セシリアと鈴の模擬戦が終了した後、休憩を挟んで関係者が集まった囁かな食事会が開かれた。主役といえるセシリアと鈴も強制参加であったが、二人は適当にあしらって早めに会場をあとにした。セシリアはまだしも、鈴はあからさまに「めんどくさい」と態度で示していたくらいだ。
挨拶だけ済ませて抜け出した二人はカレイドマテリアル本社の技術部へと向かう。模擬戦の反省会、及び技術交流を行っているところだ。
観戦していたアイズたちは映像を見返しながらそれぞれ意見を述べており、技術者間でも積極的に意見交換を行っている。
中でもカボチャマスクをかぶった篠ノ之束と、嘱託のくせに主任のごとく中国側の技術者たちを仕切っていた紅火凛が一対一でディスカッションしていた。あまりにも高度な専門用語の飛び交う議論に他の人間はまるで口を挟めないようだ。
「ふーん、屈折反射装甲を繊維状にして編み込む、か。しかもナノマシンを入れてるから、変幻自在に操作もできる、と。ほうほう、どうやらいろんなデータを基に、移行したときに独自に編み出したみたいだね。興味深い。マリアナ海溝くらい深いね!」
「こちらもすごいです。歪曲誘導プラズマ砲………模擬戦見ててびっくりしたけど、これ、砲身で磁場を作ってその反発力で曲げてるんですね。大出力だから燃費は悪そうだけど、これ、戦略兵器として革命モノですよ」
「IS単機で使うには出力が大きすぎるからセッシーにデータ取りしてもらってる段階だしね。まぁ、ブルーティアーズには大出力兵装を使うために、外部ジェネレーターを積んでるからね」
「………ここまで小型化できていたなんて。なるほど、これがあるからあんなエネルギーを食う兵器を使えるってわけ……おお、しかもコアエネルギーからの変換効率がこんなに高いなんてすごい。それに機体だけじゃなく、ビーム兵器そのものにジェネレーターを積むことで連射できるまでエネルギー供給を可能にしてる……」
「お、わかる? でも『甲龍』もよくチューンされてるよ。あれ、操縦者の格闘能力を完璧に発揮できるようにしてる。格闘系のチューンって負担が大きいから難しいんだけど」
「わかりますか! うちの脳筋の姉と、その弟子が『物理法則、なにそれ?』って動きばっかするからISで再現するようにOSを組むのがどれだけ大変だったか……!」
「ああ、発勁だっけ? さすが中国何千年の歴史だねぇ。あれはさすがに驚いたよ。ISとはいえ、武器もなしに大地を割るなんてちょっとびっくり。それを再現するOSを組むなんて、………あなた、けっこう天才なんじゃない?」
「あなたほどの人にそこまで評価していただけるなんて、光栄です」
「いやいやそれは謙遜だよ。あなたなら、うちにきても副主任くらいすぐなれるんじゃない? てかウチ来る?」
「っ!? ほ、ほんとですか!?」
「もちもち。技術部の人員はある程度融通利かせられるし、あなたくらいの人なら是非来て欲しいよ!」
まるで同じ趣味の人を見つけたかのように熱中していた二人だったが、さすがにその話題に及ぶと聞いていた鈴が慌てて介入する。ちなみに姉の雨蘭はとっととイギリス観光に行ってしまっていた。
「ちょ、先生!? 先生がいなくなったらあたしの『甲龍』は誰が面倒みるんですか!?」
「じゃあ鈴音も一緒に移籍しようよ」
「あたし、一応中国の代表候補生なんですけど!? そんなことしたら『甲龍』返却しなきゃいけないでしょ!?」
「うーん、しょうがない。残念だけど、この話は保留で。まだ手のかかる子がいるんで」
「うんうん、いつでも歓迎するからね。はいこれ、私のアドレス」
関係者にしてみれば金塊より価値のある篠ノ之束直通アドレスを手に入れる火凛。以前楯無が手に入れたものではなく、束のプライベート用のものなので知っている人間はほんのわずかしかいない。そこまで束が気に入る人間、しかも自身と同じ科学者を認めるのは本当に珍しい。
束自身、世界最高の頭脳だと自負しているため、自身に比肩しうる人間というのはそうそう認めようとはしない。束がここまで評価する科学者は火凛で二人目であった。
「にしても、先生もそこまで入れ込むのも珍しいですね。野良猫みたいに気まぐれなくせに」
「そりゃあ、尊敬してる人からお誘いがあれば私もテンション上がっちゃうよ?」
「先生が尊敬してるなんて、あの篠ノ之束しかいなかったんじゃないですか?」
何気なく言った鈴の言葉に、カボチャマスクを被った束がギクリとする。この場には束の正体を知らない、否、知ってはいけない人間が多くいる。そこでその名前を出されるのはまずい。ちなみに束はあからさまな偽名である『トリック・トリート』という名前で通している。偽名だとわかるようにした理由として、『テロ行為が活発なので身分を隠すように社長命令があったので』としている。この理由はけっこうマジな理由である。
「いやぁ、世の中って広いねぇ。私、ファンになっちゃって」
と、火凛がやや曖昧に答えながら、束に向かって流し目を送る。束はカボチャマスクの下で冷や汗をかきながら、火凛が自身の正体に気づいていることを悟る。
――――あらら、ばれてるかな、これは。お願いだから誰にも言わないでね火凛ちゃん。じゃないと口封じしなきゃいけないから。いや、マジで。具体的には私じゃなくてイリーナちゃんが、だけど。あ、実行犯になるのはイーリスちゃんのほうかな?
そんな束の心配が杞憂だというように、火凛が軽くウインクをしてくる。大陸系美人のウインクは色っぽいなぁ、なんて思いながら束は感謝の意味を込めて小さく頷いた。せっかくできた友人を失うことにならなくてよかった、と心中で安堵していたことを察していたのはセシリアただひとりであった。
「お?」
するとそこで束がある人物に目を向ける。アイズの隣で嬉しそうにしながら佇んでいる水色髪の少女だ。その少女の顔からは、好きな人の隣にいることが嬉しくてたまらないという、そんな純粋な好意が溢れかえっているような幸せオーラを発している。
束の目がキラリと光る。ツカツカと足音を立てながら、そんな幸せそうな更織簪のもとへと向かう。
「あれ、どうしたのたば……博士」
「?」
いきなりやってきたカボチャ頭の怪人物に簪が怪訝そうな顔をする。顔を隠しているとはいえ、束は無遠慮にジロジロとそんな簪を舐めるように視線を這わせる。
「えっと、あの……?」
「君かぁ、ウチのアイちゃんに手ェ出したっていう泥棒猫は?」
「ど、泥棒猫……!?」
「アイちゃんの嫁になるなんて随分と不相応な人だね、君は。そんなことをすればカレイドマテリアル社の社員の七割が敵に回るよ?」
「嫁!? な、なんのこと!?」
「簪、博士はおまえが姉様に相応しいか見聞しているのだ」
「だから、なんでそんなことに!?」
横からラウラが死地へ行く兵を見送るような表情をして告げてくる。それは簪を見送った楯無と同じものであった。
「まぁアイちゃんが可愛くてしかたないのはわかるよ? なんたってウチのマスコット(非公式)だからね!」
ちなみにアイズは社内情報雑誌『カレイドスコープ』の表紙を飾るモデルでもある。ときどきセシリアや、その他社内で有名な美人社員も写るが、アイズが圧倒的に多い。目を閉じた表情しかないにもかかわらず、それでもしっかり可愛らしく喜怒哀楽を表現するアイズの人気はそこらのアイドルよりも人気がある。アイズの人柄もその要因のひとつで、技術部だけでなくどの部署でも知り合った人の名前をちゃんと覚えているアイズは誰からも好かれていた。
ちなみに来月号はアイズとラウラの姉妹ショットの企画が上がっているところである。
つまり、アイズの嫁と宣言する、それはすなわちアイズのファンを敵に回すということだ。そのアイズ愛好の徒である筆頭の束にしてみれば、ぽっと出の小娘に手を出されるようなものだった。
「でもね、アイちゃんはあなたが思ってるかは知らないけど、ただの可愛い可愛い女の子じゃないの。アイちゃんを守れるような子じゃなきゃ、あの子の傍にいる資格なんてないんだよ」
束が仮面の奥でキッと睨みながら簪に告げる。
アイズの過去を知る者は社内でも多くないが、アイズ・ファミリアという少女の凄惨な過去を知っている者は少なからずいる。そして、未だにその過去の呪縛から逃れられないアイズが、これから先も同じように動乱に巻き込まれていくであろうことを予感している。そしてそれはアイズ本人も望むことでもある。アイズは、立ち向かうことを選んだのだから。
だからこそ、束はただ言葉だけの弱者が傍にいることなど認めない。セシリアや、同じ苦しみを持ったラウラのような、本当にアイズを理解している人でなければ納得しない。
束にとっても、アイズは可愛い妹分であり、手塩にかけて育てた弟子でもある。そして、束自身の夢を一番理解して応援してくれている大切な理解者だ。
だから束は認めない。覚悟も力もない者が、アイズを守ることなんてできないから。
「…………」
簪は驚きこそあったが、そんな辛辣に言われた言葉が自身の覚悟を試すものだと悟る。覚悟も実力もない小娘が偉そうなことを言うな、つまりはそう言われているのだと理解した。
「私は……」
ならば、言わなくてはならない。自身を救ったものが、力を求めた理由が、そうありたいと願いものが、いったいなんなのか。
「確かに、私は弱いです。セシリアさんにも、ラウラにも勝てない……そして、アイズよりも弱い」
「わかってるじゃない。そもそも、アイちゃんより弱いくせに……」
「それでも」
それでも。簪は仮面の奥で自身を見つめる瞳に、語る。
「私は、アイズが好き」
「…………」
「私は、この子が愛しくてたまらない。私を救ってくれた、私に気づかせてくれた、私を見てくれた………そんなアイズが、大好き」
「………だから?」
「だから、傍にいたい。守ってあげたい。……力があるから傍にいるんじゃない。傍にいたいから、私は強くなりたい。だから……ここに、来た」
「…………」
「だから、これも恥とは思わない」
すると簪はその場で膝を付き、ゆっくりと手を床につけて、そのまま頭を下げた。周囲にいた人間が驚き、目を見張る中、束はじっと………土下座した簪を見つめている。
「あなたの、力をかして欲しい。アイズを守れる力が、欲しい」
目は見えなくとも、簪がいったいなにをしているのか気配だけで察したアイズはオロオロとしているが、なにを言えばいいのかわからずに黙って行く末を見守るしかなかった。セシリアやラウラは簪の覚悟に共感でもしているように真剣な面持ちで頭を上げる簪を見つめ、シャルロットやその他の人間はいきなりの光景になにもできずに呆然としていた。
「…………ひとつ、聞こうか。あなたは、アイちゃんのために死ねる?」
それを束が問う。その覚悟はあるのか、と。この返答次第で束は簪の評価を決めるつもりだった。
そして、簪は一切の迷いも見せずにそれに応えた。
「それはできません」
ざわっと周囲が揺れる。詳しい事情はわからずとも、話の流れからイエスというと思っていた人間は多かった。しかし、簪の答えはノーであった。それにやや失望の念を抱いた人間も多かった。
だが、束は少し違っていた。
「それはなんで?」
「私が死ねば………アイズは、悲しむ」
束がアイズを見れば、うんうんとしきりに頷いていた。そうだ、たとえ簪がアイズのために死んだら、間違いなくアイズは悲しむ。いや、絶望すらするかもしれない。
「アイズの心を傷つける覚悟なんてもてない。私は、アイズを泣かせる真似はしない。そんな覚悟は、いらない」
「ほう……」
「私が欲しいのは………ずっと、アイズの隣にいられる強さだから」
完全な告白であるが、場の空気は茶化すようなものではなかった。判決を待つかのような、そんな重苦しい空気しかない。
そのまま静寂が一分ほど過ぎたころ、ふぅっと束が息を吐いた。それは、束が根負けした証であった。
「顔を上げて」
「………」
「及第点だけど………認めてあげるよ。あなたは弱くても、覚悟はあるってね」
「それじゃあ」
「ISを見せて。協力してあげる」
簪はもう一度頭を下げて感謝を示す。立ち上がり、待機状態の自身の機体と、その改造プランのデータを渡す。束は端末でデータを流し見して、珍しく感心したように笑った。
「へぇ? よく考えたねこれ。荒削りだけど、なかなかいい着眼点だね………ふむ、これなら」
「どうですか? できますか?」
「三日もらうよ。それで仕上げてあげる」
「……! あ、ありがとうございます!」
わずか三日でやるというのには流石に驚くが、それでも理想的な改造案が実現できると知って簪にも笑みがこぼれた。
「私が理論以上のものに仕上げてあげるよ。それをあなたが使いこなせるか、アイちゃんを守れるか、それとも口先だけの小娘だったか………見せてもらおうかな。ふふっ」
少し楽しそうな束はそれだけ言って部屋をあとにした。残されたのは事情もわからずに困惑している大勢と、そして………。
「か、簪ちゃん………」
「アイズ?」
顔を真っ赤にしたアイズが、もじもじとしながら見えないのに顔を気恥かしそうに背けていた。
「どうしたの?」
「えと、その、あ、あんなふうに言ってもらえるなんて、ボクも嬉しいけど………その、えっと………ちょっと恥ずかしい、かなー、なんて………」
「え?…………あ」
今更ながらに、自分がいったいなにを、誰の目の前で言ったのか思い出す簪。
完全に愛の告白である。しかも、こんな大勢の人間の前で、アイズの目の前で言ってしまった。元来引っ込み思案の簪は自分がとんでもないことをしてしまったことに、次第にパニックになりつつあった。
「あ、あ、ああ、あの、あれは………!」
「よく言ったぞ簪。姉様を守るというならそれくらいの気概がなければな」
一人だけ違う方向に感心して簪に告げるラウラ。そんなラウラの言葉も、今の簪には針のむしろをさらに圧縮されるような気分だろう。
ちなみにセシリアは苦笑しながら簪に同情するような視線を送っていた。その視線すら、今の簪には辛い。目線をそらせば今度はあからさまにニヤニヤしている鈴と目が合い、すがすがしい笑みのままサムズアップされた。死にたい。
「う、うううううううう!!?」
「あ、壊れた」
「簪ちゃん……!」
逃げ出そうとする簪を、アイズが制した。アイズに呼ばれ、恐る恐る振り返ると、頬を朱に染めながら幸せそうに笑うアイズがいた。そんなアイズの笑顔に、簪の心臓がキュンと跳ねる。
そんな簪に、アイズは自分をそこまで想ってくれることに嬉しくてたまらないというように、そんな幸せを噛み締めながら感謝の言葉を、精一杯の心をこめて応えた。
「簪ちゃん、ボクは……」
「………」
「ボクは、簪ちゃんに会えて………本当に幸せ者だよ。ありがとう、ボクを、好きになってくれて……」
「っ……、ア、アイズ……!」
「ボクも、簪ちゃんが大好き」
その言葉に、感極まった簪が我慢できずにアイズを抱きしめた。アイズも、そんな簪をギュッと抱き返す。見ているほうが恥ずかしくなる抱擁である。互いが互いを想っているとわかる純粋なそれは、涙腺の弱い者なら涙すら流してしまうほどであった。
「アイズ………アイズは、私が守るから。守れるように、強くなるから」
「うん……なら、ボクは簪ちゃんを守るよ。一緒に、強くなろ?」
それは、かつてタッグトーナメントで交わした言葉。
それはあのときよりも遥かに深く、重い願いを込めて、再び交わされた。
***
「やれやれ、アイちゃんもほんと愛されるね」
束は専用のラボへと戻ると暑そうにカボチャのマスクを乱暴にとって部屋の隅に投げ捨てる。やや汗を流しながらも、束は少し嬉しそうな顔をしていた。
束は、はじめは本気で簪を追い返すつもりだった、少なくとも、覚悟もなにもなければそうする気でいた。
しかし、思った以上に更織簪という少女はアイズを愛しているようだ。あんなふうに誰かを大切に想うという気持ちは束もよくわかる。そして、その想いは決して独りよがりのものではなかった。
なによりもちゃんとアイズの心を考えていた。それは評価する点であるし、簪を認めてもいいかもしれないと思わせるものだ。
「それに……」
渡されたデータに改めて目を通す。
『打鉄』をベースにしたと思われる改造機。コンセプトの発想も、そして万能型というスタイルの解釈も興味深い。ISを生んだ者としても、これはなかなかに惹かれるものがある。
「仕方ない、アイちゃんを守る力………それを用意してあげようじゃないか」
ウキウキしながら束は頭に浮かんだ数々のイメージをそのデータに追加していく。束の脳内ではすでに完成系のイメージができており、そこからさらに束流に魔改造する案と、それによってさらに魔改造された完成イメージもできている。頭の中だけで簡単に理論の実証を繰り返し、いけると判断した束は早速作業に取り掛かった。
こうなると遠慮なく思い切りやってしまうのが束である。三日後に簪がひっくり返るほど驚くことになる魔改造がこうして始まってしまった。
***
「で、事実だった、と」
「はい」
三日後、社長室でイリーナはイーリスからの報告を聞いて心底忌々しそうに唸った。
「織斑一夏、ならびに篠ノ之箒は五日前から行方がわかっていません。この二人が誘拐されたと知ったのは……運が良かった、としかいえません」
「亡国機業を探っていた別の網に引っかかった、か」
「それがなければ、おそらくは今でも気づかなかったかもしれません。今頃日本では大騒ぎです、もちろん、表には出てませんけど」
「しかし、こうも発覚が遅れるとは……日本政府も二人には護衛をつけていたはずだろう? そこまで平和ボケしていたのか?」
「あの国、テロ対策は先進国にしては遅れてましたから。まぁ、それは平和っていう証左でもあるんですけど、ね。ちなみに護衛はいたそうですが、すべて出し抜かれてますね。実行犯が上だったのか、護衛が間抜けだったかは判断に困りますけど」
一夏と箒は二人同時にさらわれたらしい。そのとき、同時にIS『白式』も持ち去られている。そしてこの二人が知れずに日本国外へ連れ出されたのは確認済み。二人が囚われていると思しき潜伏場所ももうじき洗い出しが終わるころだ。しかし、その場所は……。
「ドイツ、か」
「はい、そしておそらくは………ドイツ軍の、非公式の基地である可能性が高いです」
「やっぱり手駒にされていたか。軍が秘密結社に乗っ取られているとは、お約束というか、なんというか……」
ラウラの一件からきな臭いものは感じていたが、かなり深いところにまで亡国機業の根が張られていたらしい。そもそも、そうでなければどんな技術にしろ、虎の子である軍のIS部隊で実証実験するような真似などしまい。ヴォ―ダン・オージェの移植にもそんな裏事情があったようだ。
そしてさらに問題となりそうなのは、その場所だった。非公式にしては、その規模はかなり広大だ。しかも、どうやら地下に大きな空間があるらしくイーリスが調べただけでもそこへ多くの資材が秘密裏に運び込まれている。ここから想像できることは―――。
「おそらくだが………無人機の工場、か」
「可能性は十分にあります。そもそも、あの質と数を思えば、軍や政府が絡んでいないほうが考えられません」
「その間抜けがドイツ軍だった、と。ま、他にもありそうだが……」
「とにかく、どうします? 非公式なので、どのくらいの規模の戦力があるかも未知数ですし、そこまで調べる頃には二人が別の場所へ移送される恐れがあります」
「そうなったらさすがにまずいな」
「はい、奪還するなら、遅くても五日以内……いえ、三日以内でしょう」
もし二人が別々の場所に移送されれば、奪還できる可能性がどんどん薄れる。二人一緒にいるであろう今動かなければ、機を逸してしまう可能性が高い。
「日本の対応は?」
「この件を公にしないようにするほうが大事みたいですよ」
「相変わらず力の入れ方を間違ってるな、あの国は。地力で奪還できると思っているのか?」
「そもそも、国外にいることも掴んでないでしょう」
「織斑千冬は?」
「政府のほうが隠してますが、時間の問題でしょう。事実、彼女も弟になにかあったのではないかと疑問を抱いているようですし。私も一度お会いしましたが、あの方は知れば間違いなく動きます」
「そうなる前に片付けねばな。織斑千冬が動けば、良くも悪くも目立つ。そうなればこちらも動きづらい」
「もちろん、無視するという手段もありますが………」
織斑一夏と篠ノ之箒。この二人と直接関わりのないカレイドマテリアル社が動く理由はない。むしろ下手に手を出したほうが悪影響を生む可能性がある。メリットはなく、デメリットはある。その程度のものである。
「それはダメだ」
そう、それはダメなのだ。なぜなら、そうなれば束は間違いなく離反する。
束をカレイドマテリアル社に技術協力をする条件のひとつとして、必ず履行する契約がいくつか存在する。そのうちのひとつに、『篠ノ之束の身内に危害が及ぶ場合、社が全力をもってこれに対処、または救援する』というものがある。
もしこの事態を知った上で無視すれば、それは裏切り行為だとして束の怒りを買って離反されるどころか、社をめちゃくちゃにされてしまうだろう。束ならそれくらいやるし、実際にできるのだ。
「契約は絶対だ。だから、あいつの身内が誘拐されたのなら、どんな手段を使ってでも奪還しなくてはならない」
「はい。それに子供が誘拐されて見て見ぬふりなんて、大人として恥ずかしいですからね」
「それにな、私としても個人的にこんな手段を使うやつは気に食わん」
イリーナとて、裏では灰色の手段を使う暴君であるが、それでも悪党には悪党の矜持があり、ルールもある。
「子供を誘拐するなど、そんなやつは悪党ですらない、ただのクズだ」
「それについては同意します」
「ゆえに、やるなら徹底的に潰す。その場所が非公式なのは幸いだ。消滅させても表立って責任追及はできないからな」
「………では」
「そうだな、………束を呼べ。そしてセシリア、アイズ、……シャルロットとラウラもだ」
「小さな国すら消滅できる戦力で殴り込みですか。相手は一応、他国の軍隊ですが」
「言っただろう。やるからには徹底的に、だ。証拠など残さん。残してもすべてもみ消してやるよ。それが暴君の権力の使い方だからな。……二人を奪還したのち、その基地は消滅してもらう。おまえもバックアップに回れ」
「承知いたしました」
礼をして部屋から出ていくイーリスを見送ったイリーナが、窓から見える晴れ晴れとした青空を見上げた。どうやら心がこんな空のように晴れ晴れとすることはしばらくなさそうだ。
「さて、まずは束が暴走しないように釘をさすことからだな………。それにしても舐めやがって、クソが。束ほどではないが、さすがにここまで好き勝手されると、私も我慢の限界だな。ま、我慢などする気もないが………」
決して表には出ない、ISを使った戦い。それは、もう戦争といってよかった。
IS軍事基地への、ISによる強襲作戦。
そんな暴挙は、ただ家族を、仲間を助けるために、肯定される―――。
出張があり少し更新が遅れました。出張もいいが連休をよこせ。
今回は軍事基地強襲の導入編。鈴ちゃんと簪さんも参戦します。代表候補生がそんな作戦に参加するのはまずい?
イギリス代表候補生「すべて消滅させれば問題ありません」
中国代表候補生「バレなきゃいいのよ」
日本代表候補生「アイズがいくなら私もいく」
なにより仲間の危機に黙っているやつはひとりもいない。まずいことはすべて暴君がなんとかしてくれます。暴君の正しい使い方です。
シャルロット、そして簪の魔改造機がここでお披露目となります。そして束さんも当然参戦。
束+魔改造ヒロインズによる強襲………なにこの過剰戦力。
そして気づけば通算五十話目となりました。いったい何話で完結するのか作者にもわかりません(汗)