双星の雫   作:千両花火

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Act.41 「新生の翼」

 火薬の匂いが鼻をつく戦場にシャルロットはいた。

 身に纏うのは、カレイドマテリアル社が極秘に作り上げた次世代型量産機『フォクシィ・ギア』。くすんだ金と銀の装甲色をした数々の換装装備を持つ全領域対応型の機体。その換装兵装のひとつ、重火力兵装を装備したシャルロットは廃墟と化した街の一角に潜みながら、隣で同じように隠れている少女へと声をかける。

 

「シトリー、状況は?」

「第二部隊がやられた。やったのは敵の単機の遊撃機だよ」

「ラウラか……やっぱりこういう状況には強いな」

 

 先ほど別動隊として動いていた三機の反応が消えた。状況から考えて、どうやらラウラが単機で制圧したらしい。さすがは元軍人というべきか。ラウラ個人の実力もさることながら、こうした集団戦においての働きは群を抜いている。

 

「相手の被害は?」

「撃破の確認がとれたのは三機。あと不明が二機。三機は後方に反応がある」

「不明の二機はおそらく斥候が一機と、あとラウラの遊撃機だね」

「数では同数だけど、あの遊撃がありえない戦果をあげてるからこっちが不利。どうする、シャル?」

「一度他の皆と合流しよう。このままだとラウラに各個撃破されるよ」

 

 周囲を警戒しつつ、暗号通信で部隊の合流地点へと移動をする。威力偵察兵装を装備したシトリーの機体を先頭に、シャルロットも慎重に周囲を警戒しながらあとに続いていく。

 学園での訓練と違い、闇雲にブーストをしようものならすぐに捕捉されて狙われてしまう。新鮮味と緊張を感じながら、シャルロットは覚えたばかりのISでの隱行技術での移動を行う。

 

 本来なら高機動が真骨頂となるISで、こうした歩兵みたいな戦いをすることに戸惑っていたシャルロットも今ではすっかり慣れた。いや、そうならざるを得なかった、というべきか。

 学園で教わった操縦技術など、ここではほとんど役に立たない。いや、あって当然、基礎中の基礎というのが正しい。それを習熟していることが当然として、部隊での運用を主眼においた訓練をするここでの訓練はシャルロットの技術と意識を確かに変革させていた。

 はじめの頃はただ逃げるだけでも、ブーストをかけた瞬間にセシリアに悟られて狙撃された。ゆっくりしていれば今度はいきなりアイズの奇襲にさらされた。時間をかけすぎず、しかし悟られずに逃げる。これを覚えるだけで何度も倒された。

 学園ではセシリアとアイズは連携はしていたが、ほとんど個人技を見せるだけだった。しかし、あの二人の実力は集団戦においても遺憾なく発揮された。

 セシリアは部隊の隊員全員の信頼を得る指揮官であるし、アイズも奇襲は得意と言ったように、少数で多数を落とすことを何度もやってのけた。

 

 それを思えば、IS学園が如何に温いか否応にもわかってしまう。“表向き”の理由だけならば、IS学園のあり方は正しい。しかし、世界の現実を直視したとき、それはやはりスポーツの域を出ないごっこ遊びだと言われてもシャルロットは反論できない。

 実際の戦闘が起きれば、一対一で戦うことなどわずかだ。いつ、どんな横槍が入るかもしれないし、常に万全で戦い始めるなんて保証もない。相手はこちらの都合など考えてくれない、考えているとしても、それはいかに相手を不利な状況に追い込むか、ということだけだ。

 そしてこの部隊では、そんなリアルを想定して訓練を行っている。

 

 常に神経を磨り減らすような緊張感の中で長時間戦うことは、シャルロットにとっても初めての経験だった。いったいこの部隊はどんなことを想定しているのか、なんて疑問を抱くも、毎日を必死に戦うシャルロットはその実力もあり、部隊内でも少しづつ頭角を現し始めている。

 

 しかし、経験値が違うために常にシャルロットの上を行く同期がいるのだが……。

 

 

「っ、シャル! 直上に反応! 見つかった!」

「来た!?」

 

 離脱中に捕捉されたことに歯噛みしつつ、敵機を視認。同じ『フォクシィ・ギア』の、高機動兵装タイプ。それを操るのは、片目を眼帯で隠した銀髪の少女。

 

「やっぱりラウラ!」

「シャルロットか。悪いが、捕捉したからには撃破させてもらう!」

 

 ラウラが右手に持つライフルを直上から連射し、さらに背部ユニットからミサイルを発射する。シャルロットとシトリーは弾幕を張り、ミサイルを撃ち落とすもその爆炎の中からラウラが突っ込んでくる。バレルロールで二人の弾幕を回避しつつ、腰に装備された高周波振動刀『プロキオン』を抜く。

 

「シトリー!」

「シールド展開!」

 

 シトリーがシャルロットの前へ出て実体とエネルギー両方の性質を備えたハイブリットシールドを展開する。そのシールドでラウラの強襲を防ぎ、背後からシャルロットがラウラを狙い射つ。

 

「ラウラァッ!」

「まだ甘いな、シャルロット!」

 

 ラウラは残弾の尽きたライフルを楯にシャルロットの射撃を防ぐ。そのままスピードを緩めることなく再び上空へと離脱する。一撃離脱の強襲を得意とする高機動兵装を使うラウラはそのまま距離を取って攻撃をしかけようとしない。それを不思議に思うシャルロットとシトリーだが、ハッとラウラの狙いに気づく。

 

「まずい、位置を知られた!」

「シトリー離脱を! 砲撃が来る!」

 

 そういうやいなや、ラウラは笑みを浮かべて後方の砲撃支援へと通信を送る。

 

「捕捉した。エリアB-2からB-3へかけて砲撃支援要請。時間は十秒だ」

『了解。砲撃を開始する』

 

 数秒後、シャルロットたちがいるエリアへと爆撃が落とされる。狙い射つのではなく、広範囲を爆撃する砲撃支援だ。広範囲ゆえに、離脱する前にその爆風を身に受けてしまう。なんとか固まってシールドを全面に出して防御体勢をとってそれに耐えるも、砲撃が止んだ瞬間に再びラウラが上空から強襲を仕掛けてくる。

 

「沈め!」

「ぐうっ」

「シトリー!?」

 

 防御役を担っていたシトリーが至近距離からラウラの持つビームマシンガン『アンタレス』の斉射を受けて沈黙する。爆撃直後の強襲に視界が復活する直後を狙われて防御も回避もできなかった。

 

「よくも!」

 

 シャルロットは両手とバックパックすべてに射撃兵装を展開して弾幕を浴びせる。ラウラはそれを受けつつも、倒したシトリーを盾にしてシャルロットの射撃を制限させながら再び廃墟の建物の陰へと身を隠す。無理をせずに、きっちり攻めるべきときに攻め立てるラウラに、シャルロットは舌打ちしつつ油断なく四方八方に注意を巡らせる。

 そうしていると足元に倒れるシトリーから声が上がる。

 

「ごめんシャル。先にリタイアする」

「ん、あとは任せて」

「任せた。この先に開けた湾岸部に出る。ここじゃあ不利。そこまで早く」

「ありがとう………アレッタ、こちらシャルロット。シトリーがやられた。合流は不可、エリアEで遊撃機を迎え撃つよ」

『了解。今からこちらも進撃します。ラウラはあなたが抑えてください。落としてもいいですよ』

「無茶を言う………できる限り、そうするよ」

 

 追いかけてくるラウラの気配を感じながら、シトリーに言われたエリアへと移動。視界が確保できる開けた場所ならラウラの強襲に制限をかけられるし、シャルロットの射線も通りやすくなる。もちろん、ラウラもそれは承知の上だろうが、誘いに乗るようにシャルロットを狙ってくる。

 

 ラウラは逃げるシャルロットの背中を狙い射撃を放つ。

 

「ラウラ……!」

「どうしたシャルロット。背中を見せたままでいいのか?」

「その手には乗らないよ……!」

 

 視界の悪い場所ではラウラの餌食になるだけだ。あんな挑発に乗るわけにはいかない。なんとかラウラの執拗な攻撃をしのぎつつ、目的のエリアへ到達。射線を遮る遮蔽物の少ないポイントを確保すると、追撃してくるラウラを真正面から迎え撃つ。

 

「ここなら!」

「私を舐めすぎだ、シャルロット!」

 

 シャルロットが最大展開した兵装による一斉射撃を繰り出す。重火力兵装の名にふさわしく、両手のビームマシンガン、肩部ミサイルランチャー、背部ユニットのレールガンが迫るラウラを射貫こうと疾走する。しかし、ラウラはその射線を見切り、最小限の機動で回避、腕部装甲に内蔵されたナイフを展開する。

 

「ぐぅっ……!?」

「もらったぞ!」

 

 すれ違いざまに兵装の半分を破壊され、振り向こうとしたときには背にナイフを当てられて動きを止めざるを得なかった。シャルロットがどうにか打開策を考えようとするが、そうしていると全体アナウンスが流れた。

 

 

『第一部隊の拠点制圧を確認。模擬戦を終了せよ。繰り返す、模擬戦を終了せよ』

 

 

 ラウラがナイフを引くと同時にシャルロットの口から大きなため息が出る。結果は完敗、個人としても、チームとしても敗北してしまった。

 

「こちらの勝ちだな、シャルロット」

「まいったよ。でもあれは反則じゃない?」

「何を言う。これのテストも兼ねているのだ。むしろ当然のことだ」

 

 そう言ってラウラが金色に光る左目を再び眼帯で覆った。最後のシャルロットの射撃を回避したとき、ラウラはヴォ―ダン・オージェを使用してその恩恵を受けて弾道を見切っていた。流石にヴォ―ダン・オージェを使われたら今のシャルロットではラウラに勝つことはできない。

 そのラウラの機体には試験的なAHSシステムが組み込まれており、このテストもラウラの重要な役目であった。このデータがラウラ自身やアイズの負担の軽減のために使われる。姉を想うラウラにとってこの役目を与えられたことは誇りであった。

 

「さて、撤収だ。夕食後に反省会だそうだ」

「わかってるよ。今回も反省点が山のようだよ……」

「二人共急ぐよ。夜からは嵐らしいからね。武装の回収も忘れないで」

 

 やれやれと肩をすくめながらシトリーがやってきた。ほかのメンバーも拠点に向かって帰還しはじめている。三人も機体を飛行させ、演習の拠点場所へと向かっていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ふぅ……」

 

 夜も更けた頃、シャワー室から出たシャルロットはタオルで髪を拭きながら、パソコンで報告書を作成しているルームメイトのシトリーに目を向けた。このカレイドマテリアル社の技術部がある孤島、名称を『アヴァロン』というらしい。そこに滞在するときはテストパイロットの宿舎に世話になっているが、そこではIS学園のように二人部屋で生活をするらしく、本格的にここで訓練をするようになってから相部屋となり、そして部隊内におけるバディとなったのがこのシトリーであった。

 シトリーはフィンランド出身らしく、流れに流れてイギリスへとやってきたときにセシリアからスカウトを受けたという。本人曰く、「スカウトという名の保護」だったらしい。

 

 シトリー。名はそれだけ。家名はなく、社会的には戸籍もなく、存在しないことになっている少女。そして、このIS試験部隊はそのほとんどがそんな子供で構成された『幽霊部隊』だ。この試験部隊だけでなく、技術者の中にもそんな存在は多くいるらしい。この孤島という閉鎖空間はそんな人間を匿うという理由もあるという。法のある世界ではロクに生きていけない彼女たちを守る無法というルールを敷いた島、それがこの『アヴァロン』。

 街を為すのも、ここで生きる人間がしっかりと人間らしく生きていくために作ったという。あの傍若無人なイリーナがそこまでのことを考えて、社会的にはアウトとなるやり方をしてまでこの『アヴァロン』を作ったことにシャルロットは義母とはいえ、ちょっと意外に思ってしまった。

 のちのちに知ることが、この『アヴァロン』を発案、構築したのは先代社長で、それを継いだのがイリーナらしい。

 聞きようによっては弱者を救済する美談のようにも感じられるかもしれないが、もちろんそんなものは幻想だ。この島が法にひっかかる要素を数多く内包しており、戸籍のない人間を教育して雇用するのも、金はかかるが秘匿するために役立つから、という理由があるためだ。イリーナもそれを認める発言をしており、島の人間にむかってはっきりそう明言していた。

 

 しかし、彼女の苛烈な優しさを知る者はしっかりとわかっている。利用していると冷たく言う彼女の本音が、「だから恩を感じる必要もない」ということも。

 

 しかし、そんなイリーナのツンデレな本音を察した者や、それでも恩を受けたことに変わりない島の安泰といえる穏やかな生活はここで暮らすものたちに忠誠心を持たせる結果となった。そこまで計算していたという腹黒さをイリーナが持っていたかどうかはわからないが、事実としていつ野垂れ死ぬかわからない生活から、閉鎖的な島とはいえ、衣食住が保証された暮らしは代え難いものだ。

 ゆえに、この島の事情を抱える人間はカレイドマテリアル社に対し高い忠誠心を抱いている。そんな中で、IS適正が高く、危険を覚悟で志願したのが試験部隊の面々であり、シトリーもその一人であった。

 浮浪児で行き倒れたところをセシリアとアイズに保護され、この島にやってきた彼女は生きる方法を教えられ、働くことを教えられ、そして今、志願して戦う道を選んだ。もっと穏やかに暮らしていく方法もあった。カレイドマテリアル社のバックアップがあれば、しっかり戸籍を得て社会に出ることも可能なのだ。それを辞退し、IS操縦者という最も危険な役目を希望したのは、セシリアやアイズへの恩返しがしたいという想いからであった。

 

 簡単に事情を聞いただけでも、もっといろいろな紆余曲折があり、多くの葛藤があったであろうことは、自身も波乱万丈な半生を送ってきたシャルロットにも容易に想像できた。シャルロット自身、この二人が運命の変え方を示してくれたおかげで今、ここにいるのだ。

 

「シトリー、シャワーいいよ」

「うん。これをまとめたら入るよ」

 

 シトリーの几帳面な性格はもうよくわかっており、やや感情の起伏が少ないように見えてもかなりの人情家であることも知っている。そんなシトリーをコンビを組んでもう半月、かなりプライベートなことを言い合えるくらいまで仲良くなっていた。

 

「でも、シトリーはすごいよね。僕も代表候補生やってたけど、シトリーはもちろん、ここのみんなは候補生レベルが当たり前だもんね」

「それくらいじゃなきゃ、お嬢様たちを助けられないから。あ、シャルもお嬢様なんだよね」

「実感ないからそんな呼び方しなくていいよ」

「ん、わかった。それにイリーナ様の娘って………うん、やっぱりちょっと同情するし」

「しみじみ言わないでよシトリー……」

 

 イリーナの暴君っぷりはこの島でも有名らしい。その暴君によって統治されるこの島は安泰そのものなので評価に困るところである。

 

「そういえば最近はセシリアさんとアイズさんは演習参加しないけど、どうしたんだろ?」

 

 はじめは二人も一緒に模擬戦などに参加していたのだが、最近は別行動が多い。

 もっとも、図抜けて技量が高い二人がいると模擬戦の時間がサクッと短縮され、終いには一騎打ちとなるので二人がいないほうが模擬戦らしくはなるという隊員たちが情けないのか、二人が凄すぎるのか、という状態になってしまう。

 

「お嬢様たちは、別件だって聞いてる。束博士がつきっきりだし、………もしかしたら」

「もしかしたら?」

「…………そういえば、シャルは知らなかったの?」

「え?」

「お嬢様たちの機体ってリミッターついてるから。たしかIS学園に行くために適当に性能を落としてたはず………無人機のこともあるし、それを解除しているんだと思うけど。さすがに対外的なことを気にしてる場合じゃなくなったんじゃないかな?」

「へぇ、そうなん…………ってリミッター!? 性能を落としてたって、あれで!?」

 

 この島に来て、もうそんじょそこらのものでは驚かないと思っていたシャルロットが絶叫する。IS学園でその強さを見せつけていた二機が、リミッター付きだったという衝撃の事実に唖然としてしまう。そのリミッター付きだったという状態のティアーズに、自分と一夏は圧倒的な差を見せつけられ完敗したのだ。

 

「いくつかリミッターかけるって聞いたけど………たしか、“切り札”の封印と、第一形態程度に性能を落とすとか」

「………え? それって、ホントはもう第二形態に移行してるってこと?」

「ほんとに知らなかったの?」

「…………ええー」

 

 いったいあの二人はどれだけのジョーカーを隠し持っているのだろうか。

 規格外なこの社の中でも、操縦者としてトップに立つであろう二人の実力は思っていた以上のバケモノらしい。

 それを思い知って唖然としていたとき、部屋に備えられている内線にコールが入る。シトリーがそれを取ると、数言話してシャルロットへと向き直る。

 

「呼び出しだよ、シャル。束博士のラボまで」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 シャルロットの平常心を削っている元凶の一因でもあるセシリアとアイズの二人は束専用ラボでまさにそのリミッター解除作業を行っていた。

 簡単に解除できればリミッターの意味はないし、リミッター時の経験をしっかりフィードバックして解除しなくてはいけないために慎重な作業となっている。それでも束は鼻歌交じりにキーボードを叩いていた。

 

「ずいぶんいい経験を積んだみたいだね、情報量が出発前と段違いだよ。とりあえず第二形態のリミッターは解除しても問題ないかな」

「そうですね。さすがに第一形態のまま、あのような襲撃に遭うのはリスクが高すぎますし」

「それに、ティアーズにも窮屈な思いさせちゃってたからね」

 

 IS学園へ入る際に二機のティアーズに架せられたリミッターは、二種類。

 奥の手であるコード【type-Ⅲ】の封印リミッター。そして通常第二形態相当になっている機体スペックを第一形態相当にまで制限する出力リミッター。

 ゆえに、現在のティアーズは武装を除き、機体スペックが本来のおよそ七十パーセントにまで制限されている。

 切り札であり、世に知られれば間違いなく世界を激震させるほどの二機のティアーズにしか存在しない束の技術の集大成であるコード【type-Ⅲ】。このリミッターはともかく、単純なスペック制限でしかない出力リミッターは既に解除するべきだとしてイリーナをはじめとした社の重鎮たちの総意として許可が出た。無人機という脅威が大きくなる中、高すぎるスペックを見せることによる多少の干渉もしかたないとした判断であった。

 それにすでにIS産業において他をぶっちぎっているカレイドマテリアル社がなにをしようが、もうそれこそ今更なことだ、というイリーナのありがたいお言葉も頂いている。その代わり、イーリスをはじめとした諜報、防諜、警備部門の責任者にはさらなる働きが求められることになる。手当もでるが残業も増える、とイーリスが苦笑しながら話していたという。

 

 そしてちょうど出力リミッターの解除準備が整ったとき、ラボへシャルロットとラウラが姿を見せた。

 

「失礼します!」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、ならびにシャルロット・ルージュ。参りました」

「おっ、きたきた~。ちょっとまっててね。すぐおわるから。セッシー、紅茶でも飲ませてあげてて」

「はい。アイズも一緒に休憩にしましょう」

「わーい、オルコッティー、キター!」

 

 束がやや緊張しながらやってきた二人を歓迎しながら、二人に部屋に備え付けてあるやたらファンシーなデザインのソファーに座るように促す。セシリアが得意の紅茶を振る舞いながら、束の作業を待つこと五分。束が二つのものを持ってシャルロットとラウラの正面に座る。

 

「さて、二人の専用機が用意できたから、明日からその慣熟もやってもらうからね」

「え? もう強化されたんですか?」

「そうだけど?」

「だ、だってまだ二週間しか……」

 

 シャルロットはてっきり夏休み中かかると思っていた。そんな強化改造がそんな短時間でできるはずがないという、未だそんな常識が残っていたためだ。

 

「シャルロットさん、束さんに常識を照らし合わせるだけ無駄ですよ」

「束さんは天才だもんね!」

 

 苦笑するセシリア、そしてなぜか自慢するように言うアイズ。束は二人の言葉を受けて豊満な胸をえっへんと張っている。

 

「それじゃまずは………ラウちん」

「はい」

 

 以前のような白黒のダイスのような待機状態のISを渡される。

 

「『オーバー・ザ・クラウド』にレベリングリミッター、さらにラウちん専用に調整したAHSシステムを搭載。ヴォ―ダン・オージェも負荷をだいぶ抑えて使用できるようになってる。あと、専用武装をいくつか積んである」

「……レベリングリミッター?」

「ほら、この子の弱点は高すぎる基礎スペックだからね。ラウちんが性能を引き出せるギリギリのとこを見極めて自己判断でリミッターを設定するの。だからラウちんの安全を考慮しつつ、成長するだけリミッターも緩和されていくってわけ」

「つまり、私の操縦に適宜適合するレベルにリミッターがかかる、というわけですか?」

「そうそう。だから今までみたいに振り回されることも少なくなるし、ラウちん次第でスペックをどんどん封印解除していくことが可能。ラウちんの意思次第で、瞬間的に出力をあげることもできる。操縦者と機体の意思統一次第で、潜在能力を引き出すためのシステム、と思ってくれていいよ」

 

 ラウラは感動したように手に持つ『オーバー・ザ・クラウド』を見つめている。束の規格外なチート技術もそうだが、この機体を乗りこなすというラウラ自身の目標にまた一歩近づけるということに興奮しているようだ。

 

「つぎにシャルるん」

「は、はい。………え、シャルるん?」

「はいこれ」

 

 待機状態は以前と同じネックレス。見た目はまったく変わっていないが、渡された機体スペックを示すデータに目を通すと次第にシャルロットの顔色が青くなっていく。

 もはやラファールの原型すら見えないほどに手が加えられたそれは、もうまったく新しい新造機体と言われたほうが納得できるものであった。

 

「ごめんね、やりすぎちゃった!」

「いやいやいやいや! これもうラファールじゃないですよ!? いったいどこにそんな要素があるんですか!?」

「ほら、この肩のとこなんか似てない?」

 

 茶化すように言う束の言葉を、シャルロットは半分ほど聞き流してじっとスペックデータを見つめる。一見すればまったく別物の機体だが、確かに『ラファール・リヴァイブカスタムⅡ』を継承したと思しき点が見受けられた。それは形状などではなく、この機体のコンセプトや特色といった面だ。

 この新しいシャルロットの専用機の特徴は、『安定性』だ。どんな環境下、どんな状況にも一定以上の信頼性を持つという万能型。そして高速切替をさらにスムーズに行う補助システムと、今まで以上に同時展開できるようになっているために弾幕による面制圧能力の向上、それを活かすための拡張領域の拡大と搭載武器の再考。なるほど、たしかに使い勝手は同じ、いや、今まで以上に運用できるであろう改良だ。

 ただ、やはり束製の魔改造機だ。搭載された武装はすべて一新されており、その中には見ただけでヤバイ代物がちらほら見える。しかもそれらを同時展開できる。制圧力がこれまでの比ではない。

 

「………あれ、気に入らなかった?」

「いえ、ちょっと圧倒されてて……ありがとうございます、束さん。絶対にこれを使いこなしてみせます」

「うんうん。なんせイリーナちゃんの娘だもんね。中途半端なものは作れないから気合入れて作ったよ!」

「は、はは……期待に応えられるよう精進します。……それと、機体名はなんです?」

「名づけて、『ラファール・リヴァイブtypeR.C.』」

「『R.C.』?」

「Rampage Cradle、の略だよ」

「ランページ・クレイドル………騒がしい揺り篭、かな。ぴったりかも」

 

 安定感と多彩な銃器による面制圧力を高めた機体。なるほど、ランページ・クレイドルとは言い得て妙だ。

 

「明日からはリミッター外したティアーズと、ラウちん、シャルるんの新型のテストも同時に……」

 

 束がそれぞれスペックの上がった機体を得た四人に明日からの訓練メニューを提示して説明をしようとした矢先に、それは来た。

 突然ラボ内の非常事態を告げる赤いランプが激しく点滅し、部屋を真っ赤な光で照らしていく。同時にうるさいほどのエマージェンシーコールが鳴り響く。

 

「な、なに!?」

「エマージェンシーコール……!」

 

 すぐに館内アナウンスが流れた。声は平坦なものであったが、その内容は緊張感を与えるには十分なものであった。

 

 

 

『緊急事態発生、緊急事態発生。複数の未確認機の接近を確認。防衛システムの一部を破壊されました。島への到達までおよそ十分。防衛部隊は即時展開。IS試験部隊は即時戦闘待機へ移行せよ。繰り返す……―――』

 

 

 敵機の襲来。しかも、防衛システムの破壊までするということはすくなくとも話し合いでどうこうできる相手ではないだろう。

 

「未確認機……まさか」

「接敵まで十分だと? 近すぎる……ステルス機か?」

「行きますよ、みなさん。時間がありませんが、さすがにいきなり実戦で専用機は使えません。シャルロットさんとラウラさんは一度部隊に戻り『フォクシィ・ギア』で迎撃準備を。万が一に備えて専用機も携帯してください」

「わかった」

「了解」

 

 二人はすぐに部屋を飛び出し部隊の待機場所へと走っていく。二人も、この状況で出撃しないということはないだろうということもわかっている。おそらく部隊での迎撃行動が展開されるだろう。

 

「私とアイズは一時待機を。他の伏兵がいないとも限りません。確認が取れ次第、私は後方から狙撃援護、アイズは遊撃として動きます」

「うん」

「束さん」

「あいあい、わかってる。データリンク開始、警戒領域のデータ取得開始。随時部隊に送るよ」

「お願いします」

 

 束がバックアップを開始したことを見て、セシリアはアイズの手を取り走り出す。

 ラボのある地下から地上へ上がると、既に多くの人間が慌ただしく動き回っていた。今まで何度かこういう襲撃はあったが、防衛システムを破壊し、こんな近くまで接近を悟られなかったという事態は初めてだ。

 

「なんか、嫌な感じ………良くないものが来る感じがする」

 

 握ったアイズの手が、セシリアの手をぎゅっと力強く握りしめる。アイズでなくとも、そんな嫌な感じはおそらくこの島の全員が感じているだろう。

 そんな不安を払拭するのが、自分たちの役目だ。セシリアは窓の外に目を向ける。

 

 すでに夜の闇も深くなり、さらに雨と風、雷鳴が空を彩っている。こんな悪天候でまさか飛行機が迷い込んだなんでオチもないだろう。しかし、この悪条件下での戦闘は不安要素でもある。いずれにせよ、早期解決が望ましい。

 

 そして島の全容がほぼ見渡せる技術部研究棟の屋上ヘリポートへと出ると同時にISを通じた通信が入る。風で髪や衣服がなびいて雨に濡れるが、気にした様子もなく耳を傾ける。

 

『未確認機の敵対行動を確認。防衛部隊は抗戦開始せよ。IS試験部隊、ジャミングフィールド展開後に即時出撃せよ』

 

 それを聞き、セシリアもISを通じて即座に部隊へ通信を送る。

 

「アレッタ、五機を連れて防衛部隊の直衛に回りなさい。レオンは残りを率いて迎撃に」

『了解しました』

『了解……!』

「私とアイズは敵戦力の確認後に援護と遊撃に回ります。みなさん、武運を」

 

 通信を閉じてアイズを見れば、すでにAHSシステムを起動させた金色の瞳で闇の向こうにいるであろう脅威を睨んでいた。

 セシリアは風雨で濡れる髪を簡単にまとめてひとつに結うとISを起動させる。

 

 

『出撃許可を確認。IS試験部隊、迎撃行動に移行せよ。IS試験部隊、出撃せよ』

 

 

 アナウンスが流れると同時にアイズもISを起動させる。それを確認し、風雨と雷鳴が轟く夜の空へと飛翔する。

 

「セシリア・オルコット。ブルーティアーズtype-Ⅲ、参ります」

「アイズ・ファミリア。レッドティアーズtype-Ⅲ、出ます!」

 

 

 




次回は部隊での防衛戦となります。

ティアーズのリミッター解除やラウラ、シャルロットの新機体、新装備はもうちょっと後にお披露目になります。

夏休み編の最大の山場はアイズたちに鈴ちゃん、簪さんが合流したあとになります。

それではまた次回に!


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