双星の雫   作:千両花火

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Act.33 「それぞれの願いのために」

「青春してるわね、あんたら」

 

 アイズとセシリアが抱き合って泣いている様子を見て鈴がそんな声をかける。鈴は身体のあちこちに包帯を巻いており、左腕が吊るされていた。満身創痍ともいえる姿だが、彼女自身はいたって元気そうだ。

 そんな鈴の横にはラウラも同じような姿で立っており、二人の後ろにはシャルロットや一夏もいる。作戦に参加した全員が、生きて顔を合わせた。

 

「鈴ちゃん、ラウラちゃん……みんなも」

「すみません、お見苦しいところを……」

 

 二人は涙を拭って立ち直る。そんな二人の関係は見ていた全員が微笑ましいと感じていた。

 

「みんな怪我は?」

「へーき、へーき。大げさに包帯巻かれただけよ」

「無理するなよ、鈴。骨折してるくせに」

「うるさいわね一夏。骨なんてくっつんだから痛みさえ我慢しとけば大したことないわよ」

 

 そんなとんでもない根性論を言う鈴に全員が苦笑する。しかし、こうした鈴の言葉がやや重かった空気を発散させていた。

 

「まぁ、セシリアの説教は聞こえていたからあたしからは言わないけど、あんまり無茶するんじゃないわよ、アイズ」

「うん。ごめんなさい………でも、ありがとう。みんなも」

 

 セシリアに言われたことでアイズもしっかり反省していた。自分を蔑ろにしてなにかをしても、それを喜ぶ友はいないのだ。むしろ、心配と不安を押し付けてしまうことに今更ながら実感したというべきか。

アイズは真摯な態度で皆に謝罪した。それを受けた全員がただ笑ってそんなアイズを受け入れる。

 

「姉様……」

 

 そんな中、ラウラが不安そうにアイズへと近づく。アイズは当然のようにそんなラウラの声と雰囲気だけでラウラの精神状態を察した。

 

「ラウラちゃん?」

「私が不甲斐ないばかりに、姉様にこのような怪我を………申し訳ありません、姉様」

 

 アイズがこのような怪我をした原因はあのシールとの戦闘だ。シールと彼女の駆る天使のような白いISの戦闘力は確かに高かった。おそらく、並の操縦者なら束になっても敵わないだろう。しかし、ラウラの『オーバー・ザ・クラウド』の機体スペックはその上を行っていた。しかし、現実は時間稼ぎが精一杯で、シールの機体の手の内すら明かせずに限界を迎えた。たとえ倒せなくとも、なにか少しでもシールの情報を得られていれば、パッケージだけでも破壊できていれば、アイズにこのような怪我を負わせなくて済んだと思い込んでいた。

 多数の無人機を相手に時間を稼ぎ、可能な限り破壊したラウラの戦果は文句のつけようもないというのがラウラ以外の全員の考えであったが、本人はそうは思わなかった。

 意気込んで戦場に出たその結果が、機体を操りきれずに戦闘不能になり、その後は敬愛する姉の撃墜だ。そんな現実がラウラを自己嫌悪に陥らせていた。

 

「ラウラちゃん、おいで」

 

 ラウラは言われるままにふらふらとアイズに寄り添う。気配を頼りにアイズが手を伸ばし、優しくラウラの小さな身体を引き寄せる。

 

「ラウラちゃんがいなかったら、ボクは、ううん、ボクたちはみんなやられてた」

「…………」

「ラウラちゃんが時間を稼いでくれなかったら、ボクもセシィも戦うことすらできなかった」

「…………」

「ありがとう、ラウラちゃん。ラウラちゃんは、ボクの自慢の妹だよ」

「………姉様」

 

 ラウラは感極まったように、痛む身体を無視してまでアイズに抱きついている。

 この二人の仲の良さは本当の姉妹のようだと誰もが思う。アイズにとって頼られているという事実は心が満たされるものであるし、ラウラにとっても心の底から信じられる存在というのは、崇拝の念を抱いていた千冬とはまた違い、大きな安心感を与えてくれるものだった。

 ヴォ―ダン・オージェという、普通ならば共有できないものを抱えているという点も、二人を結びつける要因であろう。この金の瞳を持つ苦しみも痛みも、持った本人でなければ理解できないから。

 

 そういった意味では、もしかしたらラウラのほうがアイズを支えてやれるのかもしれない、とセシリアはわずかに思ってしまう。そして馬鹿なことを考えたと、その思考を捨てる。

 支えることに優劣などない。自分は、自分のやり方でアイズを支えると決めているのだ。特にアイズを叱るのは自分の役目だ。無自覚に無茶をするアイズは、むしろラウラや簪のような人が近くにいたほうが無茶をしなくなるかもしれない。

 自分では、そんな風にできないから………そんな考えが、やはり頭から離れなかった。

 

「セシリア」

「なんです、鈴さん?」

「あんた、ちょっとマイナスな思考してるんじゃない?」

「………鈴さん、誰にも言いませんからやっぱり読心術があると言ってくれませんか?」

「だからそんなんじゃないって。あたしの場合は、ほら、勘というか、そんなのよ」

 

 ケラケラ笑う鈴の後ろではシャルロットも同じようにクスクスと笑みを浮かべていた。

 

「今のは僕でもわかるよ。セシリアさん、けっこうそんなときは表情に出るから」

「そう、なのでしょうか」

「確かに、セシリアって以外と脆いとこあるよな」

「一夏さんまで……」

 

 常に強く、気高くあろうとしているセシリアにとって、そんな指摘は少しショックで………そして、少しだけ救われた気がした。

 セシリアは気遣ってくれる戦友たちに、精一杯の礼を込めて花のような笑顔を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 「56、57、………で、どうよ? 愛しのお姉さまに許されて気が晴れた?」

 

 鈴はベッドの上で腕立て伏せをしながら、隣りのベッドにいるラウラに声をかける。二人は同室で、一番怪我がひどかったアイズだけは個室だった。アイズはそれにはむしろ寂しいと嘆いていたが、治療優先なので我慢してもらった。

 あのとき、戦った皆で無事を喜び合ったときから既に数時間経過しており、入院となった三人以外は事後処理があるために本来の宿泊施設へと戻っていった。簪は「アイズの傍にいる!」と言ってかなり渋っていたが、セシリアに引っ張られていった。

 ラウラが顕著だったが、全員が今回の戦いでは自身に足りないものを自覚していた。それを皆で言い合い、これから皆で強くなるしかないという結論を全員が出した。このようなことがもう起こらないという保証はなく、むしろまた無人機の襲撃を受ける可能性は常にあると思っていたほうがいいだろう。いつまでもくよくよしている場合ではない。だからラウラが落ち込んでいるのはマイナスでしかないし、鈴としてもいい気分じゃない。

 

「……凰、いや、鈴」

「ん、なに?」

「私は、弱くなっただろうか?」

「なによ、いきなり」

「自慢にならないどころか、醜態でしかないが、……昔の私は強さに自信を持っていた。まぁ、それも幻想だったわけだが、それでも不安を感じず、自信を持っていた点は心構えとしては悪くはなかったと思っている」

「まぁ、慢心がなきゃそうでしょうね」

「だが、………今の私は、不安で、怖いのだ。一番怖いのは、姉様が……姉様がいなくなることが怖い。そう考えたとき、震えが止まらないのだ」

 

 アイズが撃墜されたと聞いたとき、ラウラは頭が真っ白になった。アイズがいなくなったときの考えたくもない想像が頭をよぎり、それがラウラに恐怖を与えた。あのとき感じた怖さは、ラウラは忘れることはないだろう。

 

「それだけ大事だってことでしょ? なにかを背負うってのは、そういうことよ。大事なもんを持つってことは、それを失うことの恐怖を受け止めないと強くなれないのよ」

「それが、本当の強さなのか? 教官が言っていたことも、そうなのだろうか」

「あぁ、千冬ちゃんはけっこうブラコンだしねぇ。そんな感じはあるかもねぇ」

 

 プライベートの千冬を知る鈴は彼女のそんな一面を知っているので、千冬にとって一夏が戦う理由であることもなんとなく察している。学園では厳しく接しているが、内心はけっこう甘いだろうということも想像できる鈴はそんな千冬がちょっと可愛いとか密かに思っている。

 

「自分は弱い。それを認めることもまた強さよ。あたしはそう教わってきたわ」

「………認めることが強さ、か」

「だから、あたしもあんたも、まだまだこんなところじゃ終われない。でしょ?」

 

 ニヤリ、と不敵な笑みを向けてくる鈴に、ラウラも笑って返す。ラウラは自分が変わったと思ったと同時に不安を多く感じていることに戸惑っていたが、それもまた、乗り越えるべきもののようだ。ならば、自分はそのすべての不安を払拭させるほど強くなればいい。

 それはとてもシンプルで、難しい回答だった。

 

「そうだな、……私は、姉様の妹として恥じないように生き、強くなってみせる。あの機体も、必ず乗りこなしてみせる……!」

 

 先行試作型第五世代機『オーバー・ザ・クラウド』。

 すべてを圧倒するだけの力を持ちながら、その性能の三割も発揮できなかった、それが今の自分の限界。ならば、完璧に乗りこなすまで強くなる。それが、未来の自分の強さでありたい。

 

「その意気よラウラ。あたしも、今のままじゃまだ足りない。このままなら、いずれセシリアたちと並び立つこともできなくなる。それがよくわかったわ」

 

 鈴もラウラと同じ悔しさは味わっている。

 ラウラはああは言っているが、鈴は自分のほうが役たたずだと……口には出さないがそう思っている。確かに近接型の『甲龍』ではあの無人機や白いISを相手取るには相性が悪すぎたが、できたことはラウラの助力を得て時間を稼ぐ手伝いだけ。常に自己を律し、強くあろうとし続けてきた鈴にとってそれは屈辱だった。過去、セシリアに完敗したときよりも遥かに大きな無力感が鈴にのしかかっていた。

 

「あたしは、まだ弱い。なら、強くなるしかないじゃない」

 

 ラウラのように落ち込んだりすることはなかった。すぐさま反省点を自覚し、それを克服するための努力を行う。それが鈴の美点であった。

 自己鍛錬も当然だが、今の『甲龍』ではこれから戦い抜くことは厳しいかもしれない。反応速度が鈴に追いつかないという点でそれは致命的だ。こればかりは鈴にはどうしようもない。本国の技術を結集して作った『甲龍』でもダメとなると、残る手段は……。

 

「頭を下げるしかないか………」

「なんのことだ?」

「こっちのことよ」

「……ふむ、しかし、それより……」

「なによ?」

「いい加減、片手を骨折してるのに腕立てをするのは止めたほうがいいのではないか?」

 

 いい加減言ったほうがいいだろうな、というようにラウラが指摘する。鈴ははじめからずっと片手で腕立てをしており、その回数はもう少しで百回に届く。

 

「なによ、片手が使えなきゃもう片方の腕で片手腕立て伏せをすればいいじゃない。問題ないわ」

 

 まるで「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」とでも言うようにそんな暴論を口にする鈴にラウラもどう反論するべきか困惑する。すぐさま努力する姿勢は素晴らしいと思うが、この凰鈴音という少女、やはり虎の子らしい。やたら野性的にニヤリと笑う鈴は、この五分後に巡回に来た看護婦に見つかり、正座で説教を受けることになる。

 

 

 

 ***

 

 

 

 人気の少なくなった旅館の食堂では三人の学生が静かに食事をとっていた。一夏、シャルロット、そして簪である。すでにほとんどの学生は夕食を終え、自由時間や風呂を楽しんでいる。昼間に起きた『銀の福音』事件は一般生徒には知らされていないため、関係者以外はいたって平常に臨海学校を楽しんでいる。

 治療や見舞いで遅れたセシリアを含めた四人は遅れて夕食となったが、セシリアだけはスーツ姿の女性と私用だといってどこかへ行ってしまった。

 

「…………」

 

 残された三人は黙って箸をすすめるが、ふと箸に慣れないシャルロットがコロンと梅干を落としてしまう。それをきっかけとして、ふと呟くようにシャルロットが口を開く。

 

「僕たち、ほとんどなにもできなかったね」

「………ああ」

「うん………」

 

 帰還して今までは撃墜されたというアイズや、重傷となった鈴やラウラのことが心配でそれどころではなかったが、一度落ち着いて振り返ると自分たちの無力さが嫌でも思い起こされてしまう。

 はじめに無人機の接近を察したのはセシリア。絶望的な撤退戦を指揮したのもセシリア。起死回生の手段を運び、時間を稼いだのはラウラ。そんなラウラと協力して身体を張った鈴。最終的に無人機を全滅させたセシリア。指揮官機であった白いISを落されたとはいえ、撤退させるほど消耗させたアイズ。

 

「俺も強くなったと思ってたけど………実戦はこうも違うのか」

「アリーナで、ルールに守られて戦うのとはわけが違う。それを実感したよ」

「問題点ばっかりだけど………今回に限って言えば、足りないのは継戦能力だね」

 

 弾切れやエネルギー切れを起こしかけて終盤はほとんど戦うことすらできなくなった。実弾装備がほとんどの『ラファール』、燃費の悪い『白式』、急造であるがゆえに未だ不完全である『打鉄弐式』。どれも、長時間の戦闘が不得手というのが現状だった。

 アリーナという限定された空間ゆえに短期戦の多い学園内での戦いとは違い、今回のようにいつ終わるかもわからない長期戦ではこうも脆い。

 

「今回みたいなのは、特例みたいなものだけど………それでも、対策は考えないと」

「そうはいっても、俺たちには体力をつけるくらいしかないぞ? 機体なんて、特に俺にはさっぱりだ」

「それでも限界がある。実際、あの戦いで最後まで戦闘能力を維持できたのはティアーズと、ラウラさんの新型、鈴さんは根性でもたせていたけど」

「やっぱりすごいね、カレイドマテリアル社の機体って……」

 

 基礎スペックの違いがこうもまざまざと見せられると改めてそれがわかる。本当に強い機体というのは、どんな状況下でも一定の能力を発揮できる。まさにそれがあのカレイドマテリアル社製の機体だった。

 

「本社に行ったら、僕の機体の強化をお願いしてみる。もちろん、僕自身も鍛え直さないといけないけど」

「シャルは今は令嬢だもんな。俺はそんなパイプもないから……どうするか。なんか、白式を作ったとこも、現状は強化も難しいなんて言ってたしな。せめてもう少し燃費もよけりゃあ……」

 

 一夏も『白式』を制作した倉持技研に何度かそうした強化や改善ができないか相談したことがあったが、返ってきた答えは「現状ではそれが最善の状態」というものだった。あっさりと断られたために、しばらくは『白式』の強化は望めないかもしれない。

 ………真相は、束の技術結集機である『暮桜』をダウングレードした機体ゆえに、強化案すらまともにできないというものであるが、一夏は知る由もない。

 

「………」

「どうしたの簪さん、なにか考え事?」

「あ、うん。私の機体………もともと倉持技研が製作していたんだけど」

「え、そうなのか……!?」

 

 一夏はそれをここで初めて知った。自身の機体以外は扱っていないということを聞いていただけにそれには驚く。

 

「ただ、私の機体は製作が放棄されたから、今は機体の所有権はまだあっちなんだけど、うまく交渉すれば、それを得られるかも……」

「そっか、そうなれば……」

「うん。他の企業の力を借りて、改修できるかもしれない」

 

 もっとも、それはカレイドマテリアル社しかありえない。あれほどの技術を持つ企業は他にいないだろう。難しいとは思うが、機体の権利はほとんど名ばかりの状態だ。うまくことを運べば、簪自身には無理だとしても、更織家にそれを譲渡されることはできるかもしれない。

 それに、不信感を持っている倉持技研に、アイズと共に作り上げた機体を触って欲しくない。そのために、簪にできることは……。

 

「とにかく、これからどうするか……しっかり考えないと」

「ああ、このままじゃ、ダメだもんな」

「うん。僕たち、こんなことで終われないもんね」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ただいま、イリーナちゃん。これお土産の温泉卵」

「私は酒を所望したんだが……まぁいい」

 

 イーリスを置いて先に本社へと帰還した束はイリーナと顔を合わせていた。ちなみに帰還の手段は『フェアリーテイル』のステルスモードによる超音速飛行によるものだ。密航も真っ青な手段だが、もちろんどこの軍や国にもバレていない。

 

「それで?」

「『銀の福音』のコアは確保した。あと、無人機のも、ね」

 

 二人はどこか研究施設と思われる場所の通路を歩きながら世間話でもするように言葉を交わしているが、その内容の秘匿度は最高レベルのものだ。

 

「馬鹿げた数を揃えたというあの無人機か。まぁ、あれが量産されていることはわかりきっていたが……」

「もしかしたら数百機くらいあるかもね」

「笑えん冗談だ。冗談で済まないところが特にな。で、やつらはどうやってコアを作り上げたんだ?」

 

 ISコアは束しか作れない。イリーナもその製造方法は聞いていない。束もそれを明かすつもりはないし、イリーナも束にそれを聞くつもりもない。ジョーカーというものは、多く持てばいいというわけではないからだ。

 

「正確にいえば、あの無人機はISだけどISコアは存在しない」

「なに?」

「ISコアって、そもそもなんだと思う?」

「ふむ、ISのエネルギー供給装置であり、ISたるシステムを司る中枢機関。そうではないのか?」

「うん。具体的に言えば、コアの役目は三つ。エネルギー供給、絶対防御による操縦者の生命維持、そして学習と思考による自己判断」

 

 ISそのものを動かす源であるエネルギーの供給。供給する量は限界があるが、半永久機関としてエネルギーを生み出し続ける機能。

 操縦者の生命維持機能。絶対防御や、シールドエネルギーの発生など、ISを纏った人間を守る機能。

 そして、操縦者とともに飛ぶことで学習し、より効率的な運用を自己判断で行う学習型の人工知能のような思考する機能。

 すべてが現在の技術から大きく逸脱するほどのオーパーツ機能。特に束が一番心を注いで作り上げたのは、その思考機能。現存するAIを凌駕するそれは、ISそのものに心をもって欲しいという束の願いの形の現れであった。

 

「でもさ、考えてみてよ。無人機にそんな機能っている?」

「なるほど、少なくともエネルギー供給以外は必要ないな。兵器としてなら、なおさらだ」

 

 人が乗らないならば生命維持など必要ない。むしろ破壊されても替えが効くなら特攻させることも視野に入れる。そして兵器に学習機能などいらない。心など、もってのほかだ。武器そのものがためらうことなど、あってはならない。

 

「つまり、エネルギー発生機関だけを積み込んだのか?」

「まぁ、そうなるね」

「ふむ、たしかにそれならなんとか作ることができるかもしれないが……だが、そのエネルギーはどう作っている? たしかに外部接続の増加ジェネレーターはもう世に出てる技術だが、そのジェネレーターの励起にはISコアのエネルギーが必要なはずだ」

 

 ティアーズのパッケージにも使用している、大出力のエネルギーを生み出す外部追加エネルギージェネレーターはISのエネルギーを増加させるというものだが、その起動と持続にはISコアから生み出されるエネルギーを必要とする。そのため、一定以上のエネルギーを使い、それを増幅させて兵装エネルギーへと転換させる。そのため、ジェネレーターによるエネルギーはシールドエネルギーの代替ができず、あくまで放出するものとして使われる。MRFなどは防御用だが、シールドエネルギーとは別種の防御フィールドを形成するために、やはりそのものの代替にはならない。

 だからジェネレーターを積んでいたとしても、ISコアそのものがなければ使えないのだ。

 

「………無人機には受信機能があった」

「ISコアによるエネルギーを、遠隔で送っているのか?」

「そう。それをキーとして、あとはジェネレーターによるエネルギーで機体を動かしている。機体そのものはISじゃなくて兵器だからね。だから、あれはISじゃない。ISに似せて作った不細工な代物だよ。あんなもの、ISなんかじゃ、ない」

 

 ワイヤレスの充電技術などは今の一部の携帯電話にもあるものだ。その技術を使い、あそこまでのものを作っているという予測は脅威だ。

 

「………許せないね」

「………」

「あんな人形を動かす………それだけのために、ISの何機かはただエネルギーを生み出すために使われてるってこと……あんなものを、兵器を使うためだけに……」

 

 束の声は低い。イリーナは束がISに並々ならぬ愛情を注いでいることは知っている。それこそ、母と言っていい想いを持っていることも。

 そんな束にしてみれば、自分の子供が自由もなく望まない強制労働をさせられているようなものなのだろう。

 

「でも、ここまでのものをシステムとして作り上げるなんて、許せないけどこれを作った人は間違いなく天才だよ。ISコアを解析できないまま、ここまでのものを作り上げるとはね。……ま、束さんには劣るけど」

「………天才、か」

「さて、どうするイリーナちゃん? たぶん、あんなことするくらいだからけっこう大きく動いてくると思うけど?」

「………束、あれの製造を許可する」

「………いいんだね?」

「いつかはそのつもりだった。そろそろ用意はしておくべきだろうさ。………こいつも、な」

 

 いつの間にか二人は大きく開けた空間へやってきていた。そこは造船などをする巨大なハンガーであった。しかし、二人の目の前にあるそれは、船というのはあまりにも異質であった。

 見上げても上が見えないほど巨大。全容が見渡せないほどのそれは、この秘匿ハンガーに隠され、密かに作られていたカレイドマテリアル社でも一部の者しか知らない、それこそ、セシリアやアイズも知りえないほどの最重要のものだった。

 

「宇宙探査を視野に入れた艦『スターゲイザー』………完成度はおよそ七割かな」

「そしてIS運用を主眼に置いた母艦………言うまでもなく世界初の船だな」

 

 現行する戦艦すら超える性能を持ち、さらにIS運用を確立している艦のシステム。今はまだ未完成だが、これが世に出れば、間違いなく世界は変わる。ISの移動拠点となるこの艦は、存在しているだけで国にとってもとてつもない脅威になるものだ。それが一企業が持つなど、知られればどうなるか、想像に難くない。

 

「ま、こんなもの作ったらIS委員会とか黙っちゃいけないけどさ。でも、きっとこれが必要になるときがくる。いいよね? これ、もっと魔改造しても」

「好きにしろ、これは、おまえの夢にも必要なものだろう」

 

 束は笑ってイリーナに感謝の意を伝える。そう、なんだかんだいって、イリーナは束を応援してくれる。そこに打算があったとしても、それがたまらなく嬉しい。

 

「………ま、これがなくても世界は動く。それなら、抑止力となるものを作る必要がある。私の、いや……」

「私たちの、夢のために」

 

 

 

 世界は動く。そこに夢や野望、願いを持つ“人”がいる限り、世界が止まることはない。

 

 

 

 

 

 

 




これにて臨海学校編は終了。このあとはほのぼの学園ラブコメに戻……あれ、そんな話だっけ?

それぞれに強化フラグがでてきました。個別エピソードを絡めつつ次章へ進みたいと思います。

キリがいいのでこれまでのキャラの簡易まとめを載せました。興味のある方はどうぞ。



<ここまでの主な登場人物まとめ>

アイズ・ファミリア
 主人公にして真のヒロイン。ヴォ―ダン・オージェ開発初期段階の被検体であり、AHSシステムのバックアップを受けて発動可能。普段は視力が喪失しているために目隠布をしている。小柄で童顔。実年齢が不明なため、セシリアたちより年下の可能性もある。皆から愛され、そんなたくさんの好意に感謝しながら日々を生きている。
 搭乗機は近接奇襲型IS『レッドティアーズtype-Ⅲ』。相手の虚をつく機動と数々の隠し武器を持つトリッキーな機体。

セシリア・オルコット
 二人目の主人公。原作ヒロイン。アイズのパートナーとして暖かく見守っている。いつも無茶ばかりするアイズの抑え役であり、母や姉のような存在。アイズに幸せになって欲しいと願い、それを邪魔するものをすべて撃ち貫くという決意をしている。主要キャラクターの中ではリーダー的な存在で、物語におけるヒーローでもある。
 搭乗機は全距離射撃型IS『ブルーティアーズtype-Ⅲ』。狙撃とビット操作において他の追随を許さない技術を持つ。

篠ノ之束
 三人目の裏の主人公。原作ではラスボス系だが、ここではエキセントリックな常識人。ISの母として、すべてのISをあるべき姿へと戻そうとしている。現在はカレイドマテリアル社に匿われている。作中最強のチートキャラ。
 搭乗機は特殊型IS『フェアリーテイル』。詳細は不明だが、電子戦において無類の強さを誇る。

篠ノ之箒
 原作ヒロインだがここではやや空気。ISを嫌っている風であり、積極的に関わろうとしない。姉に対しては複雑な思いを抱き、やりようのない怒りや悲哀をぶつけてしまっている。姉妹仲は絶賛すれ違い中である。

織斑一夏
 原作主人公。セシリアたちと共に訓練を積むことで基礎スペックが原作よりあがっている。セカンドシフトこそしていないが、総合的な戦闘力は勝るとも劣らない。実力者たちからその高いセンスを認められている逸材。
 搭乗機は近接機動型『白式』。原作同様にブレード一本のみ。零落白夜による一撃必殺を狙うヒットアンドアウェイタイプ。

凰鈴音
 原作ヒロインだが一夏とフラグはたてない。サバサバしていて裏表のない気のいい性格で、アイズやセシリアともすぐ打ち解けている。生身の戦闘力ならセシリアよりも上であるが、IS戦では相性も悪く一歩譲るが作中でも屈指の強者。
 搭乗機は近接パワー型『甲龍』。正面からの殴り合いなら最強だが、鈴の反応速度についてこれなくなっているため、現在強化フラグが立っている。

ラウラ・ボーデヴィッヒ
 原作ヒロイン。一夏ではなくアイズとフラグが立った。境遇がとても似通っているアイズと触れ、アイズを「姉様」と呼び慕う。登場時こそ原作通りであったが、改心してからは落ち着き、冷静な判断ができる頼れる妹分になった。
 搭乗機は飛行特化型『オーバー・ザ・クラウド』。作中最高峰のスペックを誇る機体だが、その反面誰にも使いこなせない欠陥機となった。そのためラウラでも三割程度の性能しか発揮できない。

更織簪
 原作ヒロイン。原作より早くに登場し、アイズと交流を重ねて次第にアイズに惹かれるようになる。トーナメントではタッグを組み、その頃から既にアイズに恋心に似た気持ちを抱いている。姉に対してのコンプレックスは小さくなり、アイズを守れる強さを欲している。
 搭乗機は中距離万能型『打鉄弐式』。アイズとともに作り上げた機体で、簪にとって宝物。しかし急造機であるため未完成機。こちらも強化フラグがたっている。

シャルロット・ルージュ
 原作ヒロイン。カレイドマテリアル社社長であるイリーナの養子となり、一躍社長令嬢という立場になる。諦めの人生を止めて、自己主張をするようになっている。セシリアやアイズには恩義を感じており、いつか返したいと思っている。
 搭乗機は中距離射撃型『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』。性能は原作と変化なしだが、束による魔改造計画が進行中。

イリーナ・ルージュ
 オリジナルキャラクター。カレイドマテリアル社のトップ。暴君と呼ばれるほど過激な人物だが、その高いカリスマ性とあくまで人道を通すやり方から味方も多い。謀略におけるチートキャラ。アイズたちのバックアップを行っていて束とも協力関係であるが、なにかの目的のために利用しているという打算的な部分も持つ。誤解されやすいが基本的には善人である。

イーリス・メイ
 オリジナルキャラクター。イリーナの側近であり、表向きは秘書として働くが裏世界で名高い護衛。作中でも一番の苦労人だが、どんな仕事もやり遂げる仕事人。生身なら作中でも最強な人。

シール
 オリジナルキャラクター。未だ詳細は謎に包まれているが、アイズに並々ならぬ執着がある。ヴォ―ダン・オージェを持つ三人目の存在。それゆえにアイズやラウラとの因縁があると推測される。彼女の目的なども未だ不明である。

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