双星の雫   作:千両花火

42 / 163
Act.38 「新しい始まり」

「…………」

「…………」

 

 ラウラとシャルロットの心境は「どうすればいいのかわからない」ということで一致していた。目の前にあるのは、巨大なテーブルと、そこに広がる数々の煌くような豪華な食事。食器ひとつひとつがまるで宝石のように輝く高級品であり、さらに上から吊るされているありえないほどの大きさのシャンデリアの光から照らされる料理は、まるでそれ自体が輝いているようにも見える。

 そして二人を着飾る衣装も、またありえないほどの高級品であった。シャルロットは純白のドレス、ラウラは漆黒のドレスを身に纏い、髪を結い上げ、銀のアクセサリーを身につけている。鏡を見たとき、二人は目の前に映る人物が自分だと気づかなかったほどだ。

 

 そんな二人がちらりと視線を向けると、その先では同じように着飾ったセシリアが笑みを浮かべながら挨拶回りをしている。青いドレスと金糸のような髪がよく似合っており、なによりこうした場に慣れているとわかる仕草や挙動が彼女を優雅で麗らかな少女へと見せている。セシリアを知る二人でさえ、「お嬢様」と呼んでしまいそうなほど、今のセシリアはまるで絵本の中に出てくるお姫様のようであった。

 

「ね、ねぇラウラ」

「な、なんだ?」

「落ち着かないね……」

「う、うむ。私もこんな経験ははじめてだ……おまえはどうなのだ?」

「僕だってこんな主賓になったことなんてないよぅ……」

 

 一応、デュノア姓のときも社長の娘であったので、何度かパーティのようなものに参加したことはある。しかし、それは参加というより見たことがあるという程度で、このように主役になったことなどない。

 そう、今はカレイドマテリアル社の所有する高級ホテルでのパーティの真っ最中であり、二人はその中でも主賓席に座っていた。社の社長や幹部よりも上の扱いに、二人はいったいどうすればいいのかわからずにただ目の前の光景に圧倒されている。

 歓迎会を開くとは聞いた。それが高級ホテルで行われるということも聞いた。だが、到着次第こんな金額換算するのが恐ろしいほどのドレスを着させられ、主賓としてありえないほどの巨大な会場に百人を軽く超える人数の社員に迎えられたときは現実逃避したくなっても文句は言われないだろう。ちなみにセシリアとアイズも笑いながらそんな二人を拍手で迎えていた。

 同じようにドレスに着飾ったイリーナがやってきて、「身内だけのパーティだから、気にせず楽しめ」なんてことを言って酒瓶を片手にどこかへいってしまった。あれが社長というのだからこの会社はいろいろおかしい。それからいかにもすごそうな肩書きをもった人たちが挨拶へやってきた。本来なら二人から挨拶回りにいくべきなのだが、緊張に固まっていた二人にそれは酷だろう。

 そもそもこの過剰なほどの歓迎会は二人を困らせたかったというイリーナの意地悪な趣味によるものなので、そんな社長の性格をわかっている社員たちもそれに乗じて、まるで孫を迎えるような心持ちで二人を歓迎していた。ノリのいい社員たちである。

 

「あはは、やっぱ緊張しちゃうよね」

「ね、姉様……!」

 

 すがるようにやってきたアイズを見つめるラウラ。情操教育がまともにされていなかったラウラにとって、この場にいるアイズの存在は救いであった。

 

「ボクやセシィも、ここに所属するときはこんな感じで歓迎されたからね、二人の気持ちはよくわかるよ」

 

 そう苦笑しながら、目隠布を取り去り、やや金色に染まった目を顕にした素顔のまま笑う。アイズも白いドレスを着ており、子供と大人の中間のような無垢と清廉さを現しているような姿であった。

 さすがのアイズもこんな人が密集している場所では気配察知だけでは大変なので、限定的にAHSシステムを使用することで視力を回復させて対応している。

 そんなアイズにじゃれるようにぴったりと寄り添うラウラ。その顔は慣れない場に不安そうにしている迷子みたいであった。そんな可愛い妹分に、姉らしさを見せようとアイズがしっかりとラウラの手を握る。

 

「大丈夫、ボクと一緒にみんなに挨拶に行こうね」

「はい、姉様!」

 

 そうして仲良く手をつなぎながら行ってしまったアイズとラウラを唖然としながら見送るシャルロット。どうせなら一緒に連れて行って欲しかったが、あの二人が作っている姉妹空間に入ることができなかった。仲良すぎだよ、あの眼帯金眼姉妹、と少々八つ当たり気味なことを考えてしまう。

 この会社はアイズ愛好会があり、その会員らしき人たち(ほとんど女性である)が、ラウラを連れて仲良く微笑み合いながら歩くアイズを見て、可愛くて仕方がないというように身を悶えさせている。黒髪のアイズと銀髪のラウラというのもまた対比されて、顔立ちも端正な二人はまるでお人形のような可憐さがある。この日から有志によるカレイドマテリアル社公式組織【アイズ愛好会】は【アイズ×ラウラ姉妹愛好会】へと生まれ変わることになる。

 

「うぅ………急に心細くなっちゃった……」

 

 残されたシャルロットがどうしようかと悩んでいると、そんな彼女に近づく女性がいた。

 

「シャァルロォットォ……!」

「ひゃい!?」

 

 正体は先ほどどこかへ行ってしまったイリーナであった。戻ってきた彼女は、顔を赤くして酒臭くしながらまるでチンピラみたいにシャルロットに絡み出す。

 

「イ、イリーナさん……ってお酒臭っ!」

「どうしたシャルロット。私の娘ならそんな縮こまってないで、ステージで踊りでもやってみろ」

「どんな無茶ぶり!? というか踊りってなんですか!?」

「オラァ! 進行ォ! ステージ用意しろやァ!」

「えええ!?」

 

 宴会場に備えてあるステージにライトが灯される。そうするつもりだったのか、やたらと手際が良すぎる。

 

「とりあえず誰かなんかやれ」

 

 という迷惑極まりない社長命令が発せられる。いったいこの会社はどうなっているのだ、とシャルロットは心の中で突っ込む。これじゃパーティというより、もっと俗っぽい宴会である。

 ………が、こんなことももう慣れているのか、厳格そうな見た目の幹部連中まで挙手をして出し物をアピールしだす。ノリの良さが半端ない。笑顔が溢れる職場というキャッチフレーズがあるが、それにしてもこのノリはちょっと常軌を逸しているように思えた。

 

「では、私が」

「セシリアさん!?」

 

 あまりこうしたノリには似合わなさそうなセシリアが一番槍を取ると、用意していたらしいケースをもってステージへと上がる。中から取り出したものはヴァイオリン………ではなく、ギターであった。しかも、やたらロックな意匠が施されたものだ。

 

「アレッタ、レオン。きなさい」

「「はい、お嬢様!」」

 

 どこからともなく現れた同年代らしきメイド服と執事服を着た男女がステージに上がり、セシリアの後方へ陣取る。男性のほうはドラム、女性の方はキーボードを担当するようだ。

 そしていつの間にか用意されているマイク。その前にセシリアが立つと、リズムを取って激しく音をかき鳴らし始める。

 

「Let's Rock!!」

「「「Yeeeeeeeeeaaaah!!」」」

 

 観客を巻き込んでの激しいロック演奏が始まり、やがてセシリアの美声をもって歌われるテンポの速い、優雅というより荒々しさを出した歌。シャルロットの抱くセシリアのお嬢様像がだんだんと崩れていくのを感じながら、近くにいたアイズへと近づいていく。

 

「ね、ねぇアイズさん」

「どうしたの、シャルロットちゃん?」

「セシリアさんってああいう趣味なの? なんかギターよりヴァイオリンとか弾いてそうだと……」

「ああ、あれね。もちろんセシィはヴァイオリンも弾けるよ? でも………あのね、これはあんまり言っちゃダメなんだけど、セシィって射撃型じゃない?」

「え、うん」

 

 いったいそれがなんの関係があるのだ、と首を捻るシャルロット。その反対側では興味を持ったラウラも同じようにアイズの話を真剣に聞いている。

 

「それで一時期銃撃戦メインの映画とかの観賞にハマっちゃったときがあってね。そうしたらなんか銃撃戦みたいな、リズムの速いああいうロックに興味出しちゃって………いつのまにかあんなことに」

「え、そんな理由?」

「よく観察すると、セシィってIS戦でもロックみたいなテンポで射撃してるよ? そういうリズムで撃つとよく当たるんだって。技術部の間じゃあ、“銃撃多重奏”なんて言われてる。まぁ、もともと外れたことなんてないのにね。願掛けみたいなものだってセシィは言ってるけど」

 

 シャルロットには理解できない感覚だが、言われてみれば確かにセシリアが射撃するときは、まるで予定調和のように、それこそ不協和音のない流れるようなリズムでレーザーが襲ってくる。そうしていつの間にか、相手もセシリアのリズムに組み込まれて射撃が面白いように当たるようになる。

 セシリア曰く「戦場を支配するというのは、その場のリズムを司ること」らしい。そして複数のビットを使用した射撃は、まさに複数の楽器で演奏するかのようであり、それらの射撃リズムは狂いなく絡み合う。それが隙のないオールレンジ攻撃としてのビット操作術の極意。まさに合奏である。

 

「でも対外的なパーティじゃあやらないよ? 身内しかいないときだけ、あんな風になるの」

「そうなんだ?」

「まぁ、セシィは対外用になるときっちりスイッチが入るからかなりギャップが出るんだけどね。たぶん、シャルロットちゃんはこれからたくさんパーティとか出ると思うけど、そのときはセシィが優雅なヴァイオリン弾いてくれるんじゃないかな?」

 

 もちろん、生粋のお嬢様として育てられたセシリアはそうした教養も当然学んでいる。社交パーティに必須なマナー、ダンス、さらに役に立つのかは知らないが骨董品の目利きまでできるハイスペックなまさにスーパーお嬢様である。名家であるオルコット家の現当主ということもあり、また西欧を代表するIS操縦者であるセシリアはその界隈では知らぬ者はいない有名人である。

 

「それに、まぁすぐわかると思うけど、セシィは部隊長でもあるし」

「え、そうなの?」

「それに、ボクはセシィ直属の隊員でもあるんだよ? たぶん、ラウラちゃんもシャルロットちゃんも同じ部隊に編成されると思うけど」

「どのような部隊なのですか?」

「ここのIS技術部の試験部隊でね。表向き、存在していない部隊でもあるらしいけど……そういう思惑は、ボク、ちょっとよくわかんない」

 

 その部隊【カレイドマテリアル社技術部直属秘匿実験部隊】は社の開発した武器の試験運用から、男でも適合する新型ISコアや、打鉄やラファール・リヴァイブとは違う独自開発した完全汎用型量産機による部隊運用まで視野にいれた数々のテストを行う実験部隊である。さらに有事の際には盾となり、また矛となるべくして存在する伝家の宝刀ともいうべき存在。表に出れば、いろんな意味で波乱が起こる存在でもある。

 

 その部隊は未だ表には出ていないが、セシリアを隊長とした総勢十八名で構成される欧州最強のIS部隊。国くらい、その気になれば落とせるほどの過剰戦力を持つ部隊である。当然、社でも最重要の秘匿部隊でもある。社外向けにテストパイロットとして公表しているのはセシリアとアイズのみ(アイズは名前のみ公表されており、顔を出したことはない)。ここにシャルロットとラウラが入ることが既に内定している。二人とも既に資格は破棄しているが、代表候補生であったために大きな期待を寄せられている。

 ラウラもシャルロットも興味深そうにアイズの話を聞いていたが、そんな三人に向かってイリーナの怒声が響いた。

 

「なに談笑してんだそこの三人、次行け。新人らしくなんかやれ」

「ええ!? ホントにするんですか!?」

「むぅ……いったいなにをすれば……」

 

 新入社員が初めての宴会で出し物を出すことになったみたいにオロオロと狼狽えるシャルロットとラウラ。ちなみにセシリアやアイズも過去にこうした通過儀礼を行っている。その際にしたことは、セシリアがフルート演奏を行い、アイズが歌うというものだった。やや舌足らずに歌うアイズのロリータボイスは多くの人間を虜にした。

 

「じゃあ三人で一緒にやろっか。ちょうどセシィ達が演奏してるし、歌でいいかな?」

「ね、姉様、私はあまり歌ったことは……」

「大丈夫だって! ボクに任せて!」

 

 アイズは戸惑う二人を連れてステージへと上がると、可愛く一礼。セシリアに合図を送ると、以心伝心のセシリアが再びギターを演奏する。

 どこかポップでファンシーな音楽が奏でられる。それは紛れもないアイドルソングであった。

 

 ノリノリで振り付けのダンスを披露しながら歌うアイズ。そのアイズの動きをワンテンポ遅れて正確にトレースするラウラ。そしてヤケクソといった感じに顔を赤くしながら無駄にキレのある踊りをみせるシャルロット。その三人の不協和音のようなダンスは完成度でいえば出来の悪い代物であったが、それゆえに精一杯踊る子供のような可愛さを最大限に発揮しながら、観衆から万雷の拍手を送られることになった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「昨日はいろいろひどい目にあったよ……」

 

 シャルロットが疲れた表情でそう呟きながら窓の外を流れる雲を見つめる。

 結局歓迎会は深夜まで続き、無礼講の大宴会と化したそれは主役であるはずのシャルロットやラウラが潰れてからも大人連中の飲み会へと変貌したらしい。シャルロットはイリーナに絡まれたあたりから記憶が曖昧で、気がつけば豪華な天蓋付きのベッドで眠っていた。

 記憶が飛び飛びになっているので、軽く混乱しながら改めて全員で仕事モードのイリーナと対面し、契約内容の確認や身分、その他もろもろの説明を受けたのち、正式にカレイドマテリアル社の技術部への所属と、その許可証の受領を執り行った。

 いろいろとまだやることがあるのだが、今日はひとまず技術部への挨拶と実験部隊との顔合わせをするらしい。そう聞かされるや否や、飛行機に乗せられて技術部があるという北海に浮かぶ孤島へと向かっている。なんでそんな場所にあるのかと聞けば、あまりにも秘匿度の高い技術はそこで開発されているという。その島すべてカレイドマテリアル社が所持しており、要塞化された重要拠点でもあるという。いい加減疲れていたシャルロットはその説明に「島を要塞化ってなに!?」と突っ込むことをやめた。

 

「今日からは本格的にお二人には働いてもらいますよ?」

「がんばります」

「期待には応えます」

 

 シャルロットとラウラが真剣な表情で返す。二人とも既に恩を受けた身だ。その恩返しをするためにも、無様な姿は見せられない。

 そうしていると飛行機が警戒領域へと入る。この防衛ラインを無断で超えれば即座に敵性体として認識されてしまう。これまで何度かこれに引っかかった産業スパイもいる。

 そしてしばらく経つと、飛行機が下降を始め、とても私設とは思えない飛行場へと着陸した。観光向けでないためにやや素っ気ない印象を受ける飛行場だが、精神衛生上必要なのか、その周辺では賑やかな歓楽街の光景が目に入る。秘匿性の高い島とはいえ、ここで生活する人間も多いため、十分に立派な町であった。

 

「すごい、本当に町だ……」

 

 驚くシャルロットとラウラを苦笑して見つめるセシリアとアイズ。思えば、ここに来る人間は誰もがはじめはそんな感じである。それこそ、セシリアとアイズもここに来たときは今の二人のように驚いていたものだ。

 そしてバスで走ること十分足らずで、カレイドマテリアル社のテクノロジーの心臓部、【技術部総括本部】へとたどり着く。そこには屈強な警備員が巡回しており、あちこちに赤外線センサーをはじめとした数々のセキュリティが設置されている。

 シャルロットは早速もらったばかりの許可証カードをカードリーダーに通し、セキュリティデートを抜けてエントランスへと入る。エントランスホールは一見すればまるで病院のような清潔感があるスペースとなっており、ちゃんと受付もある。今日はセシリアがいるために、彼女の先導で研究施設の地下へと向かう。

 さらに二つのゲートを超え、長い床移動式の通路を超えて、【IS開発部】というプレートが貼られた扉の前にやってくる。

 

「到着です。ここが新しいお二人の職場となります。みなさんお待ちですよ」

「き、緊張してきたね」

「軍隊を思い出すな、この空気は……」

 

 セシリアがカードを通して八桁からなる暗証番号を入力すると、それまでのセキュリティとは裏腹に軽快に扉が開く。

 その扉を全員がくぐり、足を止める。

 

 中では白衣を着た研究者たちが、変なカボチャの仮面をつけた怪人物を先頭にして出迎えており、さらに正面に整列するのは、見たこともないISを纏う十数人の同年代と思しき少年少女たち。

 話には聞いていたが、実際に一夏以外の男がISを使う光景にシャルロットとラウラはあらためて驚愕する。しかも、ISはどうみても新型。今までどこにも発表されていない量産機と思われる機体が複数体あることにも同様に驚く。ISを纏った人間は全員が膝を付き、礼の姿勢を取っている。その隙間から二人の男女が前へと出てくる。

 それは昨日のパーティでセシリアと演奏していた、アレッタ、レオンと呼ばれた二人であった。

 

「おかえりなさいませ、セシリアお嬢様、アイズお嬢様」

「改めて我ら一同、無事のご帰還を嬉しく思います」

 

 その言葉を受けて微笑むセシリアとアイズ。まったく学園のときとは違う二人が住んでいた世界に、もう何度目かもわからない驚愕を覚えるシャルロットとラウラ。

 

「皆、留守の間苦労をかけましたね」

「また、よろしくね」

 

 そしてまだ混乱が抜けきっていない二人が正面に立ち、セシリアの紹介のもとに挨拶を行なう。

 

「こちらがこの度、実験部隊に入隊するシャルロットさんとラウラさんです。二人とも資格は破棄していますが、代表候補生を担っていた人材です。互いに得るものも多いでしょう。皆、よくしてやってください」

「しかもラウラちゃんはボクの妹だよ。仲良くしてあげてね」

「あ、シャ、シャルロット・ルージュです! これからお世話になります!」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。姉様の妹として恥じない働きを約束する」

 

 かたや緊張しながら、かたや軍人時代の姿勢で挨拶をする。

 こうして二人は拍手で迎えられる。二人にとって第二の故郷となるこのイギリスの地で、新たな日常が始まることになる。

 

「やぁやぁ待ってたよ! もう待ちすぎてついまた武器を魔改造しちゃったぜ!」

「つい、でするものじゃないでしょう?」

「あはは、でも束さんの新作、また楽しみにしてますよ?」

「うんうん、アイちゃんにもまた特製のもの用意してるからね! 楽しみにしててね!」

 

 カボチャ頭の怪人物と親しげに話す二人を見てシャルロットは怪訝そうな顔を浮かべる。見た時から気になっていたのだが、あれはいったい誰なのだろう。ここの研究員には違いないだろうが、あの格好をする意味はなんなのか。

 

「博士、お世話になっております」

「おお、ラウちん。無事だったようでなによりだよ」

「はい、博士からもらったあの機体のおかげです」

「あーあー、固い固い。もっと気軽に“束さん”って呼んでいいんだよ?」

 

 そういいながらカボチャのメットを外す束。その中から現れた顔は、シャルロットも見覚えのあるものだった。具体的には、ISに関わるものなら、一度は資料での顔写真を見たことがあるだろう。ISの開発者、という肩書きと共に。

 

「え、あ、あれ? た、束って、まさか………し、篠ノ之束博士……?」

「ああ。そういえばシャルロットは知らなかったな」

「え、本人!? 行方不明なんじゃ……!? というかラウラは知ってたの!?」

「当然だ。私に『オーバー・ザ・クラウド』を託してくれたのは、ほかならぬ博士……束さんだ」

「ええ!? そうなの!?」

「むふふん、なかなか面白い子だねぇ。イリーナちゃんの娘ちゃん。でもこんなことで驚いてちゃ、ここではやっていけないぞい?」

「あ、あわわ………もうお腹いっぱいだよぅ」

「あっはははは! それじゃあせっかくだし、アレ、乗ってみる?」

 

 束が示したのは、新型の量産機。鋭角的なフォルムと、打鉄やラファール・リヴァイブよりもシャープでどこかスッキリしたデザイン。カレイドマテリアル社製次世代型量産機『フォクシィ・ギア』。第三世代機相当のスペックを誇る全領域対応型汎用“特化”量産機。

 近い未来において『フォクシィシリーズ』として発表されるこの機体の売りは、汎用性に特化していることである。どんな状況下でも、一定以上の働きを期待できるこのシリーズの最大の特徴として様々な追加兵装の装備が可能というマルチオプション式であるということだ。

 単純に近接仕様兵装、砲撃仕様兵装、高機動仕様兵装は当然として、海中での活動を目的とした深海仕様兵装からステルスに特化した隠密仕様兵装など、さまざまな状況下に対応しうる装備が選択できる。そのために本機自体は非常にシンプルとなっており、それらの兵装を装備することでその拡張性と汎用性を発揮する。

 

「とりあえず、機体預かるよ。イリーナちゃんからも強化しろって言われてるからね。あ、ラウちんも。『オーバー・ザ・クラウド』、今度はしっかりラウちん用に調整するからね」

「わ、わかりました」

「よろしくお願いします」

 

 いったいどんな強化をされるのか、少し怖いように思いながら束に専用機を渡す。この夏休みはとりあえずこの『フォクシィ・ギア』での訓練がメインとなるようだ。シャルロットはラウラと違い、ISにおける部隊運用の訓練はあまり受けていない。おそらく一番学ばなくてはならないのは自分だろうと思っていた。

 ラウラも今の『オーバー・ザ・クラウド』はまだ乗りこなすには至らないが、そのためにも一度束の調整を受けるべきだろう。まだ簡易的にフィッティングをしてあるだけなので、搭載されたAHSシステムも細かい調整が必要だった。

 二人は専用機を渡し、早く部隊に馴染むように訓練を早速開始する。

 

「さて、ではまず『フォクシィ・ギア』の全兵装を標準以上に扱えるようになるまで慣熟しましょうか」

 

 そんなセシリアの言葉とともに、ここから二人にとって苦難の夏休みが幕を開けることになる。

 さらにその半月後、原型が無くなるほどに強化改造された『ラファール・リヴァイブカスタムⅡ』と、さらに能力が底上げされた『オーバー・ザ・クラウド』を渡され、その慣熟訓練という第二の地獄が始まることは、今はまだ知る由もないことであった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「そっか、簪ちゃんも元気でやっているみたいでよかったよ」

 

『そうでもないよ。アイズがいなくて、寂しいくらい』

 

「うん、ボクも。早く簪ちゃんに会いたいよ」

 

 

 国際電話でIS学園に残った簪と話すアイズは電話越しなのに表情を一喜一憂させながら話している。いつもその人の気配を感じながら会話しているアイズにとって、見えなくとも声だけというのはそれだけでどこか寂しい気分になっていた。

 

 

『夏休みが終わったら、また私とデートに行こうね』

 

「うん、楽しみ」

 

『私も、待ち遠しいな』

 

 

 相変わらずだが、二人の会話は友達というより恋人みたいな空気である。傍目には遠距離恋愛中の恋人の会話のように聞こえるのだから間違ってはいないのだろう。

 しかし、いつもとは簪の纏う雰囲気は少し違うことにアイズは声だけで気づいていた。

 

「簪ちゃん?」

 

『どうしたの?』

 

「なんか、思い悩んでる?」

 

『………本当にアイズは、そういう直感がすごいよね。でも、大丈夫、悩んでるわけじゃないんだよ』

 

「そうなの?」

 

 簪は内向的なところがあるため、自分で全部背負ってしまうようなときがある。それはアイズにも言えることだが、だからこそアイズはそうならないように簪のことを心配していた。

 

『次に会うときを楽しみにしていて。私は………今度こそ、アイズを守れるように強くなっているから』

 

「簪ちゃん……」

 

 アイズは、その簪の言葉に、嬉しさと悲しさを覚えた。そこまで自分を思ってくれるのは嬉しい。でも、それを重荷にしてほしくない。今の簪は、どこか思いつめているように思えた。

 

「簪ちゃん。ボクは、くわしくはわからないけど………」

 

 だから、伝えたいと思った。もうわかっていることでも、改めて言葉にしなければわからなくなることだってある。アイズがいつも夢を思い、語るのは常に初心を忘れないためでもある。

 だから、アイズは簪にもう一度伝える。

 

「ボクは、あなたが………簪ちゃんが好きだよ」

 

 そのアイズの言葉に込められた意思は、しっかりと伝わったのだろう。電話越しに、少し息を呑む簪の様子が察せられた。

 

『…………うん。ありがとう』

 

「無理しないでね」

 

『大丈夫、本当に……。ありがとう。大好き、アイズ』

 

「ボクも大好きだよ」

 

 少し穏やかな声になった簪と、いつもの別れ際の言葉を交わす。好意の言葉は気恥ずかしいものだが、目の見えないアイズにとって、その言葉は心に差し込む光に等しかった。だからアイズはそんな言葉を精一杯の感謝で受け入れ、そして精一杯に、自分の心を言葉にして渡す。

 それから少し話して通話を終える。簪もがんばっている、自分も負けてはいられないとして、愛機のレッドティアーズtype-Ⅲとともに束のもとへと向かう。

 

「……もう、負けるわけにはいかない。無人機にも、シールにも」

 

 本格的に状況が動き始めた中、これ以上はこちらもそれ相応の対処をするべきだろう。だから、アイズはその覚悟を決めていた。まず、AHSシステムのさらなる最適化。以前束から言われていたバージョンアップが完成したと聞いたので、アイズが戦うためにも、まずこのシステムが必須だ。そしてアイズ自身、たとえAHSシステムがなくてもある程度は戦えるくらいまで強くなる。

 あのシール戦のときのような状況がもうないとは限らないのだ。視力がない状態での接近戦など正気の沙汰ではないが、それでもやってみせるという覚悟をアイズはしていた。

 

 そして――――。

 

「お話しようか、レッドティアーズ………ボクも、あなたも、もう出し惜しみなんてしていられない」

 

 この愛機に架せられた真の意味での“切り札”を封印しているリミッター。それを解除するには束やイリーナの許可が必要となるが、それ以前にその切り札をアイズはまだ扱いきれていない。解除の許可をもらうにも、まずはそれをアイズがものにしなくては一蹴されるだろう。

 

「強くなろう、レッドティアーズ。あなたと一緒に、どこまでも飛ぶために……!」

 

 レッドティアーズtype-Ⅲ。そしてブルーティアーズtype-Ⅲ。この二機が、なぜ【type-Ⅲ】と呼称されているのか。

 その意味を知るときは、もうそう遠くないことであった。

 

 

 

 

 




イギリス編の導入話となりましたが、次回からは簪編になります。

ちょっとアイズ成分を補給しようと思ったら簪編に入る前にけっこうなボリュームになってしまった(汗)次こそ簪さんメインに。

せっかくなので伏線をいろいろと仕込んでます。まさに魔窟といっていいカレイドマテリアル社。島ひとつを要塞化してまで秘匿する技術が溢れる島……まさに鬼ヶ島(苦笑)

ちなみに銃撃多重奏ネタを知ってる人はどのくらいいるだろうか。自分は元ネタのアレが大好きです(笑)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。