双星の雫   作:千両花火

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Act.49 「告死天使の羽根音」

 アイズと簪は束から伝えられた箒の居場所へと急いでいた。

 情報通りなら、ここから四つ下のエリア。最短ルートでおよそ二百メートルほどだ。これまで三機の無人機と交戦しているが、いずれも問題なく処理している。確かに無人機は脅威となる存在だが、アイズも簪も過去の戦闘経験から対無人機戦にもう慣れていたというのが大きい。

 

 無人機が脅威となるのは、集団戦だ。言葉などの意思疎通を必要とせずに、エネルギー供給さえ確保していれば大出力兵器を疲れ知らずで行使できる。それに数を揃えることで恐ろしい戦闘集団と化すのだが、単機ではせいぜい中堅レベル。反応速度は流石に人の域ではないが、機械ゆえに判断は教科書通りで読みやすく、柔軟な思考はない。ゆえに、アイズの得意とする奇襲や奇策といった行動はないため、何度か戦闘を経験すれば無人機の行動自体がある程度予測できてしまう。

 だからアイズも簪も、単機の無人機はもはや問題とならない。多少邪魔な障害物程度でしかない。

 

 捜索して最初にエンカウントした機体はアイズが「ハイペリオン」を軽くひと振りしながらすれ違いざまに真っ二つにして、二機目は簪が出現と同時に荷電粒子砲で打ち抜き、背後から襲ってきた三機目は威力を抑えたビーム砲で攻撃を仕掛けてきたが、簪によって弾かれ、二射目の前にアイズが投擲した「イアペトス」によって頭部を貫かれて沈黙した。まさに流れ作業のように無人機を殲滅していく二人であった。

 

「今のとこは順調だね」

「うん、このままいけばあと二分で箒ちゃんの場所までいける、かな。……おっと、そうもいってられないかな?」

 

 アイズの目の前には、三機の無人機が固まって待機していた。通路は狭く、回避コースがほとんどない中で無人機三機はビーム砲を構えている。今までは基地内ゆえに威力の高いビーム砲は使ってこなかったが、この状況化では回避させずに直撃可能と判断したのか、密集してのビーム砲での制圧を選択したようだ。

 もともと回避型のアイズにとって、回避コースのないここであんなものをはなたれたらちょっとまずいことになる。もっとも、ちょっとまずいだけで対処法などいくらでもあるのだが。

 

「基地内部なのに、よっぽど切羽詰まってるのかな?」

「アイズ、私の後ろに」

「うん」

 

 簪がアイズの前に出て、防御体勢を取る。三機分のビームを受け止めるつもりだ。アイズもそれが確実とわかっているから、簪に任せたのだ。

 

「スペックはボクも見たけど、三機分のビームでも大丈夫?」

「うん、セシリアさんに協力してもらって出力百パーセントの『アルキオネ』も完全に無力化したから」

「それって、もう『プロミネンス』級じゃないとビーム兵器は通用しないってことだよね? 相変わらずとんでもないものつくるなぁ」

 

 そう感心しているアイズの目の前に三つの光条が迫る。ただでさえ狭い通路での三つのビームでの制圧は如何にアイズとて完全回避は難儀するほどのものであるが、今はそんな必要もない。

 前に出た簪は新たに生まれ変わった愛機の代名詞となる特殊装備を起動させる。

 

「『神機日輪』起動」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 それは強襲作戦が開始される前のことだ。

 簪はやたらピリピリした雰囲気の束に呼び出されていた。緊急事態として、束が素顔のまま現れたときはその正体を知って驚愕した簪であったが、そんな簪など無視するように束が要求を伝えてきたのだ。

 そこにはアイズとセシリアもいたが、束は簪に改造した機体を渡すや否や、有無を言わせない口調でそれを伝えてきた。

 

「機体は完成したよ。そっちの設計より、理論値が1.2倍になるようにサービスでバージョンアップしといたから」

「あ、ありがとうございます!」

「でさ、対価をもらいたいんだけど」

「対価、ですか?」

「今から軍事基地に強襲するから手伝って」

「え? 強襲? 軍事基地にって………それってかなりまずいんじゃ……!?」

「そんなのしらないよ。全部消滅させれば問題ないし。あなたのその機体スペックなら、かなりの戦力が見込めるから手伝って。答えは聞いてない」

 

 かなり苛立っているような束に気圧されながら、簪は救いを求めるようにアイズとセシリアを見る。するとセシリアが困った顔をしながら説明してくれた。

 いろいろと細かく説明してくれたのだが、つまり「一夏と箒が拉致され、二人がその強襲するという軍事基地にいるらしい。そしてそこは無人機のプラントと予想される」ということらしい。

 それに驚きもしたが、そこまで聞かされれば簪とて、無視はできない。箒はあまり話したことはないが、一夏とは戦友であるし、恩を受けた束の頼みとあらば断ろうなどとは思わない。

 気がかりなのは、自身の立場ゆえのデメリットであるが、そこはカレイドマテリアル社トップの暴君がなんとかするという。「イリーナさんの暴君っぷりはある意味一番信用できる」とセシリアも言っていたので、更織家や日本に迷惑はかけることはないと確約をもらっている。

 

 ならば、簪の決断は早かった。というか、アイズが参加すると知った時点でそれはもうダメ押しの確定事項であった。

 もともと姉と和解した時くらいからいい意味でも悪い意味でも自身の思いにまっすぐで正直に突き進んでいる簪は、今の立場を捨ててもいいという覚悟で参加を決めた。

 

「ん、なら悪いけど半日で慣熟を終わらせて。そしたらすぐ出発だから」

 

 それだけ言って束は不機嫌な顔を隠しもせずにどこかへ行ってしまう。そんな束をアイズが追いかけていき、束に寄り添うようにしながらアイズも姿を消してしまう。残された簪はポカンとしながらセシリアに目を向ける。するとセシリアも困ったような顔をしながら説明してくれた。

 

「すいません。箒さんと一夏さんが拐われたって聞いてから機嫌が最悪なんです」

 

 ついさきほどまで単独で誘拐した組織をつぶしに行くと言い出す束を必死で抑えたらしい。完全にキレる寸前であったが、束になんとか理性が残っていたためにギリギリのところで自己を抑えたという。それでもいつ暴走するかわからないほどの精神状態らしく、そんな束の精神安定のためにアイズがつきっきりで束を慰めているとのことだ。

 

「ああなった束さんを抑えられるのはアイズしかいませんから」

 

 それだけアイズが癒し系、というのもあるかもしれないが、束が一番可愛がっているから、という理由が大きいらしい。そのあたりの事情は簪にはわからなかった。

 

「それで簪さん。本当にいいんですね? 正直なところ、あなたほどの人が参戦してくれることはありがたいですが……」

「構わない。博士にはもう恩を受けたし、誘拐されたって聞かされたら黙ってられない。自身の立場の保身で見逃すなんて、一生後悔する」

「しかし、……」

「セシリアさんも同じでしょう? 念のため、万が一のときは代表候補生資格を破棄するよう、おねえちゃんにお願いしておく」

「………わかりました。感謝します」

「鈴さんにも同じことを?」

「はい。彼女の場合、むしろ参加させろと言ってきましたけど。さっさと助けて捕まった一夏さんを笑ってやるそうです」

「鈴さんらしいね」

 

 二人で苦笑しながらも、すぐに気を引き締める。作戦開始までもう時間もない。それまでに簪は新しい機体の慣熟を終えなくてはならない。普通は無理であるが、その無理を通すためにセシリアが協力するという。

 

「時間もありません。強行してやりますよ。まずは起動を」

「うん」

 

 簪は束から渡された待機状態のクリスタルの指輪を掲げつつ、ISを起動させる。

 もともと打鉄をベースに作り上げた『打鉄弐式』であるが、その流れを組みつつもより洗練されたデザインに変化している。白亜と紅色の装甲が重なり、鈴の『甲龍』とは違い身体にフィットしつつも、どこかゆったりした着物を着ているかのようなアーマーだった。

 それは鎧武者のようなイメージが強い打鉄ではなく、どこか神秘的な、巫女や司祭のような印象を受ける。

 

 もともと装備してあったミサイルポッド『山嵐』や荷電粒子砲『春雷』はそのまま継続して装備されているが、そのほかにも近接用の薙刀『夢現』や実弾とビームを撃ち分けられるライフル『赤星』など、新規の装備も見受けられる。

 しかし、それ以上に目を引くのは、背部にあるアンロックユニットにマウントされている大きなリング型のユニットであった。一目見ただけではどんな機能を有しているかわからないが、それがこの機体の代名詞のように見るものすべてを威圧するかのような存在感を放っている。

 細部に至ってはなにかしらの可動域と思しきものも見られ、そのリングユニットの継ぎ目からは金色の光が漏れている。

 それはさながら後光のようであった。

 

「これが……」

「束さんが完成させた、簪さんの新しい力………機体名称は『天照』です」

「『天照』……」

 

 天照(アマテラス)。それは日本神話において、太陽を神格化したものの名称とされる『天照大御神』からとられた名だ。ならば、巨大なリングユニットはまさに太陽を現す日輪か。そう思う簪が機体データを確認しつつ、様々な挙動を確認していく。姉と作り上げた改造プラン以上の性能に、束の技術に舌を巻く思いだった。基礎スペックだけで当初の予想よりも格段に上だ。

 

「さて、では慣らしを始めましょう」

「慣らし……?」

「私との模擬戦です。手加減はしませんよ?」

「っ!?」

 

 言うや否や、セシリアがビットをパージしつつスナイパーライフルでの抜き撃ちを放つ。いきなりの奇襲にあわてて回避しつつも、すでにセシリアはビットと狙撃による得意戦術に移行していた。

 

「ぐうっ……!」

「その機体ならば、私のこの包囲網を突破できるはずです!」

「無茶を言う……けど! やってみせる!」

 

 簪とて、代表候補生を務める操縦者だ。基本的な動作だけならなんとでもなる。慣熟に必要なのは、この『天照』の代名詞といえる特殊装備……背部のリングユニット、これまでのISの装備とは一線を画する権能を持つ対粒子変移転用集約兵装『神機日輪』。

 これを使いこなすことが、簪をさらなる強者の領域へと押し上げることになるだろう。その絶大な能力に使われるならその程度、せいぜい代表候補生レベル止まりだが、この恩恵を完全にものにすれば、国家代表レベルにもすぐ届きうるだろう。

 それくらいでなければ、アイズを守ることなんてできない。簪はいつかの一騎打ちのときのように、セシリアへと向かっていく。

 

 それから三時間ぶっ続けで模擬戦を行っていた簪であったが、その甲斐もあってかなんとかこの『神機日輪』を使えるようになる。セシリア曰く、及第点はとっくに超えた、とのことだ。まさに習うより慣れろで行われた慣熟訓練であったが、そのおかげで簪はこの強襲戦のみならず、無人機に対してかなりのアドバンテージを持つ手段を手に入れることになる。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「ふふっ、……アイズを守れる力、感謝します」

 

 簪の目の前には無残にバラバラの残骸と化した無人機だったパーツが転がっていた。背後には無傷のアイズ、そして同じく無傷な簪が佇んでいた。

 回避コースのない場所で真正面からの三つのビームを無力化、そして敵機の撃破。それをなんなく為してしまった『天照』の力に、簪は束に感謝する。まだ少し振り回されている感じはするが、十分な手応えを感じていた。

 

「もう、大丈夫みたい。アイズ、行こう」

「うん。でもすごいね。さすが簪ちゃんに、束さんの機体……ボクも負けてられないなぁ」

 

 簪の頼もしさに笑顔になりつつも、アイズも負けていられないと気合を入れる。アイズはハイパーセンサーと持ち前の直感力を駆使してどんどん先へと進んでいく。途中、エレベーターを発見し、強引に扉を開けてそのままさらに地下へと降りていく。五十メートルほどさらに降下して再び扉を切り裂いて地下の『Manufacturing facility』、製造工場というプレートが掲げられているエリアへと侵入していく。

 束から伝えられたマップでは、箒はこのフロアの一室にいるはずだ。すぐさま束の示した場所へと向かう二人であるが、大きな空間に出たとき、思わずその足を止めてしまう。

 

「これは……」

「……っ!」

 

 そこにいたのは、綺麗に並べられた多数の無人機であった。完成形をしたものから、組立途中のものまで、果てにはパーツや武装が所狭しと並べられている。そうやらここは無人機を製造する工場の最終工程エリアのようだ。おそらく他のエリアではパーツや武装の製造を行っている場所があるはずだ。

 その無機質なヒトガタが並ぶ様子は、まるで墓標が並ぶようであり、生命の鼓動が一切感じられないにもかかわらずに墓場のような静寂さと不気味さがある。無人機を嫌悪しているアイズにとって、まるで悪夢のような光景であった。

 

 見たところ、すべてがオートメーションというわけではなさそうだ。操作基盤が多くみられることからおそらく相当な数の人間がいたはずだが、今は人気は皆無だ。どうやら襲撃の際に脱出したのだろう。

 束がここ一帯のシステムを掌握したというので動き出すことはないはずだが、今まで散々苦渋を舐めさせられた無人機を前にするといい気分はしない。あとで破壊しなければならないが、今は箒の救出が先決だ。顔を顰めながらも、すぐにこのエリアを抜けようと動き出す。

 

「早く抜けよう、ここはあまりいたくないし」

「そうだね……」

 

 もう目的地は目と鼻の先だ。こんな忌々しい場所に長居することはない。

 二機がゆっくりと動いていくが、それを妨害しようとする無人機はいない。不気味なほどに、ただの置物のように動かない。

 

 だが。

 

 

 

「……っ! 簪ちゃん、真下!」

「っ!?」

 

 アイズの直感がいきなり現れた危機を察知して叫んだ。人間のような殺気がない分少し反応が遅れたが、アイズの超能力とすら言われる直感はそれを捉えた。

 簪の真下から、動かない無人機の隙間から狙う撃つようなレーザーが放たれた。簪はそれを回避してすぐさまレーザーの発射点に荷電粒子砲を叩き込む。数機の無人機が爆散して破壊されるが、そこには攻撃してきたと思しき存在は見えない。

 

「気配は感じる……、でもハイパーセンサーに反応しない」

「ステルス機? でも、ここまで近距離で反応しないなんて……」

「………簪ちゃん、右に撃って!」

 

 言われるままにアイズの示す方向に荷電粒子砲を放つ。するとその砲撃を避けるようになにかが高速で動く姿が見えた。

 避けられた荷電粒子砲がまた数機の無人機を爆散させるが、襲ってくる敵機は健在だった。

 

「見えた?」

「うん、なんか、犬というか、狼みたいなのが……」

「獣型の無人機? そりゃあ、あってもおかしくないかもしれないけど……ん、束さんからだ」

 

 アイズに束からの通信が入る。通信をつなぐと、なにやら激しい銃撃音が聞こえてくる。どうやらラウラとシャルロットが激しく戦闘を繰り広げているらしい。

 

『アイちゃん、無事だね?』

「はい、大丈夫です。でも、ちょっと変なのに捕まっちゃって」

『遅かったか……ごめん、そいつは止められない。メインコンピュータからデータは手に入れたからなんとか破壊して』

「わかりました。もうすぐ箒ちゃんも見つけられると思います」

『ん、お願いね。そいつは多分、狼型のステルス仕様機。データを送るよ』

 

 束から襲撃機と思しき新型の機体データが送られてくる。この基地のコンピュータから開発データを盗んだらしく、詳細なスペックデータが表示される。

 

 機体名『ハウンド』。全長四メートルほどの狼型の無人機。その姿の通り、獣の俊敏さと敏捷性を持つ機体で、高いステルス機能を有し、敵機に気づかれずに強襲するまるでアサシンのような機体らしい。

 武装はレーザーライフルと実弾装備のマシンガン、尻尾に搭載された近接ブレード。これ自体は非常にシンプルだが、恐るべきはその獣を模した動きだ。機械とは思えない本物の猟犬のような機動を維持しつつ、近代兵器で襲いかかってくる。しかも場所が悪い。死角の多いこの場所では、いつ、どこから奇襲されるかわからない。

 

「厄介な場所で、厄介な敵に見つかったな……時間もかけられないし……」

 

 あまり時間をかければ箒をロストする危険もある。箒を連れ出される前に救うために電撃的な強襲を仕掛けたのに、それでは意味がない。足止めを受けることはそれだけで敗北に近くなる。

 この基地の破壊も言われているが、あくまでそれは第二義、第一義はあくまで箒と一夏の救出だ。できることなら戦闘は避けたい。だが、このまま箒のもとへいけばこの厄介な敵機まで連れて行くことになる。そうなったら箒にも危険が及ぶ。

 

「仕方ない、簪ちゃん、ここはボクが―――」

「先にいってアイズ。私が食い止める」

 

 アイズの言葉を遮り、簪が臨戦態勢でその場にとどまる。

 

「簪ちゃん……?」

「目的地はすぐ……なら、速さを考えてもアイズが適任。それに私の機体はどちらかといえば狭い空間より広い空間のほうが相性がいい」

 

 簪の『天照』は狭い空間内は戦えないわけではないが、防御はともかく攻撃手段は過剰威力であるものが多い。その点、近接型のアイズのほうが室内向きだ。それに箒と一番面識があるのもアイズだ。そうしたことを考えれば救出役はアイズのほうが適任といえた。

 それなら簪はこの広いエリアで足止め、あわよくば撃破するためにここに留まったほうがよい。少なくとも、アイズが箒を救出するまで時間を稼げばそれでいい。

 

「大丈夫、心配しないで」

「………五分で戻るよ。お願い」

「任せて」

 

 アイズがすぐさまこのエリアを抜けるためにゲートへと向かう。ここを抜ければ箒の場所まであと少しだ。二機連携を崩したくはなかったが、そうも言っていられない。ここまできたらすぐさま箒を救出して脱出するほうがよい。

 離脱していくアイズを逃がすまいと『ハウンド』が動く。物陰から跳躍して背中に装備してあるレーザーライフルを発射、無防備なアイズの背に青白いレーザーが迫る。

 

「させない」

 

 しかし、それが直撃することはなかった。それどころか、アイズをかばうように現れた簪を前に、一瞬で霧散してしまう。簪の背にあるリングユニット『神機日輪』が起動しており、金色の光を纏わせて稼働していた。

 

「アイズ、行って!」

「ありがとう!」

 

 荷電粒子砲で牽制しながら援護。その隙にアイズが無事にこのエリアを抜けていく。『ハウンド』はアイズを追いかける素振りは見せない。簪の排除を優先してようで、再び工場内の死角に潜んでしまう。

 簪は背にアイズが出て行ったゲートを背負いながら見えない敵機を迎え撃つ。

 

「ここから先は行かせないし、邪魔もさせない」

 

 ハイパーセンサーには時折影がチラつく程度ではっきりと捕捉はできない。しかし、それでも簪はなんの気負いもなく、冷静に待ち構える。

 

「『神機日輪』、フルドライブ」

 

 背部のリングユニットに設けられた展開装甲がスライドするように稼働し、内部機構を展開する。内部に充満する金色の粒子がまるで鱗粉のように周囲へと拡散していく。それはまさに、光り輝く後光を背負っているかのようだった。

 

「ちょうどいい。あなたで、試させてもらう。この『天照』の力を……!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「音………なんの音だ?」

 

 篠ノ之箒は大きな音を聞いて顔をあげる。しかし、見えるのは真っ白な室内だけ。あの日、一夏とともに拐われてから箒はずっとこの部屋にいた。何度か誘拐犯の千冬そっくりの女が姉の束の行方を聞いてきたが、そんなことはまったく知らないと答えるとそれ以上は追及してこなかった。どうもあちらも知っているとは思っていないらしい。

 ならば、箒を餌に引き寄せるだけだ、とも言っていた。はたして、それで姉が来るのか箒にはわからない。

 そもそも、箒は姉の束のことなど、なにもわからない。勝手にISを作って、勝手に世界を変えて、勝手に行方をくらませた。

 

 それ以降、箒にとって姉は家族でありながら、もっとも理解できない人間となった。

 

 いったいなにがしたいのかわからない。なぜ、姉はISで世界を変えたのか。

 

 女尊男卑と変わった世界。その主犯とされる人間が篠ノ之束。束の妹だから、という理由だけで罵声を浴びせられたことも少なくない。私は関係ない、と言っても誰も信じない。行方不明の姉を恨むより、近くにいる箒に恨みをぶつけていた。

 それと同じくらい、感謝されたこともある。あなたの姉のおかげで女性は革新した、というわけのわからない宗教地味た狂信者のような女達の言葉。それも、箒にとっては気味の悪いものでしかなかった。結局誰ひとりとして箒を個人として見ようとせずに、束の代わりに悪意をぶつけるだけだった。

 ただでさえ重要人物の保護プラグラムにより転校を繰り返していた箒には友と呼べる存在すらできず、ただただ一人でそんな変わってしまった世界の怨嗟の声に身を震わせるだけだった。

 そんな環境で育った少女が歪むことは当然といえた。箒から社交性が薄れ、他者と壁を作るという引きこもりになってしまったことは、箒のせいではなく彼女の置かれた環境のせいだろう。

 

 そうなれば、幼かった彼女の心が限界を迎えるのも当然だった。守ってくれる人もおらず、箒は自分自身で守らなくてはならなかった。もともとやっていた剣道はそうしたストレス発散の他にも自己防衛手段としていたし、なにより自分の境遇を姉のせいだと思うことでようやく箒は精神を保っていた。

 

「姉さん………あなたはどこにいるのですか」

 

 もはや、他人行儀な言い方しかできないほど、箒は姉に対する愛情が麻痺していた。昔、姉に寄り添い、甘えていた記憶などとうの昔に忘却するほどに、箒は篠ノ之束という存在に翻弄されていた。

 

 だから、今のこの状況もどこかで姉のせいだと思っていることも否めなかった。むしろ、そう思わなければ自身に降りかかる理不尽に耐えられないところまで箒は追い詰められていた。

 一夏は箒のことを「けっこう脆い」と評したが、それはまさに正しい。世界を、自身を取り巻くすべてを変えて苦しめる姉の所業が許せない。

 それが一方的な思い込みだと、心の奥では理解しているはずだ。それでも、悪い意味で姉に依存しなければ箒は耐えられなかった。

 

 しかし、……。

 

「……心配、してくれているのだろうか」

 

 姉は、自分を心配している。謝りたいと思っている。今でも、大好きなままだ。

 そう箒に断言した存在がいた。クラスメートであり、目をISに奪われたという少女。盲目でありながら、箒の心を見るかのように染み渡る言葉を紡いできた少女。

 

 アイズ・ファミリア。

 

 彼女の言葉が本当だとしたら、姉は、篠ノ之束は、この状況を知って憂い、怒って、悲しんでくれているのだろうか。

 いや、そもそもなぜアイズはああまで断言できたのだ。もはや妹の箒ですら理解できない束を、どうしてああまで代弁できるというのだろう。

 世迷言と捨てるのは簡単だ。しかし、それでもアイズの真摯な言葉は箒の脳裏に刻まれた。それは、箒がすがりたいと思えることだったからなのか、そう思わせるなにかがアイズにあったのか、それはわからない。

 それでも、箒はアイズが嘘を言っているのではないとどこかで納得していた。振り回されてきた箒だからこそ、その人の言葉が上辺だけなのか、心から紡いでいるものなのか、なんとなくだがわかるのだ。アイズは、これまで箒が出会った人間の中でも、不思議なほど邪念もなにもない、澄み渡るような思いしか感じられなかった。人は、あそこまで真摯で清らかな言葉を言えるものなのか、と戸惑ったくらいだ。

 だが、箒はまだアイズという少女をよく知らない。時折、一緒にごはんを食べようと誘われて同席したことはある。それ以外でもよく話しかけられるし、アイズが気にかけてくれていたこともなんとなくわかる。しかし、どうしてそこまでしてくれるのかはわからない。

 思えば、アイズは不思議な少女だ。目が見えないことを感じさせないほど明るくて人懐っこく、毎日を楽しむ様子はとても微笑ましいが、その姿には、なぜか悲壮なものすら感じさせた。

 

 ほんの少し聞いたことがあるが、アイズもISに人生を狂わされた一人だという。しかし、その一方でアイズを救ったのもISだという。ISに好意をもてない箒には、アイズのその思いがわからない。

 

 でも、姉の気持ちを語るアイズを見れば、まるで妹の箒よりも束を理解しているようで、箒はどこか、言いようのない複雑な気持ちを抱いた。

 嫉妬、とも違う。羨み、とも違う。それは、まるで本来自分があるべき姿を見ているかのような、……姉を慕う妹、という姿を見て、嫌ってしまった今の自身を比べて後悔するかのような感情だった。 

 

 それを確かめたくて、箒にとってもアイズは気になる存在であった。その性格から積極的に動くことはしないが、それでもいつの間にかアイズの姿を見つめるようになっていた。

 戦い、傷つくアイズ。自己を厭わずに、友を守ろうとするアイズ。敵意を振りまき、暴走までしたラウラを救い、自身の妹として受け入れたアイズ。………見れば見るほど、箒には真似できないことばかりしている少女だ。

 そんな、自身とは真逆のような少女に、どうしてこうまで気にかけてしまうのか……それは未だに箒には明確な答えは出せていなかった。

 

 ただ言えることは………アイズを見ていれば、箒も変わらなくちゃ、と思わせるなにかがある、というだけだった。

 劇的に変われなくても、箒なりに今までの自分とは違う、変えたいと思って行動しようとしていた。話しかけることはなくてもクラスメートに話しかけられたら無碍にせずにちゃんと話すように気をつけていたし、クラスでの集まりも拒否することはしなかった。

 想い人である一夏には未だに自身の気持ちを伝えることはできないが、それでも一夏と一緒に過ごすことで感じる幸福感を否定はしなかった。口に出さないだけで、箒は自身の気持ちに正直に行動しようとした。

 

 そんな矢先に、この誘拐という事態だ。一夏とも離れ離れになり、これからどうなるかもわからない状況。助けはくるのか、ずっと監禁されたままなのか。そんな不安が箒を支配していたが、ずっと傍観してきた箒は、ある種の諦めすらあった。

 

「ダメだな………私は、結局変われてなどいないようだ」

 

 そうやって苦笑する箒の耳に、再びなにかの爆発音や破砕音のようなものが届く。これまでこんな音は聞いたことがなかった。流石に訝しんでいると、今度は至近距離で激しい音が響いた。

 それだけにとどまらず、ガシャン! となにかが壁にぶつかる音と共に部屋の壁が内側に凹み、機動音らしきものがゆっくりと近づいてきた。

 箒は警戒しながら逃げ場のない部屋の隅へと下がる。しかし、そんな箒の警戒を他所に、やたらとのほほんとした声をかけられる。

 

「箒ちゃん、見ぃーつけたっ!」

「え?」

「ちょっと待っててね」

 

 その直後、頑丈な扉に二筋の閃光が走り、縦と横、綺麗に分割された扉がガラガラと崩れ落ちた。あっさりと扉を切断した人物は……箒も何度も見たことがある赤いIS『レッドティアーズtype-Ⅲ』を纏ったアイズ・ファミリアであった。

 アイズが、その金色となった瞳を向けて無垢な笑顔を箒へと向けていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ったくよぉ、どこのバカだ、ここにカチ込むたァよォ」

「………」

「こっちは明日には久々の休暇だったんだぜ? それなのにクズどもの排除なんてやってられるかってんだ。なぁ、シール? おまえも黙ってないでなんか言えよ」

「………誰か、など決まっています」

「あァ?」

 

 上司であるスコールに非常召集され、シールとオータムはドイツにある無人機プラントへとやってきていた。片や天使、片や蜘蛛のようなISを身に纏い、背後には無人機を連れている。

 幸運にも、二人は任務でこの近郊で無人機の新装備のテストを行っていたためにすぐに現場へと急行できた。襲撃されてからおよそ二十分ほど。システムの大半は掌握されたと伝えられているが、プレジデント自らシステムハックに対抗して時間を稼いでいるらしい。しかし、遠隔なのですぐにシステムは乗っ取られるだろうと聞かされている。そうなる前に首級を上げろとのお達しだった。

 二人に課せられたオーダーは、襲撃者と思われるうちの篠ノ之束の確保、そしてセシリア・オルコット以外の抹殺。ちょうどテストとして起動していた無人機十三機を随伴させ、基地へと急行してきた。

 

「おーおー、派手にやりやがったなぁ。地上施設が跡形もねぇぞ」

「………システムが掌握されかかっているなら、あそこから追撃するより別ルートからのほうがいいでしょう。私はE-2のルートから基地内部へと向かいます」

「ああ、まぁ適当にがんばりな。こっちはこっちで動くからよ」

「………では」

 

 シールはオータムと別れ、単独で別ルートから基地内部へと侵入する。いざというときの逃走ルートのひとつであるが、戦前のトンネルを利用したルートであり、いくら基地内部のシステムを掌握してもルート閉鎖は不可能だ。ここを通れば、すぐに基地の中枢部へと侵入できる。おそらくそこに今回の襲撃犯もいるはずだ。ある程度分散しているだろうが、そのときは各個撃破すればいい。

 しかし、シールが単独行動を起こした理由はそんなことではなかった。別に待ち構えていようが、地上部のシャフトから侵入してもよかった。だが、あえてそうしなかったのは、シールが漠然と、しかし、確信にも似たものを感知していたからだ。

 

「………まさかあなたから来るとは思っていませんでしたよ、アイズ・ファミリア」

 

 シールの持つ金色の瞳が、わずかに疼く。ヴォ―ダン・オージェの共鳴。あのラウラという小娘もいるかもしれないが、この感じは間違いなくアイズのものだ。これまで何度も邂逅し、戦って来た敵、シールが倒すべき存在。それがここにいる。

 前回は刃を交えることなく終えたが、今回は思う存分に戦えるはずだ。

 シールにとって、篠ノ之箒や織斑一夏の誘拐など瑣末事でしかなく、篠ノ之束すらどうでもいい存在であった。

 シールは、ただアイズ・ファミリアだけを求めている。

 

「アイズ・ファミリア………あなただけは、私が……!」

 

 白い翼を広げながら、シールも地下無人機製造プラントへと侵入していく。

 

「私の手で、あなたを……!」

 

 金の瞳が導き、誘うように、白亜の告死天使はアイズに向かって奈落へと落ちていく―――。

 

 運命づけられた二人の戦いは、すぐそこまで迫っていた。

 

 

 




簪さんの新型「天照」の登場。この機体は対物理最強の「オーバー・ザ・クラウド」と違い、対ビーム、レーザーにおいて最強の機体となります。詳細はまた次回に。

そしてアイズ対シールが再び実現。そろそろこの二人の因縁も明かしていく予定です。またそれぞれのルートでボス級との戦闘が始まります。

それではまた次回に!

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