Act.47 「アサルト」
ドイツのとある地方、ほとんど人のいない渓谷のような地形に隠れるようにそこは存在していた。表向きは軍の観測施設とされているが、そこはれっきとした軍事施設であり、地下に広がる空間では数多くの兵器を製造、保管しており、表には出せない兵器工場として存在している。
地上にあるのは、観測所として擬態しているために小さな施設であるが、そんな場所に不相応なほどのセキュリティが張り巡らされている。そして、周囲の地形には隠れるようにして複数の機影が見られた。
それは、紛れもない無人機の姿であった。
範囲内に侵入したものを排除するようにプログラムされているそれらは、ただただ無機質な赤い光を目に宿して周囲を見張っていた。
しかし、そんな哨戒機のうちの一機に異変が起きる。ザザー、といきなりノイズが交じり、本施設とのリンクがカットされた。異常事態に自己判断でその場から離脱し、帰投しようとするが、その背後に瞬間移動でもしたかのように一機の機体が現れる。
そして、その機体が手に持ったナイフを振り、無人機の頭を一瞬で切り落とす。スパークする機体に、さらにナイフを突きたて、動力系を完全に破壊。爆発させずに機能停止させられた無人機はそのまま地面に崩れ落ち、ただのオブジェと成り下がった。
それを作り出した人物……愛機である『オーバー・ザ・クラウド』を纏ったラウラが冷たい視線で破壊された無人機を見下ろし、完全に破壊したと判断すると量子通信で連絡を入れる。
「こちらラウラ。哨戒機を破壊した」
『ご苦労さまです。一度戻って合流してください』
「了解」
そして音もなく……いや、姿すら消失させてその場から消えるラウラ。
そしてやや距離を離して待機していた面々がいる場所へと戻ると、機体を覆っていたマントを脱ぎ捨てて再び姿を現した。
「ステルスシェードはどう?」
「問題なく。無人機のレーダーも無効化しています」
「……アイズもきました。あちらも問題ないようですね」
同じようにステルス装備で哨戒機を破壊したアイズも合流する。機体をラウラと同じステルス効果の高いマントで覆ったままその場に着地する。
「ただいま。哨戒機破壊、完了だよ」
「お疲れ様です姉様」
「ラウラちゃんもね」
一時的にISを解除してほっと一息をつくアイズ。
目的の秘匿基地からかなり距離を離しているため、ここまでは敵の索敵範囲にも入らない。
「束さん」
「ん、あと十五分は大丈夫。その隙に突入するよ」
束が自らのIS『フェアリーテイル』を纏った状態で答える。『フェアリーテイル』の周囲には二機のまるで妖精を模した形状のビットのようなものが浮遊しており、さらに遠方から同型のものが五機飛翔してきた。それらを回収すると束もISを解除していつもの白衣姿へと戻る。
そんな束が振り返ると、そこにはアイズをはじめとしたこの作戦に参加する面々が顔を揃えていた。
束にしてみれば、自らの我侭に付き合わせる形だ。しかも二名ほどはほとんど脅す形で参加してもらった。だから申し訳ない気持ちもあるが、ここにいる全員は最後には自らの意思で参戦している。
「今更だけど………ごめんね、私の我侭につきあわせちゃって」
「そんなことはありません。私も、二人を放っておくほど友情に疎いつもりはありません」
セシリアは確かに大局を見て判断しているところもあるが、クラスメイトを見捨てるなど許容できることではなかった。
「束さんだけじゃないよ。ボクにとっても、二人は大事な友達だもん」
アイズも同じだ。それに箒のことはなにかと気にかけていたし、束と仲直りして欲しいとずっと思っていた。だから、束が箒を助けたいというのならそれに力を借すのは当然のことだった。
「僕だって、一夏たちを助けたいし」
「うむ。任務じゃなかったとしても、志願していただろうな」
シャルロット、そしてラウラも同様だ。シャルロットは特に一夏は気にかける存在であるし、ラウラも一夏と箒には過去に迷惑をかけた借りもある。
「ったく、一夏のやつもいつからお姫様みたいなキャラになったんだか。はやいとこ助け出してからかってやろうじゃない」
「そのための力がある。なら、協力させてもらいます」
そして鈴と簪。この二人は完全に部外者という立場であるが、戦力の欲しかった束が技術協力を条件に参加を確約させた。簪はともかく鈴は断る十分な根拠があるのだが、一夏と箒を救出するためと聞かされては断るなどありえない。立場上かなりまずいが、そのあたりは暴君がごまかすと聞いて即断で参加を表明した。
その際に束の正体を知られることになったが、口外しないこともあっさりと確約してくれた。
「………ありがとう。このお礼は、必ずするよ」
可愛い妹と弟分を助けたい束にとって、彼女たちの協力はなくてはならないものだ。束だけでも救出はできるかもしれないが、二人の安全を確約するには至らない。束は自分の才能や力は世界最高だと自負しているが、それでも万能だと思ったことはない。いや、思ったいたが、それは違ったのだと過去に思い知っているのだ。
「水臭いですよ束さん」
「アイちゃん……」
「ボクたちにとっても、二人は大事な友達ですし、それに………ボクは、いつだって束さんの味方です。ううん、ボクだけじゃなくて、みんなも」
束が全員の顔を見渡すと揃って笑って応えてくれた。
どこか、胸の奥が暖かくなるような、そんな懐かしくも心地よい感じに束はくすぐったそうにしながらも、すぐに表情を引き締める。
ここから先は隠密も意味がなくなる。この先、一夏と箒が監禁されていると思しき地下空間の詳細マップは手に入れる時間も余裕もなかった。だから、隠密行動はここまでが限界だ。
これからは力ずくによる強襲作戦となる。
作戦名『オペレーション・アサルト』。そのフェイズ1は地上部の制圧。まずは哨戒機の全滅、そして……地上施設の完全破壊。
その後、地下基地へと入口から侵入、電撃的に基地を制圧して二人を救助する。単純であるが、時間をかけられないためにかなりシビアな作戦である。
「……じゃあ、フェイズ1の仕上げといこうか。セッシー、お願い」
「はい」
セシリアが『ブルーティアーズtype-Ⅲ』を纏い、そしてかつて使用した規格外な武装、戦略級超長距離狙撃砲『プロミネンス』を展開する。
巨大なステークが地面に刺さり、ジェネレーターのフィンがスパークしながら激しく回転する。長い砲身がゆっくりと動き、敵基地へと向けられる。
小高い丘の上から肉眼では見えないほどの距離にある地下施設への入口があると思しき地上施設へ狙いを定める。地上部が無人というのは確認済みだ。だから遠慮なく破壊できる。
「全員、準備はいいですね?」
全員がISを装備し、さらにアイズとラウラと同じステルス機能を与えるステルスシェードをローブのように纏う。それを確認したセシリアが狙いを確認しながらトリガーに指をかける。
「破壊と同時に即座に侵入します。………発射まで、カウント10………」
ゆっくりとカウントダウンしながら、各々が機体を浮遊させて準備を整える。そしてカウントゼロと同時に、セシリアがトリガーを引いた。
「Trigger」
光の奔流が一筋の矢となって発射される。絶大な破壊力を秘めるそれは、まっすぐに夜の闇を切り裂き、地上施設へと突き刺さった。直後に爆音と豪炎が発生するが、それすら消し去るように光の奔流がすべてを舐めとるように消滅させ、残ったものは更地だけであった。そこへ、ぽっかりと空いた穴がまるで奈落の底へ誘うような不気味さをもって姿を現した。地下施設へと通じるシャフトだろう。
「フェイズ2へ移行します。全機、突入してください!」
全機が全速力でそのシャフトへと飛翔し、躊躇いなくそこへ突入していく。事前に哨戒機を全滅させたので障害となる敵機もいない。はじめに束、アイズ、鈴、そしてシャルロット、ラウラ、簪と続き、最後にセシリアが突入する。
その後に残ったのは、ただ静寂に包まれた破壊された施設だけであった。
***
およそ地下800メートルほどまで降下し、シャフトをくぐり抜けて地下基地内部へと侵入する。エントランス部と思われる広い空間に一度降り立った面々は周囲を観察するように見渡した。広さでいえば、標準的な学校の体育館よりやや広いといった程度だ。四方八方に、いくつもの通路とつながるゲートが見える。
既に侵入がバレているのであろう、けたたましく鳴るアラームが耳障りであるが、もともと地下施設への侵入に隠密行動はできなかったのだ。うっとうしい警報装置を破壊して周辺への警戒を強める。
そうしていると束が基地内部の情報端末を見つけ、その端末に『フェアリーテイル』のテイルユニットを接続、基地内部の管制システムの掌握と内部の詳細マップの検索を行う。機体周辺に空間モニターが展開され、凄まじい早さで文字列がスクロールしていく。
「……回線の接続を確認。……よし、監視モニターの無効化を完了………みんな、もういいよ」
「ふぃ~、すごいけどやっぱ動きにくいったらないわね、これ」
基地のモニターを無効化すると同時に全員がステルスシェードを脱いで姿を現した。これで束が健在である限り、万が一にも襲撃犯として確定される証拠は残らない。あとは出会う敵機をすべて破壊すればいい。
「それじゃあ私はここで基地内部の掌握と詳細マップのリアルタイム情報をみんなに送信するから」
「お願いします。では、皆さん、最終確認を。量子通信は大丈夫ですね?」
実はすでにこの基地内部では重度の通信障害が起きていた。その原因は束のIS『フェアリーテイル』によるもので、量子通信がなければ連絡を取り合うことすらできないほどである。もともと実装していたカレイドマテリアル社製の機体はともかく、急遽このシステムを積んだ鈴と簪の機体は最後に正常稼働のチェックを促した。不具合があれば孤立する恐れもあるのだ。
「あたしのほうは問題ないわ」
「こっちも大丈夫」
「では予定通りにラウラさん、シャルロットさんはここで束さんの護衛を」
「わかった」
「了解」
束は基地掌握のためにここから動けない。二人はそのための護衛だ。おそらくもうしばらくすれば基地内部の防衛のために襲撃にさらされるはずだ。闇雲に探すのでは埒があかない。だから束のハッキングによる基地内部の詳細情報の入手は必要条件だ。
そして、実際に探索、救助するのは残る四人の仕事であった。
まずアイズと簪、そしてセシリアと鈴によるツーマンセルだ。単独での行動は危険であるが、全員で動けば救出に遅れが出る恐れもある。それにこのペアならタッグトーナメントをしていた経験もあり、連携も問題ない。ラウラとシャルロットもこの一ヶ月、同部隊で同じ訓練をしてきただけあって連携も問題ないレベルだ。
「では、行きましょう。みなさん、武運を」
「さっさと終わらせて、帰りましょ」
「気をつけてね、みんな」
「時間もない。急ごう」
そして四人が二方向へバラけて展開していく。この四機は同時に束が基地内部を把握するためのマッピングの中継点にもなる。だから速やかに展開することが望ましい。
残されたシャルロットとラウラは武装を展開しながら周囲の警戒を強めていく。
「博士、掌握にはどれほど?」
「まだかかる。さすがにこれだけのシステムは厄介……ま、束さんにかかれば三十分もあれば充分だけどね」
「早いけど、気の遠くなる時間だね」
シャルロットが苦笑して言う。たったそれだけでこれほどの基地システムを掌握できることは凄まじいが、戦闘において一箇所でそれだけの時間を稼ぐことは過酷だ。
「そう言ってるうちに来たぞ。おそらく防衛用の無人機だ」
そうこうしているうちに二機の無人機がエントランスへと通じるシャフトから姿を現した。さすがに基地内部でビーム砲は使えないのか、装備はこれまでみたものよりも貧弱だ。それでも十分脅威となる武装を装備しているには違いないが、それくらいでやられるような三人ではない。
出現と同時にシャルロットがレールガンで狙撃する。狭い通路から現れたことが災いし、一射で二機を貫通して破壊する。
「これじゃモグラたたきだね」
「まだまだ来る……シャルロット、背中を任せるぞ」
「お任せあれ、ってね!」
次々に現れる無人機に対し、ラウラは高速移動で攪乱し、接近戦で確実に破壊する。『オーバー・ザ・クラウド』の特性を考えれば狭い室内ではその長所を殺すことになるが、ラウラは単一仕様能力『天衣無縫』を瞬間的に連続で使用することで小刻みに不規則な移動を繰り返している。
この機動に追随できるのは、同じくセオリー外の機動を可能とする『甲龍』の『龍跳虎臥』くらいだろう。
そして手にする武装は切断力を増したナイフ『プロキオンⅡ』。スローイングナイフと思しき形状をしており、それらを指に挟めて片手で三本のナイフを構えており、それを振るってまるで爪痕のような破壊痕を残し敵機を切り裂いていく。
そしてこれは『オーバー・ザ・クラウド』専用武装であるため、当然その運用方法はこれだけではない。
「いけっ!」
ラウラが手にした三本のナイフを投げると、そのまま斥力場によりまっすぐ敵機に向けて凄まじい速さで迫り、そのまま突き刺さるどころか貫通して破壊する。『天衣無縫』の力で打ち出されたナイフはスローイングナイフとは思えない破壊力を生み出していた。
もともと物理的なものに対して圧倒的なアドバンテージを得る『オーバー・ザ・クラウド』は、利用する武装もそういったものが有利に働く。ゆえに、ナイフの他にもステークを撃ち出す武装も備えており、射出機構は『天衣無縫』で代用している。
そして射出して本来使い捨てであるスローイングナイフを再び引力を操り回収する。
ナイフだけを回収する様子からわかるとおり、能力はナイフのみに限定して作用させている。もともと『天衣無縫』の引力と斥力の使い方は二つある。絶対条件は、本機である『オーバー・ザ・クラウド』を起点とすること、そして力場を生み出すためのもう一つの作用点は、限定したある物体そのものか、もしくは周辺場そのものに作用させる二種がある。限定した物体、この場合は『プロキオンⅡ』であるが、それだけに作用させるには事前にそれに特殊処理を施す必要があるため、初陣ではこの使い方はできなかった。しかし、調整を経て能力すべての使用が解禁となり、その戦術の幅も格段に上がっていた。
「ちっ、次から次へと……! ここが無人機のプラントというのも、アタリか……!」
しかし、ラウラの殲滅速度を上回る早さで無人機が集まってくる。束が基地内のシステム掌握をしているからだろう。敵にしてみれば優先的に排除したいはずだ。
だがラウラは依然として対多数戦に有利な武装はない。ラウラだけでは押し切られてただろうが、ここにはもうひとり、頼れる仲間がいる。
「いけぇっ!」
合計六門の重火器を同時展開して敵機を撃ち抜いていくのは、新型機に搭乗したシャルロットだ。
束によって魔改造された専用機『ラファール・リヴァイブtypeR.C.』。安定性と制圧力を高めた機体で、両手にビームマシンガン『アンタレス』、背部バインダーから徹甲レーザーガトリング砲『フレアⅡ』を二門、肩部の電磁投射砲『フォーマルハウトⅡ』を二門展開している。さらに背部ユニットでは装甲で守られた火器にエネルギーを供給するウェポンジェネレーターがフル稼働している。
一機とは思えないほどの弾幕で無人機を寄せ付けない。
しかし、そこへ側面から回り込んだ一機が特攻を仕掛けてくる。完全に射線外、しかしシャルロットに焦りはない。
「重火器タイプは接近すればどうにかできる、と思った?」
シャルロットの顔に笑みが浮かぶ。小さな笑い声を発しながら、つぶやくように告げる。
「束さんの魔改造機が、そんなことで攻略されるわけないじゃない」
突如として肩部にあったシールドが本機からパージ。シールドの裏側からクローが展開され、接近してきた無人機を二本のクローで捕まえる。
盾であり、近接用の大型クローアームとして展開されるハイドアームである。そのまま圧力をかけ、さらにクロー部が赤く赤熱しはじめる。高熱で融解させながらそのまま無人機を真っ二つに圧殺する。
「うわぁ、えげつない武装………いや、すごいけど」
「シャルロット、ぼやいてないで撃ちまくれ!」
「わかってるよ!」
未だに増援が止まない無人機の勢いに押されまいとさらなる砲撃を繰り返すシャルロット。ラウラは攻撃を仕掛けようとする無人機を優先的に叩いていき、脅威度の高い機体を正確に減らしていく。しかし、それでも無人機の勢いはなかなか減らない。それどころかどんどん増援がくる始末だ。
「でも、こんなに戦力があるなんて……!」
「基地内部で、強力な武装が制限されているのが救いだな。でなければ押し切られていたかもしれん」
二人の健闘の背後でシステムハックをしていた束がそんな二人の言葉に乗るように会話に加わってくる。
「………プラントを確認したよ。やっぱりここが生産工場のひとつだったね」
「だからこんな数が……」
「でも大丈夫、システムの一部は掌握した。無人機の起動シークエンスを無効化………起動しちゃった機体はどうしようもないけど、これ以上は増援はないよ」
「起動した機体はどれほどですか?」
「あと、およそ三十機ほど。でも、………ちょっと面倒なのがいるみたい」
「面倒なの?」
三十機程度ならまだなんとかなる。狭い空間内なので、多数であるという利点も失われている。少数精鋭のこちらが対抗するには十分だ。
しかし、そう簡単にはいかないらしい。
「防衛システムの一部らしい大型機が起動しちゃってる。おそらく新型……それが三機いる」
「大型機?」
「おそらく、都市や拠点の制圧用……かな。データを見る限り、………シャレにならないな、これ。思った以上にここの戦力は多すぎる。無人機のプラントだけじゃなく、試験場もかねてるね。はやいとこ制圧しないと面倒になりそう………」
束の『フェアリーテイル』の周囲には空間モニターが新たにいくつも展開されており、徐々にシステムを掌握しつつ、この基地内の情報をどんどん入手していく。
思った以上にこの施設は危険度が高い。いや、高すぎる。イリーナがこの基地の破壊を命じてきたが、それは正しいだろう。無人機だけでなく、都市制圧まで視野にいれていると思われる兵器まで作っているプラントなど脅威としかいえない。
「姉様たちは大丈夫なのですか?」
「何度か交戦してるみたいだけど、問題ないかな。………っ、見つけた!」
基地内部を詮索していた束がとうとう目的の人物の情報を発見する。箒は地下十五階の一室に、一夏は地下十二階のフロアだ。基地内の掌握した監視システムを使ってリアルタイムでの位置情報だ。間違いないだろう。
「箒ちゃんはアイちゃん、いっくんはセッシーたちが近い………位置情報を転送するよ! お願い、みんな!」
***
どこかの国の、どこかの街。周囲には発展途上であるが、煌びやかな都市が広がっており、そんな新しく出来上がる町並みはまるでゆっくり作り上げられる芸術品のようだった。
そんな都市の一角にそびえる高層ビル。その一室にその人物はいた。
金糸のような艶やかな髪と、青い瞳、まるで絵に描いたような美女であり、その表情も茶目っ気があり、高嶺の花ではなく、親しみやすい印象すら与える容姿をしている。
まるでオモチャを愛でるように眼下から見える町並みを見下ろしており、時折クスクスと笑みすら浮かべていた。
「プレジデント、よろしいですか?」
「あら、どうしましたスコール?」
室内に入ってきたのは、同じような長い金髪をした美女であったが、こちらはまるで刃物のような鋭い雰囲気をまとっている。
スコールと呼ばれたその女性は部屋へと入り丁寧に礼をする。
「ドイツにあるプラントが襲撃を受けました。相手はISが七機とのことですが、現在はシステムが掌握されて情報が入りません」
「あらあら」
「おそらく、先に誘拐した篠ノ之箒、織斑一夏の奪還が目的かと思われますが……いかがいたしますか?」
「そうねぇ」
プレジデント、と呼ばれる女性は困ったように答えるが、その表情は新しいオモチャを与えられた子供のように無邪気に笑っている。
「相手は、篠ノ之束ですか?」
「おそらくは。システム掌握の手際といい、その可能性が高いかと」
「では挨拶が必要ですね。あの基地にはマドカがいましたね? シールとオータムも向かわせてください。適当に相手をしてあげてください。あ、博士は殺しちゃダメですよ? 取り巻きは別に構いません」
「篠ノ之箒と織斑一夏はいかがしますか?」
「別に、どうにもしなくていいですよ? 奪われたらそれまでですし」
「よろしいので?」
「よろしいんじゃないかしら。そのほうが面白くなりそうですし、もともと篠ノ之束にちょっかいかけるためだけに誘拐したんですもの。…………ああ、でも」
「…………?」
「もしかしてセシリア・オルコットもいますか?」
「確認はとれていませんが………その可能性は高いかと」
「では彼女も殺してはダメです」
「はっ、そのように」
コロコロと表情を変えながら楽しそうに告げる女性に、スコールは了承の意を示して部屋を退室していく。残された女性は再び眼下に広がる景色を楽しみながらくすくすと子供っぽい笑い声をあげた。
「やっぱり人情には勝てませんか、篠ノ之束………家族が関われば、こうも簡単に釣れるとは」
本当に無邪気な笑みだった。間違いなく純粋な、そしてこの場にもっとも似合っていない笑みだ。
「でも………ISが七機。篠ノ之束を庇っていたのは、これだけの戦力がある組織、となると……やはり、あなたなの? イリーナ・ルージュ……」
まるで友のように語る。本人は、本当にそう思っているかのように。
「あらあら、これは近いうちに挨拶に行かないといけませんね。イリーナはなにが好きだったかしら? 久しぶりに会うんですもの、たくさんおしゃれをしていかないと。いったい何年ぶりの同窓会になるかしら? くすくす……うふふ」
その笑みも、瞳も、子供のように無邪気で、まるで太陽のように暖かい。しかし、それはどこか異質で。
「でも、セシリアがいるのなら………あれもいるのかしら。なんていったかしら、あの実験体………まぁあんなオモチャでも、けっこう楽しませてくれますね、うふふ」
もうひとりの魔女は嗤う。
ただ純粋に楽しみながら、世界に騒乱を生み出しながら、――――嗤い続ける。
敵地への強襲開始。今回は早くできたので早めに投稿です。
次回からは一夏と箒サイドにもスポットを当てていきます。
そしてなにやら敵サイドの首魁がいよいよ登場。五十話を突破してようやく出てきたぞ、おい。
はたして彼女がラスボスなのか?
激戦必至の救出編、また次回に!