終わった(汗)
シールがどんな存在かもう察しがついている人も多いかと思いますが、次回は彼女の出生を明かすつもりです。
次回はオリキャラメインの話になりそうですが、お付き合いいただけると嬉しいです。
それではまた次回に!