双星の雫   作:千両花火

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Chapter 4 進化の胎動編
Act.34 「カレイドマテリアル社へようこそ!」


「さて、準備はよろしいですか?」

「ボクは大丈夫だよ。ラウラちゃん、シャルロットちゃんは?」

「私も問題ありません、姉様」

「僕も準備できてる。ちょっと緊張してきたけど」

 

 人で溢れた空港のロビーにセシリア、アイズ、ラウラ、そしてシャルロットの四人の姿があった。

 四人はそれぞれ大きな荷物を抱えており、服装もいつもの見慣れた制服ではなく私服に身を包んでいる。

 セシリアは白く丈の長いスカートに青色の薄いサマーカーディガンを羽織っている。お花畑を散歩する姿が似合いそうなまさにお嬢様スタイル。

 アイズはショートパンツに、ポップなイラストが描かれたシャツの上に洒落たパーカーを羽織る組み合わせ。子供っぽさと、少し背伸びをしたこのチョイスは簪が選んでくれた服装である。

 ラウラはほぼアイズの服装の色違いであり、アイズが白を基調としているのに対しラウラは黒を基調としている。髪の色も相まってモノクロで対比する二人は仲の良い姉妹に見える。

 そしてシャルロットはなにを思ったのか、スーツ姿でビシッと決めている。それはかつて男装していたシャルルバージョンを彷彿とさせる姿であった。

 

「シャルロットさん、いくら初顔合わせといっても、そんな格好までしなくても……」

「そ、そうかな? でもやっぱり緊張しちゃって……」

「私も世話になる身としてそういった服装のほうがよかっただろうか? いや、でも軍服も返却したし……」

「大丈夫だって! むしろ可愛い服のほうがイリーナさんも喜ぶよ。……たぶん」

 

 よいしょ、とお土産としてたくさん買い込んだ菓子や名物の入った袋を担ぎなおすアイズ。中身は束の好きな甘味や、他のカレイドマテリアル社の知り合いへのお土産なので量も膨大なものであった。一部を除き、そのほとんどを配送しているが、実際に手渡ししたいというアイズの要望で特にお世話になっている人の分はこうして確保していた。

 ちなみに金額も膨大なものになったが、セシリアとアイズはテストパイロットとしての給料をもらっているために財布には大したダメージはなかった。二人して浪費癖がないためにほとんど貯金にしている。その額は思春期の少女が持つような金額ではなく、シャルロットが何気なく聞いた二人の貯金額を聞いて、あまりの額に唖然としたほどだ。

 さらにセシリアもアイズも貯金と同等の額を養護施設や孤児院への寄付に当てていると聞いて、いろんな意味で二人のすごさを実感したシャルロットであった。

 

「さぁ、時間です。行きましょうか」

「帰るのも久しぶり。里帰りってなんかわくわくするかも」

「うう、やっぱり緊張してきた」

「緊張しすぎだぞ、シャルロット。おっと、今度からはお嬢様と呼ぶべきか?」

「ちょ、それはやめてってば」

 

 和気藹々と四人の少女たちは懐かしの故郷、そして新しい故郷となる地、イギリスへと旅立っていった。

 目指すのは行政区画グレーターロンドン内のシティ・オブ・ウェストミンスター。数多くの企業が本社を構える特区の一角に立地するカレイドマテリアル本社であった。

 

 夏休みという長期休暇を迎え、IS学園に通う生徒たちもそれぞれの実家へと帰っていった。中には学園に残るという生徒もごく少数いるが、ほとんどの生徒が帰省している。

 そしてセシリアたちも長期休暇を利用して故郷へと戻ることになる。一夏や箒は日本国内なのでそれほど帰省も大変ではないが、海外組は手続きや準備に大忙しだった。

 鈴も中国へと戻った。別れ際に「いろいろやることがある。生きていたらまた会いましょう」といって去っていった。いったい彼女はなにをするつもりなのか、と全員が思ったが、そのときの鈴の顔が真剣そのものであったので、過酷な修行でもしているのかもしれない。

 簪はIS学園に残った。こちらもいろいろとやることがあるらしく、忙しそうにしていた。アイズが帰省すると聞いて、一日だけアイズを貸し切ってアイズ成分を補給した簪は、それでも泣く泣くアイズを見送っていた。再会したときが少々不安だが、彼女もきっといろいろがんばっているのだろう。あとでセシリアがアイズに聞いたら、一日ずっとアイズを抱きしめていたらしい。本当に大丈夫だろうか、とけっこう本気で心配した。

 

 そして、今回の帰省にはアイズとセシリアだけでなく、紆余曲折を経て晴れてカレイドマテリアル社に所属となったラウラとシャルロットも同行する。二人揃って縁切りや除隊で帰る場所をなくしているので、社の特別宿舎(高級ホテルスイートクラス、家賃日本円換算で一ヶ月約五十五万の部屋)に泊まることになっている。完全なVIP待遇だが、適当に泊まる場所を用意するとしか言われていない二人はまだわかっていない。

 

 おそらく二人は自分がどれほど重要な役職になったのか、理解しきれていないだろう。

 

 まず技術開発部所属のテストパイロットという時点でエリート中のエリートである。非公式に所属する他のパイロットたちも、最低クラスで代表候補生クラス。その中でのエース級は国家代表クラス、そしてトップガンとなるセシリアやアイズの地位の高さとその価値は計り知れない。そんな集団にスカウトするということは、少なくとも代表候補生以上、国家代表にも届きうる実力がなければ話にならない。

 その期待に応えなければならない義務が二人にはあるのだ。特にラウラは世界初となる第五世代機の操縦者として選ばれたのだ。その重圧は、少女が背負うものではない。

 IS学園のレベルの訓練などもはやお遊戯としか思えないほど過酷な試練が二人を待つことになる。

 

 

 

 ***

 

 

 IS学園に残った簪は、自らの専用機『打鉄弐式』のデータ整理と、これ以降の強化、改善案のまとめに追われていた。あの臨海学校での戦いを経験した簪は、自身に足りないものをしっかりと噛み締め、それらを埋めるべく動いていた。

 この機体に足りないものは多々あるが、やはり急造したためにバランスがまだ完成とは言い難い。しかも、アイズの機動データを使っていることで、アイズの癖にどうしても引っ張られることがある。アイズのあの独特な機動は、アイズが乗ることで真価を発揮する。悔しいが簪ではその機動を十全に使うことができない。それに機体のタイプも違うためにどうしても使用頻度も低くなる。そうなれば完熟しきっていない簪本人の機動データに頼ることになる。機体もそうだが、簪自身の機動イメージをさらに綿密に練り上げる必要がある。

 そして武装面もやはり未完成だ。本来想定していた武装で完成しているのは、荷電粒子砲『春雷』とミサイルポッド『山嵐』のみ。あとは既存兵器で代用している状態だ。それが悪いとは言わないが、やはり決定打に欠ける。

 それに実戦を体験してわかったが、切り札としているこの『山嵐』も問題点が多い。本来、ああいった多数の敵機に対して使用するはずのこの武装は、無人機戦ではロックオンすることすらできずにただ牽制として放っただけに終わった。敵味方が入り乱れる乱戦ではいかに誘導ミサイルとて、フレンドリーファイアのリスクが高すぎて使えない。それ以前にロックオンする時間すら与えてはくれなかった。まさにハリボテの兵器として終わったのだ。本格的な見直しが必要だろう。

 万能型、といえば聞こえはいいが、今のままでは器用貧乏でしかない。前の戦闘でも近接特化型や射撃特化型の機体のほうが戦果は高い。万能にこだわるとしても、スペックの底上げは必須だ。

 

「そのためにも、もう私だけの力じゃあ限界……」

 

 簪は素直にそれを認めた。かつての意地など、実戦を体験した今の簪には存在していない。

 どんなときでも、考えうる最高の状態に仕上げておくことがどれだけ大切なことか、身をもって知ったのだ。自分だけの力でやり遂げる。確かにそういう気持ちはあったし、今もなくしてはいない。

 だが、そのために有事の際に満足に動けなくなるなど、自分のことだけならまだしも、大事な仲間が関わる以上はそんな我侭は言っていられない。

 

 自分が持てる、自分自身以外のチカラ。それは身近にある。しかし、それを媚びて得たところでなにも意味はない。自分は、もう後ろを向いていた更織簪ではないのだから。

 

 それを示すときなのかもしれない。今まで、ずっと避けてきたものと、向かい合う時なのかもしれない。そうでなければ、いつかきっとアイズの横にいられなくなる。そんな予感が、簪に覚悟を決めさせた。

 

 そして簪は、不思議なほど穏やかな気持ちでそこに立った。

 目の前にある扉をノックする。そして許可の返答を聞き、ゆっくりと扉を開く。

 

 その部屋の中にいたのは三人の女生徒。簪と幼馴染である布仏本音、その姉妹である布仏虚。

 

「おー、かんちゃん、どうしたの~?」

 

 本音がのほほんと声をかけ、虚も少し驚いたように目を見張る。

 そしてこの生徒会室の主にして、簪の実姉。更織楯無が扇子で表情を隠しながら簪を見据えてそこにいた。

 

「やぁ簪ちゃん。ここに来るなんて珍しいね?」

「………」

「とりあえず、お茶でも飲む? それとも久しぶりに四人で遊ぶ?」

 

 ニコニコ笑いながらそう歓待の言葉を投げかける楯無に、簪はゆっくり首を横に振る。今日は、親交を重ねるために来たわけではないのだ。

 簪は姿勢を正すと、そのまま頭を下げる。それはお手本のようなお辞儀であった。

 

「更織家頭首様。本日はお願いがあり、ここに参じました」

「………聞きましょう」

 

 簪が姉妹ではなく、同じ更織家に属する者としてやってきたことを悟った楯無が人懐っこい表情をやめて、わずかに微笑みながら返答する。表面上は体裁をとっているが、楯無個人として、妹が頼ってくれたことが嬉しくて少々興奮していた。どんなお願いでも聞いてあげようと内心で思っていたが、簪の言葉はそんな楯無の思いを完全にぶった切った。

 

「あなたの持つ権限を一時的に譲渡していただきたいのです」

 

 一瞬、扇子の下の楯無の表情が凍る。それは、「おまえの権力をよこせ」と言われていることと同義だ。そんなことはできるわけがないし、いくら妹でも、いや、妹だからこそそんな真似はできない。身内贔屓など、公でしてはいいことではない。楯無の立場なら、それは絶対であった。

 

「そんな戯言が罷り通るとでも?」

「思いません」

「なら、なぜそんな寝言を言うのかしら?」

「あなたは、私が妹として接したらイエスと言ったんじゃないですか?」

 

 その言葉に楯無は内心で舌打ちをする。内容にもよるが、大抵のことはそう言っただろう。しかし、簪はそれを認めていない。簪は、更織家頭首としての楯無との交渉が望みなのだ。だから、こんなにも挑発的な言動で楯無の答えを待っている。

 楯無は、目の前の少女はいったい誰だ、と思ってしまう。楯無の知る妹は、こんなにも毅然とした表情を浮かべない。いつもどこか自信なさげに、下を向いている印象が強かった妹はここにはいない。

 

「私の願いに納得してくだされば……その意思を認めてくれるのであれば、お力添えをお願いしたいのです」

「…………いいでしょう」

 

 楯無は悠然と承諾を伝える。椅子から立ち上がり、口元を覆っていた扇子をパチンと閉じて、それをナイフのように戦意を込めて突きつける。

 簪の真意はまだわからないが、これ以上の言葉は不要だろう。この先に簪と語り合うには、もっと相応しいものがある。

 

「アリーナに来なさい」

 

 楯無も簪も、共にIS操縦者。ならば、言葉ではなくISで語ればいい。そして、それは簪も望んでいることだろう。ゆえに、楯無はその簪の無言の申し出を受けた。

 

「今のあなたの本当の強さ………見定めてあげましょう」

「感謝します」

 

 『ありがとう、おねえちゃん』。簪は、決して口に出すことなく、心の中だけで妹として姉に礼を言うのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 アイズ達よりも一足早く帰郷した鈴は、荷物を抱えて山道を歩いていた。

 すでに家には顔を出して挨拶は済ませてきた。他にも挨拶回りにいくべきところはさっさと顔を出してきたので、あとは本命のみ。鈴が今回帰郷した最大の目的のために、もはや山道という言葉すら生温い険しい獣道を突き進む。

 

「あーあ、まったく、どうしてこうも偏屈なとこに住むかね、あの人たちは……っと!」

 

 二メートルほどの崖を跳躍して渡る。この山に入ってから既に二時間が経過している。しかし鈴は少し息が上がっている程度で、まだまだ余裕を見せている。基礎体力は同年代の間では群を抜いている鈴にとってこのくらいはまだまだ準備運動みたいなものだ。

 そうやって進み続け、不自然なまでに開けた場所へと出た際に視界に入ってきたのはこれまた不自然な豪邸であった。こんな山奥に建てるようなものではないし、さらにその家の屋根にはソーラーパネルが張り巡らされており、出入り口と思われる扉の前には用途不明の機械が振動音を立てながら稼働している。

 

 そんな機械類の横を通り過ぎて、開けっ放しになっている扉をくぐる。部屋には大きな本棚がたくさんあり、本や書類で散らかっている。鈴がここを去ったときそのままの光景であった。

 そんな光景を見て鈴は苦笑しながら大きく息を吸い込む。

 

「凰鈴音、ただいま戻りました!」

 

 大声を上げて家中に響かせる。するとがさがさと部屋の片隅の書類の山が動き、その中から人の頭が飛び出してくる。黒髪ショートで、茫洋とした瞳をした二十代中盤ほどと思われる女性だった。

 

「誰かと思えば鈴音。ひさしぶり」

「お久しぶりです火凛先生」

 

 感情の起伏が感じられないような平坦な声がかけられる。そんな彼女の態度にも慣れている鈴はさして気にした様子も見せずに背負っていたカバンを床に下ろす。

 

「先生、ちゃんとお風呂入ってます? 前みたいにあたしが洗ってあげましょうか?」

「大丈夫、ちゃんと一週間前に入ったよ」

「先生、そのモノグサ癖を直さないといつか書類と同化しますよ?」

「それより、はい。機体見てあげるから出して」

「お願いします」

 

 鈴は『甲龍』の待機状態であるブレスレットを手渡す。それを受け取った鈴に先生と呼ばれた女性、紅火凛《ホン フォリン》はしげしげとそれを見渡し、ISを起動させて『甲龍』を実体化させる。一定のペースでいくつものコードを接続すると、書類の山の中にうもれかけていたPCを引っ張り出して高速でタイピングを開始した。

 

「…………機体損傷度D、潜在ダメージレベルB、ほぼすべてのサーボモーターに過負荷による消耗が見られる………鈴音、ずいぶん無茶してたみたいだね」

「はは……それで、どうですか?」

「ん、直せるよ。要望はある?」

「最近、反応速度が遅く感じるんです。もっと反応をあげることはできますか?」

「ふむ」

 

 火凛は即答せずに、しばらく機体データに目を通す。鈴はじっと火凛の返答を待つ。

 

「………サーボモーターに対して、アポジモーター系の消耗度は低い」

「……?」

「鈴音、空中戦より地上戦のほうが圧倒的に多いみたいだね?」

「あー……たしかに、そうですね」

「機体の反応速度を上げても、地上戦だけに頼るようじゃ、結局強者になれても勝者になれるとは限らないよ」

 

 それは鈴にとって耳の痛い言葉だった。格闘家として、鈴は戦闘時に地上戦を多用する傾向にある。しかし、それは空中戦が苦手とは言わないが、得意とも言えない鈴の課題のひとつでもある。ISとは、そもそも空を飛ぶパワードスーツ。その恩恵を抑えて戦っている鈴は、セシリアやアイズといった面々と比べるとどうしてもその一点で一歩譲ってしまっている。特に空中機動が得意なアイズには、同じ近接型でありながら戦績は負け越している。そして空からレーザーの雨を降らせるセシリアとの相性は最悪といってもいい。鈴とて代表候補生レベルの機動はできるが、その程度のレベルしかないとも言い換えられるのだ。

 そして、それを痛感したのが、臨海学校でのあの戦闘だ。海上ということもあり、地上戦を封じられた鈴はその戦闘能力を十分に発揮することができずにいた。

 

「機体の反応速度に関してはこっちでやってあげる、鈴音はしばらく根性でも鍛えてな」

「あー……そうですね。そのつもりでしたし……」

「姉さんは裏の滝にいるはずだから」

「はい、それじゃ………ちょっと死んできます」

「いってらっしゃい」

 

 バツの悪そうな顔をしながら鈴は『甲龍』を火凛に任せて一度外へと出て、以前の記憶を頼りに再び獣道へと入っていく。そんな道なき道を歩きながら、鈴は着ていた上着を脱ぎ捨てる。中に着込んでいた赤いチャイナ服が現れる。動きやすい服装になった鈴は各関節を動かし、身体の状態を確かめながら目的地であった巨大な滝に到着する。激しい水音が響く中、軽く視線を巡らせて目的の人物を発見する。

 水辺の近くで座禅を組んで目を閉じて瞑想している一人の女性。長い黒髪に気の強そうな顔立ち、目を閉じているにも関わらず、威圧されるような存在感。そんな女性の姿を確認すると、鈴は一度深呼吸をする。

 

「………よし、今日こそあのツラに一撃入れてやる」

 

 一気にその女性への敵意を膨らませる。そして全力疾走、その勢いのまま女性へと襲いかかる。

 

「お師匠オオォォォォーッ!!」

「………」

 

 鈴の声に、女性は片目を開けて鈴の姿を捉える。そのときすでに鈴は飛び蹴りの体勢を整えていた。手加減など一切ない、全力の蹴りだ。

 

「くらいやがれぇぇー!」

「鈴音……」

 

 気合と共に渾身の蹴りを叩き込もうとする鈴に対し、その女性、紅雨蘭《ホン ウーラン》がクスリと微笑んだ。まるで妹を出迎える姉のような表情を見せる彼女は、そのまま挨拶でもするように手を上げて鈴の蹴りをダイレクトキャッチ。その笑顔を一変させ、額に青筋を浮かべながら般若のような顔へと変貌した。

 

「今更どのツラ下げて戻ってきやがった! この馬鹿弟子がぁっ!!」

 

 瞬間、鈴の身体が宙を舞う。そのまま綺麗な放物線を描きながら、鈴は滝壺へと投げ込まれた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「お、大きい……」

「これが自社ビルとは……」

 

 カレイドマテリアル本社前。何人ものビジネスマンと思しき人間が頻繁に出入りしている巨大なビルの前に四人はいた。セシリアとアイズは何度も通った場所であるが、シャルロットとラウラにとっては未知の場所だ。世界最大といってもいい規模の巨大企業の総本山。今日から本格的にこの企業の所属になる二人は、その建物に入る前からそのプレッシャーにのまれかけていた。

 事実、この本社ビルはまるで豪華ホテルと言われても信じるほど大きく、そして外装も内装も凝られて作られている。観光客がホテルと間違えてやってくることもしばしばあるくらいだ。

 

「さぁ、いきましょう。……覚悟はいいですか?」

「な、なんの覚悟?」

「お二人はまだイリーナさんのことをよく知らないでしょうけど………きっと、イリーナさん流の歓待があると思います」

「どこにでも、舐められないようにする“歓迎会”があるということか……」

 

 ラウラのいう歓迎会の意味は明らかに軍隊のそれであったが、そんな暑苦しいことはしない。イリーナはどちらかと言わなくとも、精神的に嬲るほうが好きな暴君だ。

 アイズはなにも言わずに、ただクスクスと笑いながら二人の慌てる気配を感じている。

 

 そうしてセシリアとアイズを先頭に正面口からエントランスへと入る。その四人が姿を見せた瞬間、その空気が変わる。激しく行き来していた人のうち、多くの人間が足を止めて四人を見つめる。そうでない人間もその空気を感じ取ってか、何事かと注目が集まる四人をやはり注視する。

 いきなりそんな空気に変わるものだから、シャルロットは混乱し、ラウラは警戒する。しかし、セシリアとアイズはただ微笑むだけだ。

 

 そしてバタバタと一斉にカレイドマテリアル社の社員証をつけた人間が集まり、四人の歩く道を作るように綺麗に左右へと別れて整列する。

 まるでVIPでも来たのかと思うような光景に、シャルロットの精神はいよいよやばい域にまで混乱する。そんなシャルロットの心中など無視するように事態はさらに動く。

 

「「「「セシリアさん、アイズさん、おかえりなさい!!」」」」

 

 社員全員で示し合わせたように唱和する。そんな言葉を受けたセシリアとアイズが、微笑みながらお辞儀を返す。

 

「ただいま戻りました。皆様、お久しぶりでございます」

「ただいま! みんなにもお土産買ってきたからね!」

 

 二人は慣れたように返事を返す。

 え、これが普通なの? とシャルロットは言いたかったが、やたらとアットホームな雰囲気の前にそれは口から出ることはなかった。

 

 

「「「「シャルロットさん、ラウラさん、ようこそカレイドマテリアル社へ! お二人を心より歓迎いたします!」」」」

 

 

「は、はいっ!」

「よ、よろしくお願いします!」

 

 と、矛先が二人に向けられて全員から笑顔と共に歓迎の言葉を受けると、反射的に背筋を伸ばして返事をする。そしてやたら美人な受付嬢から四人に花束が贈られる。それを苦笑しながら受け取るセシリアと無邪気に喜ぶアイズ。そしてガチガチに緊張しながら受け取るシャルロットと、初めての経験に戸惑うラウラ。そんな四人の姿が、微笑ましく社員たちに受け入れられる。さらに頭上にあったらしいたくさんのくす玉が割れ、安っぽい紙吹雪ではなく、本物の花弁を大量に詰め込んだ花吹雪とともに『Welcome to Kaleido-Material Company』と書かれた垂れ幕がいくつも現れる。そしてどこからともなく流れる合奏曲。

 シャルロットの常識と照らし合わせても明らかに異常、しかし盛大な割には手作り感溢れる演出ばかりというのがまた理解が追いつかない。

 

「こ、これってどういうこと?」

「言ったじゃないですか。きっと歓迎してくれる、と」

「だからってこれはやりすぎじゃ……!? いや、嬉しいけど……!」

「イリーナさんの趣味ですよ。あたふたと困る姿を見るのが好きなんです、あの人。今頃社長室でふんぞり返りながら爆笑してるんじゃないですか」

「知ってたけど性格悪いね……」

「でもこれはかなり好意的ないじめ……じゃなかった。歓迎ですよ? 嫌いな人相手には、もっと露骨な歓迎をいたしますし」

「…………僕、この前あの人に啖呵切っちゃったんだけど」

「ご愁傷様です」

 

 他人事にあっさり返すセシリアに、もはや突っ込む気力もないシャルロットは、もらった花束を見て「綺麗だなー」と半ば現実逃避気味なことを考えていた。




新章の導入編です。夏休み編ではチート企業カレイドマテリアル社が舞台です。そして簪と鈴それぞれの機体強化と成長の三つを軸にしていく予定です。

カレイドマテリアル編……常識はずれなカレイドマテリアル社に終始圧倒されるラウラとシャルロット。

簪編……とうとう実現した姉妹決戦。

鈴編……師匠にいじめられる修行編。

という感じでいきたいと思います。

それではまた次回に!

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