奈落の底のような深い深い地下で、墓場の如き異様な場所に佇む巨大な機体。それはさながら地獄を闊歩する悪魔のような威容でもってセシリアと鈴を喰らわんと迫ってくる。
その巨体だけで武器そのものだ。圧倒的な質量差から、ただ腕に当たっただけで簡単に吹き飛ばされてしまうだろう。体当たりや踏み潰されたらそれでスクラップコースに直行だ。
だが回避そのものは難しくはない。セシリアも鈴も、伊達に名の知れた操縦者ではない。二人にとって巨大な無人機もただの的も同然であるが、その圧倒的な防御力がただただ厄介であった。
「でかいだけあってなかなか固いわね! うっとうしい!」
巨大な図体だけあってかなりの装甲強度と厚さを持つ巨大無人機『サイクロプス』を相手にして忌々しそうに鈴が吐き捨てる。
得意の発勁も効いていないわけではないが、図体が大きすぎて内部中枢まで威力が浸透しない。かなり固い装甲をしている。ISサイズでない分、被弾することを前提に防御力を高めているのだろう。鈴は各部に備え付けられた武装をまず破壊することから始めた。
セシリアの援護もあり、その作業はすぐに終わった。だが肝心の本体の破壊に手こずっている。そしてその巨体そのものが武器となる。振るってくる腕に触れるだけでサイズ差から簡単に吹き飛ばされてしまうだろう。しかし、単一仕様能力『龍跳虎臥』のおかげで回避は難しくないが、防御力を考慮すると「肉を切らせて骨を絶つ」戦法をされると直撃をもらうリスクが高いためになかなか攻められない。
とはいえ、そうそう時間をかけるわけにはいかない。既に目的は達したのだ。あとは脱出するだけなのだ。悠長にしていれば敵の増援も有り得る。
リスクを恐れていては道は開けない。もともと我慢強いほうでもない鈴は、勝負に出ることを決意する。
「セシリア、頼むわ」
「はい、援護します」
鈴の覚悟を悟ったセシリアが鈴の援護のために本格的な狙撃体勢へとシフトする。狙いは頭部メインカメラ。ピンポイントで破壊を狙うセシリアはわずか一秒にも満たないサイティングの後、トリガーを引く。
「Trigger」
その極光が寸分の狂いもなく頭部に命中、メインカメラを破損させた。そしてその隙を逃さずに鈴が特攻する。武器はもたない。最後の最後で一番信じるものはこの自身の拳にほかならない。
虚空を蹴りながら勢いを乗せて右腕を振りかぶる鈴はその自慢の拳を信じて真っ向からぶつかった。
「あたしと『甲龍』に砕けないものは、ないっ!」
渾身の発勁掌。
セシリアの狙撃によってダメージを受けた頭部を狙って叩き込む。破損した箇所から衝撃が装甲内部へと浸透し、一瞬後に頭部が粉々に砕け散る。完全に頭部を破壊したためか、巨体の動きが目に見えておかしなものとなり、やがて耳障りな金属音を立てながら沈黙した。
「はっ、ざまぁみなさい。所詮は木偶ってことよ」
「………鈴さん、まだです!」
「うおぉっ!?」
頭部を喪失しているにも関わらずに『サイクロプス』が再起動し、巨大な腕を振り回して鈴を薙ぎ払う。機体にかすめるようにバカバカしいほどの大質量が振るわれた。直撃こそ避けたが、『龍跳虎臥』の能力がなければ今ので落とされていたかもしれない。
慌てて距離を取った鈴が驚いた顔で首なし状態となった『サイクロプス』を見やる。
「頭を破壊して動くの? じゃあどこを破壊すればいいのよ?」
「これだから無人機というのは厄介です。仕方ないですね、物理的に行動不能に追い込みましょう」
「具体的には?」
「装甲の厚い箇所を避け、機動力と攻撃力を奪います。つまり……」
「関節、ね。なら順番は足から、そして腕を狙うわよ」
『サイクロプス』の脚部は四脚型、その足はキャタピラ式の移動脚となっており、現在はスタンディングモードで上部を持ち上げている格好だ。あの四脚のうちのひとつでも破壊できれば、構造上、機動力は失われる。
「とはいえ……」
見るからに厚い装甲な上に、稼働するキャタピラはそれだけで破壊力を持つ。おそらくレーザーを当てても弾かれる公算が高く、鈴の近接戦もリスクが高い。大きい、というのはそれだけで脅威足り得るのだ。
「まぁ、破壊する必要もありません。地形を使います」
「ん? ………ああ、なるほど」
「援護は?」
「ん、大丈夫。フィニッシュだけ頼むわ」
セシリアの意図を理解した鈴がゆっくりと弧を描くように『サイクロプス』の周囲を動く。
セシリアは『スターライトMkⅣ』を構えたままチャージを開始する。主武装であるこのスナイパーライフルは連射も可能、そしてチャージして威力をあげることも可能なライフルで、魔弾の射手であるセシリア専用に造られた銃だ。一点集中された最高威力は生半可な装甲などあっさりと貫通する。
しかし、その最高威力のレーザーでもこの『サイクロプス』の装甲のほうがやや上だ。一撃で射抜くには装甲強度が高すぎる。伊達に大きいわけではないのだろう。
ならば、簡単に射抜くことができる箇所を狙えばいい。セシリアはスナイパーだ。一瞬でも隙があれば、それで十分だ。
そうやって攻撃準備を進めるセシリアに気付いたのか、『サイクロプス』がセシリアをターゲットにしたように機体を動かす。だが、鈴はそれを許さない。
「あたしを無視するとはいい根性じゃない」
地を這うよう接近してきた鈴が巨体の真下へと潜り込む。そんな鈴を踏みつぶそうと四脚を動かすが、それこそが鈴の狙いだ。
「ウラァ!」
四脚の一つに狙いをつけた鈴が、その足元の接地面、すなわちこのエリアに廃棄されたスクラップの山へと発勁掌を叩きつける。その鈴の一撃を受け、廃材が面白いくらいにバラバラになって弾け飛んだ。もともと不均衡に廃棄材が積み重なっていたため、いともたやすく崩落を起こした。空を翔けるISならばそれは意味のないことだが、その巨体ゆえに地面へと依存が大きい『サイクロプス』は四脚のひとつを崩落に取られ、ガクンと体勢を崩す。
「所詮はでかいだけの雑魚ね。ぷぷっ、落とし穴にハマるとか、ドジっ子なの? けきゃはは!」
そして不格好な『サイクロプス』を挑発するように鈴が真正面に立ち、べーっと舌を出して嘲笑ってやる。それが見えているとは思えないが、まるで怒ったように鈴に向けてその巨大な腕を叩きつけようとする。
「ふんッ!」
しかし、鈴はこれを避けない。腕周りだけで『甲龍』ほどある巨大なそれを、鈴はしっかりと両手で受け止めた。空中にいるにも関わらず、その鈴の足はしっかりと踏ん張っている。『龍跳虎臥』の能力で空を踏み続けている鈴は少し苦しげにしながらもニヤリと笑ってその腕を離すまいとがっしりとホールドする。
さきほどまでのように勢いを乗せたものでなく、ただ不格好な体勢からただ振るわれた攻撃など、脅威ではない。
「人間だったらこんな手に引っかかったりはしないでしょうけど、あんたはこれで終わりよ」
その鈴の言葉を肯定するように、捉えていた腕部が爆発とともに破壊された。ただの鉄屑となったそれを無造作に放り投げ、このエリアに転がる数多のスクラップの仲間に加えてやる。
「お見事。さすがね」
「鈴さんの援護のおかげですよ」
セシリアがライフルを構えたまま笑って応えた。
セシリアが狙ったのは、伸びきった腕の付け根の関節部。どんな強度でも、関節部は他と比べ装甲は薄い。その分なかなか隙をさらさないが、体勢を崩されて腕を取られたらその限りでもない。威力を上げたレーザーは一射でその巨腕を削ぎ落とした。
ここまで破壊すればあとはもうただの作業だ。鈴とセシリアは順番に脚と腕を破壊していき、『サイクロプス』をダルマに変える。はっきりいってセシリアと鈴のタッグの相手になるには力不足も甚だしかった。これならまだ無人機の大群を相手にしたほうがまだ手こずっただろう。ただ大きく頑丈な機体などせいぜい倒すのに時間がかかる程度でしかない。
胴体部だけを残して破壊された巨大無人機はまだ機能停止していないようだったが、こうなってしまっては無力化したも同然である。
鈴はそんなもはやただの置物となった『サイクロプス』の上に立ちながら不敵に笑っている。
「ただの雑魚だったわね、巨大ロボが強いのはテレビの中だけね」
「そもそも、ISが規格外なだけです。見たところコアも積んでいないようですし、ただの重機と変わらないでしょう」
都市制圧用の機体をただの重機扱いするセシリア達も大概規格外であるが、事実としてそれほどの力の差がそこには存在していた。厄介なのは防御力だけでそれ以外は大したことはない。それがセシリアの率直な感想だった。
「そういえば一夏は? 援護ないようだけど大丈夫?」
セシリアがここにいるということは一夏の援護はないということだ。鈴が心配そうに一夏の姿を探すが、どうやらそんな心配はいらなかったようだ。見慣れたビットとレーザーの光がやや離れた位置で確認できた。セシリアは鈴の援護をしながら同時に一夏をビットで援護していたらしい。
副次的に視界を得られるスナイプビットのおかげでその気になれば複数の場所で同時に戦闘行動をすることも可能だ。もちろん、並列思考と並列操作に長けるセシリア以外にはこんな芸当は不可能だ。
「あんたもつくづく規格外ね」
「まぁ、今回は援護の必要はなかったかもしれませんね」
「ん?」
「援護しなくても、問題なかったかと」
「…………あれま」
セシリアの言葉を受け、鈴が怪訝そうに一夏を見ると、少し予想外な光景が目に飛び込んできた。
一夏はブレードを片手に冷静に相手を見据えており、その一夏と戦っている千冬似の女は見るからに焦燥を募らせた顔で対峙していた。一夏もノーダメージというわけではなさそうだが、まだまだ余裕を見せている。それに対し、女のほうは装甲にもヒビが入り、見たところシールドエネルギーもかなり削られているようだ。どちらが優勢かなど一目瞭然だ。
「すごいじゃない。あの女もそこそこな操縦者だと思ったけど、一夏ってそこまで強くなってたんだ?」
「確かにいつもの面子の中では最弱でしたけど、IS学園で見れば十分に上位に入るくらいは強かったですし。それに、誰が鍛えたと思ってるんです?」
周囲が化物揃いなのであまり目立っていなかったが、一夏は素人とは思えないほどの実力を身につけている。過去にもシャルロットの援護があったとはいえ、格上のラウラを相手に敗北寸前にまで追い込んだ実績がある。
そしてIS学園ではセシリア、アイズ、鈴をはじめ、簪やラウラ、シャルロットと混ざって常に訓練をしていた。そしてセシリアによるスパルタ式訓練のおかげで一夏は自身が思っている以上にその潜在能力を引き出していた。模擬戦では常に負け越していたために気づかなかっただろうが、既に代表候補生クラスの実力はある。環境に恵まれていたとはいえ、短期間でここまで実力を伸ばしたセンスにセシリア達は畏怖の念すら持っていた。
「それだけじゃないでしょ。セシリア、あんたなに仕込んだ?」
「別に何も。ただ、少しアドバイスしただけですよ」
「アドバイス?」
「一夏さんの唯一にして最大の武器、………それを活かす方法を、です」
セシリアが満足そうに笑う様子を見ながら鈴が一夏の戦い方を睨むように観察する。手にした武装は相変わらずブレード一本だが、そのブレード『雪片弐型』には一発逆転の単一仕様能力『零落白夜』が備わっている。自身のシールドエネルギーを消費して、問答無用でエネルギーを消滅させる文字通りの諸刃の刃。強力無比な能力であるが、燃費も悪く、操縦者である一夏自身の技量がモノを言う能力でもある。
確かに一夏はその燃費の悪さを解消するために『零落白夜』の省モード発動などの工夫をしていたが、それだけでは弱い。格上を倒すためには相当な工夫が必要だろう。
鈴がそう思考していると一夏が動いた。
「行くぜっ!」
一夏は『零落白夜』を発動。しかし、その刃は小さなバーナー炎ほどしかない。斬る瞬間に出力を上げるのだろうが、それはもう読まれているだろう。鈴の予測した通り、敵の女も即座に回避行動を取る。
「逃がすか!」
「っ!?」
その一夏の取った行動に鈴が驚きに目を見開く。次の瞬間には、一夏の振るった『零落白夜』が敵機の装甲の一部を切り飛ばしていた。
***
――――よし、コツは掴んだ!
一夏はほぼぶっつけ本番での攻撃が成功していることに内心で強い手応えを感じていた。もともとイメージトレーニングは欠かさなかったが、実機での訓練は不足していたので少し不安だったのだ。だが、結果としてそれは一夏の思い描いたようにできた。
「くぅっ……!」
敵対する姉に似た顔のマドカと名乗った女が苦渋の表情を浮かべている。それはそうだろう、こんな攻撃手段、相手取るのは自分でも嫌だと思う。
一夏は倉持技研から『白式』の改良がほぼ不可能と言われて以来、どうやって機体性能を上げるべきか悩んでいた。自身を鍛えられても、機体は変えられない。強力な能力を備えているとはいえ、ブレード一本の機体の運用など一撃離脱か、特攻するくらいしか思いつかなかった。そういう戦法を得意とする鈴でも、衝撃砲といった牽制武器がある。それすらなしでの特攻など、格上には通用しない。
だから一夏はセシリアに相談した。一夏の知る中で一番こういった悩みに答えを持っていそうなのは彼女だった。
「『白式』を改良したい?」
「ああ、でも、倉持技研にはいい返事はもらえなくて、な……」
「………まぁ、そうでしょうね」
「ん?」
「いえ、なんでも。………そうですね、機体のチューンは可能でしょうけど、それでも微々たるものでしょう。でも、今の『白式』のスペックでも十分なものだと思いますよ? 私なら機体よりも武装を改良しますね」
「武装……『零落白夜』をか?」
「諸刃の刃ですけど、強力無比な力です。あれを当てる工夫ができれば、そうそう負けることはないのでは?」
「………セシリアやアイズには、一度たりとも当てたことはないけどな」
「当たってやる敵などいません。ですから、一夏さんが“当てる”ようにすればよいのです」
「………どうやって? やっぱ俺自身の技量を上げろってことか?」
「『零落白夜』の特徴は、発動時は“実体剣ではなくエネルギーブレードとして展開される”ことです」
「え? あ、ああ」
「そしてそれを扱うISという存在はイメージを具現する力を有します。……私が言えるアドバイスはこれくらいです」
そのセシリアの言葉の意味をずっと考えていた一夏はひとつの結論に至った。
それは、思えば簡単なことだった。エネルギーを消滅させるエネルギーを刃として展開する『零落白夜』。しかし、それは必ずしも―――――。
「伸びろおおおぉ―――ッ!!」
―――――刃である必要は、ない。
展開した雪片弐型から急激にエネルギーが放出され、さながら槍のように一直線に伸びてマドカへと迫る。それをなんとか回避するマドカだが、その瞬間に今度は横薙ぎの斬撃となって追撃してくる。機体をかすめて直撃だけは避けたが、こうしてじわじわとシールドエネルギーを削っていく。
「くそっ!」
悪態をつくマドカだが、それほど今の一夏は厄介な存在だった。確かに一夏の『白式』は注意するべきものは『零落白夜』のみといっていいが、そのエネルギーブレードの間合いが読めない。
いや、読む意味がないというべきだろう。通常は刀身を作らずに、攻撃に出る瞬間だけ刀身を生成する。それだけならまだいい。しかし、一夏はそのエネルギーによって生成する刀身を自在に変化させてくるのだ。剣と思えば、槍が、槍と思えばナイフが、手に持つ武器は変わらないのに、状況次第で即座に対応できる長さへと変えてくるのだ。そのすべてがエネルギーを消滅させる能力を持つため、一度たりとも直撃を受けられない。それがマドカのストレスを加速させていた。
さらに、一夏の攻撃はそれだけではなかった。
槍のように伸ばされた刀身が、今度はぐにゃりと曲がる。一転してムチとなって襲いかかってくる『零落白夜』に、マドカは距離を離すしかなかった。それでもまさに蛇のように蛇行しながら追いかけていく。
「ええい、小細工を!」
一夏に銃撃を浴びせて回避行動をとらせてやっと攻撃を中断させる。一夏は攻撃が途切れたと判断するとすぐに刀身を解除し、再び『零落白夜』を待機状態へ戻す。間合いがゼロからいきなり変化して襲いかかってくる『零落白夜』は一夏が思っていた以上の力を発揮していた。
「まだイメージが足りないか………イメージしろ、鞭みたいに、しなやかで、蛇のように動く刃……!」
一夏は少しづつ、しかし確実にイメージを具現するようにさらなる形を思い描く。イメージを具現する。エネルギーによって構成される『零落白夜』だからこそできる技だ。刀身を短くして省エネができるなら、逆に長くして間合いを伸ばすことだってできるはず。それができれば、剣ではなく鞭のようにすることだってできる。そうやって強く、徐々に刀身というイメージを変化させていく。
『零落白夜』という最大にして唯一の武器、それを活かす技。
一夏がイメージして作り上げた派生技……『零落白夜・蛇咬の型』。
その名のとおり、刀身を蛇のように変化させて直線の刃ではなく、しなやかな曲線の動きで敵に食らいつく“刃”。
そして―――――。
「なめるな! それくらいでぇっ!」
「………まぁ、そうだな。ぶっつけ本番のイメージだったから、まだ荒削りなのは否定できねぇ。だが………」
一夏は一転して居合のように構えると、向かってくるマドカを見据えてながらも落ち着いて深呼吸をする。焦らずに、今までずっとイメージしてきた“型”を強く念じる。
「これが今の俺のとっておきだ」
『蛇咬の型』はほとんど思いつきでやったが、この『型』は刀身変化をさせることを思いついてからずっとイメージしてきた。一人で隠れて訓練してきた中でも何度か成功したこともある。その成功したときの感覚を思い出しながら、一夏は自身が纏う『白式』と共にそれを具現させるひと振りを放つ。
「飛べぇっ! 零落白夜ァッ!!」
振り抜く瞬間に最大出力で『零落白夜』を発動。そのエネルギーを『生み』『放ち』『飛ばす』イメージによってなされる具現。すなわち―――――飛ぶ斬撃!
「なんだとっ!?」
それはまるで空を飛ぶ燕のように滑空していく―――『零落白夜・飛燕の型』。一夏がずっとイメージしてきた、近接武装から放つ遠距離攻撃となる飛翔する“刃”。射程距離もコントロールもまだまだであるが、仕掛けてくる敵機に向けての奇襲としては十分な技であった。
まさかの近接武装から為されたその遠距離攻撃にマドカの思考が一瞬混乱する。しかし、その飛んでくるものがなにかを理解したときには、既に回避は間に合わなかった。
「がぁっ!?」
直撃。飛距離はそうなかったが、予想外な攻撃手段に完全に対応が遅れた。真正面から『零落白夜』を受けたマドカが地へと落ちる。かろうじてシールドエネルギーは残ったが、それは勝敗を決する一撃であった。
「ば、ばか、な……こん、こんな、ことがっ………!?」
墜落したマドカは、自身が一夏に落とされたことをしばし受けいられずにパニックに陥っていたが、その混乱から立ち直る前にセシリアがビットによる狙撃で完全にトドメをさして意識を刈り取った。
「勝った、のか……?」
戦闘状態から開放された一夏は今更ながらに強い疲れを感じながら倒れるマドカを見つめる。戦っているときは無我夢中になっていたが、冷静になって格上と思しきマドカを相手に勝ったことにしばし呆然としていた。
「はい、あなたの勝ちですよ、一夏さん。お見事でした」
「やるわね一夏、この作戦が終わったら今度はあたしとやりなさいよ」
二人が一夏を賞賛しながらやってくる。
セシリアは一夏の成長ぶりに満足そうに笑い、鈴も友が強くなったことに喜びを見せている。経験という点では素人といっていい一夏の戦闘センスは天才と言ってもいいかもしれない。それほど一夏の活躍は見事だった。
もちろん、初見であったことや、相手が明らかに平静でなく頭に血が上っていた状態だったことも勝った要因のひとつだが、それでも一夏の戦果は素晴らしいといえるものだ。助言はしたが、ここまで明確な形として発現させた一夏にはセシリアも賞賛する以外の言葉がない。
自身が手塩にかけて鍛えた一夏が羽化したことが嬉しく、セシリアは誰もが見惚れる笑顔を浮かべた。
***
「機体は大丈夫?」
「ああ。初めて乗るはずなのに、不思議と違和感はないな」
箒の乗る『フォクシィ・ギア』は束が調整した特別性だ。もちろん箒のパーソナルデータに適合するようにしてあるために初めて乗る機体でも高い親和性を見せていた。それを差し引いても、機体には箒を守るための機能が満載だ。束の心配がわかるというものだ。
「すぐに簪ちゃんと合流しよう。あとは脱出するだけだからね」
「ああ、………でも」
「ん?」
「本当に感謝している。………だが、ここまでのことをするからには、カレイド社のバックアップもあるのだろう? 私には、あの会社がそこまでしてくれる価値があるとは思えないのだが……」
箒のいうことはもっともだ。いくら重要人物の身内とはいえ、こんなリスクを犯してまでアイズたちの参加を許可するとは到底思えなかった。組織は温情では動かない。それは箒だってわかる。なのに、ここまでしてくれたことに感謝と同じくらいの困惑があった。
そして、それは正しい。イリーナは、束の件がなければおそらく無視している。それはアイズもわかる。イリーナが許可したのは、亡国機業の危険性の排除と、束との契約があるからだ。それがなければ、おそらくイリーナは動かなかった。
「……ボクからは、言えない」
「そうか……」
「でも言っちゃう。あーあ、ボクって悪い子」
「え?」
イタズラするような表情を浮かべたアイズが、今度は箒に微笑みながら自分勝手な理由でそれを言った。
「箒ちゃん。箒ちゃんと一夏くんを助けたい、助けて欲しいとカレイドマテリアル社を動かしたのは、………束さんだよ」
「っ! ………アイズは、姉さんと……?」
「うん。知り合い。たくさんお世話になってる。一度は失ったボクの目を、また見えるようにしてくれたのも束さん」
「姉さんが……」
「そして今回も。……箒ちゃんたちを助けて欲しいと真っ先に言ったのは、ほかでもない………束さんなんだよ」
言った。言ってしまった。
言ってはいけないこと、言うつもりのなかったことを、アイズは箒にどうしても伝えたくて言った。後悔はない。ただ、勝手に言ったことに対する申し訳なさがあるだけだ。
「束さん、すごく心配してた。今回のことだけじゃない。いつも箒ちゃんを心配してた」
「………アイズが、いつか私に言ったことは……」
「うん。束さんを知ってたから。だから、すれ違ってる二人に仲直りしてほしかったから。それが、勝手な押し付けだとわかってる、でも、ボクは二人がすれ違ったままなんて………悲しいから」
だから、それを知ってほしい。たとえ、また笑い合うことができなくても、その心だけは分かり合っていて欲しいから。
それがアイズの我侭だとしても。
「今は、受け入れられなくてもいい。でも、知っていてほしい」
「………アイズ、私は……」
「あ、でもボクが言ったことは内緒だよ? じゃないと箒ちゃんが一夏くんを好きってみんなに言っちゃうから」
「なっ! なんでそうなる!?」
「まぁ、みんな知ってると思うけど」
「そ、そうなのか!?」
ケラケラと子供っぽく笑うアイズに、箒の思いつめそうだった気持ちが霧散していた。それはアイズの気遣いでもなんでもなかった。ただの天然だ。
だが、それはアイズという人間が本来持つ人の心を癒す魅力のひとつだった。箒もそんなアイズの不思議な魅力に感謝しながら苦笑した。
「あんまりゆっくりおしゃべりしてられないな。ガールズトークの続きは、帰ってから箒ちゃんの部屋にお泊りに行ってからね」
「ふふっ、部屋に友を招くなんて、いったいいつ以来だろうな………楽しみにしている」
「うんうん、ボクも楽し………」
だが、唐突にアイズの表情が急変する。急に表情を険しくしたと思えば、バッと背後を振り向く。そんなアイズの様子に吃驚しながら、箒も何事かと緊張してアイズの睨む方向へと目を向けた。
ISが通るには十分すぎるほどの広さを持つ通路が続いているが、その先は闇に覆われて目視できない。施設内の照明は非常灯以外はほとんど機能しておらず、ISのハイパーセンサーがなければ探索することも困難なほどの光量しかない。そのように真っ赤なランプに照らされた無機質な直線が続く道は、それ自体がまるで異界へと通じるトンネルのように見えて、箒は知らずに汗を流しながら後ずさっていた。
「アイズ、いったい………アイズ?」
「……っ」
アイズは瞼を痙攣させながら、金色の瞳を淡く光らせていた。神秘的な光を宿すその目に箒は目を奪われそうになるが、アイズの表情がやや苦しげなものだと気づいて再び声をかける。
「アイズ、どうしたのだ?」
「この、感じは、………………ッ、来る!?」
「え?」
アイズが『ハイペリオン』、『イアペトス』を展開して戦闘態勢へと移行すると同時に、闇の奥から何かが飛来する。もはや目視する暇もなく猛スピードで襲いかかってくるそれを箒が認識する前に、アイズが体当たりするように箒を抱えて飛ぶ。そのままガラス張りだった壁をぶち破り、なにかの研究部屋と思しき部屋に転がり込む。
その瞬間、無数のなにかの群れがアイズと箒がいた場所を高速で飛来した。その群れは触れる壁や天井を悉く喰い破るように破壊しながら通り過ぎていく。
箒にはそれがなにかなど見当もつかなかったが、アイズはよく知っていた。
アイズと同じ、金色の瞳を持つ少女。アイズより遥かに高性能のヴォーダン・オージェを宿す白い少女が乗るISの武装、無数の小型ビットを群れとして操る群体式BT兵器。
「箒ちゃん、ここにいて」
「どうするのだ?」
「狙いは、たぶんボクだから……箒ちゃんはここでじっとしてて」
アイズは敢えて身を晒すように破壊された通路へと飛び出していく。そして見据える先、暗闇の中から真珠のような白い装甲が浮かび上がってくる。
「やっぱり、あなただったの………シール」
アイズの言葉に応えるように、白亜のISを纏った白い少女、シールが姿を現した。
「………あなたにも、わかるでしょう。アイズ・ファミリア」
その瞳は鏡写しのような金色。それは、人が持ち得ない力を与えられた証。
そして――――。
「どうあっても、私とあなたは戦う運命だと」
手に持つ剣の切っ先をアイズへと向ける。それは紛れもない宣戦布告の証。そしてアイズも、手に持つ『ハイペリオン』を同じようにかざしてその返答とする。
「運命………ボクは、もうそんなものには負けない」
金色の瞳。
それは、運命を狂わせ、紡ぐ――――呪いの色。
書きたかったアイズvsシールがようやく実現。次回から救出編の山場に入っていきます。今回の戦いで二人の因縁の一部を明かしていく予定です。
何気に一夏くんも強化されました。ああいう特化型は好きなので、特化のまま強くなってもらいました。セカンドシフトしてないのにやばい勢いで強くなってます。
混戦は書くのは難しいですが、こういう集団戦は好きなので楽しみながら書いてます(笑)
そしてお気に入り件数が700件を超えました。びっくりしながらも、登録してくださった皆様に面白いと思っていただけるように頑張りたいと思います。
それではまた次回に!