双星の雫   作:千両花火

46 / 163
Act.42 「暗雲の予感」

 嵐の夜という悪条件下での戦闘行動は、如何にISといえ、かなりの制限を受けることになる。ハイパーセンサーがあるといえど、人間の認識はやはり視覚に頼るところが大きい。

 ハイパーセンサーで敵機の捕捉はできるが、有視界戦闘が著しく制限されるということは操縦者に多大なストレスを与えることになる。

 視界の悪い中、唐突に遭遇戦になる可能性も十分にある。そうなれば部隊展開した意味も薄れてしまう。部隊で対応する以上、常に相互扶助できる状況を作ることが理想となる。

 

 ゆえに、セシリアが指示したことはハイパーセンサー、及び基地レーダー全ての統合リンクであった。束が統括する温度、レーダー、ソナーなどありとあらゆる情報をIS個々のレーダーまですべてを統括してすべての機体と共有する。これにより擬似的に全員の“目”がひとつとなり、死角が消える。

 こうしたシステムを組み上げているのも、ここ『アヴァロン』がホームであるためだ。当然のように『アヴァロン』側が有利となる数々のシステムが備えられており、この統合リンクもそのひとつだ。

 

『情報共有、開始します』

 

 機械的な音声が流れ、部隊すべてのISにリアルタイムでの情報が送信される。

 全体を俯瞰するセシリアは、冷静に敵対勢力を分析する。

 

「………敵機の形状データ無し。機体スキャンから無人機と断定。海中と空、二方向から侵攻中……数は、………二十機?」

 

 無人機というのは予想できていた。どうやら新型らしいが、それも許容範囲。しかし、その数がわずか二十機というのが引っかかる。あの福音戦のときでさえ、六十もの数を揃えていたのに、拠点制圧にその三分の一の数しか投入しないというのはおかしい。

 

「威力偵察、といったところですか」

 

 おそらくこの島の防衛能力を知るための威力偵察だろうと予測する。もちろん伏兵の可能性もあるが、フル稼働したこの『アヴァロン』の警戒網を突破できる機体がそうそうあるとは思えない。

 そしてIS試験部隊が出撃するということは、危険レベルがレッドシフトとなる。レッドシフトはISがなければ防衛困難と判断されるレベルであり、それは同時に最重要秘匿部隊であるIS試験部隊を晒すことにほかならない。

 ゆえに、レッドシフト時は『アヴァロン』とその周辺海域に至るまで、すべての通信を遮断するジャミングフィールドが展開される。これにより、島の情報を得るには記録した媒体を物理的に島の外へ持ち出すしかなくなる。もしくは量子通信という手段があるが、この量子通信はカレイドマテリアル社が徹底的に情報統制しているため、ISサイズに搭載できるものは外には一切出していない。

 量子通信が実装してあるISはティアーズとフォクシィシリーズ、そして改造を施したラファールとオーバー・ザ・クラウドのみである。フォクシィシリーズとオーバー・ザ・クラウドは公開すらしていない機体だし、もちろんティアーズ二機に量子通信が実装してあることは秘匿している。(もっとも、先の戦闘で悟られている可能性は高いが)

 

 だから無人機が量子通信システムが実装されている可能性は低い。だから一機も逃さずに速やかに破壊することが勝利条件となる。防衛戦でありながら敵性体の殲滅が勝利条件という、ある意味矛盾した目的を掲げることになるが、それは全員が理解していることだ。

 

「アイズ、あなたは敵主力をお願いします」

「わかった。セシィ、背中任せるね」

「その信頼に応えましょう」

 

 アイズが敵主力部隊へと突っ込んでいく様子を見ながら、全周警戒から狙撃形態へとシフトさせる。これまで幾多もの敵を撃ち落としてきたレーザーライフルを構える。

 

 

「――――Trigger」

 

 

 アイズが奇襲を仕掛けると同時に発砲。上陸寸前の一機の胴体部を的確に捉え、動きを止める。悪天候で視界が悪いためにヘッドショットではなく確実に胴体を狙い撃った。動きの止まった次の瞬間には、さらに二連射をして頭部と飛行ユニットを貫く。

 無人機の厄介なところはある程度のダメージを与えてもまだ活動可能であることだ。だからセシリアは胴体、頭部、飛行ユニットの三点を狙い、確実に機能を破壊して行動不能へと追い込む。

 アイズが同じタイミングで別の一機を三分割にして破壊し、それを合図に部隊が本格的な迎撃行動に移る。

 

 重装備のフォクシィ・ギアが弾幕を張り、隙をついて接近した近接装備のフォクシィ・ギアが確実に破壊する。防御重視の重装甲型が、無人機のビームをハイブリットシールドで受け止め後衛機を防御、その援護を受け、さらなる火器による面制圧を仕掛ける。互いが互いにフォローし合い、付け入る隙を与えない。

 シャルロットも得意の弾幕を展開しつつ、敵機を囲むように有効なポジション取りをしている。さらに無人機との戦闘経験のあるシャルロットは落ち着いて対処ができていた。

 しかし、前回と違うのは無人機の新型機……海中から侵攻してくる機体だ。ISももとは宇宙進出を目的に作られたパワードスーツだ。海中のような環境下でもある程度は自由に行動が可能であるが、兵器としての側面を強くしていった結果、現在では海中用ISというものは皆無といっていい。そうした意味では、海中用にカスタマイズされた無人機というのはかなりの脅威となるものだろう。高速で動き、自在に攻撃してくる上に当然飛行も可能な機体。海に面する島ならこれほど脅威となるものはあるまい。

 

 この、―――『アヴァロン』でなければ。

 

 海中を侵攻していた一機が、海中をただよっていた機雷を探知。それを避けるように迂回ルートを進むが、そこには一機のISが待ち構えていた。

 

「敵機を捕捉した。これより迎撃行動に移る」

 

 この『アヴァロン』でなければ馴染みのない、他ではIS学園でしか聞くことのできない女性ではない少年の声がISから発せられる。一夏が世界に知られる前に、事実上世界で初めてISに乗った男性操縦者『レオン・ヴァトリー』が海中用装備のフォクシィ・ギアを駆り、無人機を待ち受けていた。水中戦仕様として、全身装甲であり背部には推進力を生み出す大きな水中用のスラスターが装備されている。島の防衛手段として水中用IS装備が想定されていないわけがなかった。

 

 水中用のマシンガン、そして魚雷を発射。必然的に周囲を機雷で囲まれていた無人機はそれらを避けきれずに四肢が破壊される。

 そして急接近、粒子コーティングチェーンソー『ベテルギウス』を叩きつける。青光りする刃が高速で回転し、暴力的な切断によって装甲を削り、スパークさせながら断ち切る。

 しかし、当然反撃を受けることになる。海中ではどんな強力な推進力を持っても、初速は水の抵抗を受けるために大気中よりも格段に遅れてしまう。だから攻撃直後の硬直は確実に生じてしまう。

 

 ゆえに、対策は回避ではなく、防御。簪が使ったMRFシステムのデータを基盤に束が考案した超高濃度圧縮粒子瞬時生成水圧装甲、簡単に言えば、水によるリアクティブアーマーだ。

 

 MRFを低出力で常に展開し、ここに攻撃された瞬間に高出力で瞬間発生、これにより瞬間的に水圧による壁を攻撃面にピンポイントに発生させる。海中では熱量兵器は役に立たないため、その大半が実弾に頼る。そして高圧縮された水はそれらを通さない堅牢な鎧と化す。

 

「効かない……!」

 

 攻撃に反応して展開された水圧の装甲により勢いを減退させた弾丸はあっさりと実体シールドに弾かれる。

 

「その程度では、……!」

 

 残る無人機もフォクシィ・ギアの防御を抜けずに、一方的な展開となって数分ですべてを海の藻屑へと変える。それは無人機と初めて戦うレオンをして、呆気ないと思うほどであった。

 

「脆いな………脆すぎる……?」

 

 性能が上ということを加味しても、無人機が弱すぎる。特に最後に破壊した機体は機動系が不完全なのか、機体重量と出力が合っていないような、そんなアンバランスさを感じてレオンがふと口にする。

 その答えは、すぐにわかった。ハイパーセンサーが熱量の増大を感知して警告を発してきたのだ。

 

「なに!?」

 

 すぐさま回避行動に移ろうとした瞬間、無人機の残骸が突然光を発し、爆発。それ自体には威力はさほどないが、ハイパーセンサーがエラーを警告してくる。

 

「スタングレネードかよ!」

 

 視界がホワイトアウトし、レーダーも一時的に麻痺してしまう。異常を感知した機体が音を遮断したことで耳はちゃんと聞けることが救いだが、完全に不意を突かれた。おそらく無人機のうち、何機かが破壊されると同時に発動するスタングレネードを内蔵している。妙に機動がおかしいと思えば、そういうことなのだろう。規格外のものを内蔵したことによる機動低下が起きていたのだ。

 それにしてはずいぶんと詰めが甘い。こんな機体を用意しているのならもっとうまく使えば多大なダメージを与えられそうだが……と、考えて自身の失念に気づく。

 

「ちぃ……お嬢様!」

 

『どうしました?』

 

「スタン狙いの自爆機が紛れてます。狙いはおそらく逃走幇助です」

 

『ふむ……アイズ?』

 

『把握。ボクが倒したのにも何機かいた。全部回避したけど』

 

「あれをすべて回避ですか……アイズお嬢、相変わらずとんでもない危機回避力っすね……」

 

 擬態し、不意をつくスタントラップをあっさりと回避するというアイズにレオンも苦笑するしかない。実際、アイズは挙動の不自然さからなにかあると確信し、斬った瞬間の手応えからトラップ察知をしていた。ちなみにヴォ―ダン・オージェは使用していない。それでもこれくらいは朝飯前である。

 

『束さん、逃走している機体は?』

 

 セシリアからの質問を受け、情報統括をしている束がすぐに応える。

 

『ん、一機だけ確認。今ラウちんが追ってる。ギリギリエリア内で捕捉できそう』

 

 束から送られてくるマップデータには、離脱していく機影と、それを追いかけるラウラが表示されていた。距離としては、アイズが一番近い。

 

『セシィ、ボクも追うよ?』

 

『お願いします。でも追いつけますか?』

 

『オーバー・ザ・クラウドだったら無理だけど、フォクシィ・ギアならリミッター解除したティアーズで追いつけるよ』

 

 そう言い、アイズの『レッドティアーズtype-Ⅲ』の反応が急速に動いていく。その加速力、そして速さはやはり高性能とはいえ、量産型の『フォクシィ・ギア』よりも数段上だ。リミッター付でさえ、旋回能力と瞬発力は最高峰であるレッドティアーズtype-Ⅲであるが、フルスペックでの稼働が解禁となり、その動きはさらに鋭く、そしてキレを増している。

 

『あらかた、撃破したみたいですね。……レオン、あなたは索敵班と連携して海中の哨戒を続けてください』

「了解」

『アレッタは撃破した敵機の回収を。ただし、なにを仕掛けられているかわかりません。解析が終わるまで警戒を怠らないように』

『わかりました』

『シャルロットさんたちは島の全周警戒を再度お願いします』

 

 セシリアの指示がされ、全員が戦闘体勢を維持したまま動き出す。多少スタンの影響が残っているレオンは、機体のリカバリーを進めつつも送られてくる観測データをもとに夜の海というほとんど不可視の領域を悠々と移動していった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 『アヴァロン』の警戒空域を飛ぶ無人機と、それを追うラウラ。無人機はおそらくデータを運ぶ逃走用なのだろう。あきらかに武装が少なく、機動に特化しているためだ。それでもラウラの高機動型ならばギリギリで追いつける。

 

「……限界位置まで、このままではおよそ二分か」

 

 いまだに世界に見せていない『フォクシィ・ギア』を感知される可能性を作るわけにはいかないため、『アヴァロン』からの妨害有効範囲内でしかラウラは動くことができない。この外に出れば、他のレーダー網や索敵にひっかかった場合の言い訳がきかなくなる。

 だから、それはあの目的の撃破の制限時間でもある。『オーバー・ザ・クラウド』なら五秒もあれば十分だが、この機体ではギリギリといった具合だろう。

 後方からは『レッドティアーズtype-Ⅲ』が援護に向かっているということも聞いているため、無理な撃破よりも確実に足止めをすることが望ましい。

 ラウラは『アンタレス』を構えて、有効射程距離ギリギリの逃走機に向けて発砲。ビームのマシンガンが火を吹き、無人機の動きを阻害するように執拗に射撃を放ち続ける。

 

「逃すわけにはいかない。落ちてもらう!」

 

 さらに強襲用のミサイルを発射。そのうちの一発が敵機動ユニットへと命中し、速度を激減させることに成功する。好機とみて『プロキオン』を抜刀して近接戦で確実に破壊しようと急接近する。敵はまともな武装も積んでいない。これでチェックメイト―――。

 

 

 

 

『ラウちん、そっちに反応! 直上から!』

 

 

 

 

「なに!?」

 

 やや焦ったような束の声に、反射的に回避機動をとるラウラ。それがラウラの明暗を分けた。さきほどまでいた位置に、寸分違わない狙いで真上からレーザーによる狙撃が放たれた。それは回避運動をしたラウラをかすめ、海へと突き刺さった。

 

「ぐっ………新手だと……!?」

 

 体勢を立て直し、攻撃が来た方向へと目を向ける。夜の闇に溶けるように、真っ黒なマント状のものを纏ったISを捉える。レーダー感知が曖昧なことから、おそらくあのマントはジャミング効果のある迷彩装備。それを一部解除して、セシリアのスターライトMkⅣのような長大なライフルを構えている。

 狙撃が失敗したとみるや、もう隠れる意味をなくしたその機体がマントをパージしてその全容を現した。

 

「あれは……!」

 

 天使のような白い機体、つい先の事件で自分たちを苦しめた、あの機体であった。大きな翼のようなユニットを広げ、まるで場違いなまでの真っ白な姿が、夜の闇に浮かび上がった。

 ラウラは警戒しつつ、無人機に目を配る。飛行ユニットが不備を起こしたようで、海へと着水している様子が確認できた。あれを逃がす心配はそうないようだが、破壊しようとすれば白い機体が邪魔をしてくるだろう。

 おそらくあれはデータを入手した無人機の回収役だ。この『アヴァロン』の警戒範囲ギリギリで待ち構えていたことから、それはおそらく正しいだろう。

 ならば、ここでの戦闘は避けることはできない。

 

「ちょうどいい。あのときの借りを返してやる」

 

 ラウラとて、自身を苦しめ、そして姉に大怪我を負わせたあの存在を許すつもりはない。ここであのときの雪辱を晴らしてやると気合を入れるが、そんなラウラを無視するようにその機体に乗った操縦者……シールがきょろきょろとあたりを見渡している。

 

「貴様、なにをしている?」

「…………どこですか?」

「なに?」

「アイズ・ファミリアはどこだと聞いているのです」

 

 アイズの名を聞いてラウラが顔をしかめる。そして理解する。こいつは、姉を狙っていると。

 

「姉様になんの用だ」

「姉? ………ああ、あなたですか。欠陥品からつくられた模造品は」

「なんだと?」

「アイズ・ファミリアがいなければここにいる意味もありません………通らさてもらいます」

「逃がすと思っているのか? それに、姉様に害をなすやつを見逃すほど、私は寛容ではない」

「………模造品程度が、勝てると思っているのですか?」

 

 シールがバイザーを解除し、素顔を晒したまま瞳を金色に輝かせる。闇に浮かび上がる金色の瞳は、まるでウィル・オ・ウィスプのような不気味さと神秘さを持っていた。

 姉から聞かされた通りにヴォ―ダン・オージェを持つというシールに対抗するために、ラウラも眼帯を外してAHSのバックアップを受けてヴォ―ダン・オージェを発動させる。

 

「押し通る」

「させない……!」

 

 嵐の中にも関わらずに、独特なしなやかで鳥のような機動で襲いかかるシールに対し、ラウラは接近戦を避けて射撃武器で応戦する。あのシールのヴォ―ダン・オージェが、姉のアイズのものよりも高性能ということは聞いている。ならば、ラウラのヴォ―ダン・オージェが勝てる道理はない。その恩恵をもっとも強く発揮できる接近戦を避けたのだ。しかし、それでもあの瞳の反応速度と情報解析力は脅威だ。同じ瞳を持つラウラだから、それがよくわかる。

 射撃など、射線を完全に見切っているだろう。アイズがヴォ―ダン・オージェを使用すれば、セシリアでもたとえ不意をついたとしても狙撃で命中させることはほぼ不可能らしい。今のシールにも同じように飛び道具が通じるとは思えないが、ラウラはそれをカバーするように出来うる限りの弾幕で質より量での攻撃を持続する。それは倒せなくても、足を止めさせることくらいはできる。

 

「鬱陶しい……!」

「お互い様だ!」

 

 ラウラはしかし、目の前のシールを倒すことは不可能だと判断していた。地力が違う、自分が限界までこの瞳の力を引き出しても、シールには及ばない。だからラウラの勝利条件は、あの島の情報を破壊すること、すなわち、海を漂う無人機の完全破壊。

 だが、そうしようとすればシールに背を向けることになる。それは致命的な隙だ。

 

 なんとか機会を見出し、あれを破壊しなければ――……そう思いつつも、シールの猛攻をなんとか凌いでいるラウラは状況がどんどん悪くなることに歯噛みしたい思いでいっぱいであった。こんな時に『オーバー・ザ・クラウド』が使えれば、と意味のないことを考えてしまう。たとえ『オーバー・ザ・クラウド』に搭乗していても、慣熟できていないラウラでは確実といえる手段ではないのだ。

 

 しかし、思った以上にシールという存在はラウラの想像の上にいた。巨大なウイングユニットを折りたたみ、盾のように全面に展開しながら特攻のようにラウラへと強襲してきた。そこに真正面から弾幕を浴びせるが、アイズの『ハイペリオン・ディオーネ』すら防いだあの防御の前には豆鉄砲でしかなかった。

 距離を詰められたことに舌打ちしつつ、『プロキオン』による近接戦に移行するしかないラウラは意を決してシールへと斬りかかる。

 

「あなたでは無理です」

 

 そんなあざ笑う声と共に、ラウラがシールのISの翼によって薙ぎ払われる。凄まじい衝撃を受け、あやうく海へと落とされるところだったラウラはなんとか姿勢制御をするが、確認したダメージの多さと痛みに顔をしかめる。

 シールドエネルギーは今の一撃で八割を削られた。『プロキオン』は真っ二つに折られ、他の装備も巻き添えをくらって破壊された。

 あの一瞬、ラウラの攻撃を翼の装甲部で受け流し、体勢を崩したラウラを的確に薙いだのだ。しかも、それはラウラがひとつの挙動を終える間もなく、行われたことだ。ラウラがひとつの行動をするときには、シールは三つの行動を終えている。それほどに差があった。

 ヴォ―ダン・オージェによる見切りと解析がまるで役に立たない。むしろ相手のそれに完全に飲み込まれていることを実感し、ラウラはギリリと歯ぎしりをさせる。

 

「言ったでしょう? あなたでは無理だと」

 

 そして返す翼の薙ぎ払いが襲いかかる。残された武装である『アンタレス』を盾にして離脱。ほぼ武装のすべてを破壊されたラウラは、腕部に内蔵されたナイフを展開し、せめてデータだけは破壊しようとシールにあえて隙をさらしながら無人機へと特攻する。

 

「無駄なことを」

「ぐっ」

 

 それすらあっさりとチャクラムによって弾かれる。ラウラのもつもの、すべてにおいて上を行かれている。いかに上位のヴォ―ダン・オージェを持たれているとはいえ、ここまで一方的に嬲られることは屈辱だった。

 あの白い機体はティアーズと同等の性能を有しているし、それを駆るのはラウラやアイズ以上の瞳を持つシールだ。量産機のままでは、百回やっても百回負けることしか想像できない。

 

 そしてシールはあの群体のビットを射出する。ダメージを受けたラウラではそれらを回避しきれずに、噛み付かれるように数多の小型ビットによって残されたエネルギーを食われていく。

 

「くそっ!」

 

 このままでは一分ももたずに撃墜されて終わりだ。ラウラは一応手段として頭にあったが、あまりのリスクの高さに実行するつもりのなかった策を覚悟する。

 

 限界まで速度を上げ、小型ビットを一時的にではあるが、なんとか振り切るとそのまま上昇機動へと移行する。それを追いかける小型ビットを確認しながら、ラウラはタイミングを図って急制動、そしてなんと背部飛行ユニットをそのままパージした。小型ビットはラウラを追い抜き、パージされた飛行ユニットへ群がり、爆散させる。その衝撃を受け、もはや制御もできないラウラがその場から飛ばされる。

 そして、ラウラはその勢いのまま、なんとISを解除した。なにも身を守るものがない生身と化した状態でラウラが空を舞った。これにはシールも驚いて目を見張る。まさか、そんな自殺としか思えない真似をするとは考えられなかった。絶対防御もなくしたラウラは、このままでは海に叩きつけられて藻屑となるだけだ。

 しかし、シールの瞳が、ラウラが握りしめているものに気づいた。白と黒に塗装された、モノクロのダイス……それを掲げ、ラウラが叫ぶ。

 

「来いッ! 『オーバー・ザ・クラウド』!」

 

 ラウラの身体に再度ISの装甲が発現する。さきほどの機体ではなく、淡黒の装甲に青白く光る身体のライン、かつてシールも見た飛行に特化したオーバースペック機、先行試作型第五世代機『オーバー・ザ・クラウド』が再びラウラの鎧となって現れた。

 

「なんという無茶な乗り換えを……!」

 

 シールは敵とはいえ、一歩間違えれば即死するという状況でISを乗り換えるというその度胸に賞賛を送る。そして、今のラウラが身に纏うのはスペックでいえば現存するISの最高峰といえる機体だ。以前はまともな武装すらなかっただが、見た限りでは以前にはない武装らしきものも装備されていることが確認できる。

 そしてラウラがその右手を掲げる。シールが身構えたとき、なにかが高速で飛来することを察知して反射的に回避、しかしそれはいくらか余裕を持ってシール機の脇を通り過ぎ、そして……。

 

「しまった……!?」

 

 海を漂っていた、『アヴァロン』のデータを記録していた無人機が飛来したなにかに貫かれ、爆発した。シールのヴォ―ダン・オージェは、飛来したそれ……杭のようなものが高速で放たれ、無人機を射抜いた光景を目視していた。データになかった武装と、無茶な機体乗り換え直後に判断が遅れてしまったことにシールは歯噛みする。

 そして、シールにとってさらに悪いことが起きる。

 

「あれは……」

 

 機体のハイパーセンサーとヴォ―ダン・オージェが接近する機体を感知する。赤く、シャープなフォルムの機体、『レッドティアーズtype-Ⅲ』だ。以前の戦闘よりも速度が上がっており、おそらくチューンか、新装備をしているのかもしれないと判断する。

 持ち帰るべきデータを持った無人機は破壊され、自身の機体と同等の性能を持ち、さらに操縦者がヴォ―ダン・オージェ持ちが二機という状況は、あまりよくない。ヴォ―ダン・オージェとて、絶対の力ではないのだ。

 

「失敗、ですか。まぁいいでしょう」

 

 シールは目視できるほどまで近づいてきた『レッドティアーズtype-Ⅲ』へ目を向ける。そこには、いつかの再現のように両の瞳を金色にしたアイズ・ファミリアがシールをじっと見つめていた。

 そのアイズがラウラと合流する前に、シールは撤退を決意する。個人的に戦いたい思いもあるが、作戦の意味がなくなったのでは、これ以上の戦闘は不利益にしかならない。小型ビットと、ステルス機能、レーダー阻害を起こすジャミング弾により、その場を離脱する。

 

「待って! シール!」

「……アイズ・ファミリア。今日はここまでです。いずれ、また……」

 

 アイズとシールの三度目の邂逅は刃を交えずに、視線だけを交えて終わりを迎えた。

 もともと領域内の戦闘しか許可されていないラウラは追うことはできず、追いついたアイズもこの状況では追撃などできるはずもない。

 

「ラウラちゃん、大丈夫!?」

「姉様……大丈夫です。なんとかデータの流出自体は防ぎましたが……でも、あの機体は」

「いいよ、ラウラちゃんが無事なら、………!」

 

 ラウラは『フォクシィ・ギア』を破壊したこととシールを取り逃がしたことを詫びるが、ラウラの戦果は上出来といっていいものだ。おそらくは威力偵察であっただろう無人機はすべてジャミングフィールド内で破壊し、逃がしたのはラウラと戦闘をしたシール機のみ。おそらく『フォクシィ・ギア』と『オーバー・ザ・クラウド』の情報はもっていかれたが、この二機はいずれ世に出るものだ。

 世に出せない技術がわんさかある『アヴァロン』の情報よりはよほどいい。単機であったことも考えれば、十分な成果といえる。

 

『二人共無事だね? お疲れ、もう敵機の反応はないよ。準警戒に移行して。……まったくラウちんがあんな無茶な乗り換えしたときは肝を冷やしたよ?』

 

 束の通信に二人はほっと一安心をする。警戒レベルを最大まで上げたというので、アイズたちは帰投しろとの指示を受ける。

 

「とりあえずなんとかなった、かな」

「しかし、きっとまた来るでしょう。今回はそのための偵察だったようです」

「………急がないとね。もっと強くならないと、ボクたち」

「はい、姉様」

 

 この次があるのならば。

 

 それは、今回のような比ではないだろう。その前に、こちらも準備を整えておかなくてはならない。おそらく物量は敵のほうが上、質は上回っていると思うが、敵のものも侮れるような程度ではないし、シールのような存在もいる。

 シールとの実力差を実感したラウラ、そして以前に一度敗北しているアイズは、この嵐がまるで自分たちの不安を現しているかのように思えてきた。

 

 そんな不安を切り裂くように、二機は暗雲が渦巻く空を飛んでいった。

 

 

 




仕事がめっちゃ忙しいです(汗)執筆スピードが目に見えて遅くなってます……。

今回の戦闘は様子見で終了。次回からいよいよ鈴ちゃんと簪さんが合流してきます。

鈴ちゃん対セッシーの戦いも近いです。

それではまた次回!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。