双星の雫   作:千両花火

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Act.48 「因縁は白刃の下で」

「ったく、どこの秘密基地だっつーの。次から次へと!」

 

 たった今木っ端微塵に破砕した無人を見下ろしながら鈴がぼやく。

 もともと発勁使いの鈴と無人機の相性はいい。狭い空間での戦闘というのも鈴に分があるし、無人機が基地内ということで大出力のビーム砲を制限されていることも接近戦を仕掛けるには有利となる。

 つまり、この基地への強襲作戦において、ほとんどの条件が鈴に味方している。事実、遭遇した敵機はセシリアが狙撃するまでもなく即座に鈴が破壊している。まさに八面六臂の活躍といえよう。

 

 だからセシリアは安心してバックアップに専念していた。

 束と連携して基地内のマップ作成と、目標地点への最短ルートの検索など、情報解析に力を注いでいた。もちろん、時折背後から襲撃を受けるが、その程度の奇襲などセシリアには通用しない。出現と同時に抜き撃ちで射抜いて破壊していた。

 

「目的地はここのほぼ真下ですね………このあたりの隔壁の厚さはそれほどでもない……。時間もありません、鈴さん、隔壁を二枚ほど抜いてくれますか?」

「はいはい」

 

 鈴がふっと軽く跳躍して逆立ちのような姿勢になると、単一仕様能力を使わずにそのまま天井を蹴って勢いをつけ、床に向けて発勁掌を放つ。つい先日カレイドマテリアル社のアリーナを割ったその掌打がマグレでないことを証明するように床に亀裂が走り、そのまま崩落、真下のフロアへの直通通路を強引に作り出す。

 これでも相応に加減はしたようで、必要最低限の破壊に止めている。

 

「まるでアリの巣ね。で、一夏はどこらへんなの?」

「この下のフロアの一室のようですね。でも、その前にこのフロアにあるものをとっておきましょう」

「ん? なにかあるの?」

「ええ、ちょうどそこの研究フロアですね。………でも、中に科学者が数名、SPもいるみたいですね」

 

 束から送られてくる情報によると、中に科学者らしき人間が三名、そして武装した警備員と思しき人間が四名潜んでいるらしい。さすがにIS相手に向かってくるつもりはなさそうだが、人数が多いのでちょっと面倒だ。狭い部屋なのでIS装備では少々動きづらいし、殺害するつもりはないので制圧もそのぶん手がかかる。

 それに下手にISで突入して被害を出せば目的のものにも傷をつける恐れもある。

 

「ま、ISは室内戦には向かないしねぇ。どう考えてもオーバーキルだし、手加減できることでもないし。でも、まぁそれなら……」

「そうですね、鈴さんなら問題ないでしょう。私から突入します。武装を無効化しますので、制圧をお願いします」

「任せなさい。あんたこそ大丈夫なの?」

「当然でしょう」

 

 部屋の入口の左右に位置取った二人は周囲に無人機の機影がないことを念入りに確認すると、一時的にISを解除。そしてセシリアがISの拡張領域に収納していた護身用の二丁のハンドガンを両手に構え、鈴も腰を落として半身に構えた。

 自身の体術に確固とした自信を持つ二人はISという有利性を捨てて、生身での制圧をためらいなく選択した。

 鈴と目配せをすると、右手の中指から小指を使ってスリーカウントを示す。

 

 ゼロを示すと同時に鈴がドアを蹴破った。そしてセシリアが滑るように素早く前転しながら突入、武装した四人が自動小銃やアサルトライフルを向けようとする姿を確認しつつ、床に這う体勢のまま左右の銃でそれぞれダブルタップを二回行い、正確に銃器を撃ち落とす。

 怯んだその隙を逃さずに続いて突入した鈴が手近にいた一人目の頭部を蹴り抜いて意識を飛ばし、それに遅すぎる反応した二人目も鈴の貫手を受けて地に伏せる。その頃には三人目、四人目の武装したSPはセシリアの銃撃を受けて気絶している。もちろん実弾ではなくゴム弾であるが、貫通力がない分衝撃が凄まじいため骨くらい軽々と粉砕する代物である。しかし、テロに屈せず、を信条のひとつにもつセシリアは躊躇いなく引き金を引いた。実質、強襲を仕掛けた側であるが、誘拐犯相手に手加減などする気もない。

 そうして怯える科学者に銃を突きつけてホールドアップである。すぐさま鈴がうつ伏せに倒して首筋に手刀を落とす。

 候補生とはいえ、少女二人の見事な制圧に観客がいれば拍手しているだろう。

 

 それを演出した二人はセシリアが銃を構えつつ油断なく部屋に目を配っており、その中を悠々と鈴が歩いて目的のものを見つける。

 

「そうね、この子も一夏に届けてあげなきゃね」

 

 データ解析のためと思われるケースの中に安置されていたのは白いガントレット。ケースを綺麗に割って中のそれを手に取る。見た目は特に変化はない。どうやら妙な改造などはされてはいないようだ。

 一夏次第だが、これで救出後に戦力の増強が可能になった。

 

「さ、あんたのご主人様を迎えにいきましょうか、白式」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「くそっ! 出しやがれ!」

 

 閉じ込められて既に五日。一夏は未だに扉に向かって声をぶつけ続けている。

 専用機は奪われ、武器も何もない。IS学園に入学してから身体はずっと鍛え続けているが、鈴のように扉をブチ破るほどの力も技もない。

 しかし、囚われているのは自分だけではない。一緒に攫われた箒がいるのだ。箒のことを考えればじっとなどしていられない。いかに剣道では一夏の上を行くとはいえ、それでも年若い少女なのだ。こんな状況で落ち着いてなどいないだろう。あれでなかなか脆いところがあることをよく知っている一夏は心配で気が気でなかった。

 

「くそ……っ!」

 

 一夏は冷静になろうと必死に高ぶっていた気持ちを落ち着かせる。窮地こそ考えろ。思考を止めるな。これもセシリアたちに鍛えられたときに教わった心構えだ。

 とにかく冷静になろうと深呼吸する。扉に背を預け、その場に座り込む。

 

「誘拐、か。あのときを思い出すな、畜生……」

 

 かつて、姉の千冬がモンド・グロッソに出場した際、一夏は正体不明の犯人に誘拐されかけた。そのせいで姉は決勝を辞退することになった。それは一夏にとって己の無力を嘆いた最初の記憶だ。

 あのときの犯人については未だにわかっていないが、もしかしたら今こうして誘拐したやつらがそうなのかもしれない。

 しかし、それはいったいなぜなのか。

 

 過去の事件のときは、千冬の妨害が目的だと言われているが、今回はなぜ自分を誘拐したのか。織斑一夏が目的なのか、篠ノ之箒が目的なのか、はたまたどちらかの身内が狙いなのか。

 一夏にはわからないが、しかし無視できないことがあった。

 それは、自身と箒を誘拐した犯人だ。

 

「あの女……」

 

 それは、箒と一緒に夏祭りにいったときだ。

 

 夏休みはセシリアをはじめとしたIS学園で一緒にいた面々はほとんど自分の国へと戻っていったため、一夏は自主訓練に明け暮れていた。時折IS学園や、倉持技研で場所を借りて白式を動かしていたが、いい機会だったので時間の多くは身体を鍛え直すことに使った。一夏はこの一ヶ月、アスリートよりも過酷なメニューをこなしていた。その一環で箒も一夏の訓練に付き合ってもらっていた。主に、鈍った剣の腕を鍛えるためだ。かつて剣道をしていた一夏は、今ではずいぶんブランクがある。その感覚を戻したいから協力してほしいと頼むと箒は快諾してくれた。妙に嬉しそうだったのがちょっと気になったが。

 一夏がここまで真剣に、そして念入りに鍛えようとしたのはやはり臨海学校での戦いが大きい。一夏の白式は、搭乗する一夏本人の率直な感想をいえば「バクチ型IS」である。

 たしかに単一仕様能力は強力無比だ。シールドエネルギーに直接ダメージを与える『零落白夜』。うまく使えば対ビームやレーザーの盾にも使え、どんな窮地からでも一発逆転が可能な破壊力を秘める。

 しかし、そのおかげで武装はブレード一本のみ。遠距離武装がゼロという極端な特化型。当てれば勝てる。しかし、相手が一夏より格上の技量を持つ場合、それが遠い。

 

 だから一夏は、基礎的な能力をあげようとこの夏は自身の身体を鍛え直すことにしたのだ。生身の基礎スペックが上がれば、ISの戦闘能力の底上げに繋がる。

 かなりショックなことだったが、セシリアたちとIS無しでの格闘戦を何度かしたことがある。そしてセシリア、アイズ、鈴には未だ勝てたことがない。体格で押し込んで勝つことはあるが、ラウラを相手にしても勝率はかなり低い。素手なら箒に勝てるが、武器持ちなら負ける。シャルロットや簪には男と女の体格差からなんとか勝てる。一夏の基礎スペックはだいたいそのあたりだ。

 セシリア、そしてアイズは柔術の心得があり、まるで暖簾に腕押しといったように攻撃を受け流されるし、鈴は問答無用で一夏をぶっ飛ばすほど強い。鈴が強いことは知っていたが、セシリアとアイズまで手も足も出ないという現実は男としてもかなりショックなことだ。しかもアイズは目隠ししたまま一夏を封殺した。あれには呆然としたものだ。

 

 二人に聞けば、やはりISも身体が資本であり、基礎であるとしてしっかり鍛えていたという。女であるため、非力でも戦える合気道や柔術をベースとした技術を仕込まれたという。(一夏はまだ知らないが、それを仕込んだのは束本人である)

 

 ゆえに、一夏もそんな仲間たちに追いつくために自身に訓練を課したのだ。そのおかげでこの夏で一夏の基礎体力も、身体スペックも自覚できるほど成長した。それだけでなく、倉持技研から強化が不可能と消極的に言われた白式の運用方法を一夏なりに模索し、いくつか手札となる技を作り上げた。

 そんな訓練漬けだった夏も終わるころ、一夏は訓練に付き合ってくれた箒にお礼をしようと夏祭りに誘った。昔を思い出しながら二人で楽しく夏祭りを楽しみ、花火を見て笑い合っていた。このときの箒は学園での仏頂面ではなく、昔みたいな素の表情を見せていた。

 

 それは、かつて一夏と箒だけでなく、姉である千冬や束と一緒に遊んだ、そんな昔の記憶を思い起こすものだった。

 箒が、姉の束に複雑な感情を抱いていることは気づいていたが、昔は箒も束にべったりのおねえちゃんっ子だった。束もそんな妹を可愛がっていたし、あんなに仲のいい姉妹はいないな、と子供ながらに思っていた。

 しかし、束が作ったISがすべてを変えた。世界を変え、情勢を変え、価値観を変え、そして姉妹の仲も変えた。

 まだ子供だった一夏はなにも言うことができなかったが、姉の業績に良くも悪くも振り回された箒がだんだんと束を避けるようになり、そのまま束が消えた。理由はわからない、しかし箒にとっては見捨てられたと思うほどのことだったのだろう。それ以降、あからさまに束のことを口にしなくなり、そのまま重要人物の保護プログラムで転校していった。 

 

 IS学園で再会した箒は、そのころのままだった。箒の時間は、あのときから止まっている。しかし、そうして昔みたいに笑い合っていれば、だんだん箒が元に戻るような気がした。それが一夏には嬉しいと思えたし、箒も無自覚にも楽しそうにしていた。

 そうして二人で久しぶりに思い出話に花を咲かせていたのだが、そこへ現れたのが『あの女』………そいつは織斑マドカと名乗った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そのとき、現れたマドカを見て一夏と箒は驚いた。その顔は、まるで姉の千冬と同じだったのだ。そして、同時にその顔立ちは一夏にも似通っていた。

 

「おまえは……!?」

「黙っていろ。貴様にしゃべる権利はない」

「っ!?」

 

 そして気づけば周囲を三機の無人機に囲まれていることに気付く。やや喧騒から離れた場所とはいえ、この近辺には未だに祭にきた人たちで賑わっている。それにもかかわらずにこんなものを持ち出してくる目の前の人物に、否応なくその危険性を感じてしまう。

 

「ISを起動させるなよ。こちらに投げ渡せ。でなければ、どうなるかわかるな?」

 

 箒を背にかばいながら一夏が目を向ければ、無人機の何機かがあからさまに砲口を人口が密集している場所へと向けていた。ISを起動させれば撃つ、という脅しだろう。

 

「………」

「理解したか。妙な真似はするなよ。さぁよこせ」

「わかったよ………そらっ!」

「っ!」

 

 一夏はわざと放物線を描くように待機状態の『白式』を投げると、キャッチしようと腕を伸ばすその女、織斑マドカに向かって突進した。

 

「舐めるな!」

 

 あっさりと迎撃してくるマドカだが、マドカの失念、いや、予想外なことは、一夏の対応力の高さであった。一夏はマドカの蹴りを力づくでそのまま掴み、捻って真横へと強引に投げ飛ばす。まさか噛み付かれるとは思っていなかったマドカは忌々しそうにしながらなおも向かってくる一夏に相対する。

 

「貴様!」

「オラぁっ!」

 

 一夏の中ではすでに目の前の人物を敵と判断していた。死線を潜った経験が、一夏に躊躇いをなくし、すぐさま行動を起こすことを肯定していた。不意打ちなど当たり前、危険を排除できるなら喜んで騙し討て。これも戦友たちに教わった心構えである。

 セシリアからそれとなく一夏自身の立場を教えられていた一夏は、火急時の対処はためらわないと覚悟していた。もっとも、こうして囲まれるまで隙を晒したことは迂闊であったが、まさかこんな場所で無人機をちらつかせてくるなどさすがの一夏も思っていなかった。

 だが、無人機ということは指揮官を倒せば無力化できるかもしれない。だから一夏は打って出たのだ。

 

 ナイフを手につきだしてくる腕を掴み、それを引き寄せながら一夏は体当たりを繰り出す。腕を取られているために衝撃を逃がすこともできないマドカは肺の中の空気を吐き出しながら悶える。鈴から対チンピラ用に使える技だとして教わったものだが、役に立ったと鈴に感謝する。

 

「一夏、使え!」

「サンキュ!」

 

 箒が転がっていた壊れた傘を一夏に投げ渡す。それを剣に見立てて握り、それを振るって手に持っていたナイフを弾き飛ばした。

 

「ぐっ!?」

 

 完全に舐めきっていたのだろう、一夏の反撃に焦りと困惑を抱きながらマドカが身構える。その隙を一夏は見逃さない。

 

「くらいやがれ!」

 

 唐竹割りで脳天に振り下ろす一夏。みえみえの大振りにその一撃は空を切るが、それも予想通り。回避して背後に回ろうとするマドカに、今度は回し蹴りを放つ。それはガードこそされたが、見事にマドカを地へと倒す。

 

「貴様のようなやつに……!? この私が、織斑マドカが!」

「なんだ、生き別れの家族とかって設定か? 最近の誘拐犯は面白いキャラ設定だな」

 

 一夏は引っかかりを覚えるが、聞く耳をもたない。敵の言うことを無条件で信じるなどバカのすることだ。

 

「千冬姉と同じ顔でこんな真似しやがって、ムカつくんだよ!」

「くっ……!?」

 

 まだ無人機に囲まれた状態なのは変わらない。早く箒の安全も確保したい一夏は猛攻をかけて制圧しようとする。感じからして、生身なら一夏のほうが上だ。油断しなければ十分撃破は可能と判断した。

 判断力も、思考もなんだかセシリアに近いように変わってきた一夏であったが、彼女との違いはこうした荒事での経験量が少ないことであった。

 ゆえに、不覚を取った。

 

「そこまでだ、動くな!」

「なに!?」

 

 背後からかけられた声にしまったと思いながら振り返る。案の定、箒を人質に取っている二人目の襲撃犯がいた。しかも、ISを装備している。チンピラ程度なら箒でも十分対処できるが、さすがにIS相手は不味すぎる。

 蜘蛛みたいな多脚をもつ機体だ。そんなISを纏うその女、オータムはイライラとした顔で一夏に降伏を促してくる。同時にその腕のひとつで箒を拘束し、苦しげな箒の顔を一夏に見せつけるように晒している。

 

「オラ、さっさと両手あげろ。でないと手元が狂っちまうぞ」

「う、ぐっ……!」

「箒!?」

 

 ISで手元が狂っただけで生身の人間など容易に傷つけてしまう。一夏は数秒の間逡巡したが、打つ手なしと判断して手に持ったガラクタの傘を捨てて両手をあげる。

 

「ちっ………よくも調子にのってくれたな!」

 

 マドカが一夏を殴るが、もちろんかわす真似もできない。一夏はそれを受けながら、反抗的な目を殴ったマドカに向ける。そんな一夏の態度にイラついたように表情を歪めるが、一夏の無言のプレッシャーに負けたように目線を逸らした。

 

「ったく、男にいいようにされやがって。はやくそいつのISも回収して撤収するぞ」

「っ、わかっている!」

 

 箒の身のためにも、抵抗はできない。ISも奪われ、一夏にできることはもはやない。しかし、その一方で冷静な部分がここでこれ以上暴れても事態を好転させることはできず、悪化させるだけと判断して抵抗を諦める。

 こうなったら今は耐えるしかない。見たところ殺す気はないようだし、であれば反撃のチャンスもくるかもしれない。

 

 一夏は煮えたぎるような怒りを腹の中に抱えたまま、亡国機業に捕らえられた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「………今にして思えば、あの女……やっぱり俺の関係者なのか?」

 

 回想をして思うことはやはりあの織斑マドカという女だ。姉の千冬を若くしたような容姿に、織斑という姓名。両親がずっと昔に蒸発したことから、もしかしたら親類か、とも思ったが、あの女本人は一夏に敵意を抱いているようだし、とても仲良くできるとも思えない。

 無人機を連れていたことからも、これまで幾度となく自分たちを襲った組織の関係者……それもそれなりの立場にいるかもしれない。そんな人物との関係など、結局想像の域を出ないだろう。

 

「なんにしても、今はここから脱出しないとな……」

 

 とはいえ、厳重にロックされた部屋から出ることもできない。現状として、一夏にできることは待つだけだ。他力本願なのはカッコ悪いが、逃げるチャンスがくると信じて待つしかない。これまで何度も暴れてアクションを起こそうとしたが、何度かあのマドカが来て一方的に敵意のある罵声をぶつけてきただけだ。あまり得るものもなかった。

 

「無事でいてくれよ、箒………ん?」

 

 かすかに振動、そしてなにかの破砕音。これまで何度か振動はあったが、破壊音までしたことはなかった。それになんだか外が慌ただしい。

 一夏はなにかあったのかと扉に備え付けてある鉄格子付の小さな窓に顔をつけて外の様子を伺おうとする。

 

 

 

 そして、まったく同じタイミングで部屋を覗き込んだセシリアと至近距離から目があった。

 

 

 

「うおおっ!?」

「あら、女性の顔を見て悲鳴をあげるなんて失礼では?」

「セシリア!?」

「はい。ごきげんよう、セシリア・オルコットです。お久しぶりですね一夏さん。夏休みにこんな場所で引きこもりなんて感心しませんね」

「ああ、そのつまらないジョークは間違いなくセシリアだな」

「なにやってんだか。ほら、遊んでないでさっさと逃げるわよ」

「鈴もいるのか。………もしかして助けにきたくれたのか?」

 

 視線をずらせば、以前と違う形状をした『甲龍』を纏った鈴が呆れ顔で一夏を見ていた。しかし、すぐに一夏の姿を見て安堵するように表情を綻ばせる。

 

「ありがとう、二人共……!」

「借りにしておきますよ。さて、扉を破るので離れていてください。鈴さん」

「はいはい」

 

 一夏が扉から離れると、その扉はまるで紙くずみたいにぺしゃんこになって破壊される。部屋から出た一夏は周辺を警戒している二人と合流する。

 

「元気そうですね。特になにかされたようにも見えませんし、このまま脱出いたしましょう」

「待ってくれ、まだ箒が……!」

「心配しなくていいわ、あっちはアイズたちが向かってる。長居するような場所じゃないし、とりあえず全員と合流するわよ。……あとこれ、忘れ物よ」

 

 鈴が先ほど奪い返したガントレットを一夏へ投げ渡す。

 

「『白式』……!」

「軽くチェックしましたが、ウイルスなどのバグもありません。そのまま使えますよ」

「あんたもこのままじゃ収まりがつかないでしょう? 戦力として数えていいわね?」

「ああ、当然だ!」

 

 一夏がすぐさま『白式』を身に纏う。セシリアの言うとおり、特に不具合は感じない。連中になにかされたわけじゃないというのは幸運だった。

 三人はすぐさま合流地点である突入したエントランスへと向かう。ここまできたルートを逆行するのは少し遠回りであるため、束が手に入れた基地内部詳細マップから最短ルートを導き出したセシリアの指示で一夏と鈴を前衛に三機で固まって行動する。

 突入時と同様にセシリアがバックアップ役だ。直接戦闘は鈴、そして復帰した一夏の役割である。

 

「……、退路上に敵機捕捉。数は二機、このまま突破しますよ」

「目視確認! 一夏! 左の機体はまかせた!」

「おう!」

 

 狭い空間でも存分に力を発揮する鈴は無人機が放つ実弾でのマシンガンを床に伏せるように回避し、壁や天井を蹴って接近、『双天牙月』を投擲して牽制して間合いを詰める。

 そして無人機に対して抜群の効果を持つ発勁を叩き込んで完膚無きまでに破壊する。四肢を残して木っ端微塵にするその威力は完全に過剰破壊だ。

 

「うーん、どうも絶好調すぎてオーバーキルね。被害を少なくするために武器で破壊したほうがよさそうね」

 

 武器を使うほうが手加減という恐ろしいことを平然と宣う鈴。彼女もどんどん非常識な存在になりつつあった。

 

「俺だって遊んでいたわけじゃないんだ!」

 

 一夏も撃破のために接近を試みるが、鈴のように牽制する武器はない。しかし、ずっと鍛えてきたために一夏の身体スペックは夏休み前より向上しており、それは『白式』の機動の底上げにもつながっている。ギリギリだがしっかり射線から機体を回避させつつ接近、一撃で撃破するために『零落白夜』の使用を決断する。

 『雪片弐型』が展開し、『零落白夜』の発動準備をしながらも必殺である『零落白夜』のエネルギーブレードは小出力で展開。まるでナイフほどの大きさで刃を形成した。

 

「消えろ!」

 

 そして体当たりでもするように無人機に接近して、密着状態からナイフ大のエネルギーブレードを突き刺した。小出力でも目標のエネルギーを食う性質は変わらない。その効果範囲はあくまでそのブレードに触れたもの。だからケースバイケースで刀身の大きさを変化させることで必要最低限のエネルギー消費に抑えたのだ。燃費の悪さをどうにかしたいと思った一夏が独自に編み出した技術だ。以前も思いつきでブレードの瞬間生成を使ったが、今ではそれを完璧に会得している。

 

「なるほど、確かに遊んでいたわけじゃないようですね」

 

 満足そうに笑うセシリアに、無人機を倒したと思った一夏も笑い返す。かつては足でまといだったと思っていた一夏だが、これでようやく役に立てるくらいまでになれたかもしれないと嬉しくなったためだ。

 

「でも、まだ甘いですよ」

 

 一夏の足元でわずかに動いていた無人機に向かってセシリアがレーザー狙撃をして完全に破壊する。一夏は少し呆気にとられていた。

 

「無人機は多少のダメージだけでは完全に無力化はできません。鈴さんはオーバーキルですが、あれくらい破壊するつもりで倒してください」

「……わかったよ」

 

 一夏はまだまだ未熟か、と少し落ち込みながら気を入れなおした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 三人は順調に移動しており、ときおり出現する無人機も即時破壊している。しかしその数は想定したものよりずっと少ない。束が無人機の起動シークエンスを無効化したらしく、プラントにはまだ未稼働の機体が大量にあるが、それが起動することはないと伝えられたことで少し余裕もできた。このままいけば予想よりも早く脱出できるかもしれない。

 

「あとはこの先のエリアを超えれば、エントランスの近くに通じるシャフトがあるようですね。そこから脱出しましょう」

「箒は大丈夫なのか?」

「先ほどアイズから確保したと連絡がありました。今は箒さんをつれて私たちと同じように合流に向かっています」

「そうか、よかった……」

 

 その朗報を聞いて安堵する一夏。心配でしょうがなかったが、これでとりあえずは一夏たちも脱出を優先できる。アイズと簪がいれば任せられるだろう。あの二人のほうが自分よりずっと強いと一夏は知っている。

 そうしているとやたらと広いエリアへと入る。小さなライトしか明かりがないために薄暗いが、どうやらここは廃棄物の処理場らしい。いろいろな機材や残骸が山のように積まれており、周囲にはそれらを処理するためのものと思しき施設や重機が見える。その中にはこれまで倒してきた無人機のパーツも見える。まるで墓場の如き光景に、肝の据わっている鈴も眉をしかめる。

 

「この先ね。とっととこんな気味悪い場所なんて抜け―――」

「鈴さん、止まってください」

 

 軽口を叩く鈴を制止させるようセシリアが口を開く。素直にそれに応じた鈴は全周警戒を強くしながらセシリアに聞き返す。

 

「なにかあったの?」

「束さんから警告です。どうやら厄介そうな機体がこちらに向かっているそうです」

「無人機じゃないのか?」

「どうやら違うようですね。それに、背後から追いかけてくる機影も確認しました。こっちは………」

 

 三人で背中合わせになるように警戒体勢を取る。そうしているとなにか大きな振動音と、IS特有の機動音が二方向から近づいてくることがわかった。それは意図したわけではなさそうだが、完全に進路と退路をとられた挟み撃ちであった。

 その音がどんどん近づき、ハイパーセンサーにもその機影を捉える。

 

「来た……!」

 

 まず現れたのは、一機のIS……無人機ではなく有人機だ。その機体には全員が見覚えがあった。いや、同じような機体をよく知っていた。細部は違えど、カラーリングや武装、そしてデザイン。それはセシリアのIS『ブルーティアーズtype-Ⅲ』と酷似していた。

 

 

「あんたの機体の親戚?」

「そのようです。たしか……『サイレント・ゼフィルス』でしたか。イギリス政府が開発した機体ですが、強奪されたもので、このティアーズのデータを元に開発された姉妹機とされる機体です」

 

 ちなみに双子機と称される『レッドティアーズtype-Ⅲ』とは意味合いがまるで違う。『レッドティアーズtype-Ⅲ』は『ブルーティアーズtype-Ⅲ』がまだ『ブルーティアーズ』という名称であった頃、企画段階から同じ設計のもとで方向性に差異をもたせて同時に造られた機体であり、その後の束による改修、強化を経て『type-Ⅲ』となった。

 対して『サイレント・ゼフィルス』は『ブルーティアーズ』のデータをもとに造られたBT兵器を試験搭載した強化型の二号機となる。

 

 そして、そんな機体を操るのは、一夏にとって忘れられない人物……織斑マドカであった。

 

「逃がさんぞ、好き勝手にやってくれた礼はさせてもらう」

「はぁ? あんた、状況見ていいなさいよ。一対三で勝てると思ってんの? ………てかなんか懐かしい顔してるわねあんた。千冬ちゃんにそっくりとか………一夏、あんたの妹かなんか?」

「俺が聞きたいくらいだよ………でも、鈴の言うとおりだ。この人数では勝てないし、おまえに付き合ってる暇もない。邪魔はするな」

「どいつもこいつも舐めてくれる……!」

「顔だけじゃなく、沸点の低さも千冬ちゃんそっくりね」

 

 千冬に聞かれたらそれこそ恐ろしいことになる台詞を平然というあたり鈴のすごさがわかる。一夏としては、いや、鈴もこのマドカの存在は気になるところであるが、目的に忘れるほど愚かではない。今は時間をかけている暇はないのだ。

 

「………そうも言ってられなくなりましたね」

「なに?」

 

 セシリアが目を向ける方向から、今度は別の機体が飛び込んでくる。それは周囲のものを破壊しながら現れた。

 外見はまるで戦車であり、重々しい音をたてて動くキャタピラに、あちこちに備え付けられた銃座、そしてまるで上部には機械的であるが、人間の上半身のような形状をしており、アームとなった左右の“腕”にも重火器を装備している。まるで出来の悪いロボットだ。

 問題があるとすれば、それが全長十メートルを軽く超えるほどの巨体であるということだ。その巨大な手も、ISくらい軽々と握ることができそうなほど大きい。まるでテレビに出るロボットそのものだ。

 

「なによあのでっかいの」

「完全に巨大ロボじゃねぇか!」

「あれも無人機……の、ようですね。まぁ、確かに無人機を作れるならISサイズにこだわる必要なんてありませんけど……」

 

 ロボットアニメのような冗談のような巨大無人機に三人が呆れたようにするが、その脅威度でいえばこれまでの無人機とは比べ物にならないだろう。セシリアは、通信で束から「都市部や拠点の制圧用かも」と聞かされていたが、こんなものが街で暴れたらその被害はどれほどのものになるか。巨体ゆえに動きは鈍そうだが、その見るからに重装甲と重火力の機体は恐ろしい兵器であろう。

 

「貴様らなど、私とこの『サイクロプス』がいれば十分だ。痛めつけてから貴様らの機体を回収してやろう」

 

 マドカの声に触発されたように『サイクロプス』というらしい巨大無人機が動く。頭部からまるで目のような線のような形状をした赤い光が灯る。

 

「進路も退路も取られてる。やるしかないわね」

「仕方ありませんね。あくまで脱出を優先です。無理に撃破する必要はありませんけど……今後の遺恨を絶つためにも、なるべく破壊しておきましょう」

「……俺は、あいつと戦う。いいか?」

 

 そうしていると一夏はマドカとの戦いを希望してきた。確かに戦う必要が出た以上、一夏の希望を跳ね除ける理由はない。見たところ冷静のようだし、セシリアは鈴と目配せをしてそれを許す。

 

「わかりました。一夏さんは彼女の相手を。鈴さん、あっちのほうをお願いできますか?」

「しょうがないわね。私もあの千冬ちゃんのそっくりさんは気になるけど、ほかならぬ一夏に譲るわ。こっちの木偶で我慢してやるわ。借し二つ目よ?」

「一夏さん、おそらく彼女の機体にはBT兵器があるはずです。私も援護しますが、注意してください」

「わかった。……わがままを言ってすまない」

「そう思うのなら、負けてはダメですよ?」

「当然だ!」

 

 そうして一夏は『雪片弐型』を構えてマドカへと向かっていく。マドカはライフルを構えて一夏を迎え撃つ。

 

「それじゃ、あたしも行きますか。いくわよでっかいの。龍と虎の牙で砕けなさい!」

 

 鈴も雄々しい咆哮を上げながら、これまで戦闘経験などない巨大な敵機に向かって突撃していく。セシリアだけがその場に滞空し、スナイパーライフルを構えて二人への援護体勢を整えている。開戦の狼煙とばかりに、敵である二機にむかって一夏と鈴の突撃に併せて出鼻を挫くようにレーザーをお見舞いしてやる。

 『サイクロプス』は巨体にふさわしく高い防御力を持つようでセシリアのレーザーを弾くが、同時に鈴が機体に備えてあった重火器の一つを破壊する。

 

 そしてマドカはセシリアのレーザーを受け、一夏の初撃を後手で受けざるを得なくなってしまう。舌打ちしながらも銃剣として利用できるライフル『スターブレイカー』で一夏の斬撃を受け止めた。

 真正面から至近で二人が睨み合った。

 

「IS戦で貴様ごときに遅れをとる私ではない」

「へっ、それでも負けるとは思えないぜ。なんせ生身の千冬姉のほうが強そうだからな!」

「貴様ぁっ!!」

 

 激しく激高するマドカと、こちらも激しく感情を高ぶらせながらなおも斬りかかる一夏。そっくりな顔をした二人の戦いは、その理由も知らぬまま銃と刃が交わされる中で始まった。

 

 

 

 

 




今回は一夏サイド、次回は箒サイドを進めます。

ようやく原作主人公も活躍です。

救出編では三局化で進む予定です。一夏、セシリア、鈴の一夏サイド。箒、アイズ、簪の箒サイド。束、ラウラ、シャルロットの束サイド。それぞれにボス級を用意しています。

一夏サイドのボスはマドカさんと巨大ロボ型無人機。

箒サイドのボスは………わかりきってますがシールとの再戦が待っています。

次回は簪さんの新型がついにお披露目です。それではまた次回に!

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