双星の雫   作:千両花火

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Act.40 「想いの在処」

 ほぼ無傷の楯無のミステリアス・レイディに対し、簪の打鉄弐式は満身創痍で、しかも残された武装はブレードのみ。紛れもない絶体絶命の状況だ。どんなに楽観的に考えても、この状況から勝ちへつなげる道はまったく見えてこない。

 それでも、簪は諦めなかった。ただ余計な雑念を一切排除し、楯無だけを睨むように見つめている。

 

 この状況下で考えれば簪が勝つには接近戦しかないが、無傷のミステリアス・レイディにまともに接近戦で挑んでも勝てる要素は皆無だ。簪は姉の機体に関しての情報はアイズと出会う前から収集・分析している。

 楯無が学園最強と呼ばれる理由は、本人の実力もあるが、この機体も十分にバケモノであるためだ。その最大の特徴はナノマシンで構成された水を意のままに操る能力だ。

 攻防一体のその能力は隙がなく、一点集中や状態変化を利用した攻撃手段は脅威というほかない。万能型とする機体に乗る簪は、汎用性に富む能力というのが如何に強いかよくわかっている。

 どんな状況でも対応できる、というのは確かな強みだ。

 一芸特化というのも強いことには違いないが、それ以外の面では極端に弱くなる。一夏がいい例だろう。零落白夜という強力無比といえる能力を持ちながら、武装は近接のみという完全な特化機だ。逆に簪やシャルロットはどんな距離にも対応しうる武装を持ち、どんな場面でも一定以上の信頼性を誇ることが強みといえる。それは相手の弱点を衝ける汎用型のほうが、一般的には勝率は高い。特化型は確かに型にはまれば無類の強さを発揮するが、その強さを発揮する状況を作り出せなくては意味がないのだ。

 ゆえに、簪は汎用型を選んだ。そのほうが強くなれると判断したためだ。

 

 もっとも、特化型でもセシリア・アイズ・鈴の三人は別格の例外だ。

 あの三人は完全に得意分野に特化しているにも関わらずに、強引にその土俵に相手を引きずり込む技量が高いために遺憾なくその力を発揮している。しかも、苦手分野でも相応に戦う術を得ているために、一夏のように極端な弱点が存在しない。

 

 セシリアは典型的な遠距離射撃型にも関わらず、近接戦で一夏を軽くあしらえるし、なによりそれ以前にビットと狙撃で相手を接近すらさせないというデタラメぶり。

 アイズはもっと極端な近接型だが、数多の隠し武器と、なによりアイズ自身の直感による回避力が凄まじく、アウトレンジからの攻撃を悉く回避し、最後には意表をつく武装で仕留めてしまう。

 鈴はもっと単純だ。多少のダメージは覚悟で強引に自身の土俵へと引きずり込み、一度捉えれば離脱させずにラッシュで押し切る。たとえ離脱されても、そのときには発勁でダメージを与えているので二度目には確実に潰せる。

 

 それぞれ性格が現れているような戦い方だが、この三人には合った戦法だろうし、簪がたとえ同じ機体に乗ったとしても真似はできない。

 簪にできることは粘り強くどんな状況でも食らいつき、勝機を見出す戦い方だけだ。

 

 だが、楯無はそんな簪の上位互換といえる。同じ汎用型でも、水の操作というほかにはない特殊な汎用装備を持つため、通常の攻略ができない。一定の形を持たず、しかも常に防御にも纏うそれを攻略する方法は、通常武器では難しい。

 なにせ、相手はどんな武器にも対応できる変化が可能なため、こちらは常に相性の悪い形で挑まなくてはならない。

 

 しかし、まったく付け入る隙がないかといえば、そうでもない。恐ろしく細い糸の上を歩くような、そんな綱渡りをするに等しいほどの方法であるが、まだ簪は勝つ道を残している。

 

 まず大前提となるのは、接近戦であること。簪はブレードしかなく、しかも距離をあければ反撃もできず、さらに楯無のミステリアス・レイディの持つ『清き熱情(クリア・パッション)』を前に距離をとることは自殺行為だ。水を霧状に散布し、それを構成しているナノマシンを活性化、発熱させることで水蒸気爆発を引き起こすその能力は察知も難しく、気づいたときには効果範囲に捉えられている危険がある。効果範囲が限定されることが救いだが、最低でも一度はこれを回避しなくては勝機すら見いだせない。

 これを回避して接近、しかも水の散布をさせないほどの猛攻で攻めつつ制圧する。一番理想的な展開はこれだが、当然楯無は接近戦も簪の上をいく。

 だから、接近戦も長時間は不可能、いや、長くともせいぜい五合程度しか競り合えないだろう。

 

 つまり。簪が勝つ小さな可能性は、楯無の攻撃すべてを回避し、一度の接近戦で、しかもファーストアタックを確実に当て大ダメージを与えることが必須ということだ。残りのシールドエネルギーを考えれば、一度で倒すのは無理だ。ならば、一撃で致命傷を与えて最低でもコンディションを五分五分までに持ち込みたい。

 ここまでクリアできれば、勝つ可能性は極小から小くらいにはなる。

 

 まずは、そこから。

 

「はぁぁ……ふぅ」

 

 深呼吸。やるべきことだけを頭にいれ、不必要な思考をカット。自己暗示を強くかけ、できるというイメージを強く持つ。

 

「集中、集中、集中……!」

 

 こうした自己暗示のやり方はアイズに教わった。瞬時に意識を切り替え、明確なイメージをもって行動に移す。簪は楯無を見据え、それ以外のものは視界に入れても認識すらしない。風景は真っ白となり、主観では楯無のミステリアス・レイディのみしか映っていない。極限の集中状態。所謂、“フロー”と呼ばれる状態に入る。

 ここまでスムーズにこの状態になることは初めてだったが、追い詰められて吹っ切れた簪の精神がいい方向に推移した結果だった。

 

 アイズやセシリアは半ば意図的にこの状態に入れるというのだから、やはりあの二人は他と比べても突出している。そんな二人をずっと見ていたからこそ、簪にとって手本となるイメージが固まっていたことも大きい。

 

「集、中」

 

 自身の五感がさらに跳ね上がったような、そんな鋭敏になったことを実感しながら、まるで夢のような儚い浮遊感も同時に覚える。この感覚が尽きれば、おそらくもう勝てる手段はない。そしてこの状態もおそらくは長続きしない。

 かつてセシリアと戦ったときのように、制限時間付きの分の悪すぎる勝負。ジョーカーはあちらしか持っておらず、こちらは既に手の内を明かされた状態で勝負を挑まなくてはならないという劣勢。

 

 だが、それがどうした。簪はいつも劣勢の中にいた。ほかならぬ、目の前の姉の存在によって。

 

 しかし、今の簪はそんな姉に怯えたりはしない。

 

 譲れない想いを証明するために、簪にとって自己証明のきっかけであり壁である目の前の存在を、ただただ見つめるだけ。

 姉の心はわかった。想いも知った。その上で、それを凌駕するために、―――。

 

「………私は、負けない」

 

 

 

 ***

 

 

 

 簪がゆっくりと動き出す様を楯無は冷静に見つめていた。感情的に言葉をぶつけ合っても、戦闘になれば思考は冷静なものへとシフトする。しかし、感情は変わらずに沸騰したように揺れ動いている。

 しかし、もう言葉による対話は無意味と悟っている。

 今必要なのは、互いに自身の想いを証明するために全力でぶつかるのみ。

 

 簪はもう満身創痍、そんな妹の姿は見るに耐えないが、そんな姉としての心は無理にでも頭から消し去る。この場においてその考えは簪に対する侮辱だとわかっているから。

 ミステリアス・レイディは未だ万全に近い。ブレードだけでこの機体の水の防御を突破するのは難しいし、なによりわずかなシールドエネルギーしかない状態では絶対的な有利は覆らない。さらに牽制として右手にガトリングガン内蔵のランス『蒼流旋』、左手に高圧水流を発する蛇腹剣『ラスティー・ネイル』を展開する。これで万が一接近されても即座に対応できる。

 

 そう冷静に分析するが、それが引っかかる。楯無は簪本人が思っている以上に簪を評価している。身内贔屓なしで、その能力の高さを認めている。特にその情報収集と解析、機体分析力と最適なデータ構成力は自身よりも上だと思っている。楯無は直感とセンスでミステリアス・レイディをスクラッチして組み上げたが、簪はあらゆるデータを分析して合理的に再構築している。

 楯無は感覚、簪は理論。そうした違いはあれど、簪も楯無に比肩しうるIS操縦者であり、研究者でもある。

 

 だからこそ、簪も今の状況が把握できていないはずがない。楯無すら、逆の立場ならこの状況を前にして勝ちを見出すことができない。しかし、簪には諦めもなければ、悲観している様子も見られない。

 

 

 ――――逆転できるっていうの? この状況から?

 

 

 楯無の頬に嫌な汗が流れる。相手の狙いが読めない。どんな手段でくるのかわからない。そうした“わからない”という不確定要素を有利でありながら強く感じることに戸惑いと不審を強くする。

 楯無はミステリアス・レイディの操る水の一部を霧状に散布する。こちらから仕掛けることもできるが、あちらはブレードのみ、接近するしかない相手に対し、『清き熱情(クリア・パッション)』による罠を仕掛ける。相手のハイパーセンサーに悟られない程度に下準備を施し、あとは爆破の有効地帯に侵入と同時に、即座に高密度に散布領域を圧縮して爆破する。

 単純だが、効果的なこの戦術はそれだけで相手にとって脅威だ。

 

 

 ――――これを攻略できるっていうの? なら見せてもらおうじゃない。

 

 

 既に楯無は“待ち”の姿勢のまま動かない。『清き熱情(クリア・パッション)』の爆破で後の先を取るつもりだ。そうした楯無の構えは、それだけで簪にも悟られるだろうが構わない。これを抜けないようなら、先ほどの言葉はすべて戯言と切って捨てるだけだ。

 

 そして、簪は動いた。まっすぐに、ブレードを構えて向かってくる。

 それは楯無を失望させるには十分であった。なんの策もないただの真正面からの突撃。ただの感情任せの吶喊にしか見えない簪の姿に、残念に思いながら散布した霧状となっているナノマシンを収束させる。

 

「終わりよ、簪ちゃん」

 

 一帯に散布したナノマシンが簪に集まるように収束しながら発熱を開始する。気づいたときにはもう遅い。水蒸気爆発を引き起こし、エネルギーシールドをゼロにして終わりだ。

 意識を集中してナノマシンの操作を行う。そして……。

 

「………え?」

 

 爆発する。衝撃が周囲を薙ぎ、激しい音が響く。まともに受ければ、それだけで戦闘不能に追い込んでしまうかのような大爆発は、それを操る楯無の強さを現しているようでもあった。

 もっとも、それは相手に通用していれば、の話だ。

 

「ひとつめ、……突破した!」

「今のを避けるの!? でもまだ!」

 

 まさかあのタイミングで爆破を察知して回避されるとは思わなかった。ほんのわずか、楯無の思考が止まるも、未だ水蒸気爆破するための下準備は残っている。『蒼流旋』に内蔵されたガトリングガンを発射して牽制しつつ、未だ散布してあるナノマシンを続けて爆破させるように収束し、発熱を促す。

 

「っ……、そこっ!」

「なっ……!?」

「ふたつめッ!」

 

 ガトリングガンで牽制し、爆破エリアに追い込んだはずの二度目の爆破も回避される。まぐれではない。簪はなにかを確信して楯無の『清き熱情(クリア・パッション)』を回避している。

 確かに爆破の瞬間は高密度にナノマシンが収束し、さらに熱量を増大するから直前の察知は可能だが、爆発という現象ゆえにそのときには既に爆破範囲内だ。これを回避するには未来予知にも匹敵する確信がなければ不可能だ。

 だが、今はどうやって回避したのかと分析する暇はない。三度目の爆破は間に合わない。咄嗟に水のヴェールと『ラスティー・ネイル』で振るわれたブレードを受け止める。しかし咄嗟のことで密度が薄い水のヴェールは、実体剣であるブレードを防ぎきれずに楯無のシールドエネルギーがわずかに削られるも、なんとか『ラスティー・ネイル』で受け止める。思いがけないダメージを受けるも、即座に反撃、簪を捕まえるように水を放つが、既に簪はそこにはいなかった。

 

「後ろ……!?」

 

 水で捕えたのはブレードのみ。簪はブレードを捨て、楯無の背後を取っていた。まずい、と楯無が焦る。今の反撃で水の装甲が薄くなっている。操る水の総量は決まっているため、攻撃に使用すればその分防御が減る諸刃の力だ。とられた背部の装甲はそれこそ薄氷ほどしかない。しかも不意を衝かれて両手の武器も防御が間に合わない。

 

「でも……!」

 

 しかし、それは簪が唯一残された武装を捨ててまで取った好機だが、そのために武装をすべて失えば意味はない。確かにいま攻撃を受ければ水の装甲は突破されるだろうが、せいぜい武器もない拳撃程度では大したダメージはないはずだ。

 そして次こそは確実に簪を捉える。武装をなくした相手は、もう反撃する手段などない。

 そして楯無が振り返ると同時に、簪の右腕が背面の水のヴェールを突き破る。そこまでは想定通り。しかし………。

 

「がっ……ッ!?」

 

 ただの掌打だ。そのはずなのに、それを受けた楯無はまるで身体を貫通されたかのような衝撃を受ける。ダメージは軽くはないが、重くもない。しかし、その未知のダメージを受けて困惑した分、精神的なダメージは大きいと言えた。

 咄嗟に反撃したために簪は追撃せずに離脱する。互いに荒い呼吸を繰り返しながら、距離をあけて対峙する。先ほどと同じような光景だが、二人は苦虫を噛み潰したように表情が優れない。

 

「………今のは、もしかして発勁かしら? 中国の候補生の凰さんの得意技だったかしらね」

 

 直接味わったことはないが、防御を無効化する技術を持つことは聞いている。何度か戦闘映像で見たこともあるが、今受けたものはそれと酷似している。

 

「鈴さんに比べたら………いや、比べることすらおこがましい真似事だけどね。“気”っていう概念は理解しきれてないから、原理を調べてただ力学的に再現しただけ……威力なんて半分も再現できないけど」

「大したものね………でも、それだけね」

「そう、これがせいぜい猫だまし程度なのはわかってる……でも、効果はあったでしょう?」

「…………」

 

 そう、表情には出さないが、打たれた右肩付近に鈍い痛みが残っている。その影響で右腕の動きが鈍くなっている。痺れは時間が経てば回復する程度であるが、この戦闘に影響が出るのは間違いないだろう。右手に持っていた『蒼流旋』はあまりアテにはできないだろう。正直、持っているだけでもピリピリと痺れているのだ。手放さなかったのは運が良かった。

 

「そうね、………でも、もう終わりにしましょう」

 

 そして楯無は受身をやめる。積極的に攻勢に出て簪を追い詰めようとブーストをかけて突撃する。それに対し、簪は無手のままそれを迎え撃つ。しかしもう先入観は捨てる。無手でも十分に攻撃手段があると知ったからにはもうあのような奇襲は受けない。

 

 左手の『ラスティー・ネイル』を起点としてガトリングと水による追撃をしかける。楯無は無意識下にあった妹への情すら完全に捨てた。強敵と認識して簪を落とさんと攻めつづけた。

 しかし、簪はそれを悉く回避するという奇跡を引き寄せる。

 

 既に武器はなく、残されたのはこの機体のみ。機動重視にカスタマイズしているとはいえ、楯無の攻撃をすべて回避するのは神業だが、極度の集中と簪の中にあるもっとも最強と思えるイメージがその奇跡をなしていた。

 

 簪が自己暗示として自身に投影するようイメージするのは、共に戦い、身近で見てきた戦友たち。

 

 相手の動きを読み、常に優位となるレンジを維持するセシリア。

 

 高速で不規則に、相手を翻弄する機動を行うラウラ。

 

 そして危険を察知して即座に最適な対処を行うアイズ。

 

 もちろん、本人たちには及ばないも、それは簪が理想とする最適な最も合理的で無駄のない機動イメージだ。戦友たちの起動データの分析も欠かさなかった簪の『打鉄弐式』には、彼女たちの機動データもしっかりと入力していた。本来それは相対する際に必要となるものだが、それを再現するようにミックスして実行している。当然、種の違うこれらの機動は要所要所で選択され、簪が再現可能な域にまで落とされているが、それが楯無にとって読みにくい、翻弄する機動となっている。

 

 先の『清き熱情(クリア・パッション)』を察知したのも、このイメージのもとに楯無を注視していたためだ。爆破を狙っていたのはわかっていたので、あとはその爆破範囲とタイミングさえわかれば回避自体は難しくない。

 爆破の範囲は簪自身の機動予測と楯無の誘導から割り出した。それでも確定情報ではないので、タイミングを図って全力で離脱した。そのタイミングは、楯無のほんのわずかな表情の変化で察した。イメージをトリガーとするからには、そのタイミングには必ずなにかしらの挙動が見え隠れする。普段なら見落とすようなものだが、集中した簪はそのとき、楯無の目が爆破させる地点を強く睨むような様子がはっきりとわかった。

 

 極限まで集中した今の状態だからこそできた奇跡だが、楯無もさすがは学園最強を名乗るIS操縦者だ。回避はなんとかできても、なかなか攻勢に転じることができない。しかも先の一撃で完全に認識を改めたのか、攻撃を回避されているにも関わらずに焦る様子も見せない。

 

 ゆえに、追い詰められているのは簪であった。

 

 楯無がもう少し焦ってくれれば、簪にも付け入る隙があるのだが、やはりそううまくはいかない。ならば、無理にでも隙を作るしかない。おそらくこんな奇跡はあと一分と経たずに簪の集中が切れて霧散してしまうだろう。

 

 ならば、仕掛けるしかない。

 

 簪は紙一重でガトリングの斉射を回避すると、その射線をなぞるように楯無へと突撃する。ここで勝負に出たことを察した楯無も覚悟を決めたように簪を迎え撃つ。

 

「今度こそおしまいよ!」

 

 圧倒的なリーチの有利を活かして楯無は『ラスティー・ネイル』による迎撃を行う。本来なら『蒼流旋』で迎え撃つところだが、腕の痺れはまだ抜けきっていないために蛇腹剣による薙ぎ払いでの迎撃を選択した。

 しかし、簪は一瞬、ブレーキをかけて速度を緩める。そして既に役目を終えたと思われていた背部のミサイルユニットをパージして楯無の斬撃の前へと放り投げた。

 すでに止められない楯無はそのまま目の前のユニットを真っ二つにするも、その瞬間にそれ自体が爆発する。

 

「ぐっ……っ! ミサイルを残していたの……!?」

 

 爆炎により視界が妨害される。

 残弾がゼロと思っていたミサイルだが、この爆発は間違いなくミサイルに搭載されるほどの爆薬がもたらすものだ。おそらくはこの奇襲のためにわざと撃ち尽くしたと思わせていたのだろう。水を操り、爆炎をなぎ払った楯無の前に、二個目の同じパージされたミサイルユニットが現れる。

 同じ轍を踏むわけにはいかない楯無はそれを無視するように避けて上昇、確実にトドメを誘うと『ラスティー・ネイル』と『蒼流旋』を差し向ける。

 

「とった」

「なっ……」

 

 そこへ先回りするように現れる簪と至近から目があった。楯無の行動を読みきった簪がすでに近接武器すら使えないレンジの内側へと入り込んでいた。

 またあの発勁が来ると思った楯無はすぐに引き剥がそうとするが、その前に簪が楯無へと抱きつくように拘束する。そのまま残されたブースターすべてを最大出力で起動、激しい勢いのまま、楯無とともに猛スピードで飛翔する。

 

「簪ちゃん……っ!!」

「これで、最後………!」

 

 楯無は首だけで振り返り、背後を見る。見えたのは、アリーナの防御フィールドで覆われた壁。この速度で衝突すれば、大ダメージは免れないだろう。

 しかし、それは当然簪にも言えることだ。楯無はまだシールドエネルギーを十分に残している上に水の防御もある。むしろ満身創痍の簪のほうがノックアウトする可能性のほうが大きい。

 

「そこまでして……!」

「うああああぁぁぁーーッ!!!」

 

 覚悟を決めた簪がなおも出力を上げる。絶対に離さないという意思を証明するように、楯無を拘束する手は揺るがない。

 そしてその勢いを殺すことなく、二機はアリーナの壁面へと激突した。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 簪が目を開けると、そこは医務室であった。

 独特な消毒液の匂いを嗅ぎながら身を起こす。身体のあちこちに絆創膏や包帯が巻かれており、身体もまだ気だるさが残っている。

 

「起きたかしら?」

「おねえちゃん……」

 

 目を向ければ、隣のベッドに横たわって簪を見つめる楯無がいた。同じようにあちこちに治療した痕があり、姉妹揃って同じような姿をしていることに、不謹慎だが随分と昔におそろいの服を来てはしゃいだ記憶が想起された。

 

「まったく、無茶するわね簪ちゃん。あんな自滅技、誰に教わったんだか」

「あれしかなかった。それだけだよ」

「まぁ、私も落されたのは随分と久しぶりよ。…………強く、なったわね、簪ちゃん」

 

 戦っていたときとはまったく違う優しげな声色に、簪は気恥ずかしくなって顔を背けてしまう。しかし、その顔にははっきりと嬉しさが浮かんでいた。

 

「……でも、結局私の負け」

「どうして?」

「おねえちゃんが私を庇わなきゃ、エネルギーがなくなることもなかった………そうでしょう?」

 

 気絶するわずかに前、簪は確かに見た。楯無が水の防御を、自身と簪を覆うように展開したことを。本来なら楯無自身だけを防御すれば、ダメージは受けても道連れになることはなかったはずなのだ。簪を庇ったことで、本来の水の防御力を落としたことは間違いないのだから。

 

「……私は、結局あなたが可愛くて仕方ないのよ。だから、真剣勝負に情をかけたわ。それは、責められても文句は言えない」

 

 それは、戦う最中に言った楯無の信念を貫いたがゆえのことだろう。楯無にとって簪は、倒すべき敵にはなれなかった。守るべき妹でしかないのだ。それは愛情なのか、侮辱なのか。

 

「でも、よくわかったわ簪ちゃん。あなたは、私に守られるだけのような存在じゃない。あなたは、強いわ」

「おねえちゃん……」

「あーあ、なんか親離れしていく子を見るってこういう気分なのかしら? なんか複雑な気分よ」

「おねえちゃん」

 

 改めて楯無を呼ぶ簪。簪はそのままベッドに腰掛け、まっすぐに頭を下げた。

 

「………ありがとう、おねえちゃん。今まで、ずっと私を守ろうとしてくれて」

「…………」

 

 楯無も身を起こして、頭を下げた簪を労わるように抱きしめる。優しく簪の頭を撫でるその姿は、慈愛に満ちた、どこか神聖な光景のようだ。

 

「ごめんなさい、簪ちゃん。あなたに何も言わずに、勝手に……っ」

「私も、ごめんなさい……おねえちゃんのこと、なにも考えずに、ずっと避けてきて……」

 

 こんな風に触れ合うことも、いったいいつ以来なのか。姉妹はそれすら思い出せない。それほど長い間すれ違っていたのだと、否応にも思い知らされる。

 

 でも、それはもう終わりにできる。アイズが言ったとおり、取り返しがつかないことじゃない。会う勇気が、話す勇気が、想いを伝える勇気があれば、それはまだ取り戻せるのだと。

 互いになにもはなさずにしばらく抱き合う。それだけで、幾千、幾万の言葉を交わすよりもはっきりした相手の愛情が感じ取れる。

 

「簪ちゃん、私は……」

「なにも、言わなくていい。こうしていれば、わかるから……」

「……うん。そうね」

 

 簪は久しぶりの姉の暖かさを感じながら、アイズがああまでしてスキンシップが好きなのかわかった気がした。想いを伝えるのに、確かめるのに、こうして触れ合うということはただそれだけで意味があることなのだ。なにより目が見えないアイズにとって、それは簪が思う以上に価値がある行為なのだろう。

 こうしていると、それがよくわかる。

 

「おねえちゃん」

「ん?」

「私は、強くなりたい。もっと、もっと、私が守りたいもののために」

「知ってるよ。いつも、あなたを見てたからね。………ちょっと、妬けちゃうくらい」

 

 簪が戦う理由。とてもシンプルで、とても大切な理由。それがあったから簪は変われたし、そして強くなろうという意思を確かに持った。

 

「私………アイズを守りたい。アイズは強いけど、とても危なっかしいし、それに………アイズは、きっとこれから先も、ずっと戦うことになる」

 

 生い立ち、そしてヴォ―ダン・オージェというある意味呪われた目を持つアイズ。彼女の人生は平穏を望んでも、おそらくこれから先も数々の苦難がやってくるだろう。あのシールという存在もアイズを狙っているようだし、アイズの平穏は今後しばらくはやってこないだろう。

 それに負けるとは思えないが、アイズはよく無茶をするし、怪我もする。傷つくアイズを見たくないし、アイズにそんな思いもして欲しくない。

 そして、もちろん簪がアイズの代わりに傷つくことがあれば、アイズの心は大きく傷つく。それもわかっている、うぬぼれじゃなく、アイズとそれくらいの絆を持っているとわかっているから。

 

「だから、私は……アイズを守れる強さが欲しい」

 

 アイズを害するすべてを薙ぎ払う力が欲しい。それが簪が強さを求める理由。その根源は、今更言わずともわかることだが、それでも宣言する。

 

「アイズが、好き」

 

 ただただ純粋な好意から生まれた想いが、今では簪の支えるまでのものになった。

 

「アイズが好きなの。だから、私はアイズを、守りたい」

 

 それが、簪の戦う理由、強くなる理由。真摯で純粋な、正直な気持ちだった。

 

「あらあら、妬けるどころじゃないわね、これじゃ」

 

 妹の告白を聞いて、楯無は苦笑する。しかし、どこか嬉しそうに笑みを見せていた。

 

「妹に相談されちゃ、一肌脱がないわけにはいかないわね」

「おねえちゃん……」

「でもなんだか、恋人を紹介された気分よ?」

「そんな、恋人だなんて……っ」

「簪ちゃんの気持ちは、恋心よ。アイズちゃんに妹を取られちゃうのは寂しいけど、アイズちゃんならしょうがないかな、うん。………私が、力を貸してあげる。あなたの恋が実るように、おねえちゃんが応援してあげる」

 

 楯無の力強い言葉に、簪は精一杯の感謝を込めて、久しく見せることがなかった心からの笑みを浮かべるのであった。




姉妹喧嘩編決着、そして簪さんの愛が溢れる回。簪さんのアイズ愛はおねえちゃん公認になりました(笑)

会長はやたらシスコンな描写をされることが多い人ですけど、ウチの会長は妹を応援するいいおねえちゃんです。

そんな頼れるおねえちゃんの力を借りて『打鉄弐式』が強化されます。更織家頭首の助力を得て生まれ変わる『打鉄弐式』……これもイギリス編にて登場予定です。

最近は忙しくややペースが落ちてますが、がんばって更新していきたいです。

次回から再びイギリス編になります。それではまた次回!

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