双星の雫   作:千両花火

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Act.45 「吼える龍虎、雫の狩人」

 激しくぶつかる刃、そして唸る衝撃砲とショットガン。さらにぶつかり合う二機の周囲を飛び回るビットからは幾重ものレーザーが放たれ、二人の決戦を彩っている。

 

「せぇぇ、りゃあ!」

「まだまだです!」

 

 激しく烈火のように攻める鈴と、清流のように受け流すセシリア。対極のような二人の戦闘スタイルは激しい膠着状態を生み出していた。しかし、接近戦である以上、どうしても鈴のほうに分がある。セシリアはその差をビットで埋めていた。常に鈴の行動を阻害するようにレーザーを放つが、それは悉くが『龍鱗帝釈布』に弾かれる。だが、防御することで鈴の動作をワンテンポでも増やせればセシリアでも接近戦で張り合える。そして防御用にある特殊機能を有したビットを展開。

 セシリアの持つビット『ブルーティアーズ』の第三の特殊ビット。それが防御用の盾となるビット、通称『イージス・ビット』だ。エネルギーと実体、両方の特製を持つ盾として展開され、常にセシリアの周囲を漂い、要所要所で鈴の攻撃を防御する役割を担っていた。正直、さすがのセシリアも接近戦をこなすと同時にビットを全機思考操作をするのはかなり苦しいが、極限まで高まった集中力がそれをなしていた。

 

「ちいぃ、うざったいビットね!」

「その布切れほどじゃありませんよ」

「布切れといったか。なら布切れの意地を見せてやろうじゃん!」

 

 鈴はセシリアに迫りつつ、触手のようになびいていた『龍鱗帝釈布』を無造作に放る。するとまるでそれが意思を持つように最も近くにいたビットに迫り、そのまま軟体動物のような動きでビットを絡め取ってしまう。

 

「よっ」

 

 そのまま引き寄せて流れるような動作で発勁掌打を叩きつけて木っ端微塵に粉砕。ビットを破壊されたセシリアは、それでも表情を崩さずに分析する。

 

「遠隔操作もできるわけですか……」

「さて、なかなか突破できないし、まずはこの邪魔なビットからお掃除しますかね!」

「なら、こちらはその邪魔な布切れを破るとしましょう」

 

 互いに補助装備が邪魔で決定打に欠ける状態だ。ゆえに二人はまずその破壊を試みる。当然、互いにそうはさせないように動く。

 セシリアはビットをやや距離を離して操作し、鈴の『龍鱗帝釈布』の動きに注意を配る。もちろん、衝撃砲にも細心の注意を払っている。

 鈴は『龍鱗帝釈布』を貫通しうるショットガンの動向に注意して銃口が向いているときはすぐさま離脱を図っている。

 

 どうあっても膠着状態が続くが、そうなれば押し切られるのはセシリアのほうだ。接近戦の経験値が違いすぎるためにどうしても鈴には一手遅れを取る。

 しかし、セシリアもただでは有利になどさせない。徐々にではあるが、鈴の『龍鱗帝釈布』を削っているし、ビットを破壊されればその数が少なくなった分セシリアは余裕を持って操作ができる。ビットは残り六機まで減らされたが、このあたりが接近戦をしつつ操作できる適正数だ。接近戦をこなしながらするビット操作も慣れてきた。実質一対七の戦いに等しい攻防を繰り広げてようやく互角だ。あらためて凰鈴音という少女の格闘能力の高さに戦慄する。

 

 対する鈴も自身の土俵である接近戦で互角に戦えるセシリアに畏怖の念を抱いていた。確かに技量、経験ともに鈴は勝っていると確信しているが、それを補うビット操作が素晴らしい。

 隙を埋め、こちらの手数を減らす援護射撃が正確だ。しかも盾としているイージス・ビットが発勁で破壊できない。エネルギー装甲をまとっているためか、えらく浸透系の効果が薄い。そしてあまり深く踏み込みすぎると至近からショットガンがぶっぱなされる。さすがにあれをまともに受ければまずい。

 

「このままじゃ千日手ね、あまり趣味じゃないけど、ちょっと戦い方を変えましょうか!」

 

 鈴がやや距離を離して腕をセシリアに向ける。腕に装備されていた手甲と思しき部分がスライドし、中からガトリングが出現する。

 複合兵装手甲『龍爪』。攻撃と防御を兼ねる武装を詰め込んだ手甲であり、火凛が用意してくれた武器である。そのうちのひとつ、内蔵ガトリングガンを発射する。攻撃力はあまりないが、速射性にすぐれた牽制に最適な武装だ。

 さらに併せて衝撃砲を発射。目に見える弾幕と目に見えない砲弾をセシリアに浴びせる。

 

 しかし、射撃戦では誰よりも勝ると自負するセシリア。見えない衝撃砲もアイズの直感と違い、ちゃんと鈴の目線から射線を見切って回避する。

 それでもかまわない、というように鈴が再度接近する。もともと射撃で倒せるとは微塵も思っていない。

 

「それじゃ次!」

 

 ガトリングガンが手甲内へと格納され、今度は側面部からまるでハサミのような二本の爪が展開される。

 

「そう簡単にさせるとでも?」

 

 セシリアは片手に近接用ハンドガン『ミーティア』を展開して牽制射撃。鈴はそれを『龍爪』と『双天牙月』で防ぎつつ、手数を増やした近接戦へともちこもうとする。すると今度は『ベネトナシュ』の仕込みショットガンを連射して接近を防ぐ。

 

「なんのっ! ど根性ー!」

「ちいっ……!」

 

 ダメージを覚悟で鈴が吶喊する。鈴のこういう思い切りのいい行動はちょっとやそっとじゃ止まらないから厄介だ。『龍爪』『双天牙月』『龍鱗帝釈布』の三つを防御に回して弾丸のように突っ込んでくる。さすがに三重に防御を固められてはショットガンで後退させるのも難しい。せいぜいわずかに動きを止める程度だろう。

 勢いに乗せたまま接近されるのはまずいと思ったセシリアは真下へパワーダイブ。下面から銃撃を加えて鈴の勢いを削ごうとするも、鈴は単一仕様能力『龍跳虎臥』により強引に機動を変えてセシリアを追う。

 

 何度も空を蹴って勢いを増した鈴がセシリアに向けて右腕を振りかぶった。その迫る鈴の姿に、セシリアの背に冷たい悪寒が走った。あれは、まずい。

 鈴は雄叫びを上げながら吶喊する。

 

「せぇぇぇぇ、りゃあっ!!」

 

 地面すれすれを這うように回避したセシリアだが、構わずに渾身の力を込めて振るわれた鈴の掌打がアリーナの地面に激突した。

 

 直後に轟音。

 

 鈴の掌打は地を穿ち、そこを中心にいくつもの亀裂が走り、それだけにとどまらずに浸透した力が爆発したように広がり、隆起してまるで隕石でも落ちたかのような惨状を作り上げた。その衝撃にセシリアもふっとばされたくらいだ。あえてその勢いのまま距離を離したセシリアは流石といえたが、その威力には顔を青くするしかない。あんなものを直撃したら間違いなくバラバラだ。

 

 これには見ていた人間全員が驚愕する。武装もなにもない、ISを使っているだけでこの威力を生み出す鈴の格闘能力に戦慄する。

 

「ちっ、仕留めそこなったか」

 

 ケロリとした鈴がクレーターみたいになった地面の中央に立つ。まさに戦神の如き威圧感を持つ少女の姿に、どんどん会場も湧いていく。歓声が増して鈴への声援が響いた。

 

「とんでもないですね………」

 

 出し惜しみをしている余裕はないと判断したセシリアが、さらなる武装を使う決意をする。幸いにも距離は稼げた。一時的に『ベネトナシュ』を収納し、今度は巨大な大砲のような銃器を展開する。銃口が展開し、伸縮式の砲身からバチバチと放電現象が起きている。

 

「ファイア」

 

 その砲口から極太のビームが砲身から放たれる。見るからに高威力のものだが、その速度はいつものセシリアのレーザーよりわずかに遅い。動体視力の優れた鈴はすぐにそれに反応する。

 確かに当たればシャレにならない威力のようだが、かなり余裕を持ってそれを回避………したはずであった。

 

「んなっ!?」

 

 そのビームが回避した鈴を追随して曲がってきた。これには鈴も意表を突かれて反応が一歩遅れてしまう。慌ててさらに回避機動をとってギリギリで直撃は避けたが、かすったためにそれなりのシールドエネルギーを削られる結果となった。

 

「ビームを曲げた? またとんでもないもんを!」

「拳で地を割る鈴さんに言われたくありませんわ」

 

 そう言いながらさらなる砲撃を放つセシリア。そのすべてが直線ではなく、曲線軌道を描いて鈴に予測できないものであった。鈴はギリギリで直感と反射に任せて回避するしかない。

 

 曲げることを前提とした砲撃兵器。それが歪曲誘導プラズマ砲『アルキオネ』である。

 

 そんな鈴の機動を先読みするように曲がる砲撃を撃ち出すセシリア。この『アルキオネ』はたしかに曲げることが最大の特徴だが、それはあらかじめ計算して撃ちだした結果である。ホーミングするわけではないのだ。だから固定された的を死角から砲撃することが正しい使い方で、動き回る的にあてるような武装ではない。だからセシリアは鈴の回避機動を先読みしながら曲げる軌道を計算している。

 特殊軌道を描く砲撃で鈴を足止め、あわよくば直撃させたいと思うが、そう簡単にいくとは思えない。

 

「だんだん慣れてきたわ。それ、追尾するわけじゃないみたいね?」

「もともとは遮蔽物越しに砲撃するものですからね。動くものを当てるものではありません」

「それで狙撃してくるあんたのでたらめさがよくわかるってわけよ」

 

 鈴はひらりと曲がるビームを回避する。軌道を読み違えても『龍鱗帝釈布』で受け流す。さすがに膨大な熱量をもつそのビームを直接受け止めようとはしない。ショットガンで貫通され、削られた状態ではそれも不安なのだろう。

 正しい選択だ、とセシリアは内心で鈴を賞賛する。極めて慎重、そして合理的だ。猛々しく、荒々しいという獣みたいに戦うくせに、鈴はあれで頭はきれるほうだ。そうした心構えを教わっているのだろう。よほどいい師がいたのだろう。

 だが、だからこそ。

 それはセシリアの狙い通りの展開であった。

 

 

 

 

 ―――――そろそろ、仕込みは十分でしょう。では、狙うとしましょうか。

 

 

 

 

 セシリアが機を見て、ビットのひとつにある機能を開放させる。第四の特殊機能を備えたビット。そのうちのひとつをゆっくりと慎重に鈴の周囲を旋回させる。それを悟られまいと、膠着状態を演出しながらなおも砲撃を繰り返す。

 

 そして、わずか一瞬の隙を見出して、――――。

 

 

「どうしたのセシリア、このまま押し切らせてもら………あぐっ!?」

 

 

 突如、鈴がのけぞる。それは攻撃を受けたためだ。だが、どこから?

 

「全周警戒していたはず……ッ! 『龍鱗帝釈布』で死角もちゃんと防御を……!?」

 

 鈴がハッとなって自身を纏っているものに目を向ける。鈴が見たものは、ショットガンで削られ、ビームの熱量で焼かれ劣化を起こした『龍鱗帝釈布』であった。そして気付く。今の攻撃は、背後からビットのレーザーで撃たれたのだと。そしてそのレーザーは、破損した『龍鱗帝釈布』の隙間を抜けていたのだと。

 

「まさか、このためのショットガンと熱量兵器だったわけ?」

「気付いたところで、もう遅いですよ」

「やってくれるわね、セシリア!」

 

 切り札のひとつをあっさり攻略されて鈴が歯ぎしりをしながら威嚇するように唸る。

 いかにレーザーを弾く性質を持っているとはいえ、あれほどの大出力ビームを何度も舐めれば過負荷でオーバーヒートしてもおかしくない。もともと受け流す武装なため、長時間の耐久性は決して高いとはいえない。それを狙ってセシリアはあんな狙撃に不適切な大砲を使ったのだ。曲がるビームという特徴も、鈴の意識を引いた要因だ。おかげで真の狙いに気付くのが遅すぎた。

 さらに実弾のショットガンで『龍鱗帝釈布』を削り、レーザーを通す穴を作る。この穴はビームの熱量で炙られて劣化を促進させ、これがレーザーを弾く性能を落としている。

 

 そうしてボロボロになったところを見計らって、隙間を縫うようなスナイプで絶対の防御であるはずの『龍鱗帝釈布』をすり抜けて本機へダメージを与える。言葉にすれば簡単だが、どれだけ難しいかは言うまでもない。特に動き続ける鈴の纏う防御の隙間を縫って狙撃するなど、本当に人間かと疑うほどだ。

 しかも、その狙撃はなんとビットによる遠隔射撃で行ったのだ。信じられないことだが、セシリアは空間把握だけで通常でも難しい狙撃を平然とやってのけた。少なくても、鈴にはそう見えた。

 

 曲芸なんてものじゃない、神業というべき技量を見せつけられた鈴は素直にセシリアに賞賛する。これは、脱帽するしかない。

 

 しかし、もちろんセシリアの技量が恐ろしく高い領域にあることは間違いないが、それ以外にも種はある。それが狙撃特化独立誘導兵器『スナイプ・ビット』。ブルーティアーズtype-Ⅲのビットが持つ「ステルス・ビット」「ジャミング・ビット」「イージス・ビット」に続く四つ目の特殊ビット。

 ビットそのものに狙撃用スコープが内蔵され、本機であるセシリアのハイパーセンサーと同調、さらに精密射撃ができるよう、姿勢制御能力も向上されている。欠点として、「スナイプ・ビット」使用時は視界が二つ重なって見えるため、並列思考ができなければ制御することすらできない、という点であるが、セシリアにおいてこれは欠点ではなく利点である。なぜなら、並列思考制御が得意なセシリアにとってこれは常に多角的な視界を得られることになるためだ。だからセシリアは狙撃しなくても時折この機能だけを使って死角を補ったり、ビットによる斥候を行ったりしている。

 

「私は鈴さんと違って、獣じゃなく狩人のほうですから。弱らせて、隙を吐き出させる。こういった搦手のほうが得意だったりするんですよ?」

「龍と虎も狩れるのか試してやるわ!」

 

 『龍鱗帝釈布』の防御が揺らいでも鈴のすることは変わらない。狩られる前に、食い破る。自身を龍と虎を体現すると自負する鈴は、最後まで猛々しく戦い続けるだけだ。

 

「………とはいえ、きっついわねぇ」

 

 鈴はセシリアには聞こえないような小声で呟く。

 わかってはいたが、さすがに楽に勝たせてはくれない。『龍跳虎臥』も、『龍鱗帝釈布』も、はじめこそ圧倒したがすぐに対応されてしまった。主武装とビットを半数近く破壊したまではよかったが、そこからが手ごわい。一見すれば苦し紛れに新武装で対抗するかと思えば、それらはすべて状況打破するための伏線。そして今、鈴は切り札のひとつをほとんど攻略された。

 鈴とて、『龍鱗帝釈布』の弱点は火凛から聞かされていたので把握していた。たしかにビームなどに対して強力な防御力を持つが、それは『いなす』能力であって『受け止める』能力ではない。つまり、防壁としての使い方をするには強度が足りないのだ。だから鈴は常に流動させるように自身に纏わせていたし、あくまで受け流すという形でしかレーザーを受けないようにしていた。

 さすがに至近からのショットガンはどうしようもなかったが、それを起点にじわじわとダメージを蓄積されていった。このままではあの大出力の曲がるビームを受けるか、ピンポイントで狙ってくるビットによる狙撃で背中を撃たれるか、そのどちらかだろう。

 破壊力は鈴が圧倒的に勝っているのに、このままでは決め手に欠ける。それどころか長い時間をかければ追い込まれていくのは鈴のほうだ。

 これ以上の武装は今の鈴と『甲龍』にはない。今あるもので打開するしかない。

 

「あたしに残っているのは、………」

 

 目の前に大出力ビーム。

 ランダム回避が読まれた。そう理解するやいなや、鈴は咄嗟の判断で『龍鱗帝釈布』を前面へと押しやる。おそらく正面から受け止めれば、完全に破壊されるだろう。使い捨ての盾となってしまうが、それでもこの状況は回避できる。

 しかし、それは鈴の敗北を意味していた。

 『龍鱗帝釈布』を失った『甲龍』に勝機はもはやほとんどない。だから、鈴は刹那しかない時間で思いついた自身の直感に従った。

 

「……っ!?」

 

 鈴がしようとしていることを察したセシリアが息を呑む姿が目に入るが、認識している余裕はない。鈴は右腕に『龍鱗帝釈布』をぐるぐると何重にも纏わせ、目の前に迫るビームに向かって振りかぶる。

 

「まさか、殴るつもりですか……!?」

 

 鈴がニヤリと笑う。これほどの大出力のビームを殴り飛ばそうなんて、正気の沙汰じゃない。だからこそ、鈴は笑ってみせる。だからどうした、と。

 

「あたしの『甲龍』に、砕けないものなんか…………ないのよぉっ!!」

 

 渾身の力を込めた発勁掌。レーザーやビームを弾く特性を持つ武装を纏っているとはいえ、直撃すればただではすまないものに真っ向から立ち向かうという鈴の選択は間違いなく愚策であった。武器のひとつを捨てれば回避できるのに、それをしない。

 見ていた人間の多くは鈴のミスと思っただろう。

 

「はああああああああーーーッ!!」

 

 だが、鈴は気合と根性でそんな人間すべての予測を超越する。

 

「―――撥ッ!!」

 

 虎と龍の咆哮が形となったように破壊の光を霧散させる。鈴の右腕に巻かれた『龍鱗帝釈布』は焦げた上に一部が融解しており、その下にある腕部装甲には亀裂が走っている。

 見るからに満身創痍であるが、鈴の笑みは消えない。

 

 そんな鈴に向かって、セシリアが戦闘中にもかかわらずにパチパチと拍手を送っていた。それは、自身の攻撃をことごとく真正面からぶつかって打ち砕いてきた鈴に対する純粋な賞賛であった。

 そして鈴も、セシリアの賞賛を素直に受け取った。

 

「はははっ、楽しくなってきたわ。これだよ、あんたを真正面から打ち砕きたかった!」

「私はまだ砕けてませんよ? その自慢の龍の牙………私に届かせることができますか?」

「あんたこそ、まだ、あたしは貫けていないわよ!?」

 

 ギリギリのシーソーゲームに楽しくなってきたのか、セシリアも鈴につられるように笑みを見せる。

 鈴の選択ははっきりいって愚策だ。セシリアならば、勝算があってもまず実行しない。ハイリスクローリターン。そうとしかいえない有様だ。

 

「とはいえ………鼓舞としては最高のようですね」

 

 真正面から破ったことで鈴の気合もさらに滾っているし、このような豪快なものを見せられた会場の空気も鈴のほうへと傾いている。状況はセシリアが有利だが、戦いの流れは鈴に傾きかけている。猪突猛進もここまでくれば立派な戦術だろう。

 

「このあたりは、私も見習うべきところでしょうね」

 

 リスクを恐れずに強引に場の流れを掴む。これはセシリアにはない才能だ。鈴はそれを持っている。紛れもない鈴の才能だろう。

 

「それでこそ、倒し甲斐があるというものです!」

 

 このまま鈴を勢いづかせないように次々とビットのレーザーと『アルキオネ』によるビームを浴びせるセシリア。

 鈴はそれらを回避しつつ、避けきれないものは『龍鱗帝釈布』を巻いた右腕を振るって弾いている。右腕に何重にして巻くことで即席の対ビームの盾としている。思い切りのいい選択だ。

 

「うおおおぁぁらあっ!!」

「落ちなさい!」

 

 さらに互いにどんどん熱が入っていくかのように戦う二人の気迫も会場全体を包んで、模擬戦とは思えない熱気に包まれている。観客席で見ていたアイズたちも、二人の激闘の熱にあてられてうずうずしはじめる。

 まさに一進一退の攻防。稀に見る好勝負に、見ているこちらが力が入ってしまう。

 

「いい勝負だね」

「まさに互角だな。近距離型と遠距離型の戦い、というよりは力と技、正攻法と搦手の戦いだな」

「鈴ちゃんすごい……まさか、セシィとここまで張り合えるなんて」

「どうなるんだろう……?」

 

 見た感じ、鈴は嬉々としているが余裕はなさそうだ。対してセシリアはまだ若干の余裕があるようにも見える。

 しかし、それほどセシリアに余裕があるわけじゃない。確かに奥の手は残っているが、こんな衆人環視の中で使えるものではない以上、それは役に立たないと同義だ。

 鈴は変わらず右腕に防御を依存させ、『龍跳虎臥』での回避を行いつつ距離を詰めていく。攻撃力を考えれば、一度でも当てられれば一発逆転もありうる。

 対してセシリアはビットのレーザーと、左腕に『アルキオネ』、右腕に『ベネトナシュ』を持ってとにかく鈴を近づかせずに倒そうとしている。

 

 このままなら僅差でセシリアが勝つだろう。しかし、鈴には逆転の手段もある。

 どちらに転ぶわからないこの勝負の結末は――――。

 

 

 

 

 

 

『TIME OVER TIME OVER……エキシビジョンマッチを終了します』

 

 

 

 

 

 まったく感情のないアナウンスによって終わりを迎えた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「はぁ!? 時間切れ!? そんなのあったの!?」

「ああ、そういえば制限時間を儲けるのが交流戦の規定でしたっけ……」

「冗談じゃない! こんな結末納得できるか!」

「同感ですが………まぁ仕方ないでしょう」

 

 時間切れという結末に納得できない鈴が喚くが、セシリアは残念そうにしながらも素直に武装を解除してアリーナの地面へと降り立った。鈴も渋々と同じように戦闘態勢を解除する。

 

「まぁ、今回はここまでにしましょう。決着は、いずれもっと相応しい舞台で………」

「しょーがない、か。あんたに一矢報いただけでよしとしときましょう。ま………あんたの切り札まで出させることはできなかったみたいだけど」

「………気づいてました?」

「妙に余裕があったからね。まぁ、次はそれすら食い破ってやるわ」

「楽しみにしておきましょう」

 

 二人はISを解除すると、アリーナ中央で向かい合って握手を交わす。

 そんな二人に観客席から惜しみない拍手が送られた。アイズたちも精一杯に手を叩いている。模擬戦というには惜しいほどの名勝負を見せてくれた二人は歓声に応えて手を振っている。

 

 こうしてセシリアと鈴の再戦は引き分けという結果で終わりを迎えた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ま、こんなもんだろう」

 

 VIP席で試合を観戦していたイリーナは引き分けという結末に少々意外に思いながらも、思いのほか盛り上がった試合に満足した。本気を出せばセシリアが勝っていただろうが、さすがここで本気を見せる真似はできなかっただろう。

 むしろそんなことをしようとすればイリーナが強制的に試合を中止させていただろう。

 

「しかし、それでもセシリアと張り合うやつがいたとはな。アイズくらいかと思っていたが…………欲しいな、あの娘」

「社長、あちらは中国の代表候補生ですよ?」

「もうドイツとフランスの候補生をとったからな。今更だろう?」

「とりあえず外交問題になることは自重してくださいね?」

 

 戦力の充実のために確かに欲しい人材ではあるが、そう簡単にいかないだろう。むしろラウラとシャルロットを獲得できたのは、それぞれの国の不手際から掠め取ったようなものだ。普通なら他国の候補生を一介の企業が専有するなどできることではない。

 

「まぁいい。思ったよりもいい座興だった」

「まったくこの人は………、あ、失礼します」

 

 イーリスのポケットの携帯電話が着信を伝えて震えた。主人に一言断ってそれを取る。この携帯電話は緊急用のものだ。なにかしら火急の件が起きたときにはこれにかかってくることになっているため、イリーナもそれを咎めない。

 

「私です。どうしました? …………なんですって?」

 

 イーリスの声色が変わる。表情にも陰りを見せ、その知らせがなにか悪いものであることを示していた。イーリスがすぐに指示を出す。

 

「直ちに事実確認と、追跡調査を。報告は私に直接……」

 

 イーリスが通話を終えると、イリーナへと向き直って顔を寄せる。

 

「なにがあった?」

「社長、……それが」

 

 イーリスは「まだ事実確認がとれたわけではないが」と前置きして、それを報告する。

 それは、新たな騒乱の幕開けとなるものであった。

 

 

 

「織斑一夏と篠ノ之箒が誘拐されました」

 

 

 

 




鈴ちゃん対セッシーはドロー。ただ、セッシーの切り札を使えばセッシー勝利という形で終わりました。鈴ちゃんがいるとどうも熱血になってしまいます(笑)

そしてここしばらく影の薄かった二人が厄介事に巻き込まれました。束さんが黙っちゃいない展開に。

次回から「一夏・箒救出編」に入ります。

それではまた次回に!

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