「ア、アイズか……?」
「やっほー。お久しぶりだね、箒ちゃん」
扉をブレードで綺麗に分割して姿を現したアイズ・ファミリアに箒は驚きに目を見張った。普段は凛とした佇まいをしている箒のそんな姿が面白いのか、アイズがクスクスと笑う。
「思ったより元気そうだね。よかった。さ、一緒に帰ろ?」
「助けに、来てくれた……のか?」
「もちろん」
「……し、しかしなぜ……?」
「なぜ?」
そう聞かれることが意外なのか、アイズは少し答えに詰まる。友を助けたいというアイズの意思でもあるし、会社の命令でもあるし、そしてなによりアイズが敬愛している束の手助けをしたいという気持ちがある。そんないろいろな理由から進んで決めたことだ。どう言えばいいのか、少しだけ悩む。しかし、悩んでも言う言葉は決まっていた。
それは一番シンプルな理由だ。
「箒ちゃんを助けたかったからだよ。ボクも、そしてみんなも」
屈託のない笑みとともに向けられた言葉に、箒が俯いてしまう。アイズにとっては、その反応も少し予想外だった。なにか落ち込むようなことを言っただろうか、と少し心配になるが、あまり時間もない。アイズはすぐさま行動しようと箒を促す。
「さ、行こう」
「……ああ。あ、ありがとう」
まだ少し戸惑ったようにしている箒が頷く。とにかくここに長居しているわけにはいかない。アイズは束から渡されていたものを箒へと渡す。
それは椿の花を模した赤いペンダントであった。
「これは?」
「ISだよ。カレイドマテリアル社の新型量産機。これを使って」
より正確に言うなら『フォクシィ・ギア』の防御・機動を重視した今回の救出作戦用にカスタマイズした、『フォクシィ・ギア篠ノ之箒仕様』というべき機体。近接武装をメインに、逃走のために機動力と防御力、その他箒の身を守る装備を取り込んだ束の過保護さが現れた機体だ。
敵陣から脱出するなら、IS装備をすることが一番安全だ。防御力や生命維持システムは当然として、装備すればその位置情報やバイタルまで監視できるためにより安全性が確保できる。
箒がISを展開すると、赤い配色がされた『フォクシィ・ギア』を纏う。量産機といえ、『打鉄』や『ラファール・リヴァイブ』とは違うその機体にISに興味が持てない箒も気になるように身体を動かしている。
「いいのか? 機密なのではないか?」
「箒ちゃんのほうが大事ってことだよ」
「しかし、私のために新型など……」
箒は自身を救うために未発表の新型を持ち出し与えるという行為に戸惑う。確かに通常なら、そこまでのことはしないだろう。だが、アイズにしてみれば束の気持ちを知っているため、当然だろうと思っていた。
本当なら、ここで言いたい。あなたを助けたいと誰よりも願っているのは、お姉さんの束だと。
でも、それは言えない。アイズが伝えたくても、まだ束はそれを望んでいないから。
「行くよ。箒ちゃん。今頃一夏くんもセシィたちが助けてるから」
「そうなのか?」
「うん。あとはお姫様を助けるだけ」
「だ、誰がお姫様だ!」
「ふふっ」
元気そうな箒の姿にアイズも笑う。この様子なら大丈夫だろうと判断する。
「さ、行くよ。ボクについてきて」
「わ、わかった。………その、……」
「ん?」
「た、……助けにきてくれて、あ、ありがとう……」
「デレ箒ちゃん、ペロペロ」
「誰に教わったそんな言葉!?」
「え、鈴ちゃんだけど………日本の褒め言葉じゃないの?」
きょとん、とするアイズの顔を見て箒が深いため息をする。天然なとこがあることは知っていたが、少しは疑うことを覚えて欲しい、特に鈴の言うことには。そう思わずにはいられない箒であった。
***
アイズを先行させ、獣型無人機『ハウンド』の足止めをしている簪は、自身の判断ミスを痛感していた。はじめはアイズが箒を救出するまでの時間稼ぎと割り切り、とにかく先に行かせないように隠れる『ハウンド』を注意を払いながら待ちの姿勢でいたが、それが間違っていた。
『ハウンド』を放置することがどれだけ危険なことなのか、今の簪にはすぐによくわかる。
「まさか、他の無人機を独立稼働させることができるなんて……」
簪の視界には、未だに『ハウンド』は見えない。工場内の死角を移動している気配はするが、完璧な捕捉は無理だ。アイズなら持ち前の気配察知と直感で位置を把握できるかもしれないが、簪にはそれは無理だ。
そうこうしているうちにまた一機の無人機が起動し、簪に向けてビームを発射する。すでにこれで五機目だ。
この施設のシステムは束が掌握しているが、どうやら『ハウンド』が直接無人機を操作して起動させているらしい。遠隔ではなく有線で直接接続して無人機のシステムを起動させているのだろう。これらの機体はこれまでの無人機と違い、やや短調な動きが目立つ。細かい指示が与えられておらず、ただ目の前の簪を排除するために動いているようだ。その証拠に、これまで遭遇した機体と違い、基地内部だというのに大出力のビーム砲を平然と使っている。一機一機そうして動かしているためにまだ数はそれほど多くないが、このままではまずいことになる。
ここには完成形の無人機がまだ無数に存在する。これらの機体、すべてが起動させられればせっかく束が率先してここのシステムを掌握した意味がなくなる。そして他の面々にとっても脅威となる機体が増えることになる。早急に『ハウンド』を破壊し、起動した無人機を殲滅する必要がある。
「ステルスの隠密強襲機かと思えば、まさか工作兵の類とは………いろいろ考えてる」
いろいろな機体を用意していること自体は、簪も感心する。しかし、敵対している以上、忌々しいことこの上ない。
そうこうしているうちにまた一機が動き出す。そこを狙って荷電粒子砲を連射して撃ち込むが、起動したばかりの機体を半壊させ、周囲にいた数機をスクラップにするだけに終わる。
そしてそれのお返しとばかりにいくつものビームが簪を襲う。これは本格的にシャレにならないことになりそうだ。アイズが戻ってくる前に殲滅するつもりで戦うことを決意する。
そうして、簪ははじめてその場から動いた。
「『神機日輪』正常稼働………すべてのビームを無力化……本当にすごい」
一切その場から動かずにすべてのビームを受けきったこの『天照』。簪はただ何度も放たれるビームをすべて無効化して、『ハウンド』を狙い撃っていただけだ。
無人機のビームはすべてが簪に届く前に拡散、霧散して消滅していた。それはかつて使用していたMRFによる防御ではなく、ビーム自体を完全に無力化しているのだ。
『天照』の代名詞である特殊装備、対粒子変移転用集約兵装『神機日輪』。これには三つの“権能”が存在する。
そのひとつが、この防御能力だ。それは荷電粒子を束ねて発射するビームに対して絶対的な支配力を持ち、さらにレーザーに使われるコヒーレンスに干渉してレーザーまで高い支配力を見せる。
よく間違われるが、ビームとレーザーは似て非なるものだ。
ビーム、といっても数あるが、IS兵器として使われるものは荷電粒子を圧縮・縮退させ加速させて弾丸として放つものであり、『神機日輪』はこの荷電粒子をMRFと同じ原理で干渉してビーム偏向性を持たせたフィールドを機体全周に展開している。このフィールドにビームが接触した瞬間、荷電粒子の収束に干渉して拡散、さらに偏向させて霧散させる。
そしてレーザーは大雑把にいえば、収束、指向性をもたせて増幅された光の束といえる。そしてIS兵器のレーザーは瞬間的に高出力としたものを放つパルスレーザーである。これらのレーザーは物理的な破壊をたやすく引き起こすほどコヒーレンス(干渉性)が高い。
『神機日輪』はこのレーザーであるコヒーレント光に干渉し、光の収束を拡散、インコヒーレント光へと変えてしまう。物理破壊力を持つまでに収束された光を、蛍光灯と同レベルの光へと強制的に変化させてしまう。
「ビームは磁場で偏向させて拡散、レーザーはコヒーレンスに干渉してこれも拡散………一定範囲内に限定されるとはいえ、相性次第じゃ一方的になる」
簪すら、この『天照』の能力には身震いする。一度防御に入れば、ビームもレーザーもすべて無力化する鉄壁の防御。これを破るには『神機日輪』の干渉力を上回る威力を持たせるか、物理的手段しかない。
これが三種の権能のひとつ、『剣:草那芸之大刀』。神話では草を薙ぎ大火を消したという逸話を持つ太刀とされる名を持つこれは、ビーム・レーザーに対する完全無力化能力である。
とはいえ、上位のIS操縦者ならこれだけでは通用しない。現にレーザー装備の多いセシリアもこの性能だけでは倒せない。
だが、『神機日輪』の力はまだ二つある。
「そろそろ終わらせる……『神機日輪』モードチェンジ、『鏡:八咫鏡』」
ガシャン、ガシャン、ガシャン! と音を立てながらリングユニットが再び展開装甲を稼働させ、先ほどより滑らかな円形を作る。散布されていた金色の粒子がリングユニットにまとわりつくように引き寄せられていく。
さらにそのリングユニットがマウントされているアンロックユニットごと稼働し、機体前面へと展開された。まるで巨大な黄金の盾を構えているような姿であった。
無人機ゆえに、そんなアクションを起こした簪に警戒する様子を見せずに馬鹿の一つ覚えのようにビームを撃ち続ける。
「跳ね返して、『天照』」
ビームが『神機日輪』の領域へ接触した瞬間、そのビームが一瞬だけ停滞するように止められる。しかし、すぐに今度はそのビームをまったく別方向へとベクトルを変え、結果、他の無人機に命中、爆散させた。
おそらく『ハウンド』による独立稼働したゆえに、対処法まではプログラムされていないのだろう。指揮官機がいれば違ったかもしれないが、なおも無人機は簪に武器を与えることになるビームを放つ。
「すべて、無駄」
それらを悉く屈折、反射させて跳ね返す。『剣』の権能と違い、分解・拡散しての無効化ではなく、特殊な力場を形成しての屈折。そして反射。これが第二の権能『鏡』の能力。
正確には接触、吸収、屈折、反射というプロセスを経ているのだが、『剣』の権能と違い、そのものに干渉して変移させるのではなく、一度受け止めてから入射角と反射角を計算して再度撃ち出す能力となる。そのため『剣』の権能よりも許容キャパシティがシビアなため、『剣』は効いても『鏡』が効かない場合もある。それでも無人機のビーム程度は余裕で跳ね返せるだけのものだ。
セシリアとの慣熟を兼ねた模擬戦では「アルキオネ」は無効化できても跳ね返せなかったため、少し心配であったがこの程度なら問題ないだろう。
『鏡』が通用するなら殲滅速度は上がる。『剣』はその言葉に反して完全な防御能力なので、攻防一体の『鏡』、そして最後の権能、完全な攻撃能力である『玉』が必要となる。
「そろそろ決める」
そしてついに完全な攻撃態勢へと簪がシフトする。そしてもっとも単発高威力を誇る電磁投射砲『フォーマルハウト』を構えた。とはいえ、まともに命中してもせいぜい二機を貫通出来る程度しかないものだが、簪はそれを無造作に一番密集している地点へ向ける。
「『神機日輪』、モードチェンジ『玉:八坂瓊曲玉』」
再びガシャンガシャン! とリングユニットが稼働変化し、『神機日輪』から放出される金色の粒子がリングユニット中央部の空間に集まり、さらに密度を増して凝縮されていく。プラズマ光を発するそのリングユニットの中央に砲身を固定する。
「『神機日輪』正常稼働を確認。モード『玉』スタンドバイ、……『フォーマルハウト』、ファイア」
淡々と喋る簪の言葉とは裏腹に、レールガンのトリガーを引いた瞬間、空間にオレンジ色の軌跡が生まれた。空間を通過した弾丸の軌跡であるが、これまでと違い、その軌跡の周辺にいた機体までが一瞬遅れて轟音と共にバラバラになり吹き飛ばされた。それだけにとどまらず、発射された弾丸は未稼働の機体含め、八機を貫通してさらにこの工場エリアそのものを貫いていた。どうやら弾丸は地下施設そのものを貫き、固い地盤へぶつかってなお掘削して進み、ようやく止まったらしい。
当然、その弾丸が通った周辺はその衝撃でズタボロにされている。恐ろしいまでの破壊の道が一直線に続いていた。
「……………」
そのあまりの威力に撃った簪すら数秒だけではあるが唖然としてしまう。しかしここは戦場だ。すぐにハッと意識を取り戻した簪は出力を落としつつ『剣』の形態へと戻して通常武装での殲滅を再開した。
「過剰威力すぎる………模擬戦でも『玉』だけは使用禁止って言われた意味がよくわかる」
第三の権能『玉』。対象を拡散、無効化させる『剣』、屈折、反射する『鏡』。そして付与、増幅させる権能が『玉』である。
今のもレールガンから発射された弾に高密度、高圧縮されたエネルギーを付与させ、破壊力を倍増させたのだ。この付与能力は実弾、エネルギー兵器を問わずに使用可能であり、イメージで言うなら実弾やビーム、レーザーに爆弾をコーティングするようなものらしい。詳しい理論はもう束にしか理解できないほどのオーパーツ級のオーバースペックウェポン。
これを使えばただのマシンガンで絨毯爆撃、ミサイルを戦術兵器へと変えることすら可能らしい。
ちなみに更織姉妹が考案したのは、実弾にエネルギーを付加させたハイブリット方式を実現させるものだった。束がそれを基にして作ったと言っていたが、簪からしたら自転車をお願いしたら戦車を渡されたような心境だっただろう。
ただ、これらの『神機日輪』の圧倒的な権能も無敵ではない。弱点は、その権能を発揮するために大きなタイムラグがあることだ。特に『玉』はチャージ時間が必須となるため、乱発はできない。『剣』や『鏡』があるため、ビームやレーザー主体の機体とは相性はいいが、例えば鈴のような近接物理型には弱い。
しかし、このように無人機相手ならほぼ一方的に多数を殲滅するだけの能力を有している。
「あの獣型は健在か……アイズが戻る前に、ここ一帯を吹き飛ばすほうが早いかな」
いろいろとなにかが吹っ切れた簪はなるべくこのエリアだけに絞っての爆撃を決意する。未だに無人機が起動しているところを見ると、『ハウンド』もこのエリアにとどまっているはずだ。ならば話は早い。
「すべてを消滅させる」
ガシャンガシャン! と音を立てて再び『神機日輪』が『玉』形態へと移行する。さきほどの惨状を見て、出力を先ほどよりも遥かに落とす。それでもこのエリアすべてを破壊するには十分だろう。
そして同時にミサイルユニット『山嵐』を発射形態へ。
マルチロックオンは必要ない。ミサイルをこのエリアすべてをターゲットに設定する。攻撃体勢に移行した姿を見て無人機がビームで狙ってくるが、もともと高機動型をベースにした『天照』はそれらをひらりと躱し、エリア上部で制動をかけて見渡す限りをロックオンする。
「フルバースト」
四十八ものミサイルが発射されると同時に『玉』の権能により恐るべき威力を持つ魔弾へと変化する。一発一発がまさに悪魔のような威力を持ったミサイルは簪の視界すべてを炎で彩るように次々に着弾、そして爆発して破壊する。
直撃した無人機は一瞬で爆砕され、外れても周囲にあるものまですべて飲み込み消滅させていく。
すさまじい炎と衝撃がエリアすべてに巻き起こり、簪も余波を受けながらもその場に留まった。そして一面が炎と黒煙で塗り替えられる中、これまでの人型をした無人機とは違う、獣型の機体が半壊しながら倒れている姿を発見する。
簪はライフルを構えながらゆっくりと近づいていくと、まだ動けるようだった『ハウンド』が尻尾を振り、そこに装備してあるブレードで切りつけてくる。
それをなんなく近接用武装である薙刀『夢現』で切り払うと胴体部に突き刺し、完全に動きを封じる。簪ももはや無人機に容赦の欠片もなかった。
そのまま至近距離からライフル『赤星』を構え、ビームによるマシンガンモードのまま銃口を『ハウンド』の頭部へ向ける。未だに抵抗するように動く『ハウンド』を冷めた目で見つめながら、簪は一瞬だけクスリと笑った。
「あなたのおかげで、私は私の力を知れたよ。ありがとう、そして………さようなら」
トリガーを引く。
たっぷり二秒間、ビームを浴びせて『ハウンド』を完全に破壊する。もはやまともな形として残っているのは胴体部の一部だけであった。ここまでしておいてもしっかりと残心を行い、完全に破壊したと判断してようやく簪は視線を外した。
振り返って見えるものは、自身が生み出した煉獄のような景色であった。恐怖すら浮かぶようなその惨状を生み出した簪は、それでも嬉しそうに笑う。
「………アイズを守るための力。アイズに仇なすものすべてを消滅させる力」
これほどの力を大好きなアイズを守るために振るうことができる。
簪は、ただただそれが嬉しかった。
***
「よし、あと三分で基地すべてのシステムの掌握が完了………箒ちゃんといっくんも救助を確認」
「なんとかなりそうだね」
「あとは合流を待つだけだな」
既にあらかた襲撃してくる無人機を掃討したラウラとシャルロットは束の護衛をしながら救助にいった他の仲間たちを待っていた。ラウラとシャルロットの周囲には破壊された無人機の残骸がゴロゴロと転がっていた。
「合流はどれくらいで?」
「もうちょっとかかるかも。なんか、厄介なのに捕まったみたい」
「救援は?」
「退路確保を放棄するわけにはいかない。信じて待とう」
あとは脱出するだけだが、セシリアたちがいるほうに邪魔が入ったようだ。今は交戦中とのことだが、手早く制圧するとセシリアから返事が返ってきている。ならばその言葉を信じて待ったほうがいいだろう。作戦の変更はよほどのことがない限り悪循環を生む要因になりかねない。
「それより先ほどの振動は……?」
「なんか、かなりの爆発があったみたいだけど」
「あー、なんか張り切って新型で遊んだみたいだねぇ。ま、あの機能だけはテストさせてなかったし……」
自分で作っただけあって束は『天照』の性能をよくわかっている。その中でも『神機日輪』の『玉』は束もかなりヤバイ代物だと思っている。ただの拳銃でさえアンチマテリアルライフルへと変貌させてしまうほどの機能など、兵器の概念すら揺るがしてしまうほどのオーバースペック、いや、天災級のカタストロフィスペックウェポンだ。ついつい作ってしまったが、まぁあれくらいヤバイものは『アヴァロン』には山ほどあるので「ま、いっか」という気持ちだった。それに万が一敵対したとしても攻略法などいくらでもあるので束にとっては脅威ではない。
箒と一夏の救出のためならあれくらいなんてことない。束は世の科学者が聞いたら気絶しそうなことを平然と考えていた。
「ん?」
「どうしました?」
「…………二人共戦闘準備、来るよ」
ラウラとシャルロットが即座に戦闘態勢へ移行する。もともと敵地であるため常に警戒していたが、束がわざわざ口にするということはそれほど厄介なものが来たのかもしれない。
「掌握まであと二分。それまで耐えて。無理に破壊はしなくていい」
「え?」
「それってどういう……っ!? なにこの揺れ!?」
まるで地震のような揺れがラウラたちを襲う。ISを装備していれば大したことではないが、振動が大きくなるにつれてなにかが近づいている気配がどんどん大きくなる。ラウラとシャルロットは固く閉ざされた隔壁へと目を向ける。あの奥からなにかが来る。
ゆっくりと隔壁のゲートが稼働し、開かれていく。真っ暗な闇の中から現れたのは……『壁』だった。
「え?」
間抜けな声を上げてしまったシャルロットだったが、見えたのは巨大な壁だけだった。それこそ、このエリアすべてを覆ってしまいそうなほど巨大なものだ。
しかし、その『壁』がまっすぐこちらへ猛スピードで迫ってくると、ぎょっとして目を見開いた。
「あの『壁』そのものが敵機!? 僕たちを押しつぶす気!?」
「くっ……! “天衣無縫”!」
咄嗟にラウラが両手を掲げ、『オーバー・ザ・クラウド』の単一仕様能力、天衣無縫を発動させる。全力で発生させた斥力場が突進してくる『壁』の進撃を止め、鍔迫り合いをするような均衡状態へと持ち込んだ。
しかし、それはあまりにもラウラにとって不利すぎた。
「ラウラ!」
「ぐ、ぐぅっ……! 質量差がありすぎる……!」
視界を覆うほど巨大な壁。見るだけでその重量もかなりのものだとわかる。いくら斥力場を生み出しても、あまりにも重いために跳ね返すことができない。なんとかギリギリで止められたが、長くはもたないだろう。
「シャルロット……!」
「わかってる!」
もともと天衣無縫の虚弦力場は長時間発生させるような能力ではない。長時間フルパワーで使用することなど想定すらされていない。ラウラは言わば全力疾走をし続けているような疲労感に襲われ、体力が急激に奪われていた。
ならば早急に撃破するしかない。シャルロットが再び重火器を展開してその『壁』に向かって砲撃を放つが、それらはその装甲に傷をつけられても貫けるほどではなかった。
「硬すぎる……!」
「ぐ、う………なんとか破壊してくれ……! 二分はとてももたない……一分が限界だっ……!」
「やってみる!」
まだまだストックしてある重火器はある、シャルロットはすべての武器を使い果たす勢いで次々と武装を展開して撃ち込んでいく。接近できればまた違う対処法も試せるが、今は周辺はラウラの天衣無縫の効果範囲内だ。近づけばシャルロットも機体ごとあの『壁』に叩きつけられてしまう。
なんとか砲撃で穴を開けるか、足を止めるしかない。退路はなく、そもそも今の束はシステムクラックに全力を注いでいるのでそれが終わるまで、あと二分は無防備だ。束がやられればそれですべて終わってしまう。なんとしてもここで最低でも行動不能にしなくてはならない。
そんな様子を見ながら束も少し焦りが見え始めた。既に束は全力でシステムクラックを行っている。これを中断するわけにはいかず、あと二分は無防備のままだ。ラウラとシャルロットになんとしても足止めしてもらわなくてはならない。
自由に動けるようになれば、それこそあんなものは束の敵ではない。
だが、悪いことというのは立て続けに起こってしまう。
束の視界に映る空間モニターのひとつには、上から近づいてくる敵機の反応が示されていた。上、すなわち進入路である地上から続くシャフトだ。そこから敵が来るということは挟撃されることに等しい。もはや退路もなくなったということだ。
予想以上に敵方の動きが早い。舐めたつもりはないが、敵の増援が早すぎる。
―――――これは、思った以上にまずい。
束はそれでも僅かな動揺も見せずに自らの役目を全うしていく。束にしかできないこと、みんなにしかできないこと。それらをやりきって乗り切るしかない。そして、その鍵となるのはやはり束しかいない。
「私がみんなを巻き込んだんだ……なら、私がみんなを守らなきゃ。だって、私は“お姉さん”なんだから………!」
箒が狙われたのも、一夏が巻き込まれたのも元をたどれば束の存在が遠因だ。そしてその二人を救うために我侭にも等しい言い分でここにいるまだ十代半ばの少女たちを巻き込んだ。
それを後悔はしない。なぜなら、それが必要だった。束一人ではできなかったから。
だが、それなら。
束は、この少女たちを守る義務がある。自分の我侭で危地へと連れてきた少女たちを無事に返す責任がある。
束はそれを悔やまず、果たすことだけを考える。
それが、今の束ができる恩返しなのだから。
「IS……私の可愛い子供達、お願い……どうか、みんなの力になって……!」
しかし、そんな束の願うような言葉をあざ笑うかのように、事態は確実に泥沼の混戦へと向かっていた。
またしてもチート機体ができてしまった……(汗)そして簪さん無双回。やっぱり束の魔改造機は反則にしかならない。まぁ、この物語では無敵の機体なんて存在しません。必ずなにかしらの弱点や欠点が存在するのであくまで操縦者次第の機体です。
次回からさらに混戦になっていきます。そろそろアイズvsシールも書きたくてしょうがない(笑)
まだシャルロットの魔改造機も切り札をひとつも見せていないので、また次回からさらなる激戦を書いていきたいです。
それではまた次回に!