双星の雫   作:千両花火

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Act.44 「逆襲の鈴」

 それはおよそ一年前のことだった。

 

「ぐ、うう……」

 

 鈴は動かない自身の身体と機体を認め、敗北を悟る。シールドエネルギーはあとわずか残っているが、既に機体は限界を迎えて動かない。

 それ以上に鈴に与えられたダメージが深刻であった。肉体的なものはまだ根性があればどうにかなった。しかし、精神的に鈴は敗北を受け入れざるを得ないほどの衝撃を受けていた。

 今まで自身が培ってきたものが通用しない。積み上げてきたものが、築いてきたものがすべて砕かれる。それは鈴の心を摩耗させていた。

 

 鈴が力を振り絞って顔を上げる。鈴自身気づいていなかったが、瞳からは悔しさから涙がこぼれていた。

 

 そんな鈴の視線の先、空からこちらを見下ろしている青い機体に身を包んだ同年代の少女。金糸のような髪と、端正な顔立ちはやや幼さもあるが絵画のモデルのような美しさがあり、そんな少女が冷徹といえる目でこちらを見つめている。

 鈴の攻撃は悉くが躱され、少しでも隙を見せれば容赦なく極光の矢となってレーザーが襲いかかってくる。じわじわと嬲られるように追い詰められた鈴はついに地に落ちた。

 

 鈴が初めて負けた好敵手。それがセシリア・オルコット。この日、鈴の胸にその名が強く刻まれることになる。

 

 忘れえぬ敗北の記憶。

 

 しかし、それは鈴に新たな決意をさせて、そして今日。

 

 鈴は、最強の友にリベンジする力と機会を得た。

 

 

 

 ***

 

 

 

 鈴は静かに目を開ける。コンセントレーションをしていたらいつの間にか過去の回想をしていたらしい。懐かしく、そして悔しい思い出。それを塗り替えるためにここにいる。

 控え室として割り当てられた部屋の中央では付き添いとしてついてきた火凛が『甲龍』の最終調整を行っていた。それをながめている雨蘭の姿も見える。鈴にとって尊敬する師である二人の姿を見て、高ぶっていた気持ちを落ち着かせる。本人たちは観光ついでといっていたが、二人が心配して来てくれたことはちゃんとわかっていた。

 

「ふぅ……ダメね、どうにも興奮しちゃうわ」

「まるで運動会前の子供だな」

「お師匠、もうちょっとかっこいいたとえはないんですか?」

「戦いに赴く戦士の面構えだ、とでも言ってほしいのか? おまえはただリベンジがしたいだけだろうに」

「脳筋のお師匠にはわかんないかもしれないけど、思春期の乙女の戦いにはいろんな感傷があるんですー」

「てめぇいまなんつった?」

「お? やるのお師匠? 景気づけにセシリアの前にお師匠をぶっとばして………」

「そこのバカ師弟、静かにしてて」

 

 いつものノリで喧嘩を始めようとする鈴と雨蘭をジト目で見ながら火凛は『甲龍』を待機状態に戻す。最終チェック終了。まるで『甲龍』もやる気になっているように、一片の不具合も存在しない。

 待機状態の『甲龍』を鈴へと投げ渡す。

 

「そろそろ時間。……この子もやる気まんまんみたい。あとは、鈴と『甲龍』次第……私も相手のデータ見たけど、あれはバケモノだね、勝てる?」

「あたしと『甲龍』に、不可能はない……ってね。それじゃ、行こうかね」

 

 念入りに屈伸をしていた鈴は「よし!」と頬を叩いて気合を入れる。準備は完了、覚悟も完了。あとはその全てをぶつけるのみ。

 

「凰鈴音、いってきます」

 

 武の師匠、雨蘭。文の先生、火凛。二人の恩師に見送られながら鈴はアリーナへと向かう。

 

 

 

 ***

 

 

 

 カレイドマテリアル社の第三アリーナでは今回の模擬戦の観客が集まっていた。大きなスタジアムのようなアリーナの観客席には一般公開されていなくとも各関係者が集まっており、まばらながら多くの人間がこの試合に注目していた。

 イギリス代表候補生、セシリア・オルコット対中国代表候補生、凰鈴音。かつてと同じ対戦カードであるため、鈴がリベンジをするか、セシリアがまたも押し切るか、一部では賭け事までしているくらいだ。

 共に国家代表クラスとすら言われる次代を担う人物とされているためか、その注目度は候補生というレベルではなかった。

 

 そんなアリーナの観客席の最後列にアイズはいた。その横には共に観戦にきたラウラとシャルロット、そして昨日再会したばかりの簪がいる。おそらく四人が最もこの二人の対戦に興味を持っているだろう。同じIS学園で切磋琢磨し、いくつもの実戦をくぐり抜けた戦友である。

 夏休み前ならセシリアの圧勝で終わるだろうが、この夏休みに鈴がどれほど腕を上げてきたのか、それは鈴の自信に満ちた顔を見れば興味を惹かれるなというほうが無理だろう。

 

「さて、どうなるか……」

「鈴さん、自信たっぷりだったもんね。そりゃあ、普通に考えればセシリアさんだけど」

「鈴ちゃんも強いけど、セシィが負けたとこなんて見たことないしなぁ」

 

 アイズにとって、最強とはセシリアのことを指す。確かにセシリアと戦えば十のうち三、四は勝ちを拾えるが、それでも本気になったセシリアに勝ったことは一度もない。

 それに、普段は優雅にしているが、セシリアが誰よりも勝ちにこだわっていることをアイズは誰よりも知っている。特に一対一の戦いにおいては、セシリアは誰にも負けないと公言しているほどだ。

 

 それにIS学園にいたときすら、リミッターをかけて七割の力で戦っていたにも関わらずに最強の地位を不動のものにしていた。特に派手なことはしていない。せいぜい無人機襲撃事件の際のプロミネンスくらいだろう。話題性というなら一夏のほうが上だ。それなのに「最強は誰か?」という問にはほとんどの生徒はセシリアと答える。

 それは勝って当然だと思われているためだ。一夏に勝ち、シャルロットに勝ち、ラウラに勝ち、簪に勝ち、アイズに勝った。ここにいる全員は模擬戦ではなく本気の戦いで敗れたことがある。IS学園で鈴だけが本気で戦ったことはないが、それでもセシリアが勝っていただろう。なによりそれ以前に一度鈴は負けているのだ。

 この中でただ一人、無敗の存在がセシリア・オルコットである。

 

「しかも、今はリミッターも解除してあるんだよね?」

「うん。ボクのティアーズと一緒に解除してる。IS学園にいたときはビットも全機同時操作はあんまりしなかったけど、もう余裕でできると思うし」

「それに鈴さん、空中機動が苦手だったもんね。セシリアさんの狙撃を躱すのは難しいんじゃ……」

「なにはともあれ………結果はすぐにわかる」

 

 見ればアリーナに鈴とセシリアが姿を現していた。二人とも未だにISは装備せずに、徒歩で広いアリーナの中央に向かっている。

 

「完全に決闘の空気だね……」

「あの二人にとっては、そうなのだろう」

「さて、……それじゃ、AHSシステム、スタンバイっと」

 

 アイズが目隠しを外して瞳を開ける。この試合はやはり直接観戦したい。淡く金色に光る瞳を、中央でやや距離を離して対峙する二人へと向けた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「………」

 

 無言で睨みつけてくる鈴に対し、セシリアはただうっすらと笑みを浮かべている。それはセシリアの戦う姿勢でもある。

 昨日再会したときは、いつものように笑って楽しく会話していた仲であるが、今の鈴にはセシリアに向けるのはピリピリとした闘気しかない。相変わらず気持ちのいい気合を向けてくる人だ、とセシリアは嬉しさを覚える。

 セシリアと戦う外部の人間はセシリアに嫉妬や妬みといった視線をよく向けてくる。自身と同年代で遥か高みにいるセシリアにそのような感情を抱くことはわからないことではないが、本人からしてみればあまり気持ちのいいことではなかった。

 しかし、鈴はただただ純粋な気持ちだけを向けてくる。すなわち、「勝ちたい」という、負けず嫌いな子供のように純粋なものだ。

 そんな鈴と戦うのは、セシリアもとても気持ちのいいものだった。

 

 もちろん、手加減はしないし容赦もしない。むしろなんの気後れもなく戦える。かつて初めて顔を合わせて戦ったときも、最後の最後まで諦めずに戦う鈴の姿に感銘を受けた。

 セシリアが戦うのは、自身のためでもあるし、アイズのためでもある。オルコット家のためでもあるし、そんないろいろな理由から選んだ道である。

 そのために何人もの人間を蹴落とし、這い上がってきた。歳不相応な栄誉や立場を勝ち取るたびに妬みや羨みを向けられることには半ば諦めもしていたが、それでもやはり鬱陶しいと思っていた。そんなセシリアの成功はカレイドマテリアル社の栄達のための布石でもあるため、その重要性を知っていたからこそ、セシリアはそのすべてを自身で受けた。

 

 向けられる敵意を、妬みをすべて跳ね返し、文句も出ない結果を出し、自身の存在を確固なものとして存在させる。

 

 それはセシリアにとって手段でしかなかった。それが一番の近道だと判断したから、今もこの道を往っている。

 

 でも、この凰鈴音と戦うときだけは、ただ純粋に楽しみたいと思う自分がいる。それは少し不思議な、でも悪くない友情の形であった。

 

「鈴さん」

「なによ?」

 

 だから、セシリアは楽しもうと思う。結果も、過程も。だから言った。

 

「私に勝てると、本気で思っているのですか?」

 

 嘲るような顔もついでに添えてやる。こうしたパフォーマンスも、たまにはいいだろう。どうせならテンションを高くやりたいところだ。

 

 そしてそんなセシリアの挑発を受けた鈴がぴくりと眉を上げて反応する。

 

「まるであんたが勝つのは当然って聞こえるわねェ、あんたも自惚れることってあるのね」

「当然でしょう。私と鈴さんの力量差を考えれば、ね」

 

 ちなみにこの会話は集音マイクでアリーナ全体に聞こえている。空気を重くするような言葉の応酬に、ざわついていた観客たちもシンと静まり返る。 

 

「………それよ、その顔。そのあんたの面を何度歪めてやりたいと思ったことか」

「へぇ、それで?」

「今日がそのとき、ってわけよ」

 

 ニヤリ、と犬歯を覗かせて笑う鈴。その威容は、まさに虎と呼ぶに相応しいものだ。

 

「大した自信ですね。………では、見せてもらいましょう。そう簡単に終わらないでくださいね」

「こちらの台詞ね、セシリア。………ま、答えはすぐにわかるわ」

「そうですね。では、始めましょうか」

 

 セシリアが愛機である『ブルーティアーズtype-Ⅲ』を纏う。一片の曇りもないその青は、淀みのない清流の如き清らかさを思わせる。

 それを見て、鈴も笑みを深めながら『甲龍』を起動させる。

 

「さぁ、生まれ変わったあなたのお披露目よ、相棒」

 

 鈴の全身が『甲龍』に包まれる。それを見てセシリアは、いや多くの人間が驚愕して目を見開いた。

 以前とは違う黒と赤の装甲に、力強い稲妻のような黄色のライン。そして目を引く首に巻かれた巨大なマフラー状のクロス。

 以前とは明らかに違う姿となった鈴が、腕を組み、仁王立ちのままセシリアと対峙する。それはプレッシャーとなってセシリアの肌を突き刺してくる。

 

「………第二形態移行したんですか、鈴さん」

「そ。これが新しい相棒の姿ってわけよ」

「それはおめでとうございます。でも、それだけで私に勝てると思ってませんよね?」

「当然じゃない。でも………この姿が、あたしと相棒の決意よ」

 

 マフラーを大きくなびかせながら鈴が『双天牙月』をひと振りして構える。対するセシリアも、『スターライトMkⅣ』の銃口をまっすぐに鈴へと向ける。

 

「さぁ、おしゃべりの時間は終わりよ」

「そうですね。これ以上の言葉は無粋」

「刃と拳を持って、語るとしましょう」

「あいにくと……私が語るのは銃弾ですが、ね」

 

 

 言葉を終え、静かに闘志をもって対峙する二人に、無感情なアナウンスが響く。

 

『只今より、イギリス代表候補生セシリア・オルコット対中国代表候補生凰鈴音の交流試合を開始いたします』

 

 会場の誰もが中心の二人に注目する。アイズたちも鈴のISの第二形態移行には驚きながらも、勝負の行方を固唾を飲んで見守っている。

 

 

『エキシビジョンマッチ………開始』

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 試合開始とともに鈴は接近を試み、セシリアは離脱を図る。近接型と遠距離型の戦いとなれば定番ともいえる立ち上がりであるが、互いに相手の行動を阻害する牽制を行う。

 セシリアはビットを展開しつつライフルで牽制射撃。牽制でありながらすべてが直撃コースであり、そうしているうちに展開したビットの包囲網が完成しつつある。

 鈴は衝撃砲でセシリアの機動コースを潰しつつ、多少強引にも距離を詰めようとブーストをかける。

 

 そこでセシリアは急上昇をして空中戦へと誘い込む。空中機動が苦手な鈴だから、というわけではない。もともと近接型を相手取るなら、回避コースが全周に存在する空中のほうが有利だからだ。

 

「いくぞオラァァ!」

 

 しかし鈴は咆哮を上げながらセシリアを追いかける。力に任せたブースト。アイズのような繊細な機動ではなく、勢いにまかせた鈴らしいというべき特攻である。それでも多少のダメージを覚悟で距離を詰めてくるため、少々のことでは怯みもしない。単純だが、恐ろしい特攻である。

 

「私には通用しません」

 

 セシリアは『スターライトMkⅣ』をチャージさせつつ、ビットによる弾幕を展開する。前面から集中的に、そして側面からも鈴にレーザーを浴びせる。ビット八機によるレーザーの攻撃。これを鈴は大きく迂回するように、これも力任せの機動で回避しようとする。避けられないものは『双天牙月』を盾にして防ぐ。

 

「………」

 

 今までどおりの鈴の動きだ。何度も見た、鈴の距離を詰めるときの常套手段といえる機動。だが、それが気にかかる。あれほど大口を叩いておいて、本当にこれだけなのか?

 第二形態に移行しておきながら、この程度なのか。いや、そんなはずはない。鈴はなにかを狙っている。

 

「たとえそうだとしても」

 

 セシリアが狙撃形態に移行する。未来予知をするように狙いをつけ、トリガーに指をかける。

 

「撃ち抜けば、終わりです」

 

 『スターライトMkⅣ』のチャージは完了。最大まで威力を高めたレーザーは、一点集中している分威力はあの無人機のビームよりも上。徹甲能力も高く、あのオーロラ・カーテンの防御も突破できる。

 その分当てることが難しいが、銃を持つのは魔弾の射手たるセシリア・オルコット。激しく動き回る鈴に当てることなど、朝飯前だ。それこそ、あんな赤と黒の目立つ配色の機体に当てるなど、縁日の射的よりも簡単だ。

 

「Trigger」

 

 まるで呪文のように呟かれた言霊に乗せて極光が意思をもつように鈴へと迫る。絶対的なタイミング。外すイメージがまったくない、機動の隙間を縫うような、わずかな硬直を狙った完璧な狙撃。

 それは観客席で見ていたアイズたちもそう確信するほどの一射であった。

 

 そして、それを受けた鈴はニヤリと笑って―――。

 

「っ!?」

 

 ―――セシリアの予測の上を行く。

 

 

 ***

 

 

「躱した!?」

「嘘、あれを回避できるの……!?」

 

 ラウラとシャルロットが驚きに身を乗り出す。セシリアの狙撃の技量を知る者ほど、その驚きは大きかった。特にアイズは、セシリアがあの距離で外すなどありえないと思っていただけに口をあんぐりと開けて絶句していた。

 

「今の機動……おかしくなかった?」

「どういうこと?」

「回避方向にブーストしてない……なのに、反射的にあんな動きができるの?」

 

 PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)があるために浮遊や加減速ができるのがISの特色であるが、突発的な急加速にはブースターを使用したほうが早い。正確には併用するのであるが、普通はPICは姿勢制御に使われることが主目的だ。

 

「まるで、空中を蹴ったような……」

「………まさか」

 

 ふと思ったように呟いた簪の言葉に、アイズがハッとする。第二形態に移行したということは、単一仕様能力が発現していてもおかしくない。そしてその発現する能力は、長所を伸ばすか、短所を補うかという形が多い。例外として、『オーバー・ザ・クラウド』のように初めから特殊な運用を目的とした能力を付加される場合がある(『零落白夜』、『天衣無縫』が該当する)が、基本的に自然発現するものはそういった特徴がある。これは束から聞いた話なので信頼できる情報だ。

 そしてもしそうなら、空中を蹴る、という形で発現した能力だとしたら………それを想像して、アイズは冷や汗を流した。

 

「空を、地にするなら………鈴ちゃんの弱点が消える」

 

 鈴は強いが、決定的な弱点が存在した。それが空中機動の拙さだ。下手なわけではないが、他と比べるとどうしても見劣りしていた。だからこそ、鈴は無理にでも被弾覚悟で特攻するという方法をとっていたとも言える。

 その反面、地上戦においては無類の強さを発揮するのも鈴だ。もともと武闘家という鈴にとって、足が地についている状態こそもっとも実力を発揮できる環境なのだ。

 

 もし、空中で地上戦と同等の動きを可能とするなら―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 間違いない。

 鈴は、空中を蹴っている。

 

 何度か狙撃を試み、すべてを回避されたセシリアはそう結論づける。空中を蹴ることで、咄嗟に予測できない方向へと跳ねている。機体にかかる慣性などおかまいなしにまったく予測不可能な方向にベクトルがかかり、セシリアの想定外のイレギュラーな機動となっている。それはISをもってしても不可能といえるほどのものだ。直進方向のベクトルしかなかったのに、いきなり真横にベクトルがかかるようなものだ。鈴にも相応の負荷がかかると思うが、そこは鈴の武闘家としての素の身体能力の恩恵だろう。

 なにより恐ろしいのは、その能力の発動が鈴の反応速度にしっかり追いついていることだ。見たところ、鈴の任意のタイミングで空を地にしているようだが、一夏の白式の『零落白夜』のような常時発動型ではなく、任意で発動するタイプ。しかもその発動には溜めもタイムラグもない。本当に鈴の意思だけで瞬時に発動しているようだ。でなければセシリアの狙撃を反射的に回避などできるはずがない。

 

「気づいたようね」

「ええ、それが単一仕様能力、というわけですか?」

「そう、この子が得た力………名前は『龍跳虎臥』よ。なかなかのものでしょう?」

 

 そう言いながら、鈴はセシリアの射撃を回避して接近してくる。セシリアは狙撃体勢をやめ、ビットと併用したレーザーの弾幕を展開する。セシリアとしては趣味ではないが、一時的に「数打ちゃ当たる」戦法にシフトしていた。

 

「無駄よ、無駄無駄! 地上戦のあたしの回避力を忘れたの!?」

「そちらこそ、私の狙撃の腕をお忘れですか?」

 

 弾幕を展開しながらも、虎視眈々と機会を伺うセシリア。確かに鈴の得た単一仕様能力は大したものだが、当てられれば貫けることに変わりはない。

 

「いきなさい」

 

 最後に残されていた二機のビットもパージ。ビット全機を使った全力でのビット操作。鈴の回避コースをひとつづつ、丁寧に潰していき、レーザーの檻を着実に作り上げていく。

 回避されるのならば回避コースを潰せばいい。相手の機動を制限し、隙を作らせて狙い打つ。狙撃手といっても、隠れて射つわけじゃない。常に相手と相対するIS戦なればこそ、こうした技術は必要となる。

 それに、鈴のセオリー外の機動も完璧ではない。確かに想定外に動きを変えるあの能力は脅威だが、弱点もある。それを付けば、狙撃は当てられる。

 

「そう、セシリア・オルコットの弾丸に、………貫けないものはないのです!」

 

 さすがにビット十機の包囲網はなかなか抜け出せないように舌打ちしながら動く鈴に狙いを定める。狙うのは、鈴よりも上方から。ビットのレーザーでまず左右の回避コースをなくすと同時に、鈴の背後と正面からも時間差でレーザーを放つ。

 

「無駄だって!」

「そうでもないですよ?」

「えっ!?」

 

 気がついたときには鈴の前の前にレーザーが迫っていた。鈴はすぐさま回避しようとするが、―――間に合わない。

 

 

―――回避コースを誘導されていた!?

 

 

 そうとしか考えられない。反射的に回避することが可能な鈴に当てるには、あらかじめ回避方向を知らなければ当てることは難しい。しかし、空を蹴るという常識外の機動をする鈴の動きを誘導することも至難であるが、セシリアは鈴の機動の弱点をついてそれをなした。

 弱点、それは単一仕様能力による回避に、下方向に回避することはまずない、ということだ。

 

 観察したところ、あれは任意のタイミングで擬似的な地面を空に生み出すという能力だ。確かに上下左右、あらゆる角度で使えるようだが、空中でも通常は地面に足を向ける形で浮遊する。宇宙空間ではないのだから、重力方向に足を向けるというのは当然だ。

 だから、基本的に鈴も空を蹴るとき、下方向へは動かない。上方や横方向、または後退することがほとんどだ。それに地上戦を行うことと、空で地上戦を行うことは同じようでまったく違う。

 地面にいるときとは違い、空にいれば当然下方向にも動くことができるが、鈴は地上戦と同じように動いているために無意識下で下への回避という選択肢を外している。

 じっくり観察したセシリアはそう結論づけ、完全包囲せずに、上方と下方のみ回避コースを残して追い詰めた。そうなれば、自然と鈴は上方への回避を試みる。

 

 その賭けはあたり、鈴は上方に跳躍してビットのレーザーを回避した。そこに上空からセシリアの本命のレーザーが襲った。この時点でタイミングもすでに必中。たとえ空を蹴ろうとしても、それすら間に合わない距離だ。

 

「今度こそ終わりです」

 

 しかし、それでも。

 

 鈴は、笑う。

 

「終わり? それはあんたのことよ」

 

 鈴は真正面からレーザーに向かい、そして首に巻かれていたマフラー状のクロスを手にした。

 

「賭けに勝ったのはあたしよ、セシリア!」

 

 『龍鱗帝釈布』。『甲龍』が進化して得た二つ目の切り札となる武装。レーザーやビームをはじくコーティングがされたそれをなびかせ、真正面からレーザーを絡め取って強制的に屈折させる。必中のはずの一撃は、歪曲して彼方へと過ぎ去ってしまう。

 

「なっ……!?」

「レーザーを当てるために距離を詰めたのが失敗だったわね! もらったわ!」

 

 回避させないためにギリギリまで距離を縮めていたことが仇となった。今度は逆にセシリアが鈴の間合いへと入っていた。ビットはすべて鈴の包囲網に使っていたために手元にはなく、あるのはレーザーライフル『スターライトMkⅣ』のみ。しかし、既に迎撃は間に合わない。 

 ここまでが鈴のシナリオ、……『龍跳虎臥』を、セシリアが対処してくるであろうことまで含めてカウンターを決めるための鈴が狙った展開であった。

 

「喰らいなァァッ! セシリアァーッ!!」

「くっ……!?」

 

 回避しようとするが、鈴の突進力がそれを許さない。そして振るわれた『双天牙月』が、咄嗟に盾にした『スターライトMkⅣ』を真っ二つにする。主武装が破壊されたセシリアは舌打ちしたくなるが、そんな余裕もない。鈴はこの機を逃すつもりなどなく、既に追撃に移っていた。

 

「もらっとけ!」

「ガ、ハァッ!?」

 

 鈴の掌打がセシリアに突き刺さる。鈴の一撃の威力は恐ろしいものであった。咄嗟に右足を突き出して胴体部への直撃を避けたが、犠牲にした足を伝わって全身を貫くような衝撃がセシリアを襲った。

 鈴の得意とする発勁を付加させた打撃。脚部の装甲にはヒビが入り、右足の感覚が激痛を伝えて消失する。もう自身の意思ではまったく動かない。完全に麻痺している。そのダメージに表情を歪めつつも、近距離用の武装であるハンドガン『ミーティア』を展開して鈴へと射つ。同時に背後からビットを向かわせて鈴の追撃を断ち切る。

 意外なほどあっさりと鈴は距離をとったが、セシリアの状況は最悪だ。

 

「はぁ、はっ……!」

 

 いつの間にか荒くなっている呼吸を自覚しながら、ニヤリと笑う鈴を見据える。

 完全にやられた。まさかレーザーを無効化する武装まで持っているとは、と心の中で盛大に舌打ちをする。

 

 主武装である『スターライトMkⅣ』は破壊され、右足は完全に麻痺している。機動にも多少の影響が出るだろう。救いは両手が無事なことと、ビットは全機健在なことだが、あの武装がある限り、ビットのレーザーも効果が薄いだろう。

 ビットの特殊運用も、あの鈴には通用するとは思えない。手がないわけではないが、分が悪すぎる。

 

「ようやく一矢報いたわ……このまま勝たせてもらうわよ、セシリア」

「これだけでもう勝利宣言ですか? あまり舐めないで欲しいですね」

「なんとでもいいなさい。結果は……すぐにわかる!」

 

 主武装を失ったセシリアに再び特攻してくる鈴。ビットを使い、なんとか時間稼ぎをしつつ、セシリアは必死に対処法を考える。

 IS学園にいたときは相性的にも鈴はセシリアに及ばなかったが、進化した鈴と『甲龍』にその相性が逆転している。セオリー外の機動をする単一仕様能力に、レーザーを弾く武装。ビットとライフルによるレーザー狙撃が真骨頂のセシリアにとって、天敵というべき存在になっていた。

 あの鈴を射撃で倒すのは、不可能だ。鈴の技量とあのスペックを考えてそう結論づける。ならば接近戦しかない。

 遠距離射撃型であるセシリアが、近接型の鈴を接近戦で倒す。それは傍目には愚策でしかないが、このままでは押し切られると判断したセシリアはまだ体力があるうちにそれを実行に移す。

 

 ビットは防御用に半分を自身の周囲に展開し、もう半分は常に鈴を包囲して牽制射撃を繰り返すように操作する。

 

 そしてセシリアは決死の思いで鈴へと挑む。

 

「このあたしと接近戦? 面白いじゃない!」

 

 鈴は嬉々として迎え撃つ。鈴としても望むところだろう。セシリアは本来見せるつもりのなかった武装を展開する。

 

「コール『ベネトナシュ』」

 

 セシリアの両手に細長い棒状の武装が出現する。その片方の先端にはV字型の白銀の矛が取り付けられており、様々なギミック部が見える特異な形状のその武装………長大なスピアを握り締める。

 

「そんな武装ももってたのね。でも、あたしと斬り合おうなんて、舐めるなと言わせてもらうわよ!」

「あらあら、これでも………接近戦もそれなりでしてよ!」

 

 鈴の青龍刀『双天牙月』とセシリアのスピア『ベネトナシュ』がぶつかり合う。鈴は斬撃、セシリアは刺突を主軸にして何度も打ち合う。めったに見られないセシリアの近接戦闘に、周囲の観客も自然とボルテージを上げていくが、もっとも熱くなっているのは戦う二人だろう。

 たしかにセシリアもスピアの使い方はなかなかのものだ。突き、薙ぎ、払いをしっかりと使い分け、なかなか鈴に隙を見せない。しかし、それでも鈴と比べれば劣る。ときおり鈴に攻撃にさらされながらも、展開したビットの援護でなんとか持ちこたえているという状況だ。

 

「なかなかだけど、悪いわね、押し切らせてもらうわ!」

 

 鈴の猛攻を防ごうとセシリアがおお振りにスピアを振るう。しかし、それはあっさりといなされて大きな隙を晒してしまう。好機とみた鈴がすぐさま攻撃しようとして、……。

 

「え?」

 

 それに気づく。大振りされ、流されたスピアの矛の逆の石突にあたる部分。そこに見たことのある円形の筒状のものが鈴に向けられていた。そしてスピアの柄の一部が、ガシャン、という音を立ててスライドする。

 

「ッッッ!?」

 

 その正体に気づくが遅い。至近距離からスピアに内蔵されていた銃口から強烈なフラッシュとともに銃弾が発射された。

 

「がァッっ!?」

 

 至近からまともに受けて吹き飛ばされる鈴。咄嗟に『龍鱗帝釈布』を纏ったが、あまりの衝撃にアリーナの地面に叩きつけられる。

 

 

「がっ、げほっ! ……な、なんてもん仕込んでんのよ!」

 

 見れば『龍鱗帝釈布』が貫通されていた。物理的な防御力も有するこれを突破されたことに鈴は少なからずショックを受ける。

 

「実弾……しかもショットガン……!」

「やはり物理防御力もありましたか………できれば、これで決めたかったのですけど、ね」

 

 空薬莢を排出したセシリアが再びガシャンと柄の一部をスライドさせて弾丸を装填する。どちらかといえばアイズが使いそうな仕込み銃を持つスピア。セシリアが接近戦の切り札とする武装、それがこの『ベネトナシュ』だ。一流には劣ると思っている接近戦で初見殺しといえる手段を用意するのは当然であるが、これで仕留めきれなかったのは痛い。

 

「やっぱり、そう簡単に勝たせてはくれないか」

「お互い様ですわ。鈴さん」

「だからこそ、楽しいってね。さぁ、続けましょうセシリア!」

「そうですね。面白くなってきたところです。………もっと、私を本気にしてください!」

 

 愚直なまでに突撃を繰り返し、発勁による撃破を狙う鈴。

 それを裁き、ビットとショットガン仕込みのスピアで対抗するセシリア。

 

 二人の激闘は、未だ終わる兆しを見せなかった。




鈴ちゃんvsセッシー前半戦。後半は泥仕合になりそうな予感です。

この試合でセッシーのさらなるカードがいろいろ明かされます。ベネトナシュもそのひとつです。

この対決が終われば、またアイズの活躍を増やしたいと思ってます。とりあえず嫁候補の簪さんとイチャイチャさせないと!(笑)

それではまた次回に!

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