双星の雫   作:千両花火

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Act.36 「龍驤虎視」

 火凛は本格的に『甲龍』の改善に取り掛かっていた。既に政府の承認は取り付けたので、火凛の思うまま改造が可能となった。政府としても『甲龍』が強化されることに不満はないし、むしろ天才だが気分屋の火凛がやる気になったのならまかせたほうがよいと判断したのだろう。

 調整のみではなく、フレームの設定からすべて見直して鈴に最適なものにするために一からデータを洗い直している。『甲龍』はもともと近接戦を主体に考えられた機体であるが、近接タイプがそのまま格闘タイプになるわけではない。装甲強度、各関節強度は従来よりも高いものが要求されるし、人のなめらかな動きに追随して、なおかつその延長へといく仕様は恐ろしく精密な技術が求められる。武術を再現しようと思えばなおさらだ。

 

「鈴音が乗るからには、徒手空拳での戦闘も当然視野にいれないと………武器は大型のものの他にも、小回りの効くものも必要かな」

 

 武器らしい武器は『双天牙月』のみといっていいが、大型武器だけではきついだろう。衝撃砲はあくまで牽制と中距離戦の補助の要素が強い。鈴の長所を活かすには、もっと扱いやすいものが要る。できれば攻防一体のものがいい。鈴は大雑把なところがあるし、現状も主武装の『双天牙月』を盾にすることもよくあるようだし、近接武装としての使い方の他に投擲武器としても使っている。

 鈴の性格を考えれば、ちまちまと武装を変えるよりも、ひとつの応用が効くものを突き詰めたほうがよいだろう。

 考えられるのは、格闘戦と防御をこなせるもの、そして中距離と近距離に対応できるもの、このあたりが妥当だ。

 

「手甲でも考えるかな。それに、やっぱりどうにかしなきゃいけないのが機動系……一番の問題はこれなんだよね」

 

 鈴のIS適正は確かに高い。だが、ただ一点、空中機動の適正だけは低い。それこそ、平均以下なのだ。それでも努力で並以上のものとなっているが、逆を言えばせいぜいがその程度に終わっているのだ。空中機動が華のISにおいて、それはかなり致命的な弱点だ。

 その反対に、地上戦や狭い空間内の戦闘なら、おそらく今の鈴に敵うやつなどそうはいない。それこそ、セシリアでさえ勝てないだろう。

 しかし、ISの主戦場が空である限り、鈴の利点は埋もれたままだ。やはり空中機動を改善しなければ鈴は壁を超えることはできない。

 とはいえ、そうそう簡単なことではない。たとえ機体をそれ相応にしても、鈴がそれに適合しなくては意味がない。求められるのは、人機一体の姿なのだ。

 

「………ISの可能性、か」

 

 技術者としては失格かもしれないが、火凛は最適な手段はソレに思えた。しかし、それを意図的に生み出す手段は知らない。あるかもわからない。

 だが、誘発させることはできるかもしれない。

 

「篠ノ之束………あなたは、いったいどこまでを予見してISを作ったんですか?」

 

 無意識のうちにそう呟いていた。

 ISに眠る、潜在する可能性の大きさにただただ圧倒されながら、火凛はそれを心底楽しいと思いながら『甲龍』の調整を続ける。

 自分がすることは、本当にただの手助けだ。

 しかし、それでいい。技術者たる自分の仕事は、鈴と『甲龍』を最強にするために必要なファクターを見つけ、導くこと。

 

「これじゃ、調整というより教育してる気分だな。でも、きっとそれが、正しいISとの付き合い方なんでしょう? 篠ノ之束博士……」

 

 自己主張はしないが、それでも自身の能力に強烈な自負を持っている火凛が、世界最高の科学者だと認める篠ノ之束。彼女が目指したものの形がおぼろげながら見えてきた火凛は、尊敬する人物の思いを少しづつ理解し始めていた。

 それは科学者として異端、常識からは外れ、世界の流れを無視したもの。しかし、それは革新といえるもの。それは、世界すら変えられると本気で思えるほどのもの。

 火凛は、その先を見てみたい。

 

「鈴音………あなたと『甲龍』は、それを見せてくれる?」

 

 

 ***

 

 

「鈴音」

「はい、お師匠」

「おまえは自分が弱いと思うか?」

「……? えっと、しょっぱなからあたしは弱いって痛感させたのはお師匠なんですけど」

「たしかにそうだな」

 

 苦笑する雨蘭を怪訝そうに鈴が見つめる。師匠の言いたいことがわからずに困惑している様子だった。

 

「まぁ、強さ、弱さなんて見方さえ違えばいくらでも変わるものだ。突き詰めると答えのない問答に行き着く、というのはわかるな?」

「まぁ、はい」

「なら、おまえの言う……求める強さはなんだ? 明確な答えを持っているか?」

「この拳で戦いに勝つことです」

 

 ぐっと拳を握り締め、それを掲げてきっぱり言い切る。そんな猪突猛進な弟子の言葉に、雨蘭はわずかに表情を引きつらせた。

 

「おまえは少し悩め」

「悩んでます。悩んで、そう思ったんです」

「なるほど、わかりやすい。それがおまえの美点なのは認めるが………」

 

 少しは振り返ってほしい。自己分析というものは、いつやっても悪いことではない。なにか見落としていたり、勘違いしていたりすればいずれ大きなズレが生まれることもある。

 早めにそれを改善してやりたいところだが、それは自分自身で気づかなければ意味が薄い。だから雨蘭はそれ以上の問答をやめ、拳を構える。

 

「おまえのその理由でどこまで強くなれるか……試してやる。かかってこい」

「お師匠………まずは、あんたを超えてやる!」

「かかってこい馬鹿弟子。おまえのような脳筋には言葉より拳のほうが合ってるだろうよ! おまえに必要な“理由”をわからせてやる!」

「いくぞお師匠ぉぉ!」

 

 かくして、鈴は今日も雨蘭にぶちのめされる。それはすでに日課といってよかった。

 

 来る日も来る日も、鈴は雨蘭に挑み続ける。負けを量産しながら、強さをひたむきに求め続ける。

 時折、『甲龍』の調整に参加していたが、ほとんどの時間を雨蘭との戦いに費やした。気づけば夏休みも半分を超え、それでも変わらぬ戦いと敗北の日々。次第に鈴は焦りを覚えてきた。

 このままでは、何も変わらずに夏休みを終えてしまうのではないか、と。

 おそらく、セシリアやアイズたちもこの一ヶ月で成長しているだろう。しかし、自分はなにも変わらず、変えられず、ただただ敗北の数だけ増やす毎日。そして、そんな焦りを覚えたままの精神状態で戦えるほど雨蘭は甘くない。鈴の心の歪みを見透かすように、鈴が敗北するまでの時間は徐々に短くなる。雨蘭は何も語らず、ただ結果でのみ、鈴を追い詰めていく。

 

 鈴は、少しづつだが、確実に自信をなくしつつあった。そんな鈴に追い討ちをかけたのが、一度連絡をしたアイズとの会話だった。アイズたちはカレイドマテリアル社で各強化プランを練るということは聞いていたため、どんな感じかと電話してみたのだ。しかし、それは鈴にとって雑念にも等しい動機からであった。

 

「そっか、そっちも元気でやってるか」

『毎日訓練ばっかだけどね。シャルロットちゃんなんて、いつのまにか魔改造されていた機体の慣熟のほかにもイリーナさんに令嬢教育までされちゃって………うん、ボクもシャルロットちゃんにはご愁傷様としか言えないくらい』

「そっか、あの子も強くなってんのね……」

『あとラウラちゃんもすごいよー? うちのIS研究班の皆から大人気! 可愛いし、第五世代機にも適合してきたし、宇宙にいったし、可愛いし! もう自慢の妹だよ!』

「そっかそっか、………てか宇宙?」

『セシィは相変わらずだけど、なんか今度のモンド・グロッソで優勝でも狙ってみようかー、なんて言ってた』

「それってそんな適当に表明することじゃないでしょうに……」

 

 次々に聞かされる近況報告に、鈴の焦燥も徐々に大きくなる。嬉しそうに語るアイズとは真逆に、鈴の声は徐々に冷めていった。それは、自分自身に対する不甲斐なさからくるものだった。

 

『………鈴ちゃん、なにか嫌なことでもあったの?』

「な、なによいきなり」

『声を聞けば、わかるよ』

 

 相変わらずのアイズの直感には頭が下がる。鈴としては表に出さないようにしていたつもりでも、しっかりその機敏は感じ取られたらしい。アイズのその感覚には脱帽する。

 

「大丈夫よ。ちょっとまずいスープ飲んだだけよ」

『そう?』

「そうそう。セシリアにも言っときなさい、今度会うときは、あたしが勝つってね」

『ふふっ、セシィもボクも、負けないよ?』

 

 静かに自信をみなぎらせるアイズの声だった。おそらくアイズ自身も相当腕を上げたのだろう。

 それから軽く雑談をして通話を終えるが、鈴の表情は途端に沈む。自分を追い込むような発言をしたことは後悔してないが、それに応えるだけの器量が自分にあるのか、鈴は確信が持てていなかった。

 

「やべー………もうあとには引けないわね。このままじゃ終わらせない……なんとしても……!」

 

 おそらく今のままセシリアやアイズと再戦しても、負ける。そんな想像している時点でもう負けのようなものだが、鈴は勝つイメージがまるでできていなかった。

 いったいなにが足りないのか、あとどれくらい強くなればいいのか。そんなことを気づけばずっと考えていた。

 そして考えてもわからない鈴は、思い切って一蹴にされるだろうと思いながらも雨蘭に聞いたことがある。しかし、意外にも雨蘭は真面目にそれに答えた。

 

「おまえは実力でいえば、おそらく同年代のやつらに負けることはそうあるまい」

「そうなの?」

「ISはともかく、生身での格闘能力はおまえは十分な実力はある。私としか戦っていないから、わかっていないだろうが、ここに来たときより遥かに伸びてるぞ」

「………じゃあ、あたしは勝てるの?」

「いや、無理だろうな」

「な、なんで!?」

「格下はともかく、格上や実力が伯仲しているやつには間違いなく負ける」

「だから、なんで!? あたしにはなにが足りないの!?」

「実力は足りている。足りないのは………まぁ、自分で考えるんだな」

「またそれか! お師匠の馬鹿野郎! この脳筋!」

「それはおまえのほうだ、馬鹿弟子が!」

 

 そんな感じで乱闘になる始末だった。そして数えるのもバカバカしくなるほどの敗北をまたひとつ重ねる。

 その一時間後、身体のあちこちに絆創膏や包帯を巻いた鈴は火凛と一緒に縁側で座り込んでいた。つい先ほど雨蘭に返り討ちにされてきたところだが、鈴はもうその痛みや屈辱にも慣れている自分が恨めしい。

 そんな鈴の横では、いつものようにのほほんとした火凛が茶を飲んでいる。

 

「やばい、マジで自信なくしてきた……」

 

 既に夏休みは残り一週間。まったく成長を感じられないまま終わりそうで、さすがの鈴もかなり精神的に追い詰められてきた。それを知っていてもなにも言わない雨蘭の意図がわからぬまま、鈴はただただ拳を振るう。この一ヶ月、それしかしていなかったが、本当にそれが正しいのかさえも揺らぎ始めてきた。

 

「姉さんは言葉より拳で語る脳筋だもんね、鈴音には、ちょっと辛いかな?」

「先生……」

「でも、姉さんはきっとそれが最善と思ってなにも言わないんだよ。鈴音が自分でたどり着かないと意味がないってね」

「…………」

「“虎”が“龍”を纏うとき、それは喰いあって堕ちるのか、はたまた竜跳虎臥となるか………今は、まさにそんな分岐にいるんだよ」

「あたしがしっかりしなきゃ、『甲龍』もダメになるってこと?」

「そうじゃないよ。あなたと、『甲龍』、そのどちらもが共に在る、その先に進化があるんだよ」

「先生の言葉はあたしには難しいです」

 

 脳筋の雨蘭の言語は拳だし、理論派の火凛の言語は抽象的で難解すぎる。わかりやすいほうがよいという鈴の性分には、少々合わない。

 

「うう、不出来な弟子で申し訳ないです、って謝ったほうがいいのかな?」

「気にしなくていいよ。そんな簡単にできるほうがおかしいと思うし。でも、そうだね……………ん?」

「どうしたの先生?」

「………鈴音、あれはあなたの友達かい?」

「え?」 

 

 火凛が見つめる先、山の陰から徐々に姿を見せる六つの機影。徐々に近づいてくるソレをはっきりと視認した鈴が、思わず立ち上がって目を見開く。

 黒い配色、全身を覆う無機質な鎧、そして鈴の脳裏に刻まれた屈辱の戦い、それに現れる忌々しいあの姿。

 

「まさか、無人機……!?」

 

 臨海学校で起きた『銀の福音』暴走事件の際に遭遇した、紛れもない敵。鈴と、仲間たちを苦しめたあの無人機だった。その数は五機。そして、それらを率いているであろう、指揮官機と思しき機体。あのシールと名乗った白い少女ではないようだが、おそらく関係者だろう。

 だが、そんなことよりもなぜそんな連中がこんな場所に来るのか、わけがわからない。

 

「先生、すぐ逃げて!」

「もう遅い」

「くっ……!」

 

 身構える鈴をよそに、火凛はマイペースにお茶を啜りながらその場から離れない。しかし、確かにもう遅かった。既に完全に捕捉されている。やがて、ゆっくりと無人機をひきつれた機体が目の前へと着地した。独特な八本の脚を持つ、まるで蜘蛛のような姿をしたソレは、生身である二人に向けて脚に備えられている銃口を覗かせている。その搭乗者が、口を開く。

 

「おまえが紅火凛だな?」

「どちらさま?」

「私はオータムってんだ。亡国機業の使い、といえばわかるか?」

「っ! 亡国機業!?」

 

 セシリアから簡単な説明として聞かされたことだが、あの無人機の裏にはそう呼ばれる組織がいるらしい、ということは鈴も知っている。それを名乗る人間が無人機を引き連れてきたのだ、それはもう確定だろう。

 

「亡国機業………ああ、しつこく勧誘してきたアレか」

「ちょ、先生、そんな勧誘受けてたの!?」

「ちょいちょいきてたよ? 全部無視したけど。だって要約すると、一緒に世界征服しましょうって感じの危ない宗教っぽかったし」

「世界征服? うっわー、ひくわー……」

「舐めてんのかてめら!!」

 

 火凛と鈴の忌憚のない感想にキレるオータム。彼女の頬は引きつり、額には青筋が浮かんでいた。

 

「まぁいい………いい加減こちら側にきてもらえとのお達しだ。悪いが一緒に来てもらおうか」

「ヤダ」

「てめぇにもう拒否権なんてねぇんだよ!」

「そんなの趣味じゃないんだよ」

 

 すぐ熱くなるオータムとは真逆に、どこまでもマイペースを貫く火凛。無人機という脅しがあるにも関わらずに顔色ひとつ変えない火凛に、ますますオータムは苛立っているようだ。焦っているのはむしろ鈴のほうだった。あの無人機の危険性を理解している鈴は、危機感を顕にして身構えている。

 

「先生、『甲龍』は……!?」

「はい」

 

 手渡された待機状態の『甲龍』を手にする鈴。いざというときはISを持つ自分が戦うしかない。むしろ、そうするしかないという状況なのだ。どう見ても、相手は友好的ではないし、このままなら実力行使に出るのは目に見えている。

 

「あん? そうか、てめぇが候補生か。ついでだ、そのISも渡してもらおうか」

「誰が渡すと思ってんのよ」

「拒否権はねぇって言ってんだろ!」

 

 オータムが腕を振ると、無人機たちが動きを見せた。すぐさま鈴は『甲龍』を纏う。たしかに以前に比べてフィットするが、それでも無人機五機、そしてあのオータムを相手にするには不利すぎる。しかし、やらねばならない。地上にいる火凛を巻き込むわけにはいかない鈴は、誘引するように空へと飛翔する。

 

「舐めるなよ、かかってこい鉄屑風情が!」

「候補生程度がほざきやがる。やれっ!」

 

 オータムが無人機を引き連れて鈴を追う。そして五機の無人機に攻撃命令を出した。ビーム砲を構えて鈴へ向かう五機の無人機。火凛が目的なら、少なくとも危害を加えるような真似はしないはずだ。ならば、この無人機を倒すことだけに集中する。

 

「孤立無援で無人機五機と蜘蛛みたいなIS………ハードモードすぎるでしょう! くそったれ!」

 

 ここにいるのは鈴だけだ。セシリアたちの援護など期待することなどできないし、相手が撤退することもないだろう。決着は、どちらかの撃墜しかない。鈴は、これまでにないリスクを背負った戦闘へと身を投じるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

「騒がしいと思えば…………火凛、あいつらはなんだ?」

「あ、姉さん」

 

 空で無人機相手に戦う鈴を見ていた火凛の横に雨蘭がやってくる。雨蘭も火凛同様に、明らかに敵対しているISを見ても怯えた様子すら見せない。いったいどんな胆力をしているのか、あまつさえ火凛の横で腕を組んで観戦の姿勢を取っている。

 

「なんか私をスカウトにきたって」

「それがなんで鈴音とドンパチしてんだ?」

「世界征服を企む悪の組織だからじゃない? 『甲龍』も強奪するとか言ってたし」

「ほう、いまどきそんなやつらがいたのか」

 

 感心したのか、呆れたのかよくわからない反応をする雨蘭。しかし、鈴に対して心配する様子はあまり見せない。雨蘭がISに疎いといっても、あれが危険であることはわかるはずなのだ。

 

「ずいぶんと劣勢だな」

「ただでさえ単機で、相手は複数だもん」

 

 空では鈴が必死になって敵機のビームを避け、接近戦を挑もうとする姿が見える。しかし、やはり数の差で不利を覆せずにいる。鈴の顔も苦渋の色がありありと見える。

 やはり、無人機に比べても空中機動が劣っている。今はなんとか拮抗状態を保っているが、あれでは時間の問題だろう。

 

「姉さん、いいの?」

「なにがだ?」

「このままじゃ鈴音、負けるけど」

「だろうな」

「連れ出して逃げる? 姉さんならできるでしょ?」

「あいつがどうしようもなくなれば、そうするさ。それより、私はこれはいい機会だと思うんだ」

「いい機会?」

 

 雨蘭は笑うでもなく、ただ淡々と鈴を見据えながらそう言い切る。

 

「私が担うしかないと思ってた役目を、あのオモチャがやってくれてるんだ。これで鈴が化けるかどうか……見極めるにはちょうどいい」

「臨界行でもさせる気なの?」

 

 臨界行。死を思わせるまでに追い込み、生死の境に立つことで潜在する力を発揮させる決死の覚悟で行われる修行法。しかし、この時代、そんな修行法をする者もほとんどいない。鈴のような少女にさせることでもない。

 雨蘭もそこまでさせる気はない。しかし、あとのない危機を感じさせるという点ではそれは同じであった。

 

「あいつが自覚するには、それしかない。だからこそ、今日までずっと追い込んだんだからな。ま、それに自覚してどうなるかもあいつ次第だが……」

「…………鈴音は、きっと大丈夫、私が見定めたいのは……」

 

 雨蘭と同じように火凛も鈴を見つめているが、火凛の場合はその視線は鈴であり、そして彼女が纏うIS……『甲龍』であった。物言わぬ鈴の愛機。それが心を持つ可能性を持った、心を表現できる存在なのだとすれば。

 

「『甲龍』………あなたは、鈴音に応えられる?」

 

 

 

 ***

 

 

 

「くそっ!!」

 

 鈴は毒づきながらビームを回避する。衝撃砲で牽制しつつ五機の無人機を捌いていくが、しかしそれは正確に言うならば、必死に殺されないように足掻いているだけであった。

 あのオータムと名乗った女はニヤニヤ笑いながら嬲られる鈴を見ているだけであるが、五機もの相手を倒すには、その戦力差は圧倒的であった。互いが隙を無くすように攻撃を仕掛けてくる無人機に、鈴は突破口を見つけられない。

 確かに『甲龍』は以前と比べて鈴の動きには追随してくれるし、ずっとフィットするようになったが、飛躍的に強くなったわけじゃない。ハンデがなくなっただけで、その戦力差は変わっていないのだ。

 

 下を見れば、火凛のほかにも雨蘭も一緒になっている姿が見える。逃げてくれればいいのに、思うが二人はその場から動く様子を見せない。下手に動けば無人機やオータムが襲う可能性もあるので、動かないほうがいいのかもしれないが、鈴にとっては気がかりでしかない。

 

「よそ見してる余裕あんのかぁ!?」

「ぐぅっ……!」

 

 時折オータムが蜘蛛のような姿をしたISの脚から銃撃を放ってくる。無人機もそうだが、明らかに鈴の機体を知っている戦い方だ。決して接近はせずに、ただ遠距離からの射撃で追い詰めている。

 

「知ってるぜ、てめぇのISはバカみてぇな近接仕様だってなぁ。囲んで銃撃をするだけで堕ちる欠陥機だろう?」

「あのときの戦闘データを……!」

「ああ、観賞させてもらったぜ? イギリスの機体と正体不明のIS以外はカスだったがな!」

 

 考えればわかることだ。あの無人機戦の情報があれば、鈴の戦い方も『甲龍』のデータも筒抜けなのは当然だろう。だからこうも簡単に追い込まれている。

 

「こんなところで、こんなことで……!」

 

 そう自身を奮い立たせるが、その言葉に反して次第に鈴は動きが鈍くなってくる。極度の緊張を強いられる戦闘に疲労が加速度的に増したこともあるが、鈴自身がその重圧に耐え切れなくなっていた。

 それに影響されるように『甲龍』もまた、その性能に陰りを見せていた。

 

「機体が、重い……っ!? どうしたの『甲龍』……!?」

 

 鈴も、『甲龍』も次第にその精細を欠くようになり、ただでさえ不利な状況が絶望的なまでになる。このままでは、あと五分と経たずに落とされる。

 

 

 

 

―――――負ける、あたしが……!?

 

 

 

 

 負ける。そう認識したとき、鈴の顔が変わる。そこにはっきりとある感情が浮かぶ。身体が重い、視界が霞む、音が遠くなる。それは、その感情に支配された証。

 不意に、師匠の雨蘭の言葉が思い出される。

 

 

 

―――――『強くなりたい、そう願う本当の理由。目を背けているそれに気づかなければ、おまえは勝てない』

 

 

 

 

 それを、鈴はこの場になってはじめて理解した。

 

 

 

 

―――――『それを自覚し、乗り越えなければ………おまえは、負ける』

 

 

 

 

 そう、それは………今、鈴が感じているもの、そのものだった。どうして今まで気づかなかったのか、どうしてこんな当たり前の感情から目を背けていたのか。

 臨海学校のときの戦いでさえ、強くなりたいと思った理由はそれのはずなのに。

 

 鈴が願った理由、強くなりたいという理由は、負けたくないからではない。負けることが、失うことが、守れないことが、そのすべてが………怖いからだ。

 

 自分が、仲間が、一歩間違えれば命すら危険となったあの戦い。全員が無事に帰還したとはいえ、その危険性に鈴は恐怖した。勝てないことで、負けることで、弱いことで、それが現実になってしまうということに恐怖した。

 

 『恐怖』が、鈴の理由だったのだ。だから強くなりたいと願った。その恐怖を現実にしないために、否定するために。

 しかし、皮肉にもその恐怖によって鈴はその動きを鈍らせていた。怖い、それがこんなにも重い。

 

「あなたも、そうだったの? ………『甲龍』!」

 

 無言を貫く己の愛機。いつだって共に戦ってきた相棒。動きが精細を欠き、怖がっているような状態はまさに操縦者である鈴の写し身のようだった。

 そう、もしかしたら、『甲龍』はずっとそうだったのかもしれない。鈴の操縦についていけないことが、鈴を勝たせてやれないことが、鈴の助けになれないことが、怖かったのではないか。

 

 それが火凛の推論でもあった。心を持つ可能性、それが本当だとしたら、『甲龍』もずっと鈴と同じ苦しみを味わってきたのかもしれない。

 

「あたしがいつまでも気づかなかったから、見て見ぬふりをしてきたから……こんな土壇場で、あなたも苦しめてるの……?」

 

 『甲龍』はなにも言わない。しかし、それでも鈴の動きについていこうと、鈴を守ろうとその機体は未だに、必死に出力を上げ、激しい攻撃にさらされながらもシールドエネルギーを保持しようとしている。

 鈴は、いままでISに心なんてものがあるとは考えもしなかった。しかし、人機一体となるこの愛機は、まさに自身の半身なのだ。自身の意思が、そのまま反映するのなら、それに応える存在がISだとすれば。

 

「結局………あたしが一番不甲斐ないってわけ、か……でも!」

 

 それを知った。雨蘭は言っていた。それを知り、乗り越えられるかどうか。それが、強くなるために真に乗り越えるべき壁なのだと。

 ならば、今自身がすることはいつまでも恐怖に震えることではない。否定することでもない。

 

「負けない……! あたしが倒すべきものが恐怖なら………!」

 

 その恐怖を受け入れる。そして、その全てを、砕く!

 

「『甲龍』……! あなたも、あたしと同じ思いを持つのなら……!」

 

 目の前では無人機が一斉射の構えを見せている。これだけの数を直撃すれば、撃墜は必至だ。しかし、鈴は先ほどまであった恐怖による身体の硬直はなかった。しかし、それでも鈴は動かずにまっすぐに見据え、それと対峙する。

 

 まるで、自らが目の前の恐怖と対峙するように。

 

 乗り越えるものは、恐怖。乗り越える時は、今。それを、ここで為す――!

 

「あたしと共に、恐怖を乗り越えてみせろおおおおぉ―――ッ!!!」

 

 その叫びに応えるように、『甲龍』のコアが胎動する。

 

 

 

 

 

 真に虎が龍を纏うとき、その咆哮はすべてを震わせる。

 

 

 

 

 

 

 




次回で鈴編は終了。

王道熱血ストーリーとなるように考えてますが、次回ではついに鈴と甲龍が覚醒です。とうとう甲龍も魔改造の仲間入りに(笑)それにしても師匠たちがかなりどギツイ教育だ(汗)
そしてパワーアップした鈴はのちのちイギリス編にて再登場する予定です。


鈴編の次は日本かイギリスか決めてませんが、そろそろまたアイズを補給したくなってくる(苦笑)


気がつけば通算四十話になります。投稿を始めてもうじき三ヶ月。五十話の大台も見えてきました。それではまた次回に!

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