休み時間を経て、授業が開始される。内容としてはISの基礎。それはテストパイロットを務めるセシリアやアイズにとっては今更、という感じが拭えない内容だ。しかし、いい復習になるとしてセシリアはじっと教本に書かれた文字を追い、アイズは山田真耶先生の言葉に耳を傾けている。
真耶の説明は丁寧でわかりやすい。目の見えないアイズにとって真耶の言葉こそが教本だった。それを真耶もわかっているのだろう、アイズは見えないが、ときどきアイズのほうを見ながら説明のやり方を調節している。
セシリアもそれとなくアイズをフォローしているので、授業自体は問題なく進んでいた。だが、セシリアは気づいていた。一人、まったくわかっていなさそうに、困った風に教本を睨みつける男子を。言うまでもなく、織斑一夏である。彼の場合、この学園への入学すら不足の自体、おそらく知識が圧倒的に不足しているのだろう。それは仕方ないと思う。この学園に入学するために必要な知識量は、参考書にするなら電話帳くらいのボリュームになるだろう。それを発見から数ヶ月、入学が決まってからはもっと短いだろう期間で覚えることはなかなかに厳しい。
次の休み時間ではポニーテールのクラスメイトに誘われ、どこかへ行ってしまった。知り合いみたいだが、その女の子………篠ノ之箒は、もちろんセシリアの重要人物リストに入っている。篠ノ之束博士の実妹。そして、織斑家と交流があったことも聞いている。
(…………なるほど、偶然というには少々ためらわれますね)
カレイドマテリアル社の諜報部門からも同じ推測が上がっていたことをセシリアは思い出す。偶然かもしれないが、唯一とされる男性操縦者が、開発者と顔見知り。偶然、というには出来すぎなことだと疑念を持つほうが正しいだろう。
とはいえ、セシリアがそれはどちらもただしいと知っている。一夏の現状は必然であり、偶然でもある。たしかに一夏にIS適正があるのは必然だが、それが世に知られてしまったのは偶然なのだ。こればかりは深く関わっている束本人も予想外の出来事だったと言っている。むしろ、束はそのことでかなり落ち込んでいたりする。
(束さんも、難儀ですね、本当に………)
束は一夏に特別な贈り物をしたかっただけ。それなのに、それが今、一夏の現状を追い込んでいる。束の心中を察すると、セシリアは苦い顔になることを抑えられなかった。
***
「ああ、そういえば再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」
突然思い出したように言い、教室を見渡す織斑先生にクラス全体がわずかにざわめいた。
「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席、まあ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。一部を除き、今の時点で大した差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更はないからそのつもりでいろ」
一部を除き、という言葉で目線を向けたのはセシリアとアイズだ。既に織斑千冬は、この二人の実力に気づいている。その千冬の視線に、セシリアは小さく微笑み、アイズはにへら、と間の抜けた笑みを作る。
「自他推薦問わん。誰かいないか」
「はいっ! 織斑くんを推薦します!」
「いい!?」
やはりか。
セシリアもアイズもそうなるだろうと思っていた。世界初の男性操縦者、客寄せパンダとは言わないが、注目度という点だけなら国家代表よりも知名度は上だろう。それだけインパクトのある事件だったのだから。
「セシィ、どうするの?」
「ふむ………」
アイズに問われ、セシリアは少し考えて挙手をした。
「はい、立候補したいと思います。ですが……」
「なんだ?」
「同時に、織斑一夏さんを推薦いたします」
その発言に教室がざわめき、セシリアへと注目が集まる。一夏も目を丸くしてセシリアを見つめている。
「ふむ、代表となるのは一人だけということを知らない、というわけではなさそうだな」
「はい。基本的に、不安要素はあれど、一夏さんが代表となることに反対ではありません。しかし、私を含め、彼の実力を皆さんは知る機会すらまだありません。私はこれでも代表候補生を務めておりますが、彼の場合はそのような尺度となる肩書きもありません。故に、私は彼との模擬戦を提案いたします」
「模擬戦?」
「そうです。私と彼が戦い、勝敗を問わずにその模擬戦を見て、クラス投票で決めることを提案いたします」
教室のあちこちから「なるほど」「それがいい」という肯定的な声が聞こえてくる。
「もちろん、一夏さんと先生、そして皆さんが納得してくれるのなら、という話ですが」
「ふむ、それもいいだろう。織斑、お前はどうだ?」
「そこまでお膳立てされちゃ、嫌とは言えないな。その話、受けるぜ」
セシリアの思い通りに事が進む。この方法ならどんな結果であれ、文句は出ないだろう。確かにセシリア本人も代表になったほうが多くの人と戦える機会を得ることができるわけだが、強行に我を通そうとは思っていなかった。むしろ、セシリアも一夏には興味があったため、クラスメイトもそうだが、なにより自分自身が織斑一夏という存在を見極めたかった。それゆえの提案だった。
「そうだな、時期を考えても、………一週間だな。一週間後に織斑とオルコットの模擬戦を行う。その翌日にもう一度クラスの意見を聞き、代表を決めることとしよう」
***
「思い切ったことしたね、セシィ」
「そうでもありませんわ。これが一番、納得のいくやり方ですし」
「まぁ、ボクも代表には興味あるけど、普段の仕事もあるなら不適格だしね」
アイズは目のことがあるので、代表になっても迷惑をかけるだけだとしてはじめからなる気はなかった。セシリアがなれば、とりあえず代表戦の優勝は間違いないだろうが、一夏という存在は確かに強烈だ。
セシリアは一夏に挨拶をしてくるといい、席を立つ。アイズは二人の会話に耳をすませた。
「突然の申し出、申し訳ありません」
「いや、むしろ助かった。俺も困ってたから、あれが一番いいやり方だと思うしな」
「一夏さんは、まだあまりISに触れておりませんのよね?」
「ああ、でもさっき千冬姉……織斑先生から聞いたんだが、どうも専用機が送られてくるらしい」
なんと。
アイズは身を起こして驚く。送られてくる、ということは、おそらくは政府が用意したということだ。確かに男性操縦者の希少性を考えればデータ取りのために専用機が送られることもわからなくはないが、IS搭乗時間もまだまだ少ない彼の専用機などどうやって用意するというのか。アイズにしても、セシリアにしても、現在の専用機の形になるまでかなりの時間データ収集に努めていた。そうして、フィッティングを繰り返して現在の機体となったのだ。
「専用機………ずいぶん早いですね」
セシリアも驚いたように聞き返している。しかし一夏本人はよくわかっていないらしく、どこか気楽そうに話している。
「そうだよなぁ。まぁ、織斑先生がいうには、一刻もはやくデータが欲しいんだろうってことらしいけど」
「それは、まぁ、そうでしょうが」
セシリアの言葉はどこかぎこちない。アイズと同じ懸念を抱いているのだろう。
「では、模擬戦には間に合うので?」
「どうもギリギリらしい。だからそれまでは訓練機で練習だな」
「なるほど……とにかく実際に触れて動かすことが一番でしょう。敵同士ではありますが、なにかしら力添えができることがあればご協力いたしますわ」
「いや、ここまで気を遣ってくれたんだ。あとは自分でなんとかしてみせるさ」
「よい心がけです。それでは、一週間後を楽しみにしております」
セシリアは誰が見ても優雅と言える見事な一礼をして去っていく。残された一夏は気合を入れ、早速訓練機の使用申請へと向かうのであった。
***
「怪しいね」
「ええ」
もうじき深夜にもなろうかという時間、二人は昼間に聞いた専用機について意見交換をしていた。時期的にみても、相当前から開発が開始されていなければ間に合うはずもない。
「どっから用意したんだろうね」
「それ以前に、なぜ用意できたか、ですね」
開発のためのデータ取り、搭乗者に合わせた最適化、それらの繰り返しによるバグの洗い出しと調整、そして機体そのもの……ハード面の作成とOSといったソフト面の開発。これらを考えれば、急造品であっても、相当の時間がかかる。しかも、一夏の場合はIS搭乗時間すら雀の涙ほどしかない。これではどんな機体が最適なのか、その方向性すら決めることは難しい、いや、不可能だ。
「機体の完成だけなら、まぁできなくもないでしょう。あらかじめ、ある程度出来上がっていた素体があれば、ですが」
「それって開発中の機体を一夏くん用に仕様変更したってこと?」
「そこまではいいませんが、期間を考えれば、パーツだけでもある程度まで揃っていればできるでしょう。特に加速、旋回、停止といった機動系のプログラムはどんな機体もある程度は共通していますし」
「確かに、そこから機体に合わせていじっていくしね。でも、そう簡単にいくかなぁ」
「人員を確保できれば可能でしょうけど………どうも作為的なものを感じますね」
セシリアは熟考するように口を閉じ、物憂げな顔をする。もしアイズの目が見えていればその横顔に見惚れていることだろう。
対するセシリアはにへら、とした間抜け顔のアイズを他所に、もしかしたら束が絡んでいるのではないか、と考えていた。束は過保護だ。一夏のために専用機を用意するように手を回すことくらいやってのけそうだ。
「…………………まぁ、今考えても憶測でしかありませんね。そろそろ寝ましょう。アイズ」
「ひゃっほー、セシィの抱き枕キター!」
「そんな言葉、どこで覚えてきましたの?」
「ん? のほほんさんだけど? 本名は………なんだっけ?」
油断も慢心もない魔改造セシリア。あれ、一夏くん勝てるの?